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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第八部 魔人の剣篇
88/117

087 弱点

 ふらりと揺れる不安定な背中が、俺の胸にもたれ掛かる。

 想像よりも華奢きゃしゃな身体が倒れこむと、彼女は首の動きだけで真後ろの俺を振り返った。

 吐き出された甘い吐息が、俺の首元にその熱を伝えて来る。

 冷めやらぬ興奮を思い出すように、俺はほんの少しだけ彼女を抱きしめた。

 気怠けだるい表情と緩慢かんまんになった仕草が――どうしても肌を合わせた後を想起させてしまう。

 俺は間近にある彼女の顔を見つめながら、少し気恥ずかしさのようなものを感じた。


 二度にわたって『魔人の武器』を取り出したことで、グレイスのSPはゼロに近づいている。

 数値パラメータは時間と共に回復するとしても――彼女がすぐさまいつも通りの動きを取り戻すのは、難しいように感じた。


 だが、気づけば彼女は、自分の力で体勢を整えようとしている。

「動けるのか?」

「はい――大丈夫です」

 グレイスは端的に答えつつ、少し乱れた胸元を整えた。


 俺は未だ間近にいる彼女を見つめながら、心に決意のようなものを秘める。

 俺は、目の前の女性と交わしたきずなを――、

 そして、彼女が託してくれたものを、護り抜かなければならない。



 無事に俺の手に『魔人の剣』が握られたのを見て、セレスティアとシルヴィアは歓迎の表情を作った。

 もっともシルヴィアの表情には、多少嫉妬しっとめいた色を感じなくもないが――。


 彼女たちと対峙するジルベールも、俺を注意深く観察していた。

 ヤツは俺が両手に持つ二振りの『魔人の剣』を見ると、苦々しげに表情をゆがめる。

 俺は無言のままグレイスの前に進み出ると、両手の剣を構えたままゆっくりと、ジルベールに向けて歩み出した。

「――お主、儂と斬り合って勝てるとでも思っているのか?」

 目前に近づいてきた俺に向けて、ジルベールはあざけりの混じった台詞セリフを吐き出す。

「やってみなきゃ、判らないだろう?」

 ニヤリとした笑みを浮かべながら、俺は強がって見せた。


 俺の額から汗が流れ出し、それが何度もあごを伝って地面にしたたり落ちていく。

 賢者の杖スタッフオブセージと違い、基本的に二振りの剣は、直接敵と斬り結ぶための武器だ。

 従って近接戦闘の心得が少ない俺にとっては、『魔人の剣』を手にしていることが必ずしも圧倒的優位を意味する訳ではない。

 当然、その簡単な事実には、ヤツも気づいていることだろう。


 ジルベールは再び嘲笑ちょうしょうの声を上げると、俺の姿を鋭くにらみ付けた。

 そして、そのまま周囲で燃え盛る爆炎ナパームを突っ切り、俺に突然突進チャージを仕掛けて来る。


 これまでヤツが炎を遠ざけていたことを考えると、それは少々不意打ち気味の行動だ。

 だが、俺は迫り来るジルベールの動きを冷静に観察して、何とか攻撃を受け止めることに成功する。


 膂力りょりょく、体重、突進力――。

 それらいずれをとっても、ジルベールは俺を上回っていた。

 その不利な状況を、炎帝の剣フランチェスカの圧倒的な能力が補ってくれている。


 俺は右手の炎帝の剣フランチェスカ鍔迫つばぜり合いを演じると、左手に持つ氷帝の剣ヴァイオラに魔力を込めた。

 氷帝の剣ヴァイオラによって増幅された魔力は、複数の氷弾アイスボールとなり、至近距離からジルベールに向けて撃ち出されていく。

 増幅され数を増した氷弾アイスボールは、氷雨アイスレインに匹敵する威力へと強化されていた。

 とはいえジルベールにとってそれは、致命的なダメージを受けるような攻撃ではない。


 にもかかわらずヤツは、多少大げさな動作でその氷弾アイスボールを回避した。

 直前の炎を突っ切った行動で惑わされそうになるが、やはりジルベールは炎や氷を苦手にしているようにしか見えない。

