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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第六部 絶界の山脈篇
68/117

067 偽物

 強い光の中、俺の手の中に“柄”のようなものの感触が生まれた。

 目を瞑ったグレイスが、俺と向かい合っている。俺の手は彼女の胸元にあるため、ベルナルドからは俺の手元で何が起こっているのかは判らないだろう。


 ふと俺の頭の中に、薄ら笑いを浮かべたベルナルドの姿が浮かんだ。

 あの笑みは何を意味しているのだろうか――?

 ヤツは、確実に“魔人の武器を取り出そうとしている俺”を見て、笑みを浮かべていた。

 それを考えた瞬間、俺は何かの柄を掴みかけていた“右手”を離す。


 俺は光の中から、ゆっくり“左手”で掴んだ得物を引き出していった。

 俺の左手に握られているのは、刀身がクリスタルのように輝く剣だ。

 透き通る刀身を持ってはいるが、両手剣の宝剣アレクサンダーとは大きさがかなり違う。長さは短剣と長剣の中間ぐらいしかない。

 かなり幅広の刀身なのだが、だからと言ってそれほど重さがあるわけではなかった。軽量化が掛かっているのかもしれない。


 俺は透き通る刀身を持った煌びやかな剣を、“凝視”してみた。


**********

【装備名】

 水晶剣クリスタルメイス『アガト』

【種別】

 魔人剣(ユニーク)

【ステータス】

 S P:8秒ごとに15低下

 攻撃力:+1948

【属性】

 光

【スキル】

 崩壊▼、軽量化ライトウェイト

【装備条件】

 契約者および契約者が認めた人物のみ

希少価値レアリティ

 SS

**********


 ――数値パラメータだけ見ると、途轍もなく攻撃力に特化した武器に見える。魔人の武器には珍しく、ほとんどスキルがない。

 過去の武器で言えば、雷斧ジーベルトの攻撃力も相当に高かったのだが、この水晶剣アガトはそれをさらに上回っていた。

 唯一のスキルである“崩壊”には「▼」の表示が付いている。魔人の武器にこれがあるのは初めてだ。

 俺がその表示を触ってみると、非常に端的な説明文が出た。


*****

【スキル】

崩壊▼

深く傷つけた対象を崩壊させます。

*****


 ――微妙に説明になってない。

 「崩壊」を説明するのに「崩壊」という言葉を使ってはいけないように思うのだが――。

 とはいえ、この説明を文字通りに捉えるとすれば、この水晶剣アガトはほぼ一撃必殺の力を持っていると言える。

 “深く傷つけた”と書いてある以上、掠り傷程度ではこのスキルは発動しないのだろう。俺のとっておきの魔法エロージョンが、魔力を通す道をしっかりと作らないと発動できないように、この崩壊というスキルも相手に水晶剣アガトをしっかり打ち込まないと、発動しないのだと思われる。

 問題は――あのすばしっこいベルナルドに、剣を打ち込むことなど出来るのか?という点だ。


 俺は左手に水晶剣アガトを持ち、右手には何も持っていない。何も掴まずに光から手を引いたからだ。

 俺はグレイスの胸元から発せられる光が完全に消えてしまう前に、右手にもう一本の水晶剣アガトを持った。――何のことはない、これは俺が幻影魔法で作り出した、中身が空っぽの“偽物フェイク”だ。


