FE1 新しい朝へ 04
この時ケイがオルガに語った内容は、要約すると次のようなものだった。
向かったフェリムの集落に、確かに転移門が存在していたこと。
そしてその転移門には、魔人が待ち構えていたこと。
死闘の末に、その魔人を打ち破ったこと。
破壊したはずの転移門が何度も復活してしまい、未だに転移門を完全に破壊する手法を見つけられないでいること。
そして――。
最終的にケイがフェリムに留まり、転移門を破壊し続けるという選択をしたこと。
ケイはそれらの報告内容を口にしながら、その言葉を書記官が書き留めるのを眺め見ていた。
転移門で遭遇した魔人がクランシーの使徒であったことや、魔人レダやレーネに会い、彼らの導きを受けたことは敢えて報告内容から外してある。
それらの情報はクランシー信徒の多いハーランド王宮にとって、大きな動揺を生んでしまう内容だからだ。それこそ下手な伝わり方をすれば、今度はケイたちが追われる立場になりかねない。
オルガはケイの報告が一通り終わったのを確認すると、その内容を頭の中で咀嚼しながら口を開いた。
「成程――。報告は確かに聞きました。
まずは全員が無事であったことを喜ぶべきでしょうね。
賢者はこれから大変な責務を負うことになりますが、貴方の果たそうとする役割に敬意を表します。
それと、もちろん責務を果たす上ですぐにとは言いませんが、今日姿を見せなかった二人にもいつか王宮へ来て元気な姿を見せるよう、伝えてください」
その言葉にケイは笑みを浮かべると、オルガの心遣いに感謝を示す。
「判りました。必ずここへ連れてくることをお約束します。
殿下に招いて頂けるなら、彼女たちもきっと喜ぶことでしょう。
特に今回はシルヴィアが不在の間に出発して来ましたから、今頃王都に行き損なったと悔しがっているに違いありません」
その答えを聞いて、オルガがフフフと微笑んだ。
「フフ、あまり女性を虐めてはいけませんよ。
さて――」
そこまで言うと、オルガは再び表情を引き締めて言葉を続ける。
「ここまでの経緯については理解しました。
それで、今日賢者がここへ来た本当の理由を、伺いましょうか」
その言葉を聞いたケイは、悪戯を見つけられた子供のようにニヤリと笑みを溢した。
「――経緯のご報告が、主たる目的ですが」
「おや? 私の見当違いでしたか。
報告そのものは、冒険者ギルド経由で貰った手紙にある程度書かれていたと記憶しています。
今回は四人全員が無事な姿を見せに来た訳でもなく、一方で転移門を抑える大切な責務のあるはずの貴方がわざわざここへ来たのですから、何か経緯の報告とは別の話したいことがあるのだと思っていたのですが。
であれば先ほど思わせぶりに、留守番などという表現を使ったのは何故ですか?
手紙にはそこまで書いてありませんでしたが、あれは貴方にとっての本拠地がフェリムに定まったという意味でしょう?」
ケイはそれを聞くと小さく苦笑した。それが若干不遜な態度に見えたのか、隣からセレスティアが視線を投げ掛けて咎める。
ケイは彼女の視線に気づいて咳払いすると、改めるように口を開いた。
「――いや、殿下のご明察の通りです。
今日俺がここに来たのは俺がフェリムの集落に定住し、集落の発展に力を注いで『街』を作り上げようとしていることをお伝えしに来たのです」
オルガはケイの発言を受けて、目を細めた。彼女は再び言葉に隠された真意を推し量るように、暫くケイの表情を窺い見る。
――じっと見つめても、顔が似ているという訳ではなかった。
だがケイの振る舞い、能力、そして声――。
それらはオルガが忘れようとしていた記憶の中に存在する男性と、どうしても重なってしまう。
「貴方は――。
ご自分がいなくなった後のことを、考えているのですね?」
オルガは穏やかな口調でケイに尋ねた。
問い掛けの内容が内容だけに、セレスティアがハッとなってケイの表情に注目する。
「殿下の慧眼には恐れ入ります。
確かにその考えがあるのは否定しません。
人間である以上、寿命はあります。永遠に死なないなどということは、あり得ませんからね――。
とにかく将来俺が何らかの理由で転移門を抑えられなくなった時、そこに街があれば、人々は自分の生活を守るためにも必死で転移門を抑えようとするでしょう」
