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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第三部 アンセル篇
33/117

032 関与

 俺の目前に迫った内務卿カーティスは、邪悪な笑みを浮かべながら、暗闇の大剣を水平に振るう。

 その攻撃は、そのまま行けば俺の胴体を真っ二つにするコースだったが、俺はそれを賢者の杖スタッフオブセージを両手で持って、ガッチリ受け止めた。

 素手の右手はもとより、鉄の籠手ガントレットを装着した左手にも相当な衝撃がある。

 そもそも内務卿カーティスが俺を本気で真っ二つにしようとしていれば、きっと賢者の杖スタッフオブセージで受け止めるのは難しかったに違いない。

 だが俺は、比較的容易にその攻撃を受け止めることができた。

 これは、最初から攻撃を受け止めさせることが目的だったと考えた方がいい。

 つまり、この直後に雷撃ボルトが来る。


 ――俺は、それを見越してある付与エンチャントを試みていた。


 内務卿カーティス雷撃ボルトが発動する直前、俺の賢者の杖スタッフオブセージに仕掛けた接触魔法が発動し、岩壁ロックウォール水壁ウォータウォールが同時に地面に突き刺さる。

 発動した雷撃ボルトは、凄まじい音と光を放ちながら、その“水に濡れた岩壁ロックウォール”を伝い、地面に霧散むさんした。

 辺りにはピリピリとした静電気混じりの空気が立ちこめるが、俺に大きなダメージはない。

「何――だと?」

 内務卿カーティスは俺が無傷でいられたのが、信じられないようだ。


 岩や土は当然単体では電気を通さないが、水を含めば電気を通す。

 人間の身体が比較的電気抵抗が高いことを考えると、電気は人間の身体よりも、より優先的に水で濡れた岩壁ロックウォールを通る。

 俺がやったことは、俺の身体を通るよりも、電気が通りやすい道を、岩壁ロックウォール水壁ウォータウォールで作って、電気の逃げ道アースを作ってやっただけだ。

 しかも俺が持っていた賢者の杖スタッフオブセージは金属ではない。

 果たして雷撃ボルトの衝撃は、逃げ道アースを通り、地面の中に消えていった。


 これは以前、シルヴィアが土銃ドレイクガンと空間魔法を組み合わせて、クルトに手傷を負わせたことを参考にしたものだ。今回は接触魔法によって、ほぼタイムラグなく岩壁ロックウォール水壁ウォータウォールの二つの魔法を組み合わせて発動させている。

 ――これが成功したことで、俺が考えていることへの大きな一歩になった。

 俺にとって、片方の魔法に対してもう一方の魔法が、“関与できる”ということが重要なのだ。


 俺は続けてすきを見せていた内務卿カーティスに向けて、光弾スターシェルを放つ。

 内務卿カーティスは当然避けようとするが、光弾スターシェルは他の魔法に比べて着弾が早い。たちまちいくつかの光弾スターシェル内務卿カーティスの身体に命中した。

 だが、内務卿カーティスを見ると、命中した場所の肌が焦げたように黒くなっただけで、物理的に大きなダメージがあるようには見えない。

 もちろん全くダメージがない訳ではないだろうが、光弾スターシェルは物理的な衝撃を伴わないので、見た目でダメージの程度が判りにくい。さらに言えば、物理的な衝撃がない分、内務卿カーティスの体勢をくずしたりもできない。

