025 拘束
俺は出来るだけ不自然にならないように、宿を通り過ぎ、通り過ぎた直後の路地に入った。
グレイスとシルヴィアもそれに続く。
物陰で息を潜ませていると、少しして路地に人影が入り込んできた。
人を付けている割には不用意に入ってきたように思える。
その人影は路地に入った瞬間、伸びてきたグレイスの脚に躓かされ、派手に転んでしまった。
グレイスはあっさり転んだ人影に剣を突きつける。
「――動かないでください」
グレイスの声に、人影が静止する。
俺がグレイスの剣先に光源の魔法を点すと、人影の姿が明らかになった。
見ると、知らない男だ。
細身だが、結構良い体格をしている。
少なくとも鍛えられた身体であることは間違いない。
「――お前、聖騎士のところにいた騎士だな」
俺は確信を持ちつつ、男に告げる。
倒れたままの男は、無言で何も答えない。
俺は男を“凝視”しつつ、男の耳元である言葉を囁いた。
「“知っているぞ”、ジェイル・ライムント」
そこまで言った時、男がハッとしたように俺を見て言った。
「――何故、俺の名前を知っている?」
流石に状態に書いてましたとは言えずに、ニヤリと笑う。
俺は男の身体を確かめると、ズボンのポケットから身分証を取り出した。
それを見てシルヴィアが呆れる。
「身分証持ちながら尾行してたわけ? ちょっとマヌケじゃない?」
俺が笑ってそれに答えた。
「いや、プロの密偵じゃないからな。
俺たちを追いかけて町に出入りするためには身分証がいるし、こいつは魔法が使えないようだから資産に入れておくこともできない。だとしたら身につけるしかないだろう」
俺は取り上げた身分証を確認して、それをそのままグレイスに渡した。
「これは――騎士章ですね。
ジェイル・ライムント、西方騎士団所属のようです」
西方騎士団は聖騎士セレスティアの率いる騎士団だ。
俺がグレイスに目配せをすると、グレイスは剣を下げ、男の拘束を解いた。
「騎士章は次にあった時に返す。
聖騎士セレスティアによろしくな」
男は、流石にこんなにあっさりと拘束を解かれると思っていなかったのだろう。
その場で立ち竦み、呆然と去っていく俺たちを見ていた。
俺たち三人は気を取り直して宿に戻る。
さっきの男は、もちろん尾行してきたりはしていない。
「――よろしかったですか? あのまま行かせて」
グレイスが俺に聞く。
「多少痛めつけておいた方が良かったんじゃないの?」
シルヴィアの提案に、俺は笑って答えた。
「いや、あれでいい。
あの男は素人だ。
俺たちに尾行が見つかるのは織り込み済みだったと考えておいた方がいい。
むしろ聖騎士はあの男が無事に戻ってくるかどうかで、俺たちの危険度を測っていた可能性が高い。
だから、ジェイルを無事に返せば、俺たちを危険とは思わないはずだ。
逆に傷つけていれば、多分聖騎士たちとの関係が拗れる」
「騎士章はどうするの?」
「最大限利用する。
これがあれば、聖騎士にまた会える可能性があるしな」
何気なく言ったその回答に、俺を見ていたグレイスとシルヴィアの目が、ジト目になってくる。
「――そ、そういう意味じゃないぞ?」
「――――」
何だろう、あんまり信用されていない気がする――。
「ま、まあ、それは置いておいて――だ。
聖騎士セレスティアは、何か見た目だけでは判らない存在に注意を払っているようだな」
「どういう意味?」
俺の発言に、シルヴィアが疑問符を打つ。
「――何故、セレスティアは俺たちに尾行を放ったんだと思う?
それも、軍の行軍中に、ただの冒険者に対してわざわざ人手を割いて、尾行を放つ理由だ。
セレスティアは今、何らかの理由で王都に向かってはいるが、恐らくその間においても別の何かに気を取られていて、それを調べようとしているんだと思う。
しかも、俺たちを怪しいと思ったのに、みすみす検問の中で捕まえずに、泳がせて尾行を放った。
これは、セレスティアが気に掛けていることを調べるには、検問で調べた程度では判らないということだ」
「それって、ひょっとして――!」
シルヴィアは俺の話を聞いて、声を上げたが、結論は口にしなかった。
恐らくシルヴィアだけでなく、俺とグレイスの頭に思い浮かんでいるのも同じ内容だ。
聖騎士セレスティアは“魔人”を調べて追っているのではないか――?
