051 高揚 ★
※世界観把握のためのもので、細かな距離感などは反映できていません。
俺とシルヴィアが試練の塔に入ると、入り口の扉が大きな音を立てて閉まった。
施錠された訳ではないと思うが、正直退路を断たれたように思えて、気分は良くない。
目前に広がっているのは、大きな広間だ。広間にはいくつかの柱が立っており、どうやらこの階層の殆どが、この広間になっていると考えて良さそうだった。
見たところ、何もない空間に見えるが、どんな罠が仕掛けられているか判らない。
俺はシルヴィアと自分に一通りの付与を掛けると、シルヴィアの時計にも付与を掛けておいた。念には念を入れて、だ。
俺はそれまで持っていた祝福の杖をしまい、資産からレーネに与えられた支配者の魔法剣を取り出した。普段から支配者の魔法剣を持たないのは、俺がレーネと会い、彼女からこの剣を与えられたという事実を、不用意に察知されないようにするためだ。
もちろん、シルヴィアは俺が新しい武器を取り出したのを見て、興味を抱く。
「あら、新しい武器?」
「ああ、深淵の迷宮で手に入れたものだ。
ただ、まだ実戦で使ったことはない」
「ふーん――」
助かることに、シルヴィアは必要以上に詮索するつもりが無さそうだ。
準備が整ったことを確認すると、俺が前に立って、シルヴィアがその後を付いてくる隊列で進んでいく。
俺は得意ではないが、一応武器戦闘ができる。
だが、シルヴィアは武器戦闘ができない。もし仮に接近戦になったら、俺がシルヴィアを護らなければならない。
できれば接近戦に持ち込まれる前に、魔法で片を付けてしまいたいのだが――。
俺は、周囲に罠がないことを慎重に確認すると、ゆっくりと見えている階段の方へと近づいていった。
どうやら最初の階層は、入り口だけで何もないようだ。
俺とシルヴィアが階段を上っていくと、登り切った先が扉になっていた。
扉を開けようと手を出すが、そこには掴むべき取っ手がない。
「――待って」
後ろからシルヴィアが近づいてくる。彼女は扉の状態を確かめていたが、何かが判ったのか、少し離れて杖を構えた。
「レベル1で施錠されてるわ。
今から開ける」
そういって解錠の魔法を使うと、確かに扉がゴゴゴという音を立てて開いていく。
「――助かった。
シルヴィアがいないと、いきなりアウトだったな」
「フフフ――感謝しなさい!」
シルヴィアは得意げに微笑むと、俺の後ろに戻っていく。
俺は扉を抜けて、二階層目へと入っていった。
二階層目は、入ったところが部屋になっている。
部屋の規模は数十人が入れるような空間で、それなりの大きさがある。
見たところ何かが置いてある訳でも無く、非常にシンプルな作りになっている。
俺は警戒しながら部屋を見渡すと、そのまま部屋の奥にある扉に到達し、手を掛けた。
扉を開くと、その先にも同じような部屋が続いている。
俺は危険がないことを確認し、シルヴィアを部屋に招き入れた。
その部屋も特に何かがあるわけでもなく、奥の扉まで到達する。
だが、その扉を開けようとして、俺は動きを止めた。
「――どうしたの?」
尋ねるシルヴィアに、声を落とすように指示する。
「魔物だ。
待てよ――魔石像のようだな。数は多いが、レベルはさほど高くない」
「挑発がないけど――どう闘う?」
確かに多数の敵と戦うには、シルヴィアに攻撃対象が向かない闘い方を求められる。
だが考えのあった俺は、その質問に相当無茶な計画を提案した。
「――攻撃を受ける前に、倒してしまうしかないな。
強引なやり方だが、俺が部屋に入って走りながら敵を集めるから、範囲の広い魔法で一掃してくれ。
叩き漏らすと攻撃対象がシルヴィアに向くから、強めの威力のやつで頼む」
流石にその提案にはシルヴィアが驚く。
