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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第八部 魔人の剣篇
84/117

083 左手

 決して明るいとは言えない迷宮ダンジョンの中を、きらめくような白色の光が満たしていく。

 光に包まれたその空間は、まるで陽光の下へとさらけ出されたかのように、明度を増していた。


 目前で生まれた強い光源に阻まれて、俺から周囲の様子を詳しくうかがい知ることはできない。

 だが、先ほどまで迷宮ダンジョン内に響いていた戦闘音は、今は完全になりを潜めていた。

 そこから類推すれば、エイダとセレスティアたちの闘いは一時中断しているはずだ。

 きっと彼女たちも、今ここで起こっている出来事に視線を奪われていることだろう。


 俺は強い光に包まれた自身の手の中で、ゆっくりと形作られるものがあるのを実感していた。

 その感触はハッキリとしないモヤモヤとしたものから、次第に確実な外形を感じられるものへと変化していく。


 俺が左右の手で掴んだ物体には、独特の“一体感”が存在していた。

 その一体感が確実なものになった後、俺は両手に掴んだものを少しずつ、そして慎重にグレイスの胸元から引き出していく。

 真っ白に輝く光の束の中に一筋の影を作って、長さのある“得物”が徐々にその姿を現した。


 ――間違いない。

 俺はこの武器を、知っている。


 それは――両手で持つのに相応しい長さを持った、一本の“杖”だ。

 俺の中にある記憶と同じように、杖の頭部には非常に凝った複雑な意匠が施されている。

 杖の材質は木でもなく、金属でもない。

 言葉では何とも形容しづらい、不思議な材質で出来ていると思われた。

 それが見た目の質感と、実際手にした時の重量感にギャップを感じさせる。


 ――グレイスが言った通りの結果だ。

 俺と彼女が望んだ通り、手の中に生まれたのは『賢者の杖スタッフオブセージ』で間違いない。


 俺が賢者の杖スタッフオブセージを光の中から完全に取り出すと、グレイスの胸元から発せられていた光は、急速に収束していった。

 不自然な強さで煌々こうこうと照らし出されていた迷宮ダンジョンは、一気に元の仄暗ほのぐらさを取り戻していく。

 すると、消えゆく光と引き替えに、賢者の杖スタッフオブセージの全体から薄い黄金色の光が放たれているのが見えた。

 先ほどまでは強い光の影響で判らなかったが、賢者の杖スタッフオブセージは自らの存在を誇示するかのように、柔らかな魔法の光を発している。


「――動けるか?」

 俺は全貌ぜんぼうを現した賢者の杖スタッフオブセージを手にしながら、気怠けだるい表情を見せるグレイスに声を掛けた。

 彼女は俺の問い掛けには即答してこない。何か言いたげな表情のまま、俺の顔に視線を留め、普段よりも幾分緩慢かんまんまばたきをしていた。毎度感じることではあるが、武器を取り出した後の彼女は妙に色っぽい。

「――はい、問題ありません」

 少し間を持った後に、美しく通るグレイスの声が返って来た。

 念のためにグレイスの状態ステータスを確かめてみると、彼女のSPはまだ半分以上が残っている。

 俺とグレイスが初めて会った時、彼女は魔人の武器を取り出すために、ほぼ全ての魔力を使い果たしていた。

 あれから数ヶ月が経つ。成長したのは俺だけではない。

 単なる数字の尺度でしかないが、彼女自身も大きく成長していることが、改めて実感できた。


 望み通り賢者の杖スタッフオブセージを手にしたことで、俺の心には安堵あんどの気持ちが広がっている。

 とはいえ残念ながら、俺はいきなりエイダとの戦闘に参加する訳にはいかない。

 俺はこちらを傍観していたエイダが再び動き出したのを確認すると、エイダから最も距離を稼げる位置へと下がって行った。

「済まないが、暫く後方支援に回る」

「判りました」

 グレイスが俺の言葉に応え、入れ替わりに前線へと近づいていく。

 魔人の武器を取り出した後のグレイスは、完全に本調子とは言えないはずだ。それが少し心配ではあるのだが――見た感じで判断すれば、身体の動きはしっかりしている。これならきっと、大丈夫だろう。


「グレイス、大丈夫――?

