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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第八部 魔人の剣篇
87/117

086 魔人の剣

 空間に溶け込む黄金色の髪が、躍動やくどうする身体に合わせて大きく弾んだ。


 飢えた野獣を想起させる無骨な刃が、流れる彼女の身体に追いすがろうとする。

 金髪の剣士は軽やかに重心を後方へと移し、襲撃を事もなげに回避して見せた。

 直後、通過した刃が空気を寸断し、その勢いを象徴するような風切り音を立てる。


 身体を沈ませ力を溜め込んだセレスティアは、反動を活かして前方へと踏み出し、思い切った突進チャージに打って出た。

 その意図に応えるかのごとく、盾をいろど青色ブルーの装飾が光を反射して、一際ひときわ強い輝きを放つ。

 まさに身体を丸ごと委ねるかのような盾の一撃シールドバッシュに、小柄の魔人は慌てて後退あとずさってしまった。


 エイダは小柄とはいえ、魔人だ。

 その身体は魔人化によって、戦士としての筋力を得ている。生半可なまはんかな力では、押し返すことなどできない。

 にもかかわらず、セレスティアの突進チャージはエイダを一気に押し切った。

 金属同士がこすれる耳障みみざわりな衝突音を発して、エイダは持っていた斧を完全に弾き飛ばされてしまう。

 エイダは元々、武装と呼べるようなものは斧しか持ち合わせていない。

 つまり、小柄の魔人は――これで丸腰だ。

「!!

 ――セレスッ!」

 追い打ちを掛けようとしていたセレスティアへ、俺は慌てて警告の声を発した。

 俺が彼女たちの闘いに目を奪われていたように、俺と対峙するジルベールもまた、彼女たちの闘いを視界に収めている。

 俺が声を上げたのは、そのジルベールが大きく目を見開き、彼女たちに向けて何らかの魔法を吐き出したからだ。


 だが警告の声もむなしく、発せられた魔力の塊は、急速にセレスティアとエイダの身体を包み込んでしまう。

「何だ――!?」

「――?」

 自身に迫った魔力に驚いて、セレスティアとエイダが身構えた。

 だが、セレスティアに衝突した魔力の塊は、あっさりと弾き飛ばされて霧散する。

 一方エイダの方は、そのまま魔力の塊を吸収し、身体に吸い込んでしまったようだ。

「セレス、無事か!?」

「ああ、問題ない」

 セレスティアが俺の問いかけに、即座に返事を返してくる。

 彼女は自身の無事を伝えながら、側に立つエイダの表情を観察しているようだった。

 そのエイダの目は――どこか焦点が合わなくなってしまったように、見える。


 『魅了』だ――と、俺はすぐに気がついた。

 セレスティアは非常に高い精神耐性を持っている。いかに高いレベルの『魅了』であっても、抵抗レジストしてしまうことだろう。

 しかしエイダはジルベールの『魅了』に、掛かってしまったようだ。

 彼女は呆然とした表情のまま、ジルベールの元へと駆け寄って行く。

 落とした斧は――拾おうともしていない。

「セレス、シルヴィア、こちらへ」

 ジルベールはエイダが近づいてくるのを、どうやら待っているようだった。

 それを見た俺は、全員に集結するよう声を掛ける。

 俺は駆け寄るシルヴィアの傷を治療しながら、虚ろな表情のエイダをゆっくりと“凝視”した。


 ――やはり、エイダは『状態:魅了』になっている。

 しかし、ジルベールはここまで、敢えてエイダを『魅了』していなかったはずだ。

 ならば、今更エイダを『魅了』する理由は、どこにあるというのだろうか――?


 俺はそれを突き止めるために、ジルベールに声を掛ける。

 だが、その会話の半分は、仲間の回復と付与魔法エンチャント)の時間を稼ぐためのものだ。

「やっぱり集落フェリムの住人を魅了していたのは、あんただったんだな。

 だが――今更そいつを魅了してどうするつもりだ?

