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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第七部 使徒と魔人篇
77/117

076 真理 ★

挿絵(By みてみん)

※世界観把握のためのもので、細かな距離感などは反映できていません。




 砂塵舞う荒野の中に、外套がいとうを纏った五つの影があった。


 その影には容赦のない砂塵さじんが叩き付けられている。

 周囲には風が通り抜ける音が木霊し、その音と共に砂煙すなけむりが地面をうように舞っていた。

 深く外套を被った五人の表情は、そのままではうかがい知ることができない。


 そう言えば、この世界で魔法を使える人間は、四人に一人程度だと聞いていた。

 だがこの世界において、魔法が使えない人間は、旅をするのに向いていないと思う。

 俺は資産インベントリから水を出して口を潤わせると、まだまだ重さを感じさせる水筒を見ながら、それをどうしても実感してしまうのだった。


「旦那、一応仰っていた目的地に近づいて来てます。

 ただ――何も見えませんけどね」

 外套を着た五つの影のうち、先頭を歩いていたロベルトが、俺に向かって言う。

 その声を聞いた俺は、フードのすみを摘みながら顔を上げると、目を細めて周囲をぐるりと見渡した。


 ――確かに彼の言う通り、辺りには砂塵の舞う荒野と、すっかり葉を散らせて裸になった立木、風によって削られた岩肌程度しか見えてこない。

 この世界では、元の世界のような測量された地図があるわけでもなく、自分の位置ポジションを正確に量れる道具も存在しないのだ。どうしても向かおうとする目的地と、実際の到達点は曖昧になってしまう。

 せめて、目印でもあれば良いのだが――と、俺は辺りを見回しながらしみじみと思った。


 この世界フロレンスのこの辺りの尺度でものを言うと、「西へ二日間、歩く」とか、「太陽が昇り始める方角を左手にして、太陽が頂点に来る時間まで歩き続ける」とか、そういう表現で目的地に向かうことになる。

