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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第七部 使徒と魔人篇
70/117

069 荒野へ

 響いてくる足音のペースが、いつもより速いように感じる。


 聞こえる足音は複数だ。

 慌てているとまでは言わない。だが、その刻まれる足音のリズムが、なにがしかの事情で足の進みを早めているものであることは明白だった。

 そして、そのうちの一つの足音は、かなり重い音を響かせている。それが、その人物の大きさを象徴しているようでもあった。


 俺たちの姿はロアールの首都、サリータの兵舎の中にある。

 見事転移門を破壊したことを、竜人ヴァイスに報告に来たのだ。


 まさにバタン、という大きな音を立てて、客間の扉が開かれた。

 その大きな音が、俺たちをここまで案内し、そのまま部屋の中に控えていた狐顔の獣人をビクリと驚かせる。

 俺はその様子に笑みを浮かべながら、客間に入ってきた人物を迎えた。


「よく、戻ってきた」

 部屋に入って開口一番、竜人ヴァイスは大きな声で俺たちをねぎらう。

 そして、全員が無事であることを確かめるように、俺たち一人一人を上から下まで確認するように見た。

 部屋に入ってきて気づいたのだが、竜人ヴァイスは珍しく正装ではなく鎧姿だ。

 それだけに足音が重くなっていたのかもしれない。

「皆さんご無事なようで何よりです。

 ――早速ではありますが、首尾の方はいかがでしたか?」

 竜人ヴァイスの後ろに控えた豹男レンツが言った。

 竜人ヴァイスに比べればかなり落ち着いた物腰と口調なのだが、一番最初の台詞セリフで結論をくあたり、彼自身も相当結果が気になっているに違いない。

 俺はその気持ちを感じ、セレスティアやロベルトたちと視線を交わした後に、口を開いた。

「結果から言うと、転移門は破壊できた」

 そう俺が告げた瞬間、息を飲むようにその言葉を待っていた竜人ヴァイスが、手を打って大きな声を上げた。

「でかした!!

 ――しかし、まさか成功するとはな。魔人どもの慌てた顔を想像すると、笑いがこみ上げて来るわ。

 おれも過去に転移門をどうにかすることは考えなくもなかったのだが、実行するには高い危険リスクがあった。

 だが、それを本当に成し遂げるとはな――正直恐れ入ったとしか、言いようがない」

 竜人ヴァイスは一通り俺たちを賞賛した後、大きな声で笑う。

 その笑い声の大きさに、再び控えていた狐顔の獣人がビクリとなった。

 俺はそれを横目で見て、苦笑する。

「――転移門の前で、突然現れた魔人と戦闘になった。

 転移門の破壊は、やはり魔人と闘い、それに勝つ覚悟と勇気がなければ出来ないことだと思う。

 それに――今回現れた魔人は、俺たちが転移門に近づいて来たのを察知して現れたようだ。

 だとすれば、下手に転移門に近づくことは、逆に魔人をこの世界に呼び込む結果になるのかもしれない。

 どちらにせよ、危険リスクが高い行為であることは間違いないだろうな」

 竜人ヴァイスは俺の発言を神妙に聞き、最後に大きく頷いた。

「そうだ、その通りだ。

 それだけに今回、お前たちが成したことは大きいということだよ。

 ――お前たちはこのロアールにおいて、英雄を名乗っても構わんぞ」

 そう良いながら、竜人ヴァイスは不敵に笑う。

 俺はシルヴィアたちと顔を見合わせ、苦笑しながらそれに答えた。

「茶化さないでくれ。俺は別に尊敬を集めたくて、転移門を叩いてる訳じゃない。

 それにまだ全てが終わった訳ではないだろう。

 確かに転移門は破壊できたが、前に聞いた話では転移門は一つでは無いという話だったはずだ」

 それを聞いた豹男レンツが口を開く。

「――我々の知る限りではありますが、転移門はあと二つ存在しています。

 どちらもロアール国内です」

 あと二つ――。

 それは、俺も初めて知る情報だ。俺たちが破壊したものと合わせて、合計三つの転移門がロアールに存在していたことになる。

 俺は豹男レンツの発言を受けて話を続けた。

「まだ俺たちは転移門を全て破壊しきれていない。だから実際に何かを成したというには、早いと思ってるんだ。

 今日ここに来たのは、転移門破壊の首尾を報告するためでもあるんだが、次の転移門もくてきちを知るためという理由もある」

 それを聞いた竜人ヴァイスは何か言いたげに、無言のまま豹男レンツと視線を合わせる。

 すると、豹男レンツが若干遠慮がちに口を開いた。

「――ケイ殿。確かに転移門はまだ存在します。

 ですが今は一つ目の転移門が破壊できたことを、喜んで良いはずではありませんか?

