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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第七部 使徒と魔人篇
78/117

077 魔人

 頬には堅い床の感触がある。


 ――いや、それは頬だけではない。

 全身に触る堅い平面の感触。

 その感触が、俺の姿勢が横たわったままであることを教えてくれる。


 少しずつ、身体の感覚が戻ってきた。

 触覚、聴覚、嗅覚、そして――視覚。


 静寂の中、俺はゆっくりと目を開いていく。


 所詮、目を開けたところで見えるものの想像は出来ている。

 俺は焦点が合わないまま、その空間が何処であるかを認識した。


 ――暗い闇。

 それが俺の到達した場所。


 “世界と世界の狭間”だ。




「――無事かね?」

 頭上から、男性の声が響いてくる。

 俺は気怠けだるそうに身体の動きを確認しながら、胡座あぐらをかいて座り込んだ。

「正直、あまり良い気分じゃない――」

 俺は自分の“右ナナメ上”で、見えない椅子に腰掛けている金髪の男に向かって答える。

「ここに来て驚かないということは、以前にこの空間に来た経験があるからか」

 俺を見下ろしていた金髪の男――レダが言った。

 俺はその言葉には応えずにいた。無論、それは“制約”の発動を警戒したからだ。

 だが、レダはその様子を見て、俺に警戒を解くように笑い掛けてくる。

「フフフ、警戒することはない。

 ここはフロレンスではない。だから、フロレンスにいることで有効となる力は作用しない。

 だからこそ――ここに来たんだ」

 確かにレダは“自由に話せる空間”へ場所を変えようと言っていた。

 俺はそれが意味することを考えて、自分を縛る“制約”の状態を確認しようとする。

 ところが――自分の状態ステータスが、一向に表示されて来ない。

「制約は――?」

 思わず頭にぎったことが声に出た。

 単に声が出ただけなのに、その単語が妙に新鮮な音に感じられる。

 スキルが使えない。クランシーの制約が働いていない。そして、頭痛もない。


「なるほど、何かの制約に縛られていたのか」

 レダがニヤリと笑って言った。

 レダは俺の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくから情報を集め、そこから判る事実を突きつけてくる。

