072 制約
俺は目の前に現れた“文字”を何度も確かめる。
――やはり、何度確かめても見間違いではない。
そこには「クランシーの使徒」という文字がある。
目の前にいる金髪の男は、この世界に来てから自分以外で見る、初めての「クランシーの使徒」なのだ。
いや――そうじゃない、間違えるな。
確かに状態で見たのは初めてだが、クランシーの使徒は他にもいる。
俺が最初に会ったクランシーの使徒――あの世界と世界の狭間で会った“老人”は、あの時確かに「フロレンスへ向かう」という話をしていたはずだ。
そしてあの老人は、自分がフロレンスへ転移するのと一緒に、俺もこの世界へと転移させた。
だとすれば、この世界には、あの老人も存在している可能性がある。決してこの世界に存在するクランシーの使徒が、俺だけなどということはない。
では――この世界には俺以外にも、クランシーの使徒が存在する。
それはいい。
問題は、そのクランシーの使徒が何故俺と闘うことになっているのかということだ。
目の前の男――サイラスは、グレイスの持つ“ユルバンの宝物庫”に用があると言っていた。
それは簡単に言い換えれば、彼女の持つユルバンの宝物庫を、自分のものにしたいということだろう。
ヤツが必死にグレイスを追い詰め、その手段にほとんど容赦を感じないことを考えると、グレイスを倒してしまうことが、その目的を達成するための近道になっている可能性が高い。
だとすれば俺が闘う理由も明確だ。
俺はヤツがグレイスを狙う以上、闘わざるを得ない。
何しろアラベラの使徒同士でも派閥に分かれ、足を引っ張り合っているのを俺は知っている。それを考えれば、そうしたことがクランシーの使徒には一切ないと考える方がむしろ不自然だ。
ただ、グレイスの持つ宝物庫の存在が俺たちが闘う原因だとしても、それだけではいくつかの疑問が解決しないと思った。
まず、なぜサイラスは俺たちと闘ってまで宝物庫を手に入れようとするのか?
確かに魔人の武器は強力な武器だ。それを求める理由も分からなくもない。だが、サイラスはこの魔人の武器を得て、何をするのか? 俺と同じように魔人を追うのか? それとも別の目的があるのか? ここが判らない。
そして次に、サイラスは何故転移門を護ろうとしているのか。
転移門は魔人が現れる場所のはずだ。それをサイラス自身が護ろうとしている理由は何なのだろうか?
サイラスはクランシーの使徒でありながら、アラベラの使徒と近しい立場にあるということなのか? それとも別の意図を持って、転移門をこのままにしておきたいと思っているのだろうか?
最後に俺の攻撃が無効になってしまう理由だ。状態上の変化を考えれば、サイラスがクランシーの使徒であることが、俺の攻撃が無効化される原因に思える。
だとしたらヤツの攻撃も俺は無効化できるのだろうか? ここまで俺は、サイラスの攻撃を受けてはいない。もちろん身を持った検証は正直避けたいが、頭に置いておいた方が良さそうだ。
俺はその三つの疑問を頭の中で組み合わせ、考えられ得る答えを探し始めた。
だが、その答えを確実にするためには足りない情報が存在する。
「コイツは――」
俺はセレスティアたちに聞こえるように、声を上げた。
目の前の男が、クランシーの使徒であることを伝える――。それは、ひょっとしたらこの戦闘にマイナスの効果をもたらすかもしれない。
だが俺は、自分が知り得た情報を、“俺から”伝えなければならないと考えた。
「――――」
「――?」
俺は、「俺と同じ」と言ったつもりだった。だが、制約に阻まれたその言葉は、全く声になっていない、
急に無言になったのを不審に思い、ロベルトたちの視線が一斉に俺に集中する。
結果的にそれが、余計に次の言葉を目立たせることになった。
「――クランシーの使徒だ」
「――!!」
大なり小なり、全員がその言葉に驚いていた。中でもセレスティアは表情が凍り付いているように見える。