 それだけに、詳しい地理を知るロベルトの存在はありがたかった。

「ロアール国内なら、大体は案内できますよ」

 訊けば、ロベルトは得意げにそう言う。

 道案内という役割は、正直地味な役回りではあるのだが――実際にその価値を感じると、闘いで勝つこと以上にそれが重要な役だと思えてくる。


「聞いた話では――ここで間違いないはずなんだがな」

 俺は前を歩く四人に言った。

 だが、その言葉が少々自信を失った声色になってしまうのは、情報元の人物が微妙にいい加減であることを理解しているからだ。

 一応“彼女”に聞いた話では、この近くに幻影魔法の結界があって、俺はそれを解除するために必要な宝珠オーブを持たされている。


 問題は結界の大きさと、宝珠オーブの作用する範囲だろう。

 結界自体は、屋敷全体を覆い尽くすもののはずだから、かなり大規模なものだと思うのだが――。


 一向に変化のない辺りの情景を見て、俺の脳裏には最悪開門ゲートを通って、“情報元”まで再確認に行くという選択肢がチラついていた。

 流石にそうなってしまうと、不確かな情報を元にここまで引っ張ってきてしまったことを、仲間全員が呆れてしまうだろうが――。


 若干の迷いを生じながら脚を進めると、ふと外套の胸元に縫い付けておいた宝珠オーブが、少し輝きを増したような気がした。

 宝珠は無色透明だが、中心には常に黄色い魔法の光が渦巻いている。どうもその光の強さが、少し強まったように思うのだ。

 俺はフードを脱ぎ捨てて、改めて周囲を見渡すと、そのまま前の方へと駆け出していく。

 飛んできた砂が目や口に飛び込んで来るが、不快感もそのままに、俺は前へと進んでいった。

「ケイ――?」

 突然駆け出した俺を見て、四人は動きを止めて俺を見ている。

 胸元の宝珠オーブは、俺が前へ進むごとに、その輝きを確実に増していた。


 そして、もはや離れた四人からもその光が認識できるほど、輝きが強くなった途端――。

 俺は急に、“砂塵舞う荒野”から、“草花が茂る穏やかな世界”に足を踏み入れた。


「なっ――」

 俺は突然の周囲の変化に、言葉を失ってしまう。

 一歩踏み込んだだけなのだ。それだけで、後方も含めた全方位の情景が変わってしまった。

 そして、一歩後退すると――。

 ――俺の周囲は先ほどと同じように、砂埃が身体に叩きつけられる“荒野”に変わった。

「これが――幻影魔法で作られた結界だというのか」

 思わず俺は、その規模と効果に絶句した。

 わずか一歩足を踏み入れるかどうかで、自分が置かれた環境が全く変わってしまうのだ。

「ケイ、どうした!?」

 セレスティアが声を上げ、全員が慌てて俺に近づいてくる。

 草原の方に足を踏み入れると、彼女たちの声は聞こえてくるが、姿が全く見えない。


 そして――彼女たちも、俺の側まで来た瞬間に、自分の置かれた環境の変化に驚いた。

「何なの、これ――」

 魔法に明るいであろうシルヴィアも、これには流石に驚いている。

「一応、幻影魔法の結界を、この真実の宝珠で無効化できるという話を聞いていた。

 見る限り、確かに宝珠オーブは働いている。

 ただ――どちらかというと、宝珠オーブの力で入った草原の方が、どうしても幻影なんじゃないかと思ってしまうな。

 実際はこの草原の方が、ここの真実の姿なんだろうが――」


 俺たちは呆気にとられながら、幻影魔法の結界を越え、全員が草花が茂る草原へと踏み込んでいく。

「――屋敷がありますね」

 もはや外套は必要ない。フードを取り、身体に纏わり付いた砂を払ったグレイスが、前方の一点を指さした。

 彼女が指し示した方向には、確かに大部分が山陰に隠れた大きな屋敷がある。城とまでは言わないが――その建物は、かなりの規模があるように見えた。

 ここから先は、恐らくロベルトにとっても未知の世界のはずだ。その意味で言えば、目的地が見えているのは非常に助かる。


 俺たちはセレスティアを先頭に、しっかりとした隊列と布陣をとった。景色は綺麗なのだが、何しろどんな危険が潜んでいるのかが判らない。全員が完全に武装し、俺は順番に必要な付与エンチャントを掛けていく。


 そこから一〇分も歩かないうちに、草原が途切れた。

 その先は、脚の短い雑草が生えているが、徐々に土の地面が見える範囲が広くなっている。若干足下の土は軟らかいが、砂地のように足を取られてしまうことはないだろう。


「あれは――何だ?」

 先頭を歩くセレスティアが、目の前を指さして、声を上げる。

 屋敷までの道は残りそれほど長くない。目で追える範囲で、自分たちが進んでいる道が、屋敷までちゃんと続いているのが判った。

 だが、その道の途中に明らかに不自然な巨岩がある。

 巨岩はほぼ、小さな“岩山”とでも言えそうな大きさだ。

 その“岩山”が屋敷への道の、ど真ん中に鎮座している。

 見れば、その様子があまりにも不自然すぎて、“岩山”が動き出すのではないかという疑念があるのだが――。


 俺は全員の足を止めて隊列から進み出ると、その“岩山”を“凝視”してみることにした。


**********

【名前】

 ストーンゴーレム

【クラス】

 魔法生物:ガーディアン

【レベル】

 45

【ステータス】

 H P:31121/31121

 S P:34/34

 筋 力:2212

 耐久力:1843

 精神力:904

 魔法力:0

 敏捷性:533

 器用さ:209

 回避力:189

 運 勢:604

 攻撃力:2212

 防御力:1843

【属性】

 土

【スキル】

 状態異常無効、精神耐性★、睡眠耐性★、自己修復★

【装備】

 なし

【状態】

 なし

**********


 ――ここまで丸見えだと判りやすい。


 数値パラメータとしては、HPが高く、力も強いため、注意が必要だ。

 そして、状態ステータスに記載された情報には、目に付くポイントが二つある。


 ひとつ目は初めて見る「魔法生物」というカテゴリだ。

 確か迷宮ダンジョンで見た石魔人形ストーンゴーレムは、魔物モンスター分類カテゴライズされていた。

 魔物モンスターにはセレスティアの挑発タウントが効く。問題は、「魔法生物」にも挑発タウントが効くかどうかだ。

 もちろん試して見れば直ぐに答えが出るだろうが――仮に挑発タウントが効かないとすれば、敵の攻撃対象ターゲットをセレスティアに固定できないため、火力の強いシルヴィアは攻撃できない。そうなれば、かなり面倒な闘いを強いられることになる。


