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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第二部 アシュベル篇
23/117

022 打刻

 その場面だけが、時の進みが遅くなったように思えた。


 身をていしてシルヴィアを護ったクライブは、ゆっくりと地面に崩れていく。

 クライブがうつぶせに倒れたことで、彼の背に黒銀の大斧ラッセが突き刺さっているのが判った。

 鋼鉄の鎧プレートアーマーを突き破り、クライブの身体に直接深いダメージを与えている。


「――そ、そんな――」

 シルヴィアは目の前で起こった状況に、戸惑いを隠せない。


 クルトと対峙するグレイスは、一瞬後方を振り返ったが、すぐに視線を前方に戻した。

 クルトに数発の風刃ウィンドカッターを放ち、シルヴィアに攻撃が向かないように牽制けんせいする。



 俺は時間が止まったように、崩れ落ちたクライブを見ていた。


 頭の中がチリチリと焼けるように落ち着かない。

 全身に悪寒が走り、呼吸が荒くなる。


「ケイ、まだ終わってはいません!!」

 グレイスの声がひびいた。

 俺はその声で一気に我に返る。


 急速に思考が回転し、その思考が沸き立つ感情を押し殺して、俺の身体を突き動かした。


 クライブは心配だが、俺の“最善の選択”はここで呆然ぼうぜんと立ち止まることではない。

 俺にはまだ、出来ることがある。


 俺は、目の前の敵を倒さなければならない――!


 俺は武器と左手を失ったジノに、声を上げて襲いかかった。

 雷帝の斧ジーベルトの一撃は、あっさりと、ジノの残る右腕を吹き飛ばした。

 俺は続けて氷帝の剣ヴァイオラを振りかざし、袈裟懸けさがけに切り落とす。

 攻撃を避ける術のないジノは、その直撃を受けた。


 ジノの身体は肩口から足下まで、氷帝の剣ヴァイオラの魔力で急速に凍結していく。

 俺は雷帝の斧ジーベルトに目一杯の魔力を込め、ジノに向けて突きを放った。

 ふくれあがるように増幅されたその魔力は、風属性の上級魔法雷鳴トレノとなって、一気にジノを貫き、凍結していた身体を粉々に砕いていく。


 見ればロドニーの時と同じように、ジノのHPは驚くほどのスピードでゼロに近づいていた。

 にもかかわらず、不気味に笑い声を上げ続けるジノは、後味の悪い残滓ざんしを俺に残しながら、消滅していった。



 俺はジノの消滅を見極めると、そのまま勢い込んでクライブの近くに飛びつき、大回復エルダーヒールを使った。

 クライブのそばにはシルヴィアが付き添ってひざまづいている。

 絶望的な状況に、彼女の唇は小刻みにふるえていた。

「クライブ――」

 俺が声を掛けるが、もはやクライブは声を上げることが出来ないように見えた。

 クライブは代わりにき込むように、口から大量の血を吐き出す。

 俺は続けて大回復エルダーヒールを二度使った。


 魔法を掛けた瞬間は、HPが持ち直すのだが、直後にそれを上回るスピードでHPが落ちていく。

 しかもそのスピードは、段々加速してきている。

 クライブの状態ステータスを確認すると、「出血:大」になっていた。


 俺の回復魔法は、HPは回復出来るが、失った血を元に戻すことが出来ない。

 周囲を見ると、流れ出た出血で赤く染まっている。

 付き添っていたシルヴィアの手足まで真っ赤だ。


 ――もはや、“時間”の問題でしかない。


 その時、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 それが、クライブの声だと認識するのに、少し時間を要してしまう。

