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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第六部 絶界の山脈篇
66/117

065 難所

 俺たちが開門ゲートを通じて首都サリータに戻り、竜人ヴァイスに一連の報告をしたのは、それから間もなくのことだった。

 兵舎を訪ねると、今回は竜人ヴァイスに加えて豹男レンツの姿もある。

「よく全員無事で戻ってきた――!」

 詳しい報告を受ける前に、二人は俺たち全員が無事に戻ってきたことに、喜びの声を上げた。

 この二人とは様々な経緯いきさつもあるが、自分たちの無事を素直に喜んでくれると、悪い気はしない。


 俺が話した報告を、竜人ヴァイス豹男レンツは、興味深げに一々頷きながら聞いていた。

 竜人ヴァイスはどうやら、俺たちが魔人を倒してしまうことまでは、想定していなかったようだ。

 俺たちが魔人と遭遇したところまでは表情を変えずに聞いていたが、魔人を撃退したことを聞いて、素直に驚きの表情を見せた。

「――個々の力も大きいですが、連携も見事でしたよ」

 ロベルトがそう付け加えると、竜人ヴァイスは満足そうにうなずく。

「今回は魔人によってそれなりの被害も出ていた。

 イオの守備隊には、お前たちの功績を伝えておくことにしよう」

 竜人ヴァイスの言葉に、俺は苦笑しながら言った。

「変に英雄扱いされても困るが――。

 それよりも聞いておきたいことがある」

「――何だ?」

「今回現れた魔人は、大鬼の王オーガキングジノと言って、俺たちが過去に遭遇し、一度倒したはずの魔人だった。――しかもジノは、俺たちと過去に会ったことを覚えていた。

 ロアールは転移門の存在を知っている以上、過去に何度か魔人が現れたことがあるのだと思うが、倒したはずの魔人が再び現れるといった事例は、過去にあったのか?」

 俺の質問に、竜人ヴァイス豹男レンツが顔を見合わせる。

 少しの間の後に、今度は豹男レンツが口を開いた。

「――二年ほど前にヴァイスさまに討伐された魔人がいるのですが、それによく似た魔人が、昨年再度討伐されたという記録が残っています。

 ただし、魔人は倒すとその場で消滅してしまうため、確実に同じ魔人であったかどうかの確認は取れていません。見た者の報告を受けたところ、“非常によく似ている”、という結論に至っただけです」

「二年だと、それほど前でもないな――。

 それ以上前には、そういう記録は残っていないのか?」

 豹男レンツは目を閉じながら、静かに首を振った。

「少なくとも、私の知る限り記録には残っていません」

「――――」

 となると、オーバート派が転生リンカネーションを付与し始めたのは、それほど前でもないということになりそうだ。

 レーネはオーバートが闇属性の魔人を集めていることは知っていた。だが、転生リンカネーションのことは知らなかった。

 ――ということは、オーバートは転生リンカネーションに闇属性の魔人が必要なことを、かなり前から知っていたが、具体的にスキルを付与できるようになったのはここ最近だ、という見方もできる。

