061 巨人
西の街を出発し、竜の狩り場へ至る迷宮に到達したのは、昼前の時間だ。
竜の狩り場へ至る迷宮は、西の街の西側一帯に見えている山脈の麓にある。竜の狩り場というのは、この山脈を越えた向こう側のことを指すらしい。
日没時間を考えると、この時間からの探索は正直躊躇を覚えてしまう。
だが、案内役のロベルトが言うには、この時間から入っても問題ないということだった。
この迷宮がどれほどの規模なのかは判らないが、そんなに早く竜の狩り場まで到達できるのだろうか? 若干疑わしいところではあるのだが。
俺たちは装備を確認し、付与を掛けて迷宮へ入る準備を整えていく。
ロベルトは俺が掛けた付与に驚きながらも、迷宮についての説明をしてくれた。
「この迷宮は、ロアールでも一、二を争う規模の迷宮でして。
構造はかなり複雑で、毎年道に迷って命を落とす冒険者が出るぐらいなんですよ。
中の空間はかなり広いんで、魔物は基本的に大型のやつか、空を飛ぶやつが出ます。
大型のやつは宝石系の憑代を落としますんで、かなり稼げますよ。へっへっへ」
――最後の品の悪い笑い方がなければ、そんなに気にならないんだけどなぁ。
蜥蜴なんで仕方ないんだろうか?
一応、俺は説明してくれたロベルトに感謝しながら、隊列を決めることにする。
案内役のロベルトが先頭なのは決まりとして、以降をセレスティア、俺、シルヴィア、グレイスの順番にする。
グレイスを最後尾にしたのは、シルヴィアを護らせるためだ。特に広い空間だと、セレスティアの挑発が届ききらない可能性がある。そうなると火力が高くて攻撃対象を取りやすいシルヴィアには、護衛を付けておいた方がいい。逆に普段後方にいる俺は、闘いになったらロベルトとセレスティアをサポートすることに注力するつもりだ。なので、普段よりも前に出た隊列になる。
「――では準備はよろしいですかい?
近道を通りますんで、複雑かもしれませんが、ちゃんと付いてきてください」
隊列を決めるとロベルトはそう言いながら、俺たちを先導し始めた。
迷宮に入ると、数組の冒険者パーティがいた。もちろんどれも獣人ばかりのパーティだ。
竜人の言う通り、稼ごうとしている冒険者が多くいて、中は結構混雑しているのかもしれない。
ロベルトはそれらのパーティに軽く挨拶をすると、そのまま彼らの横を素通りした。
さすがにこちらの大多数が人間で女性ということもあって、他の冒険者たちから注目を浴びている。
「――ロベルト、ロアールは獣人の国だというのは判っているが、人間の冒険者というのはやっぱり珍しいのか?」
俺がそう問いかけると、ロベルトが笑みを浮かべながら答えた。
「少ないですねぇ。人間はどうしても獣人よりも身体能力が劣りますから。
ロアールにいる人間は、だいたい商人であることが多いんじゃないですかね。身体より頭を使うというか、その点においては、人間はとてもしたたかだと思います。
でも、人間の冒険者も全くいないという訳ではないですよ。ただ、女性の冒険者は、相当珍しいでしょうが」
ロベルトの発言を聞いて、先ほどの視線の意味を納得する。
人間の冒険者だけでも珍しいのに、そのうち三人が女性というのが、相当に特異に映ったのだろう。
ロベルトは俺たちを先導して、一つ下の階層に降りていく。
階段を下りきると、そこは分かれ道になっていた。
右側の道は、かなり奥まで続いており、その先に扉がある。
左側の道は、ここから見渡せる範囲で既に行き止まりになっており、特に何かがある訳でも無い。
当然右側の道に進むと思っていたのだが、ロベルトは何も言わずに左側の道を選択する。
どう見ても行き止まりになっているのだが、それを気にすることもなく、ロベルトはそのまま歩いて行った。
「あれ? 行き止まりじゃないの?」
シルヴィアがさすがに不審に思って声を上げる。
だが、俺もセレスティアも無言のまま、ロベルトの後ろを歩いている。
