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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第六部 絶界の山脈篇
65/117

064 宝剣

 グレイスの柔肌に埋もれた指先が、堅い柄のようなものを掴み込む。

 それぞれの手が掴んだものは独立していない。何か共通の、一本のものを握っている感触があった。

 だが、それは賢者の杖スタッフオブセージの感触ではない。は滑りのない、何かの革のようなもので覆われているようだ。


 俺は輝くグレイスの胸元から、ゆっくりと得物を取り出していく。

 これまでなら、既に全体が取り出せているはずの長さになっても、まだ手の中の武器は全貌を見せない。

 まばゆい光の中、俺は少しずつ後ずさりしながら、その武器を引き出した。


「これは――」

 光が収まると共に、俺は両手で持ち上げた得物を“凝視”する。

 それは、緑に透き通る美しい刀身を持った、巨大な“大剣グレートソード”だった。


**********

【装備名】

 宝剣『アレクサンダー』

【種別】

 魔人剣(ユニーク)

【ステータス】

 H P:上限+500

 S P:5秒ごとに20低下

 筋 力:+100

 敏捷性:+50

 回 避:+50

 攻撃力:+288

 防御力:+300

【属性】

 土

【スキル】

 土属性魔法+3、土属性耐性+5、風属性耐性+1、円月斬クレセント体力吸収ダインスレイフ防壁ランパート、石化、軽量化ライトウェイト

【装備条件】

 契約者および契約者が認めた人物のみ

希少価値レアリティ

 SS

**********


 一瞬、数値パラメータを読み違えたかと思った。

 状態ステータスを見るまでは、巨大な刀身に見合った派手な攻撃力を期待していたのだ。


 ――だが、この剣が持つ攻撃力は、数値の上では賢者の杖スタッフオブセージすら下回っている。

 どちらかというと、防御に力の入った状態ステータスに見えた。


 宝剣アレクサンダーの刀身は、光源ライトの光を反射し、宝石のように七色に輝いている。

 その光の美しさに目を奪われていると、側に立っていたグレイスが目を虚ろにして、俺にしなだれ掛かってきた。

 俺は慌ててグレイスを抱き留める。

「――グレイス、意識はあるか?」

「――ええ」

 俺の問いかけに、グレイスは弱々しく答えた。

 魔人の武器を取り出すために、グレイスは相当な魔力を消耗する。

 今回は得物が大きかっただけに、予想以上に消耗したのかもしれない。前回とは違って、すぐには戦闘に復帰出来なさそうだ。


 その様子を遠目に見ていたシルヴィアが、戦線を離脱して俺の方へと駆け寄ってくる。

「グレイス、大丈夫なの!?」

「はい――大丈夫です」

 そう答えはするものの、彼女の声は小さく、身体は一向に起き上がってくる気配がない。

 俺は一瞬シルヴィアと視線を交わすと、グレイスの身体を差し出した。

「すまんシルヴィア、グレイスを頼めるか」

「判ったわ。アイツには魔法も効かないから、出来るだけ離れてる」

 そういってグレイスの身体を抱きかかえたシルヴィアを見て、俺はもう一つ彼女に警告する。

「退避していても――ヤツの、予想外の攻撃には重々気をつけてくれ」

「――ええ、判ってるわ」

 シルヴィアはキュッと唇を結び、それに答えた。


 俺が遠回しに言ったのは、ジノが“武器を投げつけてくる可能性がある”ということだ。

 それは他でもない、過去にクライブの命を奪った攻撃のことを示唆していた。


 あの時――ジノが何故自分の武器を投げつけ、戦闘を放棄したのかは、未だに理由がハッキリしない。

 だがヤツは俺に倒されるとき、まるで武器を投げつけた行為が正解だったかのように、不敵な笑みを浮かべながら消えていった。

 それは――倒される直前に、命乞いをしたクルトとは大きく違う。


 俺はそれらの情報を頭に置きながら、両手に持った宝剣アレクサンダーをしっかりと構える。

 見れば、セレスティアがジノの攻撃を連続で受け止めていた。その側ではロベルトが必死にジノを攻撃し、牽制している。だがロベルトの攻撃は、ジノの堅い皮膚を突き破ることは出来ていないようだった。

