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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第一部 カリス篇
2/117

001 世界

※プロローグ「000 落下」を読み飛ばされた方へのあらすじ


 会社帰りに女上司(久木)と同僚(加茂田)の密会に遭遇した俺は、妙な光に巻き込まれて『世界と世界の狭間』に落ちてしまう。

 俺はそこで出会った『クランシーの使徒』を名乗る老人から、『世界と世界の狭間』の秘密を守るための『制約』を受けるのと引き替えに、あらゆるものの『状態ステータスが見える能力』を得た。

 そして俺は老人によって、改めて異世界『フロレンス』へと飛ばされることになる。




美女と賢者と魔人の剣

- Beauty, Sage and the Devil's Sword -




 チク、チクと小さく頬を刺すような痛みがある。


 またか――という思いを抱きながらも、俺はうっすらと目を開けてみた。

 予想に反して周囲は明るい。身体にも心地よい陽光を感じる。

 頬への刺激を感じたのは『世界と世界の狭間』に落ちた時と同じだが、明らかにその時の経験とは違う。


 視界に飛び込んで来たのは、一言で言えば、気持ちの良さそうな“草原”だった。

 どうやら風で揺れる草が、俺の頬を少し刺激的に撫でていたらしい。

 先ほどの刺激は、老人――『クランシーの使徒』と名乗っていた――の再登場という訳ではなかったのだ。


 俺は手をついて立ち上がり、ぐるりと周囲を見渡してみた。

 目に見える範囲には、目立って動くものの気配は無さそうに感じる。付け加えて言えば、街や家といった、人が存在してそうな情景も見あたらない。


 どうやらこの様子だと、夢から覚めた――という感じではなさそうだ。


 そもそも現実離れした場所で老人と対話していた時も、俺の五感はハッキリしていた。

 今は目の前に広がる非現実を、“あり得ない”と否定してしまおうとする気持ちと、一方で否定してもどうしようもないという、ある種の諦めに似た気持ちの両方が、俺の中に介在している。


 問題は、この場所でここに立つ俺が、目の前のものを否定しに掛かっても、何も始まらないということだろう。

 だからこそ、俺はこの非現実を出来るだけ素直に受け入れ、俺自身がこれからやらなければならないことを、しっかりと考える必要がある。



 俺のいる辺り一帯は、ちょっと見たことがない感じの“気持ちのいい空間”だった。

 陽が差し、風が吹き、草木が揺れる――。

 別に一面芝生という訳ではないだろうが、子供ならどこまでも走って行きそうな草原が続いている。

 山や丘の凹凸おうとつはあるが、どこにも岩肌が露出していない分、情景が柔らかい。


 一通り辺りを観察した俺は、今度は自分の身体を確認してみる。

 そこにはおおよそ大自然の原っぱには似つかわしくない、見慣れたスーツ姿のサラリーマンがいる。

 ――仕方がない。一応、会社帰りだったんだから。

 誰に聞かせるでもなく、そう言い訳をしながら、俺は身体のほこりを払った。


 ここまでの状況を総合すれば、少なくとも俺は、今まで行ったことのない場所に連れて来られている。

 問題はここが自分のいた世界と“違う世界”なのかどうかだ。それを確かめる術は――。


 ふと、俺はこれまでのことを思い返してみて、自分の手を見ながら「状態ステータス」と念じてみた。

 やり方までは教わらなかったが、あの老人の話を信じるとすれば、俺はオーダーした能力ちからを得ているはずだ。そして、その能力が発現するというなら、どう考えても自分は異世界ファンタジーに遭難したことになる。

 するとその試行錯誤に対して、俺の目の前には半透明のウィンドウのようなものが登場した。そこには沢山の文字と数字が並んでいる。

 それが判りやすく、俺に異世界落ちの現実を叩きつけて来た。


**********

【名前】

 安良川あらかわ けい

【年齢】

 21

【クラス】

 一般人ノービス

【レベル】

 1(00)

【ステータス】

 H P:144/150

 S P:32/32

 筋 力:45(06)

 耐久力:42(04)

 精神力:93(83)

 魔法力:64(22)

 敏捷性:35(01)

 器用さ:39(94)

 回避力:24(12)

 運 勢: 8(00)

 攻撃力:45(+0)

 防御力:44(+2)

【属性】

 なし

【スキル】

 ステータス★(全対象)、鑑定★、体術1、交渉術2、精神耐性7、睡眠耐性4、苦痛耐性2、病気耐性2、自動体力回復4、自動状態回復1、フロレンス語学

【称号】

 クランシーの使徒、異邦人、社畜

【装備】

 スーツ(防御力+2)

【状態】

 クランシーの制約LV99

**********


 取りあえず目の前に出てきた文字が、読めるものだったことにホッとしたが――。

 まず、名前はいい。丁寧にルビまで振ってある。

 ただそれ以外のところはツッコミ所満載だ。


 まずは年齢。

 俺の記憶が確かなら、もうすぐ二八歳の誕生日を迎えるところだったはずだ。大学を出てからの記憶もハッキリしているし、これは単に表示が間違っているだけなのか――。


 次はズラリとならんだ数値パラメータ群。どこからどう見ても、ゲームか何かにしか見えない。

 特に攻撃力とか防御力ってのは何だ? 戦闘なんて、元の世界じゃ限られた境遇の人間にしか発生しなかったはずだが、この世界じゃ普通に戦闘する状況があり得るのだろうか――?