 もう一つは、スキルの一番最後にある「自己修復★」だ。

 初めて見るだけに、この「自己修復★」がどの程度の効果を持つスキルなのかが判らない。

 自動体力回復スキル程度の効果であれば、ほぼ無視して闘うことができるが――。

 これも結局は、闘って確かめてみるしかなさそうだ。


「ストーンゴーレム――コイツが護衛ガーディアンのようだ。

 ――セレス、“魔法生物”らしいのだが、挑発タウントは効くかどうか、知っているか?」

 俺は“見た”情報をそのまま伝えながら、気になるポイントについて確かめてみた。

「以前闘ったことがある。効くはずだ」

 セレスティアからは頼もしい台詞セリフが返って来た。

 これでひとつ目の問題はクリアだ。


 あとはふたつ目の「自己修復★」になるが――こればっかりは、闘って確かめる他ないだろう。

「よし、セレス先頭を頼む。ロベルトは後方へ回り込んでくれ。

 シルヴィアは距離を取って待機。グレイス、左は任せた」

「はい」

 指示を聞いた全員が、散開してそれぞれの配置につく。

「では――いくぞ」

 セレスティアはそう予告すると、“岩山”にそろりそろりと近づいて行った。

 そして、彼女と“岩山”との距離が、あと数歩の距離になったとき――足下から響くゴゴゴという地鳴りと共に、急に“岩山”が立ち上がる。

「――!! デカい!」

 “岩山”の大きさから、ある程度の大きさを推測していたが――これは、想像よりもデカい。

 迷宮ダンジョンで闘った巨人トロルも大きかったが、立ち上がったストーンゴーレムの背丈はそれ以上に見えた。

 俺は正面に立つセレスティアが心配になったが、彼女は特に敵の大きさに驚くこともなく、真っ直ぐにストーンゴーレムと対峙している。

「さあ、来い!!」

 セレスティアの威勢の良い声が上がると、気合いの波が周囲に伝搬する。

 ストーンゴーレムはセレスティアの挑発タウントを受けて、目を光らせながら彼女を狙って動き出した。

「――!!」

 直後にガツン!という大きな音を響かせて、ストーンゴーレムのパンチが、セレスティアの盾と激突する。


 見た目の質量で言えば、決して大柄でないセレスティアは、巨大なストーンゴーレムの攻撃を受け止められるようには見えない。

 だが、彼女の盾スキルと聖乙女の盾シールドオブラインが、その攻防を可能にしている。

 パンチの重みに耐えた彼女のブーツは地面にめり込んだようだが、セレスティア自身は体勢を崩していなかった。

「これでも喰らいなさい!!」

 シルヴィアの声の直後に、ストーンゴーレムの右肩が爆炎に包まれる。そのシルヴィアの爆炎ナパームに合わせて、さらにグレイスが風刃ウィンドカッターをストーンゴーレムの足下に放っていた。

 両方の魔法はストーンゴーレムに確実にダメージを与え、ストーンゴーレムは攻撃を受けたところからボロボロと崩れていく。

 ――と、次の瞬間、崩れていた岩のカケラが、するすると元の場所へと戻っていった。

 そして、右肩から崩れた岩は右肩へ、足下から削られた岩は足下へ、完全にくっついてしまう。

 まるで、映像の逆再生を見ているような感覚を受けた。

「――ちょっと! 何なのよ、これ!?」

 シルヴィアが目の前で起きた現象に、呆然となっている。

 そこから間髪入れず、セレスティアとロベルトがタイミングを合わせて、ストーンゴーレムに斬りかかった。

 ストーンゴーレムの回避力は低い。息を合わせた二人の攻撃を避けることはできず、ストーンゴーレムはその攻撃をまともに身体に受けた。

 聖乙女の剣ジャクリーン蝕の短槍イクリプスには、前もって風属性が付与エンチャントしてある。彼女たちの攻撃は、ストーンゴーレムの身体を深く傷つけ、その身体を削り取った。


