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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第八部 魔人の剣篇
82/117

081 少女

 木々の葉が、風になびいて揺れる音。

 そして、小動物の声――。

 人がいなくなった空間には、実際は多くの“音”が存在している。


 俺たちが訪れたフェリムの集落からは、図らずも人々の気配が消えていた。

 それは森に包まれたこの集落において、最も大きな“音”を立てる存在が居なくなったことを意味している。

 それまでは、森が発する“音”は意識しなければ聞こえなかった。だが、今は何ら意識をしなくても、それらが耳に入ってくる。

 それだけ辺りは、静寂とも呼べる静けさに覆われていたのだ。


 この世界フロレンスの朝は早い。それはこのフェリムとて、例外ではない。

 陽が昇ると共に人々が寝床から起き出し、朝食を準備し、顔を合わせては朝の挨拶を交わす――そういう情景がここにもあったことを、何となく想像させる。

 フェリムは決して人が多い場所ではない。しかしながら、朝に聞こえてくる“音”の主役は、そうして活動する住民たちだったはずだ。

 ――だが今は、その主役がいない。


「まさか、全員夜逃げでもしたっていうの?」

 シルヴィアが静けさにえられないのか、若干茶化しながら口を開いた。

「見たところ、朝食はまだ暖かい状態で放置されているようだ。

 夜逃げと言うほど前に、居なくなったわけではない」

 俺がそう答えると、シルヴィアは肩をすぼめて首をかしげる。


 昨日ここで見た住民の姿が、全て幻影だったという可能性もゼロではない。

 質量を持つ幻影は、過去レーネが使ったことがある魔法だ。存在しないわけではないのだ。

 だが、仮にそれほどの幻影魔法の使い手がいたとしても、グレイスの知人まで忠実に複製コピーできるだろうか? その姿形は似せたとしても、記憶や口調、声まで幻影として作り出すことができるのだろうか――?


 普通に考えれば、あれは幻影などではなく、現実に住民が全員魅了されていたと考える方が自然だ。

「モノの本で読んだことがあるけど、吸血鬼が町の全員を魅了して、町を訪れる人を次々に罠にめていく――何てことがあるらしいわね。

 そういうことだったら、正直ゾッとするわ」

 シルヴィアはそう言いながら、自分が放った言葉に対して恐怖を感じるような表情を作る。俺はそれを見て、彼女に向けて言葉を返した。

「あれ――?

 昨日シルヴィアは、俺が悪魔でも吸血鬼でも構わないとか言ってなかったっけ?

 てっきりそういうものに、免疫があるのかと思っていたが」

「あたし、そんなこと言ったっけ? 吸血鬼なんてゴメンだわ」

「――――」

 思わず返す言葉を失ってしまったが――そんな俺の表情を見て、シルヴィアが悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 俺、ひょっとして、シルヴィアに踊らされてるんだろうか。

「――まあ、いい。

 とりあえず集落を調べよう。

 念のため、町中ではあるが、武装はしておく」

 俺はそういうと、資産インベントリから支配者の魔剣ローリンザーを取り出した。

 セレスティアたちもそれに合わせて剣を抜き、いつ戦闘が起きたとしても、対応できる態勢に入る。



 集落を探索すると、やはりどの家にも住民の姿はなかった。

 しかも実際調べてみると、結構な割合で空き家が存在していることが判る。昨日グレイスも言っていたことだが、そもそも住民の数自体がかなり減少していた可能性が高いようだ。

 先ほど覗き込んで確認した通り、住民がいたと思われる家には、まだ暖かい状態の朝食が用意されていた。つまり、人々の気配が消えたのは、俺たちが集落に姿を表す直前ということになる。