 肺が傷ついたのか、ひどかすれた声で、クライブは俺に言った。

「ケイさ――敵――倒して――」

 そこまで言うと、再びき込んで吐血する。

 シルヴィアがその手をつかんで叫ぶが、クライブは既に彼女の手を握り返す力を持っていなかった。


 この時、俺はやろうと思えばSP切れに至るまで、大回復エルダーヒールを使い続けることが出来た。

 雷帝の斧ジーベルト氷帝の剣ヴァイオラを手にした状態では、さほど長くは唱え続けられないが、クライブに残された時間を、たとえ一秒でも延ばすことが出来ただろう。


 だが、そうはしなかった。


 クライブの言葉が、俺の思考に強烈な拘束こうそく衝動しょうどうをもたらしていたからだ。

 ――そんなことより、敵を倒せ――と。



 もはや、時間が残されていないクライブをおいて、俺は立ち上がった。

 明確な意志を持って、グレイスの近くへ歩き出す。


 クルトを見るとグレイスの魔法で、牽制けんせいされ、その場からほとんど動いていなかった。

 何となくだが、俺が目の前にやってくるのを、待っていたような気がする。


 クルトは俺の姿を認めると、声を掛けてきた。

「もう、別れは済んだのか?」

 クルトはクライブがもう助からないことを知っている。

「――いや、まだだ」

 俺は面と向かってそれに答えた。

「――待ってやる。声を掛けてくると良い」

 こいつには、こいつなりの人情や美学があるのかもしれないと思った。

「その必要はない」

「――――」

 クルトはおのれの美学を、にべもなく断った俺に、あからさまに不快そうな表情を向ける。

「お前とのお別れが先だからだ。

 お仲間ジノは先に逝ったぞ。次は――お前の番だ」

 クルトは俺の発言を聞くと、高らかに笑い声を上げた。

「――お前は何か、勘違いをしているようだな。

 我ら魔人は共闘などしない。

 そもそもジノにはジノの目的と縄張りがあり、私には私の目的があるのだ。

 ――そして、私の目的は既に“達成された”。

 もはやここに用はない」

「――逃がすと思うのか?」

「逃げる訳ではない。次の目的に向けて移動せねばならぬのでね。

 ――私はこの国ハーランドの王都、アンセルへ向かう。

 追いたいのであれば、追ってくるがいい」

 王都アンセルの名前が出た瞬間、グレイスがそれに反応したように見えた。

王都アンセルで、何をたくらむつもりだ?」

 クルトはそれに答えず、いつかと同じように、クククと気に障る笑い声を出した。


 その時、クルトへ向けて、魔法の岩の雨が降り注いだ。

 クルトは注意深く後退し、風の障壁ウィンドバリアでそれを避ける。

「――あたしがあんたを逃がすと思ってんの?」

 いつの間にか、俺の隣にシルヴィアが立っていた。


 シルヴィアはクルトに向けて複数の岩弾ロックボールを放つ。

 クルトは五月蠅うるさげに、岩弾ロックボール風刃ウィンドカッターで撃ち落とした。

 直後、シルヴィアは炎弾フレイムボールをクルトの足下に放った。

 クルトはそれを、水壁ウォーターウォールで消してしまう。

「いい加減、その程度は無駄だと――!」

 クルトがシルヴィアにそう言いかけた時、

 シルヴィアはクルトの真っ正面に土銃ドレイクガンを放った。

 クルトはそれも風の障壁ウィンドバリアで防ごうとした。

 だが、シルヴィアの土銃ドレイクガンは、風の障壁ウィンドバリアに触れる前に、空間にポッカリ空いた“穴”に吸い込まれていた。

「――!!」

 次の瞬間、俺が見た光景は、右上腕に大きな傷を負ったクルトの姿だ。

 クルトは青黒い血をき散らす右腕を左手で押さえると、崩れるように数歩後退した。

「貴様――空間魔法を!」

 クルトが退いたところには、不自然なことに、何もない空間から土銃ドレイクガンの先端が突き出していた。

 シルヴィアが、モノを転移させる空間魔法と土銃ドレイクガンを組み合わせて攻撃したのだ。


 クルトはさらに数歩後退すると、怒りの表情を浮かべるシルヴィアを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。

