071 無効
目の前に現れた金髪の男が、偶々ここに居合わせたのか、俺たちを待ち受けていたのか――その意図は判らない。
だが少なくとも、この男を“視る”ことで掴める情報があるはずだ。
俺は目の前に立つ金髪の男を“凝視”し、そこから得られる情報を確かめようとした。
すると、まるでそれに合わせるように、金髪の男も俺に視線を固定する。
妙な形でお互いを見つめ合うような時間が、僅かばかり流れた。
俺の気のせいかもしれないが、金髪の男は俺を凝視して、少し目を細めたような気がした。
**********
【名前】
サイラス・クルス
【年齢】
不明
【クラス】
不明
【レベル】
56
【ステータス】
H P:????/?????
S P:????/?????
筋 力:???
耐久力:???
精神力:???
魔法力:???
敏捷性:???
器用さ:???
回避力:???
運 勢:???
攻撃力:????
防御力:????
【属性】
光
【スキル】
不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、フロレンス語学
【称号】
不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明
【装備】
不明
【状態】
不明
**********
見ることのできた状態から得られる情報は、相当限定的だ。
だが、そこから理解できることをしっかりと考え始めると、次第に額から汗が浮き上がってくる。
見たとおり、サイラスの状態には“アラベラの使徒”の文字はない。
これまで俺は、相手のレベルに関係なくアラベラの使徒かどうかを見通すことができていた。それを考えれば、この段階でサイラスがアラベラの使徒でないことは、確定的だと考えていいだろう。
それに先ほどこの男は、“この場でアラベラの名前を出すのを遠慮しろ”と言っていた。言葉通りの意味だと考えれば、アラベラの名前に拒否感を抱くこの男がアラベラの使徒でないということは、当然だとも言える。
だが魔人でなく、見た目も獣人でないサイラスは、ごく普通の人間のはずだ。
このタイミングで俺たちの前にさり気なく現れた男が、レベル“56”などという魔人をも上回る高いレベルにあるという事実は、どう捉えれば良いだろうか? この男が偶々ここに居合わせたというのは、何が何でも不自然ではないだろうか?
スキルに現れるべき「ハーランド語」が、俺と同じ「フロレンス語学」なのも気になる。
俺の記憶が正しければ、俺以外でここがフロレンス語学になっていたのは、“あの”深層のレーネだけだ。俺とレーネの共通点が、この男にも存在するということなのだろうか? 簡単にはその理由が掴めそうにない。
結局のところ、サイラスが俺を上回るレベルであるため、実際の状態をほとんど読み取れないということが状況判断の障害になっている。
だが限定的に得られた情報から判断しても、目の前にいるのが決して油断できない人物だということは、簡単に理解できた。
俺は自分の中で沸き上がる様々な想定を押しとどめ、とにかくこの男と対話してみようと考えた。
対話する中で、何か新しい情報が得られるかもしれない。もちろん意外にも友好的な人物だった、という可能性すらある。
「――ここを管理しているということだが、あなたはロアールの方なのだろうか?」
俺はまず、比較的差し障りのなさそうなところから問いかけてみた。
ロアールは獣人の国だ。特別にハーランド人の出入りが認められているファリカの街以外は、人間を見かけること自体が珍しい。
するとサイラスは俺の問いかけに答えず、そのままゆっくりと迷宮の中へと入って来た。
そのまま進み、徐々に俺たちの居る祭壇の付近にまで近づいてくる。だが、セレスティアたちは警戒を解かずに剣を構えたままだ。
サイラスはセレスティアたちの目前まで来ると、そこでようやく足を止めて、俺に向かって答えた。
「――いいえ。私はクランシーに仕えるものです。国境は関係ありません」
この男がロアールの国に仕える身分である可能性はほとんどなかったから、彼の回答した内容は想定の範囲内にある。
サイラスの答えた内容に対しては、一応ロアールの臣下であるロベルトが反応した。