 精神力は妙に高いし、当然使ったことのない魔法力が高めなのも気になる。それぞれの括弧かっこ書きは何を意味しているのか判らないし、曖昧であるはずの運勢まで数値化されているようだった。しかもそれが際だって低い数値なのが泣けてくる。


 スキルの「ステータス」に★が付いているのは、マスターしたという印なのか、もしくは特別という意味だろうか? 老人じいさんに貰った能力だから、そうなってるのかもしれない。

 ただ「ステータス」だけでなく、「鑑定」と書かれたところにも★が付いている。どちらも似たような能力にしか見えないが、老人じいさんが言っていた「与える能力ちからは一つ」という話と食い違っているようにも思うのだが――?


 称号については、あまり触れたくない。クランシーとやらの使徒にいつなったんだ?というツッコミも必要だが、異世界に落ちてまで「社畜」呼ばわりはあんまりだ。


 状態の「クランシーの制約LV99」というのは、あの老人じいさんの言っていたことだろう。

 俺は取りあえず試しに、『世界と世界の狭間』で起こったことを頭に思い返してみた。

 ――特に何も起こらない。


 次に老人じいさんが名乗った『クランシーの使徒』という言葉を口に出してみた。

 ――――。

 ――――。

 俺自身は完全に口に出してみたつもりなんだが、口も動いていないし、声も全く出ていない。

 こりゃあ凄い――。


 再び今度は『世界と世界の狭間』という言葉を発言しようとした。

 やはり声は全く出なかった。

 次に「俺は異世界から来た」という言葉を試してみる。

 もちろん声は出なかったが、今度はズキリと頭痛が走った。

 ひょっとしたら「クランシーの制約LV99」を甘く見たかもしれない。『制約』は確実に機能している。不用意なことは避けた方が良さそうだ。


 だがこれで、俺はこの世界において異世界から来た人間であることを、名乗ることができなくなった訳だ。

 普通に考えれば特に気にすることでもないが、よくよく考えると、それが意味することが見えてくる。


 ここが真に異世界だというのなら、俺はこの世界の常識を知らないことになる。もちろんこの世界の常識が、元の世界と大差なければ大きな問題はない。

 だが、両方の世界に差があればあるほど、異世界から来たことを名乗って誰かに助けを請うことに意味が生まれたはずだ。しかし、『制約』の存在がその手法を消している。

 まあ、こちらの世界にちゃんと人間がいるのかどうかもまだ判明していないが、今から使える手段が減っていくのは出来れば避けたいところだ。


 俺は自分の状態ステータスを確認し終えると、周囲を歩き回ってみることにした。もちろんその都度、草木や土の状態ステータスを確認してみることを忘れなかった。


 そして、一、二時間もすると、いくつかのことが判った。


 まず、草木はほぼ、元の世界で目にしたことのない品種だ。なのでパラメータを逐一ちくいち表示したところで、出てくる数値自体は殆ど理解できず、意味を成さない。

 とはいえ状態ステータス確認が有意義なのは、数値と一緒に「食用」とか「非食用たべられません」といった情報が得られることだ。


 それに引き換え土の状態ステータスは意味がない。ただの「赤土」と表示されるばかりで、得られる情報は少ない。

 もっとも石ころの一つにまで凝視して数値化すれば、石ころの重さからサイズ、容積まで浮かんでくるのだが、今現在はそれを活かせる状況シチュエーションではなかった。


 俺は手早く「食用」の植物を集めると、歩きながら一つ一つ味見をしていく。大方の植物が、「食用」と書かれているにもかかわらず、ひどい味だった。唯一「エゴラの実」という木の実だけが、結構美味い。一種類だけとはいえ、食べるものの宛てが見つかって、ちょっと安堵あんど溜息ためいきが出る。

 次に判ったことは、一〇分ほど歩いたところに綺麗な川と水辺があるということだ。更にその水の状態ステータスを調べたところ、ちゃんと「飲用可のめます」になっていた。命を繋ぐ意味でも、これは本当に助かる。

 さらに俺を安堵させたのは、その川に魚(とはいえ見たことのない品種)やザリガニ(らしきもの)がいたことだ。下手をすると、この世界には生き物がいないんじゃないかという危惧も感じていたのだが、割と生きているものも普通そうだ。

 もちろん魚やザリガニは「食用たべられます」だったが、今は火を起こす手段がないため、食べようとすると生で食べるしかない。さすがに生食はその後の体調を考えると、採りたくない手段だ。無論「エゴラの実」が見つかってなければ、体調を無視して生食に挑戦するしかなかったのだが――。


 俺は当面の食料の確保を終えると、今度は寝床の確保に動き始めた。というのも三つ目に判ったことは、少なくとも多少歩き回った程度では、人がいそうな雰囲気にない、ということだったからだ。

 もちろん俺の人生の中で、野宿などという経験はない。

 ただ、この世界における陽が落ちるまでの時間が判らないだけに、早めに割り切って用意しておくことにした。


 一時間もすると、野宿にしては割と立派な寝床が出来上がる。木で枠を作り、その凸凹デコボコをある程度土で固めた上で、肌触りの良さそうな草を厚めに敷いただけのものだ。ただ上手く肌触りの良い草が集められたお陰で、随分クッションがいい。全く一晩二晩ぐらいなら、問題のない出来映えだ。



 ――しかし、この時俺は自分が置かれた状況を、少々甘く見ていたのかもしれなかった。


 野宿にしては立派な出来映えの寝床に、一晩二晩どころでは済まない日数お世話になることを、見通すことが出来ていなかったのだ――。




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