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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第五部 サリータ篇
53/117

052 貴族

 扉越しになるが、俺は部屋の中央あたりにいる敵の状態ステータスを確認する。

 かなり距離があって表示は大きくないのだが、呪魔人形マジックゴーレム“キリル”という名を判別することができる。

 細かい数値パラメータは、あまりよく判らないが、名前の通り魔法を使ってくる敵であることは判った。


かく扉を開けてみる。

 魔法を使ってくる敵のようだから、最悪下の階の魔法禁止部屋を、上手く利用して倒すしかないな」

 俺はそう言って慎重に扉を開いた。


 呪魔人形マジックゴーレム“キリル”は部屋の中央にいた。

 だが、どう見てもこれまでの魔人形ゴーレムとは違った姿に見える。

 ――というか、足がない。

「何だこれ、砲台か?」

「砲台?」

 呪魔人形マジックゴーレム“キリル”は、何かの石で作られているようだ。

 足はなく、身体がそのまま床に直結しているため、その場から移動してくることは考えづらい。

 左右には二本の腕があり、右手は素手で、左手にだけ木製らしき杖を持っている。


 どうやら扉を開けただけでは、呪魔人形マジックゴーレムは反応しないようだ。仮に動き出したとしても、移動はできないに違いない。

「俺が先に入る。シルヴィアは様子を見て入ってくれ」

「わかったわ」

 そう示し合わせて、俺は慎重に部屋に入っていく。

 すると、呪魔人形マジックゴーレムに魔法の光がともり、動作をし始めた。

「くるぞ!」

 俺は呪魔人形マジックゴーレムから魔力の高まりを感じて、攻撃を防ぐ準備をする。

 向きからいって、俺に攻撃対象ターゲットが向いているようだ。


 次の瞬間に呪魔人形マジックゴーレムから撃ち出された魔法は、普通の岩弾ロックボールだった。

 それなりの大きさと速度を持った攻撃だが、俺は魔壁マジックウォールで問題なく防ぐ。

 攻撃を防いだ後、俺は呪魔人形マジックゴーレムに向けて反撃の魔弾マジックボールを放った。

 全く移動しない敵が相手だと、狙いを絞る手間が省けていい。

 だが、呪魔人形マジックゴーレムは即座に岩壁ロックウォールを展開し、俺の攻撃を防いだ。


 すると、それを見ていたシルヴィアが、部屋の中に侵入して炎弾フレイムボールを放つ。

 その炎弾フレイムボールは、また新たに展開された岩壁ロックウォールによって防がれ、呪魔人形マジックゴーレムはシルヴィアに向けて反撃を仕掛ける。

 だがシルヴィアは、岩壁ロックウォールでその反撃を難なく防いだ。


 俺はそこから間髪入れず、風刃ウィンドカッターを複数放ってみる。

 風刃ウィンドカッターをカーブさせ、展開されるであろう岩壁ロックウォール迂回うかいさせると、風刃ウィンドカッター呪魔人形マジックゴーレムの身体に到達する前に、黄金色の結界によってさえぎられた。

「まさか、光の結界オルター――!?」

 俺は驚き、呪魔人形マジックゴーレムを見据える。

 ――間違いない、光の結界オルターが展開されている。

「どうするの、ケイ!?」

「直接叩く!」

 俺はある程度のリスクを覚悟して、呪魔人形マジックゴーレムへ向けて走り込んでいく。

 撃ち出される岩弾ロックボール魔壁マジックウォールで防ぎ、右手に持った支配者の魔剣ローリンザーに風属性を付与エンチャントして、呪魔人形マジックゴーレムおどりかかった。

