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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第二部 アシュベル篇
19/117

018 時間

 クライブは大鬼オーガたちの攻撃対象ターゲットを引きがしてしまわないよう、慎重に俺たち三人から離れていく。

 五匹の大鬼オーガたちは、少し歩みのスピードを落としながら、クライブを徐々に包囲していった。

 大鬼オーガたちが輪になってクライブを取り囲むと、大柄のクライブの姿が見えなくなるほどだ。


「クライブ、無理はするな!」

 俺は慌ててクライブに声を掛ける。

 彼の気持ちが先行しすぎると、良い結末には繋がらない。

「――大丈夫です。任せてください」

 クライブは五匹の大鬼オーガたちから出来るだけ距離を取れるよう、じりじりと後退していった。

 後退しながら大鬼オーガとの距離を測り、俺たちからも離れていく。


「ケイ、このままではクライブが危険です」

 グレイスは動けないまま、警告を発する。

 俺はグレイスを見ながら言った。

「――八分だ。

 八分で捕縛バインドが解ける。

 それまで持ちこたえてくれれば――」

 シルヴィアも心配そうにクライブを見つめている。


 目前で危機にある仲間を、俺は助けることが出来ない。

 それどころかクライブは、自らの命を張って、俺たち三人を生かそうとしている。


 大鬼オーガの一匹が、大きな咆哮ほうこうと共に、木の棍棒を振り上げた。

 クライブはその棍棒をきっちり盾で受け止めたが、相当に重い一撃だったようだ。

 ガーゴイルの群れに殴られても体勢を崩さなかったクライブが、一発で体勢を崩された。

 即座に反対の方向から、別の大鬼オーガが棍棒の一撃を見舞う。

 クライブは体勢を崩しながらも、その攻撃を盾で受け止め、押し返す。


 ――今の一撃で鋼鉄の盾プレートシールドへこみが出来たようだ。

 それを見た俺のひたいに、冷や汗が吹き上がってくる。


 残り時間は七分――。


 クライブは正面からの攻撃をバックステップで避ける。

 直後の左からの攻撃を盾で受け止め、右からの攻撃を剣で牽制けんせいしていた。

 だが一段、大鬼オーガの囲みが小さくなっている。

 このままでは集中攻撃を受けてしまいかねない。


 クライブの左から、改めて攻撃が飛んだ。

 クライブはそれを盾で受け止めたが、直後に攻撃をした大鬼オーガが左の素手でクライブに殴りかかった。

 きょを突かれたクライブは、それを受け止めきれず、装甲の薄い右肩にその攻撃を受けてしまう。

 クライブはそのまま体勢を崩して、左後ろに尻餅しりもちをついてしまった。

「クライブ――!」

 反射的にシルヴィアが悲鳴を上げる。

 クライブはそのまま自ら地面を転がり、大鬼オーガの包囲から出て立ち上がった。

 後背から棍棒の一撃が飛んだが、その一撃は俺が鎧に仕掛けた接触発動の魔壁マジックウォールに阻まれる。

 しかし、攻撃を受けたクライブの右腕は、ダラリと垂れ下がっている。ダメージを受けているようだ。


 残り時間は六分――。


 クライブは攻撃を受けた右腕を振り上げると、手前に出てきた大鬼オーガを攻撃する。

 攻撃は大鬼オーガの手にヒットし、木の棍棒が転げ落ちた。

 痛みがあるのか、攻撃を受けた大鬼オーガは大きな咆哮ほうこうを上げる。

「クライブ、柱を上手く使え!」

 俺はクライブに声を掛ける。

 大鬼オーガに集中しているのか、クライブは即座に反応を示さなかったが、ジリジリと柱のある方向へ移動していく。


 右からおどりかかってきた大鬼オーガを、クライブは柱を陰にして避けた。

 ――と、その瞬間、左から別の大鬼オーガが体当たりをしてくる!

