034 宝物 ★
※世界観把握のためのもので、細かな距離感などは反映できていません。
陽光差す石畳の上に、いくつもの影が並ぶ。
踏みしめられる石畳も角が丸くなり、どれほど前に埋められたものなのかは定かではない。
この国において、最も繁栄した街はこの王都アンセルだが、最も古い街も、この王都ということになる。
そこかしこに歴史を感じさせる建築物があり、それらの統一された外観が、街全体を厳かに見せている。白っぽい石造りの街並みは、探せばここ以外にも存在はするだろうが、これほどの広範囲において外観と色合いを統一している都市は、珍しいらしい。
その外観は、街に立つ家々だけでなく、その奥に広がる王宮においても統一がされている。
その意味もあって、王都の人々にとって、王宮と自分たちとの距離は近く感じるらしい。
それこそ人々の意識の中には、街中の一番広くて豪華な家が王宮だ、という感覚すらあるという。
白銀の戦乙女セレスティアに騎士位剥奪の処分が下された後、宰相のオルガ・レン・レノックスは俺たちに、「十分な準備を整えてから、深淵の迷宮に向かうように」というアドバイスを送った。
何しろ宰相が言うには、深淵の迷宮は、構造が複雑な上に、出てくる魔物の強さが尋常でないため、長い間閉鎖されていたらしい。
通常迷宮は、魔物が溢れかえって地上に押し寄せないよう、冒険者などが討伐を行い、報酬を得るための場所になっている。
だが、この深淵の迷宮は、長らく閉鎖状態にあっても魔物が溢れかえるようなことはなく、静かな状態を保っていたらしい。
ここ最近は、時折起こる地震のような震動が感知されているのだが、その原因はハッキリとは分かっていない。
深淵の迷宮は、王都を出て、三〇分ほど歩いた場所にある。
迷宮の殆どは、元々神々を祀る神殿だったというから、王都から近いのも頷ける。
王都の近くには、この深淵の迷宮も含めて合計三つの迷宮があるのだが、この深淵の迷宮が最も距離的には近いらしい。
あと二つの迷宮は閉鎖されておらず、今日も恐らく冒険者たちが行き来していたりするのだろう。
俺とグレイス、シルヴィア、そしてセレスティアの四人は、ほぼ魔人のクルトに誘導される形で深淵の迷宮に向かうことになるのだが、迷宮が閉鎖されていた期間が長かったこともあり、即日解放して侵入ということにはならなかった。
特に「準備をしっかりと」という宰相の意向もある。
宰相からは、深淵の迷宮へ入るのは、セレスティアが処分を受けた日から六日後という指示を受け、それまでの間は王都の王宮に客人扱いで滞在するという、光栄な処遇を受けた。
この扱いには、随分とシルヴィアが喜んだ。彼女は「いい家の出」らしいということだが、王宮内での振る舞いは、それはそれなりに様になっているような気がする。きっとこの数日間は、彼女にとっても満足度の高い日々になっているだろう。
深淵の迷宮に入るのを明後日に控えたその日、俺たち四人は朝から宰相に呼び出された。
しかも呼び出されたのは、宰相の私室ではなく、謁見の間だ。
面倒な命令などされなければいいが、と思いつつ俺は指示に従った。
謁見の間には国王の姿はなく、正面に宰相の姿がある。その右側には、親衛隊長のフェリクスの姿があり、数名の親衛隊の騎士と、女官の姿がある。
俺たちは宰相の前に進み出ると、膝をついた。
普段は礼儀に寛容な宰相と話す時は、簡易な礼のみ行っているのだが、今日は謁見の間だ。
先頭に立った俺が膝を折るのを見て、後ろに従ったグレイス、シルヴィア、セレスティアも同じように合わせて膝を付いていた。
「おはよう、ケイ、グレイス、シルヴィア、そしてセレス。
――いよいよ明後日に近づいて来ましたね」
宰相は、和やかに俺たちに声を掛ける。
「宰相殿下もご機嫌麗しく。
王宮に滞在を許していただいたことで、これ以上ない体験をしました。
ただ、これに慣れると迷宮に行く気がなくなりますからダメですね」
俺がそういうと、宰相は楽しそうに笑った。
