表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第一部 カリス篇
4/117

003 教会 ★

挿絵(By みてみん)

※世界観把握のためのもので、細かな距離感などは反映できていません。




 ――柔らかい、優しい感触が頬を撫でる。


 前に意識を失った時とは大違いだ。

 問題なのは、俺がもう少しこの感触を味わっていたい、眠っていたいと思ってしまうことなんだが――。



 俺は多少の逡巡しゅんじゅんの後、ゆっくりと目を開けてみる。

「――良かった。意識が戻ったんですね」

 不意に横から声を掛けられた。若い女性の声だ。もちろん誰の声なのかは判らない。


 俺はどうやらベッドに寝かされているようだった。

 ここ暫く、ベッドで寝るといった感覚を忘れていた。背中がゴツゴツしないのも懐かしい。

 声がした方向へ顔を向けようとすると、後頭部から鋭い痛みが走った。――そうだ、頭を殴られたのをすっかり忘れていた。

 俺は顔をしかめながら、自分の後頭部を確認しようと、左手を上げようとする。

 だが、普段より随分左腕が重い。というか、動いていない。

「――安静にしてください。

 傷口はある程度回復できましたが、全ての怪我が治った訳ではないんです。特に左手は骨折していますので――」

 俺は今度は気をつけて、ゆっくりと声の方向へと頭をかしげた。


 目の前にいたのは、見たことのない緑髪りょくはつの少女――。


 歳は恐らく一〇代だろう。緑の長髪で、顔は可愛い。身体にまとっているのは、イメージだけで言えば神官服のようにも見える。当然俺は、この世界の神官などを見たこともないのだが。

「声は――出せますか?」

「――ああ」

 一言、俺は端的な言葉を返す。

 するとその少女は、パッと表情を明るくした。

「良かったです。

 あなたはルーメンの森のコボルド池の近くで倒れていたんですが――それは、覚えていますか?」

 俺はルーメンの森もコボルド池も知らなかったが、とりあえず倒れた状況については把握していた。

「ああ、何となくやられたのは覚えてる。

 ――君が、俺を助けてくれたのか?」

 俺がそう訊くと、緑の髪の少女は、首を横に振った。

「いいえ、あなたを助けたのはこのクランシー教会の神父であるロドニー様です。

 わたしは運び込まれたあなたのお世話をしていたに過ぎません」

「そうか――」

「わたしは教会のお手伝いをしているアスリナという者です。

 あなたはご自分の名前が判りますか?」

「俺の名前は――ケイ・アラカワだ。

 どちらにせよ助けてもらった上に、介抱して貰ったことを感謝するよ」

「いえ――。

 ケイ・アラカワ――と仰るのですか。

 あまり聞いたことのない、名字をお持ちなんですね」

 ――ひょっとして名字まで名乗らない方が良かったんだろうか? 俺の元いた世界でも、大昔は名字は貴族しか持っていなかったといった話もあったから、少し考えながら名乗った方が良かったのかもしれない。

