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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第四部 深淵の迷宮篇
42/117

041 派閥

 レーネは俺の拘束を解くと、書庫の片隅にあるソファに腰掛けた。

 彼女が脚を組むと、深いスリットから見事な脚線美が現れる。

 思わず視線で追ってしまったが、レーネは特にそれを気にすることもなく、指で俺に“こっちへ来い”と指示した。

 俺はその指示に素直に従い、レーネの向かいに座る。


 レーネは俺が座ったのを確認すると、相変わらずの鋭い視線で、俺を見据えながら質問をしてきた。

「――ケイと言ったな。単刀直入にく。

 おぬし、何の目的でこの深淵しんえんの迷宮に入ったのじゃ?

 この迷宮は、長らく閉鎖されていた場所じゃ。

 ここ最近慌ただしくこの迷宮に出入りしているのは、王国ハーランドの騎士たちということは判っておる。

 だが、おぬしは騎士ではない。

 フッ――もっとも、おぬしのような下品な男が騎士というなら、王国ハーランドも知れたものだが」

 俺は流石にその発言に抗議する。

「質問なら普通にけばいいだろう?

 俺の純朴じゅんぼくな心を傷つける必要がどこにある」

 すると、レーネはニヤニヤ笑いながら言った。

「誰が純朴なのじゃ?

 わざわざ私の胸を狙って触れてきたことを、忘れたとは言わせんぞ」

「必死だったんだ。距離的にも、大きさ的にも触れやすいまとを選ぶのは、仕方ないだろう」

「何が触れやすいだ。たわけたことを――。

 ――まあ、おのれの欲望に正直ということは、決して悪いことではないがな」

 レーネはそういうと、脚を組み替えた。思わず視線が吸い寄せられる。

 レーネは俺の様子を見て笑いながら、言葉を続けた。

「話の腰が折れたな。

 おぬし深淵しんえんの迷宮に入った目的を改めて聞きたい」

 俺はその言葉を聞いて、一瞬真実を語るか、誤魔化ごまかすかを悩んだ。

 何しろ俺が深淵しんえんの迷宮に入った目的は“魔人を倒すため”だし、目的の魔人クルトとは違うとは言え、今俺の目の前に座っているのは、その魔人に他ならないからだ。


 俺は一瞬の間に様々なことを考えたが、最終的に正直に伝える選択肢をることにした。

「――魔人を追って来ただけだ」

「――――」

 レーネは俺の言葉を聞いて、無言で俺を見つめている。

「――要するに、私以外の魔人が、この深淵しんえんの迷宮に入ったということじゃな?」

「さあな。

 俺はそいつが本当に深淵しんえんの迷宮に入ったかどうかは、直接確認していない。

 だが、俺は深淵しんえんの迷宮に行くと言った魔人を追っている。

 ここに来た目的を問われれば、そう答えるしかない」

 レーネはそれを聞くと、少し眉間みけんしわを寄せながら、難しそうな表情になった。

「ところでおぬし、そやつの何を根拠にして “魔人”と呼んでいるのじゃ?

 それに、おぬしは私に対しても“魔人”という言葉を使ったな。

 その根拠は何じゃ?」

 俺は自分の持つ能力ちからを、この段階でひけらかすつもりがない。

 なので、適当に誤魔化ごまかしてしまう必要があった。

「俺はあんたを“魔人”とは呼んでないぜ。

 “オッパイ魔人”と呼んだんだ」

「――――」

「――――」

「――で?」

 もの凄く、冷たい視線が来る。

 あんまりからかうと、誤魔化すより前に、命の危険を感じることになりかねない。

 俺は仕方なく、ある程度質問の内容に沿って回答することにした。

「レーネ、逆にあんたは何故俺をクランシーの使徒と呼んだ?

 それが判れば答えは出るんじゃないか?」

 自らがクランシーの使徒という言葉を使ったことで、俺の頭には鋭い痛みが走る。

 それに耐えつつレーネの様子を見ると、俺の回答はあまり望まれたものではなかったような表情をしていた。

「――それと同じだといいたいのか?

