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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第一部 カリス篇
3/117

002 決断

 俺がこの世界に下りたってから、大凡おおよそ一ヶ月が過ぎた。

 大凡おおよそと言っているのは、こよみを完璧に付けていた訳ではないからだ。ここへ来て、最初の一〇日間ほどは日数の換算も全くしていなかった。

 というのも、俺はそれほど日数を掛けずにこの場所を離れ、どこか別の場所に行くことになるのだろうと、勝手に思い込んでいたからだ。

 まさか一月近くにわたって、最初に作った“寝床”から殆ど移動しないという展開を想定してはいなかった。


 一方で、この一ヶ月で、更に色々と判ったことがある。

 一番重要なのは、数値パラメータの成長についてだ。

 例えば器用さのパラメータは、元々39(94)という表記になっていた。これが寝床を作ったり、拾った木を加工しようとしていたところ、括弧かっこ書きの中の数値が1ずつ上昇し、100を数えるところで器用さが40に上昇した。

 ――これはつまり、括弧書きはそのパラメータの経験値を表しているということらしい。

 何かそのパラメータに影響を与える行動をすると経験値が上昇し、それが100に到達すると、パラメータが1上昇するようだ。

 至極単純な仕組みだが、これに気づいた俺は、どんな行動でどんな経験値が上昇するのかを研究することにした。


 結果として判ったことは、筋力や耐久力、敏捷性や器用さといったパラメータは、キーとなる行動が単純なこともあって、比較的簡単に経験値を上げられそうだということだ。

 例えば筋力は普通に運動すれば上昇するし、敏捷性はその運動の中でも走り込むことによって上昇する。

 ただ、特定の行動で上昇する経験値は、いつまでも同じだけ上がる訳ではない。同じ行動をとる度に、ちょっとずつ経験値上昇の効率は落ちてくるということも判明した。

 例えば腕立てを1回やったら筋力の経験が1上がるが、これが次第に2回に1上がるようになり、3回で1上がるようになり、そのうちどんどん上がらなくなる――という構造だ。

 求められる行動が、大仰おおぎょうになればなるほど、経験値を上げ、パラメータを上げていく難易度は増していくことになる。

 元々高い数値だった精神力を例にとれば、最初のうちは瞑想していたらわずかに経験値が上昇したものの、最近は何をやってもピクリともしないといった具合だ。


 それと、括弧書きのあるパラメータだけでなく、括弧書きの存在していないHPヒットポイントのようなものも、行動によって上限が上昇するようだ。

 こちらは各能力のパラメータとは違い、例えば走ったりすると逆に現在のHPの値は下降してしまう。だが何度も何度もHPを下降させる行動を繰り返していると、見えないところで経験が貯まっているのか、そのうちHPの上限自体が上がる、という仕組みだ。

 想像にしか過ぎないが、恐らくスキルについても、似たような仕組みになっている可能性が高い。

 もっとも、こちらについてはキーとなる経験値を貯めるための行動が、より一層特定しにくい。睡眠耐性あたりは眠気を我慢していればそれなりに上がっていきそうな気がするが、やり過ぎると健康を害する可能性があるし、差し迫って睡眠耐性を上げなければならない状況にはなっていなかった。

 そもそもこの世界で病気や怪我でもしようものなら、医者の一人も見つかっていない現状において、最悪風邪でも致命的になりかねないという危険性リスクがある。傷病の耐性スキルもちゃんと持っているようだが、取りあえずは気休めだと思っていた方がいいだろう。


 判明したことだけでなく、一ヶ月で変化したこともある。

 変化で一番判りやすいのは、俺の“見た目”の変化だろう。

 川の水に映り込む自分を見れば、ぼんやりではあるが、自分の姿を見ることが出来る。

 そこで見えるのは、ヒゲが伸び、相当に草臥くたびれたスーツ姿の人間だ。

 スーツはいくらかのタイミングで川の水で洗ったりしていたのだが、当然行動と共に薄汚れるし、どうしても草木に引っかかってほつれたり、破れたりしてくる。

 ヒゲの方は――それほど濃い方だとは思っていなかったんだが――今やすっかり未開人状態で、この顔が自分だとは思いたくない状況だ。


 俺は自分の姿の変化を目にした後、この一週間ぐらいを使って、この地を離れるための準備をしていた。

 準備といっても一番大きいのは食料の確保だが、そもそもスーツのポケットぐらいしかモノを携行出来る場所スペースを持っていなかったこともあって、まずは草や木の皮をんで、食料を入れるカゴから作り始めることにした。