 闘えるのね?」

 エイダとの戦闘に復帰しようとするグレイスを見て、シルヴィアが声を掛けた。

「ええ、大丈夫です」

 グレイスは笑みを浮かべながら、それに応えている。


 グレイスが前線に復帰したことで、セレスティアがエイダと向かい合い、グレイスがその斜め前でエイダの動きを牽制する隊形になった。

 これまで無心にセレスティアへ攻撃を仕掛けていたエイダは、グレイスからの奇襲を警戒して、すぐに襲いかかって来ようとはしない。

 その二人から少し離れた場所にはシルヴィアがいる。そして、俺が立っているのはシルヴィアの更に後方だ。


 実質俺の立つ位置は、ほぼ戦線から離脱している場所とも言える。

 この距離まで離れてしまうと、恐らくエイダは俺の存在など気にすることなく、三人だけに注意を払うことだろう。

 俺はこれから暫くの間、魔力(SP)の回復を優先して、本当に必要な支援だけを行うことにする。

 俺は自動魔力回復のスキルに加えて、SP回復を早める審判の法衣ジャッジメントローブを装備していた。

 加えて今は賢者の杖スタッフオブセージを手にしているのだ。通常一時間程度を有するSPの完全回復も、恐らく二〇分とは掛かるまい。

 時間を追うごとに俺の魔力(SP)は急速に戻り、この闘いは俺たちに有利な方向へと、傾いていくと考えられた。


「イヤアアァァ!!」

 グレイスの牽制フェイントに、痺れを切らしたのかもしれない。

 エイダはこれまでにない気合いの声を張り上げて、手に持つ斧を真横に振り回してきた。

 単純に振ったという動きではない。後ろに振りかぶる予備動作も含めて、身体を目一杯使った大振りの攻撃だ。

 恐らく無理に大振りな一撃を放つことで、グレイスを近寄らせない意図があったのだろう。


 だが、その一撃はあまりに大仰おおぎょう過ぎた。エイダの動きを注意深く観察していたセレスティアにしてみれば、無駄が多く動きの読みやすい攻撃に過ぎないのだ。

 セレスティアは斧の届く範囲から注意深く退くと、用心も兼ねて更に大きくもう一歩、バックステップを踏んだ。

 その瞬間、エイダの身体の周りをいくつかの緑の球体が取り囲み始める。

 魔法で作られた緑の球体は、大きな空振りで体勢を崩したエイダの胴体へと、次々にぶつかっていった。

 殆どの球体は、エイダの身体に当たった瞬間に弾け飛び、霧散してしまう。

 しかし、その中の一つの球体だけは弾け飛ばずに、エイダのお腹の辺りに吸収されていった。

「――防御力低下クラッシュだけ入ったわ!」

 シルヴィアが声を上げる。緑の球体は、エイダの能力を落とすためにシルヴィアが放った状態異常魔法デバフだったのだ。

「ハッ――!!」

 その声に応えるように、セレスティアが後退バックステップから反転して斬り込んで行った。

 彼女の動きに呼応して、聖乙女の剣ジャクリーンの刀身が、周囲の光を反射する。その鋭いきらめきが、セレスティアの一撃に更なる力を与えているように見えた。

 直後ガチッという金属同士の激突音がして、エイダはその攻撃を無理な体勢で受け止める。何となくエイダの持つ斧に、刃こぼれができたような音感だった。

 エイダの体勢は、次の動作が難しそうなぐらい崩れてしまっている。元々十分な体勢でなかったのを、器用に身体を折り曲げて、何とか攻撃を受け止めた状態だ。


 魔人であるエイダのレベルは、セレスティアたちよりも高い。

 しかし、ここまでの闘い方を見ると、闘いの経験や身のこなしは遙かにセレスティアたちの方が上だと思われた。小柄ドヴェルグの魔人は、毎度追いついていない動作を、何とか膂力りょりょくと柔軟性によって立て直そうとしている。


