018 時間
クライブは大鬼たちの攻撃対象を引き剥がしてしまわないよう、慎重に俺たち三人から離れていく。
五匹の大鬼たちは、少し歩みのスピードを落としながら、クライブを徐々に包囲していった。
大鬼たちが輪になってクライブを取り囲むと、大柄のクライブの姿が見えなくなるほどだ。
「クライブ、無理はするな!」
俺は慌ててクライブに声を掛ける。
彼の気持ちが先行しすぎると、良い結末には繋がらない。
「――大丈夫です。任せてください」
クライブは五匹の大鬼たちから出来るだけ距離を取れるよう、じりじりと後退していった。
後退しながら大鬼との距離を測り、俺たちからも離れていく。
「ケイ、このままではクライブが危険です」
グレイスは動けないまま、警告を発する。
俺はグレイスを見ながら言った。
「――八分だ。
八分で捕縛が解ける。
それまで持ちこたえてくれれば――」
シルヴィアも心配そうにクライブを見つめている。
目前で危機にある仲間を、俺は助けることが出来ない。
それどころかクライブは、自らの命を張って、俺たち三人を生かそうとしている。
大鬼の一匹が、大きな咆哮と共に、木の棍棒を振り上げた。
クライブはその棍棒をきっちり盾で受け止めたが、相当に重い一撃だったようだ。
ガーゴイルの群れに殴られても体勢を崩さなかったクライブが、一発で体勢を崩された。
即座に反対の方向から、別の大鬼が棍棒の一撃を見舞う。
クライブは体勢を崩しながらも、その攻撃を盾で受け止め、押し返す。
――今の一撃で鋼鉄の盾に凹みが出来たようだ。
それを見た俺の額に、冷や汗が吹き上がってくる。
残り時間は七分――。
クライブは正面からの攻撃をバックステップで避ける。
直後の左からの攻撃を盾で受け止め、右からの攻撃を剣で牽制していた。
だが一段、大鬼の囲みが小さくなっている。
このままでは集中攻撃を受けてしまいかねない。
クライブの左から、改めて攻撃が飛んだ。
クライブはそれを盾で受け止めたが、直後に攻撃をした大鬼が左の素手でクライブに殴りかかった。
虚を突かれたクライブは、それを受け止めきれず、装甲の薄い右肩にその攻撃を受けてしまう。
クライブはそのまま体勢を崩して、左後ろに尻餅をついてしまった。
「クライブ――!」
反射的にシルヴィアが悲鳴を上げる。
クライブはそのまま自ら地面を転がり、大鬼の包囲から出て立ち上がった。
後背から棍棒の一撃が飛んだが、その一撃は俺が鎧に仕掛けた接触発動の魔壁に阻まれる。
しかし、攻撃を受けたクライブの右腕は、ダラリと垂れ下がっている。ダメージを受けているようだ。
残り時間は六分――。
クライブは攻撃を受けた右腕を振り上げると、手前に出てきた大鬼を攻撃する。
攻撃は大鬼の手にヒットし、木の棍棒が転げ落ちた。
痛みがあるのか、攻撃を受けた大鬼は大きな咆哮を上げる。
「クライブ、柱を上手く使え!」
俺はクライブに声を掛ける。
大鬼に集中しているのか、クライブは即座に反応を示さなかったが、ジリジリと柱のある方向へ移動していく。
右から躍りかかってきた大鬼を、クライブは柱を陰にして避けた。
――と、その瞬間、左から別の大鬼が体当たりをしてくる!
