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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第七部 使徒と魔人篇
75/117

074 宿命

 夜闇の中、テラスの縁に腰掛けた姿が二つ。

 静寂の中に澄んだ言葉が続いていく。


「お話の内容をご理解いただくためには、少し昔のお話からお伝えしなければなりません」

 グレイスはそう言って、俺の顔を見て笑みを浮かべた。


 俺はこの世界フロレンスの昔話はよく知らない。彼女の言う昔話がどの程度の“昔”を意味するのか判らないが、恐らくどれもが初めて聞く話になるのだろう。

 俺は飽くまで静かに、彼女の言葉を待ち続けた。

 グレイスは無言のままの俺を見て、少しだけ唇の端を上げ、そして口を開く。


「――これは昔――。

 それも、かなり昔のお話です。


 ――あるとき、『アラベラの使徒』と呼ばれるものたちが、『魔人の国』からフロレンスにやってきました。


 元々『アラベラの使徒』は、『魔人の国』において、同族同士、仲間同士での闘いに明け暮れていた好戦的な者たちです。

 『アラベラの使徒』たちはフロレンスにやってきてからもそれを続け、同族同士、仲間同士で争い、闘おうとしました。


 ところがそれが何故か、フロレンスでは『アラベラの使徒』同士――つまり、同族同士が傷つけられないのです。

 闘おうとしても、お互いの攻撃は全て無効になってしまいます。

 そうなると、フロレンスではそもそも同族同士で争うことが、出来なくなってしまいました。


 ――この状態に『アラベラの使徒』たちは喜びます。

 そして、彼らはフロレンスを指して、こう言うようになったのです。


 ――ここは自分たちにとって生命の危険のない、理想郷ユートピアだと。



 『魔人の国』において、『アラベラの使徒』は能力に優れた存在でした。

 『アラベラの使徒』たちは、他のどの種族に比べても大きな能力ちからを持ち、多くの種族を束ねる長として君臨していました。


 その彼らがフロレンスに来て、“同族同士では争えない”となったとき――。

 その彼らが、フロレンスに住む人間や獣人よりも、“自分たちが優れている”と気付いたとき――。


 『アラベラの使徒』たちは、この世界フロレンスを自分たちのものにできると考えたのです」


 グレイスが一旦口を閉ざし、俺の顔を見る。

 俺はここまでの話を聞いて、心の中でその意味を反芻はんすうしていた。


 『アラベラの使徒』は、『アラベラの使徒』を傷つけることが出来ない――。


 つい先の闘いにおいても、俺は同族クランシーの使徒であるサイラスを傷つけることができなかった。

 これはつまり一般論として、“フロレンスでは、使徒は同族の使徒を傷つけることができない”ということを意味している。


 ふと俺は、過去に敵対派閥であったはずの大鬼の王ジノ黒妖精クルトが、迷宮ダンジョンで一緒にいたことを思い出す。

 元々俺は、彼らが何らかの協力関係にあったと考えていた。だが、敵対派閥のはずの彼らが、何故協力関係を築こうとするのかは、判っていなかった。


 しかし今回の話を踏まえると、彼らはそもそもお互いを傷つけることができなかったということになる。

 だからこそ、何らかの協力関係を築こうとしていたのではないかという考えが成り立ってくる。


 そしてクルトはそれを逆手に取り、俺たちを利用して敵対派閥を排除していった。

 それは――クルトが、同族を手に掛けることができなかったからなのだ。



 俺はそこまでの話を咀嚼そしゃくできたことを示すように、無言でグレイスに頷いてみせる。

 彼女はそれを見ると、ニコリと俺に笑い掛けた。

 グレイスは俺から視線を外し、少し上を見上げると、暗闇に浮かぶ星々を見つめながら再び話し始めた。

 俺は彼女の美しい横顔のカーブを見ながら、それを静かに耳にする。


「――フロレンスを自分たちのものにする――。


 この考えは、元々“力”によって支配を勝ち得てきた『アラベラの使徒』たちにとって、自然な発想だったのかもしれません。

 フロレンスはたちまち大きな能力ちからを持った『アラベラの使徒』たちによって、蹂躙じゅうりんされ始めます。


 何しろ『アラベラの使徒』たちは、普通の人間程度の攻撃など、ものともしない強さを持っています。

 もはや、人間も獣人も、為す術がありませんでした。


 そして――、

 この出来事が、フロレンスにおいて『アラベラの使徒』たちが『魔人』と呼ばれる切っ掛けとなったのです――。



 彼らは圧倒的な力によって、人間や獣人を翻弄ほんろうしました。

 そうして『魔人』はフロレンスに住む人たちに、大きな絶望と恐怖を与えました。


 だからこそ、フロレンスには今でも『魔人』をみ嫌う風習が残っています。

 『魔人』と聞けば誰もが身構え、畏怖いふの念を覚えるのは、この時の記憶が人々に残っているからです」


 俺はその話を聞き、少しだけ言葉を挟んでみる。

 蹂躙じゅうりんされたというフロレンスだが、今のフロレンスは『魔人』たちに支配されている訳ではない。

「――今のフロレンスは、『魔人』に支配されている訳ではないだろう?