 エイダが聖乙女の剣ジャクリーンを弾いた直後、今度は密かに後方へと回り込んだグレイスが斬りかかった。

 エイダはやはり、無理矢理身体をひるがえして、その一撃をやり過ごす。

 だが、如何いかな柔軟性を誇るとしても、一撃と共に飛んできた呪弾ガンドを避けることはできなかったようだ。

 ともすれば周囲の空気に溶け込みそうな鈍色にびいろの弾が、見事に魔人の身体へと吸い込まれていく。

 俺がエイダの状態ステータスを確認すると、彼女の状態ステータスには『状態:認識力低下』の文字が刻まれていた。

 もちろん、認識力低下の呪弾ガンドは、敵を倒すための直接的な効果をもたらすものではない。

 しかし、何種類もの呪弾ガンドを放てるグレイスが、敢えて選んだ効果だ。きっとこれを選んだ理由があるに違いなかった。


 攻撃を終えたグレイスが飛び退すさった直後、セレスティアもグレイスの動きに合わせて、盾を構えたまま後退する。それによってエイダの周りには、数歩分の空間が空いた。


 三人の美女たちは、特に声を掛け合って動いていた訳ではない。

 しかしグレイスとセレスティアが後退した直後、タイミングを計っていたかのように放物線を描いた二つの炎が現れ、エイダの足下に着弾した。

 シルヴィアが得意とする火属性魔法、爆炎ナパームだ。


 エイダはその直撃を逃れたが、爆炎ナパームは着弾した場所周辺に広がり、派手な火柱を上げている。

 火柱によって行動範囲の狭まったエイダは、誘導されるように炎を迂回して動いた。

 そして、エイダが迂回した先には、魔法を放ったシルヴィアがいる。

 エイダは即座にシルヴィアを攻撃対象ターゲットに定めると、一気に彼女に向けて駆け出した。


 恐らくその行動を予測していたのだろう。セレスティアが間髪入れず、エイダの正面に立ちはだかった。

 セレスティアは突進の勢いを殺しながら、エイダの攻撃を聖乙女の盾シールドオブラインでしっかりと受け止める。勢いよく激突した斧と盾は、派手な音を立てながら魔法の火花を飛び散らせた。

「どうした! その程度の力なのか!?」

 セレスティアの挑発の声に応えるように、エイダはより一層、斧を力一杯に押し込んでいく。

 セレスティアはそれに力負けしないよう、前傾姿勢をとって押し返した。


 二人は数瞬の鍔迫つばぜり合いを演じていたが、エイダが力押しを諦めて斧を引き、大きく後ろへ飛び退すさる。

 次の瞬間、エイダは大きく目を見開くと、ニヤリと笑みを浮かべながら斧を両手に持ち直した。

「セレス、注意してください!」

 その腕力と魔力のもった動きを見て、グレイスが警告の声を上げる。

 グレイスの言葉の直後、エイダはセレスティアに向かって突進すると、彼女に向かって斧を無茶苦茶に振るい始めた。

 今までの攻撃とは威力もスピードも違う、目の前にあるもの全てを粉砕してしまうようなラッシュ攻撃だ。

 身体全体を使った攻撃にされたセレスティアは、流石にジリジリとHPを削られながら、後退して行く。

「そんな程度では――!」

 激烈に盾を打つエイダの攻撃に対して、セレスティアは重装騎士タンカーの防御アビリティである守護砦フォートレスを発動した。

 アビリティの発動によって、セレスティアの身体は一気に青白い光に包まれていく。

 守護砦フォートレスは本来、複数の敵に囲まれた時に使うアビリティだ。光に包まれるセレスティアの姿を見れば、彼女がなにがしかのスキルを発動させていることは、すぐに判別できるだろう。

 だが、エイダはそんなことには構わず、ただひたすらにセレスティアだけを攻撃し続けている。

 結果、エイダの攻撃は守護砦フォートレスはばまれ、殆どセレスティアの身体に届いていなかった。

 このエイダの直線的で考えなしの攻撃には、認識力低下の呪弾ガンドを喰らったことが作用しているようだ。グレイスの魔法は直接的にダメージを与えるものではなかったが、有効に機能していると言える。