 ひょっとしたら『隔絶の水晶球』に頼っていたのは――そもそも属性魔法に弱いという、“弱点”を隠すためなのかもしれなかった。


 俺たち四人は一旦退いたジルベールを、取り囲む形で包囲網を作り出す。

 ジルベールの正面には俺、ヤツの左手にシルヴィア、後方にグレイス、右手側にセレスティアが立つ布陣になった。

 グレイスの動きは少々心配していたのだが、見る限りは問題なく行動できている。

 だがここに来て――彼女に対する心配だけでなく、もう一つ別の心配事が発生してしまった。


 ――俺のSPが、尽きかけていることだ。


 賢者の杖スタッフオブセージによって回復しつつあった俺のSPは、俺とグレイスに計三回の賢者の祝福ブレスオブセージを使ったことで、大きく目減りしていた。

 そして今、俺はSPを回復できる賢者の杖スタッフオブセージを失い、代わりにSPを大量に消費する二振りの『魔人の剣』を手にしている。

 激しい減少チャージを抱えた俺に残された時間は――それほど長くはない。


 俺がここからの闘いで気をつけなければならないのは、時間制限から来る“焦り”だろう。

 焦りは知らず知らずのうちに不利な状況を作り出し、誤った判断を下す原因になってしまう。


 残り時間が少ない以上、俺のこの後の行動はかなり重要だ。

 そして俺は、俺に残された時間が少ないことを、ジルベールに気づかれる訳にはいかない。

 もし気づかれて時間稼ぎをされてしまえば――俺の勝算は、限りなくゼロへと近づいていく。

 それを避けるために俺は、ジルベールを俺と正面対決させるよう、誘導しなければならなかった。


「――あんた、属性魔法が“弱点”なのか」

 勝手な解釈で断定する俺を、ジルベールは鋭い眼光でにらみ付ける。

 だが、そこからいくら待っていてもヤツは言葉を返して来ない。

 この場合は答えが返ってこないこと自体が答えだと、理解する他ないだろう。


 俺はそれを都合よく解釈すると、もう一度ジルベールと対話を試みようとした。

「なあ、あんたは何にき立てられて、そんなに力を求めているんだ?」

 俺の質問を聞いたジルベールは、不快そうな表情を作る。

「――お主はそれを知って、どうしようというのだ」

 ヤツが口にした反応は、想定の範囲内にあった。

 元より、俺はまともな答えを期待して――この質問を投げかけてはいない。

 俺はジルベールを慎重に観察しながら、質問を自己解決の言葉で打ち消した。

「答えたくないなら、答えなくてもいいさ。

 ――どうせ答えは判っている」

 流石に俺の台詞セリフが見逃せないのか、ヤツはそこに反応を返してくる。

「お主に、儂の何が判るというのだ!?」

 売り言葉に買い言葉のような叫び声を、ジルベールは吐き出した。

 これまでの余裕の表情と打って変わって、ジルベールは一向に笑みを浮かべようとしない。

 その代わりに現れたのは――眼光鋭い、怒りの表情だった。


 俺はそれを見据えて薄く笑うと、自らの頭に浮かぶ言葉をジルベールに突き付ける。

「じゃあ、遠慮なく当ててやる。

 あんたが卑劣な行為を働き、転移門で待ち伏せまでして、貪欲に力を求め続ける理由――。

 それは――“老化”だ」

「――――」

 その単語を聞いたジルベールは何の答えも返さず、ただ動きを止めていた。



 魔人化したジルベールは、禍々まがまがしい悪魔のような見た目に変化をげている。

 そしてヤツは俺たちに比べると、遙かに高いレベルを有していた。

 数値パラメータが見えればきっと、ジルベールと俺の力の差は歴然としているだろう。


 だが俺はジルベールから、強さと共に“もろさ”のようなものも感じていた。

 ヤツの炎や氷に対する警戒の仕方などは、そのいい例だ。


 無論、ジルベールは強敵に違いない。

 更にヤツは、常識外の力を持つ『禁書』をその手に持っている。油断など、出来る相手ではなかった。


 だが、ヤツの力に今ひとつ圧力を感じない理由は何なのか?

 何故、判りやすい“弱点”があるのか?