 だが――数瞬の後、また削り取られた部位が、ストーンゴーレムの身体に戻っていく。

 形が戻っただけではない。状態ステータスを見ても、減少したHPまで元の通りに戻っている。

 二人の攻撃は十分に、有効打には見えていたのだが――。


 俺は嫌な予感を抱きながらも、戦闘転移バトルゲートでストーンゴーレムの後方に転移し、間近の距離から呪弾ガンドを放つ。

 もちろん、その攻撃はストーンゴーレムの脚にヒットした。

 ところが――。

「チッ、全然効いてないな」

 俺は舌打ちをしながら、その場から退いた。

 一瞬だけ呪弾ガンドの効果が出たのを確認したのだが、即座にその効果が消えてしまい、無かったことになっている。

「どういうことなんだ――!?」

 疑問の声を上げながら、セレスティアが再びストーンゴーレムの攻撃を受け止めた。

「どうやら自己修復スキルをもっているらしい。

 多少損傷を修復できる程度かと思っていたが――これじゃあダメージを与えた側から回復されてしまうな」

 俺は彼女の疑問に答えるように、声を上げる。

「何、だと!?」

 セレスティアが俺の伝えた事実に愕然とした声を上げた直後、彼女と対峙していたストーンゴーレムの目が不気味に輝いた。

「セレス――!!」

 思わずシルヴィアが声を上げる。

 それまでの端的な攻撃ではなく、ストーンゴーレムが左右のパンチを雨あられのように繰り出したのだ。

「くっ――!!」

 流石に苦しそうな声が上がるが、セレスティアはその全ての攻撃を、盾を駆使して防いでいた。

 見る限り、セレスティアは左右に打ち分けられるストーンゴーレムの乱打を、一発も身体に受けていない。

 そのあまりにも見事な防御に、俺は思わず感嘆の声を上げ、その様子を傍観した。

「セレス――凄いな」

 賞賛のコメントだったのだが、呆気にとられて傍観したのが良くなかったようだ。

 必死に防戦するセレスティアは、俺の言葉に怒りの声を上げた。

「貴様! 感心してる場合か!? 早く倒す手段を考えろ!!」

 判らなくもないが、結構無茶を言う。

 俺はグレイス、シルヴィア、ロベルトの順に、何かアイデアがないかと視線で促した。

「一撃で倒さないと修復してしまいそうです」

 グレイスが、そう言いながら期待を込めてシルヴィアを見る。

 だが、その期待には応えられないと、シルヴィアは拒絶の声を上げた。

「無理、無理! あたし、あれを一撃で吹き飛ばすような火力は無いわ」

 それを聞いて、残念そうにグレイスが引き下がる。

「旦那、倒さずにやり過ごすことはできないんですか?」

 ロベルトの提案を、今度はグレイスが却下した。

「屋敷の方を見てください。結界が張られています。

 この護衛ガーディアンを倒さないと先には進めません」

 攻撃を何とか防いでいるセレスティアの様子を見ると、何とも焦ってしまうのだが――。

「何か、手がかりはないか!?

 そもそもストーンゴーレムは何で制御されてるものなんだ」

 俺が提起した疑問には、シルヴィアが即座に答えてくる。

「魔法陣のはずよ。

 高位の魔法使いソーサラーはゴーレム制御を学ぶから」

「であれば、その魔法陣が身体のどこかにあるんだな?」

「通常は外からの攻撃を避けるように、身体の中に埋め込むわ。

 ただ、それだと外部から制御できなくなってしまうから、通常は制御用の文字を刻んでおくものよ」

「ひょっとして、あれが――その制御文字ですか?」

 グレイスが示した場所は、ストーンゴーレムの側頭部だ。

 確かに何かが彫り込まれているようだが、高い位置にある上に、文字に色が付いていない分、視認性が悪い。

「――魔法の文字が三文字刻まれていますね」

 視力に優れるロベルトが、それを確認して言った。

「ロベルト、刻まれた文字は読めるのか?」

「ハーランド語でも獣人語でもないので読めませんね。

 ただ、読めはしませんが“三つの文字”であることは確実です」


 その言葉にふと俺は、元の世界で聞いたゴーレムの伝説を思い出した。

 旅行先で観光がてらに聞いた話だが――確かその話の中に、ゴーレムの壊し方というのがあった。

 伝説自体の内容は全く忘れてしまったのだが、倒し方だけが特徴的だったので、覚えてしまっていたのだ。

 俺の記憶違いでなければ、その倒し方はゴーレムに刻まれた三つの文字のうち、“先頭の文字”を削ることだったはずだ。

 そう確か――『真理(emeth)』を『(meth)』に――。


「――よし、ロベルト。

 刻まれた文字の、先頭の“一文字”だけを槍で削り取ってくれないか」

 正直何の根拠もない。元の世界の伝説が、フロレンスで通用するとも思わなかった。ただ、このまま何も試さないよりはずっと良いだろう。

「先頭の一文字だけを?