 ただどちらにせよ、“魔人を倒す”ということが、この世界フロレンスを魔人たちの侵攻から護る絶対的手段にならなくなったのは、間違い無さそうだ。

 “転移門を叩いてもイタチごっこだ”――俺の頭に、レーネと交わした会話が思い出される。

 だが、魔人を倒すのも転移門を叩くのも、同じイタチごっこだったとしても――俺はより効果的な方を選びたいと思った。

「――判った。

 魔人を倒したとしても、また現れる可能性があるのであれば、やはり転移門自体を叩くしかない。

 今日はもう無理だが、俺たちはやはり、転移門へ行くことにする」

 その決意を聞いて、竜人ヴァイス豹男レンツは静かにうなずく。

「転移門へはロベルトが案内できるはずだ。

 危険であることは間違いないが、我々も成功を祈っている」

 竜人ヴァイスの激励の言葉を受けつつ、俺たちは再び開門ゲートを通ってイオの街へと戻って行った。



 翌日朝、ジノとの戦闘の余波が身体に残っていないことを確認した俺たち五人は、“絶界の山脈”にある迷宮ダンジョンに挑むことにした。

 ――日を変えて、仕切り直しだ。


 俺は全員の支度が調ったのを確認し、絶界の山脈への開門ゲートを開く。

「この朝の時間に迷宮ダンジョン前に着ければ、問題なく陽の高い内に転移門まで到達できるでしょう。

 ホント、空間魔法は便利ですねぇ」

 ロベルトがそう言って笑う。

 確かに絶界の山脈まで行くのが大変だったが、迷宮ダンジョン前までの道を事前に開通しておいて正解だ。

 それによって俺たちは、今回万全の態勢で迷宮ダンジョンに挑むことができる。


 全員が開門ゲートくぐって迷宮ダンジョン前に到達すると、迷宮ダンジョンに足を踏み入れる前に、ロベルトが話し始めた。

「旦那、これから転移門まで案内しますが、まずは進む道を選んで貰わなければなりません。

 “下を通る道”は魔物モンスターが出ますが、比較的安全です。ただし迂回路が多いため、到達までの時間がかなり掛かります。

 逆に、“上を通る道”は魔物モンスターも少なく、最速で転移門まで到達できます。ですが一カ所だけ難所がありまして、そこを通過するのが若干危険です。

 さて――どちらを選びますか?」

 流石にその発言だけで選ぶには、情報が少なすぎる。

「ロベルトはどちらの道を通ったことがあるんだ?」

 俺の質問に、ロベルトは自信ありげに答えた。

「もちろん、両方通ったことがありますよ。

 “下を通る道”は、“上を通る道”に比べると四倍ぐらいの時間が掛かりますね」

 俺はそれを聞いて、さすがに苦笑する。

「それじゃあ話にならない。

 その難所というのも、ロベルトが通ったことがあるのなら、通れない訳では無いだろう。

 早く転移門に到達できることを優先して、上を通る道を選ぼう」

「わかりました」

 その会話を聞いていたグレイスが、少しだけもの言いたげな表情を作ったが、結局口には出して来ない。



 俺たちはロベルトの案内に従って迷宮ダンジョンを進んで行く。

 すると、確かに途中で道が上り坂と下り坂に分かれていた。

 ロベルトは俺たちを一度振り返りながら、改めて上の道に行くことを指し示す。


 上り坂を歩いていると、先頭に立つロベルトが声を掛けてきた。

「この先で広い場所に出ますが、上空からハーピィが襲いかかって来ます。

 それほど数が多いわけではありませんが――」

 彼の言う通り、広い空間に出た途端、バサバサとハーピィたちの気配が迫って来た。

 数はロベルトが言うより多い気がしたのだが、レベルはかなり低い。

「任せて。この程度なら!」

 シルヴィアは近づいてくるハーピィを、次々に岩弾ロックボールで撃ち落としていった。

 まるでクレー射撃でも見るように、一方的な闘いになっている。

 それから数十秒も経つと、シルヴィア以外が何もしないままに、ハーピィたちは全滅してしまった。


「これは――憑代よりしろを拾い集める方が、手間なのではないか?」

 セレスティアが方々ほうぼうに散らばった憑代よりしろを見て言う。

「んー、確かにね。

 倒すのに夢中でそれを考えて無かったわ。出来るだけ同じような場所に引きつけて撃ち落とせば良かったのかも」

 シルヴィアの言葉は、完全に余裕のある反省談だった。


 俺たちは手分けして憑代よりしろを集めた後、ロベルトの後を追って先へと進んでいく。

 歩いていると、徐々に足下が傾斜してきているのが判った。

 そこから少しすると、完全な上り坂になってくる。迷宮ダンジョンの中ということもあり、全員武装を解くことができないため、進むスピードがかなり落ちてきた。

「上を通る道――っていうのは、ひょっとしてずっと上り坂って意味じゃないだろうな?」

 俺が尋ねると、ロベルトは笑いながら首を振った。

「いえいえ。この先の場所を越えると、次は下り坂ですよ」

 それを聞いて少しだけ安心する。


 坂を登り切ると、そこから通路は広い空間へ繋がっているようだった。

 ロベルトは何もなさげに普通に進んで行ったのだが、後ろについて歩いていた俺とシルヴィアが、その先の空間を見て絶句した。

「ちょっと待った。――何だこれ!?」

 目の前には、巨大な鍾乳洞のような空間が広がり、俺たちはその鍾乳洞のかなり高い位置に立っているようだ。

 その鍾乳洞の手前から奥まで、非常に幅の細い橋が架かっている。このまま真っ直ぐ歩いていくと、俺たちはその細い橋を渡って奥まで行くコースになる。

 橋の上から橋の下までは、優に三〇メートルぐらいはありそうだ。橋の下には多くの骸骨スケルトンとオークたちがうごめいていた。それはまさに、獲物が落ちてくるのを待ち受けている様相だ。