 もちろん、見えないところで『魔人』の侵攻を受けてはいるのだが――」


 グレイスはその俺の発言を素直に肯定しながら、言葉を続けた。

「――はい。


 理想郷ユートピアであったフロレンスは、『魔人』によって大きく勢力図を書き換えられることになりました。

 数多くの地が占領され、『魔人』の支配を受けることになりました。


 ――ですが、フロレンスは『魔人』によって、完全には支配されませんでした。


 もちろんこれには理由があります。

 ――それは、急速に『魔人』たちの数が、減り始めたからなのです。


 『魔人』の数が減り始めた原因は、『魔人』たちの“中”にありました。

 同族同士は傷つけられない――それがフロレンスにおける『魔人』の不文律ルールです。


 ――ところがそのルールに縛られない、特殊な『武器』を持った集団が現れたのです」


 俺は無意識に、彼女が言った言葉を口に出してつぶやいた。

「ルールに縛られない、特殊な『武器』――」


 それが何を意味しているのかは、もはや訊かなくても判る。

 俺の呟きを聞いたグレイスは、少しだけ微笑みを見せ、そのまま静かにうなずいた。


「――フロレンスにとって幸いだったのは、その特殊な『武器』を持った集団が、フロレンスを支配しようという“野心”を持っていなかったことです。


 その集団は、次々とフロレンスにいる同族の『魔人』たちを葬り去りました。

 敵対する『魔人』たちの攻撃は全て無効化される訳ですから、彼らの争いは、どれも一方的になります。


 瞬く間に『魔人』の数は減っていき――。

 それから間もなく――フロレンスを支配していた『魔人』たちは全て去り、後には特別な『武器』を持った『魔人』たちだけが残りました。

 そして、特別な『武器』を持った『魔人』たちは、自分たちの争いをフロレンスに持ち込むことを良しとせず、全員がそのまま『魔人の国』へと帰還して行ったのです。


 これによって、フロレンスは、『魔人』によって蹂躙じゅうりんされた過去と――そして、『魔人』によって救われた過去の、“両方”を持つことになりました」

「――――」


 何とも意外な話に感じた。

 危機におちいったフロレンスを救ったのは、結局『魔人』だったということか。

 その特殊な『武器』を持った集団が、どのような意図でフロレンスを救ったのかは判らないが、フロレンスに住む者たちにとっては幸運だったとしか、言い様がない。


 俺がグレイスを見ると、彼女と視線が交錯した。

 ひょっとしたら、俺が考えていたことが伝わったのかもしれない。


 彼女はゆっくりと目を閉じると、「『魔人』たちがフロレンスを救った理由までは判らない」とでも言うように、首を小さく横に振った。

 そしてグレイスは、そのまま話を続けていく。


「――晴れて、フロレンスには『魔人』がいなくなり――。


 幸いなことに、この状況は長く続きました。

 それこそ人々の記憶が薄れるぐらいに、続いたと言われています。

 ひょっとしたら、何百年という期間なのかもしれません。


 それによってフロレンスの人々の記憶からは、『魔人』という名前はどんどん消えていくことになります。

 ほとんどの人たちは、『魔人』という言葉を、お伽噺とぎばなしや歴史書の曖昧な記録でしか知らないようになっていきました。


 ですが、この状況を変える出来事が起こります。


 ――特殊な『武器』を持った『魔人』が、この世を去ったのです」


 ――人の死を切っ掛けにして、世の中が変わる。

 それは、歴史を捉えれば良くあることなのかもしれない。

 俺は元の世界を思い浮かべながら、率直にそう思った。


「死期を悟った『魔人』は、この世を去る前に、仲間たちが持つ特殊な『武器』を一カ所に集めさせました。

 ――その『武器』が一つでも持ち去られれば、再びそれを巡った闘いが起こると考えたからです。


 特殊な『武器』を安全に保管する方法が議論され――。

 最終的に、死期を悟った『魔人』は特殊な技法を使い、集めた全ての特殊な『武器』を、『宝物庫』と呼ばれるものに集約することに成功しました。


 そして――。

 その『宝物庫』を、最も信頼していた別の『魔人』に託して世を去りました。



 ですが、特殊な『武器』を持つ『魔人』が別の魔人へと変わり、力の均衡パワーバランスが崩れたことによって、『魔人の国』は次第に一つにならなくなっていきます。

 『魔人の国』は大きく二つの勢力に割れ、その片方に身を置かざるを得なくなった特殊な『武器』――『宝物庫』を持つ『魔人』は、次第に争いに巻き込まれていくことになりました。


 そして、その二つの勢力による『魔人の国』を分断する大きな争いは、その後膠着こうちゃく状態におちいっていきます。


 いくら闘っても戦況は一向にかんばしい状態にはなりません。

 すると次第に『宝物庫』を持つ『魔人』の仲間たちの間で、こういう話をする者が出てくるようになりました。


 ――闘いの場をフロレンスに移すべきではないか?