 そろそろ逃げる算段でも始めようって言うのかい」

 元々この場で俺たちを待ち伏せていたのは、ジルベールの方だ。

 それを考えれば、戦況が圧倒的不利にでもならない限り、ヤツの方から逃げるという選択肢を選ぶことはないだろう。

「フッ、笑わせる。

 ――お主はたかが結界一つ破った程度で、既に勝ったつもりなのか」

 ジルベールの反応は、俺の想像を外していない。

 会話が交わされる間、セレスティアは自分自身に回復魔法を掛けていた。

 俺は全員の付与魔法エンチャントを掛け直しながら、更に時間の引き延ばしを試みる。

「あんたの状況は有利か不利かで言えば、強力な結界を失った分、最初よりかなり不利になったはずだ。

 一方の俺たちには、不利に倒れた要素がない。

 であれば、このまま同じように闘い続ければ、あんたは更に不利になっていく。違うか?

 それとも、あんたにはこの状況を打破できる、秘策でもあるって言うのかい」

 俺の言葉を聞き遂げると、ジルベールはニヤリと唇の形を歪めた。

 そして口元から笑い声を漏らし、次第にその音量を増していく。

「――フッ――ククク――アハハハ!」

 大音声だいおんじょうで笑うジルベールは、飛翔レビテーションの魔法を解除し、呆然と立つエイダの向かい側へと回り込んで行った。

 そして右手に持っている『禁書』を、わざわざ左手に持ち直す。


 ――瞬間、思い出したくなかった光景が、俺の頭にぎった。


 俺の懸念が杞憂きゆうで済んでいれば、その後の展開は変わっていただろう。

 だがジルベールは俺の想像をあやまたず――脳裏に浮かんだ光景をそのまま再現するように、おぞましい行為に及んだ。


「大して出来の良くない使徒を、ここまで連れていたのには理由ワケがある」

 ジルベールの得意げな言葉に、俺は思わず反応する。

「おい、あんたまさか――」

 だがヤツは既に、俺の言葉の終わりを待とうとはしなかった。

 これ以上ない邪悪な笑みを見せたジルベールは、エイダに向けて右手を高く振り上げる。

「それは――、

 こうするためだ!!」

 次の瞬間、ジルベールの右腕がエイダの胸元へと突き込まれた。

「なっ――!?」

「――!!」

 一瞬何が起こったのかと、シルヴィアとセレスティアが大きく目を見開く。


 俺の頭の中には、教会の神父ロドニーに喰らわれたアスリナの姿が思い浮かんでいた。

 魔人化しているとはいえ、エイダの見た目は少女とそう変わらない。

 その姿が俺の中の――消せない記憶と、被る。


 胸を破られたエイダは、もだえるように苦しんだ。

 吐血しながらジルベールの腕を、何とか振り払おうとしている。

 だが――『魅了』されたその身体は、彼女の意思には従わない。

 周囲には大量の青黒い血液が飛び散り、エイダとジルベールの身体を染め上げていた。

 ジルベールは構わず右手でエイダの身体を蹂躙じゅうりんすると、そこから何らかの臓器を掴み出す。


 そして――ジルベールは邪悪な笑みを浮かべたまま、手にした臓器を喰らった。

 血に濡れた老人の口元と、嫌に歪んだ唇の形が――その醜悪な行為を、俺のまぶたに刻み込んだ。



 ――ドクン、という大きな魔力の鼓動が、周囲に響き渡る。


 エイダは支えを失ったように膝を折り、その場に崩れ落ちていった。

 彼女はもはや――ピクリとも動かない。


 今、俺の目の前にいるのは、どちらも敵対する使徒だ。

 その認識だけで言えば、目の前で繰り広げられた光景は――敵の同士討ちに過ぎない。


 そして恐らくエイダは、オーバート派の魔人だ。

 確証はないが彼女は、転生リンカネーションの秘術を受けている可能性が高い。

 ならばエイダがこの世界フロレンスで命を落としても、それは後の復活を見越した上でのことだろう。

 だとすれば、俺は――このおぞましい行為を、見過ごすべきなのだろうか?