仕方なく、一瞬脚を止めたシルヴィアも、俺たちの後に付き従った。
そして、ロベルトはそのまま突き当たりまで歩いて行く。
「――ここから道があるというのか?」
さすがに気になって、俺がロベルトに問いかけた。
するとロベルトが得意げに言った。
「まあ、旦那。見ていてください」
ロベルトがそう言いながら、そのまま突き当たりの壁に向かって歩いて行く。
そのまま壁にぶつかる――と思った瞬間、ロベルトの身体は完全に壁に埋まり込んだ。
「――!」
それを見ていたセレスティアたちが驚きの表情になる。
「幻影魔法なのか――」
俺はそれを見て、呟いた。
どうやら突き当たりの壁に固定の幻影魔法が仕掛けてあり、その奥の通路を隠しているらしい。
これはよっぽど注意深くないと、普通は見逃してしまうだろう。
「どうぞ、そのまま歩いて来てください」
ロベルトの野太い声が、壁の中から聞こえてくる。
俺たち四人は、その声に導かれてロベルト同様、壁の中に足を進めて行った。
幻影の壁を抜けた先は、あまり広くない通路になっていた。
ロベルトが進む通りに歩くと、階層を上がるところ下がるところ、左右に徐々にカーブしている場所、曲がり角など、縦横無尽すぎて自分の歩いている方向を見失いそうになる。
また、道は一本道ということでもなく、何カ所かは分岐し、そのどちらの道が正しいのかもすぐには判断できなかった。
何となく勧められるままに案内人としてのロベルトを受け入れたが、これは彼がいないと、踏破するのが相当難しかったのかもしれない。
先頭を歩き続けていたロベルトは、比較的直線になった通路の途中で脚を止めた。彼が進む通路の突き当たりには、扉が見えている。
「皆さん、戦闘の準備をしてください。
この先の扉を越えたところは大きな広間になっていますが、いつも巨人がいるんです。
一人だと隠れて走り抜けるという手段もあるんですが、倒せるなら闘って倒した方が安全ですんで」
ロベルトの言葉に全員が集合する。集合すると行っても通路は狭い。シルヴィアたちは、肩を当てながら俺を取り囲んでいるような形だ。
「巨人はどれくらいの強さか判るか?」
「通る度に強さが変わるんで、ちょっとわかりませんね――」
ロベルトがそういうと、横からグレイスが口を出した。
「巨人そのものは大鬼よりも強力で、巨大です。
ただ、大鬼ほど群れを作りませんので、数は少ないと思います。
迷宮の中は活動するにも場所に限界がありますから、三体以上一緒に出てくることはないでしょう」
ロベルトが、スラスラと出てくるグレイスの説明に感心している。
「判った。俺がまず確かめる。
把握できる情報があれば、伝えよう」
そういうと、グレイスたちが頷く。ロベルトは、まさか賢者の俺が先頭に立つとは思いもしなかったようだ。さすがにそれには苦言を呈した。
「確かめると言っても、扉を開ければ巨人は襲いかかってきますよ。彼らの感知能力を嘗めちゃいけません」
それを聞いて、俺は笑みを浮かべながらロベルトに言う。
「ああ、判ってるさ。
ロベルトは見ていてくれ」
ロベルトはまだ何か言いたげな雰囲気だったが、俺たちは装備の確認を終え、改めて付与を掛け直していく。
準備が済んだことを確認すると、俺が先頭に立ち、通路の先の扉の前まで近づいた。
扉の向こうを意識し、目に魔力を集中させていく。
すると、俺の目に二つの状態が映り込んだ。
**********
【名前】
トロル
【クラス】
魔物
【レベル】
40
【ステータス】
H P:12330/12330
S P:543/543
筋 力:1666
耐久力:1503
精神力:414
魔法力:109
敏捷性:533
器用さ:234
回避力:438
運 勢:401
攻撃力:1869(+203)
防御力:1636(+33)
【属性】
土
【スキル】
格闘2、棒術3、突術1、強打、振り回し、乱打、精神耐性3、睡眠耐性1、状態異常耐性2、自動体力回復4