「――くっ!!」

 俺が呪魔人形マジックゴーレムを攻撃しようとした瞬間、支配者の魔剣ローリンザー)が別の結界によって阻まれる。

防護結界プロテクションフィールドもあるのかよ!?」

 俺の剣は呪魔人形マジックゴーレムには届かず、全くダメージを与えられない。


 俺は呪魔人形マジックゴーレムの反撃を、支配者の籠手ロードブレイサーが展開する魔法盾で受けとめ、部屋の入り口の方へと下がっていく。

「ダメね、火も土も効かないわ」

光の結界オルターを何とかしないと、魔法はさえぎられてしまう。

 物理攻撃もダメだとすると、何か効きそうなものがあるか、一つずつ探してみるしかないな」

 そう言いながら、俺は自分の持つ全ての攻撃属性を試し始めた。

 断続的に呪魔人形マジックゴーレムから発射される岩弾ロックボールは、シルヴィアが防いでくれている。

「――よし、一旦この部屋の外に待避たいひしよう。

 作戦をる」

「了解」

 俺とシルヴィアは入り口に戻ると、一旦扉を閉めて部屋を出た。


「――ふぅ」

 シルヴィアが深く息をついて座り込む。

「一応、切っ掛けはつかめた」

 俺がそういうと、シルヴィアは明るい表情になって俺の方を向く。

 こういう表情をすると、やっぱり魅力的チャーミングに映る。

「闇属性の呪弾ガンドが当たったときだけは、光の結界オルターが揺らぐ。

 その一瞬を狙えば、結界を突破できるかもしれない」

「結界が揺らぐ時間は、どの程度なの?」

「ほんの一瞬だ。恐らく呪弾ガンドと攻撃するための魔法が、ほぼ同時に光の結界オルターに到達しないと突破できないように思う」

「アハハ――それ、超難しいってことね」

 シルヴィアが乾いた笑い方をする。

「可能性はある。

 取りあえずやってみよう」

「いいわ。こっちは炎弾フレイムボールでいい?」

「ああ。ヤツが左手に持っている杖を狙ってくれ。

 魔物モンスターが、使いもしないものを持っているとは考えづらい。

 恐らくあれが無くなれば、何か変化があるはずだ」


 俺は再び扉を開けると、部屋の中に侵入する。

 呪魔人形マジックゴーレムから岩弾ロックボールが飛んでくるが、俺はその攻撃を魔壁マジックウォールさえぎった。

 そして、俺が比較的呪魔人形マジックゴーレムに近い位置に立ち、シルヴィアは呪魔人形マジックゴーレムから遠くの位置に立つ。

 呪魔人形マジックゴーレムまでの距離に差を設けたのは、呪弾ガンド炎弾フレイムボールで弾速が違うからだ。

「じゃあいくぞ! 1、2――3!」

 かけ声と共に俺が呪弾ガンドを、シルヴィアが炎弾フレイムボールを放つ。

 呪弾ガンド呪魔人形マジックゴーレム光の結界オルターき消されたが、ほんのわずかな時間だけ、光の膜が揺らいで見える。

 だが、シルヴィアが放った炎弾フレイムボールが到達する前に、その揺らぎは消えてしまった。

 結局炎弾フレイムボール光の結界オルターに掻き消されてしまう。

「シルヴィア、ちょっと遅い。

 もう少し呪魔人形マジックゴーレムに近づいてくれ」

「了解」

「じゃあもう一度。1、2――3!」

 今度は呪弾ガンドよりも、炎弾フレイムボールの方が早く着弾してしまう。

「もう少し遅く、だ」

 シルヴィアは、少し呪魔人形マジックゴーレムから離れる。

「いくぞ。1、2――3!」


 ――タイミングは、バッチリだった。

 呪弾ガンドで作った光の結界オルターの揺らぎの瞬間に、シルヴィアの炎弾フレイムボールが突き刺さる。

 炎弾フレイムボールはそのまま結界を突き破り、呪魔人形マジックゴーレムが左手に持つ杖を直撃した。何らかの木で出来ていた杖は、一気に燃え上がりバラバラになる。

「やったわ!!」

「――シルヴィ、危ない!!」

 シルヴィアが喜びの声を上げた瞬間、俺はシルヴィアに向けて走り出した。

 走りながら光の結界オルターを展開し、そのままの勢いでシルヴィアを抱きしめる。

「何、ちょっ――」

 急な出来事にシルヴィアが焦った声を上げる。

 直後、俺とシルヴィアに向けて、強力な礫雨ロックレインが浴びせかけられた。