 何も今すぐに次の目的地へ、ということは――」

 俺はそう言われて一瞬ハッとする。ひょっとして、焦っているように見えたのだろうか?

 そこへ追い打ちを掛けるように、横から竜人ヴァイスが懸念の声を上げた。

「ケイ、このあと残る転移門も叩かねばならんのは確かだ。

 ――だが、お前は何に追い立てられている?

 このロアールと魔人との闘いは、一朝一夕の攻防で成り立ってきたものではない。

 それこそやつらが転移門に現れ始めてから、数十年単位の闘いの歴史があるのだ。

 そこからすれば、お前が成し遂げようとしていることは、あまりにいているように見える。

 ――拙速とは言わないが、それに近い印象を抱くゆえ、心配なのだ。

 せめて今は、ゆっくり身体を休めてくれ」

「――――」

 俺は無言になる。誰も何も言わないが、少なくともロベルトは同じ印象を抱いていたような表情だ。

 それだけでは悪いと思ったのか、豹男レンツが俺に言った。

「成功を祝うための食事を用意させましょう。どうぞみなさん、今日はサリータでゆっくりと。

 次の目的地に関しては、また明日にでも話し合うということで。

 実は我々も、ただじっとここで待っていた訳ではないのです。そのことも明日お話ししたいので――」

 俺はその言葉に少し救われたように、礼を言った。

「気を遣わせてしまって済まない、助かるよ。

 疲れが飛ぶような、いい食事を期待してる」

 もちろん、と言いたげな表情で豹男レンツが笑みを浮かべる。

 それを見て、グレイスやシルヴィアも、少しホッとした表情で笑みを浮かべるのだった。



 この日の夜、俺たちは初めて首都サリータにあるエルキュール邸と呼ばれる建物に案内された。

 サリータは王国ではない。獣人たちの代表が議会のようなものを作り、合議で国を治めているらしい。

 エルキュール邸というのは、その合議を行うための議員が集う場所で、実質の王宮に相当する場所だ。

 元はサリータを建国した英雄エルキュールが使っていた邸宅で、今は改装されて議会と迎賓館になっている。

 迎賓館の中には客室なども用意されていて、その中はもちろん兵舎とは比べようのない豪華な場所になっていた。

「おれはエルキュールここに来るのを嫌がられているんだ」

 とは、竜人ヴァイスの談だ。彼いわく、どうしても見た目が恐ろしいため、他の獣人たちにとっても威圧的で、粗野に見えてしまうらしい。

 だが、横から口を挟んだ豹男レンツが言ったことは、それとは逆の内容だった。

「よくおっしゃいますな。議会があるからと召喚されても、無視していらっしゃらないことが多いのに――。

 こういう堅苦しいところには近寄りたくはないんだと仰ったのは、どなたでしたかな」

「うっ――」

 何となく、どちらが真実なのか判った気がする。


 エルキュール邸で俺たち五人は、豪勢な食事でもてなされた。

 これにはシルヴィアも大喜びだったのだが、それよりも喜んでいたのはロベルトだった。

「いやあ、ロアールで真面目に働いていても、エルキュールここでご相伴しょうばんにあずかれるようなことはありませんからね。

 案内役を命じられた時は、正直どんな貧乏くじかと思いましたが、間違いなく当たりくじですよ、これは!」

 貧乏くじは、何が何でも正直に言いすぎだと思うが――。

 とにかくロベルトが終始ご機嫌だったのは間違いない。


 俺たちはその歓待に満足した後、それぞれにりっぱな個室を与えられた。

 ベッドやソファ、調度品も含めて、どれもがきらびやかな一級品の部屋だ。