「ええっ!? そんなことしたらケイごと丸焦げにしちゃうじゃない!?」
「ああ、そのつもりでやってくれ」
俺はニヤリと笑うと、扉を開け、部屋に侵入する。
部屋の大きさは、ここまで通り抜けてきた部屋と大差はない。
その部屋の中に、一〇体ほどの魔石像が“設置”されている。
ガーゴイルは俺が部屋の中程に立つと、目に光が点り、ゆっくりと動き出した。
「シルヴィア、俺が剣を振り上げたら攻撃してくれ!」
「ホントにいいのね!?」
そのやりとりの後、俺は自分に防護結界の高位付与を掛けた。
防護結界は暫くの間、全方向からの物理攻撃を防いでくれる、いわば光の結界の物理版のようなものだ。
俺は防護結界に護られながら、ガーゴイルに向けて魔弾・小を放ち、自分に襲いかかってくるように仕向ける。
果たしてガーゴイルたちは、俺を追いかけるように集合し始めた。
周囲にはカンカンと、ガーゴイルたちが防護結界を叩く音が響き渡っている。
俺はガーゴイルに囲まれてしまわないように、部屋の中を円を描くように走り回った。
俺が足を止めようものなら忽ち結界を破られ、タコ殴りにされてしまうだろう。
まさに魔物列車だ。
俺は全てのガーゴイルが俺を攻撃対象にしたのを確認すると、右手の支配者の魔法剣を高く掲げて合図した。
「――いくわよ!!」
シルヴィアのかけ声とともに、俺は立ち止まり、光の結界を発動する。
更にいつでも絶対防御結界を発動できるよう、支配者の籠手を構えた。
――その瞬間、シルヴィアが放った巨大な炎が、俺とガーゴイルを包み込んだ。
業火の炎が、今回は岩壁に遮られることなく展開されている。
俺はその炎を光の結界で防ぎながらも、シルヴィアが放った魔法の範囲の広さに驚いた。
ほぼ部屋を丸ごと焼き尽くすような勢いだ。
「確かに丸焦げにするつもりで、とは言ったが――」
光の結界は、業火に押されて徐々にその範囲を小さくしていっている。
このままだと、本当に丸焦げになってしまう――と思ったところで、業火の炎は小さくなっていった。
周囲には、既にガーゴイルたちの姿はなく、その憑代だけが転がっている。
「ケイ、さすがにヒヤヒヤしたわ」
シルヴィアが憑代を拾いながら言った。
「それは俺の台詞だ。本当に丸焼けになるところだった」
「こんな無茶なこと、あんたが言い出したんだからね!
ホントに焼けちゃったら、一応骨ぐらいは拾ってあげるわよ?」
「――全然嬉しくない」
シルヴィアは楽しそうに笑うと、憑代を集め終わり、俺の近くに戻ってくる。
俺はシルヴィアが戻ってきたのを確認すると、部屋の奥の扉を出た。
目前には次の階層への階段が見える――のだが、その手前に通行不可能なぐらいの瓦礫が積もっていた。
「崩れた訳ではないと思うんだが――これじゃあ通れないな」
「いいわ、任せて」
シルヴィアはそういうと、暁星の杖を構え、土銃で瓦礫を全て吹き飛ばしてしまった。
確かに通れるようにはなったのだが、何というか――豪快だ。
俺とシルヴィアは続く三階層目へと上がっていく。
三階層目は上がった瞬間から狭い通路が続き、それが折れ曲がっているのが判った。
「何これ、迷路?」
「――かもしれないな。取りあえずここで敵が出てきても、斬り合うような通路の広さじゃないな」
俺は空間魔法の地図作成スキルを発動し、頭の中に地図を描いて行く。
「左手の法則で歩いて行く」
「左手――? 何それ?」
ひょっとしたらこの世界には存在しない言葉だっただろうか? 左手の壁に沿って歩けば必ず出口に到達するという、元の世界では迷宮攻略のイロハだったわけだが、シルヴィアに詳しく説明するのも面倒だったこともあり、俺は彼女に、「取りあえず付いてくるといい」とだけ伝えて歩き始めた。
俺が左の壁に沿って歩いていくと、迷路の構造が非常に単純であることがわかる。