 クライブはしっかりと盾で受け止めたが、勢いを殺しきれずに真後ろに転倒してしまった。

 そこへ体当たりしてきた大鬼オーガが馬乗りになってくる。

「くっ――」

 慌てたクライブは馬乗りになった大鬼オーガの腹に剣を突き刺した。

 剣は深く突き刺さったが、それに逆上した大鬼オーガが、滅茶苦茶にクライブを殴りつけた。

「クライブ、逃げろ!!」

 俺は思わず声を上げる。

 クライブは大鬼オーガの頭を盾の一撃シールドバッシュで叩きつけると、馬乗りの状況から抜け出した。

 だが、背後から別の大鬼オーガの棍棒の一撃を貰って、バランスを崩す。


 ――捕縛バインドの解除までは、まだ時間が掛かる。

 このままではクライブは――。


 腹を刺された大鬼オーガは、そのまま絶命したようだ。

 残りは四匹になったが、今の攻撃でクライブは白の長剣ホワイトロングソードを地面に落としてしまっている。

 更に顔や胸、そして背中に強い打撃を受けた。


 時間はあと五分を切った。

 だが、見るとクライブのHPは、半分強にまで落ちてしまっていた。


 にもかかわらず、クライブは果敢かかんにも、大鬼オーガたちの前に出て行く。

 大鬼オーガたちから離れすぎると、挑発タウントの効果が薄れてしまうからだ。

 そうなると攻撃対象ターゲットが不安定になり、動けない俺やシルヴィア、グレイスが攻撃されてしまう危険性がある。

 だからこそ、クライブは大きなダメージを負いながらも、大鬼オーガの前に出なければならなかった。


 グレイスは厳しい表情で、クライブの動きを見ていた。

 シルヴィアも無言で見ているが、身体のふるえが抑えられないようだ。


 前に出てきたクライブを、今度は二匹の大鬼オーガが同時に攻撃した。

 クライブは片方を盾で受け、もう片方を右腕で直接受け止める。

「ぐっ」

 思わずクライブから苦痛の声が漏れる。右腕に相当なダメージがあるに違いない。

 さらにその後から、別の一匹が体当たりを仕掛けてくる。

 その一撃は避けきれなかったのか、クライブは結構な勢いで地面に転がった。


 それを見て、俺は出来るだけ冷静に伝えた。

「――クライブ、よく聞け。

 帰還リターンの魔法陣を使うんだ。

 援護たすけを呼んできてくれ」

 その発言を聞いたシルヴィアが、目を見開いて俺を見る。

 一瞬何か言いたげな表情を作ったが、それを言えばどうなるのかを考え、結局何も言わない――言えない。


 一方のグレイスは達観たっかんしたような、涼やかな表情をしていた。

 ――その目は、全て俺にゆだねると、語っている。


 だが、クライブは俺の提案を頑強がんきょうけた。

「ケイさんは、仲間を置いて、オレに逃げろと言うんですね」

「頼む、クライブ、理解してくれ」

「ダメです。オレは、それじゃあダメなんです。

 オレはそれじゃあ、あの時から一歩も“前に進んでない”ことになるんです――」

「――――」

 時間は残り四分を切っている。


 クライブは大きな雄叫おたけびを上げると、盾を手に大鬼オーガに突っ込んだ。

 さすがに体当たりされると思っていなかったのだろう、ぶつかった大鬼オーガが棍棒を落とし、派手に地面に転がる。

 クライブはそこで挑発タウントを重ね掛けし、若干ふらつき始めた攻撃対象ターゲットを自分に固定した。

 攻撃対象ターゲットを誘導された別の大鬼オーガが、左右から棍棒で殴りかかってくる。

 クライブは盾で止めようとするが、止めきれない。

 片方の棍棒が腹に当たり、クライブの身体はくの字に折れ曲がった。

 そこに四匹目の大鬼オーガが棍棒の一撃をクライブの頭に見舞った。


「クライブ!」

 シルヴィアの悲痛な叫びが上がる。

 頭への一撃を受けたクライブは、蹌踉よろけながら崩れ落ちた。

 頭から出血している。HPの残りは少ない。

 クライブは立ち上がろうとして、バランスを崩しながらうように大鬼オーガの攻撃範囲から逃れ出た。


 ――と、その時、いつくばったクライブの胸元から、“あの”時計が滑り出た。

 時計はひもでクライブの首に掛けられている。


 時計に視線を移したクライブは一瞬動きを止め、その直後に力を込めて立ち上がった。

 四匹の大鬼オーガたちは、ゆっくりとクライブに近づいてくる。


 絶望的な瞬間に、俺はクライブの首に掛けられた時計を見つめながら言った。

「クライブ――この勝負は君の勝ちだ。

 大切な誓いをたがえさせるようなことを言って済まなかった。

 ――あと三分だけだ。

 頼む、もう少しだけ俺たちを護ってくれ!」

 突然切り替わった俺の発言内容に、クライブが驚いて振り返る。


