020 大鬼
魔法で施錠された扉の向こうは、大きな空間になっていた。
その大きな空間の奥に小部屋があるらしく、その小部屋からは明かりが漏れてきている。
どうせ鍵を開けたことで、奥の小部屋にいる敵には気づかれていると考えて、俺は周囲を光源で盛大に照らし出した。
そして、奥の小部屋を凝視する。
壁越しにはなるが、そこに確かにクルトがいるのが確認出来る。
迷宮外での目撃がなかったことで、まだ迷宮内にいるとは思っていたのだが、まさにビンゴだ。
だが、問題は――。
「クルトの他に、もう一人いる」
俺の言った台詞に、グレイスが反応して質問する。
「――魔人ですか?」
「さすがにこの距離では判らない。
だが、複数いるのは間違いない」
敵に仲間がいるという予想外の状況に、四人の緊張感がグッと高まる。
「――魔力の残滓は感じません」
グレイスが周りを確認して言った。
「大丈夫、捕縛はないわ。
捕縛は下準備が必要な魔法だから、戦闘中に使ってくることもない」
シルヴィアが全員を安心させるように言う。
「クライブ、魔人は魔物じゃない。だから魔物にしか効かない挑発は意味がない。
とにかくシルヴィアを護ることに専念してくれ」
「わかりました」
クライブからその言葉が返ってきた時、奥の小部屋からゆっくりと二つの影が歩き出てきた。
クルトは表情に不気味な笑みを浮かべていた。
相変わらずのイケメン妖精だが、俺の視線はその隣に立つ“大きな影”に吸い寄せられた。
「オーガ――?」
シルヴィアがその姿を見て口走る。
クルトの隣に立つ影は、オーガのように見えるが、それに比べると随分人間っぽい体型に見える。
とはいえやはり大柄で、肩と腕は筋肉で盛り上がり、片手には凶悪な大きさの斧を持っていた。
俺は即座にそいつを凝視し、状態を確認する。
**********
【名前】
ジノ
【年齢】
不明
【クラス】
オーガキング:魔人
【レベル】
46
【ステータス】
H P:????/????
S P:????/????
筋 力:???
耐久力:???
精神力:???
魔法力:???
敏捷性:???
器用さ:???
回避力:???
運 勢:???
攻撃力:???
防御力:???
【属性】
闇
【スキル】
不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、不明、ハーランド語
【称号】
不明、不明、不明、不明、不明、アラベラの使徒
【装備】
黒銀の大斧 (攻撃力+424)
不明
【状態】
不明
**********
俺は三人に伝える。
「――大鬼の王、こいつも魔人だ」
それを聞いたクライブが、シルヴィアの前に被さる形になり、グレイスは俺の前に立つ。
丁度四角型の隊列になった。
クルトにも今の俺の発言が聞こえたようだ。
俺に興味を持ったのか、問いかけてくる。
「私の隠れ身を破った時から、ただ者ではないと思っていたが――。
捕縛を受けたあの状況で生き残り、私たちを魔人と知りつつ立ちはだかる。
――お前は何者なのだ?」
俺はそれには答えなかった。
答えたところで、何も生み出さないと考えたからだ。
一向に答えを返さない俺を見て、クルトがフッと笑みを浮かべる。
「まあいい。
死ねば、お前の存在など、明日には忘れているだろう」
そう言って、クルトは隣の大鬼の王を見る。
「ジノ、ここはお前の縄張りだ。
任せた方が良いか?」
ジノと呼ばれた大鬼の王は、野太い声で答えた。
「それで構わんが――。
お前は高みの見物か。良いご身分だ」
「補佐はする。
私はここまで眷属どもの餌付けをしてやったのだ。
その分は働いてくれ」
「――良かろう」
ジノはそう言うと、手に持った斧を肩に担ぎ、前に進み出る。
一方クルトは闘いに参加しないのか、距離を取って下がった。
俺はグレイスに目配せする。
グレイスはその意図を汲み、ジノが動き出す前に攻撃を仕掛けた。
「クライブ、黒妖精を警戒しろ!」
俺はそういうと、グレイスと共にジノの前に進み出る。
グレイスはシークレットステップでジノの左に迂回しながら、剣で攻撃を仕掛けた。
左に回り込んだのは、ジノが右手で斧を持っていたからだ。相対的に届きづらい方向へ移動したことになる。
ジノはそれに構わず、黒銀の大斧を振りかぶって、グレイスに攻撃してくる!