「やはり、俺たちの来訪を知っていたか、予期していた可能性はあるな」

 俺がそう言うと、セレスティアがそれに反応した。

「だとしたら――この後待ち受けているのは、罠という可能性が高いのではないか?」

 俺は、その言葉を素直に肯定する。

「ああ、そう考えて間違いはないだろう。

 だが、一番厄介なのは、魅了された住人が襲いかかってきたり、人質に取られる可能性があることだ」

 俺の発言を聞いて、全員が言葉通りの状況になった場合を想像した。

 魅了されていた人々の中には、ある程度闘いに慣れた冒険者も存在はしている。だが、その殆どは戦闘など関係のない、普通の集落の住人なのだ。

「ケイ、そうなったらどうするつもりだ? 魔人が住民を盾にしたとしたら――?」

 セレスティアが、ある意味俺を試すように問い掛ける。

 俺は笑みを浮かべながら、それに明確に答えた。

「もちろん、助けるさ。あらゆる手段を使ってね。

 だが、一方で俺には目的があるし、護りたいものもある。

 転移門の破壊ぐらいなら当然後回しにしてもいいが、仮に命の選択をしなければならない場面があるとしたら――俺は容赦なく、自分の優先度に応じて、選択するだろう」

 俺はそういいながら、グレイスの方をちらりと見た。

 その意図が伝わったのか、俺の言葉を受けて、グレイスが口を開く。

「――判っています。

 元より覚悟は出来ていますから」

 最悪、グレイスの旧知の人間を見捨てなければならない可能性がある――。

 グレイスは俺が言わんとしたことを理解し、俺を気遣うように優しく微笑んだ。


 正直、俺の心の中には葛藤かっとうがある。

 俺の言葉は、場合によってはこの世界フロレンスの人々を助けるために、この世界フロレンスの人々を見捨てるかもしれない、と言っているのに等しいからだ。


 俺は昨日、彼女アスリナに何を祈ったのか。

 俺は結局、魔人に魅了され、利用され、餌にされてしまう人々を、救いきることはできないのだろうか――?




 俺たちはグレイスの案内に従い、集落の奥へと進み、彼女の生家へと向かった。

 森の木々を掻き分ける――とまでは言わないが、この先に家があると判っていなければ、とてもじゃないが進もうとは思わない道だ。

「あちらです」

 グレイスが指さした先に、確かに家らしきものが見えた。

 集落からそれほど離れている訳ではない。だが、鬱蒼うっそうとした森が、その存在を隠しているようにも見える。

 彼女が指し示した家は、恐らく彼女が事前に想像していた通り、焼き崩れたものだった。

 もはや見る影も無く、黒く焼け焦げた廃墟というのに等しい。

 だが、その廃墟の隣には、小さな小屋とでも言うべき家が建っていた。

 規模は焼けた廃墟よりも小さいものだが、たたずまいが新しいため、建てられてそれほど時間が経っていないことがうかがい知れる。

 焼け焦げた家の廃墟の側に、木造の真新しい家が建っている状況を見れば、どう考えるべきだろうか?

 普通に考えれば、新しい家は、隣家が燃え落ちた後に建ったと考えるべきだろう。同時期に建ってたとしたら、延焼はまぬかれない。


 グレイスは焼け落ちた自分の家には目を向けず、真新しい隣家を指さしながら言った。

「――少なくともわたしがここを出て行くまで、ここには何もなかったはずです。

 わたしはここを広場のように使って遊んだ記憶を持っていますから、確実です」

 俺は真新しい隣家を“凝視”してみたが、その中には誰の姿もない。

「中には誰もいないようだ。

 集落がこの状況では、恐らく調べても何も出てこないだろう」

 俺の言葉の意図には言葉通りの意味と、グレイスを焼け落ちた生家に近づけたくないという意味の両方が含まれていた。

 だが、彼女はその意図には沿わず、素早く隣家を調べ始める。

 俺たち三人は、その作業をただ無言で見守っていた。

 しかしグレイスの仕草は、有効な何かを発見したように見えない。


 しばらくして、グレイスが俺の元に戻り、首を横に振った。

 俺は少し安堵の表情を浮かべながら、彼女に言う。

「もはやここに手がかりはないかもしれないが――。

 ここにいた誰かの存在を隠すために、住民を魅了していた可能性は高い」

「はい、わたしもそう思います。

 ですが、何のためにそんなことを――?」

「仮にここにいた誰かの存在を隠すために、住民を魅了したというのなら――この家の住人には、他の住人の目を欺いてでもフェリムに居座る理由があるということだ。

 ただ、単にフェリムに居座るだけだったら、極端な話、住民を排除してしまって居座るというやり方がある。端的に考えれば、恐らくその方が住民を魅了して回るよりも、手間が掛からず手っ取り早いはずだ。