 あそこであれば、我らは圧倒的有利な『武器』を持っている――。


 もちろん、『宝物庫』をもつ『魔人』はこの意見に反対しました。

 そもそもそういうことを避けるために受け継がれた『武器』なのです。

 『宝物庫』をもつ『魔人』は、仲間に対してその意義を蕩々とうとうと説明し、一端はその話は立ち消えになったかと思われました。


 ――ですが、その話はなくなった訳ではありませんでした。


 ある日、『宝物庫』をもつ『魔人』は、仲間の『魔人』たちから裏切られることになります。

 仲間の『魔人』たちは、自分たちの言うことを聞かない『宝物庫』をもつ『魔人』から、密かに『宝物庫』を奪うことを画策していたのです。


 命の危険を感じ、逃げ出した『宝物庫』をもつ『魔人』は、もはや『魔人の国』のどちらの勢力にも身を寄せることができなくなりました。

 そして“彼”は――『宝物庫』をもつ『魔人』は、そのどちらの勢力からも、命を狙われる身になったのです」


 グレイスは『宝物庫』を持つ『魔人』を、一瞬“彼”と呼んだ。

 何となく、彼女にとって知っている誰かを表現しているように見えて、どうしてもその存在が気になってしまう。

 嫉妬心とは思いたくないが――俺はその感情をグッと我慢して、そのまま静かにグレイスの次の言葉を待った。


「――『宝物庫』をもつ『魔人』は、その身を隠し、二つの勢力から逃げ続けました。


 そして『宝物庫』をもつ『魔人』は、逃亡の旅を続けながら、その中であることを考え始めるようになります。

 それは、“他の『魔人』の攻撃を無効化できるフロレンスであれば、この身を安全に保つことができるのではないか”――ということでした。


 フロレンスに渡る転移門は、元々『宝物庫』をもつ『魔人』が所属していた勢力によって封鎖されています。

 ですが、『宝物庫』をもつ『魔人』には、別の手段がありました。


 それは、『宝物庫』をもつ『魔人』が逃亡の際に持ち出した、一冊の『本』――。


 『禁書きんしょ』の存在です」


「『禁書』――?」

 初めて聞く単語が飛び出してくる。


 『禁書』――つまり、『本』だ。

 ――『本』と言えば、俺の中で生まれてくる情景は一つしかない。

 そこから類推される様々な考えが、俺の中で浮かんでは消えていく。


 グレイスは俺が聞き返した言葉に対して、補足を加えながら、話を続けていった。


「はい。

 影響力が大きいために封じられた書物を、『禁書』と呼んでいたようです。


 『宝物庫』をもつ『魔人』が持ち出した『禁書』には、新たな転移門の作り方が書かれていました。

 『宝物庫』をもつ『魔人』は、封鎖された転移門には頼らず、その『禁書』を用いてフロレンスへの新たな転移門を作ったのです。

 その新たな転移門を通り――『宝物庫』をもつ『魔人』は、『魔人の国』を離れ、フロレンスに渡りました。



 そうして――『宝物庫』をもつ『魔人』は、フロレンスの中で長い間身を隠し続けました。

 それが何年経ったのか、判らないぐらいの時間が過ぎた時――。


 『宝物庫』をもつ『魔人』は、自らの身にも――“死期”が迫りつつあることに、気付いたのです」


 グレイスはそこまで話すと、俺の目をじっと見つめた。

 彼女の瞳が小刻みに揺れ動いているのが判る。

 恐らく彼女が最も話したかったのは、ここから先に話すことなのだろう。

 だが、その直前においても、彼女の瞳には、迷いが見え隠れしている。


 俺は急き立てたりすることなく、グレイスの目をじっと見つめ返した。


 どのくらいの時間が経ったのかは判らないが、グレイスはニコリと微笑み、覚悟を決めたように言葉をつむぎ出した。

 