【装備】
巨大な棍棒(攻撃力+203)
革の服(防御力+33)
【状態】
なし
**********
二匹目も似たような状態だ。特筆すべきところはないが、やはり力が強い。
セレスティアやロベルトが狙われたとしても何とかなるだろうが、シルヴィアが狙われるのだけは、絶対避けなければならない。
それと、相当に大柄なのか、かなり高い位置に状態が表示されている。これだけ大きいと、セレスティアに二匹同時に相手をさせるよりは、分断して闘った方がいいだろう。
「――二匹いるようだ。魔法はないが、相当力が強い」
俺がそう言うと、ロベルトが驚いたように俺に聞き返す。
「旦那、まさか扉の向こうが見えるので?」
「全てではないが――見える」
俺が端的に答えると、ロベルトは心底感心したようだった。
「こりゃあ、魂消た。
どんな魔法か知りませんけど、賢者というのは凄い能力を持ってるんですねぇ」
魔法じゃないんだけどな、と俺は心の中で返しながらも微笑む。
その様子を見ながら、セレスティアが自信を持って意見した。
「巨人程度なら、二匹同時でも私は構わないぞ。どうする?」
俺はその発言には首を振る。
「いや、セレスには確実にシルヴィアを護って貰いたい。
大柄な巨人を二匹同時に相手にすれば、挑発がちゃんと二匹に届かなくなる可能性が出てくる。できれば攻撃対象がふらつく可能性は排除したいんだ。
なので、セレスとシルヴィア組、俺とロベルトとグレイス組の二手に分かれて闘おう。
――セレス、片方だけを挑発で引っ張ることはできるか?」
セレスティアは、俺の質問に静かに頷いた。
「できる。やって見せよう」
「では、セレスとシルヴィアは先に入って右側で闘ってくれ。俺たちはもう片方を左側に寄せて闘う。シルヴィアは広域魔法なしで闘うんだ。約束を破るなよ」
俺がニヤリと笑いながら言うと、シルヴィアが膨れっ面になる。
「何よ、あたしが言うことを聞かない問題児みたいじゃないの」
俺はそれを聞いて笑いながら言った。
「ハハ、そうじゃないさ。良かれと思って状態異常魔法を部屋全体に使うと、俺たちが闘っている巨人が、シルヴィアの方へ向かいかねないんだ。それを心配している」
「それなら、そう言いなさいよね。
――判ったわ。じゃあどっちが巨人を早く倒せるか、勝負よ」
シルヴィアは俺に向けて片目を瞑ると、納得したように引き下がる。
「――では、入るぞ」
セレスティアが会話の終わりを見て、扉に手を掛けた。
セレスティアが扉の向こうへ進み出ると、途端にくぐもった声が二つ聞こえてくる。
ロベルトが言った通り、巨人は感知能力に優れているようだ。
セレスティアは敵を認めて部屋の右側へと走り込んでいく。
揺れる金髪と露出度高めの青い鎧の対比が、彼女の後ろ姿を美しく見せていた。
「こっちだ!!」
セレスティアが叫ぶと、気合いの波が片方の巨人へ向けて発せられたのが判る。
俺がこれまで見た挑発は、同心円状に一定の範囲の敵を引きつけるものだった。
特定の一匹だけに発動する挑発は、初めて見る。
「もう一匹を、引っ張ります」
グレイスが部屋の中に入り、挑発に当たっていない巨人に向けて、風刃を放った。
その魔法は巨人の左腕に当たり、何やら大きな叫び声を挙げながら、巨人が左に逃げたグレイスを追いかけ始める。
見ると、巨人はグレイスの二倍以上の身長がある。更にでっぷりと太って、横にも体積が大きい。どう見ても、普通の人間とは比較にならない大きさだ。
「お嬢さん方、剣の攻撃は腹を狙わないように! 脂肪で剣が抜けなくなりますよ。
あとは、棍棒よりも左手に気を付けてください! 捕まると終わりですからね!」
ロベルトの叫び声が全員に伝わる。
俺とロベルトはグレイスを追うようにして、部屋の左へ走っていった。
「――グオオオォォォッ!!」
足を止めたグレイスを、巨人が叫びながら棍棒で狙い打つ。