「ケイ、まだか!?」

 セレスティアの焦り混じりの声が上がる。ジノの攻撃を受け止める度に、彼女のHPが減少しているのが判った。セレスティアは文字通り、俺たちを護るために身を削りながら闘っている。


 俺はジノの斧がセレスティアに振り下ろされるのを見て、戦闘転移バトルゲートで彼女の側まで転移した。

 そして、その攻撃を彼女の代わりに宝剣アレクサンダーで受け止める。

「――ほほう、今度は剣なのか」

 ジノは俺の持つ宝剣を見ながら、ニヤリと笑っている。

 俺はその表情を見ながら、何とか情報を引き出せないかと考えた。

「えらく余裕じゃないか。

 ――だが、俺たちが前と同じ強さだとは、思わない方がいいぞ」

 俺が若干挑発して言うと、ジノは声を上げて笑った。

「フハハッ、貴様は成長するのは自分たちだけだと、勝手に思い込んでいるのであろう?

 ――儂とて以前と同じではないということを、判らせてやるわ」

 ジノはそういうと、一旦引いた斧を横凪ぎに振るってくる。セレスティアはその攻撃を、一歩進んでガッチリと受け止めた。

 ジノは受け止められた斧を再び引いて、今度は斧を両手持ちに変え、真上から振り下ろした。

「避けろ!!」

 俺が思わず声を上げる。

 渾身の力を込め、振り下ろそうとした斧の刃が、赤く輝いているのが判った。それは何かのスキルなのかもしれない。これまでと同じように、受け止められると思わない方がいい。

 ロベルトとセレスティアが慌ててその場から飛び退くと、ジノの渾身の一撃は彼の足下の床を叩いた。

 途端、地震かと思う程の轟音と振動が響き、そこから発生した衝撃波が、俺たちに襲いかかる。

 ロベルトと俺は衝撃波によって簡単に吹き飛ばされ、数メートルを転がった。セレスティアだけが衝撃波に耐え、その場に何とか留まっている。だが、その身体は大きくかしぎ、流されていた。

 体勢が崩れたところに、ジノの右脚が追い打ちで飛んでくる。

 セレスティアはその蹴りを避けることができず、まともに身体に受けて、俺やロベルト以上の距離まで吹き飛ばされた。

「うぐっ――!」

 セレスティアのうめき声が聞こえる。彼女は自分自身に大回復エルダーヒールを使ったが、相当なダメージを受けてしまったようだ。

 俺はジノの追撃を封じようと、起き上がってすぐに突進チャージを掛けた。駆け込んだ勢いそのままに、宝剣アレクサンダーを思い切り真上から真下へ振り下ろす。

 ジノはその一撃を、斧を使って受け流した。俺は足下に受け流された剣を、再び大きく斬り上げた。

 すると、刀身が上下に往復した軌道が緑の光を放ち、まるで巨大な風刃ウィンドカッターのようにジノを襲う。宝剣アレクサンダーのスキル、円月斬クレセントが刀身の往復を引き金トリガーに発動したのだ。