 その考えをめぐらせた時――俺の頭の中に、ヤツの状態ステータスの中にあった“老化”という文字が思い浮かんでいた。

 そしてその“老化”に対処するために、力を求めていたのだとしたら――ジルベールが行った様々なことに、説明がつく。


「――あんた、老いることがそんなに怖いのか」

 俺の言葉が気に入らないのか、ジルベールは無言で俺をにらみ付ける。

 無言なだけにその表情からは、ヤツの静かな怒りのようなものを感じた。

 そしてジルベールは右手に持った剣を俺に向けると、これ以上の会話を拒絶する。

「お主には――関係のないことだ。

 今のお主が出来ることは一つしかない。

 大人しく儂の“かて”になるがいい」

 ジルベールの闘おうとする意思を確認した俺は、両手に持った剣を構え直した。

「判った。

 ならばもう――言葉は必要なさそうだ」

 その台詞セリフが実質の、戦闘開始を意味することになる。

 俺の言葉に合わせるように、セレスティアたちが闘いの始まりに備えた。

「儂に――」

 ジルベールの口から漏れ出た言葉を聞いて、全員がそちらに注目する。

 ジルベールは目を大きく見開くと、それまでの厳しい表情を反転させ、ニヤリと笑って俺に叫んだ。

「儂に“弱点”があると思うのなら、思う存分掛かってくるがいい。

 真正面から、相手をしてやるわ!!」

 その声が響いた直後――ジルベールの右側に立ったセレスティアが、光弾スターシェルを連射した。

「ハアアァァッ!!」

 撃ち出した光弾スターシェルを追うように、セレスティアがジルベールに斬りかかる。

 ジルベールは弾速の早い魔法に反応し、魔壁マジックウォールのような透明の壁を展開した。

 透明の壁は厚く、光弾スターシェルとセレスティアの突進チャージが、完全にさまたげられてしまう。

 直後、セレスティアの向かいに立ったシルヴィアが、爆炎ナパームを発射した。

 その炎はジルベールとグレイスの間に落ち、大きな火柱を上げる。

 彼女は合わせて俺とジルベールの間に、岩壁ロックウォールを展開した。

「チッ――」

 ジルベールは自身が展開する透明の壁と、岩壁ロックウォール爆炎ナパームによって三方をふさがれている。

 障害なく逃げられるのは、シルヴィアがいる方向だけだ。だが一方でそれは、シルヴィアの狙い通りでもある。

 シルヴィアはジルベールの“弱点”である、火属性魔法を得意にしているのだ。ジルベールはその方向へは、誘導される訳にはいかなかった。


 ジルベールは吹き上がる火柱を避けて、岩壁ロックウォールがある方へと身体を寄せる。

 直後、その火柱に被せるように、グレイスが呪弾ガンドを放った。

 火柱から飛び出して来る呪弾ガンドを避けるために、ジルベールは岩壁ロックウォールを突き崩す。

 それはつまり俺の目の前に――ジルベールが飛び出してきたということを、意味していた。


 俺は自身に行動加速ヘイストを掛けると、ジルベールに向けて一気に斬り込んでいく。

 セレスティアたちがジルベールを追い込んでくれることは、大凡おおよそ予測が付いていた。

 だからこそ俺は――ジルベールが避けられないタイミングで、ヤツの胸元へと飛び込んだのだ。


 だが――。

 一瞬ジルベールの顔がこちらを向き、二人の視線が交錯する。

 そして、ヤツの歪んだ唇は、呪詛じゅその言葉を吐き出した。


「無駄だ、お主に儂は倒せぬ!

