026 騎士章 ★
※世界観把握のためのもので、細かな距離感などは反映できていません。
翌朝、俺たちは改めて西方騎士団支部に向かった。
朝からそこかしこに露店が開いていて、何カ所かで談笑する声も聞こえてくる。
西方騎士団は、やはり城外で露営したままのようだ。
だが、昨日の騎士団長が拘束されたという知らせは当然届いているはずで、露営の中がどうなっているのかは気になるところだ。
西方騎士団支部のある建物の近くには、今は殆ど人影がない。
昨日はかなりの人だかりになっていたが――今日はまったく別の様相だ。
見ると、西方騎士団支部には昨日の貼り紙はなく、入り口には一人だけ兵士が立っている。
「――ケイ、どうするつもりですか?」
グレイスが問いかけてきた。
俺は尾行の男から奪った騎士章をグレイスに見せる。
「もちろん、丁寧にご挨拶するのさ」
俺はそういうと、グレイスにニヤリと笑いかけた。
俺はもの凄く不安そうな表情をしたグレイスを置いて、騎士章を手に、西方騎士団支部の入り口を護る兵士に声を掛ける。
「――あ~、朝からご苦労様。
俺は西方騎士団のジェイル・ライムントだ。
騎士団長さまと面会の約束がある。繋いでくれ」
そう言って騎士章を見せる。
俺を見た兵士は、あからさまに不審な者を見る顔つきで、上から下までを見通した後、俺の差し出した騎士章を確かめ始めた。
――仕方ない、俺は全然騎士らしい姿をしていないし、二人の女連れだ。誰がどう見ても騎士じゃない。
「――少々お待ちを」
兵士はそう言い残して、支部に入っていく。
騎士章が本物なので、確認せざるを得ないのだろう。
そのやりとりを見届けていたグレイスが、小声で俺にポツリと言った。
「――この国では、身分の詐称は罪になりますよ」
「――堅いこと言うなよ」
俺の返答を聞いて、グレイスはやれやれという表情を見せていた。
しばらくして、中に入っていった兵士が戻ってくる。
やっぱり不審者を見る目だ。
だが、その兵士から出た言葉は、俺の望む回答だった。
「――どうぞ、お入りください。
ただし騎士団長さまはお会いになりません。
副団長さまがお会いになるということです」
副団長というのが誰なのかはよく知らないが、まずは第一関門突破だ。
俺とグレイスとシルヴィアの三人は、何食わぬ顔で西方騎士団支部に入っていった。
西方騎士団支部は、比較的シンプルな作りの建物だった。
中に階段があり、内部二層のようになっているらしい。
あまり華美な印象はなく、実直な作りになっている。何となく学校っぽい。
兵士は一階奥正面の部屋を指し示すと、そこへ入るように俺に伝えた。
俺たち三人は、周りの様子を確認しながらも、指し示された部屋に入る。
入った部屋は、それなりの広さのある部屋だ。
部屋の正面に机があり、そこにこちら向きに座った男が一人いて、その傍らに控えるようにもう一人男が立っていた。
正面の男は、検問の控え室に先頭を切って入ってきた彫りの深い短髪の男だ。
今は白鎧を着けていないが、鍛えられた体つきなのが判る。
恐らくこの男が副団長なのだろう。
さらに、もう一人の側に控えた男にも、見覚えがあった。
「ようこそ、ジェイル・ライムント殿」
正面の短髪の男が俺に声を掛け、ニヤリと笑う。
もちろんだが、短髪の男は、俺がジェイル・ライムントでないことが判っている。
更に言えば、彼の傍らに控えた男こそが、俺たちを尾行していたジェイル・ライムントだった。
俺は気にせず、短髪の男に話しかけた。
「初めまして、西方騎士団の副団長どの。
――名前を聞いてもいいかい」
「構わないが、自分から名乗ろうとはしないのか?」
俺はそう言われて、失念していましたとばかりに笑った。
「おっと、これは失礼。