 相手は“知識”の異名をとる人物だ。無理に隠し事を増やそうとしても、恐らく無駄だろう。

 それよりも俺は、この機会を有効に使った方が良いと考えた。

「今更ではあるが、少し自己紹介をしてくれると助かるのだが――」

 レダが俺の方を見て言う。確かに俺は、レダに名乗ってすらいなかった。

「俺は――ケイ・アラカワだ。

 フロレンスではケイと呼ばれている」

 俺がそう言うと、レダは再び笑みを浮かべる。

「つまりキミは、“フロレンス以外の世界”においては、違う名で呼ばれているのだな?」

 毎度こういう反応をされると、先回りした情報を得られている気がして正直気分が良くない。

 だが、それでいちいち不快感を覚えていては、自分が訊きたいことも満足に訊き出せないだろう。

 俺はあまり細かいことを気にせず、素直にレダの問いかけに答えていくことにした。

「フロレンス以外でも名前は変わらないさ。ただ、俺をケイと呼ぶ人物は少ない」

「なるほど」

「俺は数ヶ月前にフロレンスにやってきた。

 自分がいつそうなったのかは判らないが――フロレンスでは、クランシーの使徒だ」

 制約がないため“クランシーの使徒”という言葉も、スムーズに俺の口から出てくる。

「なるほど、クランシーの使徒か。

 道理で美味そうな匂いがしていたはずだ」

 レダはそういうと、ニヤニヤと笑っている。

 俺は流石にその台詞セリフには、生理的な嫌悪感を示した。

「心配するな。この場にいれば、クランシーの使徒を喰らおうという衝動にも駆られない。

 ――それよりキミは、私に訊きたいことがあったのではないかね?」

 警戒するなという台詞セリフを、全て鵜呑みにして良いのかどうかは判らない。だが、今更ここで過剰な警戒を示したところで、何も生み出しはしないだろう。

 俺は警戒心を抑え込んで、早速レダにぶつけるべき質問についての話を始めた。

「俺は――魔人たちがフロレンスに現れるようになった経緯を知った。

 そして、今も魔人たちが転移門を通じて、フロレンスに忍び寄っていることを知っている。

 俺たちはそれを止めようと魔人を倒し、転移門を破壊した」

 レダはそれを聞いて、少し意外そうな表情を作る。

「ほう――転移門を破壊したのか」

「ああ、もちろんみんなが協力して成し遂げたことだ。

 だが、結果としてロアールにある“三つ”の転移門を、全て破壊することができた」

「三つ――全て、か」

 レダは俺が話した言葉に目を細め、繰り返して小さく呟いた。

「俺はこれまで積極的に魔人をフロレンスから排除していくことが、結果的にフロレンスの人々のためになると考えていた。そして、その考えは今も変わらない。

 だが――それに少し迷いが生じている」

「迷い?」

「――迷いという表現が適切かどうかは判らない。

 魔人――つまりアラベラの使徒をフロレンスから排除すれば、アラベラと敵対するクランシーの力は相対的に大きくなるのではないか? 生き物だって同じだ。強敵ライバルが居なくなったら、そのしゅは繁栄する。

 フロレンスの人々の中で、クランシーへの信仰を持つ人は多い。だから俺は、アラベラの使徒を排除し、クランシーの力が大きくなることは、フロレンスにとって良いことだと信じてきた。

 だが、本当にそうなのだろうか――? 俺は、俺以外の“クランシーの使徒”と出会ったことで、それに疑いを持ち始めている。

 もし仮にクランシーの力が大きくなることが、フロレンスのためにならないのであれば――俺がやろうとしていることは、間違っているのかもしれない」

 俺は視線を落とし、自分の中の迷いを無理矢理吐露するようにレダに伝えた。

 クランシーの使徒がクランシーへの疑いを口にしている訳だから、ある意味滑稽こっけいな光景だろう。

 だが、レダはそれを笑うこともなく、静かに俺の話を聞いていた。


「――まず、その疑問に答える前に、話さなければならないことがあるようだ」

 少し間を空けた後、レダが静かに言う。

 俺はその声に顔を上げ、金髪の男を見上げた。

「キミの話には、知っておくべき重要な要素がいくつか欠けている。

 そして、事実に対する誤認もある」

「誤認――?」

 流石に聞き流せない言葉だ。

 グレイスに聞いた話が間違っているのか、俺が勝手に解釈した内容が間違っているのかは分からない。

 だが、俺が理解していることのどこかに、明確な間違いがあるというのだろうか?


 レダは眉間にしわを寄せた俺を見ながら、静かに口を開いた。

「まず――、

 クランシーとアラベラは、敵対していない」

「なっ!?」

 根本的なところを補正された気がした。

 フロレンスの人々には、クランシーに対する広い信仰がある。

 そして、教会手伝いアスリナの発言にもあったように、アラベラは邪神として扱われている。

 確かにそこから両者が敵対関係にあると思い込んでいたのは、俺の勝手な類推だったのかもしれないが――。

「クランシーとアラベラは並び立つ神だ。

 フロレンスは多神でね。よってフロレンスにはクランシーとアラベラ以外の神も存在する。

 神々はそれぞれつかさどっているものも違えば、教義も違う。だからどの神の教義が信仰を集めやすいのかという観点においては、差が生じる。しかし、だからと言って神々同士が敵対しているという訳ではない」

「ではクランシーとアラベラは、教義の内容が対立しているかもしれないが、神同士が対立している訳ではないということか」

「そういうことになる。

 その上でキミに訊くが――キミは、“使徒”とはどういう存在か、正確に理解しているか?」

 俺は投げかけられた質問に、あまり深く考えずに答えを返した。

「使徒――?

 普通は『神の遣い』を意味する言葉だと思うのだが――?」

 ところがレダは、俺の答えに声を上げて笑う。

「アハハ、一般的な言葉の意味を聞いているんじゃない。よく考えるんだ。

 キミが倒したアラベラの使徒は、アラベラという神を信仰し、神に帰依きえしているように見えたか?

