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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第四部 深淵の迷宮篇
37/117

036 迷宮

 鳥たちのさえずりが聞こえる中、俺は王宮の中を歩いていた。

 十分な睡眠は取れたと思う。だが、朝日は相変わらずまぶしい。

 俺が王宮の入り口まで出ると、既にそこには俺以外のメンバーが待機していた。


「ケイ、おはようございます」

 グレイスが微笑みながら挨拶あいさつをしてくる。

 若干寝ぼけまなこなシルヴィアを笑いつつ、セレスティアも挨拶をしてきた。

「ケイ、おはよう。

 今日は宰相さいしょう殿下のご厚意こういで、深淵しんえんの迷宮まで馬車で送り届けて貰えることになった。おそらく、もうすぐ来るはずだ」


 セレスティアがそう言ってから五分もしないうちに、馬車が到着する。

 馬車から小太りな男が降りてきて、ドアを開けてくれた。

 俺とグレイス、シルヴィアとセレスティアの四人が、順に馬車に乗り込んでいく。

 最後に俺の隣にセレスティアが座り、全員の乗車が済んだのを確認した馬車が、ゆっくりと進み出した。


 深淵しんえんの迷宮は、王都アンセルから歩いて三〇分ほどの距離にある。

 そもそも歩いてその程度の距離なのだから、馬車で行けばもっと速い。

 馬車に乗って、それぞれが大した会話も交わさないうちに、目的地の深淵しんえんの迷宮についてしまった。

「もう着いたの?」

 シルヴィアがもう少し睡眠時間が欲しかったとばかりに言う。

「これだけ近いと、万が一魔物モンスターあふれたりすると、王都アンセルへの被害はまぬかれませんね――」

 グレイスの発言に、セレスティアが同意した。

「私も前からそう思っていたのだがな。

 聞いたところでは、迷宮ダンジョンを閉鎖する前も含めて、過去一度も魔物モンスターが外部にあふれる被害が出たことはないそうだ。

 そういう場所なのだと言えばそうなのかもしれないが、ある意味魔物モンスターの出現が、何者かに管理されているのではないかという見方もある」

「――ほう、なるほどな」

 俺はセレスティアの発言に、興味深いものを感じて相づちを打つ。


賢者セージと、そのご一行ですね?」

 俺たち四人は、深淵しんえんの迷宮の入り口に立っていた騎士から声を掛けられた。

 聞くと、どうやら長年閉鎖されていた迷宮ダンジョンを再び解放するにあたって結構な数の騎士が駆り出されて、周囲の整備と迷宮ダンジョンの浅い地域の探索が行われていたらしい。

 結局、出発までに一週間近くの時間を要したのは、そのあたりの事情だったようだ。

 確かにこれまで魔物モンスターあふれなかったからといって、今回解放しても同じようにあふれないとは限らない。それも見越しての騎士団の出動だったのだろう。


 俺に声を掛けた騎士は、俺たちに知り得た迷宮ダンジョンの情報を教えてくれた。

「我々が調べたところによると、迷宮ダンジョン内の構造は、閉鎖前とはかなり変わっているようです。

 もちろん浅い地域は神殿として使われていた場所ですので、そこまで大きく変わった訳ではないのですが、どうやら奥が相当に深い層まで伸びているらしく、いくつか崩れた地盤もあって、崖のようになって通れなくなっている場所があります。

 なので、王宮には閉鎖前に作られた大昔の地図があったのですが、残念ながら役に立ちませんでした。

 魔物モンスターは、我々が確認できた範囲では魔石像ガーゴイルが中心のようですが、どうも閉鎖していた間にかなりの数の魔鳥ハーピィが巣を作っていたらしく、足下が危険なのに、上からの攻撃に気をつけなければならないという、ちょっと厄介やっかいな状態になっています。

 ただ、それよりも困ったことがありまして――」

 騎士がそこまで言って、言葉をにごす。

「困ったこと?」

 俺が問いかけると、騎士は再び口を開こうとした。


 その瞬間――深淵しんえんの迷宮の方から、ゴゴゴと深い地鳴りと共に、強いれが訪れる。

 俺は当然元の世界で地震に対してある程度の慣れがあるから、驚きはしても萎縮いしゅくしたりはしない。

 だが、シルヴィアはきゃあきゃあ騒いで慌てだした。つかまるものを探した結果、仕方なく、じっと動かずにいたセレスティアにしがみついて我慢している。

「これは――」

「はい、これが一番困っているのです。

 一日にそう何度もある訳ではないのですが、この迷宮ダンジョンの底から、地鳴りのような強い振動が発生することがありまして――。

 揺れは、大きいこともあれば、小さいこともあります。

 大きいときは、それこそ体勢を崩すぐらいの大きさになりますので、戦闘中だと影響があります。

 どうぞ気をつけてください」

「そうか。情報ありがとう。

 一応確認しておくが、魔人らしきヤツはまだ見つかっていないんだな?」

「はい、見つかっていません。

 ――もちろん見つかっていれば、我々は無事では済まないのかもしれませんが」

 そう言って冗談めいた笑いを俺に向けてくる。


 俺はグレイスたちに向き直ると、迷宮ダンジョン探索の隊列を決めることにした。

 グレイス、セレスティア、俺、シルヴィアの順だ。

 俺とシルヴィアの位置を逆にすることも考えたのだが、それだと俺がセレスティアやグレイスをサポートしにくくなる。シルヴィアを最後尾にすると、後方からのアタックに弱くなる可能性があったが、シルヴィアには接触魔法の魔壁マジックウォールも付与できるため、一旦この形にすることにした。