 ジノは斧の柄を使って円月斬クレセントを防ごうとする。だが、円月斬クレセントの光はその柄をスッパリと切り裂いてしまった。

「ぬっ――!!」

 円月斬クレセントの光の刃は、斧の柄を切り裂いたところで消滅する。

 ジノはそれが信じられないように、一瞬動きを止めた。

「――とりゃああっ!!」

 少々オッサン臭い掛け声と共に、隙を見逃さずにロベルトが突進する。

 蝕の短槍イクリプスの刀身が赤く輝くと、勢いを増した突進突きチャージスパイクが、ジノの左脇腹に見事に突き刺さった。

 これが、初めての有効打だ。

「チッ――この程度で!」

 ジノは顔をしかめながら、右手に持ち直した斧を振るう。刃の向きを合わせる余裕がなかったのか、ロベルトは斧のひらの部分で殴られ、派手に回転しながら吹き飛んだ。

「グエッ!」

「――ロベルト!!」

 まさに蜥蜴トカゲが潰れるような声を上げたロベルトに、俺が慌てて声を掛ける。

 転倒したロベルトは、その場で何とか起き上がろうとしていた。

 だが、既にそこにはジノの追撃が迫っている。

 直後、ガチン!という大きな金属音と共に、その追撃がセレスティアに受け止められた。

 ロベルトが転げていった先は、幸いにもセレスティアが吹き飛ばされた場所だったのだ。その偶然が、ロベルトを救ってくれている。

 俺は背中を見せる形になったジノを追って、宝剣アレクサンダーを突き込んだ。

 だが、まるで背中に目があるかのように、ジノは最低限の動きでその攻撃を避けてしまう。

 ジノは聖乙女の盾シールドオブラインを叩いた斧を引き、それを使って俺の攻撃を完全に受け流した。

 そのせいで俺は、前のめりになる形でジノとすれ違う。完全に無防備な体勢を晒した俺は、すれ違いざまにジノの強烈な左パンチを腹に喰らった。

「うぐっ――!!」

 俺は脚をもつれさせて、そのまま前のめりに倒れ込む。

 ――今のは効いた。

 審判の法衣ジャッジメントローブが衝撃を吸収してくれたが、それでも胃が裏返ってしまいそうな気分だ。

 即座に動けない俺は、完全回復フルヒールで減ったHPを戻そうとする。

 そこへジノの追撃が飛んできた。

 完全に戦闘転移バトルゲートを使わないと避けられそうにないタイミングだ。だが、間にセレスティアが割って入って、攻撃をガッチリ受け止める。

「――ケイ、大丈夫か?」

 斧と盾の鍔迫つばぜり合いの中、振り返らずにセレスティアがいてくる。

「大丈夫――と言いたいところだが、魔法が効かないペナルティがかなり厳しい」

 俺はそう答えながら、セレスティアとロベルトに完全回復フルヒールを掛けていった。


 宝剣アレクサンダーによるSPの減少が激しい。

 俺は、SPの残りが気になり始めている。

 ジノを弱体化させるための魔法が使えないのが、かなり効いているように感じた。

 単なる斬り合いのままでは、攻略の糸口が掴めない。

 このまま行くと、SP不足で宝剣アレクサンダーが消滅しかねないと思った。宝剣アレクサンダーは攻撃力に長けた剣ではないが、失えば更に厳しい闘いになるのは見えている。


 ――と、ロベルトがジノの左脇腹へ突進チャージを掛けた。

 先ほどロベルトの攻撃が当たった場所と、同じ場所を狙っている。それは徹底して傷ついた場所を攻めようとする、闘い慣れた戦士の戦術だった。

 俺はそれにタイミングを合わせて、反対にジノの右脇腹へ斬撃を放つ。

 斧をロベルトへの対処に向けていたジノの右脇腹は、一瞬ガラ空きになっていた。

 俺の斬撃は確かにジノに当たったが、剣が当たった場所からは甲高い金属音が響き、灰色の光が一瞬だけ弾け飛ぶ。

「――!!」

 結局、ジノの右脇腹には浅い切り傷しか残っていない。攻撃を当てることには成功したが、有効な攻撃にはなっていなかった。

 だが――俺は今のやりとりに、状況を一変させる糸口を見つけたような気がしていた。


 ジノの斧によって、ロベルトの突進チャージが弾かれると、俺たち三人は一旦ジノから離れた位置に立つ。

 丁度三人が三角形になって、真ん中にジノを取り囲んだ形だ。


 俺はその陣形のまま、ジノに声を掛けた。

「――あんた、倒されてもこの世界に復帰できるのを、前から知っていたんだな?」

 俺が話した内容に、ジノはニヤリと笑った。

 何か答えを返してくるかと思ったのだが、話すつもりはないらしい。

 俺はそれを見て、更に声を掛ける。

「だとしたら、あの男クルトも同じようにこの世界に復帰してくるかもしれない訳だ。

 あの男クルトに復讐したいあんたには、好都合なのかもしれないが――」

 ジノはその発言に反応を返してくる。

 だがジノが語ったのは、俺の予想とは異なる内容だった。

「いいや、それはない」

 ジノは断言して、意味ありげにニヤニヤと笑っている。

「――――」

 俺はジノの顔を見ながらも、急速に情報を整理し始めた。


 ジノは決して駆け引きに長けたタイプには見えない。だとすると、語っていることは限りなく真実に近いと考えた方がいいだろう。

 もしそれを信じるならば、クルトはこの世界に復帰してくることはない。

 それは俺たちにとって、嬉しい事実ではある。


 だが、クルトが復帰できないのにジノが復帰できるという“差”は、どこから生まれるのだろうか?