「そこの女――。

 上級魔法の使いこなしといい、少なくとも私が見てきた人間の中では、最高の魔法使いソーサラーと言えよう。

 残念ながらここで時間切れだが、次に会う時を楽しみにしているぞ」

 クルトはそういうと、自分の背後に現れた、空間の“穴”に入って行こうとする。

 慌ててシルヴィアが攻撃を仕掛けようとするが、俺はそれを手で制した。


 クルトが空間の“穴”から去った後、周囲には静寂せいじゃくが訪れる。



「――クライブ!!」

 その静寂を破ったのは、シルヴィアの声だった。

 横たわったクライブの元に、俺とグレイス、シルヴィアの三人が集まる。



 クライブは――既に事切れていた。


 シルヴィアは、目からポロポロと涙をこぼし、ひざを折って、ガックリと項垂うなだれる。

「クライブ――あんた、本当にあたしなんかのために、身体からだを張って良かったの?」

 その問いかけに、もはや答える声はない。


 クライブは、自らの誓いに従い、仲間を護った――それだけだ。


 俺は、シルヴィアを気遣うように、彼女の肩にそっと手を置いた。

 シルヴィアは俺の手に自分の手を重ね、いつまでも身体をふるわせ、嗚咽おえつを漏らし続けていた。




 その後、シルヴィアはクライブの鎧を脱がせてポーチにしまい、遺体を荼毘だびに付した。

 迷宮ダンジョンでの死者は、そのまま放置されることも多いようだが、さすがにそれは忍びない。


 クライブの装備を解除し、無言で淡々と作業を続けるシルヴィアを見て、俺は心に深い傷トラウマを負うような感覚を受けた。


 俺が、ジノの攻撃を防げていれば、クライブは死なずに済んだ。

 俺が、もっと上位の回復魔法を使えれば、クライブは死なずに済んだ。


 ――全てが仮定の世界に過ぎなかった。

 今後、後悔を避けたいなら、俺自身が強くなる他ないだろう。



 俺はクライブの遺品として、取っておいた“時計”をシルヴィアに差し出した。

「――クライブに遺族があるなら、渡してくれないか?」

 シルヴィアはそれを受け取りながら、少し寂しそうに笑った。

「残念ながら、クライブにもあたしにも親族はいないわ。

 だから、誰に伝えるという必要もない。

 ――所詮しょせん、冒険者なんて、そんなものよ」

 俺の脳裏に「シルヴィアは結構いいところの出身」という話がリフレインしたが、取りあえずそこは詮索せんさくすべきところではないのだろう。

「わかった。じゃあこの時計はシルヴィアが預かってくれればいい」

「――わかったわ」

 俺の申し出に、シルヴィアは何かを決意したかのように答えた。



 シルヴィアが受け取ったクライブの時計は、魔法の力で今も時を刻み続けている。


 俺は、捕縛バインドを受けた闘いの時、少しでも時が早く進めば――と考えた。

 俺は、クライブが致命傷を負った時、少しでも時が止まれば――と考えた。


 俺がどんな都合の良い望みわがままを言ったとしても、結局“時”は飽くまで誰にも平等に、刻まれていくのだ。


 クライブの時間は、もはや止まってしまっている。


 だが、彼の時計は残酷ざんこくにも、元の所有者クライブを含む全ての人に対して、新たな時を“打刻だこく”し続けていた。






 宿に戻って翌日、俺とグレイスは、朝から旅の支度をしていた。

 クルトの発言を信じるか信じないかの選択肢は存在していたのだが、少なくとも俺たちには港町アシュベルから、王都アンセルに向かうという以外の選択肢がなかった。

 俺とグレイスは、静かに支度を調え、宿を出る。


「――あんたたち、まさか黙って行こうとしてる訳じゃないでしょうね?」

 宿を出た直後、俺たちに投げかけられた馴染なじみの声に、俺とグレイスは顔を見合わせた。

 目前のシルヴィアは、いつも通りの黒ローブにとんがり帽子の格好で、得意げに微笑んでいる。


 俺はシルヴィアに問いかけた。

「この先には当然ながら、危険がある。

 ――シルヴィアが、進んで危険に身を投じる理由を、教えてくれないか?」

 彼女はそれを聞いて、ニヤリと笑った。

「――ケイ、あたしにはアイツクルトを追う理由が出来たわ。

 あたし、クライブの時計を受け取った時に決めたのよ。


 あたしはアイツを追って、王都アンセルに向かう。

 そして、アイツを倒してみせる。


 もちろん、クライブに貰った命の分、十分楽しむつもりだけどね。

 ――ほら、こんな単純な旅の理由はないと思わない?」

 そこまで言うと、シルヴィアは得意げに笑う。


「ケイ、グレイス、

 だから、“あたしと一緒に王都アンセルに来て”。

 危険だと思うけど、それをえて!」


 ――いつの間にか、話の主従が逆転してしまっている。

 俺とグレイスは、その厚かましさに思わず顔を見合わせて笑ってしまった。



 俺とグレイスは、シルヴィアなりの誘いに応えて、彼女と共に王都アンセルに向けて歩み出すことにした。

 聞くと、王都アンセルまでは、かなり距離があるらしい。

 俺とグレイスとシルヴィアの三人旅は、しばらくの間続くことになりそうだ。



 俺には当然、この後に迫り来る展開は、予想も出来ない。


 ひょっとしたら、命の危険が迫り来るのかもしれない。

 ひょっとしたら、大切な何かを失ってしまうのかもしれない。

 ひょっとしたら、これまで体験しなかった、幸せな出来事があるのかもしれない。


 今や“時計”はシルヴィアの豊満な胸元で、飽くまで無慈悲むじひに平等に、カチカチと新しい時間を刻んでいる。


 俺たち三人はその音を耳にしながら、新しい時間の到来とうらいと共に、自らに迫り来るものを待ち受けるのだった。




(第二部 了)




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