「――自分の死期を悟った『宝物庫』をもつ『魔人』は、慌て始めます。

 何故なら自分の持つ『宝物庫』を、信頼できる人物に受け継がなくてはならなかったからです。


 『宝物庫』に収められた特殊な『武器』は、『宝物庫』を持つものと、許された者にしか装備ができません。

 ところが『宝物庫』を持つものが死を迎えると、『宝物庫』に収められた特殊な『武器』は、所有者不在の形で散らばってしまいます。

 そうなると特殊な『武器』は、誰もが装備できるようになってしまうのです。

 それを防ぐためにも『宝物庫』をもつ『魔人』は、『宝物庫』の形で特殊な『武器』全てを、誰かに継承する必要がありました。


 ですが――多くの敵に追われ、その身を隠し、フロレンスに渡ってきた『宝物庫』をもつ『魔人』には、仲間と呼べるものはいませんでした。

 それに――『魔人の国』に戻るわけにもいきません。


 『宝物庫』をもつ『魔人』は、何とか『宝物庫』を引き継ぐための手段を探し始めました。

 段々と迫り来る、自らの死期を感じながら――。



 そして、『宝物庫』をもつ『魔人』は、ついにその方法を見つけ出します。

 それは『魔人の国』から持ち出した『禁書』の中に記された、こういう小さな記述でした。


 ――『宝物庫』を持つものの血を受け継ぐ子であれば、『宝物庫』を埋め込むことができる。

 ただしその継承のためには、受け渡す親と子が、同じ属性でなければならない――。



 それを見つけた『宝物庫』をもつ『魔人』は喜びました。これで何とか『宝物庫』を継承する目処が立ったからです。

 『魔人』は高い能力こそ持っていますが、そのじつは普通の人間や獣人とあまり変わりはありません。

 高い能力を持つ獣人や、高い能力を持つ人間が『アラベラの使徒』であり、『魔人』と呼ばれる存在である――そう理解することもできます。


 その意味で言えば、『宝物庫』をもつ『魔人』は、高い能力を持つ“人間”でした。

 人間と獣人の間には子供を作ることができませんが、人間同士であれば子供は生まれます。


 ――なので、『宝物庫』をもつ『魔人』は『禁書』の記述に従い、フロレンスの“人間”に自分の子供を産ませ、その子に『宝物庫』を受け継がせることにしたのです」


 ――彼女の言う『宝物庫』をもつ『魔人』は、元々フロレンスを救った『魔人』たちの意図を汲み、『宝物庫』を護る役割だった。

 だがここに来て、若干焦臭きなくさい話になって来たような気がする。


 見れば、グレイスは飽くまで淡々と話し続けていた。

 そこにはあまり、感情の起伏が見え隠れしてこない。

 だが、幕間まくあいのように挟まる話と話の継ぎ目では、必ずと言って良いほど瞳が揺れているのが判った。

 そして、その“揺れ”は、話が進むごとに徐々に大きくなっているように見える。


 元々この話を始める時、グレイスはこの話を、“身勝手な魔人”にまつわる話だと前置きしていた。

 その理由がひょっとしたら、この後続くのかもしれない。


「――『宝物庫』をもつ『魔人』は継承の手段を見つけ、喜んだはずでした。

 ですが、その『魔人』を落胆させたのは――。

 もう一つの条件――“属性”です。


 『宝物庫』をもつ『魔人』は、“闇属性”の『アラベラの使徒』でした。

 この世には、四大属性に光と闇を足した六つの属性が存在しますが――“闇属性”は全ての属性の中で最も“劣勢”にあたるのです。

