031 光
「何――!?」
「何だ!?」
前方で対峙していたセレスティアと内務卿は、少し離れたところから発せられた強い光に注意を引きつけられた。
セレスティアと内務卿の動きは完全に止まり、俺とグレイスの動きに注目している。
俺は周囲の視線を集める中、光の中から慎重に得物を取り出していく。
だが、その過程で、今までとは違った感触を感じた。
何だろう――? 両手に掴んだものに、“一体感”を感じる。
両手に握ったものを、少しずつグレイスの胸元から引き出して行くと、それは両手で持つに相応しい長さを持った、一本の“杖”だった。
杖は頭の部分に凝った意匠の細工がしてあり、全体が淡い黄金色の魔法の光で包まれている。
重さとしては片手で持てる程度ではあるが、長さは背の高さ近くまであり、片手で振り回すような品ではない。
素材は明らかに木ではないのだが、金属でもないように感じる。何の素材で出来た杖なのかが良く分からない。
「まさか――賢者の杖――?」
宰相が俺が手にした杖を見て、言葉を漏らした。
宰相はこの杖の詳細を知っているのだろうか?
俺はそれを確かめる意味も含めて、自らの持つ杖を凝視してみた。
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【装備名】
『賢者の杖』
【種別】
魔人杖(ユニーク)
【ステータス】
S P:上限+2000
S P:3秒ごとに20低下
精神力:+400
魔法力:+600
運 勢:+100
攻撃力:+306
防御力:+98
【属性】
光
【スキル】
光属性魔法+6、火属性魔法+3、水属性魔法+3、風属性魔法+3、土属性魔法+3、光属性耐性★、闇属性耐性+6、回復魔法+4、賢者の祝福、属性付与、付与強化、光結界、聖なる檻、浄化、魔力制御+4、精神集中+4、魔力増幅、属性耐性+6、精神耐性+6、状態異常耐性+6、自動魔力回復+6
【装備条件】
契約者および契約者が認めた人物のみ
【希少価値】
SS
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宰相の言う通り、この杖は賢者の杖で間違いない。
だが、それが判ったということは、宰相はこの杖をどこかで見たことがあるということなのだろうか?
――それはさておき、相変わらず反則級の代物であることは間違いない。
無論、これまでグレイスが持っていた武器は、どれも反則級の強さではあったのだが。
俺は、賢者の杖のスペックの中で、“属性付与”というスキルに吸い寄せられていた。
これが文字通りのスキルなのだとしたら、全員の武器を光属性にすることができるのかもしれない。
ただ、この杖一本で、3秒で20のSPが吸い取られるというのは、燃費が悪いどころの話ではない。
しかもこの杖は、単体で攻撃できる武器ではなく、魔法を使うための武器だ。だとすると、さらに魔法を使うためのSPを消費することになる。
ところが、俺の状態を改めて確認すると、先ほどからSPは減っていない。
むしろ今までにないスピードで回復していっているように見える。
どうやら吸い取られるSPよりも、強化された自動魔力回復の効果が上回っているようだ。
同じ武器の中でSPの減少と回復が同時に起こっているのは不思議な気分だが、取り急いでのSP枯渇問題は、杞憂で済みそうだった。
俺は鉄の籠手を装備し直し、杖を目前のグレイスに向けると、光をイメージしながらグレイスに付与を掛ける。
すると、グレイスの長剣を淡い光が包み込んだ。
「――これは?」
グレイスは目を開き、俺を潤んだ目で見つめる。
魔人の武器を取り出した後は、気だるい表情になるのがどうにも色っぽい。
俺も先ほどの手の感触が思い出されて、ちょっとドキドキする。
「――光属性の付与だ。
闇属性のグレイスに掛かるか心配だったが、武器に付与するのは、ひとまず大丈夫なようだな」
俺はそういうと、内務卿のいる方向へ向き直った。