 目の前には、夢中でセレスティアを攻撃し続けるエイダと、その攻撃をアビリティで防ぎ続けるセレスティアという構図が出来ていた。

 そして――如何いかに魔人だとしても、全くその場から動こうとしない敵は、格好の的になる。


 シルヴィアはこの隙を逃さず、エイダを狙って岩雨ロックレインの魔法を見舞った。

 通常であればセレスティアを巻き込む危険性リスクを考え、岩雨ロックレインのような範囲魔法を前線に放つことはしない。

 だが、セレスティアが身動きの取れない守護砦スキルを発動し、敵も移動していないのだ。上手く発動位置を設定できれば、十分に狙いを付けることは可能だった。


 シルヴィアの狙い通り、彼女の岩雨ロックレインは攻撃を続けるエイダだけに襲い掛かっていく。

 無数のつぶては容赦なく魔人の肌を削り、瞬く間に傷口から青黒い血液を吹き出させた。

 しかし、エイダはそれでも怯まない。

 狂ったように斧を振り続ける彼女を見て、俺はこのラッシュが誰かに“魅了”されたものでないことを、改めて状態ステータスを見て確認した。


 間違いない。やはりエイダは“魅了”の状態にはない。

 自らのHPをかえりみずに攻撃を優先するさまは、何となく大鬼の王ジノとの闘いを彷彿ほうふつとさせた。

 大鬼の王ジノは何故、自分の命を顧みる必要がなかったのか――?

 その理由を頭に思い浮かべながら、俺は慎重にエイダの動きを目で追っていく。


 攻撃を続けるエイダの背中は、完全にお留守の状態になっていた。

 既にエイダの後背には、潜伏ハイディングとシークレットステップで近づいたグレイスが迫っている。

 彼女は完全にエイダの背中側へと回り込むと、無言のまま不意打ちバックスタブを決めた。

 黒髪を揺らす彼女が持った隠者の長剣ソードオブハーミットには、髪色とは対照的な光属性の輝きが付与されている。勢いよく繰り出された光属性の剣は、反属性である闇属性の魔人を、いとも簡単に切り裂いた。