 それにクランシーの使徒であるキミは、クランシーに帰依きえし、信仰を誓っているのか? どうだ?」

 確かに、俺はクランシーの教義すら、まともに理解していない。

 そしてそんな人間が、『神の遣い』であるはずがない。

「つまり――そういうことだ。

 “使徒”などという名前は付いているが、実際は『神の遣い』でも何でもない。

 では“使徒”とは何なのか――?」

 レダは一度表情を引き締めてから目を見開いて、自らの問いかけに答えた。

「“使徒”とは、単に異世界からフロレンスに渡ってきた者たちの総称に過ぎない。

 つまり“使徒”は、異世界から来た――ただのヒトなんだ」

「何、だって――」


 俺の頭の中に、“全てのモノの状態を見通す能力”と同じだ――という思いが沸き上がった。

 俺はあの時まで、自分の持つ能力ちからが、特別なものなんだと思い込んでいた。

 そしてそれと同じように、俺はクランシーの使徒である俺を、今まで特別な存在だと思い込んでいた。

 だが、俺はここまでに何人もの“使徒”と出会っている。

 もし“使徒”が単に異世界から来た者を指す言葉だと言うなら――異世界から来た俺の存在は、俺が思っている程“特別ではない”。


「アラベラの使徒たちが、“魔人の国”と呼ばれている場所からフロレンスにやってきたことは知っているな?

 “魔人の国”と聞けば、フロレンスの中にあるどこかの地方のように思ってしまうだろう。だが、この名前はその昔、フロレンスの人たちが“異世界”という概念を理解しやすくするために付けた名前でしかない。

 実際アラベラの使徒たちは、フロレンスとは全く別の異世界から来た存在だ。


 異世界から来た者は、フロレンスに入る時に、いずれかの神の“使徒”という形で“振り分けられる”ことになる。

 別々の世界から来た存在であっても、同じアラベラやクランシーの使徒として振り分けられることもある。

 つまり、違う世界から来た者同士が、フロレンスにおいては同じ“アラベラの使徒”となっている可能性がある訳だ」


 この話は――ある程度、実感できなくもない。

 というのも俺はクランシーの使徒だが、同じクランシーの使徒である“老人”を、俺と同じ世界の住人だとは思わなかったからだ。

 少なくとも俺の元いた世界には、あの“老人”のように本気で魔法を使えるヤツはいない。女性に全く縁の無い男性を、冗談で“魔法使い”と呼ぶことはあったけれど。


 レダは俺の様子を見ながら、改めて話を続けていく。

「クランシーやアラベラと言った神々に、敵対関係がないのは先ほど話した通りだ。

 ただ――使徒は少しだけ訳が違う。

 フロレンスにおいて、同種の使徒はお互いを傷つけることができない。

 その反動なのか、異種の使徒はお互いを生理的に刺激し合う習性を持っている。

 だから結果として、異種の使徒はお互いの力を欲し、憎しみ合い、奪い合い、闘うのだ。


 キミも話を聞いたのなら知っていると思うが、フロレンスの人々は、これら異種の使徒たちの争いに巻き込まれた過去を持っている。

 神々の使徒はその昔、フロレンスを席巻し、フロレンスの人々を支配したのだ。

 先の魔人の王がそれを排除するまで、その支配は続いた」

 俺はそのレダの話を聞いて、違和感を覚えた。

 俺がグレイスから聞いた話と、相違点があったからだ。

「――ちょっと待ってくれ。

 俺が聞いた話では、アラベラの使徒がフロレンスを支配したが、そのアラベラの使徒の中から同族を倒せる集団が出てきて、その集団がフロレンスから魔人を排除したということだったのだが――」

 指摘した内容を聞いて、レダは静かに頷いた。

「その話は間違ってはいない。

 ――だが、同時に足りてもいない。

 まず最初に、フロレンスにおいてクランシーの使徒やアラベラの使徒といった異種の使徒による争いが起こった。そして、その争いの中で力にまさったアラベラの使徒が、他種の使徒を駆逐くちくした。

