050 試練
実力を示せ――。
その発言を聞いて凍り付いたセレスティアと、竜人の表情を見て、俺は若干顔を顰める。
竜人が、この状況を楽しんでいるように思えてならないのだ。この男は、ひょっとしたら単にセレスティアと勝負をしてみたいだけなのかもしれない。
そう思いながらも俺は竜人を“凝視”する。
**********
【名前】
ヴァイス
【年齢】
不明
【クラス】
将軍:竜人
【レベル】
67
【ステータス】
H P:?????/?????
S P:????/????
筋 力:????
耐久力:????
精神力:???
魔法力:???
敏捷性:???
器用さ:???
回避力:???
運 勢:???
攻撃力:????(+???)
防御力:????(+40)
【属性】
土
【スキル】
不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、古代語、獣人語、ハーランド語
【称号】
不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明
【装備】
不明(攻撃力+???)
闘技用の鎧(防御力+40)
【状態】
なし
**********
――やはり、レーネほどではないが、俺やセレスティアよりも遙かにレベルが高い。
正直レベルだけで考えれば、俺もセレスティアも相手にはならないだろう。
だが、状態の中身は計り知れないが、きっと何か対応策があるはずだ。
「聖騎士よ、剣を取れ。
おれ自らが、手合わせしよう」
竜人の低い声に、セレスティアは一層表情を硬くする。
セレスティアのレベルは、深淵の迷宮で俺が落下したときよりも、確実に上がっている。
そう考えると、先ほどグレイスが新しく潜伏のスキルを見せたように、セレスティアも何か新しいスキルを身につけているかもしれない。
ただ、問題はそこではないように思った。
セレスティアは闘う前から、竜人の雰囲気に飲まれてしまっている――。
俺はセレスティアに近づくと、顔を近づけて耳打ちした。
「セレス、落ち着け。
そもそもヴァイスは、最初から自分が負けるとは思っていない。
だから、この対決の勝ち負け自体は、恐らく実力を確かめることとは関係ない。
負けると思っていない相手の、油断をきっちり突けるようにするんだ」
しかしその発言も、セレスティアの耳にしっかりと入ったかどうかが怪しい。
セレスティアは表情を堅くしたまま、対戦の準備に取りかかった。
「セレス――余裕がないように見えるわ」
シルヴィアが流石に心配して言う。
戻ってきたグレイスも頷き、セレスティアの横顔に視線を移した。
竜人とセレスティアが闘技用の防具を着け、傷の回復が終わった豹男が両者を見渡す。
竜人の得物は大剣だ。通常両手で扱うものだと思うが、今は片手で構えている。対するセレスティアは聖乙女の剣に、聖乙女の盾を持っている、いつものスタイルだ。
「では――始め!」
豹男の声と共に、竜人が低い唸り声を上げて、両手持ちになった大剣を大振りに振る。
岩をも断ち切りそうな勢いの大剣がセレスティアを襲い、彼女はそれを聖乙女の盾で受け止めようとした。
聖乙女の盾は大剣が当たったところから、眩いばかりの火花を放ち、衝撃を吸収しようする。だが、セレスティアはその勢いに負け、後方へと蹌踉めいた。
――考えれば鉄魔人形のパンチすら難なく受け止めていたセレスティアが、一撃で体勢を崩されたのだから、相当な威力があるに違いない。
続けて竜人が横に一回転するように、斬撃を放つ。それは初撃よりも体重の乗った、重い一撃に見えた。
体勢の悪いセレスティアは、盾で自分の身を守ることしかできない。
だが、聖乙女の盾は当然ながら衝撃を吸収しきれず、セレスティアは盾を構えた格好のまま、横倒しに倒れた。
「くっ――」
「立て、セレスッ!」