 ――いや、俺はこんな行為を、どうしても見過ごすことは出来ないと思った。


 エイダは確かに俺たちと、命のやり取りをした敵だ。

 それが残酷な目にっているからといって、感傷で助けるなどということは出来ない。

 だが――だからと言って俺は、ジルベールがやったことを許す気にはなれなかった。


 誰かの欲望のために、周りの誰かが犠牲になる――。

 俺は多くの大切なものがあるこの世界で、そんなことを当然にはしたくないと思っていた。


 ――もちろん、俺の思考は途轍とてつもなく、自己満足に満ちたものに違いないだろう。

 だが一方で俺の中には、素直にその自己満足を肯定する“自分”がいる。


 所詮、俺の手であらゆることを思い通りにできるなどという考えは、思い上がりにしか過ぎない。


 だとすれば、俺は――。


 俺は例えそれが手の届く範囲だけだったとしても、何もしない『偽善』より、何かを成し遂げる『自己満足』を選ぶ――!




 ジルベールの体格は、魔力の鼓動に合わせて、見る見る内に変化していった。

 老人なりに俺よりも小柄だった体格は、骨格の部分から大型化し、もはや俺よりも大柄な身体へと進化している。

 肉感も、もはや老人のそれではない。決して年齢を感じさせることのない筋肉が、大型化した骨格を十二分に包み込んでいた。

 髪とヒゲが真っ白なのは変わらないが、全体の筋肉量が増加したことで、顔の印象は壮年を想起させる程度に若返って見える。

 ――いや、筋肉に包まれた肉体の印象と比べれば、顔は老人のままで変わっていないと言った方が良いだろう。それが嫌にバランスが悪く、気味の悪さを助長させていた。


 右手には新たに禍々まがまがしく波を打った剣を持ち、左手には変わらず『禁書』を握り締めている。

 肌の色は黒っぽく染まり、身体の各所には複雑な文様が浮かび上がり始めていた。

 そして――見た目の印象を決定づけているのが、額の左右から突き出た山羊ヤギのように曲がった“角”だ。


 この姿を形容するならば――。

 俺は魔人化したジルベールをにらみ付けながら、頭の中でその姿を形容する言葉を思い浮かべる。


 この姿は言うなれば、

 『悪魔』としか、言いようがない。



 俺は魔人化したジルベールを慎重に“凝視”し、その変化を確認していった。

 中でも重要な変化は、飛翔レビテーションと十分な効果時間が残っていたはずの防護結界プロテクションフィールドが、解除されたことだろう。

 もちろん防護結界プロテクションフィールドに関しては、魔人化に伴う体格の変化によって、勝手に解除されてしまった可能性はある。

 だが、ジルベールの右手にある得物を見れば――それは、意図的に解除したものであると想像できた。

防護結界プロテクションフィールドを解除したようだ。

 恐らく物理攻撃を優先して来るに違いない」

 俺からの情報に、グレイスとシルヴィアが頷きを返す。


 防護結界プロテクションフィールドは殆どの物理攻撃を防ぐが、同時に自分の物理攻撃も敵に届きにくくしてしまう。

 ジルベールは姿を変化させると共に、これまで魔法一辺倒だった攻撃方法を、物理攻撃主体へと変化チェンジさせようとしているのだ。

「任せろ。

 どのような攻撃が来たとしても、私が受け止めて見せる」

 セレスティアがジルベールの前に進み出て、自信のこもった台詞セリフを吐く。

 俺は彼女の凛々りりしい横顔を見て、小さく笑みを浮かべた。