内務卿は起こった出来事を興味深く観察しながらも、俺がグレイスから武器を取り出したこと自体には、別段驚いた様子がない。
むしろ、元々知っていたかのように、ニヤニヤと笑みを浮かべている節がある。
「――なるほど、これが“あの男”が言っていたことか」
普段はSPの減少が気になって、「ゴチャゴチャ言うな」と、売り言葉に買い言葉を返すのだが、流石にこの発言は気になった。
「“あの男”――?」
「おっと、お喋りが過ぎたな」
内務卿はそう言って、セレスティアに暗闇の大剣を振るう。
構えていたセレスティアが盾で受け止めると、再び両者の間に細かな魔法の火花が飛び散った。
内務卿の言う“あの男”というのは、俺たちの追うクルトである可能性が高い。
何しろこれまで俺がグレイスから武器を取り出す場面を見て生き残った敵は、クルトしかいないからだ。
この場にクルトが隠れている可能性については、考えなくもなかったのだが、こういう言い方でやつの存在が示唆されると、流石に心に不安が過ぎる。
過去、二人の魔人によって、戦力が分断されたとき、何が起こったか――。
クライブがどうなったのかを考えると、嫌な予感が脳裏を駆け巡ってしまう。
「セレス、もう一匹魔人が隠れている可能性がある」
「お前たちが追っていたヤツか」
「ああ――。
だが、取り急ぎは内務卿に集中してくれていい」
俺はセレスティアに情報を伝えはしたものの、それを無視する指示を出す。
何となくだが、俺はクルトの目的に気づきつつある。
ヤツの最終目的は判らないが、“この場面”における、クルトの目的は何となく想像がつく。
もし、それが俺の想定通りであれば、クルトはどこかでこの闘いを見ているかもしれないが、きっと手出しはしてこない。
ヤツの最終目的が判らない以上、このまま内務卿と闘うのには躊躇を覚えるが、内務卿は内務卿で危険な存在だ。このまま野放しという訳にもいかない。
まずは目の前に集中するしかないだろう。
問題は、例え光属性の付与ができたところで、それだけで勝てるかどうかは判らないところだ。
何しろ俺たちは、内務卿の持つ能力を、全く理解していないのだから――。
内務卿は、一度バックステップを踏むと、暗闇の大剣を左に大きく振りかぶった。
これまでの闘い方は、正直大鬼の王のジノと大差のない、力押しの、ある意味馬鹿正直な闘い方だった。
だが、このタイミングで、初めて内務卿は、闘い方に変化を加えてくる。
セレスティアはこれまでと変わらず、内務卿の放った斬撃を、戦乙女の剣で受け流そうとした。
そして、両者の剣の間に火花が散った時、別の電撃が内務卿の身体から暗闇の大剣、そして戦乙女の剣を通ってセレスティアに到達する。
「――!!
あああぁぁぁぁっ!!」
一瞬の驚きの後、セレスティアが大きな呻き声をあげた。
セレスティアの身体を無尽に駆け巡った電撃が、彼女を数秒間に渡って痛めつけている。
その間、周囲は俺がグレイスから武器を取り出した時以上の眩しい光に包まれた。
それは、これまでの単調な攻撃からは想像できなかった、雷撃の魔法の一撃だった。
内務卿は雷撃を喰らってふらつくセレスティアに、右回し蹴りで追い打ちを掛ける。
俺とシルヴィアがそれに反応して、魔壁と岩壁を作ったが、内務卿の回し蹴りはその二つを軽々粉砕し、防御姿勢の取れなかったセレスティアを、まともに蹴り飛ばした。
「セレス!!」
頭の方から転がったセレスティアに俺が駆け寄り、大回復を掛ける。
賢者の杖によって増幅された大回復は、一気にセレスティアのHPを全快させた。
だが、見た目上のHPは回復しているが、セレスティアは神経系にペナルティを負っている気がする。明らかに立ち方がふらついている。
「ケイ、危ない!」
シルヴィアの声に反応して、その場を飛び退いた。
即座の反応が取れなかったセレスティアは、本能的に盾で防御姿勢を取ったが、大剣の一撃に身体が大きく流された。
セレスティアが追い打ちを受けそうになった瞬間、グレイスが内務卿の後方から不意打ちを仕掛ける。