無理も無い、彼女以外はクランシーに対して特別な思いはないかもしれないが、セレスティアだけは違う。
彼女はクランシー神の信者だ。
自らが信仰する神の“使徒”に対して、剣を向けている――。その事実が、彼女に重く伸し掛かるに違いなかった。
セレスティアがこの事実を聞いて、戦意を失わずに済むかどうかはほとんど賭けに近い。
だが、俺は彼女を信じていた。
セレスティアは――きっと心の制御を利かせてくれる。
一方、クランシーの使徒という言葉を発した俺の身体には、微妙な淀みが走っていた。
いつも通り頭痛が生まれ、ズキズキとした感覚が頭の中を駆け巡っている。
俺は右手で頭を押さえ込みながら、何とかそれに耐えようとした。
ところがサイラスは、苦しむ俺の様子を窺い見ると、決定的な言葉で俺に追い打ちを掛けてきた。
「――ほう、“制約”に縛られる身でありながら、その言葉が出せるのですね」
俺は苦痛に声を上げてしまいそうになった。
サイラスはグレイスの状態を見通していたと思われる。だとすれば、俺の状態も、見破っている可能性が高い。俺が制約を受ける身であることは、俺と同じ能力を持っていれば、簡単に状態から読み取ることのできる情報だ。
“制約”という言葉を投げかけられた俺の身体には、目に見えない大きな淀みが生まれていた。頭の中には割れそうなぐらいの痛みが、縦横無尽に駆け巡り始める。
俺はその痛みによって耐えがたい吐き気を催し、それが目眩に発展していくのを感じた。途端に俺は足下が覚束なくなり、口を押さえてその場に倒れかかる。
今回の制約は、我慢すればいいといったレベルじゃ無い。
これまでとは段違いに――キツい。
「――ケイ、大丈夫ですか?」
グレイスが俺の側に駆け寄り、身体を支えてくれる。俺はグレイスに大丈夫だと答えたかったが、声が掠れて上手く喋ることができなかった。
見ると、ふらつく俺と寄り添うグレイスを目がけて、サイラスが真っ直ぐ斬りかかってきたのが判る。
俺は即座に攻撃を避けられるような状態にない。
すると、俺の視界の中にロベルトの背中がチラリと見えた。どうやら彼がサイラスの攻撃を遮ってくれたようだ。
続けてサイラスから光の束が発せられたのが判る。だがその光刃も、セレスティアが盾で受け止めていた。流石に魔法の壁とは違い、セレスティアの聖乙女の盾は光刃を受けてもビクともしていない。
何にしても、俺はセレスティアが戦意を失わず、闘いに参加し続けていることを喜んだ。きっと彼女には複雑な思いがあるに違いない。だが、セレスティアは俺の期待通り、一先ずは仲間のことを優先してくれている。
俺は時間と共に、次第に制約の影響が落ち着くのを感じていた。目眩が治まり、吐き気が治まり、頭痛が治まっていく。
完全に身体のキレが戻った訳ではないが、自分の力で体勢を整えることが出来そうだ。
俺がグレイスのサポートなくしっかり地面を踏みしめると、そこから急速に波が去るように、身体の中の不快感が過ぎ去っていくのが判った。
俺の様子を見て、未だグレイスは心配そうな表情を浮かべたが、取りあえずは大丈夫そうだ。
「もう――大丈夫だ」
グレイスを安心させるように言う。
我ながら、虚勢に過ぎない欺瞞に満ちた台詞だと思った。
俺が制約によってバランスを崩したのは、俺自身の発言のせいもあるが、サイラスの発言に依るところが大きい。だとすると、俺はこの後もサイラスの出方次第で、再び制約を発動させてしまう可能性がある。そう考えれば、全然大丈夫などではない。
今回のように俺の制約を知る相手と闘わざるを得ない場合、制約は俺にとって命を回復する加護ではなく、致命的な弱点になりかねなかった。
だが――制約の影響で俺自身が追い込まれるぐらいならまだいい。何故ならそれは、俺個人のことだからだ。
問題は、俺が制約の影響を受けることで、俺と共に闘うグレイスたちが危機に陥ることだ。それこそが、俺にとって一番致命的なことになる。