 ――俺はいくつかの可能性を列挙した上で、その可能性を確定するために一つの質問を投げかけた。

「それは――あんたが、オーバート派だからか」

 その言葉を投げかけた瞬間、ジノは目を見開き、より一層ニヤニヤと笑い出す。

「貴様は――実に興味深い男だな。

 いきなりその言葉が出てくるとは、儂も流石に想定していなかった」

 ジノが駆け引き慣れしていないことは、この答えからも判る。

 実質ジノは何も答えていないように見えて、クルトが所属している“リース派は復帰できない”ことを、暗に認めてしまっている。

 ただ、オーバート派の全ての魔人がこの世界に復帰する可能性を持っているのか、オーバート派の中でもジノを含む一部の魔人だけが復帰する力を持っているのかが判断できない。

 ここから先、核心に迫る部分まで口を割らせるのは、相当難しいだろう。

 だとすれば、状況的に“話さざるを得ない”ようにしてやるしかない。


 俺はジノの左手側に立っているロベルトの方へ、視線を動かした。

 当然ロベルトと、視線が交錯する。

 これが上手く、伝わるかどうかは判らない。

 俺はそのまま――ジノに悟られない程度に――“左腕を微かに二度動かした”。


 俺とロベルトが共に闘った期間は浅い。

 彼が俺の意図を正確にめるかどうか――ここから先の勝機は、そこに掛かっていた。


「――そうか、俺の言葉は想定していなかったか」

 充分に“時間稼ぎ”した俺が、そう言いながら笑う。

 どうも俺が笑ったことが気に入らないのか、ジノは急速に表情を堅くした。

 その表情を見ながら、俺は言葉を続ける。

「だが――あんたはもう一つ、想定できていないことがあるようだ」

「――!?」

 ジノがその言葉を受けて周囲を警戒した時――既にジノの真後ろには、シークレットステップで近づいて来た“黒い影”があった。

「ハッ――!!」

 珍しく声を上げながら、グレイスが不意打ちバックスタブを当てる。


 ジノの頭には、戦闘を離脱したグレイスが今更斬りかかってくる想定はなかったはずだ。

 そのためグレイスの攻撃は完全な不意打ちとなって、見事にジノの脚に切り傷を作った。

 ジノは不意を打たれたことに憤慨したのか、そのまま真後ろのグレイスへと振り返ろうとする。

 だが、その動きを阻害するように、多数の岩壁ロックウォールがジノの身体に纏わり付いた。

「チッ――!」

 舌打ちをしながら、ジノはシルヴィアが作った岩壁ロックウォールを粉砕する。

 直後、ジノの右手側から聖乙女の剣ジャクリーンが、左手側から俺が宝剣アレクサンダーで同時に斬りかかった。

 ジノはその二つの攻撃を、右手に持った斧と左手を交差させて受け止める。


 ――この瞬間、ジノの両手が固定される形で、完全に動きが止まった。

「うりゃああああ!!」

 判りやすい雄叫びを上げて、ロベルトが渾身の突きを放つ。その動きに合わせて、蝕の短槍イクリプスの先端が一筋の赤い線を作り出していた。

 ロベルトのスキル貫通ペネトレーションが、俺の意図した通りに、ジノの左腕の “腕輪”を貫き粉砕する。

「何っ――!?」

 ジノは驚いた表情のまま、セレスティアと俺の剣を弾き、間近を通過しようとしたロベルトを殴りつけた。

 スキル発動直後の硬直があったロベルトは、そのパンチを避けられず、顔に喰らって派手に吹き飛んだ。

「ロベルト!!」

 吹き飛ばされたロベルトは、倒れたままピクリとも動こうとしない。

 俺の脳裏にクライブの記憶が過ぎっていく。