俺が声を上げると、セレスは慌てて立ち上がり、体勢を立て直そうとする。
だがそこに竜人の追撃が襲いかかり、セレスティアは後方に吹き飛ばされ、仰向けになって倒れた。
先ほどからの竜人の攻撃は、当然セレスティアが盾でガードすることを見越して放っているのだろうが、どれもが受け損なえば間違いなく命を落としそうな、速度と威力がある。
もちろん手加減してくれるとは思っていなかったのだが、一切容赦のない攻撃だ。
「――聖騎士、おれをガッカリさせるなよ」
竜人は仰向けに倒れてしまったセレスティアに言いながら、ゆっくりと距離を詰めて行く。
セレスティアは少し頭を打ったのか、立ち上がったものの、少しふらついているように見えた。
セレスティアがその場に立ち上がったのを確認した竜人は、大剣を逆袈裟に振るう。
そんなに大振りしたようには見えないが、周囲には風を切る豪快な音がした。
セレスティアは右手の聖乙女の剣で受け流そうとするが、剣を出した角度が悪い。
聖乙女の剣はアッという間に弾かれてしまった。
「所詮は闘うまでもなかったのか」
竜人はそう呟くと、大剣を軽やかに扱い、セレスティアの右脚に向けて突きを放った。
セレスティアは残った盾で、攻撃を受け止めようとしたが、大剣は盾の上を滑り、セレスティアの右腿に大きな裂傷を作る。
「ぐっ――」
叫び声を上げまいとするように、セレスティアが声を絞った。
何とか膝を付き、無様に倒れてしまうのを堪えている。
「そこまでです」
豹男のかけ声に、猫顔の獣人がセレスティアに近づき、回復魔法を使う。
竜人は闘技用の防具を外してその場に投げ捨てると、セレスティアに一瞥もせずに、俺に近づいて来た。
俺はセレスティアの様子を窺いながら、近寄ってくる竜人に声を掛ける。
「――次は、俺でいいか?」
ひとまずセレスティアは、大怪我にならずに済んだ。
この後は俺が何とかしなければならない。
だが俺の発言に、竜人は笑い声を返した。
「おれは魔法使いと斬り合う趣味はない。
聖騎士があれでは、お前たち全員が転移門へ行っても、我らの足手まといになるだけだ」
その竜人の言葉に反応したのは、セレスティアだった。
「――ヴァイスどの。
こんなことを頼むのは恥ずかしいが、至らないのは私だけだ。
グレイスは実力を示し、ケイやシルヴィアも能力は高い。
私以外の者だけでも、転移門への挑戦を許して欲しい」
竜人はそれを聞いて、若干憐れむような視線をセレスティアに投げかけた。
「聖騎士から、そういう言葉は聞きたくなかったがな。
――レンツ、聖騎士の傷が癒えたらサリータの塔へ向かうが良い。
魔法使いには魔法使いの実力を示せる場所が良いだろう」
「了解しました」
そう言うと、竜人は呼び止める間もなく、スタスタと闘技場から出て行ってしまった。
俺は竜人が立ち去ったのを確認し、セレスティアに近づいて彼女を労う。
「セレス、よく闘った。
結果は残念だったが、大きな怪我がなくて良かったよ」
セレスは俺の発言を聞いて、まともに顔を上げることができない。
「本当に不甲斐ない結果で申し訳ない――。
あとは何とかケイとシルヴィアが、認められると良いのだが」
俺は、その発言に被せるように言った。
「なぁに、また闘って勝てばいいのさ。
何も勝負は一回だなんて言われてないし、真っ正面から闘わなきゃいけない、なんてことも言われてない。
場合によっては闇討ちだって、立派な闘いだ。
自分を磨いて、闘い方を工夫すれば、きっと勝てる。
――少なくとも、俺はそう思ってる」
俺がそう言ってニヤリと微笑むと、セレスティアは俺の顔をしばらく見つめながら、微かに笑みを返すのだった。
その日、部屋に戻った俺たちは、豹男から明日の朝にサリータの塔へ向かうことを連絡された。
ちなみに首都の名前でもある“サリータ”という言葉は、獣人語で“試練”を意味しているらしい。
