052 貴族
扉越しになるが、俺は部屋の中央あたりにいる敵の状態を確認する。
かなり距離があって表示は大きくないのだが、呪魔人形“キリル”という名を判別することができる。
細かい数値は、あまりよく判らないが、名前の通り魔法を使ってくる敵であることは判った。
「兎に角扉を開けてみる。
魔法を使ってくる敵のようだから、最悪下の階の魔法禁止部屋を、上手く利用して倒すしかないな」
俺はそう言って慎重に扉を開いた。
呪魔人形“キリル”は部屋の中央にいた。
だが、どう見てもこれまでの魔人形とは違った姿に見える。
――というか、足がない。
「何だこれ、砲台か?」
「砲台?」
呪魔人形“キリル”は、何かの石で作られているようだ。
足はなく、身体がそのまま床に直結しているため、その場から移動してくることは考えづらい。
左右には二本の腕があり、右手は素手で、左手にだけ木製らしき杖を持っている。
どうやら扉を開けただけでは、呪魔人形は反応しないようだ。仮に動き出したとしても、移動はできないに違いない。
「俺が先に入る。シルヴィアは様子を見て入ってくれ」
「わかったわ」
そう示し合わせて、俺は慎重に部屋に入っていく。
すると、呪魔人形に魔法の光が点り、動作をし始めた。
「くるぞ!」
俺は呪魔人形から魔力の高まりを感じて、攻撃を防ぐ準備をする。
向きからいって、俺に攻撃対象が向いているようだ。
次の瞬間に呪魔人形から撃ち出された魔法は、普通の岩弾だった。
それなりの大きさと速度を持った攻撃だが、俺は魔壁で問題なく防ぐ。
攻撃を防いだ後、俺は呪魔人形に向けて反撃の魔弾を放った。
全く移動しない敵が相手だと、狙いを絞る手間が省けていい。
だが、呪魔人形は即座に岩壁を展開し、俺の攻撃を防いだ。
すると、それを見ていたシルヴィアが、部屋の中に侵入して炎弾を放つ。
その炎弾は、また新たに展開された岩壁によって防がれ、呪魔人形はシルヴィアに向けて反撃を仕掛ける。
だがシルヴィアは、岩壁でその反撃を難なく防いだ。
俺はそこから間髪入れず、風刃を複数放ってみる。
風刃をカーブさせ、展開されるであろう岩壁を迂回させると、風刃は呪魔人形の身体に到達する前に、黄金色の結界によって遮られた。
「まさか、光の結界――!?」
俺は驚き、呪魔人形を見据える。
――間違いない、光の結界が展開されている。
「どうするの、ケイ!?」
「直接叩く!」
俺はある程度のリスクを覚悟して、呪魔人形へ向けて走り込んでいく。
撃ち出される岩弾を魔壁で防ぎ、右手に持った支配者の魔剣に風属性を付与して、呪魔人形に躍りかかった。
「――くっ!!」
俺が呪魔人形を攻撃しようとした瞬間、支配者の魔剣が別の結界によって阻まれる。
「防護結界もあるのかよ!?」
俺の剣は呪魔人形には届かず、全くダメージを与えられない。
俺は呪魔人形の反撃を、支配者の籠手が展開する魔法盾で受けとめ、部屋の入り口の方へと下がっていく。
「ダメね、火も土も効かないわ」
「光の結界を何とかしないと、魔法は遮られてしまう。
物理攻撃もダメだとすると、何か効きそうなものがあるか、一つずつ探してみるしかないな」
そう言いながら、俺は自分の持つ全ての攻撃属性を試し始めた。
断続的に呪魔人形から発射される岩弾は、シルヴィアが防いでくれている。
「――よし、一旦この部屋の外に待避しよう。
作戦を練る」
「了解」
俺とシルヴィアは入り口に戻ると、一旦扉を閉めて部屋を出た。
「――ふぅ」
シルヴィアが深く息をついて座り込む。
「一応、切っ掛けは掴めた」
俺がそういうと、シルヴィアは明るい表情になって俺の方を向く。
こういう表情をすると、やっぱり魅力的に映る。
「闇属性の呪弾が当たったときだけは、光の結界が揺らぐ。
その一瞬を狙えば、結界を突破できるかもしれない」
「結界が揺らぐ時間は、どの程度なの?」
「ほんの一瞬だ。恐らく呪弾と攻撃するための魔法が、ほぼ同時に光の結界に到達しないと突破できないように思う」
「アハハ――それ、超難しいってことね」
シルヴィアが乾いた笑い方をする。
「可能性はある。
取りあえずやってみよう」
「いいわ。こっちは炎弾でいい?」
「ああ。ヤツが左手に持っている杖を狙ってくれ。
魔物が、使いもしないものを持っているとは考えづらい。
恐らくあれが無くなれば、何か変化があるはずだ」
俺は再び扉を開けると、部屋の中に侵入する。
呪魔人形から岩弾が飛んでくるが、俺はその攻撃を魔壁で遮った。
そして、俺が比較的呪魔人形に近い位置に立ち、シルヴィアは呪魔人形から遠くの位置に立つ。
呪魔人形までの距離に差を設けたのは、呪弾と炎弾で弾速が違うからだ。
「じゃあいくぞ! 1、2――3!」