 私がおぬしをクランシーの使徒だと判るのは、お主の力を飲み込みたいという生理的な欲求から来るものなのだぞ?」

「――――」

 確かにそれと同じだと、俺はレーネを飲み込みたい生理的欲求があったから、魔人だと判ったという話になってしまう。


 俺は考えたすえ、話がややこしい方向に向かいそうになるのを回避するために、仕方なく自らの持つ能力ちからについて、少し話すことにした。

「クランシーの力を求める存在、アラベラの使徒、そして闇属性――。

 これが俺が魔人を判断する根拠だ。

 少なくとも俺は、相手が使徒かどうかと、相手の属性を知ることができる。

 ただ、あんたは闇属性じゃなく水属性だ。その点で魔人かどうかはあやふやだったが――」

 レーネはそれを聞くと、納得したように微笑んだ。

「なるほどな。

 恐らくそんなところではないかと思っておった。

 おぬし能力ちからに興味はあるが、それよりも気になることがある。

 ――ケイ、おぬし、何故魔人を追っている?」


 俺はソファから立ち上がると、少し書庫の中を歩き回ってから質問に答えた。

「実のところ、俺自身には積極的な理由はない。

 いて言えば仲間のかたきというのはあるが、俺はその仲間が死ぬ前から魔人を追っている。

 その意味で言えば、俺の仲間――グレイスが魔人を追う宿命さだめを負っていて、それに付き合っているというのが、一番判りやすい理由かもしれないな」

 俺がそういうと、レーネは眼鏡の位置を直しながら、意外なところに食いついた。

「グレイス――?」

「ああ。黒髪の、おっかないが美しい女だ。

 ――まさか知っているのか?」

 俺が問いかけると、レーネは首を振って否定した。

「――いいや。

 一瞬、聞いたことがあるように思ったが、恐らく人違いじゃな。


 ――ところでおぬしは、この深淵しんえんの迷宮に魔人を追って来たということであったが、それは何という魔人か、名前は判るか?」

 俺はどこまでをレーネに話すかということを意識しながら答える。

黒妖精ダークエルフの外見をした――クルトという男だ」

「クルト――」

 レーネは自身の記憶を辿たどるように、遠いところを見て思案している。


 すると、思い当たるところに辿り着いたのか、俺の方へ向き直って話し始めた。

「――思い出した。

 “リース”のところにいた黒妖精ダークエルフが、確かにクルトという名前であったわ。

 であれば、そやつがやってきた行いも、予想が付きそうなものじゃな」

「――リース?」

 今度は俺がたずねる番だ。

 レーネは俺の問いかけを聞くと、ニッコリと微笑む。

「リースについて語るためには、“魔人の国”と、そこで起こっている“争い”について話さねばならぬ。

 本来であれば、クランシーの使徒に話すべき内容ではないのだろうが――」


 魔人に――国がある?