――ジェイル・ライムントです。
どうぞ、よろしく」
「――――」
短髪の男の表情が厳しくなる。
俺から友好的に手も差し伸べたのだが、それも無視されてしまった。
――あんまり冗談に対する耐性は高くないようだな。
短髪の男は席から立ち上がると、改めて俺に話し始めた。
「私は西方騎士団副団長のレドモンド・レイナーだ。
――改めて訊くが、君の名前を教えて欲しい」
レドモンドと名乗った短髪の男が、俺に問いかけてくる。目が笑ってない。
俺は仕方なく普通に名乗ることにした。
「――ケイ・アラカワだ。
見ての通りの冒険者さ。
こちらは仲間のグレイスとシルヴィア」
レドモンドは俺たち三人を見渡した上で、満足したように頷く。
「ではお聞きするが――。
冒険者の方々が、騎士団員を名乗ってここまで来た理由は何なのか、教えていただきたい」
騎士団の副団長ということは、ひょっとしたら貴族なのかもしれない。
貴族さまが冒険者風情に掛ける言葉としては、それなりに丁寧に話しかけているつもりなのだろう。
だが、態度からは上から見下す雰囲気が在り在り見えている。
俺は机に近づくと、その上に騎士章を投げ置いた。
「二つある。
――ひとつ目は、善良な市民を付け回した不届き者の忘れ物を届けに来た」
俺は側に控えているジェイル・ライムントを見た。ジェイルはこちらを見ずに、真正面だけを見ている。
「――ふたつ目は、騎士団長どのに用がある。
まあ、尾行まで放っていたのだから、騎士団長どのの方が、俺たちに用があるのかもしれないが」
そこまで言うと、短髪の男は机の周りを少し歩いてから、席についた。
「まず――」
レドモンドはそこで一拍おいてから、俺の方を見た。
「騎士章については、受け取らせていただく。
また、不用意に尾行などさせたことをお詫びしたい。
結果的にジェイルを無傷で戻してくれたことは感謝する」
俺はグレイスとシルヴィアを振り返る。
彼女たちも謝罪は素直に受け入れる表情だ。
レドモンドはそれを見て、言葉を続けた。
「それでふたつ目だが――。
残念ながら、聖騎士はここにはおられない。従って面会することはできない。
また、君たちに尾行を放った理由については、私は関知していない。
なので、聖騎士が君たちに用があるのかどうかについては、判断することができない」
――俺が伝えた二つの件について、どちらのことについても、特に感情的になることもなく、至極真っ当な回答が返ってくる。
見た感じ直情的なイメージもあったのだが、副団長ともなると、比較的冷静な対応にも慣れているということだろうか。
俺はレドモンドに騎士団長のことを、改めて質問する。
「騎士団長どのは、どこにおられる?」
「――――」
レドモンドは答えなかった。少し突いてやらないとダメなようだ。
「――ああ、そうか。
昨日、謀反の疑いで拘束されたという話だったな。
今頃は処刑待ちで、牢の中か」
出来るだけ不遜に聞こえるように、態とらしく言ってみる。
果たして副団長は不機嫌そうに、俺を睨みつけながら反応を返した。
「――聖騎士は謀反などされていない」
「ほう――。
なら、何故牢に捕らわれているんだ?」
「牢になど、繋がれてはおられない」
「だとしたら、騎士団長はどこにいる?」
「それは――」
レドモンドは言いかけて言葉を止める。
流石にそこまでは乗ってこないか――。
すると、俺とレドモンドの会話を聞いていたシルヴィアが、怒らせる作戦なら任せろとばかりに横から口を挟んだ。
「――あんた、それでこんなところで何してんの?」
問われたレドモンドは、咄嗟に何を問いかけられたのか理解できていない様子だ。
「何をしているとは――?」
「騎士団長を助けに行くとか、弁解しにいくとか、何かやるべきことがあるんじゃないの?