 つぶての嵐ともいうべき魔法は、全て黄金の結界によって無効化されていく。

「良くやった、シルヴィア。

 ――だが、ちょっとばかり、ヤツを怒らせちまったようだな。

 いきなり足が生えて、歩き出したりしないだけ良かったが――」

 俺は彼女が結界から、はみ出てしまわないよう抱きしめながら話す。

「――ありがと。助かったわ」

 シルヴィアはそういうとうつむいて、俺に抱きしめられるままになっていた。


 俺は礫雨ロックレインの魔法が収束したのを確認すると、シルヴィアの身体を離し、慎重に呪魔人形マジックゴーレムに近づいていく。

 呪魔人形マジックゴーレムから断続的に岩弾ロックボールが飛んできたが、それ以上に危険なたぐいの魔法は飛んでこない。

 やはり左手に持った杖がキーになっていたのか、既に呪魔人形マジックゴーレムからは、光の結界オルター防護結界プロテクションフィールドも消えてしまっている。

「――シルヴィア、合図をしたら全力で攻撃だ」

「わかったわ。あまり近づき過ぎると巻き込んじゃうから、気をつけて」

 俺は敵から程よい距離を取ると、支配者の魔剣ローリンザーを振り上げて合図する。


 それを見たシルヴィアは意識を集中して、魔力を暁星の杖スタッフオブレーシュに集めていた。

 少し離れた場所にいるにも関わらず、周囲の魔力の動きが計り知れるぐらい、シルヴィアの魔力は増幅されている。

 俺は思わず自分の攻撃も忘れて、その様子を見守った。

 暁星の杖スタッフオブレーシュ頭頂とうちょうにある赤い宝石は、既に目を背けたくなるほどに輝いている。

「灰にしてあげるわ!」

 シルヴィアがニヤリと笑みを浮かべて、圧倒的な熱量の魔法を放つ。

 その魔法は、非常に緩やかな放物線ほうぶつせんを描いて、呪魔人形マジックゴーレムに落ち掛かった。


 その途端、強烈な火柱が上がり、呪魔人形マジックゴーレムは完全に光と炎の渦に巻き込まれる。

 悲鳴を上げている訳ではないだろうが、魔法に包まれた呪魔人形マジックゴーレムからは、金属がきしむような音が発せられた。

 シルヴィアが放った魔法――火属性の高位魔法、“滅却インシナレーション”は、全てを溶かし尽くす熱量で呪魔人形マジックゴーレム“キリル”のHPを奪っていく。

「――まさか、一撃なのか」

 俺は呆気にとられてその様子を見守った。

 呪魔人形マジックゴーレムのHPは、もはや残りが少ない。

 だが、滅却インシナレーションの炎は止まらず、周囲の床や天井も、溶け出しそうな勢いだ。


 それから数秒後、呪魔人形マジックゴーレムのHPはき、それを切っ掛けにして、滅却インシナレーションの炎も急速に小さくなっていった。

 呪魔人形マジックゴーレムがいなくなった後には、憑代よりしろが残っている。

「動かない敵とは言え、名前付きネームドを一撃というのは、さすがに驚いた」

 俺がそう言うと、シルヴィアはフフフと得意げに笑った。

「火属性最高の設置魔法なんだけどね。

 アイツが動かないんで、普通に攻撃魔法として使えたわ。

 ――でもさすがに疲れたかも」


 俺とシルヴィアはその部屋の奥の扉を出て、次の階層へ至る階段に腰掛けて、休憩を取ることにした。

 ここまで食事も忘れて進んできたが、かなり時間が経っている。

 俺は資産インベントリから食事と飲み物を取り出すと、階段をテーブルにして広げていった。

「フフ、ケイの資産インベントリって、ホントに食べ物が沢山入ってるのね」

「あっ、ちょっと馬鹿にしただろ?」

「そんなことないわ。ちゃんと“生きる”ってことを考えてるんだなーと思って、感心したのよ」

 シルヴィアはそう言いながら、俺が取り出したサンドウィッチ(らしきもの)を手にとって頬張ほおばる。


 しばらくして俺が水を飲んでいると、それまで無言で食事をしていたシルヴィアが話しかけてきた。

「――ねぇ、ケイってどうして冒険者になったの?」

 少し頭を傾け、いかにも興味本位の質問というていで、シルヴィアが聞いてくる。

「俺か――?