「失礼だが、ロアールの国に名を連ねる者として、貴方にお伝えします。
貴方は神殿だと仰っているが、ここは既に迷宮化しています。過去には魔物が出現した記録もありますから、それは確実です。
迷宮化した神殿は、ロアールの国自体が管理することになっていますから、貴方がクランシーに仕える方だとしても、ここの管理をすることはできません」
ロベルトの話した内容は、彼からすれば間違いなく筋が通っている。目の前のサイラスがそれにどう返答しようとも、道理はロベルトの方にあるはずだった。
――だが、俺はサイラスを見ながら、彼がロベルトの発言を受け入れないであろうことが判っていた。
何しろこの少ないやりとりの中で考えても、そもそもこの男が“そういう観念”で動いてないことが明白に伝わってくるのだ。
見れば、サイラスは薄ら笑いを浮かべ、ロベルトの発言を詰まらなさそうに聞いている。
この男にまともな道理を説いたとしても、きっと理解など示さないだろう。
サイラスは、剣を構え彼を警戒するセレスティアたちを突っ切るように、奥の祭壇の方へと歩いてくる。
セレスティアたちは、サイラスが敵対する行動を見せればすぐにでも斬りかかることだろう。だが、今のところこの男はそうした行為を見せていない上に、丸腰だ。
そのまま剣や槍に取り囲まれるようになりながら、サイラスは祭壇の方まで上がって来た。
そして、もはや目前の距離に迫った俺に対して言う。
「――私はずっと前からここにいますので、今更そんなことを言われても困ります」
何が楽しいのか、サイラスは俺の顔を見ながら楽しげだ。
俺は無言のまま、彼の笑顔を見据えてその真意を計ろうとした。
すると拒否の言葉を返されたロベルトが、呆れた調子でサイラスの背中に向けて口を開く。
「そういうことではないんですが――。
暫く、ここから退去していただくことはできませんか?」
ロベルトの言葉に、サイラスは更に笑みを浮かべると、その発言を明確に拒絶した。
「お断りします。私にとってここは、とても重要な場所ですので」
――もはや雲行きは完全に怪しくなっている。
後はこの男が俺たちと敵対しようとしているのか、何か別の意図を持って近づいて来ているのかを見極めるだけだ。
もちろん、仮に敵対するのであれば、何の意図で敵対しようとするのかも確認はしたいところだが――。
俺はサイラスの言った言葉を取り上げて、質問をぶつけてみることにした。
「――重要な場所?
それはどういう意味で重要なのかを、ぜひ詳しく教えて貰えないだろうか。
そもそもその発言が出てくるということは、ここがどういう場所なのかを理解しているということなのか――?」
俺の問いかけに対して、サイラスはニヤリと笑うと、非常に素直な回答を返して来る。
「無論、理解しています。
――ここは“魔人”が転移してくる“門”のある場所でしょう」
俺はその答えを聞いて、ロベルトたちと顔を見合わせた。
サイラスはここが転移門のある場所であることを、ちゃんと理解している。
だがそれは、目の前の男がここを“魔人”が出現する場所だと知っていながら、自分がそれを管理すると主張していることを意味していた。
俺の頭の中に、セレスティアを裏切った副団長のことが浮かび上がる。ヤツも魔人ではなかったが、魔人に協力する立場を取っていた。
俺は仕方なく、サイラスが完全に俺たちと対立する立場にあるのかどうかを、確かめることにする。
「俺たちはその“門”を破壊しなければならない」
俺がそういうと、サイラスは一層表情を歪めて笑い顔を作った。
秀麗な顔つきのはずなのだが――ここまで顔を歪ませて笑われると、不気味以外の何ものでもない。
「ええ、ええ、判っていますよ。
最初からそういう目的でいらっしゃったのだと思っていました。
――もし仮に皆さんがされることを、私が“阻止する”と言ったらどうなりますか?」
その言葉が発せられた瞬間、セレスティアやロベルトが、音を立てて武器を構え直す。
ある意味それが答えになってしまったが、俺は手を挙げてセレスティアたちに動かないよう指示すると、できるだけ落ち着いた口調でサイラスに話しかけた。
「そうか――非常に残念だが」
今にも一触即発の雰囲気が漂い、全員の緊張感が高まる。完全にセレスティアたちは戦闘開始の合図を待っていた。