 光が消え去ると、目の前に少し脱力した表情のグレイスが見える。

 相変わらずこのタイミングの表情が色っぽい。シルヴィアに後ろから抱きつかれていることもあって、変な気分におちいりそうだ。

 グレイスは俺の手にある武器を見て、口を開いた。前回のように、動けないという訳では無さそうだ。

「ケイ、その剣は――」

 グレイスには片方が偽物フェイクであることが、直ぐに判ったようだ。

 無理もない、魔人の武器はどれもがユニーク武器だ。二つとして同じものがないからユニーク武器なのに、俺の手には同じ武器が二つ、左右の手に握られている。


 俺は目前のグレイスにだけ聞こえるように言った。

「グレイス、俺の予測が正しければ、ヤツの狙いはこの魔人の武器かグレイスだ。

 ヤツは魔人の武器が、限られた人間にしか使えないことを知らないらしい。

 俺は偽物これで油断を誘う。グレイスも気をつけてくれ」

 グレイスはそれを聞いて、静かに頷いた。

 俺はグレイスとシルヴィアに加速ヘイストを掛ける。気休めかもしれないが、無いよりはあった方がいいはずだ。


 直後に、展開していた防護結界プロテクションフィールドが時間切れで消えていく。

 冷却期間クールタイムがあるため、連続して結界は張れない。だが、ベルナルドの興味が魔人の武器にあるのなら、シルヴィアがこれまで以上の危機に見舞われることはないはずだ。もちろん、敵に捕らえられて、人質になったりしなければ、だが――。


 こちらの様子を見ていたベルナルドの足は止まっている。それを見て、俺は先手を取られる前に、自分から仕掛けることを選んだ。

 戦闘転移バトルゲートでベルナルドの目前まで転移し、そのままの勢いで右手の水晶剣アガトを振る。どうせ避けることは判っている。俺はわざと偽物フェイクの方で攻撃した。

 ベルナルドは俺の予想通り、あっさり偽物フェイクの攻撃を避ける。そこへ被せるように、ロベルトが前に出てきて槍を振るった。

「とりゃあぁっ!!」

 掛け声は良かったのだが、これもベルナルドに避けられる。

 俺は攻撃によって近づいたロベルトに、加速ヘイスト付与エンチャントした。

 途端、ロベルトの動きが加速され、彼は先ほどの倍の速度で追撃を放っていく。

 一撃、二撃、三撃と、続けて繰り出される刺突を、ベルナルドは華麗なステップで全て避けた。

 ロベルトは元々身体能力が高く素早い。それをヘイストで倍化しているにも関わらず、ベルナルドに攻撃を掠らせることすら出来なかった。

 シャレにならない回避力だ。これは“まともに”攻撃を当てようとしても、成功しそうにない。


 ふと、俺の頭の中に、黒妖精クルト戦のことがぎった。

 ――あの時のクルトは、俺を倒すことを目的としていた。だからこそ、それを利用して“わざと”攻撃を当てさせ、そこを突破口にして闘えた。


 だが、ベルナルドはどうだろう?

 俺の予測通り、ヤツの目的が魔人の武器やグレイスにあるのだとしたら、クルト戦と同じ戦術は採れない。


 ふと見ると、セレスティアが地に落ちた聖乙女の剣ジャクリーンに手を伸ばそうとしていた。闘いにおいては、こういう時が一番危険だ。

 例に漏れずベルナルドが、恐ろしいスピードでセレスティアに迫っていく。

 それを普通に追いかけても追いつくことはできない。俺は戦闘転移バトルゲートを使うと、セレスティアの前に割って入り、攻撃を左の水晶剣アガトで受け止めた。

 直後、追いついてきたロベルトが、ベルナルドの背中側から攻撃する。

 ベルナルドは俺を追撃することを諦め、その場から飛び退すさっていった。

「――驚くほどの身体能力だ」

 剣を取ったセレスティアがポツリと漏らす。既に彼女の右腕に出血はない。自身の魔法で癒やしたようだ。

「しかも――どんどん速くなってないか?」

 俺はその発言に頷く。きっとそれは気のせいではない。闘い始めた時よりも、ベルナルドの動きはどんどん加速されている。

 俺は自分とセレスティアに加速ヘイストを掛けると、ロベルトと合わせて三人でベルナルドを取り囲むような配置に立った。

 ベルナルドは俺の方を向きながら、ニヤニヤと笑っている。

 ヤツの視線は偶にチラチラと移動している。見ているのは俺が手に持った左右の水晶剣アガトのようだ。

「いいものを見せてやる」

 ベルナルドがそう言うと、一瞬の後にヤツの姿が掻き消えた。

 直後、ベルナルドの姿はセレスティアの側に現れる。防御動作を差し挟む間もなく、彼女の脇腹に凶刃が吸い込まれていった。ベルナルドの双竜短刀デュアルエッジはセレスティアの脇腹を切り裂いていく――ように見えた。

「――!!」

 だが、ベルナルドのナイフは彼女を全く傷つけることができていない。攻撃は聖乙女の鎧アーマーオブラインを貫くどころか、鎧に傷を付けることすらできずに弾かれていた。


 今のは何だ?

