049 得意技 ★
※世界観把握のためのもので、細かな距離感などは反映できていません。
「グレイス――あなたがああいう発言をするとは思わなかった」
竜人と豹男が立ち去った後、セレスティアが半分咎めるような声色でグレイスに言った。
「――申し訳ありません。
あの場はあのように答えないと、後がないと思いましたので」
素直に謝罪をするグレイスを、シルヴィアが擁護する。
「グレイスが悪い訳じゃないわ。
あたしも闘うって言わないと、どうにもならなかったと思うし」
「俺もそう思う。
大変なことになったのは確かだが、実力を示せれば道が拓ける保証がある」
俺とシルヴィアの発言を聞いて、セレスティアは下を向いてしまう。
セレスティアはもちろんグレイスを責めようとして、発言した訳ではないだろう。
彼女の本心はどちらかというと、この後に言った内容のような気がした。
「ヴァイスどのは――相当に手強い。
あのレンツどのも同様だ。
闘って勝てるものか――私には自信がないんだ」
セレスティアの言葉に、三人とも無言になってしまう。
竜人と豹男の状態はしっかり見れていないのだが、それでもあの二人が“深層”のレーネほどの強さだとは思えない。
だとすれば、きっと何か闘い方があるはずだ。
「セレス、俺たちがやるべきことは実力を示すことであって、彼らに勝つことじゃない。
きっと上手い闘い方があるはずだ。それをしっかり考えよう」
「――わかった。
済まない、グレイスを責めるつもりはなかったんだ。
どちらかと言えば、私がヴァイスどのに会おうと言い出したこともあって、責任を感じている――」
俺は俯いたセレスティアを慰めるように、肩に手を置く。
「心配することはない。
奴らは強いのかもしれないが、俺はここにいるみんなも強いことを知っている。
――俺が闘うなら、やつらが二人同時に掛かってきたとしても、負けるつもりはないしな」
慰めるように言った俺の発言を聞いて、グレイスがフフフと笑う。
シルヴィアも、明るい調子で口を開いた。
「ケイの根拠のない自信も、こういう時に聞くと癒されるわ。
偶には役に立つのね」
「フフ――確かにな」
雰囲気が和やかになって良いのだが――正直、俺の扱われ方は、ひどい。
翌日、朝食を終えた後に、再び豹男が部屋に顔を出した。
昼食を食べる前ぐらいの時間に、俺たちを闘技場へ案内するのだという。
「闘技場は兵舎の中にありますので、直前にご案内します。
武器や防具は着けずに待機していてください」
彼の発言通り、俺たちは丸腰のまま、部屋で案内を待つことにした。
一時間ほど待つと、豹男が扉をノックして、俺たちを呼びに来る。
豹男も、トレードマークのように似合っていた白い鎧を外している。防具を外してどういう勝負になるのか判らないが、取りあえず彼の案内に従うことにした。
豹男に案内された先は、兵舎と連結された別棟で、屋根はないが広い空間になっていた。
石造りの床で、かなり頑丈そうな石造りの壁がある。
その壁には観客席のようなものがあり、形は円形でこそないが、彼らが“闘技場”と呼んだように、それなりの趣がある。
闘技場の中心には既に竜人がいて、俺たちを待っていた。
竜人の隣には、猫頭の獣人がいて、魔法使いらしき杖を持っている。
「全員、覚悟はできたか?」
竜人は、笑いを交えながら、そう声を掛けてくる。
竜人もやはり防具を身につけておらず、身軽な格好だ。
「――まず、どう勝負をつけるのか、聞きたいのだが」
俺がそう応えると、竜人が豹男の方を向く。
その視線を感じて、豹男が説明を始めた。
「ロアール流の、一対一の対決とさせていただきます。
武器はお手持ちのものを使い、防具は闘技用の特別なものを着けて闘います。
ルールとしては武器破壊は禁止で、先に身体に傷を負った方が負けになります。
傷を負うといっても、かすり傷のようなものは傷と見なしません。
魔法も使用制限はありません」
「――最初の傷が、致命傷になる可能性は?」
俺はルールを聞きながら、もしもの場合のことを確かめようとする。
すると、そこへ竜人が横から口を出した。
「初撃で致命傷を受けるようであれば、そもそも転移門の破壊などに行けるような実力ではない。
それが恐ろしいのであれば、勝負を取りやめ、王国に戻れば良いと考えるが、どうだ?」
言葉の最後の方は、殆ど嘲りに近い。
俺は無言で竜人を睨みつけた。
「――傷は、回復魔法で癒せるよう、高位司祭を呼んであります。
もちろん事故が絶対にないとは言い切れないのですが――」
豹男の言葉に合わせて、竜人の隣にいた猫頭の獣人が、軽く会釈をした。
「ルールは理解した。
――では、私とヴァイスどのが闘えばよろしいか?