 難易度は高そうですが――わかりました。やってみましょう」

 作戦を決めた俺たちは、再び散会して配置につく。


 セレスティアは俺たちの作戦が定まったのを見ると、ストーンゴーレムの攻撃を真っ正面から受け止めた。動きを止めた方がやりやすいだろうという、彼女なりの配慮だ。

 ガチッという大きな金属音がして、ストーンゴーレムの攻撃は、セレスティアに完全に遮られている。

 直後、左右に展開した俺とグレイスが、風刃ウィンドカッターを放ってストーンゴーレムの膝裏部分を攻撃した。風刃ウィンドカッターは意図通りストーンゴーレムの左右の膝裏を削り、バランスを崩したストーンゴーレムは、その場に両膝を付くように倒れた。

 だが、膝を付いた状態でも、ストーンゴーレムの背は高い。

 シルヴィアが倒れたストーンゴーレムの後方に、階段状に岩壁ロックウォールを展開すると、それを駆け上がったロベルトが、空高く跳躍した。

「とりゃあああぁぁぁっ!!」

 判りやすい掛け声を上げて飛び上がったロベルトは、蝕の短槍イクリプスをしっかりと小脇に構えている。

 そしてロベルトが意図通り、側頭部の文字を削り取ろうとした瞬間――。

「なっ!?」

「ああっ!!」

 全員が思わず大きな声を上げた。

 息の揃った非常に美しい連携だったのだが、丁度よいタイミングでストーンゴーレムがロベルトの方へと振り返ったのだ。

 そのせいでロベルトの槍は、先頭の文字ではなく“一番後ろの三文字目”を削りとってしまっていた。


 さて――間違った文字を削った時は、どうなるのだろう?

 俺の頭に一瞬そんな考えが過ぎったのだが――。

「ちょっ!?」

「何――!」

 文字が削り取られた瞬間、ストーンゴーレムは魔力によるものと思われる強烈な光を全身から放った。

 ――まさか爆発する!?


 たがもはや、逃げる余裕もない。

 俺たち全員は、そのまま為す術無くストーンゴーレムが放った強烈な光に包まれ――。



 ――そして、特に何も起こらないまま、その光は収まった。

「な、何だったの?」

「判らん。

 ――だが、ゴーレムの動きは止まったぞ」

 全員唖然としたが、ストーンゴーレムは確かに動きを止めている。

 そして、セレスティアが慎重に聖乙女の剣ジャクリーンでその身体を突くと、途端にガラガラと音を立て、ストーンゴーレムはバラバラに崩れてしまった。

 削るべき文字を間違ったように思ったのだが、どうやら倒せてしまったようだ。ひょっとしたら、俺は何か勘違いをしていたのだろうか――?

「なあに、こういうのは何とでもなるもんです。

 運の良さツキだけは、誰にも負けませんからね。へっへっへ」

 ロベルトがいつもながらの品の悪い笑い声を上げる。

 完全に結果オーライなるようになったというヤツだが――かくこれで何とか進むことができる。


 俺たち五人は改めて全員の状態を調べ、問題がないことを確認すると、改めて屋敷への道を歩き始めた。

 護衛ガーディアンが複数いることも想定していたのだが、屋敷までは残された道も少ない。どうやらそれも無さそうだ。

 そもそも屋敷を隠す幻影魔法の結界自体が相当に強力なものなのだ。わざわざ多くの護衛ガーディアンを配置する必要が無いということも、考えられた。


 俺たちは程なく屋敷の前に到達し、その入り口の前に立つ。

 屋敷は貴族のものとおぼしき、立派なものだ。石造りで装飾も凝っており、空色に塗られた屋根が美しい。規模が大きい割にしっかりと手入れされているように見えるのだが、見渡す範囲には手入れをする人影はなく、生き物たちの姿もない。

