024 騎士
「――ハァ? あんた何言ってんの?」
まさに予測通りと言った台詞が、即座にシルヴィアから飛び出してくる。
ただ、ヒゲの男はこの程度の反応は想定していたのだろう。あまり表情を変える様子もない。
シルヴィアは一歩、二歩踏み出すと、改めて声を荒らげた。
「無抵抗の女を剥いて、何をしようって訳?
だいたい服なんか脱いだところで資産の中身が判らなければ、検査にならないじゃない。
あんたなんか、男の尻でも撫でて喜んでいればいいんだわ」
シルヴィアの宣戦布告の声が、気持ち良いぐらいに控室内に響き渡る。
ここまで啖呵を切ってくれると、ある意味気持ちが良い。一方で、言葉通りに判りましたと再び俺の尻を撫でて貰う展開になっても困る。
ヒゲの男はシルヴィアの罵倒を聞くと、無言でその場に立ち上がった。
「今は特別に警戒中だとお伝えしたはずだが――?
ご自分で証明いただけないなら、遠慮なく確認させていただく他ない」
ヒゲの男はそう言うと、腰の剣に手を添えながらジリジリとシルヴィアたちに近づいていく。
シルヴィアは今にも魔法で攻撃を仕掛けそうな雰囲気だ。
だが、町や街道で攻撃魔法を使用するのは禁じられていると、グレイスからも聞いている。更に今回は王国の兵士に攻撃魔法を仕掛けようというのだから、より一層救えない。
俺としては微妙にヒゲの男がこの後どうなるかを見たい気持ちもあるのだが、取り返しのつかないことになってからでは遅すぎるので、早めに仲裁に入ることにした。
ただ、問題はこれを止めてからだ。このままお咎めなしに検問を通り抜けるためには――。
そう考えた時のことだった。
一触即発の雰囲気でヒゲの男とシルヴィアが睨み合う中、ガチャリという音を立てて控室の扉が開く。
するとそこから颯爽と、一人の鎧姿の男性が部屋の中へと入って来た。見れば立派な出で立ちの白い重装鎧を着込んだ、彫りの深い短髪の男だ。年齢は三〇代に届かないぐらいだろうか? 精悍な顔つきもあって、少々若く見えているのかもしれない。
「失礼する」
鎧姿の男性は、そう断ってからズカズカと控室の中へと入ってくる。
俺たち三人はその様を、佇んだまま静観し続けた。
すると控室の入り口からゾロゾロと同じ重装鎧の男が入って来て、それにはさすがに後ずさる。
入ってきた男たちは、一〇人程の数だろうか。
その中で最初に入って来た短髪の男性は、ヒゲの男と俺たちを見て、その両方に端的に問い掛けた。
「――ここで何をしている?」
慌てるように、ヒゲの男がそれに答えを返す。
「ハッ、警戒中の検問で通行者の検査と尋問を行っておりました!!」
堂々と言い放ちはしたものの、それにシルヴィアが遠慮なくツッコミを入れた。
「あらあら。無抵抗の女を裸に引ん剝くのがあんたたちの検査なの? 聞いて呆れるわね」
それを聞くと、白鎧の短髪の男がジロリとヒゲの男を見る。
ヒゲの男は大慌てで手を振って、それを否定した。
「ご、誤解です!! 現にこの女たちの衣服に手を掛けた事実はございませんし――」
すると短髪の男性は、その弁明を遮るかのように口を開く。
「――お前がこの検問の担当官なのか?」
「は、はい」