 その想像外の言葉によって、俺は一気にレーネの話に吸い寄せられ、彼女の話を興味深く聞き続けるのだった。





 レーネの話は、かなり長い時間続いた。

 俺が思うに、レーネは深淵しんえんの迷宮の奥底にながらく住み続けた結果として、誰かと話したくて仕方なかったんじゃないかと思う。それぐらい能弁のうべんだった。

 途中、俺が茶々入れをして無駄な話に脱線したところを省いて考えると、彼女が話した内容は、おおむね次のようなことになる。


 まず、この世界には“魔人の国”がある。

 “魔人の国”はフロレンスとは呼ばれていない。つまり、フロレンスというのは魔人の国“以外”を指した言葉ということになる。


 魔人の国は、この国ハーランドの西方にある隣国ロアールの、さらに西方にある。

 魔人の国は、魔人ばかりが住んでいる国という訳ではなく、どちらかというと獣人、蛮族などが中心で、人間も中にはいるらしい。

 魔人はその人間、獣人、蛮族などの中でも突出した能力ちからを持つ存在で、国をまとめているのはほとんどが魔人だ。だからこそ、魔人の国と言うのだが――。


 その魔人の国には、数十年前まで王がいた。

 その話を聞いた時、俺の頭に“魔王”という言葉が浮かんだが、レーネは意識してかしないでか魔王とは呼ばず、“魔人の王”という言葉を使っていた。


 魔人の王が数十年前にこの世を去った後、次の魔人の王は定まらず、それからずっと勢力争いが続いているらしい。

 結果としてこの数十年の間、魔人の国は国として機能していない。だからみんな、魔人の国などというものの存在を意識していなかったに違いない。


 だが、現実の話として、勢力争いはずっと続いている。

 人間たちの世界フロレンスを巻き込みながら――。


 勢力争いをしているのは、細かい派閥はばつを除くと、大きく三つの勢力に分かれるのだと言う。


 ひとつ目は、一番の多数派であるオーバート派だ。

 名前の通り、オーバートという魔人を中心とした派閥で、人間たちの世界フロレンスにも積極的に勢力を拡大していくことを目論もくろんでいる。


 ふたつ目は、オーバート派と拡大を巡って主導権争いをしているリース派だ。

 こちらもリースという魔人を中心とした派閥だが、数はオーバート派にはかなわない。

 だが、リース派は非常に特殊な能力ちからを持った魔人が多く、一人一人の質では、オーバート派を上回っているらしい。

 レーネが言うにはクルトはこのリース派で、リース派はオーバート派を積極的に排除していこうとしているらしいから、少なくとも俺たちが倒した大鬼の王ジノ内務卿カーティスはオーバート派ということになりそうだ。

 教会の神父ロドニーを倒したのはクルトとう前だから、やつがオーバート派かリース派なのかは判らない。


 みっつ目は、数十年前にこの世を去った魔人の王の遺志いしを継ぐ派閥で、レダ派というらしい。

 レダ派は人間たちの世界フロレンスへの積極的な勢力拡大を行おうとしない、比較的温厚な派閥のようだ。

 この国ハーランドにおいて、魔人の存在が御伽噺おとぎばなしのように捉えられていたのも、かつての魔人の王が、積極的に人間たちの世界フロレンスへ出ることなく、魔人の国を治めていたからに他ならない。