そんなことを考えていた俺は、大丈夫だという発言とは裏腹に、一向に厳しい表情を変えていなかった。
先ほどまで俺の身体を支えていたグレイスが、それを見て再び俺の方へと寄り添って来る。
そして口づけをするほどに顔を近づけ、俺だけに聞こえるように、小さく耳打ちをした。
「ケイ――“武器”を」
俺はその発言を聞いて、彼女の方へと向き直る。
「ヤツは――魔人じゃない。
それに俺の攻撃は、先ほどから無効化されている」
俺の返答に、グレイスはしっかりと俺の目を見つめて言い切った。
美しい切れ目に決意が見えている。
「いいえ、だからこそ――。
だからこそ、この武器に“価値がある”のです」
「――――」
俺は無言でグレイスを見つめた。
そして、吸い込まれそうな美しい目の奥に宿るものを、確かめようとする。
俺がその後の判断を下すまでに要した時間は、実際にはほんの一瞬だ。
だがその一瞬の時間が、俺とグレイスの間の信頼関係を改めて確認させてくれていた。
「――楔を打つ。
グレイス武器を頼む」
「はい」
俺は魔法の光で輝く手をグレイスの背中に押し当て、開門の楔をグレイスに打つ。
それが終わると、彼女は迷宮の入り口の方へと警戒しながら下がっていった。
その動きに気づいたセレスティアが、振り返らずに俺に声を掛ける。
「ケイ、後は任せろ。
何としても護り抜いて見せる!」
その声を聞いたシルヴィアが、下がったグレイスを岩壁で幾重にも覆い隠していった。
全員サイラスの狙いはグレイスであることを理解している。俺たちは魔法の砦を作って、グレイスを護る隊列を組んだ。
直後にグレイスの澄んだ声が、微かに周囲に漏れ聞こえ始める。呪文の詠唱が始まっていた。
ロベルトとセレスティアに攻撃を受け止められた後、サイラスは一旦下がってセレスティアたちと距離を取っている。
だが、彼はグレイスが後方に離れていくのを見て、それを追うかのように、手に持つ剣を高く掲げ始めた。
「――上だ、気をつけろ!」
俺がセレスティアたちに声を掛けた直後、迷宮の天井辺りに光の雲が現れる。
「――!!」
次の瞬間、そこから無数の光の星が降り始めた。俺を遙かに超える範囲と速度を持った、星雨の魔法だ。
頭上から襲いかかる光の雨を避けようと、セレスティアは盾を頭上に構えた。
俺は降り注ぐ光が到底避けきれる数ではないことを悟り、光の結界を発動してそれを防いでいく。
問題は、ロベルトとシルヴィアだ。
シルヴィアは何とか岩壁を駆使して、光の雨を防ごうとしていた。
だが、降り注ぐ光の威力が強く、彼女の展開する岩壁は次々に粉砕されて防御が間に合っていない。一発、また一発と身体に攻撃を食らい、シルヴィアは苦痛に表情を歪めた。
ロベルトは更に厳しい。明確な防御手段を持たない彼は、魔法を何とか避けるほかない。だが、降ってきているのはそもそも避けられない数の光だ。俺が後方から魔壁でサポートしたが、見る見るうちにロベルトの板金鎧は、銀色の地金と黒く焦げた部分で斑になってしまった。
「くぅぅ――これは効いた」
ロベルトが思わず声を上げる。台詞的には余裕があるように見えるが、かなりの数を喰らったロベルトのHPは、半分にまで減少していた。
サイラスは大きな魔法を使ったことで、若干の冷却期間があるのか、その場から動かない。
もちろん攻撃の好機ではあるのだが、俺がその隙を突いたところで攻撃を無効化されてしまう。俺とセレスティアは、迷わずロベルトとシルヴィアの回復を優先した。
俺がシルヴィアに大回復と行動加速を掛け、その間にセレスティアがロベルトを回復する。
冷却期間の終わったサイラスは、再びグレイスの方へと向かう構えだ。
一瞬の後、予想通りサイラスは、そのまま俺たちを突破しようと突進してきた。
それを見たロベルトが、回復した身体で突進を遮ろうとする。
「どりゃあぁっ!!」