かけ声と共に俺が呪弾を、シルヴィアが炎弾を放つ。
呪弾は呪魔人形の光の結界に掻き消されたが、ほんの僅かな時間だけ、光の膜が揺らいで見える。
だが、シルヴィアが放った炎弾が到達する前に、その揺らぎは消えてしまった。
結局炎弾は光の結界に掻き消されてしまう。
「シルヴィア、ちょっと遅い。
もう少し呪魔人形に近づいてくれ」
「了解」
「じゃあもう一度。1、2――3!」
今度は呪弾よりも、炎弾の方が早く着弾してしまう。
「もう少し遅く、だ」
シルヴィアは、少し呪魔人形から離れる。
「いくぞ。1、2――3!」
――タイミングは、バッチリだった。
呪弾で作った光の結界の揺らぎの瞬間に、シルヴィアの炎弾が突き刺さる。
炎弾はそのまま結界を突き破り、呪魔人形が左手に持つ杖を直撃した。何らかの木で出来ていた杖は、一気に燃え上がりバラバラになる。
「やったわ!!」
「――シルヴィ、危ない!!」
シルヴィアが喜びの声を上げた瞬間、俺はシルヴィアに向けて走り出した。
走りながら光の結界を展開し、そのままの勢いでシルヴィアを抱きしめる。
「何、ちょっ――」
急な出来事にシルヴィアが焦った声を上げる。
直後、俺とシルヴィアに向けて、強力な礫雨が浴びせかけられた。
礫の嵐ともいうべき魔法は、全て黄金の結界によって無効化されていく。
「良くやった、シルヴィア。
――だが、ちょっとばかり、ヤツを怒らせちまったようだな。
いきなり足が生えて、歩き出したりしないだけ良かったが――」
俺は彼女が結界から、はみ出てしまわないよう抱きしめながら話す。
「――ありがと。助かったわ」
シルヴィアはそういうと俯いて、俺に抱きしめられるままになっていた。
俺は礫雨の魔法が収束したのを確認すると、シルヴィアの身体を離し、慎重に呪魔人形に近づいていく。
呪魔人形から断続的に岩弾が飛んできたが、それ以上に危険な類いの魔法は飛んでこない。
やはり左手に持った杖がキーになっていたのか、既に呪魔人形からは、光の結界も防護結界も消えてしまっている。
「――シルヴィア、合図をしたら全力で攻撃だ」
「わかったわ。あまり近づき過ぎると巻き込んじゃうから、気をつけて」
俺は敵から程よい距離を取ると、支配者の魔剣を振り上げて合図する。
それを見たシルヴィアは意識を集中して、魔力を暁星の杖に集めていた。
少し離れた場所にいるにも関わらず、周囲の魔力の動きが計り知れるぐらい、シルヴィアの魔力は増幅されている。
俺は思わず自分の攻撃も忘れて、その様子を見守った。
暁星の杖の頭頂にある赤い宝石は、既に目を背けたくなるほどに輝いている。
「灰にしてあげるわ!」
シルヴィアがニヤリと笑みを浮かべて、圧倒的な熱量の魔法を放つ。
その魔法は、非常に緩やかな放物線を描いて、呪魔人形に落ち掛かった。
その途端、強烈な火柱が上がり、呪魔人形は完全に光と炎の渦に巻き込まれる。
悲鳴を上げている訳ではないだろうが、魔法に包まれた呪魔人形からは、金属が軋むような音が発せられた。
シルヴィアが放った魔法――火属性の高位魔法、“滅却”は、全てを溶かし尽くす熱量で呪魔人形“キリル”のHPを奪っていく。
「――まさか、一撃なのか」
俺は呆気にとられてその様子を見守った。
呪魔人形のHPは、もはや残りが少ない。
だが、滅却の炎は止まらず、周囲の床や天井も、溶け出しそうな勢いだ。
それから数秒後、呪魔人形のHPは尽き、それを切っ掛けにして、滅却の炎も急速に小さくなっていった。
呪魔人形がいなくなった後には、憑代が残っている。
「動かない敵とは言え、名前付きを一撃というのは、さすがに驚いた」
俺がそう言うと、シルヴィアはフフフと得意げに笑った。
「火属性最高の設置魔法なんだけどね。
アイツが動かないんで、普通に攻撃魔法として使えたわ。
――でもさすがに疲れたかも」
俺とシルヴィアはその部屋の奥の扉を出て、次の階層へ至る階段に腰掛けて、休憩を取ることにした。
ここまで食事も忘れて進んできたが、かなり時間が経っている。
俺は資産から食事と飲み物を取り出すと、階段をテーブルにして広げていった。
「フフ、ケイの資産って、ホントに食べ物が沢山入ってるのね」
「あっ、ちょっと馬鹿にしただろ?」
「そんなことないわ。ちゃんと“生きる”ってことを考えてるんだなーと思って、感心したのよ」
シルヴィアはそう言いながら、俺が取り出したサンドウィッチ(らしきもの)を手にとって頬張る。
暫くして俺が水を飲んでいると、それまで無言で食事をしていたシルヴィアが話しかけてきた。
「――ねぇ、ケイってどうして冒険者になったの?」
少し頭を傾け、いかにも興味本位の質問という体で、シルヴィアが聞いてくる。
「俺か――?