「ちっ――」

 内務卿カーティス光弾スターシェルが避けられなかったことに舌打ちをしながら、再び暗闇の大剣を振るってきた。

 俺はそもそも後退するつもりだったこともあり、その攻撃が届く間合いから即座に逃れる。


 俺は内務卿カーティスの顔を見てニヤリと笑うと、後退したことで出来た内務卿カーティスと俺との間の地面に、次々と土銃ドレイクガンを放った。

 魔法を内務卿カーティスに当てようとしている訳ではない。そのせいで、いくつもの土山つちやまが、内務卿カーティスと俺の間に障害物のように盛り上がっていた。

「それで防御しているつもりか!」

 内務卿カーティスが俺に向けて言い放つ。

 俺は無言のまま、目前の盛り上がった地面に向けて、風塵ウィンドストームを放った。

 途端とたん、周囲に大量の土埃つちぼこりが舞い上がり、内務卿カーティスの視界を奪う。

 これも、魔法で作った土に、風を“関与”させたものだ。

「小細工を――!」

 当然ながら、内務卿カーティスから俺が見えなくなったのと同様に、俺からも内務卿カーティスの姿が見えない。

 俺は資産インベントリから砂の短剣ソードオブサンズを取り出すと、それを土埃つちぼこりが舞う風塵ウィンドストームの方へ投げた。

 そして、砂の短剣ソードオブサンズに出来るだけ強い光源ライトともす。


 果たして内務卿カーティスは、その光源ライトに向けて、鋭い斬撃を放った。

 粉々に砕け散った砂の短剣ソードオブサンズが細かい光の粒になって、風塵ウィンドストームに飲み込まれていく。

 ――つまりそれは、俺から内務卿カーティスの場所が把握はあくできるようになったことを意味していた。


 俺は内務卿カーティスがいるであろう場所に真打ちとっておきを放つ。

 それは土属性の上級魔法である礫雨ロックレインを発動し、その礫雨ロックレインに対して光属性を付与エンチャントするという、力業ちからわざの“合体魔法”だった。


 土埃つちぼこりの中へ、中空ちゅうくうに現れた黒い空間から、光をまとったつぶての雨が次々に降り注ぐ。

 その圧倒的な質量に、内務卿カーティスのものと思われる大きな悲鳴が上がった。


 ――意識の集中が難しい。

 目の前の空間に、無数に生まれるつぶてのそれぞれに、光属性を付与エンチャントしていくのだ。

 付与エンチャントに成功するものもあれば、失敗してただのつぶてとして降っていくものもある。

 連続する付与エンチャントの使用に、俺のSPは驚くほどの勢いで吸い取られて行った。



 土埃つちぼこりが収まり始めたころ、内務卿カーティスは青黒い血に包まれた姿を現した。

 もはや、パーティを崩壊させ、自信に満ちた姿はない。

 満身創痍まんしんそういの、体中に無数の傷を負った状態だ。

「き、貴様――!」

 内務卿カーティスは自分が不覚をとったことが許せないのか、怒気をはらんだ台詞セリフを吐いた。

随分ずいぶん男っぷりが上がったな」

 俺は内務卿カーティスに向かって言った。

「――いかに貴様が“失われた合成魔法”を駆使しようとも、致命傷にはならぬわ」

 内務卿カーティスは、負け惜しみのように言い放つ。

 だが、ある意味ヤツの発言は当たってもいる。

 どうしても物理的な武器が介在しない魔法だけでは、与えられる傷の深さに限界がある。

 ヤツの皮膚は硬く、魔法防御は高い。

 先ほどの光の礫雨ロックレインにしても、有効打にはなっているが、致命的な傷を与えられるような一撃ではない。


 俺は内務卿カーティスに気づかれないように、周囲を確認した。

 ――もう少し時間をかせぐ必要がありそうだ。

 もう少しだけ、コイツの相手をしてやらなければならない。


 内務卿カーティスは身体から血をしたたらせながら、俺に近寄ってくる。

 ここから先は掛け値無しで、使ったことのない魔法に頼らざるを得ない。

 俺のイメージ通りになれば、勝機が見いだせる。

 イメージ通りにならなければ、俺の命はない。


 その状況に汗をしたたらせながらも、可笑おかしな笑みが漏れてしまう。