サイラスはそれを全く意に介さないように、俺に対して再び拒絶の意思を伝えてくる。
「何と言われましても――私はここから退くことはありません」
俺はある考えを抱き、それを聞いてアッサリと引き下がることにした。
「そうか。
――判った。
では、我々は一旦出直すことにしよう」
俺の発言を聞いて驚いたのは、ロベルトやセレスティアだ。
「待て、本当にそれでいいのか!?」
「旦那ぁ、それでは――」
俺は上がる声を押しとどめ、そのまま武器を下げてここから退去するよう伝える。
ロベルトとセレスティアは渋々俺に従って武器を下ろし、先に迷宮の入り口へ向かった俺の背中を追って、歩き始めた。
――問題は、ここで声を掛けてくるかどうかだ。
この男に特別な意図があるならば、絶対にこのまま俺たちを見逃したりはしない。声を掛けてくるに違いないのだ。
そして、サイラスは俺の想定通りの行動を採った。
「――お待ちください」
後方から掛かったサイラスの声に、俺は振り返らずに足を止める。
「何か――?」
俺がそう言ってから振り返ると、サイラスは妙に目をギラギラと光らせて、ある一点を指さしていた。
「そちらの女性――。
そちらの女性だけは、ここに留まっていただきたいのです」
男が指さした先にいたのは――“グレイス”だ。
俺は即座に、この男がこのタイミングで出てきた理由を理解する。
それは、グレイスの持つ“魔人の武器”に用がある――いわば先日闘った魔人、ベルナルドと同じ理由に違いなかった。
「――それはどういう意味なのか、具体的に教えて貰えないか?」
俺が言葉を投げかけると、ロベルトとセレスティアが武器を構え、サイラスを取り囲む位置へと戻っていく。
だが、この後出てきたサイラスの言葉は、俺の想定とは少し違っていた。
そして、その言葉が俺に滅多に湧かない焦燥感を抱かせる。
不敵に笑うサイラスは、グレイスを指さしたまま口を開いた。
「そちらの女性が持っているユルバンの“宝物庫”、それを頂きたいだけです。
――グレイスさん」
「――!!」
一瞬、俺の背中に悪寒が走った。
今、この男は何と言ったか――?
確かにユルバンの“宝物庫”と言った。
そして、名乗ってもいないグレイスの名を呼んだ。
副団長のように、この男がクルトと関係している可能性はある。その場合、ひょっとしたらグレイスの名前を事前に教えられていた可能性があるかもしれない。
だが“宝物庫”という単語は、グレイスの状態を知る、俺しか知り得ない情報のはずだ。
クルトも魔人の武器を見て、ユルバンの“失われた武器”と表現していた。魔人の武器やグレイスを見て、“宝物庫”と表現したことはない。
そして、俺は今まで一度も「ユルバンの宝物庫」という単語を口に出したことはない。
そう考えると、まさか――という思いが俺の中に湧き出て来た。
まさか、この男には俺と同じものが視えているというのだろうか――!?
俺は知らず知らずの内に、愕然とした表情を見せたのかもしれなかった。
サイラスが俺の顔を見て、それをさも楽しそうに失笑する。
すると、その笑い声を切っ掛けに、ヤツの近くにいたロベルトが鋭く蝕の短槍を突き出した。
「――!!」
だがその攻撃は、不敵に笑い続ける金髪の男を捕らえられない。
サイラスは素早く後ろに飛び退くと、即座に資産から剣と盾を取り出した。飛び退いた際に見えたが、ローブの下には元々鎧を着込んでいたらしいことが判る。
――要するにこの男は、俺たちと最初から闘うつもりでここに来ていたのだ。
サイラスが手に持った剣で盾を二度叩くと、彼の周囲に金色の結界が張り巡らされた。
「光の結界だ!」
俺が叫ぶと、そのまま全員が散開し、各々が戦闘態勢を取る。
直後、サイラスとの距離が最も近いセレスティアが、聖乙女の剣を振るって斬りかかった。
だが、その攻撃はあっさりと盾で防がれる。サイラスはそのまま隙の出来たセレスティアに反撃を繰り出すと思われたが、ヤツは身体の向きをくるりと変えると、全く別の方向へと光刃を二発放った。
「グレイス!!」
油断なくそれを見ていたグレイスだが、光刃を片方しか避けられない。