グレイスはその動きを見極めながら、ヒラリと攻撃を避けた。
巨人は攻撃を避けたグレイスを見ると、今度は左手を使って彼女を捕まえようとする。
「させるかよ!」
俺は左手が向かおうとしている先に、魔壁を展開し、それを妨害した。
巨人の左手は妨害を受けて、グレイスから随分外れた場所を空振っている。
その空振りのせいで、巨人の体勢は前のめりに傾いでいた。
「――そりゃあっ!!」
それを好機と見たのだろう。横から威勢の良い声が聞こえて、ロベルトが一気に跳躍する。
さすが蜥蜴と言っていいのかどうか判らないが、相当な跳躍力だ。
ロベルトは姿勢の低くなった巨人の背中を越えた高さまで飛び上がり、手に持つ蝕の短槍の先端を下に向けた。槍の先端からは青い光が漏れ出している。
ロベルトは自らの体重を掛けつつ、巨人の背中に力一杯蝕の短槍を突き込んだ。
「グアアアァァァッ!!」
ロベルトの槍は見事に巨人の背中を突き破り、深くまで突き刺さっている。
巨人はその痛みに叫び声を上げ、背中に張り付いたロベルトを捕まえようと、メチャクチャに身を捩った。だが、ロベルトを捕まえようとしている手は、背中まで届かずに空を切り続けている。
「うおおぉぉぉおおおぉぉ? ぬああぁぁっ!!」
ロベルトはしっかり槍を握っているが、上下左右に振り回されている。
俺とグレイスは何となしに動きを止め、思わずその光景を見守ってしまった。
この状況だけを見ていると、酷く滑稽なのだ。巨人とロベルトが遊んでいるように見えなくもない――。
「――なあ、あれって英雄なんだよな?」
俺の発言にグレイスがちょっと困った顔をする。
「――確かに、そう仰っていましたね」
その発言を聞いて、振り回され続けているロベルトが抗議した。
「ちょっ――旦那! うぉっ――手伝おうという気は――ぬぉっ――ないんですかい!!」
見ているのも楽しいが、さすがにこのまま放置はまずかろう。
「判った判った。何とかする」
俺はグレイスに左に展開するように指示すると、自分は右へと回り込んだ。
「グレイス、ロベルトに当てないように足下を狙え。
最初に呪弾、次に風刃だ」
「了解」
俺とグレイスは示し合わせて、呪弾と風刃で攻撃する。
ロベルトに気を取られている巨人には、難なく両方がヒットした。
巨人は、より多くのダメージを与えた俺に攻撃対象を切り替える。
俺は少しずつ後退しながら、巨人が近づいてくるのを待った。
「ロベルト、背中から離れろ」
俺がそういうと、ロベルトは巨人の背中に両脚をついて、一気に槍を抜き放った。
彼はくるりと空中で一回転すると、ちゃんと地面に足から着地する。
蜥蜴男の闘いは初めて見るのだが、相当に身軽なようだ。
巨人はロベルトには構わず、一直線に俺に向かって来ている。
俺は支配者の魔剣を強く握りながら、そのままの姿勢を崩さない。
次の瞬間、巨人は棍棒を振りかぶり、俺はその一撃をまともに受けて吹き飛んだ。
「旦那――!?」
ロベルトが思わず驚きの声を上げる。
同時に巨人の後方に近づいたグレイスが、不意打ちを綺麗に決めていた。巨人の右脚は大きく縦に割け、バランスを崩した巨体は右斜め前へ倒れ込んでくる。
巨人は横倒しになったものの、不意打ちのダメージによって、今度はグレイスに追い縋ろうとしていた。
俺は幻影魔法を解除すると、完全に無防備な巨人の後方へと近づいていく。
そして、支配者の魔剣を振りかぶった。
「ロベルト、止めは任せたぞ」
俺は巨人の左脚に支配者の魔剣を突き刺すと、意識を集中して魔力を送り込んでいく。
「ウグオオォォォッ!」
身体を巡る魔力の違和感に、巨人は声を上げて抵抗しようとしていた。
巨人は既に、ロベルトの蝕の短槍による攻撃力低下、グレイスの呪弾による認識力低下、俺の呪弾によるHP減少を喰らっている。
そこへ更に、決定的な筋力崩壊の波が巨人を襲っていた。
そして――暴れていた巨人は数瞬の後に、ピタリと動かなくなった。