 俺はこの状況を楽しんでしまっている――。



 内務卿カーティスは、ギラついた目を俺に向けながら、力一杯の斬撃を放ってきた。

 どう考えても賢者の杖スタッフオブセージなどでは受け止めようのない攻撃だ。

 しかもタイミングから言って俺の回避力では避けようがない。

 俺はその攻撃を視界に入れながら、内務卿カーティスの後方へ強く意識を集中する。


 一か八かの状況で、俺の身体は――見事にイメージ通りに動いた。


「なっ!?」

 内務卿カーティスの驚く声が聞こえる。

 かなり離れたところまで待避していた王宮の人間からも、声が上がったのがわかった。

 内務卿カーティス渾身こんしんの一撃は完全に空を切り、俺の身体は内務卿カーティスの後方にあって、淡い光を纏っている。

 俺の視点からすると、攻撃を食らう直前に視界が一変し、内務卿カーティスの後ろ姿が見えるようになった状態だ。

光の転移ゲート――」

 宰相オルガが発した声が聞こえた。

 以前ロドニーを追い詰めたときに聞いた、“光属性の空間移動魔法”のことだ。

 まさに今の俺には、賢者の杖スタッフオブセージを手にしていないと使いようのない魔法だった。


 これが俺に使えるのかどうか、本当にイメージだけで発動できるかどうかは完全にけだった。

 今回は偶々たまたま上手く行っただけだ。

 そう考えると、成功したにも関わらず、ゾクゾクと背筋が寒くなってくる。


 だが、これで勝ったわけではない。

 単に攻撃を避けただけに過ぎない。

 俺に決定的な火力が足りていないことに、何ら変わりはない。


 俺は後ろを見せて呆然ぼうぜんとする内務卿カーティスに、賢者の杖スタッフオブセージを高く掲げた。

 これも上手く行くか判らないが、けだ。

「どっちを見ている?」

 俺は内務卿カーティスに声を掛ける。

 内務卿カーティスはその声に、素直に後方にいる俺の方を振り返った。

 瞬間、俺は意識を集中し、内務卿カーティスを拘束するくさりをイメージする。

「――!!」

 動き出そうとした内務卿カーティスの周りの空間から、何本もの黄金色に輝いた鎖が生まれてくる。

 その鎖は内務卿カーティスの手足や首、胴体にまとわり付き、内務卿カーティスの身体をその場に拘束した。

「こ、これは――」

「光の拘束魔法、聖なる檻セイクリッドプリズンってやつさ」

 俺はゆっくりと、全身を黄金の鎖で拘束された内務卿カーティスに近づいていく。

「ひとつ、あんたに聞きたい。

 あんたが聖騎士デイムセレスティアに書面を出した張本人で間違いないだろうが、あんたは誰から聖騎士デイムセレスティアが魔人を追っていることを聞いたんだ?

 聖騎士デイムは魔人のことが書かれていなければ、そう簡単には王都アンセルへの召還しょうかんに応じなかったはずだ。

 逆に魔人のことを書面に書くためには、聖騎士デイムが魔人を追っていたという事実を、事前に知っていないと不自然だ」

 俺が内務卿カーティスに問いかけると、内務卿カーティスあざけるように、俺に言った。

「――身体を拘束した程度で、勝ったつもりか。

 貴様には私を消滅させるだけの決め手はあるまい。

 この魔法がいつまで続くのか知らんが、拘束が解ければ貴様の命はないと思え」

「――であれば今、俺の質問に答えたところで大差はないだろう。

 あんたは聖騎士デイムが魔人を追っていることを、“クルトから聞いた”んだな?」

 そういうと、内務卿カーティスは邪悪に笑いながら答えた。

「ククク――そうだ。

 魔人のことを出せば、聖騎士デイムは確実に王都アンセルへ向かう。

 あの女はクランシーの加護を受けた身。罠に掛けて処刑できれば、その力を簡単に奪うことができるからな」

 ――やはり、俺の想定通りだ。

 となると、クルトはやはり王都アンセルのこの状況に、一枚んでいることになる。

「答えてくれて助かった。

 ――じゃあ、あんたにはこのまま退場してもらうことにしよう」

 俺がそういうと、内務卿カーティスは唇をゆがめる。

「貴様に私を消滅させられるだけの攻撃ができるのか?