それもそのはず、光刃の着弾速度が、俺のものの二倍以上に早かった。スキルのレベルが高いのか、ヤツの光属性が関係しているのかは判らなかったが、少なくとも身のこなしだけで回避するのは難しいレベルの速さだった。
「うっ――」
肩口にまともに光刃を喰らったグレイスは、身体に焦げたような跡を残して大きく傾いだ。物理衝撃を伴わない光属性魔法でそうなってしまうのは、受けるダメージが大きい証拠だ。
それを振り返ることもなく、セレスティアとロベルトは呼吸を合わせてサイラスへと躍りかかった。だがその攻撃は、それぞれサイラスが持った剣と盾であっさり受け止められてしまう。
そうして鍔迫り合いになった二人に対して、サイラスから光刃が繰り出された。しかしながら、セレスティアは反撃を予期してそれを盾で防御する。ロベルトの方へ飛んだ光刃は、前もって動きを読んでいたシルヴィアが、ロベルトの前に岩壁を展開して遮っていた。
俺はその間にグレイスに近づくと、大回復を使った。そして、自分とグレイスに加速を掛ける。
「大丈夫か――?」
「はい」
俺はグレイスと端的な会話を交わすと彼女の元を離れ、シルヴィアの方へと近づいた。そして、シルヴィアにも加速を掛け、反応速度を向上させる。
――と、俺がグレイスの側を離れるのを見たサイラスは、目の前のロベルトやセレスティアに構うことなく、グレイスに向けて光刃を放って来た。
だが、再びそれを予想していたのか、シルヴィアが岩壁を展開して、グレイスを護る。
グレイスを護った岩壁は、光刃のダメージを受けて一撃で粉々に崩壊してしまった。やはり、威力は相当なものだ。
それを見たサイラスは、改めてロベルトとセレスティアを吹っ切るように走り出した。向かう先は――また、グレイスの方向だ。
「後ろを見せるのか!」
サイラスはロベルトとセレスティアに対して完全に背中を見せている。張り上げたセレスティアの声と共にロベルトが高く跳躍し、サイラスの後方へと攻撃を仕掛けた。
彼の持つ蝕の短槍の刃先が輝きを放ち、ロベルトが空中で加速するようにサイラスへと刺突を繰り出す。
「おりゃああぁぁっ!!」
ロベルトの判りやすい雄叫びと共に、スキル“流星突き”によって加速された槍が、サイラスの背中に突き刺さろうとした。
ところがその瞬間、まるで背中に目があるようなタイミングで、サイラスは盾でそれを受け止める。
スキルによって威力を増した一撃が、激しく金属を擦り上げるような不快な音を立てた。
「はあぁぁっ!!」
それを見たセレスティアが、更にサイラスに斬りかかっていく。
サイラスはその攻撃を剣では受けず、巨大な光壁を展開して止めようとした。
俺がそこへさらに追い込むための攻撃を仕掛けようとした途端、サイラスは再びグレイスに向かって光刃を二連続で放って来る。
その二つの光刃は、シルヴィアとグレイスが展開した岩壁と闇壁によって防がれた。だが、やはり威力が強いのか、一撃で二つの壁が粉々に砕け散る。
俺はそれを横目に見つつ、サイラスの前方から支配者の魔剣を振り上げ斬りかかった。
だが、サイラスは俺の攻撃を、手に持った剣で受け止める。
サイラスはロベルト、セレスティア、俺の攻撃をそれぞれ盾、光壁、剣で受け止め、さらには攻撃まで仕掛けて来ていた。
その表情に焦りはなく、飽くまで不敵な笑みを浮かべている。
俺はそれを見て、サイラスの計り知れない底力を感じざるを得なかった。
間違いない――この男は強敵なのだ。
「せいっ!!」
ロベルトが受け止められた槍を引いて、再び攻撃を仕掛けていく。
サイラスはそれを避けると、ほとんど振り返りもせずに、グレイスに向けて光刃を二発放った。
自分を目視していない敵から高速の攻撃が飛んで来た場合、回避するのは相当難しい。だが加速で反応速度が向上していたグレイスは、その光刃を曲芸のように回転しながら上手く避けた。
とはいえ完全には避けきれず、二つ目の光刃が彼女の左脚を掠めていく。グレイスは感じた痛みに、一瞬顔を顰めた。
サイラスの狙いは完全にグレイスだ。ヤツは執拗にグレイスだけを狙って来ている。
しかも、他からの攻撃を意に介さず、それらに対する防御よりもグレイスへの攻撃を優先していた。ある意味徹底していると言える。