 だが今回は、敢えてその選択をしていない。それよりも手間の掛かるであろう、住人を魅了するという手段をっている。

 これは恐らく、迷宮ダンジョン目当てにフェリムの“外”からやってくる冒険者たちの目を、長期にあざむく必要があったからだ。

 フェリムに異変があることを冒険者に気取けどられれば、その情報は冒険者の口から他の自治区や王国ハーランドに伝わる可能性がある。そうなれば、どこかの国の軍隊がフェリムへ乗り込んでくるかもしれない。

 その状況は、この家の住人にとって都合が悪いことなんだろう」

「――ここに居続けることが、そいつの利益になっているということか」

 セレスティアの問いに、俺は頷く。

「仮定の話ではあるが、そうなる。しかも一過性のことじゃない。

 つまり“ちょっとの間”居座りたいのではなく、できれば“ずっと”居座りたいと考えているらしい。

 ――フェリムは小さな集落だ。

 この集落に居座ることが利益になると言えば、恐らく迷宮ダンジョン目当てか、もしくは――」

「転移門目的しかない――」

 俺の言葉に上書きするように、セレスティアが言う。

 俺は再び頷きながら、口を開いた。

「だが、迷宮ダンジョンの独占が目的だとすると、冒険者たちを魅了こそすれ、排除していないという部分が、正直話の相性として良くない。

 そう考えると、自ずと答えは転移門目的で居座っている、ということになる」

 俺がそういうと、シルヴィアが言い換えるように言う。

「それって転移門に居座る必要があるほど、“魔人の国”とフロレンスの間を頻繁に転移するってこと?」

 俺はシルヴィアの発言に、首を横に振った。

「いや、多分役割としてはその逆だ。

 自分が行き来するだけなら、ここに居座る必要はない。

 つまり、転移するのは自分じゃない。

 きっとそいつは、転移してくるヤツに用があるんだ」

「それって――。

 転移して来る魔人を待ち伏せて、襲うってことなのね――」

 俺は目を閉じながら、シルヴィアの発言を聞く。

「――飽くまで、可能性の問題だ。まだ真実は判らない。

 俺と同じ理由でフロレンスを守るために、そういうことをしている可能性だってある。

 ただ、それなら転移門自体を破壊すれば済むはずだから――それをしない理由もあるはずだ」

「――ケイ、迷宮ダンジョンへ向かいますか?」

 一通りの話の収束を見て、グレイスが俺に問い掛けた。

「ああ、恐らくそれしか選択肢はない」

「罠である可能性は高いぞ」

 警戒するように、セレスティアが言う。

「だとしても、俺たちはこのまま転移門を放置して帰る訳にはいかない。

 少なくとも不意に罠にめられるよりも、最初から罠だという意識を持って進む方が対処はしやすい。

 それに――俺たちがフェリムに向かうということを、宰相オルガには伝えてある。

 最悪俺たちに何かがあって、戻れない事態になったとしても――ハーランド王国が、そのまま黙ってはいないだろう」

 もちろん、そういう事態におちいらないようにしなければならないが、宰相オルガの存在は、俺たちにとって最後の安全網セーフティーネットになっている。


 俺たち四人はそれぞれ装備を確認した上で、付与エンチャントを施し、いつでも戦闘が開始できる態勢に入る。そして、そのままグレイスの案内を受け、フェリムの集落に存在する迷宮ダンジョンまで、足を進めていった。


 フェリムの迷宮ダンジョンの入り口は、驚くことにフェリムの集落の中に存在する。

 元々フェリムの集落は、この迷宮ダンジョンを目当てにして作られたものだ。よって集落に存在する建物は、もっとも迷宮ダンジョンを探索しやすい形で建てられている。

 迷宮ダンジョンから魔物モンスター)あふれるような事態が起こることは、あまり考えられていないのだろう。そこには、迷宮ダンジョンと“共に生きる”という、集落の考え方が見え隠れしていた。


 迷宮ダンジョンの入り口には二重の鉄格子が存在したが、それを除けば集落と迷宮ダンジョンを隔てているものはない。集落に向けて大きな口を開けた迷宮ダンジョンは、大昔の炭鉱と炭鉱の町を彷彿ほうふつとさせる。

