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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第一部 カリス篇
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006 奇襲

 身をなげうった行動で、俺は黒ずくめの“影”の背後に回り込んだ。

 俺は距離を空けようとした“影”の背中から覆い被さり、羽交い締めをしようとする。

 手に持っていた錫杖メイスで攻撃することも可能ではあったのだが、俺は人間を相手に武器戦闘をした経験がない。正直攻撃を放ったところで、当てられるかどうか怪しいと考えていた。

 どちらにせよ、一言でも話が聞ける可能性があるなら、捕らえた方がいい。

 そう思っての行動だったのだが――。


 あ、あれ――この何とも幸せなキモチイイ感触は――!?


 錫杖メイスを放り捨て、背後から“影”の両腕を掴もうとした俺の手は、上手く両腕を掴んでいなかった。

 俺が掴んだのは腕ではない、もっと柔らかで掴み甲斐ボリュームのある物体だ。

 途端にビクンと身を固くした“影”が、小さくも引きつった悲鳴を上げる。

 そして一瞬の後、俺の腕を強引に振り払った“影”が、胸元をガードしながら俺から離れた。


 ――う~ん、これは事故だ。誰がどう見ても、事故だな。

 俺は何となくニギニギした自分の手を眺めながら、何度もうなずいた。


 俺と対峙した“影”は左手で胸元を隠しながら、右手に持った長剣を俺の顔へと突きつけてくる。

 俺はそのとがった切っ先を見つめながら、目の前に立つ黒ずくめの“女”に言った。

「お前――アスリナじゃないな」

 アスリナは世話になった恩人ではある。

 だが、感謝の対象であると同時に、ロドニーと最も近い存在でもあった。

 だから俺は、ロドニーと連携して俺を狙う存在があるなら――それは残念ながら、アスリナに違いないと思っていた。


 しかし、俺は断言出来る。

 あのオッパイのデカさは、アスリナではない――!!


 よくよく見るとアスリナよりも長身だし、アスリナよりも随分女性らしい、凹凸おうとつのあるシルエットだ。

 スタイルの良さは判ったが、残念なことに周囲が暗すぎて、女の顔が全く見えない。

 俺は女の顔を確認してみようと、自分の顔に突きつけられた剣の先に、光源ライトの魔法を掛けてみた。

「――なっ!?」

 女はひるんだ様子で、慌てて自分の剣を振り払う。

 何か悪い魔法でも掛けられたと思ったんだろうか? その動きは切っ先にともった光源ライトを、消そうとしているように見えた。

「安心しろ。ただの光源ライトの魔法だよ」

 俺はそう言って、光源ライトの光で照らされた女の顔を見た。


 それは――黒髪をアップに結い上げた、ビックリするぐらいの美女だった。


 黒ずくめの衣装は、真っ黒なパンツスーツのような服だ。

 見れば、手袋とシャツどころか、履いている靴まで黒い。

 長い睫毛まつげと俺をにらむ切れ長の目が、その黒ずくめの姿と良くマッチしていた。

 黒髪と見事な明暗コントラストのついた白い肌が、光源ライトの光を嫌に明るく反射している。


 動きを止めた女は、再び俺の方へと剣を構え直して、口を開いた。

「――あなたは、付与術士エンチャンターなのですか?」

 丁寧な口調の美しい声色が、俺の耳に届く。

 良かった。取りあえず言葉が通じないということは無さそうだ。

「いや――ただの一般人だよ」

 だが女は、俺が答えた内容に納得がいかないらしい。

「ただの一般人は、剣の先端に魔法を掛けることは出来ません」

「じゃあ、剣の先に魔法が掛けられる一般人だ」

「――――」

 女の表情がキッと厳しくなり、光源ライトの点いた剣を再び俺の目の前に突きつけてくる。

 ヤバい――怒らせちまったかな。


 とはいえ俺は、それをあまり深刻には考えずに、追加で質問を投げかけた。

「あんたは何者なんだい?」

 それを聞いて女は、フッと鼻で笑う。

「フフ――この状態だと、質問するのはわたしで、答えるのがあなたという構図になると思いませんか?」

 剣を突きつける女と、丸腰の俺。

 ――まあ、はたから見たら、俺は剣を突きつけられて尋問されているように、見えなくはない。

 だが、俺は全く弱気にならずに答えた。

「あんたに俺は殺せない」

「先ほどの防御魔法ですか? 不思議な術を使うんですね」

「魔法なんか使わなくても、負けないさ」

 気を引くために、わざとそういう言い方をしたのだが、女は俺の発言に自尊心を傷つけられたようだ。

「あら――もう一度やってみますか?

