表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第四部 深淵の迷宮篇
41/117

040 深層

 ――迷い込んでここに来たのか、望んでここに来たのか――。

 深層しんそうのレーネが放った問いを、俺はどちらとも付かない形で回答する。

 どちらの答えが正解なのかを、この段階で判断するのは難しいからだ。

「“ここ”というのはどこのことだ?

 この深淵しんえんの迷宮のことか、もしくはこの書庫のことか」

 俺の質問を聞いて、レーネはニヤリと唇の端を上げる。

「――おぬし、礼儀は知らんが、意外に慎重な男のようじゃな。

 この迷宮めいきゅうは長らく閉鎖されていたが、ここ最近になって、慌ただしく出入りする者が出てきたことは知っている。

 私が聞いているのは、この私の“住処すみか”に、何故おぬしがいるのかということじゃ。

 無論、お主はこの質問に答えても良いが、答えなくても良い。好きな方を選ぶがよい」

 俺はその言葉を聞くと、徐々に身体から汗がき出してくるのが判った。

住処すみかと言っても、ここは書庫にしか見えないが――」

「土の中にむ虫のようなやからもいる。

 書庫に住んだとて、何が珍しいというのか。

 さあ、余計な話は良い。お主がここに来た目的を答えよ。

 もちろん答えても良いし、答えなくても良い。お主は好きな方を選べる」

「――チッ」

 レーネは飽くまで俺に、どちらかの選択をせまろうとしている。それを避けるために話をらそうとしていたが、上手くは行かなさそうだ。

 大体これだけの書庫を構えている相手だ。恐らく相当に頭が回るのだろう。俺の意図ぐらい、お見通しなのかもしれない。

 俺は意を決して、レーネの質問に答えることにする。

「――迷い込んだのか、望んで来たのかという意味で言えば、その両方だ」

「――ほう」

 レーネは明らかに興味を抱いた面持ちで、俺の言葉を待った。

「深淵の迷宮には目的があって来た。

 ――つまり迷宮には望んで来たことになる。

 だが、この場に書庫があることは知らなかった。

 その意味では俺はこの場に“迷い込んだ”。

 一方で、俺はここに書庫があることは知らなかったが、ここに至るまでの仕掛けを見て、ここに何かが重要なものがあると思って来た。

 そこから考えて言うなら、俺は望んでここに来た。

 ――だから俺は、迷い込んだのでもあり、望んで来たのでもあるということだ」

 レーネはそれを聞くと、フフと笑いながら言葉を返した。

「おぬしのその発言を、真実と証明する手段はあるのか?」

 俺はその発言に反発する。

「言葉の内容を証明する手段に、何の意味がある?

 そんなものを提示したところで、今度はその手段が有効かどうかを証明する必要が出てくるだけだ。

 結局のところ、あんたにできるのは俺の言葉を信じるのか、信じないのか、その選択しかない。

 あんたは俺の言葉を信じることもできるし、信じなくても良い。

 ――ほら、好きな方を選べるぞ」

 選択をせまられていた俺が、今度はレーネに選択をせまっている。


 レーネはそれを聞くと、アハハと声を上げて笑い出した。

「おぬし、頭はキレるが、邪気じゃきが少々強いな。それも使徒ともなれば、仕方のないことかもしれぬが――。

 ――まあ良い。

 私はおぬしがここに望んで現れたと言うなら、私の書物たから住処すみかを護るためにも、お主を殺すつもりであった。

 一方、おぬしが単に迷い込んでここに来たのであれば、どうせ大した能力ちからもなく、ここから抜け出すこともかなうまいから、お主を殺すつもりであった。

 ――残念ながら、お主をいたぶるのは、おあずけのようじゃな」


 ――危ねぇ!!