 今日は兵舎で全員一緒ということでもなければ、宿でロベルトの水牛の歌の観客にならなくてもいい。

 正直部屋の豪華さは目をつむってしまえば判らないが、一人でゆっくりと眠れるというのが、俺にとっての一番のご褒美だった。



 これ以上ない熟睡の後、朝日が差す時間になって、俺はコンコンという扉をノックされる音で目を覚ました。

「――ケイ、おはようございます。

 少しよろしいですか?」

 尋ねてきたのはグレイスのようだ。

 俺は身体を起こすと、一つ伸びをしてから、扉を開ける。

 俺は彼女を部屋の中へといざないながら、一つ大きな欠伸あくびをした。

 それを見たグレイスが、くすりと笑う。彼女はそのまま部屋の中のソファに腰掛けた。

「起こしてしまったようですね」

「いや――今日は寝過ぎたぐらいだよ。

 おはよう、グレイス」

 俺はそういうと、部屋の外に控えた獣人に、紅茶をれて貰えるよう頼んだ。

 間もなく、猫顔の獣人が紅茶のポットを持って現れる。紅茶のセットも、この世界フロレンスで初めて見るような豪勢なものだ。ポットに宝石とおぼしき石がめられており、鮮やかに輝いている。

 そういえばロアールでは宝石が多く採れるということだった。先日の竜の狩り場に至る迷宮ダンジョンでも、巨人トロルが落とした憑代よりしろは宝石だったように思う。

 グレイスは、れられた紅茶に口を付けると、少し微笑みながら口を開いた。

「ケイ、特に深刻な話ではないのですが――。

 次の転移門についてです」

 俺は紅茶と共に出された焼き菓子スコーンのようなものを頬張りながら、話の続きを促す。

 グレイスは、俺が菓子を頬張る姿を笑みを浮かべて見ながら、話を続けた。

「もし、わたしのために次の転移門への旅を急がれているようなら、それは気にしないでいただきたいのです」

 何となく彼女の言おうとしていることが予測できていた俺には、それほどの驚きはない。

 彼女は俺が焦っているように見えていて、その責任が自分にあると思っているのかもしれなかった。

「俺も別に次の転移門の場所を聞いたら、即日準備もなしに突っ込もうと思っている訳じゃないさ。

 ただ――」

「ただ?」

 俺は若干自分語りになってしまうところで、気恥ずかしさを感じてしまう。

「次の目的地が判らないのは、俺が個人的に不安なんだ。

 時間を掛けて強くなるにしても、それが何のために、どこに行くために時間を掛けるのかは、ある程度明確にしておきたい。だから次に、“どこに向かうのか”だけは明確にさせてくれないか。その後、どれくらい準備してそこに向かうのかは、みんなで相談しよう」

 俺がそういうと、グレイスの顔が少し明るくなる。

「判りました。わたしが言ったことは、忘れてください。

 ケイに全て、お任せします――」

 俺はその発言に、少し責任を感じながらも、静かに彼女に向けて頷いた。


 ――実は俺の“次の目的をハッキリさせたい”性格は、会社員サラリーマンだった時の経験から来ている。

 元の世界で会社勤めだったとき、とかく目的のハッキリしないチームがバラバラになっていくのを、俺は何度となく見てきたからだ。逆に、例え意見の相違や揉め事があったとしても、しっかりとした目的が共有できていれば、チームが完全にバラバラになってしまうことは少ない。


 俺とグレイス、シルヴィア、セレスティアとロベルトは、残念ながら年単位の付き合いがあるわけではない。

 例え生死を掛けた闘いを切り抜けた仲間だとしても、目的が不明確な状態をいつまでも続けていれば、いつか俺に付いて来れなくなるのではないか――俺の中には経験則から来る、そんな不安もあったのだ。