 グレイスは手慣れた様子でその鉄格子を開けると、そのまま迷宮ダンジョンへと足を踏み入れていった。

 俺とセレスティア、シルヴィアの三人は、その後ろを警戒しながらついて行く。


 迷宮ダンジョンの中には備え付けられた明かりが灯っているが、数が少なく、かなり暗い。

 俺は全員の武器に光源ライトの魔法を掛け、視界を確保した。


 グレイスの先導に従い、迷宮ダンジョンを奥へと進んで行くと、足を進める毎に、次第に壁にも天井にも、豪華な装飾が見え始める。迷宮ダンジョンの多くは元々神殿だったところだが――正直な感想として、こんな片田舎の迷宮ダンジョンに見事な装飾があるのは、アンバランスだ。

「普通に素朴な迷宮ダンジョン想像イメージしていたんだが――意外と豪華なんだな」

 俺が素直な感想を述べると、前を歩くグレイスが、横目になりながら答えた。

「――二年前とは、かなり様子が違います」

「どう違う?」

迷宮ダンジョンの構造自体が変わっているわけではないのですが――。

 以前はもっとさびれた雰囲気のある場所でした。なので、わたしは最初ここに入るのがとても怖かった覚えがあります。

 それに――魔物モンスターがまったく見あたりません」

「ということは、以前は比較的浅いところから魔物モンスターがいたんだな?」

 俺の問い掛けに、グレイスが頷く。

「ええ、もちろん浅い場所の敵は強くありませんでしたが。

 この迷宮ダンジョンは比較的、魔物モンスターの数が多い場所です。

 それが今は気配すら感じません。やはり以前とは様子が違っているように思います」

「まさか魔物モンスターまで一匹残らず魅了したという訳じゃないと思うが――。

 かく、警戒しながら進んでみよう」

「判りました。

 わたしが探索したことのないところまでご案内します。

 以前と様子が違っていますので、十分に警戒を」

 俺たち三人は、グレイスの言葉に頷いた。


 再びグレイスを追う形で暫く進んだが、結局一匹の魔物モンスターも出てこない。

 罠を警戒して足を進めているのだが、その罠らしきものも見あたらず、俺たちはただ粛々と、グレイスの案内に従って迷宮ダンジョン内を進んで行った。

 すると、グレイスが一つの分かれ道のところで、足を止めて振り返る。

 全員がそれを見て、同じように分かれ道で足を止めた。

 彼女は全員が立ち止まったのを確認すると、こちらに向かって言葉を掛ける。

「――父はわたしに、この分かれ道を“左”に行った先へは、近寄るなと言っていました。

 なので、私はこの分かれ道を左に進んだことがありません」

 グレイスはそう言った後、改めて自分の発言を訂正するように、首を横に振りながら口を開いた。

「――いえ、現実には、左へ進もうとしたことはあるのです。

 ですが、その突き当たりには大きな扉があって、わたしは扉を開けることができませんでした」

「じゃあ、グレイスはその扉の先に何があるのかは、知らないんだな?」

 俺の問い掛けに、グレイスは素直に頷く。

「はい――知りません。

 フェリムに住んでいた時に、この迷宮ダンジョンを探索した冒険者にも尋ねたことがあるのですが、誰一人その扉を開けられたという者はいませんでした。

 わたしはその扉の先以外にも、この迷宮ダンジョンで足を踏み入れていないところが何カ所かあります。

 ですが――それらはわたしが未踏みとうなだけで、冒険者たちは普通に探索できたところが殆どです。

 明確にわたしだけでなく、誰もが立ち入れていないという場所は、ここぐらいしかありません」

 ということは、グレイスはほぼ確信を持って、俺たちをここへ案内してきたことだろう。

「その扉が見たい。進んでみよう」

 俺がそういうと、グレイスは神妙な表情のまま、静かに頷いた。


 分かれ道を左に進んで行くと、道が途中で下り坂になってきたのが判る。

 道が少しカーブしているため、自分の進んでいる先がどうなっているかを見通すことができない。

 何かあったときに左右に退避できるような場所もないため、コメディーのように、上から巨大な丸い岩が転がり落ちてきたりしたら――きっと一溜まりもないだろう。


 どの程度下ったのかは具体的に把握できないが、かなり下ったところの奥に、確かに大きな金属の扉が見えてきた。

 扉の前は広い空間になっていて、一つの部屋ほどの大きさがある。

 近づいて見ると、扉は金属製で大きく、俺たちの身長の二倍近くあるものだった。

 扉に施された装飾は非常に凝ったもので、その意匠いしょうは見た感じ、魔法陣に見えなくもない。

 どちらにせよ、迷宮ダンジョンの奥底で見るには、かなり違和感のある代物であることに間違いはなかった。

「不謹慎かもしれないが――田舎にある迷宮ダンジョンには似つかわしくない、随分立派な扉だな」

 俺の台詞セリフにグレイスが同意する。

「ええ、わたしも昔からそう思っていました」

「罠はないのか?」