 クランシーの“制約”に縛られた、お主には!!」

「――!!」


 その言葉を聞いた瞬間――。

 俺は急激に突進チャージの勢いを止め、ジルベールの目前で無防備に凍り付いた。


 目を見開き、唇を震わせ――。

 ジルベールを呆然と見たまま、身体を支えることも困難になり――。

 体勢を、崩していく。


「ケイ――!?」

 グレイスの上げた声が、俺が危険な状態にあることを示していた。


 ――絶妙なタイミングで来た。

 ジルベールは俺に施したクランシーの制約を、俺の“弱点”として利用したのだ。


 直後、襲いかかるジルベールの斬撃を、俺は左手の氷帝の剣ヴァイオラで受け止めようとした。

 だが剣を握る手には、全く握力が伴っていない。

 一瞬で氷帝の剣ヴァイオラが弾き飛ばされ、俺の手には炎帝の剣フランチェスカだけが残された。

「ケイ! 避けて!!」

 シルヴィアの声も虚しく、ジルベールは渾身の突きを、俺の身体の中心に叩き込む。

「ぐあぁっ!!」

 俺はその剣を避けることができず、直撃を受けて突き飛ばされた。

 あまりの勢いに俺の身体は宙を舞い、そのまま迷宮ダンジョンの壁に激突する。

「ケイ!?」

 焦ったグレイスの表情が目に入るが、俺は顔をしかめてゆるゆると立ち上がった。

 直後、俺の身体を取り巻いていた“黄金色の輝き”が霧散する。

「――絶対防御結界アブソリュートディフェンスか。

 命拾いしたようだが、それが何度も通用するとは思わないことだ」

 ジルベールは苦々しげに、俺に向かって吐き出した。


 ――ギリギリ、発動が間に合った。

 だが氷帝の剣ヴァイオラは弾かれ、俺の手には炎帝の剣フランチェスカしか残っていない。


 ジルベールは片方の武器を失った俺を見ながら、あわれむように口を開いた。

「まだ闘うというのか――?

 今ので判っただろう。お主は、儂の手の中で踊っているに過ぎない。

 それでも向かってくるというのであれば――。

 何度でも――判らせてやるわ!」

 勢いを増すジルベールの声を聞いて、俺の背中に汗が流れていく。



 俺の身体に施された『クランシーの制約』は、俺の命を守る“加護”だ。

 俺はこの制約があるお陰で――ここまで生き残って来れたと言っても、過言ではない。


 一方でこの制約の存在は、俺の身体を縛る“弱点”でもあった。

 俺は荒野の迷宮において、クランシーの使徒であるサイラスと対決し、制約が俺の“弱点”になり得ることを、身を以て体験している。


 だからこそ俺はレダに会い、確かめようとした。

 今後このクランシーの制約が、俺にとって“加護”であり続けるのか、それとも“弱点”になってしまうのかを――。


 そして――。

 それを見極めた俺は――今、ここにいる。



 俺は炎帝の剣フランチェスカに両手を添え、自身の顔の高さに構えた。

 丁度、グレイスが突進チャージの時に見せる構えと、同じような格好になる。


 見れば、ジルベールの真後ろには、ゆっくりとグレイスが回り込んでいた。

 いつの間に拾い上げたのか気づかなかったが、彼女の手には弾かれた氷帝の剣ヴァイオラが握られている。

 グレイスは完全に後ろに回り込むと、俺と同じように氷帝の剣ヴァイオラを顔の高さに構えた。

 俺とグレイスはジルベールを挟んで――対照の位置で、向かい合う。


 『魔人の武器』が扱えるのは、『契約者と契約者が認めた者』だけだ。

 だから『魔人の剣』を手にすることができるのは、俺だけではない。

 グレイスもまた『魔人の剣』を、扱うことができる。


 俺のSPは二振りの『魔人の剣』に吸い上げられて、もはや限界の域に達していた。


 恐らくこれが、俺の――。

 “俺たち”の、最後の攻撃になる。



 俺は目を見開き、歯を食い縛りながら、ジルベールに向けて駆け出した。

 無意識のうちに口からは、大きな叫び声が上がる。

「勝負だああぁぁっ! ジルベール!!」


 愚直なまでに真っ直ぐ向かってくる俺を見て、ジルベールは波打つ剣に魔法を付与した。

 『禁書』によって付与された力が、剣の刀身を赤く赤く輝かせる。

 俺を倒す準備を整えたジルベールは、その顔に呆れたような笑みを浮かべた。

 そして、急速に近づく俺を見て――再び呪詛じゅその言葉を吐き出してくる。


「何度やっても無駄だ!