 いかに私を傷つけようと、致命傷にならねば消滅などせぬぞ」

 俺は内務卿カーティスの顔を見て、ニヤリと笑った。

「決め手になる火力はないさ。

 ――“俺には”――な」

 その発言を聞いて、笑みを浮かべていた内務卿カーティスの表情が固まる。


 俺は内務卿カーティスの側から数歩後退すると、賢者の杖スタッフオブセージを握って付与エンチャントを掛けた。

 次の瞬間、内務卿カーティスの胸を、光をまとった剣が貫く。


 聖騎士デイムセレスティアの聖乙女の剣ジャクリーンまばゆいばかりの光属性をまとい、内務卿カーティスの硬い身体を、いとも簡単に貫いていた。

「何――だと――」

「あんた、忘れていたのかもしれないが、俺は“一人”で闘ってた訳じゃない」

 その言葉にセレスティアが笑みを浮かべる。


 俺が時間稼ぎをしている間、土煙つちけむりが舞う中で、セレスティアは全員を回復し、パーティを立て直していた。

 彼女の持つ回復魔法4は、自分だけでなく、気絶したシルヴィアや、骨折したグレイスをやすことができる。

 ただ問題は、治癒ちゆに“時間が掛かる”ということだった。

 俺はその間、内務卿カーティスの意識を自分だけに向けることに苦心した。


 俺は内務卿カーティス状態ステータスを確かめる。

 聖乙女の剣ジャクリーンの一撃で、HPは相当に落ちている。

 だが、これだけで消滅するような数値パラメータじゃない。


「下がって!!」

 周囲にシルヴィアの声が響いた。

 セレスティアは聖乙女の剣ジャクリーン内務卿カーティスの身体から抜き、俺と共に後退する。

 その直後、聖なる檻セイクリッドプリズンで拘束された内務卿カーティスの周りに、何枚もの岩壁ロックウォールが現れた。

「さっきのお返しよ!」

 シルヴィアが威勢いせい良く言い放った直後、地獄のかまとなった岩壁ロックウォールの中に、業火インフェルノの炎が舞い落ちる。

 俺はその攻撃に合わせて、業火インフェルノの炎に光属性を付与エンチャントした。

「ぐああああああぁぁぁぁぁ――」

 かまの中からこの世のものとは思えないほどの絶叫が上がる。

 内務卿カーティスは光の業火に焼かれて、その身を次第に黒く変えていった。


 その絶叫が聞こえなくなって暫く経った後、シルヴィアが岩壁ロックウォールを解除すると、果たして内務卿カーティスは、跡形あとかたもなく消滅してしまっていた。

 それを確認したセレスティア、シルヴィアとグレイスは、俺の近くへ駆け寄って来る。

「ケイ、無事で良かったわ」

 シルヴィアの発言に俺が笑う。

「それは俺の台詞セリフだな。

 セレス、お陰で助かった。みんなを回復してくれたんだな」

「いや――助かったのは私の方だ。

 賢者の杖スタッフオブセージ――初めて見たが、それを使いこなすとは、やはりただ者ではなかったのだな」

 セレスティアがそう言って、俺の持つ杖を見る。


 この杖を使いこなした覚えはないが、様々な力を引き出すことはできた。

 そして、魔人の武器の力を借りたとはいえ、俺じゃない人間が魔人にとどめを刺したのも、初めてのことだ。

 俺の手の中にある賢者の杖スタッフオブセージは、相変わらず淡く黄金色の光を発している。


「ケイ、お見事でした。

 ――では杖を」

 グレイスが俺の持つ賢者の杖スタッフオブセージを受け取ろうとする。

 だが、俺はそれには従わずに言った。

「――いいや、まだだ。

 グレイス、シルヴィア、セレス。

 まだ終わっていない!」


 三人はそれを聞くと、一気に表情を引き締めた。




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