クライブはしっかりと盾で受け止めたが、勢いを殺しきれずに真後ろに転倒してしまった。
そこへ体当たりしてきた大鬼が馬乗りになってくる。
「くっ――」
慌てたクライブは馬乗りになった大鬼の腹に剣を突き刺した。
剣は深く突き刺さったが、それに逆上した大鬼が、滅茶苦茶にクライブを殴りつけた。
「クライブ、逃げろ!!」
俺は思わず声を上げる。
クライブは大鬼の頭を盾の一撃で叩きつけると、馬乗りの状況から抜け出した。
だが、背後から別の大鬼の棍棒の一撃を貰って、バランスを崩す。
――捕縛の解除までは、まだ時間が掛かる。
このままではクライブは――。
腹を刺された大鬼は、そのまま絶命したようだ。
残りは四匹になったが、今の攻撃でクライブは白の長剣を地面に落としてしまっている。
更に顔や胸、そして背中に強い打撃を受けた。
時間はあと五分を切った。
だが、見るとクライブのHPは、半分強にまで落ちてしまっていた。
にもかかわらず、クライブは果敢にも、大鬼たちの前に出て行く。
大鬼たちから離れすぎると、挑発の効果が薄れてしまうからだ。
そうなると攻撃対象が不安定になり、動けない俺やシルヴィア、グレイスが攻撃されてしまう危険性がある。
だからこそ、クライブは大きなダメージを負いながらも、大鬼の前に出なければならなかった。
グレイスは厳しい表情で、クライブの動きを見ていた。
シルヴィアも無言で見ているが、身体の震えが抑えられないようだ。
前に出てきたクライブを、今度は二匹の大鬼が同時に攻撃した。
クライブは片方を盾で受け、もう片方を右腕で直接受け止める。
「ぐっ」
思わずクライブから苦痛の声が漏れる。右腕に相当なダメージがあるに違いない。
さらにその後から、別の一匹が体当たりを仕掛けてくる。
その一撃は避けきれなかったのか、クライブは結構な勢いで地面に転がった。
それを見て、俺は出来るだけ冷静に伝えた。
「――クライブ、よく聞け。
帰還の魔法陣を使うんだ。
援護を呼んできてくれ」
その発言を聞いたシルヴィアが、目を見開いて俺を見る。
一瞬何か言いたげな表情を作ったが、それを言えばどうなるのかを考え、結局何も言わない――言えない。
一方のグレイスは達観したような、涼やかな表情をしていた。
――その目は、全て俺に委ねると、語っている。
だが、クライブは俺の提案を頑強に撥ね除けた。
「ケイさんは、仲間を置いて、オレに逃げろと言うんですね」
「頼む、クライブ、理解してくれ」
「ダメです。オレは、それじゃあダメなんです。
オレはそれじゃあ、あの時から一歩も“前に進んでない”ことになるんです――」
「――――」
時間は残り四分を切っている。
クライブは大きな雄叫びを上げると、盾を手に大鬼に突っ込んだ。
さすがに体当たりされると思っていなかったのだろう、ぶつかった大鬼が棍棒を落とし、派手に地面に転がる。
クライブはそこで挑発を重ね掛けし、若干ふらつき始めた攻撃対象を自分に固定した。
攻撃対象を誘導された別の大鬼が、左右から棍棒で殴りかかってくる。
クライブは盾で止めようとするが、止めきれない。
片方の棍棒が腹に当たり、クライブの身体はくの字に折れ曲がった。
そこに四匹目の大鬼が棍棒の一撃をクライブの頭に見舞った。
「クライブ!」
シルヴィアの悲痛な叫びが上がる。
頭への一撃を受けたクライブは、蹌踉けながら崩れ落ちた。
頭から出血している。HPの残りは少ない。
クライブは立ち上がろうとして、バランスを崩しながら這うように大鬼の攻撃範囲から逃れ出た。
――と、その時、這いつくばったクライブの胸元から、“あの”時計が滑り出た。
時計は紐でクライブの首に掛けられている。
時計に視線を移したクライブは一瞬動きを止め、その直後に力を込めて立ち上がった。
四匹の大鬼たちは、ゆっくりとクライブに近づいてくる。
絶望的な瞬間に、俺はクライブの首に掛けられた時計を見つめながら言った。
「クライブ――この勝負は君の勝ちだ。
大切な誓いを違えさせるようなことを言って済まなかった。