 俺は自分を含めて全員に付与エンチャントを掛けると、念には念を入れて、シルヴィアの持つクライブの遺品とけいにも予約付与エンチャントを掛けた。これで戦闘中に付与エンチャントが切れて、ピンチにおちいることもないはずだ。


 俺たち四人は情報を共有してくれた騎士に礼を言うと、いよいよ深淵しんえんの迷宮に足を踏み入れる。



 深淵しんえんの迷宮は内部が広く、これまで入ったどの迷宮ダンジョンよりも大規模な印象がある。

 内部は迷宮ダンジョンだけに暗いのだが、先に入った騎士たちが周囲に明かりを置いていることもあり、それほど陰鬱いんうつな印象はない。ただ、長らく閉鎖された空間特有の、何かえたような匂いがするのは仕方のないところか。

 どの迷宮ダンジョンでも同じではあるのだが、元々神殿だったこともあり、そこかしこの壁や柱には美しい装飾が入っており、それだけを見れば見事な情景だ。

 ただ、深淵しんえんの迷宮のそれらは、装飾の中に動物を模したものや、ガーゴイルを模したものがあり、状態ステータスが見えないことで動かないことが判っているものの、どうしても身構えてしまう。

 どうやら迷宮ダンジョンの浅い地域には、等間隔に王国ハーランドの騎士が立ってくれているようで、そうした地域は魔物モンスターの発生もなく、安全なようだ。


 俺たちが警戒しながら騎士が立っている場所を歩き進んで行くと、狭くなった通路の先に、そこだけは騎士が二人立っている場所があった。

 その二人の騎士は、俺たちが近づくと、声を掛けてくる。

賢者セージとそのご一行ですね?