 二択だからといって、片方を選ぶような素直な人間は、生き残れないということなのか。

 スフィンクスの謎かけじゃあるまいし、どっちを選択しても殺されるとか無茶苦茶過ぎる。


「では俺は――ここに入ったのを許して貰えた訳か」

 俺がそういうと、レーネはニヤリと笑った。

「そうじゃな。一方的に殺すのはやめることにする。

 ――では、おぬしにも攻撃の機会をやるから、存分に掛かってくるが良い」


 俺のひたいに汗が流れる。

 残念ながら、事態があまり改善してない――。


「一度奪うのを止めた命を、後から奪おうとするのは骨頂こっちょうではないか?」

 だがレーネは、俺が楯突いた台詞セリフをあっさりね付けた。

「なあに、構いはせんさ。

 私は好物は後に取っておくタイプでな。実はじゅくすまで待ってからり取った方が美味いじゃろう?」

「――――」

 一応会話にはなっているが、どうもレーネは最初から俺を殺す気満々らしい。

 だとすると、この後どんな手法を使って話をらしても、結局はそこに帰結きけつしてしまうだろう。

 俺は腹をえて、この難敵をどうするかを考えなければならない。


「判った。“正々堂々”、闘おう」

 俺はそう言うと、一階層目と二階層目の本棚を繋ぐ階段をゆっくり下り、レーネと正面から対峙たいじする。


 恐らくレーネは見た目からしても、魔法使いソーサラータイプの闘い方をするはずだ。

 それを考えると、距離が開きすぎるのはまずい。特に二階層目はレーネのいる一階層目よりも動ける範囲が狭く、狙い撃たれてしまう可能性がある。

「いつでも良いぞ」

 勝負を急ぐレーネに俺は一つ提案をした。

「まあ待て。

 真っ正面から闘ったところで、あんたは絶対的に勝つ自信があるんだろう?