まるで射竦められたかのように、ヒゲの男が狼狽えながら答えた。短髪の男の目つきは鋭い。
と、その時、扉の近くにいた白鎧の男たちがサッと左右に分かれた。
誰かは判らないが、彼らにとって敬意を表す相手がこの部屋に入室しようとしているのが判る。
そして、その直後に控室に入ってきた人物に――。
俺は――完全に、その視線を奪われたのだ。
入ってきたのはグレイスと同じぐらいの背丈の、見目麗しい鎧姿の女性だった。
その女性は、男たちと同じく白い重装鎧に身を包んでいる。だが、その鎧は女性用なのか足下がスカート状になっていた。
髪は長い金髪で、頭には兜を被らず装飾のある額当てを着けている。
腰には明らかに高価な雰囲気を醸し出す長剣を差し、盾は持っていない。この姿に盾を装備していれば、まさにフル装備といったところだろう。
一目見た外見は、まさにファンタジー世界の戦乙女と言ったところだ。
顔や見た目の美しさだけではない。妙に様になった鎧姿が、俺にはとても魅力的に映った。
鎧姿の女性はスタスタと控室の中に入って、部屋の中心に立つ。
そしてぐるりと部屋を見渡した後、短髪の男に対して小さく質問をした。
「――そこの三人は?」
いつの間にか、鎧姿の女性の視線が俺たちの方を向いている。
「身分証を見せてください」
短髪の男は間髪入れず、俺に対して身分証の提示を求めた。
俺は鎧姿の女性を見たまま、冒険者ギルドの登録証を見せる。
「――冒険者のようです」
登録証と俺の顔を確認した短髪の男が鎧姿の女性に告げた。
女性はそれを聞くと、俺たち三人の方へと向き直る。
「お手間を取らせました。
――どうぞお通りください」
指示された女性の手は、部屋の外を向いている。
丁寧に通れとは言っているが、要するに部屋から出て行けということらしい。
俺はグレイスとシルヴィアに目配せすると、女性の指示通り部屋の外へ向けて歩き出した。
そして部屋の外に出る直前、俺は鎧姿の女性を振り返り、じっと凝視する。
**********
【名前】
セレスティア・パスカリス
【年齢】
20
【クラス】
重装騎士
【レベル】
35
【ステータス】
H P:4612/4612
S P:1364/1364
筋 力:711
耐久力:1343
精神力:980
魔法力:788
敏捷性:691
器用さ:477
回避力:601
運 勢:913
攻撃力:1124(+413)
防御力:2031(+688)
【属性】
光
【スキル】
光属性魔法4、回復魔法4、挑発8、シールドバッシュ、シールドブロウ、串刺し、生活魔法、魔力制御1、盾防御7、体術2、剣術5、槍術7、棒術2、突術4、精神集中3、属性耐性6、精神耐性8、状態異常耐性★、睡眠耐性4、苦痛耐性5、病気耐性4、自動体力回復4、自動魔力回復1、ハーランド語
【称号】
白銀の戦乙女、聖騎士、蛮族狩り、獣人狩り、魔法剣士、治癒術士、美人騎士、クランシー信者
【装備】
聖乙女の長剣(攻撃力+413、防御力+44)
聖騎士の鎧(防御力+644):セット効果
【状態】
クランシーの加護LV8
**********
――ちょっと待て。
何だこのシャレにならない状態は!!