まさかこんなところでいじけてる訳? あんた、ひょっとして男の感傷が格好いいとか思ってる痛いやつなの?」
――ちょっと言い過ぎだ。
俺だって初対面でここまで言われたら傷つく。
とはいえ、流石に女性に詰られたことに気分を害したのか、レドモンドは余計なことまで話し始めた。
「聖騎士はお助けしなければならないような状況にはない。
――ご自分の意思で王宮におられるのだ」
そこまで聞いた俺は、机に両手を置いて前のめりになる。
「副団長どの。ここまでの非礼は詫びる。済まなかった。
――だが、一つだけ教えてくれ。
騎士団長は、会おうと思えば会える状態なのか、そうでないのか」
レドモンドは厳しい表情のまま俺を見る。特に返事を返そうとはしてこない。
俺はそれに言葉を被せる。
「俺は騎士団長を救えるかもしれない」
その言葉に、レドモンドは笑い声を上げた。
「フッ、冒険者ごときが何を言い出す?
王宮にも入れないお前たちが、何の力を持つというのだ」
だが、俺はさらに前のめりになって、レドモンドの目を見据えて言った。
「――よく考えろ。
騎士団長は、行軍の最中にわざわざ誰に対して尾行を放ったのか――。
“俺は騎士団長を助けられる”。
信じないなら――まあ、それまでだな」
俺は机から両手を離してニヤリと笑った。
レドモンドは若干気圧されたように、無意識のうちに後ずさっている。
俺はグレイスとシルヴィアを振り返った。
シルヴィアは、どうしようもない、と言いたげに両手を軽く挙げる。
と、その時、後ろから声が響いた。
「――聖騎士は、謹慎処分になっている。
王宮から出ることはできないが、面会は可能だ」
俺はレドモンドを振り返る。
レドモンドは俺を一瞥すると、続けて話し始めた。
「――正直、私には何を信じれば良いのかが判らない。
王都からの呼び出しが偽造で、我々は結果的に陛下の許可なく軍隊を動かし、王都に詰め寄せた罪を問われることになり、聖騎士は拘束されてしまった。
だが、聖騎士の身の潔白は、私が知っている。決して反逆の意思などはお持ちでない」
「どうすれば、騎士団長に会うことができる?」
俺の質問に、レドモンドは再び席を立って答えた。
「西方騎士団の騎士であれば、会うことができる。
もちろん裁判が始まるまでのことだが――」
そこまで言ったレドモンドの表情は暗い。
暫く無言になった後、レドモンドは目を閉じて再び語り始める。
「問題は――聖騎士が陛下に対して、弁解や申し立てをしようとされないことだ。
我々も説得を試みたのだが、聖騎士は偽造の呼び出しを見抜けなかったことを悔いておられる。その罪を甘んじて受けようとされているのだ――」
俺はレドモンドの話を聞いて思案した。
そもそも騎士団など、生真面目の集団に過ぎないと思っていたのだが、俺が想像していた以上に聖騎士セレスティアは真面目な人間のようだ。
とはいえ、現状でも限られた人間との面会は可能だと言うのが助かった。
幽閉されてでもいたら、そもそも会うのもかなり厳しいと思っていた。だが面会可能なのだとしたら、会うところまでは到達できる可能性が高い。
もっとも、セレスティアを“その気”にさせられるかどうかは、会ってみないと判らないのだが――。
「騎士団長に会いたいのだが、どうすればいい?」
俺の質問に、レドモンドが答える。
「先ほども言った通り、西方騎士団の人間はそのまま王宮に入り、謹慎されている部屋まで入ることが可能だ」
「では、そこに俺が同行するには?」
そういうと、副団長は一頻り笑ってから俺に言った。
「君も西方騎士団だから王宮に入れるのだろう?
“ジェイル・ライムント”君――」
それを聞いて、俺は先ほど机に投げ置いた騎士章を再び手に取った。