 俺はそれを取り繕うように、改めて口を開いた。

「ちょっと遠くから来たものでね。

 ――ところで、差支えなかったら、いくつか質問をしていいかな?」

 俺の願いにアスリナは、ニッコリと微笑んで答えた。

 笑顔が魅力的チャーミングな女の子だ。

「はい、どうぞ」

「見ての通り、俺は頭を殴られてしまって、どうも記憶が曖昧になってしまっていてね――。

 なので、かなり常識的なことまで質問してしまうかもしれない。そこは勘弁して欲しい」

「ええ、もちろん大丈夫です」

「まず、俺は助けて貰ってからすぐに気がついたのか、暫く眠ってたのか、どっちなんだろう?」

 俺の問いかけた内容に、アスリナは明確な回答を返してきた。

「ロドニー様があなたをこの教会に連れてこられてから、今日で三日目だと思います。その間、ずっと眠っておられました」

「ってことは、三日間も眠っていたのか――。

 じゃあ、次の質問。――ここはどこなのかを、詳しく教えて欲しい」

 アスリナはその質問を前もって予想していたのか、少し微笑みながら答える。

「ここは“カリス”という町です。

 カリスはハーランドの北東寄りにある町で、この町の西側にはルーメンの森という、広い森が広がっています。

 ルーメンの森にはいくつかの川と池があって、そのうちの通称コボルド池と呼ばれる池のそばで、あなたは倒れていました。

 コボルド池は名前の通り、近くにコボルドの巣があって危険なので、普段は人が近づきません」

 かなり明快な説明が返ってくる。答えの内容の分かりやすさを考えると、このアスリナという美少女は、容姿だけじゃなく頭も良いようだ。

 ただ、彼女の言葉の中に登場した“ハーランド”というのがどこの話なのか判らない。国か大陸の名前だろうか――。

「普段、人が近づかない場所で倒れてた俺は、どうやって見つかったんだろう?」

 素朴な疑問でしかなかったが、ふと俺はアスリナに問いかけてみた。

「先ほどもお伝えしましたが、このクランシー教会の神父であるロドニー様が、あなたを見つけたそうです。

 ロドニー様は数日前、急に『ルーメンの森に、クランシー様の気配がする』と仰って、お一人で森に入って行かれたのです。

 そして、あなたをコボルド池の近くで発見されたとお聞きしました。

 辺りには凶暴なレッドコボルドと闘った痕跡こんせきがあって、あなたもそのままでは危険な状態だったそうです」

 ――何だろう、見つけて貰った上に、助けてもらって感謝しかないはずなのだが――妙に彼女が答えてくれた内容に、引っ掛かりを覚えてしまう。

 俺はそれを隠し、アスリナに教会の神父のことを聞いてみた。

「そっか――そのロドニー様は、今どちらに?」

「今は外出されていますが、夕方には戻ってこられます。

 ――さあ、この三日間何も食べておられませんから、食べ物をお持ちします。

 食べたら無理をせず、もう一度お休みください」

「わかった。色々答えてくれて、ありがとう」

 俺が素直にそういうと、アスリナはニッコリ微笑んで、立ち上がった。

 俺は背中を見せたアスリナを、じっと“凝視”する。


**********

【名前】

 アスリナ・ユートレッド

【年齢】

 15

【クラス】

 教会手伝いノービス

【レベル】

 3(09)

【ステータス】

 H P:28/28

 S P:21/21

 筋 力:15(20)

 耐久力:12(01)

 精神力:30(13)

 魔法力:18(19)

 敏捷性:10(52)

 器用さ:17(29)

 回避力: 6(01)

 運 勢:19(21)

 攻撃力:15(+0)

 防御力:13(+1)

【属性】

 光

【スキル】

 祈り1、回復魔法1、生活魔法、精神耐性2、苦痛耐性2、料理1、ハーランド語

【称号】

 美少女、神官見習い、クランシー信徒

【装備】

 神官服(防御力+1)

【状態】

 なし

**********


 一五歳か――。

 あと、スキルのレベルは1だが、回復魔法を持っている。

 光属性だと回復魔法が使えるということなのかもしれない。


 しかし神官見習いとはいえ、最初に会った人間からして魔法が使えるということは、この世界は結構みんな魔法が使えたりするのだろうか? 状態ステータスの中に魔法力というパラメータがある以上、魔法が使える人間が存在すること自体に大きな驚きはないが――。


 暫くすると、アスリナが食事を持って戻ってきた。数日ぶりの食事ということもあって、スープを持ってきてくれたようだ。ぬるめだが、飲むと胃腸に染み渡る感覚がする。

「その――アスリナ――さん」

「アスリナと呼び捨てていただいて構いませんよ」

 そういって、クスリと笑う。

「そっか。助かる。

 ――じゃあ、アスリナ。もっと質問したいことができた。

 暫くそれにつきあって貰っても良いだろうか?」

「ええ、構いませんよ。でも無理はなさらずに」

 俺はそれを聞いて、「もちろん」と答えた。




 随分と長い間、話していたように思う。

 いや、長い間話していたのはアスリナの方だろう。俺はまんだ質問を、繰り返していただけだ。

 お陰でアスリナに様々なことを質問して、沢山のことを理解することができた。


 まず、ハーランドというのは、今俺がいる国の名前だ。

 ハーランドは王国で、当然王国である以上、王様や王子様、王女様がいる。

 王国にはありがちな階級制度カーストがあって、貴族もいれば、奴隷もいるらしい。


 クランシーというのは、この教会がまつっている神様の名前だ。

 この世界には複数の神様がいるそうで、クランシー以外を祀った教会も存在するらしい。


 魔法は人ごとに適性があるらしいが、少なくとも四人に一人ぐらいの割合で、何らかの魔法が使える人がいるらしい。なので、この世界における魔法使いは特段珍しい存在ではない。

 ただ魔法には属性があって、“自分の属性”に合わない魔法は使えない。――というか、正確には自分の属性に“反する”魔法は使えないといった方がいい。

 例えば自分が火属性だとすると、水属性の魔法は使えない。自分が光属性なら、闇属性は使えない。

 “属性を持つ”というのは、その属性に対する適性があって、魔法が強化されるという利点がある反面、反対の属性の魔法が使えないばかりか、自分の属性と反対の属性は弱点になってしまう。