わざわざ地図作成が必要ないレベルだ。
だが、分かれ道を左に進んできた先が、行き止まりになっていることに気づき、俺はその場で静止した。
「――痛っ!」
立ち止まった俺の背中に、シルヴィアがドスンとぶつかる。
堅い感覚と柔らかい感覚の両方を感じた。まともにぶつかったようだ。
「ちょっと! 急に立ち止まらないでよね! 鼻打っちゃったじゃないの」
「考え事か? ちゃんと前を見ないとダメだぞ」
シルヴィアはよっぽど痛かったのか、涙目で鼻を押さえている。
俺は一旦来た道を戻り、分かれ道を更に左に進んで行った。
すると、アッサリ四階層目への階段が見えてくる。
「――地図は半分しか埋まってないな」
「えっ?」
俺の呟きをシルヴィアが聞き直す。
「いや、この階層の半分しか地図作成できてないってことさ。
残りの半分は、何があるのか判らない状態だが、取りあえず目の前に階段がある以上は、まずはそこを上ってみよう」
俺はそう言って、シルヴィアを伴って四階層目へと上がった。
四階層目は、扉を開けた瞬間に広い空間になっていることが判った。
相変わらず魔物の姿はない。
だが、広間を調べて見ると、奥の方に床がない部分があり、それが広間の右から左までを横断している。
その向こうには広間の床があるため、実質広間の真ん中あたりに、帯状に床のない部分が存在していることになる。
床のない部分は――数メートルというところだろうか。飛び越えろと言われると、ちょっと難しいかもしれない幅だ。
俺は床のない部分に近づき、下を確認する。
落ちた先には、非常に原始的ではあるが、剣山のような突起が無数にあるのが判った。
どうやら先ほどの三階層目の残り半分に立ち入れなかったのは、この罠が設置されているからのようだ。
「これ、どうやって渡ればいいわけ?」
シルヴィアの素朴な問いに、俺は以前活かした方法を提案してみた。
「岩壁で階段か橋を作ればいいんじゃないか?」
シルヴィアは俺の発言に従って、早速岩壁の階段を作りだそうとする。
だが、彼女はすぐに異変を感じ、大きな声で俺に声を掛けた。
「ケイ、大変! 魔法が使えないわ!」
「何だって――!?」
そう言われて俺も試しに魔壁を展開しようとするが、彼女の言う通り、魔壁は全く発動されない。
「――何か、この部屋に仕掛けがあるようだな」
まだ幸いだったのは、この部屋に魔物がいなかったことだろう。
俺は部屋の内部を調べると、部屋の四隅に何やら魔法陣が書かれているのを発見した。
特に隠してあることもなく、非常に判りやすい場所に設置されている。
どうやらその魔法陣が、この部屋の中での魔法の発動を禁止しているようだ。
「どうする? 魔法陣を壊してみる?」
「そうだな、そうしたいところだが――壊した時に何が起こるのかが予想できない。
なので、魔法陣を壊さずに、あそこを越える手法で行こう」
俺はそういうと、シルヴィアに入り口で待っておくよう伝えて、自分は一つ下の階層に降りた。
俺の位置から見ると、階段を駆け上がったところに扉を開けているシルヴィアが見える。
「そのまま、扉を開けておいてくれ」
俺はそう言うと準備運動をして、最後に行動加速の付与を掛けた。
「いくぞ!」
それをスタートの合図にして、俺は一気に階段を駆け上がり、そのまま魔法が禁じられた部屋に入っていく。
そのままの勢いで俺は床のない部分まで走り込み、思い切ってジャンプした!
「成功――だっ!!」
俺は完全に床のない部分を飛び越えると、勢い余って次の階層に行く扉に身体をぶつけてしまう。
「いてて――」
「ケイ、凄いわ! ちゃんと越えられた!」
シルヴィアが喜んで近づいてきた。
ところが――。
「って、ちょっと待って。
あたしはどうすればいいわけ?
