030 剛力
「貴様――」
内務卿の視線は、完全に俺に固定されている。
セレスティアは聖乙女の剣を抜き放ち、盾を装備すると、状況に圧倒されている文官、武官に向かって叫んだ。
「皆下がれ!
国王陛下と宰相殿下をお守りしろ!」
武官と思しき者たちが、即座に動いて国王と宰相を包み囲んで下がっていく。
俺の左右には武器を構えたグレイスとシルヴィアが立ち上がっていた。
「まだ魔人化していません。今の内に狙いますか?」
グレイスが俺に問いかける。
「いや、魔人化させなければセレスティアの疑いは晴れない。
危険はあるが、力勝負だな」
俺がそう言って間もなく、謁見の間に響くように、どくん、と大きな魔力の波動が感じられた。
途端に内務卿の身体が二回りぐらい巨大化する。
それを見て、宰相が驚きの声を漏らした。
「まさか、本当に“魔人”だというのですか――」
宰相だけではない、居並ぶ全員が驚愕の表情だ。
御伽噺に出てくるような存在が、まさか身近に存在するとは思っていなかったのだろう。
俺は変化する内務卿の外観を見ながら、慎重に状態を確認した。
**********
【名前】
カーティス
【年齢】
不明
【クラス】
魔人
【レベル】
53
【ステータス】
H P:????/????
S P:????/????
筋 力:???
耐久力:???
精神力:???
魔法力:???
敏捷性:???
器用さ:???
回避力:???
運 勢:???
攻撃力:???
防御力:???
【属性】
闇
【スキル】
不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、ハーランド語
【称号】
不明、不明、不明、不明、不明、アラベラの使徒
【装備】
暗闇の大剣(攻撃力+510)
不明
【状態】
不明
**********
内務卿は、元が中年男性とは思えないぐらい、筋骨隆々とした姿に生まれ変わっている。
武器は巨大で真っ黒な刀身の両手剣だけに見えるが、レベルだけで言えば、クルトよりも上の敵だ。
数値については、魔人化する前も見えなかったのだが、魔人化によって間違いなく強化されているだろう。どう考えても強敵に違いない。
特に今回は前情報が殆どない分、使ってくる魔法やスキルが判らない。油断は禁物だ。
俺は先頭に立つセレスティアに声を掛けた。
「セレス、気をつけてくれ。相当な力を持つはずだ」
セレスティアはそれに応える。
「わかった。補助を頼む」
セレスティアはそう言うと、内務卿の正面に歩み出る。
俺は次々と付与を掛けていった。筋力増、防護、走力強化、精神力強化、体力強化、魔力強化に加えて、接触魔法もそれぞれに掛ける。
「――ケイ、あなたは付与術士だったのか」
セレスティアが少し驚いたように言う。
「一応な」
俺が端的に応えると、セレスティアは少し微笑んだ。
「なるほど、これ以上ない補助だ」
セレスティアはそういうと、改めて内務卿の前に進み出た。
内務卿は魔人化を終え、皮膚が見えている部分は銅色の輝きがある。
凶悪度が増した顔を歪ませながら、内務卿は俺とセレスティアに向けて言葉を放った。
「貴様ら――私の折角の計画を台無しにしてくれたな。
許すわけにはいかんぞ」
俺はそれを聞いて、笑いながら言う。
「こっそり隠れるのが計画か。
計画というものはもっと周到に立てるものだ」
その言葉に内務卿は、俺に怒りの目を向ける。
すると、それを遮るように、セレスティアが俺と内務卿の間に割り込んだ。
「来い、カーティス! 私が相手になってやる」
内務卿はその発言を聞いて、セレスティアに向けて大剣を両手で振りかぶった。
内務卿の姿は、人間の姿形ではあるが、まるで大鬼のように大きい。
その姿で振るう両手剣は、相当な破壊力に思えた。
だが、セレスティアは左手の盾で、その攻撃をガッシリと受け止めた。セレスティアの身体に大きな加重が掛かり、彼女の身体全体が沈み込む。