 それならルールを決めて、勝負をしないか?」

「――ルール?」

 一気にレーネが胡散臭うさんくさそうな顔をする。

「これから二分間、俺があんたに少しでも触れることが出来たら、俺の勝ち。

 二分経過して俺があんたに触れられなかったら、あんたの勝ちだ。

 あんたはどんな手段を使ってもいいから、二分間、俺から触れられないようにする。

 あんたが勝ったら、俺を好きにしていい。もちろん、俺は殺されても文句は言わない。

 逆に俺が勝ったら、あんたは俺の望みを一つだけ聞くんだ。

 ――それでどうだ?」

 レーネは俺の言葉を聞いて何も答えず、ニヤニヤと笑っている。

 眼鏡の美女にそうされると、何やら嗜虐心しぎゃくしんが生まれてきそうで怖い。

「――まあ、良いじゃろう。

 おぬしが何を考えているのか、興味もあるしな。

 所詮しょせん、死ぬまでの時間が二分延びるだけのこと。

 存分に思いをげるがよい」

「オーケー。

 じゃあ、早速始めようか」

 俺はそう言うと祝福の杖を横に持ち、光の結界オルターを発動する。


 それを戦闘開始と見立てたのか、レーネは早速俺に向けて攻撃を仕掛けてきた。

「そのような結界など!」

 レーネが放ったのは何かの呪弾ガンドだ。恐らく光の結界オルターを無効化するためのものだろう。

 俺は構わず目前の空間に風塵ウィンドストームを放つ。この風塵ウィンドストームはそもそもレーネに当てるつもりがない。

 予想通り、光の結界オルターはレーネの呪弾ガンドで無効化され、俺は無防備になる。

 風塵ウィンドストームはレーネには当たらず、一瞬“視界”を奪っただけで、彼女の服や髪を風でなびかせる程度の影響しかない。

「フン、何のつもりか」

 レーネは氷弾アイスボールを放ってくる。俺の氷弾アイスボールとは桁違いのスピードだ。

 俺は魔壁マジックウォールを二重に張るが、氷弾アイスボールはその魔壁マジックウォールを軽々打ち破り、俺の右肩に当たった。

 俺はうめき声を上げて、右手に持った祝福の杖を取り落としてしまう。

 俺は落とした祝福の杖を拾おうとするが、そこに飛んできた氷弾アイスボールが今度は左肩に当たり、その場に昏倒こんとうした。

「――呆気なさ過ぎる。この程度だというのか」

 レーネは俺の不甲斐ふがいなさに不満を募らせ、吐き捨てる。


 俺は苦痛の声を上げながら、仰向けに倒れていた。

 レーネはゆっくりと近づいて来て、汚れたものでも見るように倒れた俺を見下ろしている。

「では、ひと思いに殺してやるとするか」

 レーネは邪悪に笑うと、俺に向けて何かの魔法を放とうとする。

 俺はそれを見て、笑い声を上げた。

「おい、あんたこそ罠に掛かったのが判らないのか?」

「何――?」

 俺はレーネの顔を見据えたまま、かかとで地面を打ち付けた。

 その衝撃で、先ほどの風塵ウィンドストームで視界を奪った間に“靴”に仕込んでいた“接触魔法”が発動する。

 俺が靴に仕込んでいたのは――大回復エルダーヒール風塵ウィンドストームだ。


 レーネの股の下すぐで発動した風塵ウィンドストームは、彼女の深いスリットの入ったスカートを大きく反転させた。流石にレーネは右手でスカートを押さえに行く。

 俺は大回復エルダーヒールを受けながら、即座にその場所から回転して飛び退くと、反転して一気に突進チャージを掛け、レーネに向けて突っ込んだ。

「その程度で!!」

 レーネはきっと警戒しながら、俺に近づいて来ていたに違いない。

 さらに言えば、彼女は風塵ウィンドストームの直撃を喰らった程度では、全くひるみはしなかった。


 レーネは向かってくる俺に向けて、ほぼゼロ距離で魔法を叩き付けようとしてくる。

 この攻撃を喰らえば、恐らく俺は一瞬で吹き飛んでしまうだろう。


 ――だが、このゼロ距離の攻防こそが、まさに俺が望んだ展開だった。


 俺は左手に装備した支配者の籠手ロードブレイサーを身体の前に掲げると、装備スキルの“絶対防御結界アブソリュートディフェンス”を発動させる。

 発動と同時に俺の身体全体がほのかに黄金色こがねいろに輝き、俺はレーネの魔法を、そのまま無防備に身体で受け止めた。

 レーネのゼロ距離の魔法は、一瞬で絶対防御結界アブソリュートディフェンスに吸収され、かき消される。

「何――だと!?」

 これまで冷静だったレーネの表情に、一瞬驚きの色が浮かんだ。


 俺は至近距離からそのまま身をあずけるように、俺から距離的に“最も近い”、レーネの身体の“突出した部分オッパイ”に向けて、右手を目一杯に伸ばす。

「俺の――勝ちだ!!」

 確かに右手につかみ込んだ、何とも言えない幸せな感触を感じながら、そのあまりのボリューム感に思わず笑みが浮かんでしまう。


 ――だが、その直後に飛んできたレーネの容赦ようしゃのないパンチが俺の顔面を捕らえ、俺はカエルが潰れるような声を上げて、一瞬で意識を手放してしまった。





 ――気を失ってしまうのは、これで何度目だろうか?

 だが今回の寝覚めが一番良くない。

 意識が覚醒かくせいし始めた中で、自分が何とも身動きの取りづらい体勢を取らされていることが判った。

 しかも異様に身体が痛い。特に左頬はれているのか、熱を持っているのが判る。


「――起きたのであれば、さっさと目を開くがよい」

 聞いたことのある声が響いた。

 俺が仕方なく目を開くと、俺は書庫の中で、芋虫のように手足を拘束されて転ばされていたことが判る。

 目前には先ほどと同じく、レーネがいた。

 彼女の顔を見上げると、その視線は刺すように冷たい。


 何となく俺は、その視線にグレイスのイメージを思い出しながら、声を掛けた。

「――よう、オッパイ魔人。

 俺の望みを聞く、心の準備はできたか?」

 その言葉を聞いて、レーネは一度目を細めてから、鼻で笑った。

「フッ――つくづく、邪気じゃきの固まりのような男じゃ。

 所詮しょせん支配者の籠手ロードブレイサー能力ちからに、助けられただけのことだというのに、それを恥じることもないとはな」

 俺はそれに反発するように語った。

「バカいえ。

 確かに絶対防御結界アブソリュートディフェンスは強力だが、あれはわずか四秒しか保たないんだ。それだけに、使いどころに工夫がいる。

 初撃の風塵ウィンドストームも、目隠しだけじゃなくて、あんたが幻影でないことを確かめるために放ったものだしな。

 装備や魔法の能力を上手く活かすことも、立派な能力の一つなんだよ」

 レーネはそれを聞くと、わずかに破顔した。

「確かにな。

 一瞬の出来事だったからこそ、私も少々不覚を取ったと言える。

 ――だが、あのような無礼な行い、本来なら八つ裂きにするところじゃ」

 俺はそれを聞いて、流石に苦笑する。

 レーネは俺の顔を見て、ニヤニヤ笑い、言葉を続けた。

「とはいえ、おぬし自身に興味がいたのも事実。

 ――さて、抵抗せぬ、私の話を聞くというのなら、おぬし拘束こうそくを解いて良いのだが、どうじゃ?」

 俺はその発言を聞いて苦笑する。

「俺は最初から抵抗などしていなかったはずだが――」

 それを聞くと、レーネはフッと鼻で笑った。

「まあ、そう言うな。

 私はまだおぬしの名前すら知らぬ。まずは名を聞かせよ。

 おぬししばらくの間、私が飼ってやる」

 一応、俺が勝者でレーネが敗者のはずなのだが、彼女の台詞セリフは何だか上下関係の表現がおかしい。

 とはいえ、その台詞セリフを聞くに、俺はようやく絶望的な闘いから解放されたと言って良さそうだった。


 俺はレーネに向かってうなずくと、自分の名を告げた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミックス第①〜⑥巻発売中!】
コミックス

【小説 全①~④巻発売中!】
小説
cont_access.php?citi_cont_id=778032887&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