大きな声を上げて槍を振るったロベルトは、見事にサイラスの突進を止めることに成功した。
だが、直後に彼を襲った盾の一撃が、ロベルトを軽々と吹き飛ばしてしまう。
「そこよっ!!」
そのタイミングを狙っていたらしきシルヴィアが、脚の止まったサイラスに向けて爆炎を放っていた。
サイラスは盾でそれを防ごうとしたが、火力の強いシルヴィアの爆炎は、サイラスの盾を丸ごと巻き込んで大きく燃え上がった。
「チッ――」
サイラスは盾を振ってその炎を掻き消そうとする。シルヴィアは岩弾放ってそこに追撃を掛けたが、その攻撃はあっさりと避けられた。サイラスの最も警戒すべき攻撃は光属性の魔法だが、剣や盾の扱い、身のこなしも相当なレベルにある。
爆炎の火を消し、大回復を使ったサイラスは、そのまま再び進み出ようとしていた。それを、今度はセレスティアが妨害する。
彼女はサイラスと、真っ正面からぶつかり合った。
「ケイ、行ってくれ!」
剣と盾、盾と剣の鍔迫り合いの中、セレスティアの澄んだ声が俺に向かって飛んでくる。
信者が使徒と剣を交わす。そこには複雑な思いがあるに違いない。
だが、俺は彼女を信じて強く言葉を返した。
「セレス、頼んだぞ」
セレスティアは振り返らずに頷いている。
グレイスはシルヴィアが作った岩壁の砦の中だ。姿が見えない以上、戦闘転移では彼女の側まで転移できない。
俺は普段は長距離移動に使う開門を開くと、そこに入り込んだ。これを見越して彼女に楔を打ってあった。
即座に俺の身体が詠唱を続けるグレイスの側に現れる。
見れば、岩壁と岩壁の隙間から、サイラスたちの姿が垣間見えていた。
詠唱は――もう少しで、終わる。
「ヒヒッ――そうそう思い通りには――させませんよ」
笑いで歪んだサイラスの声が聞こえてきた。
最初にヤツが姿を現した時、金髪の透き通るような白い肌を持つ秀麗な顔が、何ともいけ好かない雰囲気を醸し出していた。
だが、今のヤツの姿はどうだ。
声を聞くと、ある種の狂気を感じざるを得ない。
ここからでは細かい顔の表情までは見えないが、少なくとも最初の印象とはかけ離れた、崩れた表情をしているのは間違いなかった。
サイラスは鍔迫り合いから盾を引き、即座に盾の一撃を放った。だが、セレスティアもタイミングを合わせて盾の一撃を放っている。周囲には二枚の盾が勢いよく激突する、一際大きな音が響いた。
直後、サイラスは再び盾を鋭く引いて、今度はセレスティアの胴に向けて回し蹴り放った。
「ぐっ!!」
まさか体術が来ると思っていなかったセレスティアは不意を突かれ、その蹴りをまともに腹に受けてしまう。そのまま彼女は後方へと倒れ込んでしまった。
目の前を遮るものがいなくなったサイラスは、そのまま岩壁の砦の前に立つシルヴィアに向けて斬りかかって行く。
それを見たロベルトが二人の間に割って入り、その進行を槍で遮ろうとした。
「邪魔だ!!」
それが気に入らなかったのか、サイラスはこれまでにない大きな声を上げた。
言葉と共に放たれた光刃がロベルトに直撃し、ロベルトはそのまま声も上げずに昏倒する。
「これでも喰らいなさい!!」
近くから、シルヴィアの威勢の良い声が聞こえた。
彼女は声と同時に複数の土銃をサイラスに向けて放っている。だが、そのうちの一つは彼女の空間魔法によって、ポッカリと空いた穴に填まり込んでいた。その土銃の切っ先は、空間を飛び越え、サイラスの肩口に現れた“穴”から飛び出てくる。
「――!!」
直後、土銃の鋭い切っ先が、サイラスの左肩を傷つけていた。ヤツのローブが破れ、肩からは血が噴き出している。
サイラスは自身の肩の傷を見て、時間と共に次第に怒りを増幅しているように見えた。
「この程度で――この程度の攻撃で――!」
サイラスは段々表情も口調も変わってきている。
ヤツの中で、余裕が失われつつあるのかもしれない。
状態が見れるということは、当然情報を得ることによる優位を享受することができる。