「罠はありません。施錠もされていないようです」

 グレイスが入り口の扉を確かめて言う。

 相手が招いてくれている訳ではなく、俺が勝手にここに来た以上、警戒を解くことはできないが――。

「よし、行こう」

 俺がそう言って頷くと、セレスティアがその扉のノブを掴み、そっと入り口を押し開けた。



 屋敷の入り口を入ったすぐのところは、大きな階段ホールになっている。

 豪邸らしく、ホールの左右に曲がり階段があり、正面がその踊り場になっていた。構造的にはドレスを着た美女が、今にも左右の階段から下りてきそうな形になっている。


 だが、俺たちはその屋敷の構造を、詳しく確認することができなかった。

 というのも、ホールのど真ん中――つまり俺たちの目の前に一人の男が立っており、そちらに視線が吸い寄せられたからだ。


「ようこそ」

 男はそう言うと、少し左右の手を広げて、歓迎するポーズを取った。ただし、顔はほとんど無表情で、笑みが浮かんでいるわけでもない。

 長めの金髪で秀麗な顔つき。肌の色は白く、瞳の色も金色だ。

 背は俺と同じぐらいで、それほど大柄というわけではない。

 身体に纏っているのは、緑がかった上質なローブのように見えた。少なくともローブの下に鎧を着込んだりはしていない。戦士ウォーリアではなく、完全に魔法使いソーサラータイプのように見える。

 見た感じは教会の神父ロドニーと雰囲気が似ているのだが――大きく違っているのは“耳”だろう。

 目の前の金髪の男の耳は大きく、さらに先端がとがっていた。


 セレスティアとロベルトは、油断無く金髪の男に向けて武器を構えている。

 俺は彼女たちの前に進み出ると、手で武器を下げるように伝え、金髪の男に声を掛けた。

「あなたが“知識”のレダ――で良かっただろうか?」

 俺がそう言うと、金髪の男は薄く笑みを浮かべた。

「その二つ名は、あまり好みではないがな」

 男はそう言いながらも、自分がレダであることを否定していない。


 俺は男を刺激してしまうかもしれないと思ったが、確認の意味も兼ねて、目の前の男を“凝視”してみることにした。


**********

【名前】

 “知識”のレダ

【年齢】

 不明

【クラス】

 不明

【レベル】

 82

【ステータス】

 H P:????/????

 S P:????/????

 筋 力:???

 耐久力:???

 精神力:???

 魔法力:???

 敏捷性:???

 器用さ:???

 回避力:???

 運 勢:???

 攻撃力:???

 防御力:???

【属性】

 土

【スキル】

 不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、フロレンス語学

【称号】

 不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、アラベラの使徒

【装備】

 不明

 不明

 不明

【状態】

 不明

**********


 ――レーネを上回るレベルだ。

 もはや闘おうという気すら起こらない。


 俺が金髪の男レダ状態ステータスを確認していると、レダは俺が“能力ちから”を使って何かを覗き見ていることに気づいたようだ。

 彼は再び唇の端に笑みを浮かべると、俺に向かって口を開いた。

「見たいものは見えたかね?」

 俺はその言葉に一瞬ドキリとしたが、平静を装ってそれに答えた。

 下手に状態ステータスを見ていたことを、隠さない方が良さそうだ。

「ああ、確認できた。

 レダ――俺はあなたに会いに来た」

 俺がそういうと、金髪の男レダは俺の胸元で光る宝珠オーブを見て、少し目を細める。

「その宝珠オーブ――。

 キミは、“深層”に導かれてここに来たということか」

 正直、そこに気づいてくれると話が早い。

 レーネとレダは完全に友好関係でない可能性はあるが、同じ派閥の一員なのだ。

「俺の知りたいことは、あなたが知っていると――“彼女”に聞いたんだ」

 “彼女”という言葉を使ったところで、グレイスとシルヴィアの視線が俺の方を向く。

 彼女のことは本人レーネの意向もあって、未だグレイスたちには話せていない。

 だが――きっとそれほど遠くない未来に、全てを話さなければならない時が来るだろう。

「正直、“深層”の差し金であることは、あまり気分が良くないが――。

 キミは護衛ガーディアンを見事倒して見せた。

 その分だけでも、私に知りたいことを尋ねる権利がある」

 俺は護衛ガーディアンと聞いて、先ほど倒したストーンゴーレムを思い浮かべる。

 あれを倒した分、権利があるということは――ストーンゴーレムを倒すのは、何か試験のようなものだったのだろうか? ひょっとしたら、だからレーネは「護衛ガーディアンは、自らの力で何とかせよ」と言ったのかもしれない。

「あのストーンゴーレムか?