 その後、同族のアラベラの使徒を倒せる一団が――それがのちの魔人の王になるのだが――フロレンスを支配していたアラベラの使徒を排除した」


 正直――微妙な違いだ。

 ただ、クランシーの使徒が絡んでいる分、俺にとってはかなり意味が違う。

「それはつまり――大昔、クランシーの使徒もフロレンスを支配しようとして、アラベラの使徒と争ったということなんだな?」

「そういうことになる。

 クランシーの使徒であれ、アラベラの使徒であれ、大差はない。クランシーの使徒であれば善、アラベラの使徒であれば悪などということはないからだ。

 もし敢えてこの両者に違いをつけるとすれば――クランシーとアラベラで教義が違う分、支配に使おうとする“手法”が異なるということだろうな」

「手法――?」

「そうだ、“手法”が違う。

 アラベラは力をとうとび、クランシーは信仰をとうとぶ。

 これはクランシーとアラベラで、つかさどるものが違うからだ」

 俺はそれを聞いて、微妙に眉をひそめた。

「それはつまり――、

 アラベラは力でフロレンスを支配しようとしているが、クランシーは信仰を集めることで、フロレンスを支配しようとしている、ということなのか?」

 レダは俺の言葉に満足そうに微笑むと、小さく拍手をするように手を打った。

「ご名答だ。

 アラベラの使徒は力による他人の支配を行い、クランシーの使徒は信仰による支配を目指した。

 そこには手段の違いがあるだけだ。

 そして今、アラベラの使徒による力の脅威が密かに迫っているのと同様に――信仰による支配は、フロレンスに広がりつつある」


 ――かなり概念的な話になってきた。

 俺はここまでの話を纏めるように、改めて自分の質問を明確化する。

「レダ、教えて欲しい。

 クランシーへの信仰が広がることは――フロレンスの人々を、不幸にするというのか?」

 レダはその質問を聞くと、表情を崩してニヤリと笑みを浮かべた。

「私が知っているのは、所詮“知識”。

 “知識”はつまり“過去”のことであって、“未来”のことではない。

 だから未来のことは、正確には分からない。


 だが、私の主観で答えて良いのなら、クランシーへの信仰そのものは、何ら悪いことではないと思う。

 問題は、クランシーの使徒のあり方だ。

 例えばキミは神の教義に従い、厚い信仰を持つ者は、絶対に他人を傷つけないと言い切れるか?」

「――いいや」

 それは元の世界でもあったことだ。神の名を叫び、神への信仰を誓いながら他人を傷つけ、暴力を振るう人がいる。もちろん俺にとって身近な話ではなかったが、そういう人間は確かに存在していた。

「私は先ほど言った通り、フロレンスでクランシー信仰が広まること自体を悪だとは思わない。

 だが、その信仰心は、クランシーの使徒によって悪用されてしまう可能性がある。

 何故なら信仰とは、心の支配に通じるからだ。

 例えば人々がクランシーへの厚い信仰心を持った時、クランシーの使徒が人々に“死ね”と命じたらどうなるのか。“他人を傷つけろ”と命じたらどうなるのか。


 クランシー信仰が広まった今のフロレンスの人々は、クランシーの使徒を『神の遣い』だと誤解している。

 だが、実際のクランシーの使徒は、ただの『ヒト』でしかないのだ。

 善行ぜんこうを行うか、悪行あくぎょうを行うかは、全てその人物次第。

 よって、クランシーへの信仰が広がることが人々にとって幸福かどうかは、使徒の善悪によって変わる」


 俺は静かに語ったレダの言葉を聞き遂げ、一つ大きく溜息ためいきをついた。

 もちろん、アラベラの使徒であるレダの話を、どこまで信じるのかという問題はある。

 だが――レダが俺にウソをつかなければならない理由は、あまり思いつかない。

「これでキミの疑問には答えられたかな?