 お主はクランシーの“制約”に縛られているのだぞ!!」

 俺の“弱点”を作り出す言葉が、再び迷宮ダンジョンの中に木霊こだました。



 一瞬の静寂の後に――俺の足音と、叫び声が重なる。


「これで終わりだああぁぁっ!!」

「――な、何だと!?」

 ジルベールは、愕然がくぜんと大きく目を見開き、そのまま突進を続ける俺を見た。


 クランシーの“制約”――。


 その言葉は、俺の脚を止めない。

 その言葉は、俺を拘束しない。


 俺は自らの身体を預けるように、ジルベールの胸に炎帝の剣フランチェスカを突き込んだ。

 俺を拘束できると信じていたジルベールは、全く無防備なままに――その攻撃を受ける。


 まさにズブリという音と感触が、腕を通して伝わって来た。

 そして、ほんの一瞬の時間をあけて――、

 ヤツの背中に、グレイスが氷帝の剣ヴァイオラを突き込んだ。


「グッ――グアアアアアアアァァァァッッッ!!」


 この世のものとは思えない程大きな悲鳴が、ジルベールの口からほとばしる。

 ヤツの胸元では二振りの『魔人の剣』が、加熱と冷却の力を発揮し始めた。

「な――何故だっ――!?

 何故“制約”が、働かない!?」

 ジルベールはこの場の事実を認めないとでも言うように、疑問の言葉をわめき立てる。

 俺はニヤリと笑うと、その疑問に答えた。


「まだ判らないのか。

 あんたはこの世界フロレンスへ転移する俺に、クランシーの制約という名の加護を掛けた。

 クランシーの制約は俺の命を守って、俺の成長を後ろ盾バックアップしてくれるものだ。

 結果俺はあんたの意図通りに、ある程度まで成長してあんたと再会した。


 そしてあんたは俺の力を奪うために、クランシーの制約を俺の“弱点”として利用しようとした。

 実際、“制約”に掛かる言葉を投げかけられた俺は、十分な身動きが取れなくなる。

 “制約”の言葉一つで拘束される男など――あんたからすれば自分の手の平で踊る、取るに足らない存在だったはずだ。


 しかもあんたはこの闘いの中で、俺が“制約”に苦しむのを見ている。

 俺に施した“制約”が有効に機能しているのを、何度もの当たりにしたんだ。


 だから、あんたは油断した。

 ――それが全て“演技”であることを、疑うことすらせずに」


「な――ん――だと――」

 ジルベールは愕然がくぜんとした表情で、俺の顔を見ている。

 ヤツの身体は急速な加熱と冷却に晒され、徐々に崩壊しつつあった。

 俺はそれを見据えながら、更に言葉を続けていく。


「俺が状態ステータスを見抜く能力ちからを欲したのは、あらゆることを有利に進められると思ったからだ。

 だがこの世界で俺は、状態ステータスを見て得た情報に、踊らされてしまう可能性があることに気付かされた。


 確かに多くの“情報”が得られれば、物事を有利には進められる。

 だが一方で、それを盲信もうしんすれば――そこに“先入観”が生まれてしまう。


 あんたの敗因はそれだ。

 あんたは俺にクランシーの制約という、“弱点”があることを知っていた。

 “俺には弱点がある”という、“先入観”を持っていたんだ。

 だから既に存在しない、クランシーの制約が存在すると、勝手に思い込んでしまった。


 そして、その結果生まれた“先入観”が――今度はあんたの“弱点”になった」


 俺の話を聞いたジルベールは、愕然がくぜんとした表情のまま、細切れの言葉を発してくる。

 急速に起こる加熱と冷却の波が、ジルベールのHPを徐々にゼロへと近づけていった。

「せ、制約は――どうした――のだ――?」

 俺はその疑問に、笑みを浮かべながら答えていく。


「クランシーの制約は、俺が命の危機におちいる度に発動し、その強さを減らしていく。

 そして、この闘いの前にあんたが俺に言った通り、その発動には“回数制限”が存在しているんだ。


 だったら、簡単なことだろう。

 その“回数制限の分”だけ――。

 99回死ねば、その強さはゼロになり――制約は、外れる」

「バカな――」

 ジルベールが反射的に発した言葉を聞いて、俺は自分の行為を思い出した。

 確かにあれはバカなやり方だと、表現されても可笑おかしくはない。


 俺はこの集落フェリムに向かう前、レーネの元に立ち寄った。

 その目的は彼女に、制約を外すための協力をしてもらうことだったのだ。