その攻撃は見事に当たり、内務卿の背中に裂傷を作った。
光属性を付与した長剣は、決して深い傷ではないが、作った傷口の周りを黒く変色させる。
内務卿は表情を歪めると、グレイスに攻撃対象を移し、大剣を横凪ぎに振るった。
グレイスはそれを華麗に避けたが、その後の第二撃、第三撃となって、動きが鈍ってくる。
俺とシルヴィアは都度、魔弾と岩壁でサポートを仕掛けたが、内務卿は一心不乱にグレイスを狙い続けた。
そもそも、武器を取り出した後のグレイスは万全ではない。
第四撃目を躱したものの、足下のバランスを崩したグレイスは、内務卿の放った左手のパンチをもろに身体に喰らって、後ろに弾け飛んだ。
俺はその光景の衝撃に、声を上げるのも忘れてグレイスの側に必死で駆け寄る。
起き上がろうとしたグレイスが、口から少量の血を吐いた。
俺は大回復で傷を癒やす。何となくだが、グレイスの肋骨が折れているような気がする。
「グレイス、下がれ」
グレイスは、無言で少し頷くと、俺の後方へと下がっていく。
内務卿に対峙するのは、防御姿勢が完全じゃないセレスティアだ。
シルヴィアは内務卿の動きを阻害するように、岩壁と土銃を放っているが、まさに牽制にしかなっていない。
セレスティアは内務卿の攻撃を受ける度、今までとは明らかに違う歩幅で後退している。
そして、後退するセレスティアとシルヴィアの距離が近づいた時、俺の目にニヤリと笑った内務卿の顔が映った。
得も言われぬ嫌な予感が駆け巡る。
「ダメだ、二人とも離れろ!!」
俺が叫んだ直後、セレスティアが次の攻撃を盾で受け止めた。
その瞬間、再び雷撃の魔法がセレスティアを襲う。
そして、その魔法は俺の声を聞いて駆け出しそうになっていたシルヴィアをも、後ろから巻き込んだ。
「きゃぁぁぁぁぁああああっ!!」
シルヴィアの甲高い悲鳴とセレスティアの呻き声が重なる。
その魔法が終わった直後、セレスティアはその場で膝をつき、シルヴィアは俯せにバッタリと倒れてしまった。
――まずい。
魔人の武器を取り出し、光属性の付与に活路が見いだせると思ったのだが、内務卿の魔法剣の攻撃に、パーティが崩壊させられてしまっている。
ロドニー、ジノの時と違うのは、俺が前線に出ていないことだ。
賢者の杖で前線に立てるとは思わないが、パーティを立て直すためにも、目一杯の能力を引き出すしかない。
「――呆気ないものだな」
セレスティアが崩れ、シルヴィアが倒れ、グレイスが負傷したのを見て、内務卿が嬉しそうに言った。
確かにまともに立っているのは俺しかいない。既に勝ったつもりなんだろうか。
俺はヤツの注意を最大限、俺に集中させて、時間を稼ぐことにした。
「内務卿、お前――クルトに利用されていることが、理解できていないようだな」
その発言を聞いて、嬉しそうに語っていた内務卿の表情が、一気に強ばったのが判った。
内務卿にとって、聞き捨てならない内容だったのかもしれない。
「――どういう意味だ?」
内務卿が俺に問いかける。
俺は鼻で笑って、それに言葉を返した。
「お前はクルトの目的を知らないのか」
俺の言葉に、内務卿は少し無言になった後、口を開いた。
「――貴様はあの男の目的を、知っているというのか?」
俺はそれを聞くと、ニヤリと笑いながら、手を振って言う。
「――ああ、いや、気にしないでいい。
今、俺が言ったことは忘れてくれ」
俺の返答に、馬鹿にされたと思ったのだろう。内務卿は明らかに怒気を孕んだ視線を返した。
「貴様――!」
内務卿が俺に歩み寄ってくる。
俺は賢者の杖を掲げて、自分に付与を掛け直した。
――そして、最後に“光属性”を付与する。
増幅された付与は、今までの倍以上の威力がある。
近寄ってくる内務卿の姿を見て、俺の額には玉のような汗が浮かんでいた。
ここから先は、俺にも判らない。正に出たとこ勝負だ。
俺は、この戦闘の最大の危機において、今まで見たことも試したこともない魔法に挑もうとしていた。