 俺は元々森で蛮族ばんぞくに襲われたところを教会に助けられて、そこの手伝いをしてたんだ。

 ただ、その教会の神父が魔人で、俺の能力ちからを狙ってた。

 たまたま会ったグレイスと一緒に倒したんだが、神父を倒したのに教会に居続けるという訳にはいかなくてな。

 グレイスにすすめられて、港町アシュベルで冒険者になったところで、シルヴィアと会ったという感じだ」

「あら、グレイスとはそんなに長い訳じゃないのね」

「そうなるな。

 ――正直、グレイス自身のことも、それほど詳しくは知らない」

「そっか――」

 シルヴィアは少し考えるような素振そぶりを見せた後、再び口を開いた。

「あたしは、自ら望んで冒険者になった訳じゃないのよ」

 俺はその言葉を聞いて、視線だけシルヴィアの方へ動かした。

 えて、俺の方からは質問を避けていた内容だ。

 だが、シルヴィアは聞いて欲しいと思ったのか、続けてみずからのことを、詳しく語り始めた。


「――実はあたし、元々“貴族”でね。

 地方ではあるんだけど、領主の娘だった。

 ただ、貴族というのは思われている程、特権階級でもなければ、何も考えずに暮らしていけるという訳でもないわ。

 その点で言えば、あたしの両親は貴族としては、きっといい人過ぎたんだと思う。


 ――あたしの家ね、もう三〇年以上勤めてた執事しつじに裏切られたのよ。

 両親は、お金関係の処理を全部そいつに任せてたんだけど、そいつは王国ハーランドに支払うべき税金を全部ネコババしてた訳。

 忘れもしないけど、王都アンセルから役人が来て、脱税だつぜいを指摘された時の両親の顔は、それはもう悲惨ひさんだったわ。

 しかもあたしは、両親を連れて行こうとした役人に抵抗して、殴られちゃって。

 その時に見た、あたしを見下ろした執事の顔が脳裏のうりに焼き付いちゃって、しばらくの間は眠ることもできなかったわ。


 結局、あたしの家は取りつぶされて、あたしたちを裏切ったそいつは処刑されたわ。

 あたしの兄弟は全員、別の貴族の家に養子に出されたり、下働きに出されてりバラバラ。

 あたしも、めかけに欲しいっていう貴族の家に、養子に出されかけたわ。

 ――でも、あたしだけは両親の下に残ったの。


 だってあたしは、両親が悪いことをしてないのを知ってたから。

 二人とも、いい人過ぎただけなのよ」


 俺は、突然語り出したシルヴィアの過去に、静かに耳を傾けていた。

 以前、彼女は自分から“いいところ”の出だ、と言っていたこともあって、元貴族だったということにはそれほどの驚きはない。

 だが、そこから先の話は結構重い。


「――それで、ご両親は?」

 俺の質問に、シルヴィアは両脚を抱え込んで答える。

「両親はそれから、小さな家でつつましく暮らしてたけど、二人とも死んじゃったわ。

 以前は王都アンセルにも大きな別荘があってね、父の自慢の場所で、何度か行ったこともあったんだけど、それもし上げられちゃった。

 貴族の友達は、そうやって地位も財産も失ったあたしたちには冷たかったわ。結局、本当の友達でも、“仲間”でもなかったのよ。


 沢山の家族と沢山の友達がいたはずのあたしは、それらを全部失って、冒険者として生きるしかなかった。

 ――幸い魔法が得意だったから、そこから先は、大きな苦労はしてないけどね。


 でも、こういう話をすると、あたしをあわれんでくれる人が結構いるのよ。

 大変だったのね、って。


 でもね、あたしはある意味この境遇きょうぐうに感謝してるの。

 だって、冒険者は実力があれば、いくらでもし上がることができるんだもの。


 貴族は厳格げんかくな階層社会だから、女がその階層を抜け出すためには、結婚ぐらいしか手段がないわ。

 あたしは、そんな社会はごめんなの。


 だからケイ、あんたはあたしをあわれんじゃダメよ」

 そう言いながら、シルヴィアはフフフと微笑んだ。


 どこまでが彼女の本心なのかは計り知れない。

 だが俺は、以前よりは彼女のことを身近に感じるようになった気がする。


 そう言えばクライブがいたとき、シルヴィアは“仲間”というものに、強くこだわっていった記憶がある。

 ひょっとしたら、彼女の過去が、それに影響しているのかもしれなかった。




 俺とシルヴィアは休憩を終え、食事の後片付けをしてから階段をゆっくり上っていった。

 そして、上り切ったところにある扉の前で、俺は足を止める。


「どうしたの? 敵――?」

 シルヴィアの問いかけに、俺は首を振り、目の前の扉を指し示した。

 そこには、何やら文字が書かれている。

「ん――?

 “連携が道をつくる”――?」


 どうやらここが、豹男レンツの言った、“一人だけでは進めない場所”のようだった。




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