 ――編み物スキルを手に入れたのは言うまでもない。


 一番気になったのは、水の確保だ。さすがに水に至っては、編み籠ではどうしようもない。

 なので、俺に採りうる選択肢は「出来るだけ水辺の近くを歩く」ということしかなかった。要するに進む先として選べるのは、川を上流に上るのか、下流に下るのかという選択しかない。

 そうなると自ずと選ぶのは、川を下るという選択肢になる。元の世界でも、やはり川の下流域に町や村が出来る可能性が高かった。上流は大概未開の地だ。そう考えると無難な選択肢を選ぶことが望ましい。


 ただし、川を下ることによって、一つだけ踏ん切りを付けなければならないことがある。

 “森の中”を歩かないといけないということだった。


 川の下流域には、森が広がっていて、川はその森の中を流れている。

 この一ヶ月の間で、もちろん目前に見える森の存在は認識していたのだが、えてこれまで森に足を踏み入れようとはしていなかった。

 それは、比較的早い段階で、森の中に何らかの生物の気配があり、それが夜にうごめいている音に気がついていたからだ。



 だが、その日、俺は意を決して森に足を向けることにした。

 結局このまま同じ場所に留まり続けても、現状は打開できない。森の中には危険性リスクがあるが、同時にここまででは発見できなかったものが、発見出来る可能性も高い。

 もちろん、それが他の人間や町であればベストだが、たとえそうでなかったとしても、リスクを踏まなければリターンはない――。

 冒険なくしてノーリスク利益なしノーリターンという、元の世界での鉄則のようなことを頭に浮かべながら、俺は無言で足を進めていく。

 森の中はさすがに革靴では歩きにくい。とはいえ陽がある間に、できればこの森を突っ切っておきたいと思った。


 最初のうちは、順調に川を下っていけた。川を下ると言っても、単に川に沿って歩いているだけだ。

 森は川際まで木々が生い茂っている場所は少なく、若干足場が悪いとはいえ、歩けない程ではない。

 歩くペースは平地に比べるともちろん遅くなるのだが、森に入って二時間も歩かないうちに、少し開けた場所に出てきた。


 見れば池があるようだ。特に生き物の姿はないが、水面は美しい。

 これだけでかなり森の奥に入ったように思える。そろそろ熊の一匹も出てきそうな雰囲気だと思った。


 ふと、池近くの土手に、洞窟らしき穴があるのが見えた。場所からすると、とても自然に出来たもののようには見えない。


 ――何だろう? ちょっとイヤな予感がする。


 俺は手元の持ち物を確認してみた。

 食料を入れた籠の他に、木々を掻き分ける役割兼武器として、太めの木の枝を加工して、先端を尖らせたものを持っている。ステータスを見ると「木の棍棒(攻撃力+3、突術+1)」と書かれている代物だ。


 俺は洞窟らしき穴に、音を立てないよう慎重に近づいてみた。

 かなり近づいてはみたものの、何かが潜んでいるような気配はない。木の棍棒を持つ手に力を込めながら、深呼吸をした後、バッと洞窟の中を覗いてみた。


「何も――いないか」

 緊張を解きながら洞窟の中を凝視すると、暗がりで見通すのは難しいが、中には何もいないように見える。

 だが、この洞窟が何かの“寝床”であることは、間違い無さそうだ。それは洞窟の中に敷かれた草木の束がそう告げている。俺が自分で作ってこの一ヶ月の間に慣れ親しんだ寝床と、大差がないものだ。