――もちろんこれは、俺の勝手な想像に過ぎない。
ただ、可能性はゼロじゃない。
だからこそ、俺はもう一度聖騎士に会う必要があると考えていた。
もちろん俺の想像が間違っている可能性もある。
単に気になって尾行させただけ、という可能性もあるし、魔人でなく別の何かを探したり調べたりしていたという可能性だってあるのだ。
どちらにせよ、焦っても何ら良い結果は出ない。
俺は推論を切り上げ、明日の予定をグレイスとシルヴィアに伝えて部屋に戻ることにした。
明日は王都に着く。
恐らくそこで、色々なことが判るようになるはずだった。
翌朝、日の出と共に、俺たち三人は宿場町を出発する。
残りの街道は、一昨日、昨日と歩いた距離よりも少ない。
順調にいけば、昼過ぎには王都に到着できるだろう。
王都近くになると、流石に人の行き来が多くなってくる。
冒険者風の一団もいれば、見た目で商人と判る者もいる。
その後、歩き続けて一度目の休憩を過ぎた頃、街道沿いに作られた、数多くの野営テントが見えてきた。
「――セレスティアの軍のようだな」
昨日、街道で追い抜かれた西方騎士団が、王都から少し離れたところに野営をしているらしい。
千五百の軍勢の野営となると、流石に規模もかなり大きい。
いくつものテントが一つの街を形成しているように思える。
「――この時間になっても出発しようとする雰囲気がありませんから、西方騎士団は城内に入る許可が得られていないのか、ここで待機させられているかのどちらかですね」
グレイスが兵士達の動き観察して言った。
「セレスティアが正式に呼び出されたのだとしたら、その軍隊が王都の中に入れて貰えないというのは、普通じゃないように思うが――」
俺のその発言を裏付けるように、街道を歩く人間は、何事が起こったのかと野営地に視線を奪われている。
やはり、こんなところに野営地が作られるのは、普通のことではないのだろう。
「すぐに西方に戻るから、外で待っているという可能性もあるかもしれませんが――」
グレイスの意見には、俺は否定的だった。
「王都の目の前まで来て、王都に入らずに西方に戻るのか?
流石にそれでは遠方から移動してきた兵士たちから、不満が出るだろう。
仮に野営するにしても、街には入れるようにするのが普通だと思うが」
シルヴィアは俺とグレイスのやりとりを聞いた後、周囲を見渡して、茶化した口調で話し始めた。
「でも、王都の周りを兵士が取り囲んで待機してるのって、取りようによっては違う姿に見えちゃうわね」
「違う姿というと?」
「王都を攻めようとしているように見える、ってこと」
シルヴィアのその発言を聞いて、俺の中に色々な考えが飛来する。
その中から、いくつかの考えが思い当たり、繋がっていく。
俺は静かにシルヴィアに言った。
「――シルヴィア、その考えは強ち間違ってないのかもしれないぞ」
「えっ――?」
流石にシルヴィアは、俺の発言に驚いていた。
俺たち三人は、そのまま城門に向かって行った。
広い堀に掛かる橋を渡り、城内に入ろうとする。
橋を渡りきった城門のところに検問があり、俺たちは冒険者ギルドの登録証を見せた。
――王都に入る目的は聞かれたが、今回は特に躓くことなく、通れそうだ。
王都の中は、俺がこれまで見た何処よりも豪華だった。
石畳の広い道路に大きな噴水、建物は石造りで装飾も凝ったものが多く、豪華だ。
道路には露店が並び、行き交う人の数も多い。周囲には活況な商売を予感させる元気のいい声が飛び交っている。
建物の規模は港町と比べると圧倒的に大きい。
何しろ正面に見える王城の存在感が大きく、特別な街であることが判る。
流石王都と言ってしまえばそれまでだが、街としての歴史の深さが随分違うように思えた。
「グレイスとシルヴィアは、王都は初めてなのか?」
俺は二人に尋ねてみる。
「あたしは何度か来たことがあるわ」
「わたしはかなり前に、一度だけ立ち寄ったことがあります」
それぞれ答えが返ってくる。初めてなのは俺だけか――。
「ケイ、西方騎士団が野営しているので大丈夫だと思いますが、一応宿を先に確保しておきましょう」
「確かにそうだな」
俺はグレイスの提案に同意すると、近くの露店の主人に宿屋街がどこにあるのかを尋ねてみた。
露店の主人は俺が客ではなく、単に道を尋ねにきただけと判って、如実に嫌そうな顔をする。