 ――こういう時の彼女は、本当に頼もしい。


 俺はセレスティアの後方へ下がると、もう一度ジルベールの状態ステータスをしっかりと確認する。

 ――ヤツの状態ステータスに表示されるのは、大部分が「不明」の文字ばかりで、得られる情報はわずかだ。

 だが、見えている情報の中で、一つだけ重要なものが付け加わっている。

 それは――『状態:老化』だ。


 確かに魔人化によって体格は変化し、ジルベールは老人とは言えない筋力を持っているように見える。

 だが、そもそも俺は、ヤツが決して若くないことを知っていた。

 それは体型が変化し、多少若返って見えるということとは、別次元の話だ。


 真っ白な髪に、真っ白なヒゲ――。

 そして、しわがれたヤツの声は、何も変化していないのだ。


 その“実感”が、「不明」という文字ばかりが並ぶ状態ステータスにおいて――『老化』という、ひとつの重要な情報を教えてくれる。


 ヤツのレベルは70。

 普通に闘えば、俺たちに勝算はないだろう。


 だが、闘いはレベルや数値パラメータだけで決まる訳ではない。

 そして一つ確実に言えることは、『状態:老化』などというものは、決して前向きポジティブなステータスではないということだ。


 だからこそ俺たちには――きっと、勝機がある。



 ジルベールは右手に持った剣を高く掲げると、無言のまま正面のセレスティアに向けて突進チャージを仕掛けてきた。

 体格が大柄に変化したことに加えて、勢いを増した攻撃だ。

 セレスティアは最初から反撃を捨て、聖乙女の盾シールドオブラインを両手で抱え持って、何とかその勢いを殺す。

 激突した両者が反動で弾かれた直後、ジルベールは右手の剣で連撃を仕掛けて来た。

「くっ――!」

 魔人化した膂力りょりょくが繰り出す斬撃は、その威力も相当に凄まじい。

 セレスティアは持てる力を結集して、それを何とか剣と盾でなした。

 だが、体格と勢いで劣る彼女は、自身のHPを落としながらジリジリと後退していく。

「グレイス、左へ」

「はい」

 俺はグレイスに指示すると、ジルベールを挟む形になるよう左右に展開した。

 視線を交わしながらタイミングを合わせ、それぞれ光刃ライトエッジ風刃ウィンドカッターをジルベールの足下に向けて放つ。

「その程度で――!」

 ジルベールのしわがれた声と共に、放った魔法が二枚の透明の壁によってはばまれた。

「そんなの、飛び越えちゃえばいいのよ!」

 続いて声を上げたシルヴィアが、透明の壁を飛び越えるように爆炎ナパームの魔法を放つ。

 爆炎ナパームの魔法は打ち上げられた後に放物線を描き、言葉通りに透明の壁を越えてジルベールの足下に着火した。

 燃え上がる火柱を前に、ジルベールは若干慌てるような仕草を見せて、その場から大きく飛び退すさる。


 ――何だ? 今の回避は少し、不自然だったような気がした。


 セレスティアが後退したジルベールを追うと、ヤツはそれに応じて波打つ剣を構える。

 両者の剣が激突した瞬間、金属同士が衝突する甲高い音が周囲に響いた。剣の重なる場所からは、魔法の火花が飛び散っている。

 二人は一瞬の鍔迫つばぜり合いを演じたが、ジルベールが左手の『禁書』を振り上げ、そこから無色の砲弾を撃ち出した。

 殆どゼロ距離に近い攻撃だ。セレスティアは砲弾を避けることが出来ず、まともに直撃を食らってしまう。

「ハッ――!」