レベルこそ劣ってはいるものの、下手をすると魔人化したロドニーの強さを上回っているかもしれない。
数値だけじゃない。スキルのレベルがどれも高いし、多彩だ。
装備も相当価値が高いもののようだし、何より“クランシーの加護”という状態が気になる。
見たところ、クランシーの使徒という訳ではないようだが――。
さすがにジッと見つめすぎたのか、鎧姿の女性が俺の方へと視線を移す。
一瞬、彼女と視線が交差した後、俺は大人しくそのまま控室から退散することにした。
俺が控室から出る直前、セレスティアが近くにいる白鎧の男性に、何かを耳打ちするのが見える。
「――――」
俺は飽くまでそれに気づかない振りをして、そのまま控室を後にした。
俺とグレイス、シルヴィアの三人は、検問を抜けて街道へと歩み出して行く。
街道を暫く歩き、検問から離れたところで、シルヴィアが周囲を確認しながら口を開いた。
「――さっきの、聖騎士セレスティアよね」
シルヴィアは先ほどの女性を知っているようだった。
「面識があるのか?」
だがその問い掛けに、シルヴィアは首を横に振る。
「全然。
――でも彼女、この国の有名人よ。
通称白銀の戦乙女って言って、年若くして西方騎士団を任される立場になった、一時期王国の広告塔になった人だわ」
「広告塔――。
なるほど、道理で――」
強いはずだという言葉と、美しいはずだという両方の言葉が頭に浮かんだが、その両方を俺は飲み込んだ。
「でも、おかしいわ。
国境を護る西方騎士団の彼女が王都の近くにいて、しかも検問を通ろうとしているように見えた」
「王都で何か、あるのかもしれませんね」
シルヴィアの疑問を受けて、グレイスが言葉を返す。
「――アンセルに魔人がいて、その退治のためにセレスティアが戻ってきたという可能性はあるか?」
飛躍し過ぎかもしれないが、俺は湧き出た疑問をシルヴィアにぶつけてみた。
何しろ俺たちの目的は魔人だ。この先王都アンセルに何か異変があるのだとすれば、それが魔人絡みなのかどうかは一番気になる。
「聖騎士セレスティアがクルトを追って王都に向かうのは、タイミング的に無理があるんじゃない?」
「じゃあ、仮に王都に別の魔人がいるとすればどうだ?」
「それなら確かに、可能性はあるけど――。
でも、彼女は武装した上で、騎士だけを連れてたわ。
召使いなんかも一緒なら、少人数でアンセルに向かってる可能性があるんでしょうけど――。
それが見当たらないということは、多分あれは軍を連れて移動しようとしてるんだと思う」
俺はその発言を問いただすように、シルヴィアの発言を繰り返した。
「軍――?
それは確かなのか?」
シルヴィアはそれを聞くと、少々得意げに笑みを浮かべる。
「彼女、ああ見えても貴族の女性よ。
だから普通に王都に向かうなら、女性の召使いを側に置かないなんてあり得ない。
それがいないということは、戦闘が起こる可能性を考えているんでしょうね。
だっていざ闘いになったら、召使いなんて足手まといにしかならないんだから」
「――――」
彼女が述べた理由は、一応筋が通っているように思えた。
問題はそれが何を意味しているのかということだろう。
「ただそうなると単純に魔人一人を倒すというより、それこそ戦争でも始めるんじゃないかってレベルよね。
だって軍隊なんだから」
俺は再びシルヴィアの発言を聞いて思案した。
何かがこの国の中で、動き出そうとしているのかもしれない。
通常は設置されない検問が置かれ、普段動かない人物が動いている――。
重要なのはそこに、クルトが何がしか絡んでいるのかどうかということだ。
俺は思案しつつも街道を進んでいた。
それが一時間も経った頃、街道の後方から騎馬が掛ける音が聞こえてくる。
振り返ると、先ほどの控室で見掛けた白鎧の騎士が、こちらにどんどんと近づいて来るのが判った。
「――何だ!?」
俺たち三人は一旦脚を止め、街道の外に出て騎士が追い付くのを待つ。
すると馬に乗った騎士は俺たちの近くで馬を止めることなく歩かせ、すれ違い様に声を掛けて来た。
「――そこの方々! この後街道を軍が通るので、安全のために街道の外側を歩いていただきたい。
ご協力を!!」
見たところ先ほど控室で会った連中とは違う騎士のようだ。