 俺は扉を“凝視”しても、罠の存在を見抜くことができない。

 グレイスは俺の発言を聞いて、扉の周囲を調べ始めた。

 だが、特に何かを見つけた様子はなく、こちらへと戻ってくる。

「扉自体に罠はありません、ですが――」

「魔法で施錠されているわ」

 横に居たシルヴィアが、グレイスの発言に被せるように言った。

「それも――レベル6よ。

 とてもじゃないけど、人間が施錠したとは思えないレベルの高さだわ」

「それほど強力なものなのか?」

 俺の発言に、シルヴィアがフフンと笑いながら説明する。

解錠メイスはレベル1、2、3――とレベルが上がるごとに、乗数的に要求される魔法力が上がるの。

 レベル1を1とすると、レベル2は4、レベル3は9――といった具合よ。

 だから、レベル6の解錠メイスは、レベル1に比べて三六倍もの魔法力を要求される。

 普通の魔法使いソーサラーの限界がレベル3ぐらいだってことを考えると、レベル6で要求される魔法力はそれの四倍。それこそ伝説級の難易度だわ」

 彼女の言う通りなら、仮にレベル1の解錠メイスに要する魔法力を70とすると、レベル6の解錠メイスに要する魔法力は2500以上にも達する。

「――開けられるのか?」

 若干不安になりながら、俺はシルヴィアに尋ねてみた。

「さあ、どうかしらね――。

 でも、とにかくやってみるわ。

 集中しないと無理だから、みんなはここから少し離れて頂戴」

 その台詞セリフを聞いて、俺とグレイス、セレスティアの三人が、シルヴィアが立つ位置から距離を取り始める。

 すると下がり始めた俺を見て、シルヴィアは声を掛けた。

「待って。

 ケイはあたしのそばにいて」

「――近くにいると、集中できないんじゃないのか?」

「ケイには重要な役割があるのよ。

 ここに立っていて」

 シルヴィアが指示したのは、彼女のほぼ真後ろといった位置だ。

 どういう意図があるのかは分からないが、取りあえず俺は指示された通りの場所に立つ。

「いい? それじゃあ、始めるわね」

 シルヴィアがそう言うと、見る見る内に彼女の意識が集中し始めたのが判る。

 それに応じて暁星の杖スタッフオブレーシュめられた宝玉が、真っ赤な光を放って輝き出した。

 その光の強さは、次第に直視できない強さになっていく。

 俺はそのあまりのまぶしさに、腕を使って目を覆った。

 既にシルヴィアの魔力は真後ろに立つ俺にも伝わってくるほど、ビリビリとした感触を周囲に放っている。

 魔力の高まりに合わせてシルヴィアのローブがはためき、帽子のつばが揺れ動いた。

 彼女の赤い髪の毛は次第に逆立ち、足下からは宝玉と同じように赤い光が立ち上がり始めている。

 シルヴィアの表情を見ると、彼女の額に汗が滲んでいるのが判った。

 この先に進めるかどうかは――正に、彼女の能力に掛かっている。


「――!!」

 と、次の瞬間、ガコンという巨大な錠前が回ったような音が周囲に響いた。

いたのか!?」

 セレスティアが思わず前のめりになりながら声を上げると、それに呼応するように、シルヴィアの魔力が徐々にクールダウンを始め、赤い光は鳴りを潜めていく。

「――シルヴィア!!」

 ふらりと倒れかけたシルヴィアの身体を、俺は慌てて後ろから抱きかかえた。

 彼女の身体には力が入っていない。

 シルヴィアの手から暁星の杖スタッフオブレーショが落ち、カラン――と乾いた音を立てた。

「大丈夫か?」

 俺は慌ててシルヴィアを“凝視”して、彼女の状態ステータスを確かめる。

 見るとHPは変わらず、SPもそれほど消耗している訳ではない。

 ただ、状態が“衰弱”になってしまっていた。

「だいじょうぶ――ちょっと、つかれただけよ――」

 衰弱状態のせいか、若干呂律ろれつの回りも悪い。

「ここで少し休憩していくか」

 だが、それにはシルヴィアが否定の声を上げた。

「だめよ――。とびらの――むこうへ。

 またとじたら――あけられない――」

「判った」

 俺が途切れ途切れに喋るシルヴィアを抱きかかえると、それを見たセレスティアが、解錠された扉を押し開いて進んで行く。

 扉を開いた先は、真っ直ぐの通路になっていた。その通路の先はどうやら下りの階段になっているのか、突き当たりに何があるのかは、見えてこない。


 俺は警戒しながらシルヴィアの身体を床に下ろすと、左手で彼女の背中を支えたまま解除キャンセルの魔法を使った。

 だが彼女の状態ステータスは、“衰弱”のまま変わらない。解除キャンセルの魔法は状態異常を直すための魔法だが、“衰弱”は単なる状態異常とは違うようだ。

 一応、俺は奥の手として、賢者の祝福ブレスオブセージというとっておきの回復魔法を、深淵しんえんの迷宮の修練で習得している。この魔法を使えば掛けた相手のHPだけでなく、状態や精神異常も含めた完全な回復を行うことができるはずだ。これならば、普通の状態異常ではない“衰弱”も、きっと回復することができるだろう。