 そのため、闇属性を持つ父親と“闇属性以外の属性”を持つ母親との間の子は、必ず母親の属性を受け継いで生まれてしまいます。

 『禁書』にあったとおり、『宝物庫』を受け渡す親と子が同じ属性になるためには――“闇属性の母親”を探さねばなりません。


 ですがご存じの通り、闇属性を持つ人間は、その数自体が本当にごくわずかです。

 さらに子供が産める女性となると、その数はもっと絞られて来ます。


 『宝物庫』をもつ『魔人』はその日以来、フロレンス中を回って闇属性を持つ女性を探し続けました。


 ですが、探しても探しても、そう都合の良い女性は見つかりません。

 そして『宝物庫』をもつ『魔人』が途方に暮れた時、『禁書』の中にまた別の記載があることに気付いたのです。


 それは、属性のある親と属性のない親の間に生まれた子は、必ず“属性のある親の属性”を受け継ぐ、という内容でした。


 『宝物庫』をもつ『魔人』はこれを見て、今度は属性のない――“無属性”の女性を探し始めました。

 人間には魔法を使えない人の中に、わずかではありますが、無属性の人が存在しています。

 そして、その割合は――闇属性の人間よりも、少しだけ多いのです。


 結果、『宝物庫』をもつ『魔人』はついに“無属性の女性”を捜し当てることに成功しました。


 それからしばらくして――『宝物庫』をもつ『魔人』と無属性の女性の間には、一人の人間の子供が生まれます。

 『宝物庫』をもつ『魔人』が調べると、確かにその子は“闇属性”を持っていました。


 そして――『宝物庫』をもつ『魔人』は、その幼子おさなごに、『禁書』に書かれた秘術を用いて『宝物庫』を埋め込んだのです」


 グレイスは言葉を切りながら、俺の顔から視線を外した。

 そして、今度は少し俯き加減に話を続け始める。

 それは――どうしても沸き上がってくる感情を、無理に抑えているようにしか見えなかった。


「――父となった『魔人』は、闇属性をもって生まれた幼い子供に、このフロレンスで生き抜き、身を守るための術を、徹底的に教え込みました。


 そして――その子供が育ち、ようやく独り立ちできるようになった頃――。

 『魔人』は、いよいよ自分の死期が迫って来たことを知るのです。



 『魔人』はこの世を去る前に、『宝物庫』を受け継いだ子供に言いました。


 ――俺がこの世を去れば、遠からずフロレンスへ『魔人』たちが現れ始めるだろう。

 お前はその身に同族を倒すことのできる、特殊な『武器』を持っている。

 だが、お前の前に現れる『魔人』たちは、例外なくそれを欲している。


 だからお前は、“力を求める闇属性のアラベラの使徒”――『魔人』たちに、その身を追われることになるだろう。

 そのまま『魔人』が現れるのを待ち、何もしなければ、お前は必ず『魔人』たちに命を奪われる。


 ――お前がその“運命”を回避し、生き抜いていくために採れる手段はただ一つ。


 追われる前に『魔人』を追い――それを滅ぼせ。


 それがお前の“宿命”だ、と――。



 そう言い残して――、

 自らが背負った責務を、一方的に子供に受け継がせた“身勝手な”『魔人』は――この世を去ったのです」


 そこまでの話を語りきったグレイスが、おもむろにその場で立ち上がる。

 そして俺を少し見下ろし、柔らかい表情の上に震える微笑みを浮かべながら、掠れた声で言葉を繋いだ。


「――もうお気づきでしょう。