「フフ、確かにそれはそれで困りますね。
――実は、迷宮への出発が明後日に迫りましたが、それに備えて用意していたものが揃いましたので、あなたたちに託そうと思い、呼んだのです。
もちろん闘いに赴くわけですから、色気のない実用的なものばかりにはなるのですが――」
宰相はそう言うと、近くにいた騎士と女官に命じていくつかの品物を、用意した机に並べさせる。
見た目だけで価値のありそうなものばかりだ。
「――どれもこの国の宝物庫から出した確実なものです。
それなりの価値があるものですが、倉庫の中にあるよりは、どれも使われた方が良いものですので――。
勝手ではありますが、こちらが考えたものを、それぞれ与えます。
まずはグレイス、こちらへ」
グレイスは名前を呼ばれると、その場に立ち上がって宰相の前に進み出る。
「貴方に、魔法剣隠者の長剣と運命の短剣を与えます」
宰相がそういって、側に控えた騎士から黒い刀身を持つ長剣と、波形の刃を持つ短剣を受け取り、グレイスに渡す。
それが済むと、宰相は引き続いてシルヴィアを呼んだ。
「美しいシルヴィア。
――貴方には新しい強力な杖、暁星の杖と、身を守るための魔法盾である明星の魔法盾を差し上げます。
魔法盾は扱いが難しいので、魔法使いといえども簡単に使いこなすことはできませんが、魔道師の貴方にならできるはずです」
シルヴィアは頭に宝玉の付いた杖と魔法盾――と言っても、魔法が展開されていない状態ではただの大きな腕輪に見える――を宰相から受け取る。
「ありがたく頂戴致します。王国の宝物を下賜いただき、光栄に存じます」
シルヴィアは普段見せないような殊勝な態度で礼を述べる。
美人はこういうのが映えていい。
「賢者よ、こちらへ」
一瞬誰のことだと思ったが、グレイスたちの視線が俺に定まったところで、自分が呼ばれたことに気がついた。
正直、くすぐったい名称で呼んでくれるよりは、普通に名前で呼んでくれた方がいい。
俺が宰相の前に進み出ると、宰相は俺を見てクスリと笑った。
「ケイ、残念ながら賢者の杖を越える杖を貴方に与えることはできません。
――ですので、貴方には新たなローブと籠手を」
そういって、ローブと籠手が差し出される。
だが、差し出されたものを見て、若干ツッコミを入れたくなった。
――どう見ても重装鎧と重装籠手にしか見えない。
「フフフ――ちょっと戸惑うかもしれませんが、これは審判の法衣と言って、魔法で強化されたローブです。半鎧のように見える分、相当な防御力と抵抗力があります。
籠手の方は支配者の籠手と言って、魔法をサポートしてくれる、非常に価値の高いものです。きっと役立つでしょう」
俺は抱えるような状態になりながら、それを受け取る。
俺が装備を確かに受け取ったのを見ると、宰相は思い出したように、付け加えて言った。
「ああ、それと――貴方に伝えておくことがあります。
くれぐれも女性の扱いは大切に。
粗野にならないよう、真心を込めて、丁寧に扱うのですよ」
俺は流石に顔を顰める。
――こりゃ一体、何のアドバイスだ?
ふと見ると、グレイスの視線がこちらを向き、シルヴィアはニヤニヤと笑っている。
セレスティアまでニヤリと唇を歪ませて、こちらを向いているのに気づいた。
うーん、何か変な誤解をされている気がする――。
宰相は続いて、笑みを浮かべた表情をセレスティアに向けた。
「セレス、貴方には騎士位の返上と共に、使い慣れた剣と鎧と盾を返却して貰いました。
――ですから、今日、改めて新たな鎧と盾を与えます。
聖乙女の鎧と聖乙女の盾です。」
その言葉にセレスティアが目を見開く。
恐らく返上したものよりも、上位の装備を受け取っているからだろう。
セレスティアが受け取った鎧と盾は、それまでの白を基調としたものとは違い、青を基調としたものだ。
それと――何だろう、重装鎧なんだとは思うが、随分露出度は高くなるような気がする。特に胸元はかなり開くんじゃないだろうか?