 ただ、この魔法はSPを激しく消耗する。そのデメリットが大きいため、これまで一度も実戦では使っていない。

「このままにして――。

 ――数分で――元に戻るわ」

 俺は少し持ち直した感じのシルヴィアの声を聞き、彼女の身体をしっかりと支える。

「扉に罠があった訳じゃないんだな?」

 俺の問い掛けに、シルヴィアはゆっくりと頷いた。


 そのままじっとしていると、数分経ったところでシルヴィアの目に、徐々に光が戻ってくる。

「もう――大丈夫よ。

 身の丈に合わない魔法を使うと、ああなっちゃうのよね。

 でも、暁星の杖スタッフオブレーシュがなければ、そもそも開けることすらできなかった」

「シルヴィア、助かった。

 これで進めるよ。君のお陰だ」

 俺がそう言うと、シルヴィアはフフフと微笑んだ。

「いいわ。お礼は、闘いが終わってからね。

 でも、開ける時に感じたんだけど――さっきの扉、施錠されてから何年も経っていたようには思えないの。

 つまり、あの扉を最近、開けて閉じたヤツがいるわ」

 俺はそれを聞いて、表情を引き締める。

「――ケイ、何となくですが、この先はあまり良い雰囲気を感じません」

 グレイスの発言に、セレスティアも同調した。

「私もそう思う。

 何かが明らかに待ち構えているように思える。嫌な予感がする」

「――判った。では可能な限り、慎重に行こう。

 いくつか合図を決めておく」

 俺はそう言って、俺が出す合図とその意味を確認していく。

 アラベラの使徒が現れた場合は右手を、敵対しそうなクランシーの使徒を見つけた場合は左手を挙げる。簡易なものではあるが、その他にも撤退の合図などを決めておいた。

 俺は全員の付与エンチャントを掛け直し、改めてセレスティアを先頭にして、通路を進んで行く。

 通路の先はやはり下り階段になっており、下りた先は部屋になっているようだ。

 警戒しながら階段を下りていくと、次第に部屋の中にあるものが見えて来る。

「これは――あっさり見つかったと言って良いのか?」

 視界に入ってきたのは、アラベラの石像と、その奥に見える転移門だった。

 見た目は荒野の迷宮で見た、石像と転移門に近い。ただし、あの時の石像はクランシーだった。

 転移門の形はこれまでと同じように、パイプオルガンさながらに壁面一杯に設置された、荘厳そうごんなものだ。

 見たところ、部屋の中には魔物モンスターや魔人の姿はない。また、それが沸き上がってくるような雰囲気もなかった。

 セレスティアが警戒しながら部屋に侵入していくが、特段そこで変化も見られない。

「どうする? このまま破壊するか?」

 先頭に立ったセレスティアが、半身はんみになって後方の俺に判断を仰ぐ。

「ああ、石像も一緒に壊してしまおう。

 ――シルヴィア、やれるか?」

 先ほどまで衰弱状態にあったシルヴィアを気遣って尋ねてみる。

 彼女は全く問題ないとでも言いたげに、ニッコリと笑った。

「いいわ。任せて」

 その台詞セリフを聞いたセレスティアとグレイスが、部屋の入り口側へと下がる。

 代わりに俺とシルヴィアが進み出て、それぞれの武器を前方へと掲げた。

「シルヴィアは転移門を頼む。俺は石像をやる」

「了解」

 そう示し合わせると、シルヴィアの持った暁星の杖スタッフオブレーシュが再び赤い光を放ち始めた。

 俺は支配者の魔剣ローリンザーを同じように掲げながら、魔力を集中させる。