 『宝物庫』を持っていた『魔人』の名は“ユルバン”――。

 そして、その『宝物庫』を受け継いだ子供の名は、“グレイス”と言います。


 そう、わたしは――。


 わたしは、『魔人』の子なのです」



 ――この世界にも、かすかな明かりをともす、月と星たちがある。

 その仄暗ほのぐらい光が、俺を見下ろす彼女の輪郭を浮き上がらせ、幻想的な情景を作り上げていた。


 夜闇に溶け込む黒髪と――そこに浮かんだ寂しそうな微笑みが、俺の頭の中に焼き付いて離れない。


 俺は彼女が覚悟を決めて伝えてくれた言葉とその情景の前に、何も声を出せないでいた。

 寂しい笑みを浮かべたままのグレイスは再び腰を落とし、今度は膝を抱え込むような体勢で俺の隣に座る。


 彼女はしっかりと俺の顔を見ながら、少し苦しげに、更に言葉を続けていった。


「――フロレンスに現れる『魔人』たちは、わたしの持つ『宝物庫』を狙っています。


 もうお判りだと思いますが――本当のわたしは、フロレンスにあだなす存在を退治していこうなどという、高尚で大それた考えを持ち合わせていません。

 わたしはフロレンスの平穏を護るために、『宝物庫』を護って『魔人』と闘っている訳ではないのです。


 わたしが『魔人』を追う理由は一つです。

 ただ単に父の残した発言に従い、自らの身を護るという“身勝手な理由”のために――わたしは『魔人』と闘い、滅ぼそうとしています。


 そして――。

 わたしはこの“身勝手な理由”のために、あなたを『魔人』を倒す旅へと巻き込んでしまいました。

 あなたの――あなたの能力ちからを、利用していました。


 本当に――、

 本当に、申し訳ありません――」


 グレイスは何とか沸き上がる感情を、こらえようとしていた。

 だが、それはもはや無駄な努力にしかなっていない。

 俺を見つめていたグレイスの目から、見る見るうちに謝罪の涙が生まれ、落ちて行く。

 これまでほとんど感情の起伏を見せなかった彼女にとって、この話を俺に伝えることが、どの程度負担になっていたのかが判ったような気がした。


 彼女の謝罪は、自分自身の身勝手な気持ちに対する懺悔ざんげだ。

 だが俺は、彼女の懺悔ざんげの気持ちを、やわらげる術も知っている。


 俺は彼女の頬に手を添えると、流れる涙をそっとぬぐっていく。

 グレイスは目を閉じ、声を抑えた嗚咽おえつを上げながら、俺の為すがままになっていた。

 俺は彼女に笑いかけると、静かに感謝の言葉を述べ始める。


「――グレイス、話してくれてありがとう。

 そして――俺に謝らなくていい。


 俺はあの時――グレイスと会っていなければ、遠からず『魔人ロドニー』に殺されて、その能力ちからを奪われていただろう。


 俺は――、

 俺は、クランシーの――使徒――だ。


 『魔人』たちがクランシーの力を求める以上、俺は俺自身の“宿命”として、生き残るために『魔人』たちと闘わざるを得ない。

 だから――俺は、闘うすべをくれたグレイスに、助けて貰ったと思っているよ。

 君は俺を巻き込んだと言ったが、俺がグレイスと共に歩むのは、俺がそうしたいからだ。

 そして、君の旅に俺が役立つと言うのなら――俺は助けて貰った恩に、少しでも報いたい。


 グレイスは自分が『魔人』を追う理由を“身勝手”と言っているが、俺が今、『魔人』たちと闘って成し遂げようとしていることだって、この世界のみんなからすれば、本当に望まれているかどうかも判らないことだ。