それもあってサリータの塔は、普段は“試練の塔”と呼ばれている。
この試練の塔には、壁や床に魔法の衝撃を無効化する結界が張られているらしく、特に魔法使い系の能力を持つものが、鍛錬の場として使っているらしい。
試練の塔は、距離的には首都から馬車で三〇分ほどの場所に立っており、それほど遠いわけではない。
豹男が言うには、塔の最上階にある護符を取って戻って来ることが所謂今回の “試練”になる訳だが、試練の塔の注意すべき点としては、塔と言いながら内部が迷宮になっているということがある。
内部が迷宮ということは、当然ながら魔物や罠を含めた、障害があるということだ。
ただ幸いなのは、俺とシルヴィアが個別に挑むのではなく、二人一緒に挑戦するというところだろう。
その理由は明快で、豹男いわく、「一人だけでは進めない場所がありますので」ということだった。
俺もシルヴィアも、一人で初めての迷宮に挑めと言われると、流石に心許ないところがある。
だが例え二人きりでも、仲間を連れて挑戦できるというのなら、相当に心強い。
翌日の朝、馬車に揺られて試練の塔へ移動すると、俺たちは塔の前にある見事な庭園に目を奪われた。
色とりどりの花が咲き、キチンと手入れされているのか、庭木も丁寧に切りそろえられている。
その整然とした形を見ると、どうしても見た目が無骨な獣人には似合わない情景に思えてしまう。
気になって豹男に質問したところ、どうやら首都に住んでいる人間が手入れをしているものらしい。
試練の塔は他の迷宮と同じように、古くは神殿として扱われていたらしく、過去その神殿を管理していたと言われる人間の一族が、そのまま首都に住んで、この庭の手入れをしているということだった。
思わぬところに美しい風景を見つけ、俺たち四人は馬車から見える庭の景色を存分に楽しむことができた。
ずっと沈み込んだ雰囲気だったセレスティアも、その情景に表情を輝かせている。
だが、もう間もなく試練の塔に到着しようかという時になって、グレイスが異変に気づいた。
「ケイ、気をつけてください。
庭の中にバグベア――蛮族がいます」
「蛮族?」
グレイスが指し示した方向を馬車の中から見ると、確かに二本足で立った熊のように大きな獣が、複数こちらに向かって来ているのが判った。
俺はどの程度危険な存在なのかを確認しようと、蛮族を“凝視”した。
見ると、レベルはかなり低い。
「それほど危険な敵じゃないな。
――いや、待て。
おかしいぞ」
「おかしい?」
俺の発言を取り上げて、豹男とシルヴィアが口を揃えて訊いてくる。
俺は、シルヴィアの目をじっと見ながら一つ頷いて、その答えを返した。
「――どいつも、“魅了”に掛かっている」
「ケイ、それは――」
それに思い当たるグレイスが口を開く。
魅了といえば、教会の神父が蛮族や見習いに使ったスキルだ。
そして――クルトが、牛頭巨人に使ったスキルでもある。
「可能性の問題だ。
近くに――魔人がいるかもしれない」
「何ですって!?」
シルヴィアが反応して、声を上げる。
馬車の中は、一気に緊張感が増した。
俺たち四人と豹頭は、試練の塔の前で馬車を降りると、近づいてくる蛮族を迎え撃った。
蛮族自体は弱く、相手にならない。
忽ち襲いかかってきた二匹が、豹男の斧と、セレスティアの剣によって切り落とされた。
だが、蛮族は魔物と違い、倒してもその場で消えて憑代が残るといったことはない。
倒された蛮族は、そのまま美しかった塔の庭園に、骸を晒してしまっている。
「これは――庭を整備している人に、謝らなければならないな」
俺がそういってばつの悪い表情になると、豹男は笑いながら「慣れておりますので、ご心配なく」と言った。
結果から言うと、塔の周囲に魔人の気配はなかった。
だが、蛮族が魅了されていたことは確かな事実だ。