「これ、本気でここを渡る気なの――?」

 高いところが苦手なシルヴィアが、若干声を震わせてく。

「おや、シルヴィアさん――高いところは苦手でしたか」

 ロベルトにそう言われて、思わずシルヴィアと一緒に、俺まで首を縦に振った。

「お二方とも苦手なところを申し訳ありませんが、ここを渡らなければ転移門に辿り着けません。

 心配しないでも、渡っている間に魔物モンスターに襲われることはありませんから、大丈夫です。

 まあ――当然、落ちたら死にますけどね。へっへっへ」

「ぜ、全然大丈夫じゃないわ――!!」

 下卑な笑い方で誤魔化すロベルトに、シルヴィアが鋭くツッコミを入れるのだった。


 ――残念ながら、ここから引き返す訳にもいかない。

「ねぇ、ケイ。あんたが先に行って、開門ゲートであたしを迎えにくるっていう――」

「シルヴィア、まさか俺だけに渡らせようという訳じゃないよな?」

 俺が冷たい視線をシルヴィアに投げかける。

 流石に彼女も悪いと思ったのか、表情を引きつらせながら笑っていた。


 ――実は戦闘転移バトルゲートを使えば、俺は歩かず奥まで転移できそうだ。それと開門ゲートを併用すれば、難なくシルヴィアも橋を歩かせずに運べるだろう。

 だが、何となく悪戯心と嗜虐しぎゃく心が働いた俺は、シルヴィアに普通に挑戦チャレンジして貰うことにした。落ちそうになったら、魔壁マジックウォールでサポートすれば良いから、実際はさほど危険はない。


 俺とシルヴィアの話を聞いていたセレスティアは、呆れた表情を見せて言った。

「何を大袈裟なことを――。ただ歩いていくだけのことではないか」

 そう言って、彼女は早速橋を渡っていく。

 セレスティアは堂々と橋を渡り、途中で足を止めることなく、そのまま奥へと到達した。

「では、お先に――」

 続いて、ロベルト、グレイスの順に橋を渡っていく。二人とも難なく奥に到達する。

 ――残されたのは、シルヴィアと俺だけだ。

「シルヴィア、先に渡れ。

 落ちそうになったら、岩壁ロックウォールが使えるだろうし、俺も後ろからサポートする」

 俺がそういうと、流石に覚悟を決めたのか、若干不安な顔つきをしながらも、シルヴィアがソロソロと橋を渡っていく。


 確か深淵しんえんの迷宮の時も、似たような状況シチュエーションがあった。あの時は底が見えないぐらい深かったのだが、シルヴィアはここまで怖がっていなかったように思う。

 それを考えると、何も見えないよりもむしろ、橋の下が見えている方が恐怖感を強く感じるのかもしれない。しかも、今回は落ちた場所に魔物モンスター大集団の歓迎がある。


 シルヴィアは、非常に慎重に橋を渡っていた。落とすとまずいので、暁星の杖スタッフオブレーシュ資産インベントリに入れている。


 ――と、彼女が橋の真ん中に差し掛かったところで、橋の下にいるオークから大きな雄叫びが上がった。恐らく橋を渡るシルヴィアが、下から見えたのだろう。まさに獲物を見つけたぞ、というような大きな声だった。