 二つの属性の魔法を使う人間はそれなりにいるようだが、三つの属性魔法を使う人間は少ない。四つの属性を扱う人間は、宮廷魔術師レベルでも少ないらしい。

 自分の属性やクラスといった情報は、町にある“ギルド”で確認できるようだ。もっとも無料ではなくて、お金を取られるそうだが――。


 お金といえば、俺は全く持っていない。どうも通常教会での治療にはお金が掛かるらしいのだが、今の俺はそれを求められても、応えることはできない――。

 だが、俺がそれをアスリナに告げたところ、「気にしなくていい」という答えだった。


 あと、非常に興味があった質問として、「どうやれば魔法が使えるようになるのか」ということをアスリナにぶつけてみた。

 ところが、アスリナから返ってきた答えは「適性さえあれば、魔力をれば、使えます」という要領を得ないものだったため、怪我が治ってから具体的にレクチャーしてもらうことにした。


 俺は様々な情報を整理しながら、少し眠りにつくことにした。痛みを感じる以上、やはり無理はしない方がいい。

 取りあえずロドニーという神父に会おう。そして、身体を回復させよう。

 全てはそれからだ。




 ロドニーが教会に戻ったのは、アスリナが言っていた通り、夕方になってからだった。

「意識が戻って、本当に良かった」

 メガネを掛けた長身長髪の優男が言う。

 俺は優男が若干苦手ではあるのだが、本当に喜んでくれているらしき様子に、俺も笑みを浮かべた。

「死にかけていたところを救っていただいたそうで、ありがとうございました」

 お礼を言う俺に対して、ロドニーが優しく微笑みかけた。

「いえいえ、回復が見られて何よりです。

 あなたを見つけた時のことは――アスリナから聞きましたか?」

「はい、教えて貰いました。

 ロドニー様は、いつもお一人であの森に入って行かれるのですか?」

 ロドニーはその問いかけを、にっこりと笑いながら肯定する。

「森の様子を見守ることも、私の務めの一つですから――。

 もちろん、毎日森を視察しているということではありません」

「そうですか。それで危ないところを見つけてもらえたなんて――俺は本当に“運がいい”ですね」

「そうなのかもしれません。きっとクランシー様の思し召しなのでしょう。

 ――しかし、とにかく心配な状態でしたが、お話もしっかりできるようで安心しました」

「お金もないのに、癒えるまで暫くご厄介やっかいになってしまいそうです。本当に申し訳ありません」

「いいえ、構いません。傷ついた方を放り出してしまうほど、この教会の教義は狭くありませんから」

 ロドニーはそういうと、俺に向かって何やら魔法を使った。

 青い光が俺の体を包み込み、途端に傷のあった後頭部の痛みが和らいでいく。

「残念ながら、私の魔法ではあなたの傷を全て癒やすことはできません。

 ここから先はあなたご自身の回復力に期待します。それまで安静にしていてください」

「わかりました。ありがとうございます」

 ロドニーは再び微笑むと、立ち上がり、俺のベッドに背を向けた。


 そして俺は何かに導かれるように――その背をじっと“凝視”する。


**********

【名前】

 ロドニー

【年齢】

 不明

【クラス】

 不明

【レベル】

 42

【ステータス】

 不明

【属性】

 不明

【スキル】

 不明、不明、水属性魔法3、不明、不明、不明、不明、不明、ハーランド語

【称号】

 優男、クランシー神父、不明、不明、不明、不明、不明

【装備】

 司祭服(防御力+4)

【状態】

 不明

**********


 レベル42! 強えぇ!!

 ――そりゃ一人で森をうろつくはずだ。


 というか、ほとんどのステータスが“不明”で見えていない。何となくこの能力ちからは、何でも見通せるものと思い込んでいたんだが、見えないものがあったとは――。

 ひょっとしたらこれは、俺自身のステータスが関係していたり、見る相手の強さによって、見える内容が変わってくるといった特性があるんだろうか?

 属性も不明になっているのだが、スキルの中で水魔法を持っていることが見えていた。なのでロドニー自身が水の反属性である火属性ということはないのだろう。


 ふと、背中を見せたロドニーが、部屋から出る直前に俺を振り返った。

 俺はロドニーの状態ステータスを見るのに夢中になっていたが、ロドニーはそれを知ってか知らでか、少し微笑んだ。

「いいですか、安静にするのですよ」

 何となく少し力のこもった声に、俺はステータスから目を離して素直に「はい」と答え、布団に潜り込んだ。


 彼が部屋から出て行った後、布団の中に潜り込みながら、今得た情報を元にして、これからのことを思案するのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミックス第①〜⑤巻発売中!】
コミックス

【小説 全①~④巻発売中!】
小説
cont_access.php?citi_cont_id=778032887&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