033 眷属
闘いの終わりを見届けた宰相が、数名を伴って俺の方へと近づいて来る。
「――遠巻きながら、闘いを見届けさせていただきました。
失われた武器を持つ、賢者よ」
一瞬俺に向けられた言葉とは判らなかったが、どうやらそれなりに認めてくれたようだ。
俺は宰相の方を向いて言う。
「宰相殿下、実はお願いが――」
褒美でも強請られると思ったかもしれない。
宰相は表情を消して、静かに返答した。
「どのような願いか、申してみなさい」
俺は許しを得て、続ける。
「――恐らく王都の西方騎士団支部に詰めている西方騎士団幹部は、この騒ぎを聞いて王宮の近くに来ているはずです。
その幹部をここに連れてきていただきたい。
それと――」
俺は宰相に改めて向き直って言う。
「まだ闘いは終わっていません。
親衛隊長を呼び、陛下、殿下ともに、しっかりと警護をつけてください」
宰相はそれを聞くと、俺の目を見たまま思案し、そして答えた。
「――判りました。賢者の言う通りにしましょう。
西方騎士団支部に遣いをやります。
親衛隊長は先ほどから、我らの警護をしてくれています。
油断せず、警護を続けさせるように言いましょう」
宰相は近くの者を呼び寄せると、指示通りのことを言づてている。
俺はそれを見届けた後、セレスティアに近づき、彼女の耳元で一つ質問をした。
セレスティアは質問を聞いた後、俺の顔を少し見ると、目を瞑って頭を振った。
西方騎士団の幹部一〇名ほどが到着したのは、それから数分後のことだった。
どうやら王宮の異変を聞いて、王宮の外にまで来ていたらしい。
ただ、王宮内に入れず、そのまま待機していたようだ。
見ると、副団長や、尾行の男もいる。
西方騎士団からは、セレスティアが無事だったことを喜ぶ声も聞こえたが、俺やセレスティアたちが無言でいると、次第に静まっていく。
俺は未だ近くにいた宰相と数名に、その場から離れるように言うと、副団長に声を掛けた。
「副団長、訊きたいことがある」
俺がそういうと、全員の視線が副団長に集まる。
副団長は幹部の中から少し進み出ると、俺に返答した。
「――何だ?」
「王宮に巣くう“魔人”は潰えた。
――これで、満足か?」
俺の質問の真意が判らず、セレスティアたちの視線が俺に集まる。
副団長は、それを聞いて少し笑った。
「ハハ、満足も何も――。
聖騎士の望みが叶ったのであれば、我々にとってこれ以上ないことだ。
――それとも、何か違う意味の質問なのかね」
俺はニヤリと笑うと、強調して言い直した。
「いいや、聖騎士が満足か、という質問じゃない。
“あんたが満足したか”、という質問さ」
その質問の意味にハッと気づいたグレイスが、副団長に向けて長剣を構えなおす。
それを見て、シルヴィアも副団長を睨みつけた。
無言のまま答えを返さない副団長を見て、俺は周囲を歩きながら、そのまま言葉を続けていく。
「王宮にいた魔人、内務卿は、聖騎士が魔人を探していることを知り、それを利用して聖騎士を王都に誘き出した。
内務卿は、聖騎士が魔人を追っているという情報を、別の魔人――クルトから聞いたのだと言う。
クルトが内務卿にそれを伝えるために必要な要素は簡単だ。
聖騎士が魔人を追っている、その事実をクルトが知っていればいい」
俺はそこまで言うと、歩みを止めて副団長に向き直った。
「だが、空間魔法があるとは言え、クルト自身が西方に赴き、その事実を知るのは難しい。
そもそも今だから聖騎士は魔人を追っているという事実が判っているが、何の情報もなく、西方に行って、聖騎士の動向を探り始めるのには無理がある。
しかもクルトは暫く港町の迷宮に滞在して、俺たちと絶賛戦闘中だったしな。
さらに、聖騎士が魔人を追っている事実は、西方騎士団の中でも限られた人間にしか共有されていなかった。
いかな魔人とはいえ、探りを入れても、簡単にその事実に気づくとは思えない」
副団長は俺がそこまで言うと、嘲るように俺に言った。
「――で、何がいいたい?」
俺は笑みを浮かべると、副団長に言う。
「簡単なことさ。
西方騎士団の中で、聖騎士が魔人を追っているという事実を、魔人に“内通”したやつがいる、ということだ」
その発言に、集められた西方騎士団の幹部たちは色めき立った。
話を聞いていたセレスティアも厳しい表情に変わる。
副団長は飽くまで冷静に、俺の顔を見据えていた。
「――では、我々を呼び出したのは、犯人捜しをするためか」
俺はそれを聞いて再びニヤリと笑った。
「副団長、俺を王宮に連れて入った時のことを覚えているか?
