059 復活
今の情景が、初めての出会いの記憶と被る。
青い長髪、豊満な胸元を主張するロングドレス、そして、目鼻立ちのしっかりした顔――。
彼女は自身の印象を研ぎ澄ませる眼鏡を中指で押さえると、ニヤリと表情を崩した。
「お主、私の不在を突いて、その書棚の本を狙っておったな?
まったく――油断できぬ男じゃ」
俺は悪戯を指摘された子供のように、両手を振りながら否定する。
「ご、誤解だ。そんな訳ないだろう?
――それよりレーネ、久しぶりだな」
明らかに話題を逸らそうとする発言だったが、レーネはそれに乗って書棚のことは忘れてくれるようだ。
「久々――という程、時間が経っておらぬようにも思うがな」
「そうか、そんなに俺のことを忘れずにいてくれたのか」
俺が調子に乗ってそう言うと、彼女の目がスッと細まった。
「――お主、殴られるときは右手がいいか、左手がいいか、どちらが好みじゃ?」
言いながら拳を上げたレーネを見て、俺が焦る。
「ちょっ、待て待て!
今の純粋な発言に、何の咎があるって言うんだ!?」
「お主のような下品で不純な男が“純粋”という言葉を使うこと自体、許されざることじゃな。
――それはそうとして、何をしに来た?
さすがに、何の用もなくここへ来た訳ではあるまい」
俺は酷い発言を受けながらも、ゆっくりと階下へと降りていく。
もちろん、その間にこの絶景を楽しむことを、忘れてはならない。
階下に降りると、レーネは鋭い目つきで俺を睨むように見ていた。
「もちろん、ちゃんと用があって来た」
若干の自信を込めて言う俺を見て、レーネは途端に胡散臭そうな表情をする。
「――お主のことじゃから、どうせ碌でもない用件なのじゃろう」
「ひ、ひでえ――」
相変わらず扱いは悪い。
だが、一通りの憎まれ口を叩いた後、レーネは少々深刻そうな表情をして言った。
「まあいい。お主の用件とやらは後で聞く。
今は急ぎ、やらねばならぬことがある。
丁度良い。少し付き合え」
彼女が俺を伴って行動するのは、俺の修練――もとい、俺を虐めていた時以来のことだ。何が“丁度良い”なのかは、微妙に気になるところだが――。
とはいえ普段見ない彼女の表情に、ただならぬ雰囲気を感じるのも確かだ。
俺は自分の表情を引き締め直し、書庫の奥へと進んでいくレーネの後を追いかけるのだった。
レーネが向かったのは、書庫の一角だ。
彼女の目の前には書棚があり、そこに並んでいる書籍も特に不審な点はない。
彼女は俺が側に控えているのを確認し、目の前の書棚に並んだ本の一冊を手に取った。
すると、その本が鍵になっていたのか、ズルズルと音を立てて書棚が横へとスライドしていく。
「こんなところに仕掛けが――」
俺は素直に驚いて、書棚に隠された先を見る。
少なくとも俺がいたときは、こんな仕掛けがあることに気づかなかった。
書棚の先は、どうやら下りの階段になっているようだ。
階段は光源を点したいくつかの燭台によって、照らし出されている。
レーネが先に階段を下りていき、俺は無言でそれについて行く。
周囲にはレーネの履いたヒールが立てる、コツコツという足音が響いていた。
階段を下りきったところは小さなホールのようになっていて、その先には木製の扉がある。
レーネはそこで俺を振り返った。
「ケイ、闘いの準備をせよ。
この先に少々手強いやつがいる。
久々にお主の力が見たい」
俺はレーネの顔を見る。レーネの顔に笑みはない。真剣な表情だ。
俺は茶化すことをやめて、資産から装備を取り出していく。
レーネに「手強い」と言わせる敵はどんなヤツなんだろうか? 正直一人で闘うというのは、不安もある。
「――どんなヤツが出てくるのか、判ってるのか?」
俺がレーネに尋ねると、彼女はゆっくり首を振った。
「判らぬ。
じゃが、そこそこ手強いことは判っている。
――ただ、お主が持つ火と光の属性があれば、有利に闘えるかもしれぬがな」
俺はレーネの発言をなぞって、敵を想像する。火と光が弱点と考えると、俺の頭に何となく嫌な予感が湧いてくる。
準備を整えた俺は、扉の向こう側を見通そうとした。
側にいるレーネは、扉を凝視する俺の様子を、興味深げに観察している。
「なるほど、そうやって見えぬものを見るのか。
しかし、扉の向こう側まで見えるとはな――」
レーネは全てではないが、俺の能力のことを知っている。
俺はレーネの言葉には反応せず、扉の向こう側の様子に集中する。
――いる。
かなり向こうの方だが、何かが動いている。複数ではない。一匹のように見える。
「一匹のようだが、どんなやつかは判らない。
かなり遠くに見える。この先は広間か何かか?」
俺が尋ねると、レーネが答えた。
「広間――というか、広い空間じゃな。
部屋の様に、床や壁が整備されたものではない。
言うなれば、広い洞窟のようなものじゃ」
「判った。
――レーネは、闘わないんだな?」
一応の確認のようなものだった。
俺と共にいた時に、レーネは魔物と闘ったことはない。