「ケイ――あなたは――」
隣でケイの表情を注視していたセレスティアは、彼に対する自分の理解が浅はかであったことを再認識していた。
ケイはこれまでフェリムに街を作ろうとする理由として、そんなことをセレスティアに語ったことはない。彼は飽くまで自己中心的な理由で、フェリムを街にしたいと言っていたのだ。
ケイは声を上げたセレスティアに一瞬笑みを投げ掛けると、再びオルガの方へと向き直る。
「ただ、一つ補足があります。
俺はこれからどこかに消えてしまうようなこともなければ、そんなに簡単に死ぬつもりもありません。
ですので街を作る一番の理由は、俺がそうしたいから――ということです」
オルガはケイの言葉を聞くと、和やかに笑みを浮かべた。
「判りました。
ハーランド王国は、フェリムに対して不干渉を続けることにします」
「助かります」
ケイが少々ホッとしたように、小さく溜息を吐いた。そしてセレスティアと目を合わせると、優しげに「良かった」とでも言うような微笑みを見せる。
するとその二人の様子を見つめながら、再びオルガが口を開いた。
「ただし、不干渉はこれから一年の間だけです。
もちろん一年で街が出来るとは思っていません。
ですが、一年の後、必ずここへ来て進捗を聞かせてください。
その時に次の一年を不干渉とするかどうか、決めることにします」
「判りました。必ず進捗をお伝えするようにします」
ケイはそう答えながらも、心の中で「さすがだな」と感心していた。
オルガはケイのやろうとしていることを即座に理解しながらも、王国にとって危険度のない理性的な答えを瞬時に導き出している。決して一時の感情で取り返しの付かない判断をしようとはしていない。
これが「ハーランド王国が積極的に支援する」という答えであれば、ケイたちがやろうとしていることは他の自治領の警戒を生み、そこから大きな軋轢を生じただろう。
それを考えればケイたちにとって最も都合の良い回答は、やはり「ハーランド王国は静観し、何ら干渉しない」ということなのだ。
だが一方でハーランド王国としては一度不干渉を決め込むことによって、集落が大きく発展し、後で何らか取り返しのつかないことになってしまっても困る。
その意味でも不干渉を続けるかどうかを毎年判断するという期限付きの答えは、合理的な判断に違いなかった。
とはいえケイたちにとってこれは、十分な成果であると言える。
無事にオルガに街を作ることを告げ、期間限定とはいえ不干渉のお墨付きを貰うことが出来たのだ。
ケイはセレスティアと視線を合わせると、自分の用件が済んだことを合図で示す。
するとその様子を見ていたオルガが二度手を打って、部屋の外から一人の女官を招き入れた。
恐らくその女官には、あらかじめ用件が伝えてあったのだろう。女官は静かに執務室に入って来ると、そのままセレスティアの側へと歩み寄った。
そして、手に持つ底の浅い盆のような器を、そっとセレスティアの前に差し出す。
「――セレス、受け取りなさい」
オルガの声に反応して、ケイも女官が差し出したものを覗き見た。
そこには――。
隣国ロアールに向かう直前、セレスティアがオルガに返上した騎士章があった。
ハーランド王宮の正門にも掲げられていた、白地に華やかな昼顔を思わせる青い花の紋章が見える。
間違いない、それはかつてセレスティアの胸元に輝いていたものだ。
セレスティアは普段よりも明らかに眼を大きくしながらそれに注目すると、一度だけ視線をオルガの方へと動かした。
そして――再び、騎士章へと視線を移す。
「――――」
確かにオルガは目の前の騎士章を「受け取りなさい」と言った。
それは言わばセレスティアに、再び騎士の位を与えると言っているに等しい。
だが、セレスティアは目の前に差し出された騎士章を手にすることの意味を考えたのだろう。
彼女は十分な時間を掛けながら、何事かを深く考え込んでいるように見えた。
隣に立つケイは全くの無言のまま、セレスティアの次の動作を待っている。
そして――。
張り詰めた緊張感が漂う中、女官が差し出す騎士章に向かって、セレスティアの右手がゆっくりと動き始めた。