随分複雑な道を辿って歩いたな」
「――あれは貴様ができるだけ多くの王宮の人間を、見たいと言ったからだが」
「そうだ。
だが、あれだけ複雑な道を通ったにも関わらず、俺は王宮の召使いや女官程度にしか遇わなかった。
にも関わらず、何故か最後だけ、内務卿と遇った。
まるでそのタイミングを計っていたかのように」
「――――」
副団長は無言のままだ。俺はそのまま言葉を続ける。
「俺はクルトの最終的な目的は知らない。
だが、王都におけるクルトの目的は知っている。
――それは、内務卿を“始末する”という目的だ」
俺の言葉にセレスティアが驚きの声を上げた。
「なっ――。
魔人同士が争っているというのか」
俺はそれを受けて、言葉を続ける。
「争いなのかどうかは判らない。
だが、クルトの目的はそれで間違いない。
西方騎士団の内通者は、聖騎士が魔人を追っていることを知り、それをクルトに伝えた。
そして、クルトは目的達成のために、内務卿に聖騎士を誘き出させ、闘わせるという方策に出た。
だが、結果は知っての通りだ。
聖騎士は拘束されてしまい、クルトの目的は遠のいた。
ひょっとしたらクルトとしては、内務卿と聖騎士のどちらが倒れても良い、ぐらいに考えていた可能性はあるが――。
そこに俺たちが王都にやってくる。
クルトは再び内務卿と俺たちを闘わせようとする訳だ。
“誰かさん”は忠実に、それを実行しようとした訳だが」
副団長は完全に、疑惑の目が自分に向いていることを理解して質問した。
「――私を疑っているようだが、推論ばかりで何か証拠でもあるというのか?」
俺はそれを聞いて、笑い声を上げながら強い口調で言った。
「ハハ。
――証拠も何も、さっき確かめたら、聖騎士がクランシーの加護を受けている事実を知っているのは、セレスティア本人と副団長、あんた以外にはいないと言うじゃないか。
だが、内務卿は闘いの中で“あの女はクランシーの加護を受けている”と言ったんだ。
つまり、この状況は副団長――あんたが裏切り者じゃないと、そもそも成り立たないんだよ」
俺はそこまで言い切ると、グレイスとシルヴィアに視線を送った。
その意図を汲んだ二人が即座に動き出す。
不気味に余裕の無さそうな笑みを浮かべた副団長は、その場から慌てて駆けて逃げ去ろうとした。
だが、シルヴィアが岩壁で妨害し、その退路を断つ。
副団長が方向を反転しようとしたところに、さらにシルヴィアの岩弾が飛んで、副団長に命中した。
「くっ――!」
「逃がしません!」
副団長の足が止まったところに、シークレットステップで近づいたグレイスが、後方から不意打ちを放つ。
その攻撃は、剣を受け止めようとした副団長の左腕にヒットし、ヤツの左腕を完全に切り飛ばした。
「セレス!」
俺が声を掛けると、行動が遅れていたセレスティアが聖乙女の剣を構えて副団長に向けた。
だが、複雑な感情の中、セレスティアの攻撃には一瞬の躊躇がある。
攻撃が放たれようとした次の瞬間、副団長の後ろの空間にポッカリと大きな穴が空いた。
「ヤツか――!」
一気にグレイスとシルヴィアにも緊張感が走る。
負傷した副団長を庇うように、何もなかった空間から、浅黒い肌と銀髪を持つ黒妖精がゆらりと姿を現した。
クルトは笑い声混じりに俺に語りかける。無駄にイケメンなのが憎い。
「――これはこれで優秀な眷属でね。
殺して貰っては困るのだ」
俺は下がっていく副団長を見ながら言葉を返した。
「この王宮のど真ん中から、逃れられると思っているのか?」
俺の発言に、クルトは嘲笑を返してくる。
「ククク――。
威勢が良いのはいいが、そもそもお前自身が、ここで闘うのは分が悪いと考えているのではないか?」
「――――」
やばい、見透かされている。
ここは味方の多い王宮の中ではあるが、同時に護らなければならない要人も多い。
巻き込みや人質という事態を考えると、確かにクルトの言う通り決して分の良い場所じゃない。
クルトは俺が動かないのを見ると、副団長に空間に空いた穴に入るよう促す。
「レド――!」