騎上の男性はそう声を上げると、俺たちを一瞬で追い抜いてそのまま街道を南へと進んで行った。
それを見送りながらも、俺とグレイス、シルヴィアは顔を見合わせる。
「本当に軍を動かしているようだな。王都で何が起こっている?」
「――判りません。取りあえず街道の外側から、軍の様子を窺いましょう」
俺とシルヴィアはグレイスの発言に頷くと、街道の外側に出た。
当たり前だが街道よりも凹凸があるため、少々歩きにくい。
すると、それから一〇分もしないうちに、後方から地響きにも似た音が迫ってくる。
派手に土埃を巻き上げながら、軍は騎馬を先頭にして進んできた。
街道の幅を目一杯に使い、途切れず南の王都の方へと進んで行く。
騎馬の後方には歩兵が並んでおり、こちらも隊列は長くかなり後ろの方まで続いているようだ。
「――数は騎兵が五百、歩兵が千ぐらいといった感じですね」
グレイスが街道を通る軍隊の列を見て言った。
シルヴィアの方は、土埃を嫌って外套を被ったまま後ろを向いてしまっている。
「セレスティアが任されている西方には、どれぐらいの軍隊がいるのか知っているか?」
俺が投げかけた質問に、グレイスは小さく首を振った。
「いいえ――。
ただ隣国ロアールとの国境は要地ですから、二千ほどは兵が配置されているはずです」
「二千じゃ、殆どの兵士を連れて来ていることになるな。
その間、国境の護りはどうなるんだ」
俺がそう呟くように言うと、グレイスは俺の目を見ながらポツリと言葉を返す。
「――普通に考えれば手薄になります」
「――――」
俺はその言葉を頭に置きながら、目の前を通り過ぎてゆく騎馬の流れを眺め見た。
――何だろう、違和感が半端ない。
仮に軍が動いていて、何らかの闘いが近づいているのだとしても、最前線の国境地帯から王都に兵を動かす理由がどこにあるというのだろうか?
例えばセレスティアの配置転換があるのだとしても、それはセレスティアが動けばいいだけで、軍を内地へと動かす理由にはならない。
ふと行軍を続ける軍隊を見ると、その中に聖騎士セレスティアの姿があるのに気づいた。
彼女は騎上で真っ直ぐ前を向いていたが、俺が街道沿いで様子を窺っているのに気づくと、顔の向きを変えずにこちらに視線を投げ掛けてくる。
俺には、彼女が過ぎ去るまでの時間が、随分長いもののように感じられた。
軍が全て通り過ぎてしまった後、俺たちは再び街道を南へと歩き出す。
「――とにかくアンセルへ急ごう」
俺の提案にグレイスとシルヴィアが頷いた。
「そうね。少なくとも行ってみれば、何が起こってるのか判ると思うわ」
「シルヴィアの言う通りですね。――向かいましょう」
グレイスも同意したものの、何かを思案しているようで微妙に釈然とした態度に見えない。
「どうかしたのか?」
「――いいえ、何でもありません。先を急ぎましょう」
グレイスはそう言うと、街道をスタスタと歩き始めた。
街道を順調に進んだ俺たち三人は、無事に陽が落ちる前に次の宿場町へと到着する。
検問で予想外の時間を使うことになってしまったが、日の出と共に出発したことが幸いした。結果として昨日のレイネのように、宿探しに困ることもない。
グレイスはシルヴィアと同室でも良いとは言ったのだが、俺には昨日床で寝かせてしまった罪悪感がある。
半ば強引な形で、その日は人数分の部屋を確保することにした。
昨日と同様、早めに夕食を取って休み、日の出と共にアンセルへ向けて出発をしなければならない。
宿の近くの食堂で早めの夕食を終えた俺たちは、早々に寝床につくべく宿に向けて歩き出した。
街道の宿場町は娯楽こそ少ないが、ごく偶に珍しい食事を出す店があるのだという。
今日の夕食はまさにそれだったようで、グレイスもシルヴィアも舌鼓を打ち、歩きながら先ほどの料理の話で一頻り盛り上がった。
仲良く横一線に歩いていた俺とグレイス、シルヴィアの三人だったが宿が近づいた時、突然グレイスが小声で俺とシルヴィアに言った。
「――ケイ、そのまま宿を通り抜けて、角を左に曲がってください」
「どうした?」
俺は出来るだけ平常を装って、グレイスに問い掛ける。
「――付けられています」
グレイスが放った警告に、俺は無言で頷いた。