003 教会 ★
※世界観把握のためのもので、細かな距離感などは反映できていません。
――柔らかい、優しい感触が頬を撫でる。
前に意識を失った時とは大違いだ。
問題なのは、俺がもう少しこの感触を味わっていたい、眠っていたいと思ってしまうことなんだが――。
俺は多少の逡巡の後、ゆっくりと目を開けてみる。
「――良かった。意識が戻ったんですね」
不意に横から声を掛けられた。若い女性の声だ。もちろん誰の声なのかは判らない。
俺はどうやらベッドに寝かされているようだった。
ここ暫く、ベッドで寝るといった感覚を忘れていた。背中がゴツゴツしないのも懐かしい。
声がした方向へ顔を向けようとすると、後頭部から鋭い痛みが走った。――そうだ、頭を殴られたのをすっかり忘れていた。
俺は顔を顰めながら、自分の後頭部を確認しようと、左手を上げようとする。
だが、普段より随分左腕が重い。というか、動いていない。
「――安静にしてください。
傷口はある程度回復できましたが、全ての怪我が治った訳ではないんです。特に左手は骨折していますので――」
俺は今度は気をつけて、ゆっくりと声の方向へと頭を傾げた。
目の前にいたのは、見たことのない緑髪の少女――。
歳は恐らく一〇代だろう。緑の長髪で、顔は可愛い。身体に纏っているのは、イメージだけで言えば神官服のようにも見える。当然俺は、この世界の神官などを見たこともないのだが。
「声は――出せますか?」
「――ああ」
一言、俺は端的な言葉を返す。
するとその少女は、パッと表情を明るくした。
「良かったです。
あなたはルーメンの森のコボルド池の近くで倒れていたんですが――それは、覚えていますか?」
俺はルーメンの森もコボルド池も知らなかったが、とりあえず倒れた状況については把握していた。
「ああ、何となくやられたのは覚えてる。
――君が、俺を助けてくれたのか?」
俺がそう訊くと、緑の髪の少女は、首を横に振った。
「いいえ、あなたを助けたのはこのクランシー教会の神父であるロドニー様です。
わたしは運び込まれたあなたのお世話をしていたに過ぎません」
「そうか――」
「わたしは教会のお手伝いをしているアスリナという者です。
あなたはご自分の名前が判りますか?」
「俺の名前は――ケイ・アラカワだ。
どちらにせよ助けてもらった上に、介抱して貰ったことを感謝するよ」
「いえ――。
ケイ・アラカワ――と仰るのですか。
あまり聞いたことのない、名字をお持ちなんですね」
――ひょっとして名字まで名乗らない方が良かったんだろうか? 俺の元いた世界でも、大昔は名字は貴族しか持っていなかったといった話もあったから、少し考えながら名乗った方が良かったのかもしれない。
俺はそれを取り繕うように、改めて口を開いた。
「ちょっと遠くから来たものでね。
――ところで、差支えなかったら、いくつか質問をしていいかな?」
俺の願いにアスリナは、ニッコリと微笑んで答えた。
笑顔が魅力的な女の子だ。
「はい、どうぞ」
「見ての通り、俺は頭を殴られてしまって、どうも記憶が曖昧になってしまっていてね――。
なので、かなり常識的なことまで質問してしまうかもしれない。そこは勘弁して欲しい」
「ええ、もちろん大丈夫です」
「まず、俺は助けて貰ってからすぐに気がついたのか、暫く眠ってたのか、どっちなんだろう?」
俺の問いかけた内容に、アスリナは明確な回答を返してきた。
「ロドニー様があなたをこの教会に連れてこられてから、今日で三日目だと思います。その間、ずっと眠っておられました」
「ってことは、三日間も眠っていたのか――。
じゃあ、次の質問。――ここはどこなのかを、詳しく教えて欲しい」
アスリナはその質問を前もって予想していたのか、少し微笑みながら答える。
「ここは“カリス”という町です。
カリスはハーランドの北東寄りにある町で、この町の西側にはルーメンの森という、広い森が広がっています。
ルーメンの森にはいくつかの川と池があって、そのうちの通称コボルド池と呼ばれる池の側で、あなたは倒れていました。
コボルド池は名前の通り、近くにコボルドの巣があって危険なので、普段は人が近づきません」
かなり明快な説明が返ってくる。答えの内容の分かりやすさを考えると、このアスリナという美少女は、容姿だけじゃなく頭も良いようだ。
ただ、彼女の言葉の中に登場した“ハーランド”というのがどこの話なのか判らない。国か大陸の名前だろうか――。
「普段、人が近づかない場所で倒れてた俺は、どうやって見つかったんだろう?」