「ひっ――!!」

 その声に驚いたシルヴィアが思わずバランスを崩す。

「シルヴィア――!」

 俺は思わず声を上げて、魔壁マジックウォールを展開しようとした。

 だが、彼女はすんでの所で橋に両手と両膝をついて、橋にしがみつく。

 シルヴィアはそのまま暫くの間、動かなかった。こちらにお尻を向けて、四つん這いになった形で固まっている。

 あっ――パンツが見えた。


 シルヴィアはゆっくりとその場に立ち上がると、俺の方を振り返って叫んだ。

「ちょっと、ケイ!! ビックリさせないでよね!」

「――俺じゃないぞ!?」

 何故か俺が怒られている。よく判らんが、理不尽だ。

 彼女は再びソロソロと歩き出し、何とか奥へと到達した。


 次は俺の番だ。

 俺は全員の視線を受けながら、橋を歩かずに一気に戦闘転移バトルゲートで奥まで転移した。

 それで難なく橋を通過する。もちろん橋の距離がそれほどでもなく、到達点が視界に入っているからこそ出来る芸当だ。

「さあ、行こうか」

「――――」

 俺が声を掛けると、全員微妙な雰囲気になる。

 見るとシルヴィアが俺をにらんでいた。

「――ちょっと、ケイ!

 何よ今の!? ひょっとしてあたし、橋を歩かなくてよかったんじゃないの!?」

「あ、ああ――。まあ、そういう考え方もあるかな?

 でも戦闘転移バトルゲートは、俺一人しか転移できないから」

 やばい、シルヴィアが怖がるところが見たかったという、裏の理由がバレてしまいそうだ。

 だが、幸いにして、シルヴィアはむくれただけで引き下がった。

「次は絶対ケイが先に行くんだからね!」

 そう言うと、シルヴィアは俺の後ろに下がって行く。


 痴話喧嘩の終わりを見たロベルトは、軽く溜息をついてから、先に進み始めた。

 先ほどロベルトが言っていた通り、今度は道が次第に下り坂になっていく。

「――かなり傾斜がキツくないか?」

 ロベルトの後ろを進むセレスティアが口を開いた。

 身体を真っ直ぐにしては下りられない。身体を横にして、半歩ずつ脚を下ろさないと滑り落ちてしまいそうな斜面だった。

 俺たち五人は全員身体を横向きにして、ゆっくりと斜面を下りていく。

 俺の後ろ――正確には左上かもしれないが――には、シルヴィアがいる。

 前を行くセレスティアとグレイスの進みが早いこともあって、俺とシルヴィアの二人は、前の三人と微妙に離れ始めていた。

 もしかしたらシルヴィアは、それを見て少し焦ったのかもしれない。

 ――もはやお約束に近い形で、足を滑らせた。

「きゃああぁぁっ!!」

「ぬおわっっ!!」

 シルヴィアが俺の足下にスライディングする形で、俺を巻き込みながら倒れてくる。

 俺は下にずり落ちないよう踏ん張ろうとした。結果、上から滑り落ちてきたシルヴィアの脚と脚の間に頭を突っ込む体勢で、二人の身体が止まる。

「ちょっ――あんた、何してんのよ!?」

「し、知るか!! ってか、それは俺の台詞セリフだっ!」

 俺が慌ててその場に立ち上がると、前を行く三人が振り返って、その様子を見守っていたのが判った。

 何だろう。みんなの視線が――冷たい。

「――置いていくぞ」

 セレスティアがポツリと言うと、三人はきびすを返し、さっさと先を急ぐのだった。



 斜面を下りきると、その先が大きな空間になっているのが判った。

 その空間ホールに入る直前、ロベルトが俺たちを振り返る。

「ここが、問題の場所です」

 その言葉を聞いて、俺とシルヴィアの目が点になる。

「ロベルト、ちょっと待て。

 さっきの“橋“が難所じゃなかったのか?」

 それを聞いて、ロベルトは苦笑しながら首を振った。

「さっきのは旦那とシルヴィアさんが勝手に難所にしたんでしょう。

 ここが、本当の“難所”です。

 ――ほら、あそこから声を出さないようにして中を見てください。何故難所なのか、判りますよ」

 ロベルトを除く四人が、彼の指し示した場所に移動する。

 そこから空間ホールの中を見た瞬間――全員が、後ずさりした。

 

 セレスティアは慌てて戻って、ロベルトに詰め寄る。

「――な、何だあれは!?