 真後ろに吹き飛んだセレスティアと入れ替わるように、グレイスがジルベールの前へと飛び込んだ。

 ジルベールはグレイスの斬撃を、波打つ剣でしっかりと受け止める。

 直後、シルヴィアが足元に土銃ドレイクガンを放つが、ヤツが展開した透明の壁によって完全に防がれてしまった。

 俺は突出したグレイスをかばうために、複数の炎弾フレイムボールを撃ち出していく。


 普段であれば、使い慣れた魔弾マジックボール光刃ライトエッジを使う場面だ。

 だが、俺は何となく思うところがあって、敢えて炎弾フレイムボールを選んだ。

 ジルベールは俺が放った炎弾フレイムボールを確認した瞬間、回避行動を取り始める。

 突出していたグレイスは、均衡が解けたことで無理をせず、後方へと下がった。


 吹き飛ばされたセレスティアは、その攻防の間に自らを回復していたようだ。

 HPを戻した彼女は、下がったグレイスと交代するように、ジルベールに向けて斬り掛かった。


 勢い込んで振るわれた聖乙女の剣ジャクリーンの一撃は、残念ながらジルベールに避けられてしまう。

 だが、彼女はそのまま回転するように、左手の聖乙女の盾シールドオブラインを横凪ぎに振るった。

 その躍動的ダイナミックな動きに応えるように、盾が赤色の燐光りんこうを引きずって加速する。

「チッ――」

 流石に、簡単に回避するような勢いではなかったのだろう。

 ガキッ!という派手な音と共に、ジルベールは剣でシールドブロウを受け止めた。

 瞬間、ジルベールはその口から、真っ黒な呪弾ガンドを吐き出してくる。

 セレスティアはその魔力の塊を、右手の聖乙女の剣ジャクリーンで受け止めようとした。

 だが、ジルベールの大きな魔力は、反発力で聖乙女の剣ジャクリーンを彼女の手から弾き飛ばしてしまう。

「セレス――!」

 武器を失ったセレスティアを見て、シルヴィアが思わず息を飲んだ。

「まだ行ける!!」

 盾だけになってしまったセレスティアは、肩から押し込むように盾の一撃シールドバッシュを仕掛けると、ジルベールの動きを止めることに成功する。

 セレスティアはそのまま盾を打ち捨て、気合の声を上げながら突進した。

「ハアアァァッッ!!」

「何!?」

 その手には、盾の裏に忍ばせた“短槍”が握られている。

 ジルベールは流石に、隠れた武器が出て来るとは思っていなかったようだ。見た目でヤツの回避が、明らかに遅れたのが判る。

 短槍は串刺しスキュアーのスキルを発動させ、光を放ちながら切っ先を加速した。

「グハッ――!」

 光はジルベールの脇腹を掠り、ヤツの青黒い血液をき散らす。

 短槍は付与魔法エンチャントが掛けられていない分、大きなダメージに繋がらない。

 だが、ジルベールはセレスティアの勢いに押され、数歩後ろに後退した。


 そして――その後退した場所で、待ち受けていた“影”がある。

 グレイスだ。


 彼女は後方から不意打ちバックスタブを仕掛けると、攻撃力に優れる運命の短剣クリスでジルベールの背中を目一杯に斬り上げた。

「グアアァァッ!!」

 腰から首近くまでを斬り裂かれたジルベールは、これまでで最も大きな悲鳴を上げる。

 明らかに苦痛に顔を歪ませたジルベールは、憎しみをたたえた視線で後方のグレイスをにらみ付けた。

 俺はヤツの反撃を見越して、立て続けに氷弾アイスボールを打ち込んでいく。

 ジルベールはそれに気づくと、左腕を盾にしながら俺の魔法を防ごうとした。