 ここは何者かの寝床らしいという情報以外は得られずに、俺は洞窟を離れる。

 それこそ暫く洞窟に居座るという選択肢もあるのだが、洞窟の住人がいつ帰ってくるかが判らない。そもそも何者が住んでいるかも判らないし、最悪陽が落ちてからここの住人が帰ってきた場合、身の危険は相当に高くなる可能性がある。


 俺はゆっくりと洞窟を離れ、周囲に何者かの気配がないかを警戒した。

 特に生き物らしき気配を感じることはできず、洞窟を出て五分ほど歩いた時――それは起こった。

「――ガアアアッ!!」

「何だっ!?」

 左の木の陰から、急に犬が吠えたような声が聞こえ、その直後に“棒切れ”のようなものが襲いかかって来る!

 俺はとっさに右手で持った木の棍棒で受け止められず、生身の左腕で受け止めてしまった。

「痛っ!」

 左腕には激痛が走り、破れたスーツの間からは鮮血が飛び散っている。


 突然のことに、声が出なかった。

 目の前には二本足で立つ、頭の部分が“犬”の化け物がいる。

 犬の化け物は手にイガイガの付いた棍棒を持っていて、俺はそれで殴られたのだ。イガイガ棒は見た目だけでも痛そうに見えるのだが、その一撃をまともに受け止めてしまった左腕は痺れてしまい、既に感覚がなくなってしまっている。

「やべぇ――」

 急激に動悸が速くなり、ダラダラと汗が噴き出した。見様見真似でファイティングポーズを取って牽制けんせいするが、犬の化け物は一瞬の間の後に、そのまま襲いかかってくる。


 カツン!と棍棒同士がかち合う音がした。

 良かった。どうやら第二撃は上手く防げたようだ。

 俺はほんの少しだけ冷静になり、ふと目前の化け物を“凝視”する。どう考えても俺の元いた世界には、いなかった生き物だ。


**********

【種族名】

 レッドコボルド

【レベル】

 2

【ステータス】

 H P:72/78

 S P: 2/ 2

 筋 力:31

 耐久力:28

 精神力:10

 魔法力: 4

 敏捷性:30

 器用さ:22

 回避力:18

 攻撃力:33

 防御力:34

【属性】

 火

【スキル】

 雄叫び1、病気耐性1、自動体力回復1

【状態】

 魅了

**********


 状態ステータスを見ようと意識した訳ではなかったのだが、“凝視”したことで発動してしまったらしい。

 だが、全く冷静さを保てなかった俺に、この情報はそれを取り戻す切っ掛けになってくれた。


 何しろステータスが俺よりも相当低いのだ。それにコボルドというのは、ファンタジーなゲームでは、それなりに登場回数もある有名な雑魚キャラのはずだ。コボルドは、雑魚キャラとして知られるゴブリンよりも、弱く設定されていることも多い。


 俺は先手を取られないように注意しながらも、じわりじわりとレッドコボルドとの間合いを詰めていく。

 レッドコボルドは再び犬の叫び声を上げると、棍棒を振り上げ襲いかかろうとしてきた。だが俺は、そのタイミングより一瞬早く、動き出している。

 バチッ!という先ほどよりも大きな衝突音がして、レッドコボルドの棍棒が手から落ちた。俺の棍棒はレッドコボルドの“手”を打ったのだ。

 引き続き俺は、手に持った棍棒でレッドコボルドを力いっぱい殴りつける。レッドコボルドはキャインキャインと、まるで犬が上げるような悲鳴を上げた。


 いける――!