「放つぞ!」

 俺の声に合わせ、魔弾マジックボール・特大と共に、シルヴィアの灼熱の四星ブレイズノーヴァが放たれた。

 距離的に近いアラベラの石像が、俺の魔弾マジックボール・特大によって上半身を吹き飛ばされると、直後に輝く四つの光弾が転移門を直撃し、一気に壁面を崩していく。

 一つの部屋の中で二つの崩壊が起き、石像と転移門は轟音を立ててガラガラと崩れていった。

 吹き上がった埃が視界をさえぎるが、石像は下半身が残り、転移門も半分ほどが残っている。だが、もう何回か魔法を叩きつければ、完全に破壊できるだろう。


 その時だった。


「――何だ!?」

 俺は耳に入った声に驚き、部屋の入り口にあった階段の方を振り返る。

 それは間違いなく、“女性の悲鳴”だった。

 だが、声の主はここにいる三人ではない。聞こえた方向は俺の後方からだが、音量は決して大きなものではなかった。

「若い女性の悲鳴でした」

「どうする、行くか?」

 グレイスとセレスティアが、矢継ぎ早に口を開く。

「罠かもしれないわ」

 忠告するように、横からシルヴィアが言った。

 俺の判断を待つように、四人が一瞬顔を見合わせ、動きを止めている。

 それぞれの顔を見合わせるだけの逡巡しゅんじゅんの後、俺は口を開いた。

「罠かもしれないが、放置もできない。警戒して向かおう。

 セレス、先頭を頼む」

「判った」

 セレスティアはそれを聞くと、部屋を出て、階段の方へと駆けていく。

 俺とシルヴィアがその後を追い、グレイスは最後尾に付いた。これは、声に引き寄せられた俺たちの後方を、狙われるかもしれないと思ったからだ。仮に女性の悲鳴が罠であれば、そういう可能性もあり得る。

 グレイスは周囲を十分に警戒しながら、シルヴィアの後ろを半分後ろ向きになりながら追尾した。

 だが、階段を上りきったところから見える通路には、人の姿はない。

「恐らく扉の外だ」

 俺がセレスティアに告げると、彼女が頷いて走り出した。


 俺たち四人が通路を駆け、先ほどシルヴィアが開いた扉の外に出ると――、

 そこには予想外に多くの、人影が見えた。


「あなたたちは――」

 セレスティアが掛けた声にも、人影は反応せず、振り返りすらしない。


 そこには全部で一〇人ほどの人の姿があった。

 見ればその中に、昨日会った中年女性――セルマの姿もある。

 食堂で見かけた、中年男性や冒険者たちの姿もあった。


 集落から来たと思われる人々が、迷宮ダンジョンの中にたむろしている――。

 それだけでもかなり異様な光景だが、その全員が生気の無い表情をして、まばたきもせずに一つの方向を凝視しているのが、余計に違和感を際立たせていた。

 そして、冒険者は手に剣を持ち、中年男性は農耕具を持ち、セルマは包丁を手にしている。

 彼らが凝視している方向を見ると、地面にうずくまった、一人の“少女”と思われる姿があった。

 普通に見れば、一〇人ほどの住民が手に武器を取り、その少女を殺そうとしている情景に見える。

 少女は外套がいとうのようなものをまとっており、顔はフードに隠れて確認することができない。

 だが、その身体が小刻みに震えているのは見て取れた。そこから類推すれば、先ほどの悲鳴はこの少女のものだと思われる。


 ――と、動きを止めていた冒険者の一人が、突然剣を振りかぶってうずくまった少女に斬りかかる!