俺は即座に魔壁を二重に展開したが、ジノの一撃はそれをどちらも粉砕した。
グレイスは攻撃を途中でやめ、勢いの落ちたジノの攻撃をバックステップで避ける。
その瞬間、ジノの右の脇腹に岩弾が突き刺さった。
シルヴィアがタイミングを見て放ったものだ。
あまり大きなダメージにはなっていないが、ジノは五月蠅げにシルヴィアの方を見る。
「儂は眷属どもほど、魔法に対して柔ではないぞ」
ジノはそういいつつ、シルヴィアのいる方向へ迫ってくる。
「クライブ、まともに受けるな」
俺はクライブにアドバイスを送る。
先ほどの攻撃の威力を考えると、クライブはきっと受け止めきれない。
ジノはシルヴィアの前に立つクライブに向けて、真上からの攻撃を仕掛けてくる。
クライブはそれを慎重に避けたが、第二撃が続けて襲いかかってきた。
ジノの斧とクライブの白の長剣が接触し、火花を散らしながら耳障りな音を発する。
クライブが攻撃を受け流した瞬間、グレイスがジノの左脚に向けて突進を仕掛けた。
俺はグレイスの剣に魔弾の付与を仕込んだが、ジノは不安定な体勢のまま、右脚でグレイスに回し蹴りを放った。
虚を衝かれたグレイスは、体勢を崩し、回し蹴りをまともに受けてしまう。
グレイスの鎧に付与された魔壁が発動したが、簡単に粉砕されてしまったようだ。
グレイスは蹴り飛ばされ、俺の足下近くまで転がってくる。
俺は即座に大回復でグレイスを癒やした。
「――グレイス、立てるか?」
グレイスは頷くと、立ち上がって俺から距離を取る。
俺はシルヴィアに視線を送った。
シルヴィアはそれを見て、ジノへ土銃を繰り出す。
「その程度の魔法など、効かんのが判らんのか!」
ジノは地面から繰り出された土銃を、斧を使って叩き壊した。
その動作の直後、シルヴィアから炎弾が飛んでくる。
ジノはそれも黒銀の大斧を使って霧散させた。
俺はその動作に合わせて、複数の風刃を足下に放った。
さすがにそれは全て避けることが出来ず、いくつかがヒットしてジノの脚に切り傷を作る。
――傷は浅い。
そこまでの様子を見ていたクルトが、ジノに声を掛けた。
「ジノ、こいつらの要は、魔法を使うあの男だ。
あれを何とかせねば、お前とて手こずるぞ」
それを聞いたジノは、俺をジロリと睨み付ける。
俺も大概非友好的な視線を送られても、気に留めることはないのだが、さすがに凶悪な魔人の視線に射すくめられると、いい気分がしない。
「そんなに見つめるな。惚れちまいそうだ」
――精一杯、強がってみた。
ジノは俺に向き直ると、ジリジリと間合いを詰めてくる。
俺の前にグレイスが割り込もうとしたが、俺は手を開いてそれを止めた。
こいつの武器は、一撃必殺に近い膂力と、多少の傷など関係ないぐらいの耐久力にある。それをまず何とかしないといけない――。
俺がジノに向けて火弾を飛ばすと、ジノは面倒くさそうに左腕で払った。火弾はそれだけで消滅してしまう。
直後、ジノは俺に向けて鋭く踏み込んできた。
斧を両手に持ち替え、今までよりも遠い間合いから攻撃してくる!