魅了された蛮族や魔物が先行して襲いかかり、その後に魔人が現れるという展開はこれまでも複数回あった。
この場に魔人が姿を現さないからといって、決して油断はできない。
「予定通り、試練の塔に入るということでいいんだな?」
俺は豹男に、確認するように問いかける。
正直この近くに魔人がいるのであれば、試練だとか実力を示すとか、そんな場合ではない。
豹男は微笑むと、ゆっくりと俺の問いかけに頷いた。
「いるかどうか判らないもののために、時間を使うことはできませんので」
それには流石に皮肉で返す。
「いい回答だな。
もし魔人が出てきたら、お前を一発殴らせろよ?」
「フフフ――お好きなように」
どうも豹男とこれ以上会話しても、無駄なようだ。
仕方なく、そのまま支度を調え、俺とシルヴィアが塔の入り口の前に立った。
それを確認して、豹男は、俺たちに説明を始める。
「――上手く行けば、陽が落ちるまでに帰ってくることが可能です。
ですが上手く進めない場合、中で夜を明かして頂かなくてはなりません。
当然ですが、迷宮の中で夜を明かすのは危険を伴います。
ですので、危険を感じた場合は、遠慮なくこの帰還の魔法陣をお使いください」
そう言って、俺とシルヴィアに紙に書かれた魔法陣を手渡す。
「――ただし、最上階の護符を取らずに外に出られた場合は、失敗したものと見なしますので、その点はお忘れなく」
俺が豹男の顔を睨みつけると、豹男はニヤリと表情を崩した。
冷静で丁寧なヤツと思っていたが、結構食えない獣人だ。
説明を聞き終わった俺とシルヴィアは、覚悟を決めて塔の入り口に手を掛けようとした。
ところがその時、横から飛んだグレイスの言葉が、それを押しとどめる。
「ケイ、待ってください。
この中には魔人が隠れている可能性があります。
わたしを――共に連れて行ってください」
それを聞いてシルヴィアがグレイスの顔を見る。
グレイスはシルヴィアの視線に気づき、シルヴィアに向かって小声で「申し訳ありません」と言った。
「さて――中に入れるのは二人までなのですが、どうされますか?」
その豹男の言葉が終わるのを待たず、シルヴィアが口を開く。
「グレイス、悪いけどここはあたしに譲って。
――あんたが行けば、ケイが有利な闘いができることは判るわ。
でもね、あたしも命を賭けて、魔人を追ってる。
ううん、クルトがこの中にいる可能性がほんの僅かでもあるなら、あたしは絶対に行かないといけないの。
もちろん、心配なのは判るわ。
でもね、お願い――理解して欲しい」
シルヴィアの意思は堅い。
魔人と遭遇する可能性があるなら、グレイスが側におらず、魔人の武器が使えないのは、相当に不安がある。
だが、シルヴィアの思いも、俺には十二分に理解ができた。
俺はシルヴィアを見て、彼女の胸元にある“時計”を確認すると、グレイスに向かって伝える。
「――グレイス、ここは俺とシルヴィアに任せてくれ。
仮に魔人と遭遇したとしても、俺は絶対負けはしない」
「ケイ――」
グレイスは目を閉じて、俺の発言を何とか許容しようと努めている。
俺は更に、追い打ちを掛けるように言葉を重ねた。
「グレイス、できればセレスティアと共に、ヴァイスを倒す相談をしておいてくれ。
――セレスは強い。
切っ掛けさえあれば、きっとヴァイスにも一泡吹かせられるはずだ」
それを聞いて、グレイスは観念したように静かに頷く。
意味としては、落ち込み気味なセレスの面倒を、お願いしてグレイスに見てもらうという卑怯な形になるのだが、この際、背に腹は代えられない。
グレイスの了解を取り付けると、改めて俺とシルヴィアは、塔の入り口に手を掛ける。
「じゃあ、行ってくる」
「セレス、グレイス、必ず成し遂げて見せるわ」
俺とシルヴィアはそう言い残して、“試練”の名のつく塔の中へと、足を踏み入れていった。