こんな所ジャンプできないわよ!?」
「あー、確かにそうだな」
俺は頭を掻きながら答える。
「――ちょっと、まさか自分だけで進もうと思ってないわよね!?」
微妙に無責任な態度の俺に、シルヴィアが焦って詰め寄ってきた。
「焦るな、方法はある。
シルヴィアはさっき俺が駆け上がった、階段下に行ってくれ」
俺はシルヴィアに指示を出して見送ると、一旦次の階層への扉を開き、部屋の外に出る。
「多分――本当はこうやって突破する場所じゃないんだろうな――」
俺はそうボヤきながら、お姫様を迎えに行くことにした。
シルヴィアは、俺が突然側に転移してきたことに、驚いた様子だった。
「何!? ――空間魔法!?」
俺はシルヴィアに打っていた楔を頼りに、開門を使って転移してきた。
「――では、ちょっと失礼」
俺はそういって、シルヴィアを問答無用でお姫様抱っこする。
「ひゃぁぁっ、ちょっと、何なのよ!?」
シルヴィアは今までに聞いたこともないような声を上げる。
流石にちょっと俺も驚いた。
シルヴィアは抱き上げてみると、思っていたよりもずっと軽い。
その柔らかい感触を楽しみながら、俺は再び開門を使って転移する。
転移先は、俺が飛び越えた場所の“次の階層に至る階段前”だ。
俺はそこに、シルヴィアの側に転移してくる前に、楔を打って来ていた。
開門を出ると、シルヴィアをその場に降ろす。
彼女の顔は、ちょっと赤い。
「――こういうのは、先に説明してからにしてよね」
「ははは――悪い」
俺はそういうと、先ほどの業火の威力を思い出して、ふとシルヴィアを“凝視”してみた。
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【名前】
シルヴィア・エアハルト
【年齢】
19
【クラス】
魔道師
【レベル】
39
【ステータス】
H P:2112/2112
S P:3927/3927
筋 力:325
耐久力:414
精神力:938
魔法力:2583(+416)
敏捷性:530
器用さ:423
回避力:552
運 勢:1113
攻撃力:413(+88)
防御力:808(+394)
【属性】
火
【スキル】
火属性魔法★(+2)、地属性魔法7(+2)、広域化4(+1)、空間魔法4、状態異常魔法6、解錠、連続魔法、生活魔法、精神統一4、魔力制御5、魔力増幅1、精神耐性7(+3)、病気耐性3、自動魔力回復4、ハーランド語
【装備スキル】
反射壁
【称号】
爆炎の魔女、最高の魔法使い、ルールブレイカー、セクシークイーン、魔道師、魔法使い、魔法ギルド会員
【装備】
暁星の杖(攻撃力+88、魔法力+343)
明星の魔法盾(防御力+79、魔法力+35)
黒魔術師のローブ(防御力+172)
黒魔道師のチュニック(防御力+109)
黒魔術師の帽子(防御力+34、魔法力+38)
【状態】
高揚
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火属性魔法に★がついている。暁星の杖の効力で持ち上がっているのだとは思うが、ちょっと驚いた。
レベルは俺より低いのだが、魔法力は俺をかなり上回っている。
そう言えばクルトがシルヴィアのことを、“最高の魔法使い”と表現していたが、やはり彼女の魔法力は卓越したものだということを、再認識した。
まあ――状態の“高揚”は、見なかったことにしておく。
俺とシルヴィアは階段を上ると、五階層目の扉の前まで来る。
俺はその扉を開こうとして――寸前で踏みとどまった。
そして、意識を集中して、扉の向こう側を見ようとする。
「――どうしたの? 敵?」
「――ああ。
それも、ちょっとヤバいのがいる」
俺がそういうと、流石にシルヴィアも表情を引き締める。
それを見た俺は、扉の先に見えるものを、シルヴィアに伝えた。
「この先にいるのは、恐らく――名前付きだ」
俺の伝えた言葉に、シルヴィアの表情がより一層引き締まったのが判った。