その時、俺は即座にジノの“顔”の前に魔壁を展開した。
ジノは恐らく俺の身体の近くに、身を守るための魔壁が展開されることは想定していただろう。
だが、まさか自分の顔の前に、障害物となる“見えない壁”があるとは思わなかったようだ。
ジノは突進の勢いで、顔面から魔壁に力一杯突っ込んだ。
魔壁は粉々になったが、その衝撃で平衡感覚を失ったのか、ジノの攻撃は随分俺から外れた方向に落ちた。
ジノの一撃必殺の攻撃は、“腕の力”と“身体の勢い”によって生まれている。
であれば、放たれた後の攻撃を受け止めるよりも、身体の勢いを“邪魔して”止め、一撃必殺にならないようにした方がいい。
「――貴様――」
どうやら今の顔面激突はプライドに障ったようだ。俺を追う目が若干血走っている。
「あんた、あたしたちのこと忘れてない?」
シルヴィアが挑発的な台詞と共に、岩弾を放った。
ジノはそれを斧で弾き落とす。
そして、シルヴィアに向かおうとしたジノの前に、クライブが立ちはだかった。
ジノは、直前まで俺を追っていたのに、直後に攻撃を受けたシルヴィアを追いかけ始めている。
その時、ふとグレイスと目が合った。
「――クライブ、シルヴィア、持ちこたえろ!」
俺はそう叫ぶと、ジノにピストル大の魔弾を放った。
牽制にもならない、単に気を逸らす程度のものだ。
だが、“気を逸らせればいい”。
ジノは、俺の魔弾など意に返さず、身体に当たるままにして、クライブを攻撃しようとした。
俺はクライブに攻撃を仕掛けようとしたジノの腕と脚の前に、それぞれ魔壁を展開する。
ジノは二つの障害物にぶつかりながらも体勢を整えようとしたが、クライブに盾の一撃を喰らって倒れ込むような体勢になった。
「これでも喰らいなさい!!」
シルヴィアが叫ぶと、ジノの頭上に真っ黒な空間が出来る。
次の瞬間、ジノに向けて、無数の礫の雨が降り注いだ。
上級土属性魔法、礫雨だ。
ジノはその場から逃れようとしたが、俺は逃れる先の足下に魔壁を仕掛けた。
障害物があるのに気づいたジノは、避けるのを諦め、礫を斧で遮って防ごうとした。
だが、大柄な身体は斧では隠しきれない。
いくつもの礫が突き刺さり、ジノの体中から青黒い血液が噴き出してくる。
ダメージになっているようだ。
「ほう――。上級魔法を使いこなすのか」
離れた場所で闘いを見ていたクルトが感心する。
――観戦者ありの闘いは、どうも気味が良くない。
ジノは礫雨が止んだのを確認して、シルヴィアを狙おうと、そちらに近づいていく。
さっきから闘って判ったことがある。
ジノは決してターゲットを固定しない。しかも、直前に攻撃を受けた敵を狙う可能性が圧倒的に強い。
短気な性格が作用しているのか、そういう習性なのかは判らない。
だが、これは俺たちにとって好都合だ。
ジノが潜在的な危険を察知するタイプであれば、俺とシルヴィアが、“グレイス”を護っていることに気づかれてしまうだろう。
俺はシルヴィアの方を向いたジノに、風刃を放った。
ジノはそれを黒銀の大斧で防ぐと、今度は俺の方へ向かってくる。
そこへ、クライブが剣を振りかぶって攻撃する。
ジノは斧でそれを払い、クライブを左手で殴りつけようとした。
俺がそれを魔壁で防いだ瞬間、シルヴィアの炎弾がジノの右足に着弾した。
ジノは再びシルヴィアの方を向く。
その時、外野から余計な声が飛んだ。
「ジノ、気をつけろ、何かあるぞ」
「何――!?」
ジノはクルトの声を聞き、闘いの場から、少し距離を取って動かないグレイスの方へ向き直った。
――だが、もう遅い。
俺は魔法を放った後にグレイスの側に近寄っていた。
グレイスは詠唱を終え、今は静かに剣を手にしたまま、目を閉じている。
グレイスの背後に回った俺は、剣をしまうと左手をグレイスの胸元に差し込んだ。
「――ちょっ! あんた、何してんのよ!!」
俺のこの行動はさすがに予想していなかったのだろう。
戦闘中にあり得ない光景を見たシルヴィアが、怒りの声をあげる。
だが、俺はグレイスの肌に直接触れなければならない。
そうしなければ、意味がない。
俺は後ろから抱き込むように、左手をグレイスの鎧と服の下に潜り込ませ、直接ボリュームのある右胸を鷲掴みにした。
さらに右手は引き締まった右尻に滑り込ませ、こちらも鷲掴みにする。
「――あっ――!」
それに反応して、グレイスが悩ましげに小さく声を漏らした。
その瞬間、周囲に強い光が立ちこめる。
「何だ――!?」
「何なの――!」
クルトとジノだけでなく、クライブとシルヴィアも目の前で起こっていることに驚き、動きを止める。
俺は右手と左手の光の中から、ゆっくりと“得物”を引き出していく。
そして――。
光が消えた後の俺の右手には、銀色に輝く斧が、左手には紫色の剣が握られていた。