だが、一方で“先入観”という劣位も同時に受け止めてしまうことになるのだ。
サイラスは俺たちの状態を見て、俺以外は自分より10以上もレベルが低い集団だということを、事前に理解していたはずだ。さらに、最もレベルの高い俺の攻撃は無効化される。
だからこそサイラスは俺たちを侮り、途中から侮蔑した態度を取り始めていた。
もちろんヤツの態度通り、ここまで俺たちが有効な攻撃をほとんど打てていないのも事実だ。
だが、楽に勝てると思っていた対象が、意外に手こずる相手だと判ったとき――その状況は、ヤツにとって不快以外の何ものでもないだろう。
サイラスは出血をものともせず、シルヴィアに詰め寄り剣を振り下ろす。
注意深くヤツの動きを見ていたシルヴィアは、それを岩壁を用いて防いでいた。
だが、岩壁はサイラスの一撃を防いだだけで、粉々に粉砕されてしまう。
直後シルヴィアの炎弾が至近距離から炸裂し、サイラスは思わぬカウンターを貰って炎に包まれた。
だが、サイラスはそれを気に留めない。身体が燃えさかる状態のまま、シルヴィアの身体に強烈な蹴りを放って来た。
「きゃああぁぁっっ!!」
蹴り飛ばされたシルヴィアは、大きくその場から弾き飛ばされていく。
セレスティアが、ロベルトが、シルヴィアがその身を賭して、必死に闘っている。
俺はそれを目に焼き付けながら、グレイスが唱える呪文が、今まさに終わりを迎えようとしていることを感じた。
俺は資産に支配者の魔剣を片付け、目を閉じるグレイスを見つめながら、彼女の胸元を弄る。
「――!!」
グレイスの顔が上気するが、彼女の詠唱は止まらない。
そして――詠唱の声が止まった瞬間、俺とグレイスは強い光に包まれた。
「あっ――んっ――!!」
胸を掴まれたグレイスの喘ぎ声が聞こえる。無意識でそうしたのか、彼女は目を閉じたまま、俺の腕をキュッと掴んでいた。
その手は俺の手を除けようとしているのか、むしろもっと押しつけようとしているのか、判断が付きづらい。
だが俺は、それに何ら遠慮はしなかった。
より一層手を開き、手の平の中央で存在を主張する突起を押しつぶすように、その柔らかい肌を押しつける。
そうしても、彼女の肌は俺の手には収まり切っていない。俺はそれが手から零れるのを押しとどめるがごとく、彼女の柔肌に指先を埋め込んだ。
「――ケイ――!」
グレイスが俺の名を呟いた瞬間、彼女の胸元が更に光量の強い光に包まれる。
すると、俺の手の中にある感触が次第に変化し、別の物質へと変わっていった。
それを少し引き出すと、両の手がどうやら同じものを握っているような感覚がある。
だが、この感触はこれまで触れたことのないものだ。
左手はこれまでにない太い柄を握っている。その柄は緩やかなカーブを描いており、それが剣でも杖でもなく、明らかに別の武器であることを誇示している。
右手はほとんど何も握っていないのではないかという感触だが、細い線のようなものを掴んでいた。
俺は掴んだ得物を光の中からゆっくりと引き出して行く。大きさはどうやら俺の背丈ほどありそうだ。かなりサイズが大きい。
「これは――」
全てを引き出さなくても、俺はそれが何なのかを理解できた。
左手に握った柄は美しく装飾され、まるで巨大な籠手のようにも見える。
そしてその装飾された柄から、上下に翼が生えているかのように、大仰な弧を描いた両翼が突き出していた。
両翼の端から端までは、一本の輝く糸が通っている。そして、俺の右手はそれを掴んでいた。
――俺が手にしていたのは、巨大な“弓”だ。
その得物が全ての姿を現した後、二人を包む光が急速に収まっていく。
「それは――」
気怠く艶っぽい表情をしたグレイスが、俺に向かって言った。
「魔弓――イシュメルです」
「イシュメル――」
その名を聞いた俺は、即座に手にした魔人の弓を“凝視”しようとした。
**********
【装備名】
魔弓『イシュメル』
【種別】