 まさかあれと闘うのではあるまいな!?」

 血相を変えながら言うセレスティアに、ロベルトは笑いながら答えた。

「いやあ――さすがに、あれと闘うのは無理でしょう。

 一目巨人サイクロプスのアグリオスといって名前付きネームドなんですよ、あれは」

 ロベルトの言う通り、俺たちが見た空間ホールの中には巨大な一つ目の巨人がいた。


 巨人と言ってもトロルなどとは大きさの桁が違う。恐らく背の高さは一〇メートルを優に超えている。

 筋骨隆々という言葉では足りないぐらいの肉の盛り上がりで、頭には一つ大きな角が生えていた。

 まさにビルのような背の高さの巨人が、人間の大きさよりも大きな棍棒を持って、後ろ向きに立っている。

 それは人間が対峙して闘うというような大きさではなかった。まさに城を攻めるぐらいの準備でないと、闘いにならないだろう。

「ロベルト、闘わないということは――」

 俺が確認しようとすると、ロベルトは頷きながら言った。

「ええ、そのまま素通りします。

 幸いにして、一目巨人サイクロプスは、広間ホールの中で音を立てなければ気づくことはありません。背が高すぎて、足下まで視界が届いてないんですよ。

 なので、この空間ホールを一人ずつ静かに通過します」

 それを聞いて、全員が無言になる。


 気づかれた時のことを考えると、背筋が寒くなるどころでは済まないが――。

 とにかく音を立てずに移動すれば良いということで、極限の緊張感はあるが、全員覚悟を決めていく。

「ここを過ぎれば、もう転移門まではすぐです。

 ――ではお手本を見せますから、よく見ていてください」

 ロベルトはゆっくりと広間ホールの入り口へ移動すると、一目巨人サイクロプスの様子を見ながら、広間ホールの中へと入っていった。

 ロベルトは途中にある段差を越え、手慣れた足取りで広間を横切っていく。

 一目巨人サイクロプスが今にも振り返るのではないかと思い、見ている方の息が詰まりそうだ。

 ロベルトは無事に広間ホールを横切り、俺たちから見える場所で、続いて広間を横切ってくるよう促した。

「では、私が行く」

 セレスティアがそういうと、比較的大胆な足取りで広間ホールに入っていく。

 彼女は段差を越えるところで若干手間取っていたが、そのまま何とか広間を横切っていった。

「次はわたしが行きます」

 グレイスがそう言うと、あっさりシークレットステップで広間ホールに入っていく。

アビリティか――こういう時は役に立つな」

 シークレットステップのお陰で完全に音が消えている。見て確かめるまでもなく、グレイスは安全に広間ホールを横切った。

「シルヴィア、先に行け。万が一の場合は俺が助けに入る」

「――判ったわ」

 かなり神妙な表情で、シルヴィアが広間ホールに入っていく。

 だが明らかにこれまでの三人に比べると、足取りが怪しい。

 見ているだけでヒヤヒヤする――と思った瞬間、再びお約束のように、シルヴィアは段差で足を取られて転倒した。

「――っ!!」

 見ていた全員から、声にならない叫び声が上がる。

 だが――その全員の声よりも、大きな音を立てたものがある。

 シルヴィアが手に持っていた暁星の杖スタッフオブレーシュだ。


 暁星の杖スタッフオブレーシュはシルヴィアの転倒に合わせて床に叩きつけられ、大きな乾いた音を立てた。先に、資産インベントリに入れておけば良かったのだが、手間を惜しんだことが、取り返しの付かない状況を作る。

「ヴオォ?」

 くぐもった一目巨人サイクロプスの声が聞こえ、巨人がシルヴィアの方へ振り返る。

 まだ立ち上がれていないシルヴィアを見て、俺は彼女の側へと戦闘転移バトルゲートで転移した。

「ケイ!」

「しっかり掴まれ!!」

武器つえを忘れないで!」

 俺はシルヴィアが落とした杖を掴んで彼女を抱きかかえると、そのまま広間ホールの向こうへと走り抜けていく。

 横目で見えた一目巨人サイクロプスが、完全にこちらを向いているのが判った。逃げ切れるか判らなかったが、俺は胸の中のシルヴィアをギュッと抱きしめて、必死に駆け抜けることだけを考える。