 我らはこの迷宮ダンジョンの探索を命じられた、王国ハーランドの中央騎士団です。

 我々が探索し、確保しているのはここまで。

 この先は我らも足を踏み入れていない地域になりますので、お気を付け下さい」

 俺は二人の騎士に礼を言うと、警戒しながらそのまま通路の奥に入っていった。


 暗い空間になっているため、俺は全員の武器の先に光源ライトともす。

 途端に周囲が明るく照らし出された。

 ここから先は隊列を守って慎重に進まなければならない。

「足場が悪い可能性がある。全員魔法優先で闘ってくれ」

 俺が指示を出すと、全員がうなずく。

 そうそうすぐに魔物モンスター)が出てくるとは思わないが、警戒に越したことはない。


 通路の奥は小さな小部屋になっており、そこから先に小部屋が三つほど続いていた。

 小部屋には大部屋に見られるような見事な装飾はない。どちらかというと物置部屋のような印象がある。

 三つ目の小部屋を通り抜けると、広い空間に出た。先頭に立ったグレイスの歩みは、警戒はしているものの、意外と素早くどんどんと進んで行っている。

「――特に何もないか?」

 俺が前のグレイスにたずねると、特に声色に気を遣うことなく、グレイスからの返事が返ってきた。

「はい、どうやらもうこの層には魔物モンスターが存在していないようです。

 もちろん、次の層からは判りませんが――」


 グレイスは広い空間の奥に進み、階段をゆっくりと下り始めた。

 罠がないかどうかも確認はしているが、意外と大胆に降りていく。

 グレイスがいると危険な場所を確実に進めるというのも利点だが、警戒しなくていい場所を進むスピードが上がるという利点もある。

 全員が階段を下りてホールを抜けると、これまでの小部屋よりもさらに小さな小部屋があり、その小部屋を抜ける扉の前で、グレイスがピタリと止まった。

「――何かいます」

「――――」

 俺たちは息を殺してグレイスの近くに集まる。セレスティアはそれまで資産インベントリの中にしまい込んでいた聖乙女の盾シールドオブラインを取り出した。

 グレイスは俺の指示を待っている。

 いや、もちろん指示を待っているのだろうが、俺が扉の向こうの様子を確認するのを待っていると言った方が良いのかもしれない。

 俺は目に意識を集中し、魔力を込めるようにすると、扉の向こうを凝視した。

「――確かにいるな。

 石魔人形ストーンゴーレムのようだ。

 変わったスキルは持っていないが、攻撃力が高い。セレス以外は受け止められないだろう」

「一体だけですか?」

「見える範囲はそいつだけだ。

 俺とグレイスが風魔法で攻撃するから、シルヴィアは状態異常魔法デバフとセレスのサポートを頼む」

「了解」

「よし、じゃあ行くぞ」

 俺たちは簡単に作戦会議を行うと、セレスティアを先頭にして部屋に飛び込んでいく。

 部屋はこれまでの広間ほどではないが、それなりの規模のある空間だ。

 その部屋の中心に、明らかに石像にしては大きすぎる規模の石魔人形ストーンゴーレムが鎮座していた。


 石魔人形ストーンゴーレムは俺たちの存在に気づくと、目を光らせ、ゆっくりと立ち上がっていく。

 セレスティアが石魔人形ストーンゴーレムの目前に立ち、石魔人形ストーンゴーレムに向けて光属性魔法を撃った後に、挑発タウントを放った。

 すると、石魔人形ストーンゴーレムが床を微妙に振動させながら、セレスティアに近づいていく。


 俺は石魔人形ストーンゴーレムを正面にして、左側に回り込みながら、石魔人形ストーンゴーレムの右足に向けて風刃ウィンドカッターを三発放った。同じようなタイミングで反対側にグレイスが回り込み、風刃ウィンドカッターを左足に放っている。

 その魔法は確実に石魔人形ストーンゴーレムの足をとらえ、足を削っていく。ちゃんとダメージになっているようだが、そもそも物理的に分厚い石が多少削れたところで体勢に変化はない。


 石魔人形ストーンゴーレムは正面にいるセレスティアを攻撃対象ターゲットにすると、右手で重そうなパンチを放った。セレスティアは油断なく構えていたこともあり、意外とあっさりとその攻撃を避ける。

 俺は前に進み出て、風塵ウィンドストームの魔法を放った。風塵ウィンドストームは若干射程距離が短いのが難点だが、石魔人形ストーンゴーレムの全身を包み込んでダメージを与えられる。

 周囲に轟音が鳴り響き、しっかりとダメージになった手応えもあったのだが、全身を削られながらも石魔人形ストーンゴーレムの動きには変化がない。

 石魔人形ストーンゴーレムは今度は左手でセレスティアにパンチを放つ。

 セレスティアが避けたところに右手のパンチが続き、セレスティアは盾でそれを受け止めた。

 聖乙女の盾シールドオブライン石魔人形ストーンゴーレムの右手が接触し、白い魔法の火花が飛び散っている。

「――この程度であれば問題ない」

 セレスティアの言葉に、俺が安堵あんどする。

「HPが相当に高い。時間が掛かりそうだ」

「任せて。抵抗を落とすわ」

 シルヴィアはそう言うと、次々と状態異常魔法デバフを放っていく。

 石魔人形ストーンゴーレムの魔法防御が低いということもあるだろうが、その全てが成功した。

「セレス、攻撃対象ターゲットをしっかり維持してくれ」

 俺はそういうと、石魔人形ストーンゴーレムの横に進み出る。セレスティアが攻撃対象ターゲットを引き受けてくれるということが判っていないと、近づけない距離だ。パンチが飛んできたら一溜ひとたまりもない。

 俺は左手を覆う支配者の籠手ロードブレイサーに目一杯の魔力を込めると、石魔人形ストーンゴーレムの右脇腹を殴りつけるように闇属性魔法の呪弾ガンドを放った。

 もちろん、外しようのない距離だけに、見事に命中する。

 呪弾ガンドを喰らった石魔人形ストーンゴーレムは、一瞬ビクッとした反応を見せたが、そのまま特に何もなかったように動き始めた。

 だが、支配者の籠手ロードブレイサーによって効果が強化され、増幅ぞうふくされた呪弾ガンドは、時間の経過と共に、驚くほどの勢いで石魔人形ストーンゴーレムのHPを奪っていく。

「相当効いてるわね」

 シルヴィアが感心して言う。

「セレス、魔法は効いている。攻撃対象ターゲットを動かすな」

「もちろんだ」

 セレスティアはそういうとニヤリと笑う。光源ライトの光が金髪に反射して、相変わらず神々しい。

「ケイ、風をセレスの剣に」

 俺はグレイスに促されて、セレスティアの聖乙女の剣ジャクリーン風刃ウィンドカッター付与エンチャントを掛ける。ついでにグレイスの隠者の長剣ソードオブハーミットにも、同じように付与エンチャントした。

 それに気づいたセレスティアが、石魔人形ストーンゴーレムの攻撃を避けるだけでなく、反撃を試みる。

「はっ――!」

 セレスティアの気合いの声と共に、聖乙女の剣ジャクリーン石魔人形ストーンゴーレムの右腕にぶつかった。すると、発動した風刃ウィンドカッターの力によって、聖乙女の剣ジャクリーンの刃がどんどん右腕に埋まり込んでいく。

 聖乙女の剣ジャクリーンの刃は完全に石魔人形ストーンゴーレムの右腕を切断したところで止まった。

「本気で剣で石が斬れちゃうわけ!?」

 その光景を見たシルヴィアが、驚いて声を上げる。

「――斬れるとなれば、話が早い」

 セレスティアが得意げに、笑みを浮かべて石魔人形ストーンゴーレムを見据えた。




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