 ベルナルドの身のこなしは、間違いなくこれまでで最高の速度に達している。

 まさかこの速度は、攻撃力を犠牲にすることで生まれているものなのか――?


 俺が攻撃に失敗したベルナルドへ光刃ライトエッジを放つと、ヤツはそれをバッタのようにピョンピョン飛び跳ねて回避した。その動きを見ると、着弾が速いはずの光刃ライトエッジすら遅く感じてしまう。

「何だ、ありゃ――」

 距離の開いたベルナルドを見ながら、俺は一瞬呆然とした。


 ベルナルドが後方へ下がったことで、相対的にロベルトとの距離が近づいている。

 ロベルトはバッタのような動きを見せるヤツの着地を狙って攻撃するが、いとも簡単に避けられてしまった。

 代わりにすれ違いざま、腕への攻撃を受けてしまう。だがその傷は、見た目だけで掠り傷程度の深さでしかないことが判った。

 着地したベルナルドは得意げだ。正直、ここまでの闘いを見据えると、負ける気はしないが勝てる気もしないという総括になる。ただ、ベルナルドが何らかの目的を持って現れたと思われる以上、ずっとこのままということはないだろう。


 その時だった。

 一瞬動きの止まったベルナルドの後ろから、突如斬撃が繰り出される。

 グレイスが密かに後ろに回り込んでいたのだ。

「ハッ――!!」

「おおっ!?」

 突如後方から上がった声に、ベルナルドが慌てた声を出す。

 だが、俺はこの時初めて、グレイスの不意打ちバックスタブが外れるのを見た。

 その攻撃を飛び上がって避けたベルナルドは、またもや得意げな表情だ。


 だが、その表情が一瞬で強ばる。

 グレイスは不意打ちバックスタブと同時に、一発の呪弾ガンドを撃ち出していた。

 その弾速が“あまりに遅すぎ”て、ベルナルドが避け損なったのだ。

「チッ――」

 ピョンピョン飛び跳ねていたベルナルドは、一度避けたはずの呪弾ガンドに、どちらかというと自分から当たりに行ってしまう格好になって失意の舌打ちをする。

 即座にヤツの状態ステータスを確認すると、「状態:認識力低下」になっていた。

 これは俺にとって、会心の一撃クリティカルヒットだ。


 直後ベルナルドは顔から笑みを消すと、一気に俺の方へ突進チャージを仕掛けてくる。

 俺は油断なく警戒していたから、しっかりと防御姿勢を取って待ち構えた。

 だがヤツの攻撃が放たれた瞬間、俺はそのあまりの“遅さ”に防御のタイミングを狂わされてしまう。

 先ほどのグレイスの呪弾ガンドと、同じことをやられた形だ。

「くっ――!」

 それでもベルナルドの右手の攻撃を、何とか支配者の籠手ロードブレイサーで受け止める。ところがその時受けた衝撃は、俺の予想を遙かに上回っていた。

 速度スピードだ――という思いが即座に俺の頭を駆け巡った。

 ベルナルドは自分の力を速度スピードに傾けるのか、攻撃力に傾けるのかをコントロールしながら闘っているに違いなかった。だから、素早い動きは攻撃力が低く、遅い動きは攻撃力が高い。

 俺の左腕は、遅い攻撃を受け止めたことで大きく弾かれていた。

 俺はそのまま体勢を崩し――次に迫った攻撃によって、右肩から右手の甲までを、一気に切り裂かれた。

「ぐあっ!!」

「ケイ――!!」

 飛び散る血に驚いたグレイスとシルヴィアが、大きな声を上げる。

 俺は傷によって右手の握力を失い、握っていた水晶剣アガトを取り落としてしまった。

 その水晶剣アガトが地面に着地する直前、驚くような速度スピードを出して、ベルナルドが水晶剣アガトを奪い取っていく。

 ベルナルドは飛び跳ねながら俺から距離を取って行き、自分の手の中にある得物を見て、歓喜の声を上げた。

「――アハ――アハハハハハ!!

 ついに、ついに、手に入れた!