 盾代わりにした左腕に氷弾アイスボールが張り付き、ヤツの腕を凍結させていく。

 俺はある種の確信を持ちながら、ジルベールの状態ステータスを確認してみた。


 やはり、思ったよりもずっとダメージが大きい。


 それが、弱点なのかどうかは判らない。

 だが間違いなく、ジルベールは“火”と“水”の属性攻撃に、何がしかのペナルティを抱えている――。


 ジルベールは俺の氷弾アイスボールをやり過ごすと、今度は俺に向き直って斬り掛かって来た。

 それを追うようにセレスティアが、手にした短槍を側面から投げつける。

 だが、流石にジルベールはその攻撃を食らう程、簡単な相手ではない。

 セレスティアが放った短槍は、ヤツが振るった剣によって簡単に弾かれてしまった。


 ジルベールは薄く笑みを浮かべながら、左手に持つ『禁書』で剣に付与魔法エンチャントを施す。

 何の付与魔法エンチャントなのかは判らない。

 ヤツの持つ波打つ剣はその魔法を受けて、刀身を真っ赤に輝かせていた。

 俺は振り下ろされる斬撃を防ごうと、魔壁マジックウォールを二重に展開しながら賢者の杖スタッフオブセージを構える。

 俺が杖を構えた瞬間――近づいて来たジルベールの表情が、ニヤリと動いたような気がした。


 しまった――! と思った時には、もう遅い。


 俺は赤く燃える刀身を見て、試練サリータの塔で闘ったクルトの報復の短剣アヴェンジャーを思い出すべきだったのだ。

 クルトは報復の短剣アヴェンジャーをして、「何でも斬ることができる」と豪語していた。


 ――そう、“何でも”斬ることができるのだ。


「止められはせぬ!」

 得意げな台詞セリフと共に振り下ろされた剣は、あっさりと二重の魔壁マジックウォールを斬り裂いてしまう。

 そして赤く燃えた波打つ剣は、そのままの勢いで賢者の杖スタッフオブセージに激突した。

「くっ――!」

 一瞬散った火花の後には、無残にも真っ二つに斬り折られてしまった賢者の杖スタッフオブセージが残る。

 ジルベールの剣は、さらに俺の胸元を浅く斬り裂いた後、ようやく赤い光を散らせた。


 俺は手の中に残った賢者の杖スタッフオブセージを見て、その事実に呆然としてしまう。

 そして、右手と左手で二つに分かれてしまった賢者の杖スタッフオブセージは、一瞬小さな光を発した後に、跡形もなく消え去ってしまった。

「ケイ、賢者の杖スタッフオブセージは『宝物庫』に戻っただけです!!」

 俺を気付きつけるように、グレイスの叫び声が飛ぶ。

 その声に後押しされるように、俺は防護結界プロテクションフィールドを張って後方へ飛び退すさった。

 ジルベールは俺が結界を張ったのを見て深追いせず、後退して間合いを取る。


 一瞬、賢者の杖スタッフオブセージを失ってしまった事実に、思考が完全に停止してしまった。

 破壊されたのではなく『宝物庫』に戻っただけなら不幸中の幸いだが――問題はこの場に『魔人の武器』が存在しなくなったことだろう。

 これで俺は同族の使徒であるジルベールを、倒す手段を失ったことになる。


 ジルベールは俺たち四人に取り囲まれながらも、俄然がぜん余裕を取り戻した表情になっていた。

 そして、俺をあざけるような笑みを浮かべ、先ほどのやり取りをなぞるような言葉を掛けて来る。

「――さて、どうする。武器もなく闘うか。

 このまま闘いを続けたとて、この娘たちだけで本当に儂を倒せるのか?