大剣と盾が激突したところからは、白い魔法の火花が断続的に飛んでいた。セレスティアの持つ盾は、間違いなく何らかの魔法が付与された品だ。
セレスティアはその一撃を押し返すと、隙を見て右手に持った聖乙女の剣で突きを放った。
聖乙女の剣の一撃は、確かに内務卿の脇腹を捉える。
周囲に金属的な衝突音が響き、内務卿の脇腹に傷が付いたが、かすり傷のように浅かった。
内務卿は続いて右手だけで横凪ぎを放つ。
俺は無駄と思いつつセレスティアの盾の前に魔壁を二重に作った。
周囲に破壊音が響き、魔壁が粉々に粉砕される。だが、それで勢いを殺された大剣は、さほど威力のない形でセレスティアの盾を叩いた。
と、その瞬間、左からシルヴィアの土銃が放たれる。内務卿は左腕でガードするが、下腕に土銃が突き刺さった。
「ダメ、浅いわ!」
シルヴィアが叫ぶ。俺はシルヴィアに攻撃目標が移るのを恐れて、立て続けに魔弾・小を放って牽制した。内務卿はそれを後ずさりしながら避ける。
その瞬間、内務卿の影のある方向からグレイスが飛び出し、内務卿の右脚に向けてチャージを仕掛けた。
その攻撃は内務卿の右太ももに突き刺さり、仕掛けられた接触魔法の魔弾によって、爆発が起こる。
流石にダメージがあるのか、内務卿がぐらりと右側に傾いだ。
「――!」
その後の内務卿の行動は、俺もグレイスも予測していなかったものだった。
内務卿は右側に傾いだにも関わらず、全くの体勢不十分のまま、グレイスに横凪ぎを放ったのだ。
その攻撃はチャージで前に出ていたグレイスが、もろに身体に受けてしまうコースだった。
「くっ――!」
周囲に激しい金属音と火花が飛び散り、その攻撃が逸れる。
セレスティアが無理矢理聖乙女の剣を差し込み、内務卿の大剣を受け流したのだ。
結果、攻撃はグレイスに当たらず、空を切った。
――やばい、今のはセレスティアが咄嗟に動いてくれなかったら、グレイスはただでは済まなかった。
こいつはひょっとしたら、想像よりもずっと強いのかもしれない。
体勢不十分で攻撃して、結局尻餅をついた内務卿は、手をつきながら即座に起き上がり、セレスティアの方へ向き直った。
その間にグレイスは、俺の近くまで後退してくる。
「――ロドニーとは比べものにならない堅さです」
グレイスが俺に報告する。
少なくともロドニーとの闘いでは、魔弾を乗せた突き攻撃で、片腕を粉砕できた。
もちろん攻撃力に優れたニールの長剣と、今グレイスが持っている店売りの長剣では、かなり違いはあると思うが――。
俺は右隣に控えたシルヴィアに目配せする。
シルヴィアは意図を汲んで、僅かな間、睨み合い状態になった内務卿とセレスティアの間に、大きな岩壁を作った。
視界が遮られるのを嫌った内務卿は、暗闇の大剣でそれを粉砕しようとする。
俺はそれを見越して岩壁に魔弾・大を放った。
内務卿は、破壊した岩壁の向こうから飛んできた魔弾・大を、身を捩って避けようとしたが、上手く避けきれずに右肩に被弾する。
内務卿の右肩に傷ができ、青黒い血が飛び散った。
ダメージになったことは間違いない。
だが、ロドニーやジノと闘った時と比べると、どう見てもダメージが浅い。
追撃がやってこないのを確認した内務卿は、今度はセレスティアに鋭い突きを放ってきた。
油断なく構えていたセレスティアは、盾の角度を微妙に調節して、その突きを盾で受け流す。
直後、第二撃として両手持ちでの横凪ぎが襲ってきた。
今度は受け流すような威力の攻撃ではない。
セレスティアは聖乙女の剣を持った右手も使って、盾で攻撃をガッシリと受け止めた。
だが相当に威力があったのだろう、暗闇の大剣に押されて、セレスティアの身体が大きく流れる。
内務卿は暗闇の大剣を引くと、今度は逆袈裟の方向に斬撃を放ってくる。
セレスティアは聖乙女の剣を器用に使って、受け流す。
さらに次にやってきた右手での斬撃を、セレスティアは再び左手の盾で受け止めた。
第五撃、第六撃と、セレスティアは時には器用に、時には力強く攻撃を受け止めている。
間違いない、セレスティアの防御能力は相当なものだ。