 そういう意味で言えば――俺の方こそみんなを巻き込んでいるし、“身勝手”なのさ。


 グレイス、俺たちは“一蓮托生いちれんたくしょう”の仲間だ。

 君の仲間は俺の仲間だし、君の敵は俺の敵だと思っている。


 だから、グレイスが一方的に後ろめたさを感じることなど、何もない」


 俺がそう言って笑みを浮かべると、グレイスはこぼれる涙をそのままに、小さな笑みを返してくる。

 彼女はそのまま、自分の頭を俺の方へとゆだねてきた。

 俺はグレイスを胸の中で抱き留めながら――彼女の気持ちが収まるのを、そのまま待ち続けた。


 静寂の夜に――。

 月明かりに照らされた二つの影は、暫くの間、互いを慰め合うように、寄り添い続けるのだった。






 ――その日のうちに、行くべきかどうかを、俺は悩んだ。


 焦りだとは思いたくない。

 だが、俺の中の疑問は放っておけば、どんどんふくれあがってしまう。

 それを何とか解消したい気持ちを“焦燥感”と呼ぶのなら、俺は間違いなく“焦っている”。



 グレイスの告白を受け、落ち着きを取り戻した彼女を見送った俺は、逆に気持ちが“落ち着かなくなっていた”。


 グレイスの話を聞いて、俺の中の疑問はかなりが解消した。


 この世界の成り立ちについて――。

 同族同士の争いについて――。

 魔人の武器の存在について――。

 そして、彼女自身の“宿命”について――。


 だが、俺の中で解決しなかった“重要なこと”がある。


 ――“クランシー”だ。


 グレイスの話の中には、“驚くぐらい”クランシーという言葉が登場してこない。

 アラベラの使徒が、同族同士で争っていることは知っている。その話は彼女の語った中にも登場していた。

 そして、彼らがグレイスの持つ魔人の『武器』を狙ってくるということも、実体験をもって、それを理解した。


 だが、サイラスの存在はどうなるのだ?

 『宝物庫』にあるのが “同族を倒せる『武器』”だとしたら、クランシーの使徒は、クランシーの使徒と争おうとしているのではないのか?


 フロレンスは過去、危機に見舞われた歴史を持っていた。

 だが、『アラベラの使徒』を退治し、その危機を救ったのは、『アラベラの使徒』だ。

 そこには全くクランシーの存在は出てこない。


 ところが俺は、“クランシーとアラベラ”が敵対していることを知っている。

 グレイスの話では、そもそもクランシーとアラベラの間には、“接点がない”。

 ――その敵対関係は、どこから出てきたのだろうか?


 そして――。

 ひょっとしたら、これらのことは、ユルバンがグレイスに負わせた“宿命”の、“外側”にあるのではないか――?



 俺はこの疑問をぶつける適切な相手を、すぐには思い浮かべることができなかった。

 そして――俺は、考えあぐねたこの疑問を問いかけられる相手を、“この人物”しか知らなかった。


 俺が開門ゲートを通って目的の場所に転移すると、見慣れた情景を見渡す前に、後方から声が掛かる。


「そろそろ――、

 おぬしが来る頃ではないかと、思っておったよ」


 俺の姿を確認したその人物は――、

 見事な“脚線美”を組み替えながら、俺に妖しく微笑み掛けていた。




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