仕方なく俺は露店にあった果物を二つ買い、それぞれグレイスとシルヴィアに渡す。
露店の主人は、驚くぐらいすんなりと機嫌を直すと、宿屋街の方向を教えてくれた。
「――ところで、外の野営は何なんだ?」
俺はついでとばかりに質問を投げかけてみる。
露店の主人は、その質問を待ってましたとばかりに話し始めた。
こういう職業は噂好きでないと成り立たないのかもしれない。
「あれは白銀の戦乙女の軍隊だってさ。
西方騎士団が何故だか判らないが、昨日急に戻ってきたってことで、王都は大騒ぎになったよ。
戻ってくるのは門番のやつも聞かされてなかったって話だからね。
で、騎士団が街に入ってくるのかと思ったら、外で野営し始めたのさ。
騎士団長さまも王宮に向かったまま、籠もって出てこなくなったんで、誰も状況が判らなくてね。
今は王都から西方騎士団に出稼ぎに行ってたやつらが、こっそり野営地で家族に会ったりしてるよ。暫くぶりに会えたやつらは、正に思わぬタイミングでの感動の再会になってるみたいだね」
そう言いながら主人はニヤニヤ笑う。
俺は続けて質問してみた。
「騎士団長さまは、一人で王宮に行ったのか?」
「いや、昨日、目の前を通ったのは見たけどね。
確か一〇人ぐらいだったと思うが――」
その規模だと、検問で控え室に入ってきた人数と合う。
「騎士団長さま以外も昨日から戻って来てないのか」
「いや――騎士団長さま以外は戻ってきたらしいけどね。
ここの道を真っ直ぐ行った先に、各騎士団の支部が入った建物があるんだが、そこにいるんじゃないかって噂になってるよ。
ただ、見に行ったやつもいるんだが、誰も入れてくれないらしくてね。
きっとそうなんじゃないか、ってだけなんだが――」
何だか思わぬところで、結構有用なことが聞けた気がする。
俺は主人に礼を言うと、まずは宿屋街に向かうことにした。
露店の主人と話す間、待たせていたグレイスの方を見ると、手にした林檎を見ながら、満足そうに微笑んでいる。
一方のシルヴィアは、既に林檎に齧り付いて、半分ほどを食べきっていた。
宿はすぐに見つかった。
王都の宿相場はきっと高いと思っていたのだが、実情はそれほどでもない。
宿屋の主人に言わせると、昨日の西方騎士団の出現は、突如現れた稼ぎ時だった訳だが、残念ながらお目当ての西方騎士団が入城せず、野営し始めたことで当てが外れたらしい。
今朝までは値段を上げて待ち構えていたようだが、今日も入城してこないことが判って、値段を下げていたようだ。それを、「何であいつらは入城しないんだ」と、愚痴混じりに話してくれた。
宿を確保した俺たちは、まず西方騎士団の支部がある建物に向かってみることにした。
方角的に、宿屋街の反対側ということもあって、歩いて行くとそれなりの距離がある。
露店の主人に言われた通りに十五分近く歩くと、それらしき建物が見えて来た。
――だが、様子がおかしい。
「――人だかりがあるな」
「何かあったのかしら?」
俺とシルヴィアは顔を見合わせた。
若干小走りになりながらも建物に近づいていく。
周りを取り囲んでいるのは、騎士や兵士ではない。一般の人間だ。
人だかりは西方騎士団の支部と思われる建物を取り囲むような形なのだが、彼らが寄り集まった中心に、何か“貼り紙”のようなものが見えた。
「何だ――?」
「何か掲示されているようですね。
――わたしが確認してきます」
「頼む」
グレイスがそう言って、するすると人の合間を抜けて前の方へ出て行く。
こういうことを任せると、グレイスの右に出る人間はいない。
しばらくすると、掲示内容を確認したグレイスが、人だかりを避けて俺の近くに戻ってくる。
グレイスの顔には少し緊張が見られた。
「ケイ――」
いつもより声色を高めに声を掛けてきたグレイスだが、グレイスの報告を遮って、俺の方から話し始める。
「――掲示の内容は、
“聖騎士セレスティアが拘束された”、だったんだな?」
それを聞いて、グレイスとシルヴィアがそれぞれ異なる理由で驚く。
「――それ、ホントなの?」
シルヴィアの問いに、グレイスが静かに頷いた。
「はい、ケイの言う通りです。
“王国は、聖騎士セレスティアを、謀反の疑いで拘束した”、と書かれていました。
ケイ――何故、内容が判ったのですか?」
俺はすぐにはそれに答えず、グレイスの顔を見ながら思案し始める。
――少しずつ、俺の中で何かが繋がり始めていた。