だが、攻撃が嵩むごとに、セレスティアはじりじりと後退していく。
その様は、ただひたすらに防戦に追い込まれていく姿に見えた。
ふと、セレスティアは内務卿の横凪ぎを盾で防がず、ギリギリ身体を曲げて、完全に避けた。
大きな空振りになった攻撃は、内務卿の無防備な脇腹をセレスティアに晒す。
セレスティアはそれを見逃さずに突きを放ったが、かなり距離があって剣が届くようには見えなかった。
だが、聖乙女の剣の剣先から生まれた光の弾が、その距離を埋め、内務卿の脇腹にヒットする。
セレスティアは剣による攻撃でなく、光属性魔法による攻撃を試みたのだった。
「ちっ――!」
内務卿が明らかに嫌がったのが判った。
光弾が当たった部分は痣のように黒くなっている。
どの程度のダメージかは判らないが、明らかにこれまでとは異質なダメージを与えているように思えた。
「魔法は通るようだな」
俺はそれを見て、グレイスとシルヴィアに言った。
「光属性だけじゃないの?」
「わからん。
土属性や無属性はダメだったように思うが――。
全部、確かめてみるか」
「いいわ。あたしが動きを止める」
「頼む。グレイスは俺の後ろへ」
シルヴィアはグレイスが下がったのを確認すると、黄褐色の杖を高く掲げ、内務卿の前後左右を岩壁で囲った。
その瞬間、俺は内務卿に複数の火弾を叩き込む。
火属性魔法は建物への延焼が怖かったので、俺もシルヴィアも使うのを躊躇していた。
だが、岩壁で囲ってしまえば問題ない。
果たして二発ほどの火弾が内務卿にヒットした。
内務卿は自分の周りの岩壁を、うざったそうに破壊する。
すると再びシルヴィアが岩壁を内務卿の周りに築いた。
俺は今度は氷弾を放ち、内務卿に当てる。
同じことを風刃、岩弾と続けると、セレスティアと戦闘を見ていた宰相から、別々の声が上がった。
「四つの属性魔法を使いこなすとは――」
宰相の発言は感嘆に近いものだったが、セレスティアの発言は抗議に近いものだった。
「これは何の真似だ!?」
それまで激しく敵と渡り合っていたセレスティアが、ひたすら周りの岩壁を突き崩している内務卿を眺める状況になっている。
ひょっしたら俺とシルヴィアが、遊び始めたように思われたかもしれない。
「敵の弱点を探ってるんだ。
ほら、出てくるぞ!」
俺は一応説明すると、セレスティアに警告を放つ。
流石に油断はしていなかったセレスティアが、内務卿の攻撃を盾で受け止めた。
「どう?」
「ダメだ。光属性だけらしい」
「どうする? このままじゃ、攻撃も防御もセレスティアに負んぶに抱っこになるわ」
シルヴィアの目は笑っていない。
「――ケイ、武器を」
俺の後ろから、グレイスが声を掛けてくる。
「判った。それしか方法がない。
――セレス、しばらくの間、保たせてくれ!」
俺が声を掛けると、セレスティアは横顔で頷きを返す。
「シルヴィア、セレスの補佐を頼む」
「了解」
俺はそういうと、戦線から少し離れた。
既にグレイスは呪文の詠唱を始めている。
過去に二度、この呪文を聞いている。ある程度の長さや、あとどれくらいで終わりそうかも判ってきている。
それだけに、まだ続く時間がもどかしい。
周囲にはセレスティアと内務卿がぶつかる音が木霊している。
ふと闘い続けるセレスティアの状態を見ると、攻撃を受け止める度に、HPが落ちていた。
恐らく相当な体力を使いながら、闘い続けているのに違いない。
その姿を見て、俺の中の焦りが増す。
――もうそろそろ、グレイスの詠唱は終わる。
グレイスが目を閉じたまま、詠唱を終えようとした瞬間、俺は彼女の正面から両手を直接胸元に差し入れた。
グレイスの鎧の構造上、彼女の胸の下から、手を入れる形になる。
それにグレイスの身体がビクリと跳ねるが、俺は構わず暖かく柔らかい人肌を、両手に掴み込んだ。
指と指の間に挟まれたものの感触を感じて、俺は本能的にグレイスを掴んだ両手を動かす。
「――ああっ!」
そして、グレイスが喘いだ瞬間――そこから周囲を包み込むような、強い光が放たれた。