「ちょっ――ケイ――やだっ――」

 お姫様抱っこ状態のシルヴィアから、怪しげな声が上がっていた。

 必死な俺は左手で彼女の武器つえと脚を掴み、右手で彼女の武器オッパイを握っている。

 どちらも彼女の武器には違いないが、右手の方が随分幸せそうだ。

「ウグオオオォォォッ!!」

 一目巨人サイクロプスから声が上がり、俺たちを捕まえようと、巨大な手が迫ってくる。

 俺は無駄と思いながらも、幻影魔法を使って何とかそれを惑わせようとした。

 幸いにも一目巨人サイクロプスの手は、幻影魔法で作った俺の姿の方へ向かって、二人には届かない場所を通過する。

 とんでもない危機を迎えているのだが、巨人の手を上手くかわせたことが、俺の心に焦りよりも大きな高揚感を生んでいた。

 俺は目を見開き、余計に柔らかい感触を楽しむように、そのまま右手を握りしめる。

 ここで彼女を離すわけにはいかない。何よりこれを離すなんて、勿体ない!!

「あ――ン――ああっ――」

 俺が走るのに合わせて、シルヴィアは上下に揺さぶられている。

 揺れながら、彼女は甘い声を上げていた。


 俺はそのまま広間ホールを走りきり、ロベルトたちが待つところに駆け込んだ。

 直後、一目巨人サイクロプスの巨大な手が、再び俺の近くを通過する。

 だが、それ以上一目巨人サイクロプスは追って来ず、反転して元の場所へと戻って行った。


 良かった! 何とか危機を脱したようだ。

「ハァ――ハァ――何とか助かった!!」

 俺は肩で息をしながら、ロベルトたちに笑いかける。

 グレイスやセレスティアもホッとした表情で、俺に笑いかけていた。

 ――だが、その表情が少しずつ冷めていく。

「――ケイ、そろそろ下ろしてあげてはどうですか?」

 ジト目になったグレイスが、棒読みのような調子で俺に言った。

 それを聞いて、俺はシルヴィアを抱きかかえたままであることに気づく。

 彼女は俺の胸の中で頬を染め、恥ずかしそうに固まっていた。

 当然抱きかかえたままということは――俺の左手は彼女の武器つえを握り、右手は彼女の武器オッパイを掴んだままだ。

「ぬぉっ!!」

 俺は慌ててシルヴィアを下ろす。

 その様子を見て、ロベルトが茶化した言葉を投げ掛けた。

「いやぁ、旦那、お好きですねぇ。へっへっへ」

「笑うんじゃねぇ!!」

 俺は茶化したロベルトを怒鳴りつける。

 ――畜生、ロベルトのやつ、よっぽど楽しいのか目の形まで「へ」の字になってやがる。


 微妙な雰囲気の中、シルヴィアは赤い顔のまま服を正して、一つ咳払いをした。

「コホン――た、助かったわ。

 みんな、心配掛けてごめんなさい。さあ、先を急ぎましょう」

 シルヴィアの声に気を取り直すように、グレイスとセレスティアが微笑んだ。



 ロベルトの言う通り、そこから転移門まではすぐのようだ。

 狭いが真っ直ぐに伸びる道が続き、その先が転移門になっていることが判る。

 徐々に近づき開けていく情景の中、転移門というものが、俺が想像していたよりも随分大きなものであることが判ってくる。

「あれが――あれが、転移門なのか?

 相当デカい――!?」

 俺が驚いた声を上げると、ロベルトが笑いながら言った。

「そうです。あれが転移門です。

 大きさはかなり大きいので――壊すにしても、一苦労かもしれません」


 ロベルトがそう言った時だった。


 転移門の前に電撃ボルトのような稲妻が輝き、一瞬で砂煙が沸き立つ。

「何だっ!?」

 全員が砂煙に顔を背けたが、その変化を見極めようと、砂煙の向こうにあるものに目を向ける。


 もちろん、こういうことが起こる想定も、俺の頭の片隅にはあった。

 だが――実際その事態が起こると、やはり驚かざるを得ない。


 俺たちの目前で沸き立つ砂煙の向こうには、一つの“影”が、見え隠れしていた。




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