それともレンツどのと闘うのだろうか?」
進み出るセレスティアの言葉を聞いて、竜人がニヤリと笑って首を振る。
「いいや、聖騎士よ、そうではない。
――おれは発言に責任を持つ者が好きでな。
なので、その娘が実力を示すのだ」
竜人がそう言って指さしたのはグレイスだ。
グレイスは目を細め、その視線を受け止めた。
「――判りました」
素直に返答したグレイスを見て、豹男が口を開く。
「では、こちらは私がお相手しましょう。
女性と言っても手加減は致しませんので、ご注意を――」
一瞬、グレイスと豹男の視線が交錯し、それを見た竜人が満足そうにニヤリと笑った。
グレイスと豹男が闘技用の防具を装着し、それぞれの支度を調える。
豹男は左右の手に手斧を持つ、二挺斧のスタイルだ。
対するグレイスも右手に隠者の長剣を、左手に運命の短剣を持つ二刀流スタイルだ。
俺は二人から距離を取る前に、豹男を強く“凝視”した。
**********
【名前】
レンツ
【年齢】
47
【クラス】
斧戦士
【レベル】
44
【ステータス】
H P:9455/9455
S P:1170/1170
筋 力:1654
耐久力:1399
精神力:422
魔法力:430
敏捷性:733
器用さ:709
回避力:738
運 勢:810
攻撃力:2064(+410)
防御力:1439(+40)
【属性】
土
【スキル】
土属性魔法3、挑発4、強打、連続斬り、生活魔法、魔力制御1、体術4、斧術7、棒術3、突術2、精神耐性5、状態異常耐性1、睡眠耐性2、苦痛耐性5、自動体力回復3、獣人語、ハーランド語
【称号】
司令官、獅子戦士、獣人戦士、蛮族狩り、獣人狩り
【装備】
審判の双斧(攻撃力+410)
闘技用の鎧(防御力+40)
【状態】
なし
**********
俺はグレイスから離れる直前に、そっと彼女に耳打ちする。
「レベルは高いが魔法への抵抗は高くない。素早さはないが、攻撃スキルに気をつけろ」
グレイスはそれに、一瞬視線をこちらに向けて応えた。
俺たちはグレイスと豹男から距離を取り、闘いから影響のない場所で二人を見守ることになる。
全員が下がったのを確認した竜人は、武器を構えるグレイスと豹男を確認し、対決の開始を宣言した。
竜人の声と共に、豹男がグレイスに突進する。
二人の距離は、それほど近い訳ではない。
豹男はそれなりの速度で前に突っ込んだのだが、最初に突き込んだ右手の攻撃はグレイスに避けられ、左手の攻撃は絶妙な角度で突き出された隠者の長剣によって受け流された。
周囲には金属同士が引っ掻き合う不快な音が響き、小さな火花が飛んでいる。
グレイスは最初の攻撃をすれ違うように避けると、そのまま距離を取りながら風刃の魔法を放った。
「その程度では倒せませんよ!」
豹男は余裕があるのか、戦闘中に言葉が出る。
その言葉の直後に、豹男を覆い隠すぐらいの岩壁が展開された。
グレイスが放った風刃は、全て岩壁によって掻き消されてしまう。
――と、その瞬間、自ら展開した岩壁に身を隠していた豹男が、岩壁の影からグレイスにチャージを掛けた。
グレイスはその勢いを殺そうとして、豹男の目前に火壁を展開する。
だが、豹男は火壁をそのまま身体で突き破り、グレイスに強力な斬撃を放った。
「――くっ!」
グレイスはその攻撃を右手の長剣で受け止めようとしたが、勢いを殺しきれずに隠者の長剣を弾かれてしまう。
持ち主の手を離れた隠者の長剣は、空中でくるくると回転しながら、乾いた音を立てて、地面に転がった。