 初対面の時に俺を殺そうとしたレーネだが、実際に“俺を制約が発動するまで痛めつける”行為には、当初強い抵抗感を示していた。

 だが、制約が発動する回数を重ねるに従って、彼女は得も言われぬ快感エクスタシーの表情を浮かべるようになった。

 何となく俺は見てはいけない彼女の性癖ほんしつを、垣間見た気がしてならない――。


 俺は崩壊の始まるジルベールを見据えて、ヤツに向けて話し続けた。

「確かにバカなことかもな。

 だが俺とて、根拠もないのにそんなバカなことはしない。


 あんたがくれた状態ステータスを見抜く能力ちからは、クランシーの制約がどういうものなのかを、俺に詳しく教えてくれた。

 そしてその制約に回数制限があり、残りどれだけ有効なのかも教えてくれたんだ。


 あんたは何気なく俺に、成長と弱点を兼ねる“制約”と、状態ステータスを見抜くという強すぎない“能力ちから”を与えたのだと思うが――。

 俺は、この二つの能力ちからの組み合わせによって、こうやって生き残ることができた」


 俺はそこまで話し切ると、ニヤリと笑みを浮かべる。

 ジルベールに突き刺さった二振りの『魔人の剣』は、シュウシュウという音を立てながら、ヤツの身体を崩壊させていた。

 俺が話した内容は、もはやどの程度ジルベールに届いたのか、判らない。


 既に視界に異常が生じているのか、ヤツは盛んにまばたきをしていた。

 暫くすると見ることを諦めてしまったのか、ジルベールはどこでもない方向を向いて破顔する。


 そして、直後にジルベールが発した言葉は――俺の予想もしない意味を含んでいた。


「お主、転移門を壊し――儂を倒せば――。

 元の世界に帰る手段を――失うぞ」


 俺にとってその言葉は、青天の霹靂へきれきではあった。

 瞬間、絶界の山脈で会った魔人ベルナルドが、転移門を壊せば“俺が困るだろう”と言っていたことを思い出す。

 あれは俺が“元の世界に戻れる”ということを、示唆した言葉だったのだ。


 俺はこの世界フロレンスに渡って以降、『元の世界に帰る』ということを強く意識したことがない。

 だが、このタイミングになって、俺はほんのわずかな一瞬だけ“元の世界”を意識した。


 そして、俺はジルベールの言葉をしっかりと理解した上で、その言葉に答えを返す。


「俺は“そんな程度のこと”のために、この手を緩める訳にはいかない!!」


 その言葉に合わせて俺は更に、炎帝の剣フランチェスカをジルベールに深く突き立てた。

 ヤツの身体を挟んで向かい合ったグレイスが、その動きに合わせるように氷帝の剣ヴァイオラを背中から押し込んでいく。


「グアアアァァァァッッ――!!」

 まさに断末魔という叫び声を残して、一気にジルベールの身体が崩壊した。

 崩れる身体は、真っ黒なすすのように変化し、周囲の空気に溶けていく――。


 それが、魔人を倒す『魔人の剣』が――、


 ジルベールを消滅させた瞬間だった。




 ヤツの消滅によって――左手に握られていた『禁書』が、地面に緩やかに落ちていく。

 計り知れない力を持った書物は、似つかわしくないパタンという乾いた音を響かせて、地面にそのまま着地した。

 そして『禁書』の力で張られていた結界が――跡形もなく、消えていく。


 ジルベールの消滅から数瞬遅れて、俺とグレイスの手から炎帝の剣フランチェスカ氷帝の剣ヴァイオラが消滅した。


 俺のSPは完全に尽きている。

 これ以上、『魔人の剣』の存在を、維持し続けることはできない。


 俺とグレイスはジルベールと『魔人の剣』の消滅によって、完全に身体の支えを失った。

 向かい合う形で前のめっていた二人は、そのままの勢いで前進してお互いの身体をぶつけ合う。


 お互いの身体が、弾かれないように――。

 離れないように――互いの身体を、しっかりと両の腕で抱き止める。

「――!!」

「――――」

 その思いは、互いに声にならなかった。

 湧き上がる感情を上手く――言葉にすることが出来なかったのだ。


 俺とグレイスは互いの無事を確認し合うように――強く、そして優しく抱き締め合う。

 柔らかい肌と暖かな体温が、俺の心を温めてくれた。

 そうすると次第に、生き抜いた実感が沸々といてくる――。




「――ハイ、ハイ、そこまでよ!