セレスティアが思わず声を掛けるが、副団長はセレスティアを一瞥することもなく、穴の中に消えていった。
続いてクルトが立ち去ろうとする。
「ケイ! このまま逃がすというの!?」
シルヴィアの焦った声が飛ぶ。
――だが、俺は魔法を仕掛けようとするシルヴィアを、手を上げて止めた。
それを見て、クルトが俺に声を掛ける。
「ケイと言ったな――。
賢者よ、“深淵の迷宮”に私を追って来い。
――もちろん、その勇気があるならな」
クルトはそう言い残すと、空間に空いた穴に消えていく。
俺たちは――それをただ、見送ることしかできなかった。
クルトと副団長が消えてから、宰相が再び近づいてくる。
グレイスとシルヴィアも構えを解き、俺の側へと戻ってきた。
「――ケイ、このままクルトを逃し続ける訳にはいかないわ」
シルヴィアの強い言葉に、俺も頷く。
彼女は俺が出した指示に、決して不満を表明している訳ではない。
だが、同時にクルトを見逃したことに対して、納得もしていないことが判る。
グレイスは俺を見ると、心配するなとばかりに微笑んだ。
「“深淵の迷宮”は、王都から最も近い迷宮です。
ですが、危険な魔物が多く、構造も複雑なため、現在は閉鎖されています」
宰相がクルトの発言を拾って言った。
こうして俺たちの意思とは関係なく、次の目的地が決まっていく。
俺は少し離れた場所で、聖乙女の剣を持ったまま項垂れているセレスティアを見て、声を掛けた。
「セレス――大丈夫か?」
セレスティアは、その場で下を向いたまま呟く。
「内務卿だけでなく、レドモンドまで――。
私は――私は、これまで何を見てきたというのだろう――」
彼女の深い後悔の言葉に、俺たちは掛ける言葉を見つけることが出来なかった。
一旦セレスティアが謹慎させられていた部屋に下がっていた俺たちは、一時間ほど経って、再び謁見の間に招集された。
――セレスティアの処分を言い渡すためだ。
謁見の間は、ある程度の片付けが済んでいたものの、変わらず闘いの余波が見て取れる。
俺たちはセレスティアを先頭にして、改めて謁見の間に膝を付いた。
頭上から厳かに、国王の声が響く。
「聖騎士セレスティア。
謀反の疑いを掛けられながらも、王宮に巣くう敵を斃し、忠誠を示したことは賞賛に値する。
――だが、予の命に反し、西方騎士団を返し、さらに謹慎の命にも反したのは事実だ」
セレスティアは、さらに深く頭を下げる。
国王の発言に続ける形で、宰相が進み出て、セレスティアに対する処分を告げる。
「聖騎士セレスティア。
あなたの西方騎士団団長位、並びに騎士位を剥奪します」
「はっ――」
周囲にセレスティアの緊張した返事が響いた。
内務卿を倒したことで、謀反の疑いは実質晴れた。
セレスティアが処断されることはないと思っていたが、とはいえ処分の内容としてはかなり厳しい。
実質の解雇通告に近いからだ。
だが、宰相は、その気持ちを知ってか知らないでか、頭を下げるセレスティアに、さらに言葉を重ねた。
「――その上で、セレスティアに命じます。
一兵卒として、そこに並ぶ冒険者と共に、“深淵の迷宮”に落ち延びた敵を追いなさい。
脅威を拭い去るまで、戻るに能わず。
必ずやり遂げるように」
それを聞いて、失礼な振る舞いと知りながらも、セレスティアは思わず顔を上げた。
そこには宰相の笑顔がある。
実際、魔人の脅威がある以上、王国はそれに何も対処しない訳にはいかない。
一方俺やグレイス、シルヴィアは王国に仕えている身分ではない。だから命令されても、それを必ず聞かなければならない立場にない。
だからこそ、宰相はセレスティアの任を解き、騎士団から離した上で、“俺たちと共に追え”という、俺たちに魔人を追う命を“間接的に”下したのだ。
このやり方は、一国の宰相なりに、策士だと感じる。
俺の顔にも、思わず笑みが浮かんだ。
「――拝命致しました」
暫く後に答えた、セレスティアの美しい声が、改めて周囲に響く。
その声色には、これまでにはない、ある種の希望が含まれているのが計り知れた。
(第三部 了)