だが、彼女の答えは、俺の予想を裏切るものだった。
「――いや、私も支援に入る。
お主だけで始末できれば良いが、必要に応じて手を出すことにする」
俺は思わず意外そうな表情をして、レーネの顔を見据えた。
レーネは俺が驚いているのを見て、フフフと微笑を湛える。
「では――扉を開くぞ」
レーネはそういうと、魔力を込めて扉を押していく。
扉自体をしっかり調べなかったのだが、どうやらかなり強い魔法で施錠されているように見えた。
扉が開くと、俺とレーネがその空間に侵入する。
周囲を見るとレーネの言葉通り、無骨な岩肌が露出したままの場所だ。
確かに広い洞窟というのが表現として合っているのかもしれない。
俺とレーネが中に進んで行くと、無音の空間に、二人の足音がいやに大きく響いていた。
俺は自分に掛けてあった付与を、レーネの方にも掛けていく。
不安もあるのだが、俺の中にはレーネと共に闘うという、何とも言えない妙な高揚感があった。
ただ、俺は完全装備なのだが、レーネはいつもの姿で丸腰だ。
共に闘うと言いながら、これまでピンチになっても放置され続けた経験を思い返すと、若干不安に――。
「――おいでなすったぞ」
レーネの声にハッとする。
前方を見ると、結構な勢いで近づいて来ている影がある。だが、幸いにして、状態を確認できる時間はありそうだ。
俺は対象を絞り込み、目一杯の集中力で凝視する。
**********
【名前】
蘇りし者
【クラス】
魔物:不死者
【レベル】
48
【ステータス】
H P:9313/9313
S P:3411/3411
筋 力:2233
耐久力:1899
精神力:688
魔法力:323
敏捷性:908
器用さ:614
回避力:891
運 勢:122
攻撃力:2321(+88)
防御力:1987(+88)
【属性】
闇
【スキル】
闇属性魔法2、魔力制御1、剣術5、格闘4、吸血、呪い、猛毒、魅了6、攻撃魔法抵抗3、闇属性耐性★、精神耐性★、病気耐性★、睡眠耐性★、状態異常耐性★、自動体力回復8、復活▼
【スキル】
体力吸収、魔力吸収
【装備】
ブラッディソード(+88)
ブラッディマント(+88)
【状態】
なし
**********
――こいつ、守護者級に強いんだが。
下手な魔人より強かったりするかもしれない。
魔法は気にしなくて良いレベルで助かるが、それ以外は嫌なスキルのオンパレードだ。
呪いや猛毒は、ちゃんと状態異常耐性で防げるだろうか? 以前罠の猛毒はアッサリと掛かってしまったし、苦痛耐性も働いているのかどうか怪しいぐらいのものだ。耐性系や抵抗系のスキルは、正直気休めにしかなっていない気がする。
それに、最後の「復活▼」というのは何だ? 「▼」が付いていることもあって、追加の説明があるのだろうか?
俺がその印を押してみると、予期した通り、端的な説明が表示された。
*****
【スキル】
復活▼
不死者は火属性または光属性以外の攻撃で止めを刺すと、復活することがあります。
*****
げっ、これはヤバい。
――ってか、レーネが俺に闘わせようとしている理由はこれか!
以前見た彼女の状態は、レベルが高すぎて詳細まで読み取ることはできなかった。
だが、俺はレーネが水属性であることは知っている。しかも彼女は――魔人だ。
だとすると、レーネは火属性が使えず、光属性も使えない可能性が高い。
無論、レーネの力は、蘇りし者など圧倒するのは間違いないだろう。
とはいえ彼女の持つ属性の攻撃では、何度も何度も復活してくる可能性があるため、厄介な相手だということは考えられる。
「――何が“丁度良かった”だ。
後でヒィヒィ言わせてやるぜ」
俺は迫り来る敵から視線を外さずに、小さく、独り言のように呟く。
だが、耳のいいレーネは、その発言に気づいたようだ。
「――お主、真面目に闘わねば、後ろから撃つぞ」
「――さあ、さっさと片付けよう!!」
俺は誤魔化すように叫びながら、敵の前に飛び出していった。
前方から迫り来る蘇りし者は、見た目マントを羽織った普通の人間に見える。
だが、その顔も手も不自然な程にどす黒く、決して生きた人間だとは思えない。
動きの速さは、手練れの人間と変わらないと感じた。逆に言えば、不死者と言っても、ゾンビのようにノロノロとしていない。
俺は敵に支配者の魔剣を突きつけ、その先端から光刃を放っていく。
支配者の魔剣を通すのは、魔力増幅の効果を期待してのものだ。ただし、消費するSPは増加する。
果たして普段よりも大きく拡張された光刃が、蘇りし者に真っ直ぐ襲いかかっていった。
蘇りし者はそれを全く避けようとせずに、真っ直ぐに光刃に突っ込んでいく。当然光刃が当たった腕や胸には、黒く焦げた跡が残った。
蘇りし者は、被弾を気にすることなく、真っ直ぐ俺に向かってくるようだ。右手には赤黒い剣を持っている。
「攻撃を受けると体力、魔力を持って行かれるぞ」
後方からレーネが声を掛けてくる。心配してくれているのだろうか?