 敵を倒したのは目出度めでたいけど、こっちを放置して雰囲気出さないでくれる!?」

 俺とグレイスを見ていたシルヴィアが、流石に抗議の声を上げた。

「――――」

「――す、済まん」

「アハハハハ」

 謝る俺に被せて、セレスティアが笑いながら駆け寄ってくる。

 何となくグレイスの不満げな表情と、シルヴィアの吊り上がった視線が衝突していたように見えたが――取りあえず、気づかなかったことにしておこう。

「ケイ、見事だった」

 俺をねぎらってくれるセレスティアの表情は、充実感に満ちあふれていた。

「一時はどうなることかと思ったけどね」

 そう言いながらもシルヴィアの表情は、これ以上ないぐらいに明るい。


 俺はセレスティアとシルヴィアに笑みを返すと、足元に落ちている『禁書』を拾い上げた。

 中を見たいという好奇心が首をもたげてくるが――それを何とか我慢しておく。

かく、みんな無事で良かった。

 ――だが、まだ俺たちの目的は達成できていない。

 アイツを――転移門を、破壊するぞ」

 俺はそう言いながら、アラベラの像と、その奥にある転移門を指さした。



 俺たちがここに来た目的は、転移門の破壊であって、ジルベールの打倒ではない。

 転移門を叩かなければ、目的を達成したことにはならないのだ。

「ああ――!」

「了解!!」

 セレスティアとシルヴィアが、気力に満ちた答えを返してくる。


 俺はアラベラの像をグレイスとセレスティアに任せると、火力のあるシルヴィアと共に転移門の前に立った。

 そして全員が配置に着いたのを確認すると、彼女たちに向けて声を掛ける。

「いいか? やるぞ」

「いつでもいいわ!」

 威勢のいい返事と共に、シルヴィアは暁星の杖スタッフオブレーシュに魔力を集め始めた。

 宝石の放つ赤くまばゆい光が、杖に集められた魔力の大きさを象徴している。

「さあ、一気に崩すわよ!」

 シルヴィアはその声に合わせて、灼熱の四星ブレイズノーヴァを転移門に叩きつけた。

 合わせるようにセレスティアとグレイスが、アラベラの像を粉砕する。


 二カ所で上がる轟音が、迷宮ダンジョン内に木霊した。

 一気に吹き上がる土埃つちぼこりが、転移門の崩壊を予感させる。


 ところが――。


「――ケイ、様子が変です!」

「何だ、どうなった!?」

「ちょっ――これ、どうなってんの!?」

 全員が思わず声を上げながら、その場から飛び退いていく。


 晴れ始めた土埃の向こうで、崩されたはずの石像と転移門が、逆再生のように修復しているのが見えた。

 崩れ落ちた瓦礫がれきの一つ一つが、浮き上がって元の場所へと戻っていく。


 アラベラの石像に視線を移すと、やはり修復が始まっている。

 崩れたはずの四本の腕は、一本ずつ、その形を元通りにしていった。


 俺はその光景を見ていて、自分の中に合致する記憶があることに気づく。

 この光景はレダの邸宅で見た――クランシーの石像を彷彿ほうふつとさせていた。

 二本しかなかった腕が、三本に戻っていた光景だ。


 あの時は、見間違いだと思ったのだが――。

 今思えばあれは、目の前と同じように破壊されたものが修復されていく過程だったのかもしれない。



 俺が目の前の光景を見て、思案を始めた直後――。

 ふと胸元に付けていた“真実の宝珠”に、小さな魔法の光がともっているのに気付いた。

「――何だ?」

 不審に思った俺が“真実の宝珠”に触れようとした瞬間、俺たち四人の後方から、男の声が響いてくる。


「――やはり、崩せないか」

 その声に俺を含む全員が、ハッとなって振り返った。


 長めの金髪に、白い秀麗な顔つき――。

 大きくとがった耳に、鋭い眼光を放つ金のまなこ



 そこには“知識”の二つ名を持つ男が、静かにたたずんでいた。





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