素朴な疑問でしかなかったが、ふと俺はアスリナに問いかけてみた。
「先ほどもお伝えしましたが、このクランシー教会の神父であるロドニー様が、あなたを見つけたそうです。
ロドニー様は数日前、急に『ルーメンの森に、クランシー様の気配がする』と仰って、お一人で森に入って行かれたのです。
そして、あなたをコボルド池の近くで発見されたとお聞きしました。
辺りには凶暴なレッドコボルドと闘った痕跡があって、あなたもそのままでは危険な状態だったそうです」
――何だろう、見つけて貰った上に、助けてもらって感謝しかないはずなのだが――妙に彼女が答えてくれた内容に、引っ掛かりを覚えてしまう。
俺はそれを隠し、アスリナに教会の神父のことを聞いてみた。
「そっか――そのロドニー様は、今どちらに?」
「今は外出されていますが、夕方には戻ってこられます。
――さあ、この三日間何も食べておられませんから、食べ物をお持ちします。
食べたら無理をせず、もう一度お休みください」
「わかった。色々答えてくれて、ありがとう」
俺が素直にそういうと、アスリナはニッコリ微笑んで、立ち上がった。
俺は背中を見せたアスリナを、じっと“凝視”する。
**********
【名前】
アスリナ・ユートレッド
【年齢】
15
【クラス】
教会手伝い
【レベル】
3(09)
【ステータス】
H P:28/28
S P:21/21
筋 力:15(20)
耐久力:12(01)
精神力:30(13)
魔法力:18(19)
敏捷性:10(52)
器用さ:17(29)
回避力: 6(01)
運 勢:19(21)
攻撃力:15(+0)
防御力:13(+1)
【属性】
光
【スキル】
祈り1、回復魔法1、生活魔法、精神耐性2、苦痛耐性2、料理1、ハーランド語
【称号】
美少女、神官見習い、クランシー信徒
【装備】
神官服(防御力+1)
【状態】
なし
**********
一五歳か――。
あと、スキルのレベルは1だが、回復魔法を持っている。
光属性だと回復魔法が使えるということなのかもしれない。
しかし神官見習いとはいえ、最初に会った人間からして魔法が使えるということは、この世界は結構みんな魔法が使えたりするのだろうか? 状態の中に魔法力というパラメータがある以上、魔法が使える人間が存在すること自体に大きな驚きはないが――。
暫くすると、アスリナが食事を持って戻ってきた。数日ぶりの食事ということもあって、スープを持ってきてくれたようだ。温めだが、飲むと胃腸に染み渡る感覚がする。
「その――アスリナ――さん」
「アスリナと呼び捨てていただいて構いませんよ」
そういって、クスリと笑う。
「そっか。助かる。
――じゃあ、アスリナ。もっと質問したいことができた。
暫くそれにつきあって貰っても良いだろうか?」
「ええ、構いませんよ。でも無理はなさらずに」
俺はそれを聞いて、「もちろん」と答えた。
随分と長い間、話していたように思う。
いや、長い間話していたのはアスリナの方だろう。俺は掻い摘まんだ質問を、繰り返していただけだ。
お陰でアスリナに様々なことを質問して、沢山のことを理解することができた。
まず、ハーランドというのは、今俺がいる国の名前だ。
ハーランドは王国で、当然王国である以上、王様や王子様、王女様がいる。
王国にはありがちな階級制度があって、貴族もいれば、奴隷もいるらしい。
クランシーというのは、この教会が祀っている神様の名前だ。
この世界には複数の神様がいるそうで、クランシー以外を祀った教会も存在するらしい。
魔法は人ごとに適性があるらしいが、少なくとも四人に一人ぐらいの割合で、何らかの魔法が使える人がいるらしい。なので、この世界における魔法使いは特段珍しい存在ではない。
ただ魔法には属性があって、“自分の属性”に合わない魔法は使えない。――というか、正確には自分の属性に“反する”魔法は使えないといった方がいい。
例えば自分が火属性だとすると、水属性の魔法は使えない。自分が光属性なら、闇属性は使えない。
“属性を持つ”というのは、その属性に対する適性があって、魔法が強化されるという利点がある反面、反対の属性の魔法が使えないばかりか、自分の属性と反対の属性は弱点になってしまう。
二つの属性の魔法を使う人間はそれなりにいるようだが、三つの属性魔法を使う人間は少ない。四つの属性を扱う人間は、宮廷魔術師レベルでも少ないらしい。