 直接的な返答ではなかったかもしれないが」

 俺は少し苦笑しながら、レダに礼を述べた。

「いや、考えを整理することができたよ。ありがとう。

 俺は――これは完全に自分の主観になってしまうが――やはり転移門は、破壊して正解だったように思う。

 フロレンスの人々の幸福を考えたら、転移門から現れる使徒の善し悪しによって自分たちの行く末が左右されるなどということは、受け入れがたいことだと思うからだ」


 ――全てがスッキリした訳ではない。

 ただ、俺の中での答えは出たような気がする。


 レダはそんな俺の表情を見ると、小さな笑みを浮かべながら再び口を開いた。

「実は私の方からも一つ、頼みたいことがあるのだ」

「――?」

 俺がいぶかしげな表情でレダを見ると、彼は表情を引き締め、真剣な表情で語り始めた。

「まず、私と“深層”は先の魔人の王の思想を尊重し、それを引き継いでいる。

 知っての通り先の魔人の王は、フロレンスの世界から、フロレンスを支配しようとする“使徒”を排除していた。

 つまりそれは――今のキミの思想と非常に近い」

 言われて確かに、そうかもしれないと思った。

 もちろん、魔人の王と俺の発想が近いというのは何とも意外な話だが――。

「その意味で言えば、キミが転移門を破壊しているのは、私たちにとっては僥倖ぎょうこうなことだ。

 何しろ転移門が無くなることで、確実にフロレンスを支配しようとする“使徒”たちの動きは止まることになるからだ。つまり、私と“深層”は、転移門を破壊した方が良いと考えている。

 ――ただ、そこで非常に重要なことがある。

 転移門は、ロアールにある三つが全てではないということだ」

「――!!」


 何となく――そんな気はしないでもなかった。

 転移門がロアール国内だけに存在しているなら、あれほどハーランドの中で魔人を見ることはなかったはずだからだ。

 だが、実際四つ目の転移門の存在を事実として聞くと、自分の闘いがまだ終わっていないという実感が浮かび上がってくる。

「“使徒”が行き交うことができる転移門は、もう一つある。

 残念ながら、理由わけあって私と“深層”は、自分たちの住処すみかを長く離れることができない。

 そこで、キミにもしその気があるなら――“最後”の転移門へ向かって、それを破壊して貰いたいのだ」

「――その転移門はどこに?」

「ハーランド王国の東にある、森の中の集落近くにある。

 その一帯は“フェリム”と呼ばれている」

「フェリム――?」

 何だ? どこかで聞いたような気がする。

 ――残念ながらすぐに思い出せないが、引っかかる。


 その地名も気になるが、俺はふと今の会話の中で、あることが気になり始めていた。

「レダ、済まないが最後に一つ、追加で訊いておきたいことができた。


 あなたは“魔人”ではなく、“使徒”という言葉を良く使う。

 俺はフロレンスの世界や人々にあだなす“魔人”を排除の対象としてきた。

 そして俺は最初、“クランシーの力を求める闇属性のアラベラの使徒”が“魔人”だと思っていた。

 だが、レーネから“魔人”は必ずしも闇属性とは限らないという指摘を受けた。


 先ほどあなたは、“使徒”とは異世界から来たもの全てを指す言葉だと言った。

 だとすれば、“魔人”とは、一部の“使徒”を指す言葉のはずだ。

 俺が排除しようとしているのは“魔人”だが、先ほどの会話では、貴方は“使徒”そのものを全て排除しようとしているように思えた。先の魔人の王が排除したのも、“魔人”ではなく、“使徒”を排除したと言っていた。

 これはどういう理由なんだろうか?

 ひょっとして、俺の言う“魔人”とあなたの言う“魔人”には差があるのだろうか?」


 レダは俺の発言を聞いて、急に声を上げながら笑いだした。

 真剣に質問した内容だけに、その態度は流石に少々しゃくさわる。

 少しムッとした表情の俺を見ながらも、レダは俺の質問に答えてくれた。


「折角だから、“魔人”そのものの特徴も交えて話そう。


 異世界から転移してくる者――つまり“使徒”は、フロレンスに渡る際に殆どにおいて特定の“優位点”を持って転移してくる。

 例えば優れた膂力りょりょく。優れた魔法力などもそうだ。スキルの習得が、他人よりも早いということもある。私の場合は、知識を貯めるための記憶力が他人よりも優れている。