 そして、同じようにグレイスとシルヴィアが俺に視線を向けた瞬間――。

 カチッと“時計の長針”がゼロを指し、時計から放たれた青白い光が、クライブを包み込んだ。


「こ、これは――!!」

 長針の“接触”によって発動した付与エンチャントと、大回復エルダーヒールがクライブを包んでいる。

 クライブのHPは七割方まで一気に回復していた。

「予約回復ヒール――!」

 さすがに驚いたのか、グレイスが声を上げた。



 俺は広間に入る直前、クライブの時計を見て、あることを思いついた。

 そしてクライブを呼び止め、それを“時計に”仕込んでおいたのだ。


 それが時計の長針に仕込んだ、“接触発動”の魔法だった。


 時計タイマーの長針の接触によって、予約された付与エンチャント大回復エルダーヒールが発動する。

 唯一不安だったのは、俺が捕縛バインド状態におちいり、魔法が使えない状態になったことだ。

 それが原因で魔法が発動しないということも考えられたため、弱気になった俺はクライブに逃走を勧めた。

 だが、クライブは何とか発動の時間まで持ちこたえた。

 結果的にクライブの重装剣士タンカーとしての“意地”が、全員を救ったことになる。


 俺はクライブに声を掛ける。

「――クライブ、油断は禁物だ。

 あと三分弱はたせてくれないといけない。

 距離をある程度とって、柱の陰に隠れ続けるんだ。

 俺たちは付与エンチャント魔壁マジックウォールがあるから、最悪一撃は攻撃を防げる」

「わかりました」


 クライブは警戒しながら、今度は柱の陰を意識して立ち回る。

 柱を前にすると、大柄な大鬼オーガたちは隊列が乱れ、一、二匹が突出する形になる。

 そこへ、クライブは盾の一撃シールドバッシュを仕掛け、牽制けんせいを続けた。



 そして、次第に時間が経過し――。

 ついにクライブは、俺たちを護りきった。



 そしてその瞬間、部屋の中一帯に、緑の光が立ちこめる。

 遅延スロウ筋力低下ウィークネス防御力低下クラッシュ魔法防御低下レジストダウン――数々の状態異常デバフ大鬼オーガに叩き付けられた。

 魔法抵抗力の低い大鬼オーガは、全ての魔法に掛かってしまう。


「――クライブ、護ってくれてありがと。

 あとはあたしに任せて、下がって頂戴ちょうだい

 目前で為す術なく、幼なじみが追い込まれるのを見ていたシルヴィアは、別人のように怒りに燃えていた。

「全部、消し炭にしてやるわ!」

 シルヴィアは俺が指示するよりも早く、攻撃に移っていた。


 シルヴィアは土銃ドレイクガン大鬼オーガの足を止め、その周りを岩壁ロックウォールで囲っていく。

 岩壁ロックウォールで囲われた大鬼オーガは、密集して逃げることが出来ない。

 それを見て邪悪に笑ったシルヴィアは、黄褐色の杖スタッフオブタンを高く掲げ、持てる魔力を一気に爆発させた。

 直後、岩壁ロックウォールで囲まれた内部が、地獄の釜となって燃え上がる。

 シルヴィアの上級火属性魔法である業火インフェルノが、全ての大鬼オーガ無慈悲むじひに焼き尽くしていった。



 大鬼オーガ咆哮ほうこうが消えた後、シルヴィアの業火インフェルノの炎も小さくなっていく。

 巨大な熱気に当てられていた広間の気温が、次第に下がっていく。

 岩壁ロックウォールが消滅すると、そこには一匹の大鬼オーガの姿もなかった。


 シルヴィアは魔力を使い果たしてしまったのか、その場にペタンと座り込む。


「――ケイさん、ありがとうございます。

 オレが護ったつもりだったんですが、やはりあなたに救われましたね」

 クライブは、落とした自分の剣を拾いながら俺に言った。

「いや――。

 クライブがみんなを護りきったのさ。

 感謝するのは俺の方だ」

 俺はそう言ってクライブに手を伸ばし、しっかりと握手した。



 俺たち四人は態勢を整えるため、取りあえず帰還リターンの魔法陣で脱出することにした。

 クライブとシルヴィアが魔法陣を使って、続けて帰還リターンしていく。


 俺はグレイスのみがその場に残ったのを確認して、彼女に向かって言った。


「グレイス、ピンチを脱せて良かったというところだが――。

 残念ながら“冒険者”はここまでだ」

「――はい」

 グレイスは、もう俺が話そうとする内容を理解したのだろう。

 緊張した面持おももちになっていた。


「さっきの黒妖精ダークエルフ――クルトは、蛮族じゃない。

 ――“魔人”だ」


 グレイスの剣を握る手が、知らず知らずの内にギュッと力んでいた。




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