俺は慎重に剣の動きを見極めると、右手に持った支配者の魔剣でそれを受け止めた。
金属同士の接触のはずだが、妙に鈍い音がしたのが判る。
「剣の魔力を利用される。支配者の魔剣で受け止めるな」
再び後方から声が上がる。
俺は仕方なく鍔迫り合いになっていた支配者の魔剣を引きながら、支配者の籠手を通して、炎弾を撃ち出した。距離が近かったこともあって、炎弾は蘇りし者の右脇腹にクリーンヒットする。
蘇りし者の右脇腹は、一気に肉が崩れたような状態になった。だが、どうやら痛みなどは存在しないように見える。蘇りし者は体勢を崩したりせずに、そのまま俺に左手を振るってきた。
俺はさすがに武器を持たない左手で、攻撃を仕掛けてくることを想定していなかった。一瞬防御動作が遅れ、支配者の魔剣を持つ右手の甲を引っかかれてしまう。
と、その瞬間、俺は目の前が一瞬暗くなるような感覚に陥った。
――まずい、何かの状態異常を喰らってしまったかもしれない。
「油断するでない!」
再び後方から声が飛び、直後に水清の魔法が飛んでくる。
俺の状態異常は正に一瞬で解除された。そもそも何の状態異常だったのかも、しっかり把握できていない。
俺は気を取り直して、対峙する蘇りし者の追撃を警戒する。
だが、蘇りし者は身体の方向を変えると、俺の横を素通りして行こうとした。
高位魔法である水清が、蘇りし者の嫌悪を高めてしまったらしい。
蘇りし者の攻撃対象はレーネに移り、俺に対しては背中を見せる。
「お前の相手はこっちだ!」
俺は叫びながら二つの光刃を放つが、それが背中にヒットしても蘇りし者は振り返りもしない。
「チッ――」
レーネが舌打ちしたのが判る。
俺が止めようとするのも叶わず、蘇りし者はそのまま飛び込むように、レーネに襲いかかった。
「――!!」
飛び上がってレーネに斬りかかろうとした瞬間、蘇りし者は空中で“何か”に捕まってしまう。
見ると、魔力の流れが透明の手を形作り、蘇りし者を押さえつけていた。
汚らわしいものを見るように、レーネは目を細めている。
そして、彼女が右手を挙げると、その手から凄まじい光の束が放たれた。
空中に固定された蘇りし者は、完全にその光の直撃を受ける。
「グアアアアァァァァッ!!」
直視できない光量を放つ雷鳴の魔法が、蘇りし者に突き刺さった。
遠くに吹き飛ばされた蘇りし者には、胸にポッカリ大穴が開いている。
見れば蘇りし者のHPは、既に半分近くにまで減っていた。
レベル差があるとはいえ、洒落にならない火力だ。これには俺も、ゾッとする。
「――俺が闘う必要あるのか、これ?」
思わずそう漏らすと、レーネは俺に向かって怒りの声を上げた。
「サボるでない、早く仕留めぬか!