 確かに初撃しょげきかわした動きは、魔法使いソーサラーとは思えない柔らかい動きでしたが――」

「いやあ、柔らかいって言っても、あんたのオッパイ程じゃ――」

 俺の調子づいた台詞セリフに、女の表情が一層厳しくなる。

 ――ヤバい、また怒らせたか。


 女は一瞬の間の後にニヤリと表情を崩し、突きつける剣を持つ手に、ギュッと力を込めた。

「――やっぱり、殺しておく必要がありそうですね」

 怖い表情をしていても、それが見惚れる程に魅力的だ。


 目の前の女には、ひょっとしたら俺を殺す理由があるのかもしれない。

 だが、俺には目の前の美女を殺す理由がなかった。

 ここから融和出来るかどうかは判らないが、少しでも情報を引き出せれば、何かの切っ掛けになるだろう。

 そう考えた俺は、女に会話を持ちかけていった。

「まあ、そう焦るなよ。

 ――あんた、ロドニーとはどういう関係なんだ?」

「――――」

 女は俺の発言の真意をつかみかねているようだ。剣を構えたままで、微動だにしていない。

 俺は続けて、女に言葉を投げ掛けた。

「俺の予想だと、あんたはロドニーと敵対しているか、もしくはロドニーを何らかの理由で観察しているか、そのどちらかだろう」

 そういうと、女は構えを解かずに反応を返してくる。

「――どうして、そう思うのです?」

「俺を、すぐに殺そうとしないからだ」

「――――」

 その言葉だけでは、理由が分からなかったに違いない。

 俺は自分の言葉を補足するように、説明を加えていった。

「ロドニーは俺のことを良く知っている。

 仮にあんたがロドニーの仲間なら、少なくともあんたは俺のことを、ロドニーから聞いて知っているはずだ。

 その上で俺に殺意を抱いているのなら、俺の話など聞かずに問答無用で殺してしまえば良い。

 だが――あんたは今、俺の話を聞こうとしている。

 それはあんたが俺のことを、よく知らないからだ。

 つまり俺のことを知らないあんたは、少なくともロドニーの仲間じゃないことになる。

 ――しかもあんたは、ロドニーの後を追っていた俺と鉢合わせた。

 俺のことを知らない以上、俺を前もって待ち伏せるようなことは出来る訳がないのだから、あんたの目的は俺じゃなくて、ロドニーなんだ。

 さっきも言ったことになるが、あんたはロドニーの仲間じゃない。

 仲間じゃないのに、あんたはロドニーの近くをウロウロしている。

 その理由は、ロドニーをどうにかしようと思っているか、ロドニーの様子をうかがっているか、そのどちらかしかないんじゃないか?」

 女は俺の話を、静かに聞き遂げた。

 だが、構えを解こうとは、していない。


 俺と女は、暫くそのまま睨み合い――。

 そして、その均衡を破るように、女が口を開いた。


「――ある程度、頭は回るようですね」

「お陰様でね」

「あなたは、何者なんですか?」

 俺は両手を開いて肩をすぼめ、笑みを浮かべながらそれに答える。

「森で死にかけたところを、ロドニーに助けて貰った哀れな一般人さ。

 今はロドニーのいる教会で手伝いをやってるが――。

 俺の予想が間違っていなければ、この後ロドニーとは、闘うことになってしまう可能性が高い」

「なぜ?」

「俺の予想通りなら、残念ながらロドニーは俺を助けてくれた訳ではないからだ。

 そうだった場合、ロドニーは俺を助けたのではなく、“捕らえた”のであって――さらに、自分の手元から離れないよう、“監視している”」

「――――」

 女は真剣な表情で俺を見つめた。

 切れ長の目と、目の動きで揺れる長い睫毛まつげが美しい。

 ヤバい、これだけの美人に見つめられると、変な気持ちになりそうだ――。


 少しの間の後、女は構えを解いて、俺に突きつけた剣を下ろした。

「あなたが何者なのか、少し興味がきました。

 ――わたしの名前はグレイス。

 あなたの予想通り、ロドニーを追って、監視していました」

 グレイスと名乗った女が、ニコリと笑う。

 改めて見ると黒ずくめの男装が、とても似合っている。

「俺はケイ・アラカワだ。

 ――出来たら、情報交換をさせて貰いたいんだが」

 俺の提案を、グレイスは素直に承諾した。

「わかりました。

 ロドニーは屋敷の中から暫く動かないはずです。

 まずはお互いの情報を交換しましょう」


 こうして――ほんの少し前まで、殺し合う関係にあった俺とグレイスは、ひとまず剣を収めることになった。

 そして、“ロドニー”という共通点を元に、互いの持つ情報を交換し合うことになったのだ。




 一通りの話を終えた俺は、思わず溜息をついてしまう。


 情報交換とは言ったものの、結果としてグレイスの持っている情報は、正直役に立つとは言えないものだった。

 何しろ彼女がロドニーの様子をうかがい、追っていた理由が「クランシーの神父をかたり、この世界に害をなす存在だと考えられるから」という、それって正義の味方ですか?と言いたくなるような、何とも形容しがたい理由だったからだ。