 俺は朝の支度を調えると、約束していた時間にグレイスと共に広間へと移動した。そこには既にシルヴィアたちが待っている。

 俺たちが朝の挨拶を交わしていると、それから間もなく竜人ヴァイス豹男レンツが部屋に入ってきた。

「よく眠れたか?」

 竜人ヴァイスの質問に、シルヴィアがニコニコと答える。

「ええ、お陰様で。

 セレスのイビキが聞こえないと、気持ちよく眠れるのよね」

「なっ――!?」

 慌ててセレスティアが抗議しようと腕を振り上げた。だが、全員の前であることを意識したのか、彼女はそのまま真っ赤になって引き下がってしまう。

 豹男レンツはそのやりとりを見ながら、微笑みを浮かべた。

「フフ、淑女の秘密は、こういうところで明らかにしないものですよ。

 ――さて、昨日の様子ですと、みなさんもいつまでもサリータこちらでのんびり――ということではなさそうですし、必要な話を手短にすることに致しましょう。

 これからお話しするのは、あと二つある“転移門”についてです」

 その発言に、全員の表情が引き締まる。それを見た豹男レンツは、飽くまで和やかに言葉を続けた。

「一つ目の転移門は、西の街イオの北西の山を越えた先にある“塔の迷宮”の中に。

 二つ目の転移門は、ファリカより北西に行き、隣国アーリーンの国境の街、ダーナに近い“荒野の迷宮”の中にあります」

「アーリーン――?」

 初めて聞く国の名だ。地図を広げて見せられると、ロアールの北側に位置する国であることが判る。

「このアーリーンも、獣人の国なのか?」

 俺が尋ねると、豹男レンツが首を横に振った。

「いいえ、アーリーンは人間たちの国です。

 特に商人たちが集う、交易で大きくなった国でして、宝石を扱う我々との関係はさほど悪くありません。ですが、かといって過去に闘った歴史が無い訳でもありません。今も友好関係はありますが、基本的に民間が商売をするために結んだもの。国同士の仲は、良いとも悪いとも言えません」

 豹男レンツがそこまで言うと、それを引き継ぐようにセレスティアが口を開いた。

「私は一度使節団の護衛として、ハーランドからアーリーンに行ったことがある。ただ、その時は陸路ではなく、船を使って海路で向かったのだが――。

 かの国は確かに商人たちが支配する国で間違いない。ただ商人気質だけに、自分たちの利益にならないことは一切しないし、自分たちの利益が阻害されるとなると死ぬ気で闘ってくる。ハッキリしている分、やりやすくもあり、やりにくくもある相手だ」

 豹男レンツがその補足に深く頷き、言葉を続ける。

「“塔の迷宮”と“荒野の迷宮”は、同じ迷宮ダンジョンではあるのですが、成り立ちがかなり違います。

 “塔の迷宮”はいわゆる皆さんがご存じの迷宮ダンジョンですが、一方の“荒野の迷宮”は以前の神殿の姿をほとんどそのまま残しています。

 なので、荒野の迷宮は深くなく、転移門までは比較的すぐに到達できます」

 すると、竜人ヴァイス豹男レンツの話を遮るように、少し違う話題を振り始めた。

「先日の魔人騒ぎで、我々が討伐隊を編成しようとしていたのを覚えているか?」

 そう言われて、思い起こす。

 確かに竜人ヴァイスは、ジノとの闘いにおもむこうとする俺たちを前に、討伐隊を組織する考えを教えてくれていた。

「魔人騒ぎが収まったことで、討伐隊自体は必要なくなったのだが、集まってきた者たちが結構優秀でな。特に数名、突出したやつもいる。

 それで、それを見たおれは考えたのよ。

 何もお前たちだけにやらせることはない、おれたちも転移門を破壊するための部隊を作れば良いではないかとね。

 先ほどの話の通り、転移門に向かった時に、結局魔人と闘うことになる可能性は高い。であれば討伐隊でやろうとしていたことと、さほど違いはないということだからな」

 国内に被害を出している魔人と闘うことと、魔人の被害を未然に防ごうとする試みとは、完全にイコールという訳ではないように思う。だが、竜人ヴァイスにとってみれば、どちらも魔人との闘いの一部にしか過ぎないのかもしれない。それは獣人なりの考え方というか、何とも大雑把というか――。

 とはいえロアールは、俺の考えに賛意を示してくれていると言っていい。それは素直にありがたいことだった。

「我々の討伐隊は、塔の迷宮に向かいます。なので、ケイ殿は荒野の迷宮へ向かってください」

「俺たちが荒野の迷宮でいいのか?」

 俺は豹男レンツにそう尋ねた。先ほどの説明だと、塔の迷宮の方が迷宮ダンジョンとしての攻略難易度があり、塔の迷宮の方が比較的簡単に転移門まで到達できそうだ。――もちろん、迷宮ダンジョン到達までの距離は、荒野の迷宮の方が遠いのかもしれないが。

 ひょっとしたら獣人のプライドがその選択をさせたのかとも思ったが、それは流石に口に出さなかった。別に迷宮ダンジョンを巡って、彼らと喧嘩をしたい訳じゃない。

 俺の反応を聞いた豹男レンツは、俺がそう反応するのを予想していたのだろう。微笑みながら、俺を諭すように話し出した。

「ええ、あなた方に、荒野の迷宮をお願いしたいと思っています。

 理由は――荒野の迷宮が、隣国アーリーンとの国境近くにあるからです。

 先ほどお話しした通り、アーリーンと我々は敵対している訳ではありません。ですが、一方で完全な友好国という訳でもありません。

 今回の討伐隊にはヴァイスさまも加わる意向を示されているのですが、ロアールの将軍ジェネラルが、戦士を率いてアーリーンの国境近くに行くのは、アーリーンを刺激しかねない行為なのです。