――あと三分だけだ。
頼む、もう少しだけ俺たちを護ってくれ!」
突然切り替わった俺の発言内容に、クライブが驚いて振り返る。
そして、同じようにグレイスとシルヴィアが俺に視線を向けた瞬間――。
カチッと“時計の長針”がゼロを指し、時計から放たれた青白い光が、クライブを包み込んだ。
「こ、これは――!!」
長針の“接触”によって発動した付与と、大回復がクライブを包んでいる。
クライブのHPは七割方まで一気に回復していた。
「予約回復――!」
さすがに驚いたのか、グレイスが声を上げた。
俺は広間に入る直前、クライブの時計を見て、あることを思いついた。
そしてクライブを呼び止め、それを“時計に”仕込んでおいたのだ。
それが時計の長針に仕込んだ、“接触発動”の魔法だった。
時計の長針の接触によって、予約された付与と大回復が発動する。
唯一不安だったのは、俺が捕縛状態に陥り、魔法が使えない状態になったことだ。
それが原因で魔法が発動しないということも考えられたため、弱気になった俺はクライブに逃走を勧めた。
だが、クライブは何とか発動の時間まで持ち堪えた。
結果的にクライブの重装剣士としての“意地”が、全員を救ったことになる。
俺はクライブに声を掛ける。
「――クライブ、油断は禁物だ。
あと三分弱は保たせてくれないといけない。
距離をある程度とって、柱の陰に隠れ続けるんだ。
俺たちは付与の魔壁があるから、最悪一撃は攻撃を防げる」
「わかりました」
クライブは警戒しながら、今度は柱の陰を意識して立ち回る。
柱を前にすると、大柄な大鬼たちは隊列が乱れ、一、二匹が突出する形になる。
そこへ、クライブは盾の一撃を仕掛け、牽制を続けた。
そして、次第に時間が経過し――。
ついにクライブは、俺たちを護りきった。
そしてその瞬間、部屋の中一帯に、緑の光が立ちこめる。
遅延、筋力低下、防御力低下、魔法防御低下――数々の状態異常が大鬼に叩き付けられた。
魔法抵抗力の低い大鬼は、全ての魔法に掛かってしまう。
「――クライブ、護ってくれてありがと。
あとはあたしに任せて、下がって頂戴」
目前で為す術なく、幼なじみが追い込まれるのを見ていたシルヴィアは、別人のように怒りに燃えていた。
「全部、消し炭にしてやるわ!」
シルヴィアは俺が指示するよりも早く、攻撃に移っていた。
シルヴィアは土銃で大鬼の足を止め、その周りを岩壁で囲っていく。
岩壁で囲われた大鬼は、密集して逃げることが出来ない。
それを見て邪悪に笑ったシルヴィアは、黄褐色の杖を高く掲げ、持てる魔力を一気に爆発させた。
直後、岩壁で囲まれた内部が、地獄の釜となって燃え上がる。
シルヴィアの上級火属性魔法である業火が、全ての大鬼を無慈悲に焼き尽くしていった。
大鬼の咆哮が消えた後、シルヴィアの業火の炎も小さくなっていく。
巨大な熱気に当てられていた広間の気温が、次第に下がっていく。
岩壁が消滅すると、そこには一匹の大鬼の姿もなかった。
シルヴィアは魔力を使い果たしてしまったのか、その場にペタンと座り込む。
「――ケイさん、ありがとうございます。
オレが護ったつもりだったんですが、やはりあなたに救われましたね」
クライブは、落とした自分の剣を拾いながら俺に言った。
「いや――。
クライブがみんなを護りきったのさ。
感謝するのは俺の方だ」
俺はそう言ってクライブに手を伸ばし、しっかりと握手した。
俺たち四人は態勢を整えるため、取りあえず帰還の魔法陣で脱出することにした。
クライブとシルヴィアが魔法陣を使って、続けて帰還していく。
俺はグレイスのみがその場に残ったのを確認して、彼女に向かって言った。
「グレイス、ピンチを脱せて良かったというところだが――。
残念ながら“冒険者”はここまでだ」
「――はい」
グレイスは、もう俺が話そうとする内容を理解したのだろう。
緊張した面持ちになっていた。
「さっきの黒妖精――クルトは、蛮族じゃない。
――“魔人”だ」
グレイスの剣を握る手が、知らず知らずの内にギュッと力んでいた。