 優位点を持つ“使徒”は、優位点があるが故に、他人よりも早く強くなり、他人よりも早くスキルを習得できるようになる。

 そういう特徴を持った“使徒”は、どうしてもその能力を伸ばすことに夢中になってしまう。なぜなら、他人よりもその能力が優れているからだ。

 それを切っ掛けにして、優位点を持った“使徒”は、自らの成長を加速させるために貪欲に力を求めるようになる。

 そしてその延長線上に――異種の“使徒”の力を、生理的に求めてしまうという特徴が存在している。他の使徒の力を取り込めば、地道に自分を鍛えるよりも早く、成長することができるからだ。


 そうした能力に優れる“使徒”たちは、過去にフロレンスを支配しようと争った。

 先ほども言ったことだが、フロレンスの支配を巡って争ったのは、何もアラベラの使徒だけではない。

 そして、フロレンスの人々は、自分たちを争いに巻き込み、自分たちを支配した“優位点を持つ使徒”たちを総称してこう呼んだのだ。

 『魔人』――と。


 つまり、キミが言うように、“クランシーの力を求める闇属性のアラベラの使徒”を“魔人”と呼ぶのではない。

 フロレンスの人々にとって、“優位点をもつ使徒”は、例外なく“魔人”なのだ。


 だから、“知識”に優位点を持つ私は“魔人”だ。

 キミが知っている“深層”も、“魔法力”に優位点を持つ “魔人”なのだ。


 そして――」


 レダが俺の顔を見る。


 俺は――。

 俺は、この時どんな表情かおをしていたのだろう――?





 ――“使徒”は異種の“使徒”の力を、生理的に求める。


 俺が初めてレーネに会った時、俺は彼女に「何故俺がクランシーの使徒だと判るのか」と尋ねた。

 彼女の答えは「生理的にクランシーの使徒の力を求めるから」というものだった。

 そして、俺も同じだと言いかけてそれを取り消した。

 何故なら俺は、生理的な欲求ではなく、状態ステータスを見ることで、相手がアラベラの使徒かどうかを知ることができるからだ。


 だが、今になってよく考えると、これはおかしい。

 今まで俺が遭遇した“魔人”は、例外なく俺よりもレベルが高かった。


 俺は、自分よりもレベルの高い相手の状態ステータスを、見抜くことができない。

 ただし、俺が“実感”したスキルや数値パラメータは、状態ステータスに載ってくる。


 俺はこれまで自分よりもレベルの高い相手がアラベラの使徒であるかどうかを、100%見抜くことが出来ていた。

 つまり俺は――自分自身が意識していなかっただけで、“生理的に”アラベラの使徒の力を求めていたのだ。

 だからその生理的な実感を得た後に見た状態ステータスには、相手がアラベラの使徒であることが明記されていた。


 そして――。


 そして、俺は魔法の習得が“異常に早い”。

 シルヴィアは、俺の魔法の習得速度をインチキだ、と言っていた。

 俺は更に魔法の習得に夢中になった時期がある。貪欲に修練を積んだことがある。

 俺自身も戸惑うほどの――“優位点”を持っている。



 今更だが、俺はレーネと初めて会った時に、彼女が発した言葉を思い出した。

 彼女はその時、俺に「何を根拠にして“魔人”と呼んでいるのか?」という問いかけをしていた。


 その時の彼女の答えは何と言っていたか?

 彼女はクランシーやアラベラなどという言葉は一切使っていない。

 彼女は「力を求め、使徒であり、闇属性である」ことを“魔人”と定義するのは間違いではない、だが魔人は「闇属性だけではない」――と言ったのだ。


 ――そう、恐らくレーネは最初から判っていたに違いない。

 その事実が俺を愕然がくぜんとさせる。


 俺は“魔人”を追い、“魔人”を倒しながら、自分自身が何者なのかを理解していなかった。

 見える数値パラメータを追い求め、他人の状態ステータスを知ることばかり考えて、自分自身がどういう存在なのかをちゃんと認識していなかった。


 フロレンスの人々から見た俺は、どういう存在なのか――?


 ――その答えは、すぐに浮かぶ。




 俺は――。


 俺は、異世界という“魔人の国”から来た、



 ――『魔人』に違いなかった。




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