 流石にその傷には大きな痛みを伴ったのだろう。エイダは顔をしかめながら甲高い悲鳴を上げ、後方のグレイスへと振り返った。

 だが、対峙していたセレスティアからすれば、その行動は無防備な背中を晒したことしかならない。

 もちろん彼女は、その機会チャンスを逃さなかった。

「ハアアァァッ!!」

 セレスティアは気合いの声を上げると、エイダに向けて聖乙女の盾シールドオブラインを横凪ぎに振るう。

 赤い燐光りんこうを引きずりながら加速する盾は、シールドブロウのスキルを発動させて、エイダの脇腹へと突き刺さった。

「ガアアァァッ!!」

 エイダはたまらず吹き飛び、大きく苦悶の声を上げながら地面を転がった。



 ――俺は、目の前の闘いに一切手出しをしていない。

 だが、グレイス、シルヴィア、セレスティアの三人は見事に連携し、魔人を着実に追い詰めていた。


 先ほどまで減少する気配が見えなかったエイダのHPは、今は四分の三ほどにまで落ちてきている。

 単純なレベルの高低で言えば、グレイスたち三人は、小柄の魔人に及ばない。

 しかしながら彼女たちの連携は、数値では図れない“強さ”を見せつけていた。


 もちろんエイダが比較的単調な動きを繰り返す、攻撃が読みやすい相手だというのは大きいだろう。

 敵が黒妖精の魔人クルトのような動きと思惑を持っていた場合、彼女たちが同じように連携を取って対等に闘えるかというと――確かに疑問は残る。


 だが、俺は目の前で繰り広げられている“自分が参加しない闘い”に、得も言われぬ高揚を感じていた。

 そして、背中から沸き上がるゾクゾクとした高ぶりの中で、一つの考えに行き当たる。


 仮に、俺がこの世界フロレンスから“居なくなってしまった”としても――。

 きっと彼女たちは、これからも『魔人』と十分な闘いを繰り広げ、最終的に『魔人』に打ち勝ってくれるだろう。




 全くの休息状態にあった俺のSPは、既に四分の一ほどまで回復していた。

 存分に魔法を駆使する形で戦線復帰するには、心許こころもとない量ではある。

 だが、賢者の杖スタッフオブセージを持ちながらであれば、十分闘いに参加することができるだろう。


 見ればエイダが、転んだ状態からムクリと起き上がろうとしていた。

 彼女は斧を両手に構え直したが、周囲をぐるりと見渡し、すぐに襲いかかって来る様子を見せていない。

 小柄の魔人の目前には、変わらずセレスティアが油断なく構えている。

 その斜め後ろにはグレイス、さらにその後方にはシルヴィアが控えていた。


 エイダは目前にいる三人の位置を見定めた上で――その場でニヤリと破顔する。

 満身創痍まんしんそういではあるのだが、その表情は少女が無邪気に微笑んでいるかのように見えた。

 一方でそれは、邪悪な魔人が嘲笑を浮かべたようでもある。

「――何だ!?」

「――!?」

 次の瞬間、急に動き出したエイダを追って、全員の視線が同じ方向へ動いた。

 これまでの行動をなぞれば、誰もがセレスティアへと襲いかかってくるさまを想像していただろう。


 だが、エイダが採った行動は逆だ。

 彼女は勢い込むと、くるりと反転して、俺たちに“背中を見せて”駆けだした。

 つまり――逃亡したのだ。

「!! 逃がすか!」

 セレスティアが間髪入れずにその後を追う。

 グレイスもそれにならって、駆けだした。



 逃げたエイダが駆け込んで行ったのは、通路の奥――魔法で施錠されていた扉の先だ。

 その扉の先には“転移門”がある。

 だが、転移門は先ほど俺とシルヴィアが、なかば破壊してしまっていた。


 エイダは転移門が破壊されているのを知らずに、転移門を頼って逃げたのだろうか?

 それとも偶々たまたま逃げようとした方向が、転移門の方向だったということなのだろうか?

 もしくは――。


 俺は彼女たちの背中を追いながら、急速にいくつかの状況を頭の中で整理する。

 浮かび上がってくる想定の中でも、良くない結果に結びつくものは、頭の中に残りやすい。

 そして俺の“運”の悪さは――いつもその残った選択肢を、手元に引き寄せてしまうのだ。

「――待て!