でないと、お主の尻にもう一つ穴を開けるぞ!」
「――どっちの方が下品だか!」
俺は吐き捨てながら、蘇りし者に追い打ちをかけようとする。
胸に穴が空いたところで、蘇りし者がそれを気にする仕草はない。
先ほどから蘇りし者は、どの魔法も全く避けようとしていない。ひょっとしたら、それが不死者の特徴なのかもしれなかった。
だが――それは、俺にとっては好都合だ。
俺は土属性魔法の蔦の手を使って、蘇りし者の足を止めることにした。
蘇りし者は機敏ではあるが、動きが直線的で読みやすい。
俺は予測した場所に蔦の手を仕掛けていく。すると、蘇りし者はアッサリとそれを踏み付け、足を取られて転倒した。
「オオオォォォッ、グオオオォォォッ!」
蘇りし者は何とか拘束を解こうと、呻き声を上げている。
俺は礫雨を発動すると、礫に光属性を付与していった。
集中力を維持するために、俺はその場から動くことができない。光属性の礫雨は蘇りし者に降り注ぎ、体中の肉を次々に削ぎ落としていく。
「――ダメだ、火力が足りない」
俺は自身の攻撃力不足を痛感する。
弱点属性を付与した礫雨だが、蘇りし者のHPを一割も削ることができていない。見た目では有効打になっているのだが、問題は“自動体力回復8”の存在だ。数値を見るだけで、減ったHPが見る見る戻っていくのが判る。気休めだと思っていた攻撃魔法抵抗も、作用しているのかもしれない。
俺は戻るHPを見ながらふと思いつき、蘇りし者に回復を掛けてみた。元の世界のゲームでは、不死者に回復魔法でダメージを与えられることがあったからだ。
だが、想像に反し、蘇りし者のHPは普通に回復してしまう。
「――お主、さては裏切ったか」
レーネの目が細まり、俺に向けてスッと手が持ち上がる。
「待て待て待て!! 俺は大真面目だ! ダメージになるか試してみたんだよ!」
「――チッ」
彼女の目は明らかに胡散臭いものを見る目だ。
俺は仕方なく、ストレートにレーネを頼る作戦に切り替えた。
「レーネ、済まないが氷雨をやってくれ。俺がそれに光属性を付与する」
「――私の魔法に関与できるというのか?」
レーネは俺の提案には、疑わしげな表情だ。
俺は自分の発動した六大属性魔法に、さらに六大属性魔法を合成したり、付与魔法を上掛けすることができる。
だが、他人の発動した六大属性魔法には、自分の六大属性魔法を上乗せすることは出来ない。
具体的に言うと、シルヴィアが発動した岩壁を土台にして、土銃を放つことはできないということだ。
しかしながら以前俺は、シルヴィアが発動した業火に、光属性を乗せることには成功している。
つまり俺は、他人の発動した六大属性魔法に付与魔法を掛けることで、魔法に関与した経験があるのだ。
――とはいえレーネの魔法力は、シルヴィアよりもかなり高い。
その時と同じように、レーネ相手に上手く行くかどうかは判らなかった。
「やってみる。
――いや、やってみせる」
無理やり言い切った俺に、レーネは即座に判断する。
「よかろう、やって見せよ」
レーネはそう答えると、直ぐさま蘇りし者に向けて、氷雨を発動した。
右手を振り上げた彼女は、さも軽々と魔法を発動したように見える。
だがその魔法は、俺の氷雨とは比べものにならない威力のものだ。
勢いはもとより、一つ一つの氷塊の大きさがまるで違う。
俺は左手の支配者の籠手に意識を集中すると、氷塊へ向けて光属性を付与していった。
現れる氷塊の多さに、俺は魔法の強力さを感じながら、ただひたすらに光属性を付与し続ける。
「――効いておる」
レーネは叫び声を上げ続ける蘇りし者を観察しながら、小さく呟いた。
蘇りし者は光を湛えた氷塊の豪雨に撃たれ、あっという間にHPの大部分を削られていく。
俺はそれを見て、意を決したように蘇りし者へ向けて飛び出した。
丁度、蘇りし者も拘束を抜け出し、俺とレーネの方へと掛けだしていく。
「これで“復活”はナシだ!!」
俺は叫びながら、光属性を付与した支配者の魔剣を目一杯に突き出した。
支配者の魔剣は狙い過たず、蘇りし者の腹を串刺しにする。
その瞬間、蘇りし者は激しい炎に飲み込まれた。
「ウグアアアァァ――!!」
剣に仕込んだ接触魔法の火嵐が、蘇りし者の身体の中で発動する。
蘇りし者は完全に火だるまになり、走り出した勢いそのままに、俺に身体を預けてきた。
「――くっ」
ギリギリ絶対防御結界を発動したが、僅か四秒間の結界では、その全てを防ぎきれない。
蘇りし者が完全にHPを失うまでの数秒間、炎は俺の皮膚も一緒に焼き焦がした。
――と、俺を癒やす完全回復が、その傷を綺麗に修復する。
俺は一人で闘っていた訳ではないということを、思い起こさせてくれた。
レーネは呆れた表情で、俺の側に近寄ってくる。彼女は蘇りし者の落とした憑代を拾うと、呆れたままの表情で俺に言った。
「――お主、いい加減無茶な闘い方を止めねば、いつか命を落とすことになるぞ」
俺はその発言にニヤリと笑う。
「俺を心配してくれるのか。こう見えても意外とレーネは優しいんだよな。
――って、待った! よせ、手を下ろせ!!」
俺はただならぬ魔力の高まりを感じて、慌ててその場を逃げ出すのだった。