自分の属性やクラスといった情報は、町にある“ギルド”で確認できるようだ。もっとも無料ではなくて、お金を取られるそうだが――。
お金といえば、俺は全く持っていない。どうも通常教会での治療にはお金が掛かるらしいのだが、今の俺はそれを求められても、応えることはできない――。
だが、俺がそれをアスリナに告げたところ、「気にしなくていい」という答えだった。
あと、非常に興味があった質問として、「どうやれば魔法が使えるようになるのか」ということをアスリナにぶつけてみた。
ところが、アスリナから返ってきた答えは「適性さえあれば、魔力を練れば、使えます」という要領を得ないものだったため、怪我が治ってから具体的にレクチャーしてもらうことにした。
俺は様々な情報を整理しながら、少し眠りにつくことにした。痛みを感じる以上、やはり無理はしない方がいい。
取りあえずロドニーという神父に会おう。そして、身体を回復させよう。
全てはそれからだ。
ロドニーが教会に戻ったのは、アスリナが言っていた通り、夕方になってからだった。
「意識が戻って、本当に良かった」
メガネを掛けた長身長髪の優男が言う。
俺は優男が若干苦手ではあるのだが、本当に喜んでくれているらしき様子に、俺も笑みを浮かべた。
「死にかけていたところを救っていただいたそうで、ありがとうございました」
お礼を言う俺に対して、ロドニーが優しく微笑みかけた。
「いえいえ、回復が見られて何よりです。
あなたを見つけた時のことは――アスリナから聞きましたか?」
「はい、教えて貰いました。
ロドニー様は、いつもお一人であの森に入って行かれるのですか?」
ロドニーはその問いかけを、にっこりと笑いながら肯定する。
「森の様子を見守ることも、私の務めの一つですから――。
もちろん、毎日森を視察しているということではありません」
「そうですか。それで危ないところを見つけてもらえたなんて――俺は本当に“運がいい”ですね」
「そうなのかもしれません。きっとクランシー様の思し召しなのでしょう。
――しかし、とにかく心配な状態でしたが、お話もしっかりできるようで安心しました」
「お金もないのに、癒えるまで暫くご厄介になってしまいそうです。本当に申し訳ありません」
「いいえ、構いません。傷ついた方を放り出してしまうほど、この教会の教義は狭くありませんから」
ロドニーはそういうと、俺に向かって何やら魔法を使った。
青い光が俺の体を包み込み、途端に傷のあった後頭部の痛みが和らいでいく。
「残念ながら、私の魔法ではあなたの傷を全て癒やすことはできません。
ここから先はあなたご自身の回復力に期待します。それまで安静にしていてください」
「わかりました。ありがとうございます」
ロドニーは再び微笑むと、立ち上がり、俺のベッドに背を向けた。
そして俺は何かに導かれるように――その背をじっと“凝視”する。
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【名前】
ロドニー
【年齢】
不明
【クラス】
不明
【レベル】
42
【ステータス】
不明
【属性】
不明
【スキル】
不明、不明、水属性魔法3、不明、不明、不明、不明、不明、ハーランド語
【称号】
優男、クランシー神父、不明、不明、不明、不明、不明
【装備】
司祭服(防御力+4)
【状態】
不明
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レベル42! 強えぇ!!
――そりゃ一人で森をうろつくはずだ。
というか、ほとんどのステータスが“不明”で見えていない。何となくこの能力は、何でも見通せるものと思い込んでいたんだが、見えないものがあったとは――。
ひょっとしたらこれは、俺自身のステータスが関係していたり、見る相手の強さによって、見える内容が変わってくるといった特性があるんだろうか?
属性も不明になっているのだが、スキルの中で水魔法を持っていることが見えていた。なのでロドニー自身が水の反属性である火属性ということはないのだろう。
ふと、背中を見せたロドニーが、部屋から出る直前に俺を振り返った。
俺はロドニーの状態を見るのに夢中になっていたが、ロドニーはそれを知ってか知らでか、少し微笑んだ。
「いいですか、安静にするのですよ」
何となく少し力の籠った声に、俺はステータスから目を離して素直に「はい」と答え、布団に潜り込んだ。
彼が部屋から出て行った後、布団の中に潜り込みながら、今得た情報を元にして、これからのことを思案するのだった。