俺は元々森で蛮族に襲われたところを教会に助けられて、そこの手伝いをしてたんだ。
ただ、その教会の神父が魔人で、俺の能力を狙ってた。
たまたま会ったグレイスと一緒に倒したんだが、神父を倒したのに教会に居続けるという訳にはいかなくてな。
グレイスに勧められて、港町で冒険者になったところで、シルヴィアと会ったという感じだ」
「あら、グレイスとはそんなに長い訳じゃないのね」
「そうなるな。
――正直、グレイス自身のことも、それほど詳しくは知らない」
「そっか――」
シルヴィアは少し考えるような素振りを見せた後、再び口を開いた。
「あたしは、自ら望んで冒険者になった訳じゃないのよ」
俺はその言葉を聞いて、視線だけシルヴィアの方へ動かした。
敢えて、俺の方からは質問を避けていた内容だ。
だが、シルヴィアは聞いて欲しいと思ったのか、続けて自らのことを、詳しく語り始めた。
「――実はあたし、元々“貴族”でね。
地方ではあるんだけど、領主の娘だった。
ただ、貴族というのは思われている程、特権階級でもなければ、何も考えずに暮らしていけるという訳でもないわ。
その点で言えば、あたしの両親は貴族としては、きっといい人過ぎたんだと思う。
――あたしの家ね、もう三〇年以上勤めてた執事に裏切られたのよ。
両親は、お金関係の処理を全部そいつに任せてたんだけど、そいつは王国に支払うべき税金を全部ネコババしてた訳。
忘れもしないけど、王都から役人が来て、脱税を指摘された時の両親の顔は、それはもう悲惨だったわ。
しかもあたしは、両親を連れて行こうとした役人に抵抗して、殴られちゃって。
その時に見た、あたしを見下ろした執事の顔が脳裏に焼き付いちゃって、しばらくの間は眠ることもできなかったわ。
結局、あたしの家は取りつぶされて、あたしたちを裏切ったそいつは処刑されたわ。
あたしの兄弟は全員、別の貴族の家に養子に出されたり、下働きに出されて散り散りバラバラ。
あたしも、妾に欲しいっていう貴族の家に、養子に出されかけたわ。
――でも、あたしだけは両親の下に残ったの。
だってあたしは、両親が悪いことをしてないのを知ってたから。
二人とも、いい人過ぎただけなのよ」
俺は、突然語り出したシルヴィアの過去に、静かに耳を傾けていた。
以前、彼女は自分から“いい家”の出だ、と言っていたこともあって、元貴族だったということにはそれほどの驚きはない。
だが、そこから先の話は結構重い。
「――それで、ご両親は?」
俺の質問に、シルヴィアは両脚を抱え込んで答える。
「両親はそれから、小さな家で慎ましく暮らしてたけど、二人とも死んじゃったわ。
以前は王都にも大きな別荘があってね、父の自慢の場所で、何度か行ったこともあったんだけど、それも召し上げられちゃった。
貴族の友達は、そうやって地位も財産も失ったあたしたちには冷たかったわ。結局、本当の友達でも、“仲間”でもなかったのよ。
沢山の家族と沢山の友達がいたはずのあたしは、それらを全部失って、冒険者として生きるしかなかった。
――幸い魔法が得意だったから、そこから先は、大きな苦労はしてないけどね。
でも、こういう話をすると、あたしを憐れんでくれる人が結構いるのよ。
大変だったのね、って。
でもね、あたしはある意味この境遇に感謝してるの。
だって、冒険者は実力があれば、いくらでも伸し上がることができるんだもの。
貴族は厳格な階層社会だから、女がその階層を抜け出すためには、結婚ぐらいしか手段がないわ。
あたしは、そんな社会はご免なの。
だからケイ、あんたはあたしを憐れんじゃダメよ」
そう言いながら、シルヴィアはフフフと微笑んだ。
どこまでが彼女の本心なのかは計り知れない。
だが俺は、以前よりは彼女のことを身近に感じるようになった気がする。
そう言えばクライブがいたとき、シルヴィアは“仲間”というものに、強く拘っていった記憶がある。
ひょっとしたら、彼女の過去が、それに影響しているのかもしれなかった。
俺とシルヴィアは休憩を終え、食事の後片付けをしてから階段をゆっくり上っていった。
そして、上り切ったところにある扉の前で、俺は足を止める。
「どうしたの? 敵――?」
シルヴィアの問いかけに、俺は首を振り、目の前の扉を指し示した。
そこには、何やら文字が書かれている。
「ん――?
“連携が道を造る”――?」
どうやらここが、豹男の言った、“一人だけでは進めない場所”のようだった。