 急激に動悸が速くなり、目の奥がチリチリと痛くなる。


 俺がジノを睨んで宝剣アレクサンダーを構えると、ジノはもはや観念したように両手を広げていた。

「腕輪をやられた以上は、残念だが儂の負けのようだな」

 ジノが動かないのを見て、セレスティアがロベルトの方へと駆け寄っていく。

 ロベルトは心配だが、ここはセレスティアに任せるしかない。

 俺は目の前の敵を、何とかしなければならないのだ。

「儂を――再び倒すか?」

 ジノが口にした言葉を聞いて、俺はニヤリと笑った。

「そうだな。それもいいが――」

 俺はそう言って宝剣アレクサンダーをジノの胸に突き込む――直前で、剣を止めた。

「何の真似だ?」

「――あんたは“魔人の剣”の力を甘く見過ぎている。

 残念ながら俺は、もうあんたの顔を見たくないのさ。

 あんたはここで消滅しても、またこの世界に復帰できる――そう考えているのかもしれない。

 だが、消滅すれば復帰できるというなら、“永久に消滅させなければいい”。

 ――こうやってな!」

 俺は宝剣アレクサンダーわずかにジノの脚に突き刺すと、そのまま目一杯の魔力を宝剣アレクサンダーに込めていく。

 瞬間、ジノの身体が灰色の光に包まれた。

 ジノは自分の身体に何が起こっているのかに気づき、驚愕の表情で叫び始める。

「よせっ! やめろ!! 貴様、まさか――!!」


 宝剣アレクサンダーが持つ最も強力な攻撃――それは石化の能力ちからだった。

 だが、この石化の能力ちからは、魔法に類しているようだ。そのため、ジノが持つ魔法無効の腕輪に遮られ、ジノはここまで石化の効果を全く受けていなかった。

 俺はジノを攻撃した際、石化の光が弾かれるのを見て、その状況に気づいたのだ。


 ジノはこの世界で消滅すると、再びこの世界に復帰することができる。

 ――であればどうするか?

 この世界から、消滅させなければいいのだ。

 ジノは、宝剣アレクサンダーの魔力によって、この世界から消滅できない“石像”に変わり果てて、この世界に留まり続けることになる。


 ――と、俺はジノの肩より上を残して、石化の効果を止めた。

 まだ、ジノには訊かなければならないことがある。

「おのれ――!!」

 激しく抵抗を示すジノだが、もはや手も足も石化して、動けなくなっている。

 俺は宝剣アレクサンダーを構えたまま、ジノにゆっくり語りかけた。

「ジノ――あんたが大人しく俺の質問に答えるならば、石化をやめて消滅させてやらなくもない」

 俺のささやいた内容に、ジノはゴクリと唾を飲み込んだ。

「何が知りたいのだ――!?」

 ジノはかなり焦った表情だ。

 無理もない、死ぬことはないと思っていた自分が、一転生命の危機にひんしているのだから。

「あんたが何故この世界に復帰できるのか、その詳細が知りたい。復帰できるのはオーバート派だけのようだが、オーバート派全員がその力を持っているのか、全員ではなく一部なのか、どうだ?」

「――――」

 ジノは口をつぐんで、答えようとしない。

 俺がそれを見て、宝剣アレクサンダーを意味ありげに傾けると、ジノは焦って口を割った。

「――判った! その剣は止せ!!

 ――オーバート派の一部の魔人だけが、転生リンカネーションのスキルを持たされる。

 そのスキルは――ある儀式で、魔人を使って与えられるものだ」

 俺は、その言葉に強い引っかかりを覚えた。

「魔人を――使って? どういうことだ?