 なので、国境に近い方をあなた方にお願いしたいと思っています」

 豹男レンツの言い分は道理が通っているし、俺たちには拒否する明確な理由もない。

 俺は考えた上で、彼の言ったことに賛意を示した。

「判った。では俺たちは荒野の迷宮を目指そう。

 ――ところでロベルトは討伐隊ではなく、俺たちが連れて行っても問題ないのか? できればこちらに居てくれると助かるんだが」

 俺がそういうと、豹男レンツが一瞬ロベルトと視線を交わし、笑みを浮かべながら答える。

「もちろんです。

 蜥蜴男リザードマンは荒野の気候に強いので、比較的あの辺りをよく行動しています。

 それに、人間のあなた方以上に目立つこともないでしょうから」

 俺はその答えにホッとする。ロベルトは案内人としても有能だが、戦力としてもいて貰わないと困る。

 特にグレイスが離脱する際にロベルトがいないと、セレスティアへの負担が大き過ぎるのだ。

「さて、ここから先は付帯情報とお願いですが――」

 豹男レンツがそう前置きしながら、再び口を開いた。

「荒野の迷宮には確かに転移門があるのですが――実は、その転移門を経由して魔人が現れたという“記録”がありません。元々神殿だったところが迷宮ダンジョンに変わるのをご存じだとは思いますが、荒野の迷宮は元々“クランシーの神殿”だったところでして、迷宮ダンジョン化したのもそれほど昔ではないと言われています。残念ながら、迷宮ダンジョン化した具体的な時期までは判りませんが――。

 それとお願いの方ですが――」

 その言葉をさえぎるように、竜人ヴァイスが横から口を挟んでくる。

「それは、おれから伝えた方がいいだろう。

 俺は討伐隊の方に参加して、塔の迷宮を目指す。やはりおれが自ら行かないと、心許こころもとないからな。

 だが、残念ながらおれも今や結構不自由な身分でな。おれ自らが闘いに行くとなると、議会の承認が必要になるのだ。

 その承認に必要となる期間が、おおよそ二、三週間というところか。

 最悪承認が下りなかった場合、お前たちには荒野の迷宮ではなく、塔の迷宮に向かって貰いたいと思っている。そちらの方が、実際魔人が転移してきた実績があるからな。

 もちろん無駄な時間稼ぎをしたい訳ではないのだが、できればその状況を見届けた上で出発して貰いたい」

「なるほど――」

 つまり、竜人ヴァイスの発言を飲み込めば、俺たちが次の転移門に向けて出発できるのは二、三週間後ということになる。問題はこの期間を足止めと見るかどうかだ。


 俺は少し思案した上で、今朝のグレイスの言葉も思い出し、それを受け入れることにした。

「判った。議会の承認を待って、タイミングを合わせよう。

 俺たちはしばらく西の街イオを本拠地にしているから、出発できるようになったら連絡が欲しい」

 竜人ヴァイス豹男レンツは顔を見合わせると、笑みを浮かべながらそれに答えた。

「了解だ。

 竜の狩り場へ至る迷宮は、もう解放してあるから、この際、連携を深めておくといいだろう」

 俺たちはそれに頷くと、話し合いを終えて、それぞれ暇乞いをしていく。


 俺は全員が挨拶を済ませたのを確認すると、そのまま開門ゲートを開いて、グレイスたちを先にくぐらせた。

 そして、最後に俺が開門ゲートくぐろうとした直前、竜人ヴァイスが俺に声を掛けてきた。

「――ケイ、以前言い忘れたのだが」

「――?」

 竜人ヴァイスはニヤリと笑うと言葉を続ける。

「おれの幼名を知り、支配者の魔剣ローリンザーを持つということは、お前はあの“深層”に会ったのだな。

 おれはもはや彼女に会うこともないだろうが――。

 お前が再び“深層”に会うことがあれば、おれがよろしく言っていたと伝えておいてくれ」

「――判った。伝えておく」

 幼き日々の竜人ヴァイスとレーネがどういう関係にあったのかはよく判らない。だが、次に会ったときは、彼の言葉をちゃんと伝えることにしよう。


 俺は竜人ヴァイスに手を振ると、開門ゲートくぐって西の街イオへと転移していく。

 暗闇を抜けた先には、セレスティアやロベルトたちが、微笑みながら俺を待ち受けていた。




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