 そう思った俺は、立て続けにレッドコボルドを殴りつけた。レッドコボルドのHPヒットポイントはガツンガツンと減っている。


 ところがその時、不意を打って俺の後頭部に大きな衝撃が走り、一瞬目の前が暗くなった。

 何のことはない、“もう一匹”いたのだ。俺はそれに気づかず、目の前のレッドコボルドを殴ることに夢中になってしまっていた。そのせいで周囲に対する注意が欠け、思いっきり後頭部に不意打ちの一撃を食らってしまったのだ。


 俺は脳震盪のうしんとうと思われる症状を見せ、足元が途端にふらついてくる。当然、殴られた後頭部には傷口ができ、出血もしているようだ。

 俺は顔をしかめながら、後ろから襲いかかってきたレッドコボルドに木の棍棒を叩きつけた。それは相手の肩口にヒットし、HPヒットポイントをグッと落としたが、今度はふらつく俺の背中に、一匹目からの容赦の無い攻撃が入って激痛が走った。

「畜生――俺は、雑魚ザコすら倒せないのか――」

 一瞬の油断によって、戦況が想像できないほど悪化している。

 俺は意識が遠のきそうになるのを、グッとこらえた。

 何とか一匹目のレッドコボルドに棍棒を叩きつけると、一匹目のレッドコボルドは、それが致命傷になったのか、その場にバタリと倒れ込んだ。

 俺はよろつきながらも、二匹目の方へと身体を向ける。二匹目から飛んできた棍棒の一撃を何とか受け止め、返す形でレッドコボルドの顔面を打ち抜く。


 やばい――意識が――。


 視界が急速に暗くなりそうな予感がある。

 俺は腕からも頭からも、そして背中からも出血している。特に後頭部を殴られたのが良くない。だが、ここで意識を失えば、俺には確実に死が待っている。


 残った二匹目のレッドコボルドは、大きな口からよだれを飛ばしながら、勢い込んで俺を狙ってくる。俺は朦朧もうろうとする意識の中、攻撃を再び受け止め、体当たりをするように前へと倒れ込んだ。

 俺はレッドコボルドに馬乗りになりながら、棍棒のとがらせた先端をレッドコボルドに向け、一気に振り下ろした。

 ズブリという感覚と共に、棍棒がレッドコボルドの胸に埋まりこみ、それに合わせて野太い悲鳴が上がる。俺の身体には、レッドコボルドの返り血が派手に降り掛かった。

 それから少しの間、レッドコボルドは抵抗を示していたが、すぐにその抵抗も止む。


 殺しちまった――。


 自分の命の危険があったとはいえ、二匹の生き物をこの手で殺したという事実を再認識する。生温かい血を浴びたせいで、余計にその感覚が生々しい。


 とにかく、当面の命の危険は去った。何とか最後まで意識を保った自分をめてやりたい。

 とはいえ問題はこの後だ――。


 残念ながら、俺はこのまま移動して、探索が続けられるような状態になかった。

 特に怪我が重い。出血はまだ止まっていないようだし、このまますぐにでも意識を手放しそうな状態だ。

 俺は反射的に自分のステータスを確認すると、その文字を確認する途中で足下に崩れ落ちてしまう。


 ここまで何とか踏ん張っていたが――どうしてもそのまま、意識が暗闇に落ちていくことを防ぐことができない。


 真っ暗な闇の中に自分が落ちていく感覚に――、

 俺は小さくこれが“夢であればいいのに”と、祈るのだった。


**********

【名前】

 安良川あらかわ けい

【年齢】

 21

【クラス】

 一般人ノービス

【レベル】

 3(12)

【ステータス】

 H P: 14/188

 S P:32/32

 筋 力:68(33)

 耐久力:57(01)

 精神力:101(83)

 魔法力:66(89)

 敏捷性:44(32)

 器用さ:53(19)

 回避力:37(91)

 運 勢: 8(01)

 攻撃力:71(+3)

 防御力:57(+2)

【属性】

 なし

【スキル】

 ステータス★(全対象)、鑑定★、体術1、棒術1、突術1、交渉術2、精神耐性7、睡眠耐性4、苦痛耐性2、病気耐性2、自動体力回復4、自動状態回復1、収集2、編み物1、フロレンス語学

【称号】

 クランシーの使徒、異邦人、探求者、蛮族狩り、社畜

【装備】

 木の棍棒(攻撃力+3、突術+1)、スーツ(防御力+2)

【状態】

 出血LV2

 クランシーの制約LV99

**********




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