「グレイス――!」
その様子を見たセレスティアが、思わず声を上げる。
だが――。
俺はある種の直感を感じて、豹男を“凝視”し、その状態の変化を確認した。
――やはり思った通りだ。
豹男の状態は、「状態:状況把握・認識力低下」になっている。
グレイスは、ただ剣を弾かれたのではない。
豹男がすれ違う瞬間に、呪弾を放っていたのだ。
以前、グレイスは俺に「四種類の呪弾が放てる」と言っていた。
豹男に当てたのは、その内の一つだと思うが、何故彼女がこの種類の呪弾を選んだのかは判らない。
短剣ひとつとなったグレイスを改めて確認して、豹男が再びチャージを仕掛けてくる。
だが、先ほどまでの突進とは勢いが違う。
豹男は突進を攻撃スキルの“強打”で強化して、両手の斧を交差させつつ、グレイスのいる場所へ飛び込んで行った。
グレイスはその攻撃を後方へバック転しながら避けようとしたが、強打で強化された一撃は、グレイスの鎧の胸甲を掠り、彼女の鎧は一撃でバラバラになった。
鎧を失い、身軽になったグレイスが勢いよく立ち上がると、彼女のボリュームのある胸が大きく弾む。
グレイスは更に横に飛びながらその場を逃れ、豹男に向けて炎弾を連射した。
豹男は余裕を見せるように、ニヤリと笑うと、その攻撃を再び岩壁を作って遮る。
――まるで、先ほどの再現を見ているようだ。
豹男は展開した岩壁の影から飛び出すと、グレイスに向けて突進をかけた。
当然ながらそれを予期していたグレイスは、豹男が飛び出してくるタイミングで火壁を展開している。
だが、これも再現されているように、豹男は火壁をものともせず、そのまま身体で突き破ってきた。
そして、グレイスに攻撃を放とうとした瞬間――。
「――!?」
豹男の動きが、その場でピタリと止まる。
火壁の先に、グレイスの姿がなかったからだ。
「消えた!?」
シルヴィアとセレスティアが、驚いて声を上げる。
――だが、“状態”が見える俺には、ゆっくりと豹男の後背に移動していく “文字と数字”が見えていた。
グレイスは火壁による一瞬の目隠しの間に、潜伏とシークレットステップのスキルで姿を隠したのだ。
そもそもこのタイミングのために、彼女は隠者の長剣を捨ててまで、認識力低下の呪弾を当てに行ったのだろう。
そして――。
「――!!」
突然豹男の背後から現れたグレイスが、“得意技”を放つ!
彼女の放った不意打ちは、見事に豹男の背中にあたり、闘技用の鎧を真っ二つに切り落として、豹男の背中に裂傷を作った。
「――それまでだ!」
辺りに竜人の大きな声が響く。
声を聞いたグレイスは、その場で動きを止めた。
竜人の表情はどちらかというと、満足そうに見える。
竜人は闘いを終えた二人に近づくと、グレイスに声を掛けた。
「娘よ、名前を聞かせて欲しい」
「――グレイスです」
「グレイスか。
その名を覚えておく。
そなたの実力を見誤っていたのは、おれの方だったな」
「いいえ、長期戦であれば、わたしに勝ちはありませんでした」
「その見立ても含めて、気に入った」
そう言って笑う。
その笑い声に、シルヴィアとセレスティアの表情がパッと明るくなった。
「では、ヴァイスどの、これで――」
セレスティアの言葉に、竜人が先ほどよりも大きな笑い声を上げる。
俺はその笑い声の調子に、嫌な予感を感じた。
「聖騎士よ、早とちりをするな。
――おれが認めたのはグレイスのみ。
残りの三人も、実力を示して貰う」
その発言に、セレスティアの表情が固まった。