 少女はそれを感じて頭を抱え、改めて引きった悲鳴を上げた。

「――やめろ!!」

 セレスティアはその攻撃を盾で受け止めようと、駆け込んで割って入ろうとする。

 必然的にセレスティアは、少女に背中を向ける態勢になった。

「――ダメだ! セレス、近づくな!!」

「何っ――!?」

 俺が慌てて上げた声に、セレスティアは一瞬、驚きの表情を見せる。


 だが――遅かった。


 次の瞬間、“少女”が隠し持った“斧”がひらめくと、セレスティアの背中から血飛沫が派手に立ち上がった。

「――!!」

 セレスティアは声にならない声を上げ、崩れて転げるようになりながら、その場を脱出する。

 俺はセレスティアに近づいて大回復エルダーヒールを唱えると、出血を止めるために治療リカバーの魔法を使った。

 だが、直ぐには傷口が塞がらない。肌が比較的露出していた部分とはいえ、セレスティアは聖乙女の鎧アーマーオブラインを着込んでいるのだ。先ほどの一撃が、相当な威力を持っていたことが判る。


 見れば目の前の少女が立ち上がり、フードをとって、俺を見ながらニヤリと笑っていた。

 俺はその顔を見ながら、少女を“凝視”する。


**********

【名前】

 エイダ

【年齢】

 不明

【クラス】

 ドヴェルグ:魔人

【レベル】

 53

【ステータス】

 H P:?????/?????

 S P:?????/?????

 筋 力:????

 耐久力:????

 精神力:???

 魔法力:???

 敏捷性:????

 器用さ:????

 回避力:????

 運 勢:???

 攻撃力:????

 防御力:????

【属性】

 闇

【スキル】

 不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、ハーランド語

【称号】

 斧戦士、不明、不明、不明、不明、不明、アラベラの使徒

【装備】

 不明

【状態】

 不明

**********


 ――俺より僅かながらレベルが高い。そのせいで状態ステータスは見えてこない。

 ただ、セレスティアが不意打ちを喰らってしまったものの、難敵という程ではないように思える。

 見た目は少女なのだが――ドヴェルグという種族は聞いたことがない。ドワーフのようなものだろうか?


 俺は、セレスティアの様子をうかがうグレイスとシルヴィアに対して、右手を挙げて応える。

 これは先ほど決めた、アラベラの使徒という合図だ。

 彼女たちはその意図を汲み、俺とセレスティアのいる場所と、少女エイダとの間に立ち塞がった。

「ケイ、済まない。

 ――もう大丈夫だ」

 出血が止まっただけで完全に回復した訳ではないが、治療リカバーを受けていたセレスティアが立ち上がって言う。

 俺は彼女が離れて行くギリギリまで治療リカバーを掛け続け、彼女の身体が離れた後に、後方へと下がった。


 気のせいか、目の前の少女エイダの身体が少し大きくなっているような気がする。

 それに気付いたグレイスが、俺を一瞥いちべつすると、視線を戻しながら小さく呟いた。

「気をつけてください。

 ――魔人化します」

 まるでその言葉を起点にするように、見る見る内にエイダの身体が筋肉質なものへと変わっていく。

 決して背が高くなった訳ではない。顔も少女の面持ちを残している。

 だが、その体つきは、完全に戦士のそれだった。


 エイダは変わってしまった体型に、少々ぎごちない動作を見せながらも、手に持った斧を二、三度振り回す。

 それが合図であったかのように、一〇人ほどいた住人が、一斉に俺たちの方へと向き直った。

 予想していたことではあるのだが――魔人だけでなく、多くの住人とまで一度に闘うというのは、分がよろしくない。

 だが、そんなことはお構いなしに、エイダと住人たちはジリジリと俺たちに差し迫り、包囲の輪を縮めていった。

 段々と俺たち四人の距離が縮まっていくのを見て、俺は声を上げて指示を出す。

「セレスとシルヴィアは魔人を頼む。

 グレイスは住人を。

 ――来るぞ!!」


 まるでその声を待っていたかのように――、


 魔人エイダとフェリムの住人たちが、雄叫びを上げながら、一斉に俺たちへと襲い掛かって来た。




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