魔人弓(ユニーク)
【ステータス】
S P:1射ごとに50~低下
筋 力:+100
敏捷性:+100
回 避:+150
攻撃力:+1144
【属性】
闇
【スキル】
闇属性魔法+2、闇属性耐性+2、光属性耐性+1、矢の雨、破壊の矢、必中、軽量化
【装備条件】
契約者および契約者が認めた人物のみ
【希少価値】
S
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その状態をしっかりと確認する前に、俺とグレイスに向けて、サイラスの星雨が降り注いだ。
「グレイス!」
光の結界の発動時間は未だ続いている。俺はグレイスがその範囲から出てしまわないよう、彼女を抱き寄せた。
派手に岩の崩れる音が重なり、光の雨が一気に俺たちを取り囲んでいた岩壁を粉砕していく。
それによって、これまで岩壁に隠れていた二人の姿が、サイラスの前にさらけ出されることになった。
だがそれは、逆に俺とグレイスからも、サイラスたちの様子が見えることを意味している。
――良かった、セレスティアたちは全員ゆるゆると立ち上がりつつある。
星雨が収まると、俺はグレイスと並び立ち、結界の中からサイラスを睨み付けた。
ヤツの放った星雨は、シルヴィアが作った岩壁の砦を完全に粉砕したが、寄り添う俺とグレイスには全く届いていない。
見れば、ヤツはそれこそ苦虫を噛み潰したような顔をしている。
段々サイラスが余裕の表情を見せなくなってきたのは、さっきと同じ流れだ。
俺は歪んだサイラスの表情を見ながら、ヤツに判らないようグレイスに向かって呟いた。
「グレイス――ちょっと聞きたい」
俺は元の世界でも弓を扱ったことなどない。もちろん大昔に遊びで真似事のようなことはしたことがあるが――。
そこからすれば、弓を引いたところでそれが当たるかどうかは微妙なところだ。
だが、俺が気になったのは、それ“以前”の話だった。
「弓はいい。ビックリするぐらい立派な弓だ。
だが――矢がないぞ」
「――――」
未だ気怠い表情をしていたグレイスは、一瞬目を見開いた後、俺の困っている顔を見ながらプッと吹き出した。
その仕草で、今回は彼女の意識がハッキリしていることを理解する。
「――魔弓には決まった矢はありません。
魔力を矢にする弓です。弓を引き、魔力を集めて放ってください」
「――わ、判った。やってみる」
俺は自らの質問に若干赤面しながらも、その場で魔弓をそれらしく構えた。
それだけを見ると、弓に矢が付いてないだけに、空撃ちに見える。
「チッ――」
サイラスは、俺の動作を見て身構えた。
星雨を放った後の冷却期間もあってか、ヤツはほとんど動かない。
俺はさも弓に矢を番えたかのように、目一杯の魔力を魔弓に集めていった。すると、集めた魔力はまるで矢の様な形を作り出す。
この攻撃が果たしてサイラスに無効化されるかどうか――俺は大きな興味と好奇心を抱いていた。
“だからこそ価値がある”――俺の中で、グレイスの発言が甦ってくる。
この一撃で――この一撃によって、きっと様々なことが判るようになるはずだ。
「喰らいやがれ!!」
俺は目を見開き、サイラスを睨みながら矢を放つ。
放たれた魔法の矢は真っ直ぐ飛ばず、まるで電撃の一撃のように、一瞬で複雑な軌道を描きながらサイラスを掠めて行った。
ヤツを掠めた矢はそのまま祭壇を越え、祭壇の後ろにあるクランシーの石像を直撃する。
直後、大きな音がして、突き崩れたクランシーの石像は大きく右側に傾いだ。
「お――おのれ――」
サイラスは崩れるクランシーの像を見て、唇を震えさせている。
そして俺はその頬に、流血が滴っているのを見つけた。
それは、矢が掠めた頬からの出血だった。
これだけ見れば、サイラスに与えられたダメージは、ほんの僅かでしかない。
だが――魔弓イシュメルの一撃は無効化されず、確かにクランシーの使徒を傷つけていた。