 確かに倒しはしたが、正直あの倒し方で良かったのかどうか――」

 俺は思わず正直に、レダに包み隠さず喋ってしまう。

 だが、レダが答えた内容は、俺にとってある意味意外な内容だった。

「合っているさ。

 制御文字の最初の一文字を削れば、ゴーレムは活動を停止する」

「あれ――?

 俺たちは間違って最後の三文字目を削ってしまったんだが――」

 それを聞いて、レダは一瞬眉をひそめた。

「三文字目――?

 ――ああ、そういうことか。

 ゴーレムを制御する制御文字は、“右から左”に書くのだ。

 削るべきなのは一文字目なのだが、左から数えると三文字目になるな。

 フッ――強運といえば強運なのだろうが、運も実力の内とは良く言う。

 結果として護衛ガーディアンを倒したのだから、キミはその実力の持ち主という言い方もできる」

 俺はそれを聞いて、ふとシルヴィアを振り返った。

 シルヴィアは、俺の視線を避けるように明後日の方向を見ている。

 高位の魔法使いソーサラーはゴーレム制御を学ぶと言っていたが――だとしたらシルヴィアもそれを知っていたはずなのだ。多分、“右から左”に書くというのを忘れてやがったな。

 強運も俺の強運というより、ロベルトの強運だが――いつもながら仲間に支えられているということで、今回は甘えさせて貰おう。


「それでは――早速質問させて貰っても、良いだろうか?」

 俺がそう切り出すと、レダは初めて大きく表情を和らげた。

「知識欲というのは、誰にでも存在する。

 そして、時にはその欲望が人の進む道を誤らせてしまうこともある。

 “知る”ということは全てにおいて、プラスに働くとは限らない。

 つまり、判ると思うが、中には“知らない方が良かった”ということがあるということだ。

 キミが、それでも“知る”ことを選ぶなら、私は知り得る“知識”を伝えよう。

 ただ、私は自分に掛かる“知識”の二つ名は嫌いでね。

 何故かというと、私にも“知識の及ばぬ領域”があるからだ。

 それは、私とてキミの発する全ての質問には、答えられないかもしれないという意味を持つ。

 それでも――構わないかね?」

 俺はレダを直視し、ゆっくりと静かに頷く。

 それを見てレダは、満足そうに微笑んだ。

「判った。では存分に話そう。

 ――だが、この場ではキミも理解している通り、“全てを自由に話すことができない”。

 だから、場所を変える必要がある。

 その場所には、キミ一人しかいざなうことはできない」


 ――俺が理解している通り、というのは、ひょっとしたら“クランシーの制約”を意味しているのだろうか?

 俺はレダの言葉に、グレイスたちを振り返る。

 彼女たちは無言で頷きを返してくれた。もちろん、話す内容は知りたいと思うはずだが――。

「あなたと話した内容を、後で仲間に伝えるのは構わないか?」

 俺がそう訊くと、レダは再び薄く笑みを浮かべる。

「それはキミの自由だ」

「――わかった。やってくれ」

 俺がそういうと、レダは右手の人差し指を立て、その指先をホールの地面へと向けた。

 そして、その指を動かし――何やら複雑な文様を描き始める。

「――魔法陣?」

 俺が小さく呟いた瞬間、俺の中に妙な既視感デジャヴが生まれてきた。

 何だ――この感覚!?

「さあ、行こうか」

 レダがそう言葉を口にした瞬間――。

 足下から立ち上がった強烈な白い光に、目がくらんでしまう。

 そして、俺は激しく身体が浮くような、それでいて沈み込むような感覚を覚えた。


 間違いない。俺は過去にこの感覚を“経験している”。



 レダと俺が向かおうとしているのは――“世界と世界の狭間”に違いなかった。




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