 この先は行き止まりだ。慎重に追おう」

 俺は駆け出したセレスティアとグレイスを呼び止めると、固まってエイダの後を追うことを提案する。


 俺たち四人は集合すると、再びセレスティアを先頭に据えて通路を抜け、慎重に階段を下りて行った。

 足を進める毎に、次第にその先にあるものが見えて来る。


「何故だ、破壊したはずでは――!?」

 先頭を進んでいたセレスティアが、異変を感じて声を上げた。

 俺たち四人が駆け込むように部屋に入ると、果たして突き崩したはずのアラベラの石像と転移門は、完全な形を取り戻している。

 確かに先ほどは石像と転移門を、完全に崩壊させたという訳ではなかった。

 だが少なくとも、アラベラの石像は上半身が吹き飛び、もはや下半身しか残っていない状態になっているはずなのだ。


 俺は目の前の石像が、幻影魔法で作られたものではないことを確認しながら小さく呟く。

「――修復、しているんだ」

「修復――?」

 転移門が勝手に復活してしまうという想定ケースは、俺の頭の中には存在していなかった。

 それだけに、エイダを取り逃がしてしまったか――という悔恨かいこんの念が、一瞬脳裏を掠める。

 だがよく見てみると、魔人エイダは部屋の奥にある転移門の側で、静かに立ち尽くしていた。


 仮に、エイダが転移門の存在を理解しながらこの場に逃れて来たのだとすれば――。

 この後の展開は、恐らく二通りしかない。


 一つはエイダが転移門を通り、魔人の国へと逃れること。

 もう一つは――何者かが転移門を通って、この場に“現れる”ことだ。


 しかしながら、転移門の側に立つエイダは、この場から一向に逃れようとする気配を感じさせない。

 彼女はただ静かにこちらを見つめ、無表情のままたたずんでいた。


 俺はこの状況を見据えながら、これまでの情報を整理し、現れるであろう“何者か”を推測する。


 ――フェリムはグレイスの故郷だ。

 そして、グレイスは二年ほど前に、フェリムを立ち去った。

 彼女はフェリムを立ち去る際、自分の生家に火を掛けている。

 グレイスの父親である魔人ユルバンは、グレイスがフェリムを立ち去る前後に亡くなった。

 ユルバンは、グレイスに『魔人の武器』が詰まった『宝物庫』を受け継がせている。

 また、彼自身は死ぬ直前まで『禁書』を持っていた可能性が高い。


 その後、グレイスとユルバンが居なくなった生家の側に、“何者か”が潜伏し始めた。

 フェリムの迷宮ダンジョンにはアラベラの石像が設置されており、転移門が存在する。

 その“何者か”の目的は、この転移門が絡んでいるとみて、ほぼ間違いないだろう。

 そして、その“何者か”は、自分の存在を隠すために集落フェリムの人々を魅了し続けていた。


 転移門を破壊せずに潜伏し続ける理由は、転移門から現れる使徒を倒すためだろう。

 だが、使徒を倒す目的は、決してこの世界フロレンスを護るためではない。

 もし仮にこの世界フロレンスを護るのが目的なのであれば、使徒を倒し続けるよりも、転移門を破壊するのが最も適切な選択肢であるはずだ。

 転移門を破壊せずに、わざわざ潜伏して使徒を倒す目的は――倒した使徒の力を、奪うために違いない。


 使徒はこの世界フロレンスにおいて、同種の使徒を傷つけることができない。

 つまりここに潜伏している“何者か”は、転移門から現れる使徒とは異種の使徒である可能性が高い。


 この世界フロレンスで同種の使徒を倒すためには、『魔人の武器』が必要だ。

 その『魔人の武器』は全て、『ユルバンの宝物庫』に収められてグレイスが持っている。

 『宝物庫』に収められているもの以外に『魔人の武器』が存在すれば別だが――仮にそういうものが存在するなら、グレイスが狙われる理由は希薄になるだろう。

 だが、実際彼女の持つ『宝物庫』は狙われ、彼女の父ユルバンも彼女が狙われることを予期していた。

 それを考えれば、『宝物庫』以外から『魔人の武器』が登場してくる可能性は低い。


 そして――。

 フェリムの転移門には、アラベラの石像が併設されていた。

 加えてこの場に現れた魔人エイダは、アラベラの使徒だ。


 俺は、エイダが集落に潜伏していた“何者か”ではないと考えていた。

 つまり、潜伏していた“何者か”は、エイダとは別にいる――。



 俺の考えは、ひょっとしたら細かいところで間違っているかもしれなかった。

 例えば『魔人の武器』以外に、同種の使徒を傷つけるすべがあればどうだろうか――?

 この場で転移門が修復したことを考えれば、やむなく転移門を破壊するのを諦めたという可能性は出てこないか――?


 だが、そうした事象に振れ幅があったとしても、この状況を集落フェリムの人々を魅了して作り出していることに、不自然さを感じざるを得ない。

 決して今の状況は、好意的な思想に基づいて作り出されたとは思えないのだ。

 この状況からは――どうしても“野心”と“悪意”の影を、感じてしまう。



 先ほどから俺の頭の中には、一人の“人物”の姿が浮かんでいた。

 確実な証拠がある訳ではない。可能性の問題だ。


 だが、現れるのがその“人物”だとして、俺は彼をどう呼ぶべきだろうか?


 俺は――その人物の名前を、“知らない”のだ。



 グレイス、シルヴィア、セレスティアを従え、俺が部屋の中へと踏み込もうとした瞬間――周囲が目映まばゆいばかりの光で満たされる。

 途端、雷鳴とも取れる轟音が鳴り響き、目の前に立ち上った土煙が“何者か”の登場を予期させた。


 俺は自分の推測に、確たる自信を持っていない。

 とはいえ俺はそれほど遠くない未来に、その“人物”と出会うことになるのではないかと、思っていた。



 未だ土煙が上がった場所からは、その者の姿は見えて来ない。

 だが、姿が見えなかったとしても、俺にはそれが誰なのかを知る術がある。

 俺は土煙に阻まれた影を“凝視”しながら、その人物の正体を確認した。


 やはり――想像通りだ。

 そして、俺はその人物の正体を、“声に出すことができない”。



 俺はその意味を噛み締めつつ、グレイスたちに合図するように――。


 その場でゆっくりと、“左手”を上げた。




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