俺は牛頭巨人の時と同じだ、と思った。一直線でバカ正直ではあるのだが、脇目も振らずに攻撃されると、むしろその方が対処が難しい。ヤツが放つ光刃の威力が高いことや、グレイスが闇属性で光属性に弱いことを考えると、油断すれば一気にグレイスのHPを持って行かれる危険性があった。
――と、ふとヤツの周りの金色の結界が、一瞬揺らいだのが判った。
俺は慌ててサイラスの状態を覗き見る。
確かに「状態:光の結界」になっているのだが、その隣に書かれた有効時間を表す数字がもう10を切っている。
光の結界の有効時間は三分間だと思い込んでいたのだが、ヤツが展開した光の結界の有効時間は、三分よりも短いようだ。
ふと、シルヴィアと俺の視線が交錯した。
彼女もサイラスの結界が揺らいでいることに気づいている。
一瞬、シルヴィアと共に攻略した試練の塔での戦闘が頭を過ぎった。
――あの時も、突破口は結界の揺らぎだった。
俺とシルヴィアは視線で合図を交わし合い、サイラスの光の結界が切れるであろう瞬間を狙って、それぞれ魔弾と炎弾を放った。
サイラスは光の結界が切れた瞬間、光壁を展開して、炎弾を防ぎに行く。
だが、ヤツが展開した光壁の大きさでは、俺の魔弾までは防ぎきれない。
「――!?」
俺は完全に、魔弾がヒットしたと思っていた。
だが、俺の魔弾は何かに遮られた訳でもないのに、サイラスの目前で弾けて霧散した。
俺はサイラスに向けて間髪入れずに風刃を放つ。
ところがサイラスは俺に不敵な笑みを見せ、放った風刃を避ける素振りすら見せない。
「何だ――!?」
直撃でダメージを与えるはずの風刃は、再びサイラスに当たる前に弾け飛んだ。
光の結界は消滅したはずだ。どういうことだ――何が起こっている!?
サイラスはそのままグレイスに向かって斬りかかって行った。油断なく構えていたグレイスは、その攻撃を受け流し、余裕を持って回避する。
恐らくそこを狙っていたのであろう。セレスティアがサイラスに向けて、光弾を放っていた。
ヤツが必ずグレイスを狙うと判っていれば、その行動範囲は読みやすい。セレスティアの放った攻撃は、正にサイラスの向かう先を読んだ上でのものだった。
見事にセレスティアの光弾はサイラスに当たり、その肩に焦げ目を作ってダメージを与える。だが、サイラスは光属性だ。光属性魔法によるダメージは半減してしまう。
直後、ロベルトが飛びかかり、力強い横凪ぎを放った。サイラスはそれを盾で受け止めたが、ロベルトもその動きを読んでいたようだ。
ロベルトは受け止められた槍を即座に引き、鋭い刺突を無数に放った。
彼の槍は刃先から眩い光を放ち、受け止めきれない速度の連続突きとなってサイラスに襲い掛かる。
サイラスは何とか盾で自分の身体を庇おうとしていたが、完全には防ぎきれず、肩に蝕の短槍の一撃を受けた。途端にローブが割け、そこから真っ赤な出血が生まれてくる。
サイラスは即座にその場から飛び退ると、俺たち全員から一旦距離を取った。
そして、自分に回復を使って傷を癒し、蝕の短槍による攻撃力低下も解消していく。
この一連の攻防を見た俺は、酷く混乱した。
俺の魔法は光の結界が無くなったにも関わらず、サイラスに当たる直前で霧散した。魔弾だけじゃない。風刃もダメだった。
そして、セレスティアの魔法は僅かではあるがヤツにダメージを与え、ロベルトの攻撃は明確にサイラスを傷つけた。
さらに、ヤツはシルヴィアの魔法を防ごうとしていた。
だが、俺の魔法は避けようともしていなかった。
それはサイラスが、俺の攻撃が通用しないということを、“事前に知っていた”からに違いない。
だが、何故なんだ? 何故、俺の魔法はヤツに無効化される!?
俺はその理由を求めて、目を大きく見開きながら、不敵な笑みを浮かべ続ける金髪の男を “凝視”した。
そして、再び俺の目の前に、文字と数字が並び始める。
ほとんどの情報が不明であることに変わりはないが、闘いの中でいくつかの認知が進み、ヤツが持つ回復魔法などの情報が追加されていた。
だが、そのほとんどの情報は、特筆すべき点もない。
ただ一つの情報を除いては――。
そして、その一つの情報が、俺に衝撃を与える。
サイラスの“称号”の最後尾に、一つだけ新たな言葉が刻まれていたのだ。
そこには、
“クランシーの使徒”
――と、書かれていた。