 だが彼女は至って真剣に、そういう存在を本気で捜していて、必要に応じて成敗しようとしていたらしい。


 一方、俺が与えた情報もイマイチだ。

 何しろ俺はクランシーの制約があるため、異世界から来たということをストレートに伝えることが出来ない。

 なので、「記憶喪失で、それ以前の記憶が曖昧」という、どう考えても正直に情報を伝えていないような話しか出来なかった。


 ただ、俺には状態ステータスを確かめる能力がある。

 神妙に話をするグレイスを“凝視”しながら、俺は彼女の状態ステータスを、しっかりと確認してみた。


**********

【名前】

 グレイス

【年齢】

 18

【クラス】

 魔法剣士

【レベル】

 22(30)

【ステータス】

 H P:1684/1684

 S P:1015/1015

 筋 力:531(40)

 耐久力:402(41)

 精神力:504(09)

 魔法力:644(23)

 敏捷性:833(16)

 器用さ:475(78)

 回避力:729(74)

 運 勢:614(33)

 攻撃力:744(+213)

 防御力:543(+141)

【属性】

 闇

【スキル】

 火属性魔法3、風属性魔法2、闇属性魔法4、生活魔法、魔力制御1、体術4、剣術6、偵察5、密偵4、罠解除5、精神耐性7、睡眠耐性2、苦痛耐性5、病気耐性2、自動魔力回復2、料理5、家事5、ハーランド語

【称号】

 ユルバンの宝物庫、探求者、魔法剣士、黒衣の剣士、男装の麗人、絶世の美女

【装備】

 ニールの長剣(攻撃力+213)

 漆黒の黒衣スーツ(防御力+141):セット効果

【状態】

 なし

**********


 ビックリした。結構強い。ってかまだ一八歳なのか――。


 どうやら三属性使いの剣士のようだ。

 三属性の魔法使いソーサラー自体が珍しいという話だったから、その上で剣士というのは、輪を掛けて珍しい部類に入るに違いない。

 ――おっ、何気に料理も家事もレベルが高い。見た目とのギャップがちょっと嬉しい。


 それにしても、「あんたに俺は殺せない」などというキザな台詞セリフを吐いてしまったのだが、本当にあの後戦闘になっていたら、勝てたかどうかは怪しいところだ。

 特に剣術のレベルが6もある。自分事ながら、よく初撃の不意打ちを避けられたものだ――。


 他の数値パラメータかくとして、グレイスの状態ステータスの中での一番のツッコミどころは「ユルバンの宝物庫」という称号だろう。

 また新しい固有名詞が出てきた訳だが、この称号の意味を、今グレイスに問いかけるのははばかられる。暫く様子を見ておくとしよう。


「それにしても――。

 グレイス――って呼んでいいかい?」

「はい。わたしもケイと呼ばせていただきます」

「グレイスはロドニーを監視した後、どうしようと思っていたんだ?」

「――――」

 グレイスは表情を固めたまま、俺を見つめた。深い色味の目で見つめられると、正直ドキリとしてしまう。

「わたしの求める存在だったら――倒すつもりでした」

 グレイスは若干自信なさげに、過激なことを言った。

「グレイスは、ロドニーの強さを知っているのか?」

「いいえ――強いことは知っていますが、正確な強さは知りません」

「そうか。

 ロドニーは少なくとも、グレイスよりも、俺よりも強い」

「――――」

 それを聞いたグレイスが無言になる。

「あと、ロドニーについて、俺が知り得る情報がもう一つある。

 ロドニーは――“アラベラの使徒”だ」

 その言葉を聞いて、グレイスはピクリと反応を示した。

 だがその反応は、“アラベラ”という言葉を聞いたアスリナのように過剰なものではない。

「ケイがそれをどうやって確かめたのかは判りませんが――。

 もし、ロドニーが“闇属性”のアラベラの使徒なのであれば、ロドニーはわたしが追い求めている存在である可能性が高いです」

「そうか。

 俺もロドニーが俺を手元に置いて、何をしようとしているのか、確かめたいと思っている。

 ただ確かめたら――そのまま闘うことになってしまうだろうな」

「となると――わたしたちの当面の目的は、同じなのかもしれません」

 そう言ったグレイスが、俺の次の言葉を目で促す。

 俺はその期待に応え、彼女の誘いに乗ることにした。

「そのようだな。

 殺し合おうとした側から、こうなってしまうのも驚きではあるが――。

 一応昨日の敵は、今日の友と言うからな。

 取りあえずロドニーを倒すまで、共同戦線と行こうか」

 グレイスはその言葉を聞いて、口元を押さえながら笑みを浮かべる。

「フフ、そうですね。

 昨日どころか、ほんの少ししか経ってはいませんが――。

 では――改めてよろしく、ケイ」


 グレイスはそう言いながら、手袋を取った右手を俺に向けて差し伸べた。




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