 もはや、お主らの不利は動かぬ。

 それともまだ、闘う手段を残しているとでも言うのか」

 状況は、先ほどとは完全に逆になっていた。

 俺は禍々まがまがしい姿のジルベールをにらみ付けながら、軽く唇を噛み締める。


 ジルベールは俺たちに比べれば、圧倒的にレベルも攻撃力も高い。

 そして、計り知れない力を持つ――『禁書』を所有している。

 俺たちがヤツに打ち勝つには、基本的に不利である状況を変えるだけの“力”を持ち合わせる必要があった。


 だが、大きな力を持つ賢者の杖スタッフオブセージは、俺の手から失われてしまっている。

 有効な手段を失い、消沈した面持ちの俺たちには――ジルベールの問い掛けに対する答えがない。



 誰もが無言のまま、発する言葉を失った時――。

 その沈黙を破ったのは、俺の記憶を呼び覚ます“一言”だった。


「手段は――あります」

 ポツリと放たれたその言葉に、俺は目を見開いて透き通る声の主を見る。

 彼女は俺の視線を受け止めるように、決意に満ちた目で俺を見つめていた。

「グレイス――」

 俺はその意図をみ、即座に動き出して仲間に指示を出していく。

「シルヴィ、セレス、たせてくれ!!」

 シルヴィアとセレスティアは俺の言葉を聞いて、即座にその指示の意味を理解した。

「任せろ!!」

「了解!」

 彼女たちの声色に、明らかに力が戻る。

 全員がグレイスをカバーする布陣を取ると、俺は追加でシルヴィアに指示を出した。

「シルヴィ、火だ。火を使え!!」

「了解! ――フフ、良かったわ。

 火を使うなって言われたら、どうしようかと思ったの!」

 魅力的な笑みと共に、意外に余裕を感じる返事が返ってくる。


 グレイスは戦線から後退し、隠者の長剣ソードオブハーミットを真横に構えて目を閉じた。

 俺はグレイスを護るよう傍に移動し、彼女を防護結界プロテクションフィールドの範囲内に収める。

 戦闘音の響き続けた迷宮ダンジョンの中に、グレイスの透き通る声が穏やかにつむがれていた。

「そう易々と行くと思うのか!!」

 ここまで来ると、ジルベールも俺とグレイスが何をしようとしているのかに気付いている。

 だが、ジルベールの動きを、セレスティアが割り込んでさえぎった。

「それはこちらの台詞セリフだ!!」

 セレスティアは斬撃と光弾スターシェルを組み合わせ、ジルベールに応戦する。

「そうよ、ここは突破させないっ!!」

 シルヴィアは俺の指示通り、派手に爆炎ナパームを周囲に放ち始めた。

 地面に落ちた炎の塊が、セレスティアを巻き込む程の火柱となって、何カ所にも立ち上がっている。

 ジルベールは突進の勢いを止められ、忌々いまいましげに炎を避けようとしていた。



 俺はグレイスの真後ろに回り込むと、静かに詠唱が終わるのを待つ。

 グレイスの向こう側には、闘うシルヴィアとセレスティアの姿が見えていた。

 俺は祈るような思いで、彼女たちの闘いを見守る。


 グレイスは飽くまで静かに詠唱を続け、意識を集中させていた。

 俺は一旦グレイスの肩に手を置くと、その身体を後ろから抱きしめるように、両手を伸ばしていく。

「――あっ――」

 俺の手が触れる感覚に、グレイスが小さく声を上げた。


 これまで一度の戦闘で、二度に渡って『魔人の武器』を取り出したことはない。

 グレイスに掛かる負担を考えれば、正直積極的には採りたくない選択肢だ。

 だが彼女は俺を信頼し、その身を預けてくれている。


 彼女の肌はこぼれ落ちそうな程に、俺の手を柔らかく押し返した。

 そしてその暖かさが、俺の手の平を通して直接伝わってくる。

 俺はふと、その温もりがジルベールに奪われそうになっていたことを思い出した。

 一瞬襲った胸を締め付けるような感覚に、俺は思わず柔らかな肌を掴む手に力を籠めてしまう。

 俺はそれを誤魔化すように、後ろから彼女の身体を強く抱き締めた。

「ああっ――んっ――!」

 俺の興奮に応えるように、彼女の中の興奮が、次第に固くとがってくる。

 俺は火照ほてった指先で、その突起を小さく押し返した。


 俺はこの温もりを、手放す訳にはいかない。

 俺はこの暖かさを、誰にも奪われたくはなかった。

 俺は目の前の女性を――この腕の中に、繋ぎ止めておきたかったのだ。


「はっ――ああぁ――ケイ!!」

 詠唱が終わり、一際高く俺の名前が叫ばれた瞬間――。

 周囲を真っ白に変える程の光の束が、その空間に立ちめた。



 キラキラと輝く、目を背けたくなる程の強い光――。

 その光の中にある俺の手に、確実な感触が生まれてくる。


 グレイスを後ろから抱きしめていた俺は、その両手の中のものを、真上の方向へと引き出していった。

 右の手にも、左の手にも――確実なの感触が存在している。


 徐々に明らかになっていくその姿に、俺は彼女と歩んだ記憶を思い出していた。


 そして、俺と彼女の記憶の中に――この武器は、ある。


 それは俺とグレイスが初めて出逢った日に、

 二人を救い、二人の“宿命”を決定づけたもの。


 ――魔人を倒す、『魔人の剣』。



 俺の手には、赤く燃える炎帝の剣フランチェスカと、紫に凍てつく氷帝の剣ヴァイオラが、握られていた。




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