これはこれで俺としては大歓迎ではあるが――。
セレスティアが鎧と盾を受け取ったのを確認した宰相は、続けてもう一つの品をセレスティアの前に差し出した。
「セレス、受け取りなさい。
聖乙女の剣は、陛下が貴方に特別に与えられた聖なる剣。
――これは貴方が持つべきものです」
「殿下――」
セレスティアにも聖乙女の剣に対する特別な思いがあるに違いない。
少し、表情を強ばらせながら、聖乙女の剣を受け取った。
全員に装備が行き渡ったことを確認した宰相は、改めてセレスに向かって話し始める。
「セレス、先日申し伝えた通り、深淵の迷宮に入り、魔人を討ちなさい。
そして、目的を達するまでは、ここに戻る必要はありません」
言っている内容は厳しいのだが、宰相の目は優しい。
「了解しました」
セレスティアが返答し、礼を返す。
「貴方なら――いえ、貴方たちなら、必ず目的を果たすと信じていますよ」
宰相は、そう言うと、微笑みながら謁見の間を後にしていった。
俺とグレイスとシルヴィアの三人は、謁見の間を後にすると、王宮の地下にある修練場に向かった。
これは、親衛隊長に、貰った装備の具合を確かめた方がいいと提案されたからだ。
ただ、セレスティアは騎士団長解任に伴う引き継ぎがあるらしく、一人外れて雑務に追われている。
修練場に到着すると、地下でありながら思ったよりも広い空間があることに驚く。
地面は土で、運動場のような印象がある。広い空間の中にはいくつか鍛錬用の用具があり、魔法を打ち込める場所もあるようだ。
「へぇ――思ったよりも広いところなのね」
シルヴィアが呟く。
彼女は既に右手に暁星の杖を持ち、左手に明星の魔法盾を装着していた。
それを見て、俺も審判の法衣と支配者の籠手を身につけることにする。支配者の籠手の方は良いのだが、審判の法衣を着るためには、一旦今着ているローブを脱がなければならない。
俺はあまり気にせず下着だけの姿になると、資産にしまっておいた審判の法衣を取り出して装着してみた。
装備してみて、ふとグレイスとシルヴィアの視線がこちらを向いていることに気づく。
「フフ――いいもの見ちゃった」
「――――」
グレイスの方は、無言で視線が泳いでいる。
「茶化すのはいい。取りあえず装備の調子を見るのが先だ」
俺はそう言うと、装着したローブと籠手を“凝視”した。
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【装備名】
審判の法衣
【種別】
法衣(ユニーク)
【ステータス】
H P:上限+150
S P:上限+300
S P:1分ごとに1%回復
耐久力:+50
精神力:+100
魔法力:+40
回避力:+30
防御力:+438
【属性】
光
【スキル】
光属性耐性★、闇属性耐性+4、攻撃魔法抵抗4、状態異常魔法抵抗4、回復魔法強化、光結界、魔力制御+1、精神集中+1、魔力増幅、属性耐性+3、精神耐性+3、状態異常耐性+3、自動体力回復+2、軽量化
【装備条件】
闇属性でない人間
【希少価値】
A
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【装備名】
支配者の籠手
【種別】
籠手(ユニーク)
【ステータス】
H P:上限+50
S P:上限+50
筋 力:+100
精神力:+20
魔法力:+100
運 勢:+100
攻撃力:+20
防御力:+121
【属性】
光
【スキル】
属性魔法強化、状態異常魔法強化、付与強化、魔法盾、絶対防御結界、魔力制御+3、魔力増幅、攻撃スキル強化、武器攻撃力強化
【装備条件】
闇属性でない人間
【希少価値】
S
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強力な数値に思わず心が躍る。
ローブも相当なものだとは思うが、支配者の籠手が反則的なスキルを持っている。
だいたい絶対防御結界って何だ? 盾とかじゃなくて、籠手がこんな能力を持っていていいのだろうか――。
俺が装備の状態確認に夢中になっていると、ウズウズした様子のシルヴィアが俺に向かって言った。
「ねえ、あたし先に試していいかな?
――そこに魔法を撃ってみるから」
そう言って暁星の杖を、魔法鍛錬用の壁に向かって掲げる。
俺とグレイスは何となしに頷き、シルヴィアに同意を示した。
「じゃあ、試し撃ち!」
そう無邪気に言うと、シルヴィアは杖に魔力を込めていく。
増幅された魔力は、暁星の杖の先端に取り付けられた赤い宝玉を眩いばかりに輝かせた。
それを見て、俺の中で一抹の不安が過ぎる。
次の瞬間、暁星の杖から目にも止まらぬスピードの岩弾が撃ち出され、魔法鍛錬用の壁に着弾した。
魔法鍛錬用の壁は一瞬にして突き崩れ、岩弾はそのまま修練場の外壁を大規模に破壊し、崩落させた。
周囲には轟音が鳴り響き、天井が落ちてくるんじゃないかというぐらいの振動が起こる。
「――――」
「――――」
俺とグレイスはあまりのことに、言葉が出ない。
「――アハハ――」
シルヴィアは笑いながら、何とか誤魔化そうとしているが、そういう状況じゃない。
王宮の中は、何事が起こったのかと、いくつもの足音が大慌てで行き来していた。
その日――修練場が破壊された王宮は、大騒ぎになった。