 まさか魔人を生け贄にでもするのか?」

「――生け贄と呼ぶかは判らんが――そういうことだ。

 この世界に渡る前に、その儀式を“毎回”受ける」

 俺はその回答を聞いて顔をしかめた。

 ――狂ってやがる。仲間の命を犠牲にしてまで、この世界フロレンスに復帰しようというのか。

 俺はこれまでの情報を総合して、もう一つ思い当たる質問を重ねた。

「まさか、オーバート派が闇属性の魔人ばかりを集めているのは――」

 その言葉を聞いたジノが、フッと笑う。

「そこまで気づくとはな。

 そうだ。闇属性の魔人を使わねば、転生リンカネーションのスキルは付与されない」

 ――恐らくこれは、レーネですら知らなかった事実だ。

 オーバートが闇属性の魔人を集めるのは、同属性の魔人同士で繁殖するためではない。

 この世界フロレンスへの侵攻に、有利なスキルを得るためだったのだ。


「リース派は――リースは、そのスキルを付与できないんだな?」

「リースはかなり前から転生リンカネーションの存在には気づいているようだ。だから必死に闇属性の魔人を集めているのだろう。

 だが、肝心の転生リンカネーションの秘術は、知らないはずだ。だから、リース派で転生リンカネーションを付与されている魔人はいない」

 これで――少なくとも、クルトの死は確実だ。

 その点については、胸を撫で下ろさずにはいられない。

 ふとシルヴィアの顔を見ると、その答えに微かに微笑んだように見えた。


 俺は改めてジノを見ると、もう一つ質問をする。

 宝剣アレクサンダーに吸い取られているSPが、そろそろ残り少ない。これが最後の質問になる。

「では最後の質問だ。

 あんたは今回、敗色が濃くなると、あっさり闘いを放棄した。

 それはあんたがこの世界に再び復帰できることを、あらかじめ知っているから出来ることだ。

 ――だが、一つ疑問がある。

 前回、同じように敗色の濃いあんたは自分の闘いを放棄した。それだけならいい。

 だが、その時にクライブ――シルヴィアを狙っていたのかもしれないが――彼を殺害することを、優先していたように見える。それは何故だ?

 ここまでの話を聞けば、あんたが派閥の違うクルトのために、有利な状況を作る理由がないことは判る。だから、あの行動はクルトのためのものではないはずだ」

 それを聞くと、ジノは嘲笑に近い笑みをこぼす。

「フッ、簡単なこと。

 儂は敵を倒せば倒すほど、強くなるのだ。

 自分が倒される前に、一人でも多くの敵を倒す。

 そうすれば、再びこの世界に現れる時に、儂はもっと強くなっている。

 儂はどんなときであろうとも、それにこだわりをもっているだけのこと」

「――――」

 俺はその答えに、目の前が暗くなるような錯覚を覚えた。


 要するにこいつは、目の前にいる人間を、経験値稼ぎの道具にしか見ていない。

 あの時俺を攻撃するよりも、クライブを攻撃した方が、倒せる可能性が高いと判断しただけなのだ。

 だから、自分が強くなるためだけに――クライブを、殺したのだ。


「――よく、わかった」

 俺はそういうと、宝剣アレクサンダーを構え直す。

「貴様!? 約束を破るつもりか!?」

 俺のやろうとしていることを察知して、ジノが焦った声を出す。

 焦ったところでジノは動けない。俺は邪悪な笑みを浮かべながら、ジノに言い放った。


「教わらなかったのか?

 約束は、ちゃんと相手と信頼関係があるかどうかを見極めてから、交わすものだ。

 ――残念ながら、俺はあんたとの信頼関係を信じる程、“純粋”ではないのでね」


 俺に“純粋”という言葉を使うなと言い放った、レーネの顔が浮かんでくる。

 お主は邪気の塊だ、という彼女の声が、頭のなかで木霊リフレインする。


 そうだ。俺は残念ながら、純粋には生きられない。

 俺は、怒りもすれば、復讐もする。

 俺は、笑いもすれば、快楽も求める。

 それが――信念も感情も併せ持った、俺という人間だった。


 俺は真剣な表情で、わめき立てるジノの首に宝剣アレクサンダーを突きつける。

「外道め――!!」

 ジノの捨て台詞を受け止めながら――、

 俺はその場に、大きく両手を広げた魔人の石像を作り上げていた。




「ロベルト――大丈夫か!?」

 俺は倒れたままのロベルトの側に駆け寄った。

 既にセレスティアがロベルトを抱きかかえ、回復魔法を掛けている。

 一瞬、クライブの時の暗い記憶がよみがえりそうになるが、状態ステータスを確かめるとHPはゼロになっていない。

 ――良かった、ロベルトは生きている!


 ――と、完全に白目を向いていたロベルトの目が、グルッと回転して、黒目に戻った。

 その様子をまともに見たセレスティアが、あまりの気味の悪さにロベルトの身体を離してしまう。

 可哀想にロベルトの頭は、そのまま真っ直ぐ地面に激突した。

「ぎゃっ!?」

「――す、済まん!! あまりに気味が悪くて、つい――」

 慌ててセレスティアが謝るが、微妙に酷いことを言っている。


 ロベルトが頭をさすりながら起き上がると、その場にいる全員が思わず声を上げて笑うのだった。




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