 “ユルバンの武器”を、とうとう手に入れたぞ!!」

 ベルナルドは手にした剣に目を奪われ、既に俺たちが視界に入っていない。よっぽど嬉しいのだろう。


 俺は激しい痛みに耐えながら、完全回復フルヒール治療リカバーを使って自らの傷口を塞いでいく。

「ケイ、大丈夫か!?」

 気遣って俺に近づこうとするセレスティアたちを、俺は手を上げて止めた。

 そのまま手を上げ続け、全員に動かないよう指示をする。

「それにしても美しい剣だな。

 ――随分軽いが、軽量化が掛かっているのか?」

 ベルナルドは手の中にある水晶剣アガトを眺めながら、ご満悦のようだった。


 ――ここから先は、俺の演技力が試されると言っていい。

 ベルナルドはまんまと偽物フェイクを持って喜んでいる。

 偽物フェイクは中身が空っぽなだけに、攻撃に使えば脆くも崩れ去ってしまう。

 だからこそ、ベルナルドにどうやって偽物フェイクだと気づかせないかが重要だった。


「お前――最初からその剣が目的だったのか!?」

 俺はベルナルドに向けて、厳しい表情で詰め寄る。

 ベルナルドは俺を見ると、嘲るように笑っていた。

「今更気づいたのかい。まあ、もう遅いけどな」

 随分前から気づいていたのだが――。

 そう思いながらも、俺は質問を続ける。

「お前に聞きたいことがある。

 その武器は確かに強力だ。途轍もない威力を持っている。

 だが、お前たちはそんな武器に頼らなくても、絶大な力を持っているだろう?

 なのに何故わざわざその武器を求める? そんなものがなくても、魔人はこの世界フロレンスを十分に攻略できるはずだ」

 ベルナルドは俺の質問を聞いて、本当に驚いたように目を見開いた。

「――は? お前、何を言ってるんだ?

 まさかお前は“この武器が何なのか”を、知らずに使っていたって言うのかい。

 こいつが俺たちの野望にどれくらい重要なものなのかを、理解していないのか」

「――――」

 この答えは俺にとって、思わぬ答えだった。

 俺の視線が一瞬グレイスと交錯する。グレイスは厳しい顔つきをしていた。


 俺は即座に考えを巡らせた上で、ベルナルドに一つの提案をする。

「一つ、提案がある」

 ベルナルドは笑みを消し、俺の言葉を促す。

「――何だ、言ってみな」

「お前と一対一で勝負したい」

 その発言に、セレスティアとロベルトが激しく反応した。

「ケイ、何を言い出す!?」

「旦那、そりゃないですぜ――!!」

 だが俺は手を上げて、それらの声を押しとどめた。

「――今の一対五から、わざわざお前にとって不利な一対一に持ち込む理由は何だ?」

 ベルナルドは俺に問う。

 俺は左手に持った水晶剣アガトを、右手に持ち直して言った。

「お前の目的はこの剣だろう。

 この勝負に俺が勝ったのなら、俺は当然その剣を回収して、転移門を破壊する。

 逆にお前が勝ったのなら、お前は剣をもう一本手に入れることになる。

 ――だが、約束しろ。

 仮にお前が勝ったなら、あとの四人には決して手出しをしないと――」

 その言葉に、シルヴィアたちが反応しかけた。

 俺は再び手を上げて、それを押しとどめる。


 この提案は、剣を奪い、心の上で優勢になっているベルナルドには心地よく伝わるはずだ。

 俺が自分の命をなげうって、仲間を庇おうとしているように聞こえるだろう。

 さらに、ベルナルドが二刀使いであることもプラスに働く。

 ヤツの闘い方を見れば、二本目の剣は是非とも手に入れたいに違いない。


 ベルナルドはニヤリと邪悪に笑うと、妙に改まって紳士的な態度で答える。

「判った。――手を出さないと、約束しよう」

 既にヤツが勝つ前提の答えが返ってきた。

 だが残念なことに、大鬼の王ジノと約束を交わした俺は、その言葉がどれくらい信用ならないかを知っていた。

 信頼関係に裏打ちされない約束など、あってないようなものだ。


 俺が目配せすると、セレスティアたちがその場からゆっくりと退いていく。

「じゃあ――始めようか」


 俺はベルナルドと対峙し、水晶剣アガトを握る手に力を込めた。




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