 その統治は三〇〇年も続いていたというから、人間たちからすれば、魔人の存在などほとんど忘れ去られていたのだろう。

 レダ派は最も数が少ないようだが、魔人の王の側近だった者が多く残っており、能力的には魔人の中でも突出しているらしい。

 そして――深層のレーネは、このレダ派に属する魔人だ。


「先ほどおぬしが語った根拠――力を求め、使徒であり、闇属性である――というのをもって“魔人”というのは、確かに間違いではない」

 レーネは話の途中で入れた紅茶をすする。

 グレイスの時もそうだったが、迷宮ダンジョンの中で紅茶をれられると、どうにも違和感を感じてしまう。

 彼女はそんな俺の様子にはお構いなしに、話を続けた。

「――だが、厳密には魔人は闇属性だけではない。

 闇属性なのは、オーバート派とリース派の特徴じゃ。

 レダ派には私も含め、闇属性でない魔人の方が多い」

 俺はそれを聞いて、疑問に思ったことをぶつけてみる。

「オーバートとリースが、闇属性の魔人ばかりを集めているのは理由があるのか?」

「――簡単な理由じゃ。

 魔人も一応、子を成すことが出来てな。

 ところが属性が合わないと、子が出来ぬ。

 そして魔人の大多数は闇属性じゃ。

 つまり、組織を強化するためにも、属性を揃えているということじゃな」

 一瞬、本当にそれだけの理由だろうか?という疑問は沸いたものの、取りあえず属性を見れば、レダ派かどうかが見分けられそうだ。

 もちろんレダ派の魔人が全て友好的であるなどという甘い話はない。そもそもレーネ自身が、最初は俺を殺す気満々だった。忘れてはいけない。


「オーバート派とリース派は、人間たちの世界フロレンスを密かに侵略しようとしている。

 仮にその拡大を止めたいということになる場合、俺はどういう手段がれるんだ?」

 レーネにたずねると、レーネは俺に、悪戯いたずらっぽく笑って答えた。

「知れたこと。

 最も単純な手段は、オーバートとリースを倒せば良いというだけだ」

「――なるほど」

 確かに単純な手だが、最も効果があるのかもしれない。


 ――だが、自分の発言を俺が真剣に検討すると思っていなかったのだろう。

 レーネが俺の様子を見て声を上げて笑った。声を上げて笑うと、胸までぶるぶる揺れている。

「アハハ、真剣に考えるでない。

 おぬし一人はもとより、人間全てをかき集めて戦争を仕掛けたとしても、奴らを仕留めるのは無理かもしれぬ。

 そもそもオーバートとリースを倒したところで、代わりの誰かが勢力をまとめ上げ、新たな派閥になる可能性もある。

 その派閥が拡大路線を継続する可能性もあるからな」

 俺はあなどられ、笑われたことで、少々ムッとして口を開く。

「――では、人間たちの世界フロレンスは魔人に蹂躙じゅうりんされるを待つだけか」

「結論を急ぐでない――。

 一つ、根本的な解決にはならぬが、効果的な方法が存在する。

 無論、いつまでもつ方法ではないから、時間稼ぎにしかならぬかもしれないが」

「時間稼ぎというのは、どの程度の時間が稼げるんだ?」

「そうじゃな――。

 良くて数十年、というところか。百年は保たぬ」

「それだけ保てば十分だ。その選択肢で行こう」

 俺は即答で返した。

 レーネはそれを聞いて、一つ溜息ためいきをつく。

「――おぬし、決断が早いのはいいが、それがどれだけ困難なことなのかは聞いておかなくて良いのか?」

「もちろん詳細は聞くさ。

 ただ、あんたが提案する以上、その辺りは織り込み済みなんだろう?」

 それを聞いてレーネは苦笑した。

「フッ、良かろう。後で詳しく教えてやる。

 しかし、それを実行するためにはこの深淵しんえんの迷宮から出て、ロアールに向かわなければならぬ。

 ――だが、おぬしはこの迷宮に来た目的があったな?」

 若干、頭の中から飛んでいた感じもあるが、俺はクルトを追わなければならない。

「ある。

 魔人――クルトを追わなければならない。

 しかも俺は仲間とはぐれた状態だ。俺の仲間は恐らく、俺を捜していると思う。

 このままこの迷宮ダンジョンを離れる訳にはいかない」

 俺がそういうと、レーネは満足そうにうなずいた。

「ならば、この迷宮を上へと上がるがよい。

 さすれば目的の魔人や仲間にも会うことがあるだろう。

 ただし、ここは深淵しんえんと呼ばれる迷宮の最奥である第二十四層じゃ。

 私が住処すみかを作るだけの理由がある」

「理由――?」

「誰も近づかぬだけの、魔物モンスターの強さがあるということじゃ。

 二十四層を守護しているのは、半蛇の女王ラミアクイーン

 今のお主では、到底勝てぬであろうな」


 ――また厄介やっかいな話になってきた。

 俺は苦笑すると、レーネに若干すがるような視線を向けてみる。

「レーネ、あんたは手伝ってはくれないのか?」

「私はクランシーの使徒には力は貸せぬ。

 だが、おぬしが望むのであれば、おぬしを鍛えてやっても良いぞ。

 フフ――“あらゆる意味”でな」

 邪悪で妖艶ようえんな笑みに、背筋がゾクゾクしてくる。


 俺は苦笑して、その問いかけに即答はしなかったのだが――。

 一方で、自分にとって、選ばざるを得ない選択肢は一つしかないことも、同時に理解していた。




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