責め立てられて
安心してください。
全年齢で間違ってないですよ!
ギッ、ギシギシッ。
私が身じろぎする度に、背中を押し付けられたその下でスプリングが悲鳴を上げる。刺し貫くような痛みに息が上がり、涙がにじむ。
なぜ私はここへ来てしまったんだろう。選択肢がなかったとはいえ、彼にすべてを預けなければならない恐怖と戦いながらここまで辿り着いたというのに、この上まだ痛い思いをしなければならない理不尽さに心が折れそうだ。いや、もう既に折れているのかもしれない。
彼の骨ばった指が私の唇に触れた。反射的に身を引こうとして、落ち着いたはずの痛みがぶり返す。
「あっ、やだ、やめてください」
「ここまで来て往生際が悪いよ、瞳ちゃん。君は自分で僕のところに来たんだろ? ほら、口開けて」
口調は穏やかだが有無を言わせぬ言葉に震え上がる。
彼の指が私の口の中へ侵入してきた。私の鼓動はガンガンに高まっていて、恐怖に肩が震えているのがわかる。そんな私を上から見下ろして、彼はにやりと笑った。
「大丈夫だよ。すぐに良くなるから、僕に任せて」
その優しそうな顔にはだまされない。現に私を拘束し、翻弄している張本人ではないか。
恐怖と痛みと敗北感から逃れたくて、必死に身をよじり、ギシギシいう耳障りな音を立ててしまう。
「い……痛い……」
「そっか、じゃあ抜こうか?」
事も無げに言う彼の言葉に震え上がる。
「や、いや、抜かないで!」
「へえ、抜かないでいいんだね? じゃあちゃんと言う事聞いてくれなくちゃ。瞳ちゃんも立派な大人の女性なんだから」
「ひ……っ!」
「大丈夫だよ。なるべく早く終わらせるから。痛いだろうけどちょっとだけ我慢しよっか」
「あ! ああっ!」
ギシギシギシッ。
「こら、暴れないの」
彼が手にした長細い機械のスイッチを入れた。とたんにそれは音を立てて動き始める。あれがこれから私を責め立てるのかと思うと、悲鳴をあげるどころか怖くてもう動くことすらできない。
「イイコだ。もう薬も効いてるね。続けようか」
そういえばここに来てすぐ注射されたんだった。
そう気を逸らした隙に彼がまた覆いかぶさってきてーーーー私はついに抵抗することを諦めた。
地獄のような時間が過ぎ去り、私はやっと開放された。
「いい? これに懲りたらきちんと歯科検診に来ること! 歯磨きもちゃんとして、おかしいと思ったらすぐに予約の電話入れるんだよ!」
「はぁい」
大きく頷いて反省の意を示した。虫歯の治療なんて金輪際ゴメンだ。
【答え合わせ】
★瞳ちゃん…とにかく歯医者さんがこの世で一番嫌いな大人の女。なのによく虫歯になるので、歯医者さんでは常連さん。今回も痛くて耐えられなくなるまで虫歯を放置していた。
★彼…歯医者さん。実は60代。昔から瞳ちゃんの治療をしてきて、彼女の歯医者さん嫌いも熟知。腕はいいので、瞳ちゃんはこの歯医者さん以外は怖くて行けません。
★「抜かないで」「痛い」等の言葉の前には「虫歯が」をつけてお読みください。長細い機械はもちろん治療用のドリル。注射されたのはもちろん麻酔。
失礼いたしましたーー!