013 勧誘
数名の見物人が取り巻く中、黒ローブの赤毛の女は、腕を組み、フードを脱いで激高していた。
赤毛の長髪が朝日を綺麗に反射している。
白い顔が見えたが、やはり美人だ。
「そう仰いましても、規則は規則ですから」
「だーかーらー」
シルヴィアはギルド職員の頑なな発言に顔を顰めた。
「あたしは魔法ギルドの一員で、冒険者ギルドじゃないわ。
だから従う必要なんかないって言ってるじゃないの」
「いいえ。この迷宮は冒険者ギルドの管轄下だと、こちらも何度も申し上げています。
魔法ギルドの方でも従っていただきます」
平行線を辿っているらしき状況に、青白い重鎧を着た大柄の男性冒険者が、仲裁に入る。
「シルヴィア、これは規則だから仕方ない。
もう一度出直そう」
「あんたねぇ――!」
今度は仲裁に入った冒険者の方へ矛先が向く。
「これも何度も申し上げますが――」
ギルド職員は自分よりもかなり背の低いシルヴィアを、正に見下ろしながら続けた。
「この迷宮は、昨日から四人パーティ規制が敷かれています。
二人組を入れるわけにはいきません」
――なるほど、揉めている原因は、俺たちと同じ理由にあるようだ。
もちろんこの時点で、俺にはとある考えが浮かんでいた。
だが、それを敏感に察知したグレイスは、首を横に振る。
魔法ギルドの店でも感じたことだが、どうもグレイスはシルヴィアを好んではいないようだ。
ただ、今回の場合、ここで諦めれば出直しになってしまう。
出直しと言っても、あと二人をどこかで見つけない限りはスタートが切れない。
次に迷宮にチャレンジ出来るのは、いつになるのか判らない。
俺はシルヴィアと大柄の男性冒険者を凝視してみた。
まずはパーティが組めるだけの実力があるかどうか、確かめる必要があるからだ。
**********
【名前】
シルヴィア・エアハルト
【年齢】
19
【クラス】
魔道師
【レベル】
29(04)
【ステータス】
H P:1134/1134
S P:2712/2840
筋 力:215(10)
耐久力:280(13)
精神力:645(92)
魔法力:1233(35)(+102)
敏捷性:311(61)
器用さ:279(80)
回避力:426(45)
運 勢:803(32)
攻撃力:237(+22)
防御力:387(+107)
【属性】
火
【スキル】
火属性魔法7、地属性魔法5、広域化3、空間魔法4、状態異常魔法5、解錠、生活魔法、精神統一2、魔力制御4、精神耐性4、病気耐性3、自動魔力回復4、ハーランド語
【称号】
爆炎の魔女、ルールブレイカー、セクシークイーン、魔道師、魔法使い、魔法ギルド会員
【装備】
黄褐色の杖(攻撃力+22、魔法力+102)
黒のローブ(防御力+33)
魔道師のチュニック(防御力+74)
【状態】
なし
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【名前】
クライブ・オーランド
【年齢】
19
【クラス】
重装剣士
【レベル】
25(22)
【ステータス】
H P:3810/3810
S P:313/313
筋 力:633(50)
耐久力:841(33)
精神力:403(29)
魔法力:32(19)
敏捷性:280(91)
器用さ:354(02)
回避力:121(31)
運 勢:328(32)
攻撃力:724(+91)
防御力:1184(+343)
【属性】
土
【スキル】
土属性耐性4、体術2、剣術3、盾防御5、シールドバッシュ、挑発4、魔法攻撃耐性1、精神耐性6、状態異常耐性6、睡眠耐性4、苦痛耐性6、病気耐性4、自動体力回復1、ハーランド語
【称号】
重装剣士、探求者、苦労人、クランシー教徒
【装備】
ホワイトロングソード(攻撃力+91)
プレートアーマー(防御力+313):セット効果
プレートシールド(防御力+30、盾防御+2)
【状態】
なし
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ちょっと驚きだ。
この二人は結構レベルが高し、装備もしっかりしている。
「あの二人、実力的には申し分ない」
俺はグレイスを見て正直な感想を言った。
「ですが――」
グレイスは、俺が何らかの手段で“見えないものを見ている”ことを知っている。
だが、俺の発言を信じるのとは別の理由で、どうも乗り切れないようだ。
グレイスはその理由を目を伏せがちに言った。
「あの方は、本当にわたしたちと連携をとって闘えるのでしょうか?
それが不安なのです」
「それは確かに俺も不安だが、このままじゃあ迷宮に入ることすら出来ない」
「それはそうなのですが――」
グレイスはそのまま無言になってしまう。
俺はそのグレイスの様子を見て、仕方なく妥協案を提示した。
「じゃあこうしよう。
迷宮に入るために、彼女たちと組む。
だが、連携が取れそうになければ、早々に解消する」
俺の提案を聞いて、グレイスは観念したように溜息をついた。
「――判りました。確かにこのままではどうしようもないのも事実です。
後はケイにお任せします」
俺はそれを聞いて、慰めるように、グレイスの頭に手を伸ばす。
グレイスはその感触に、目を閉じて小さく微笑んだ。
俺はシルヴィアとギルド職員に近づいていく。
それに少し遅れて、グレイスも後から従っている。
俺が側まで近づくと、大柄の男が俺の気配に気づき、振り返った。
「お待たせして済みません、すぐ終わりますので――」
大柄の男は、長い間ギルド職員を拘束していることに対して、文句を付けられると思ったらしい。理由も聞かずに俺に対して謝罪の言葉を述べた。
「ああ、いや、そういうことじゃない。
君らは二人組なんだろ? だとしたら俺たちと組まないかと思って」
クライブはその言葉に驚いて俺を見る。
さすがに職員と話していたシルヴィアも、それに気づいてこちらを見た。
シルヴィアはどうやら見てからすぐに、俺たちが昨日の“店の客”であることに気づいたようだ。
「あら、あんたたち――。
もう入門編は終わったの?」
フフフと俺に笑い掛ける。
シルヴィアがこちらに振り向いて判ったが、黒ローブの下は胸元のパックリ開いた、赤のチュニックだ。しかも丈がかなり短い。
見ると、腕を組んでいるせいで、胸元が持ち上がって零れそうになっている。
黒ローブを見ただけでは判らなかったが、このボリュームはグレイスと甲乙付けがたく――。
コホン、と後ろに控えたグレイスが咳払いをした。俺は慌てて固定していた視線を空へと泳がせる。
――やばい、後ろから殺気を感じる。
「と、取りあえず俺たちも二人組なんでね。
組めば四人になるし、迷宮にも入れるようになるだろう」
「――は、はあ」
クライブは突然のことに、ついて行けてないようだが、シルヴィアの方はニンマリと笑った。
「いい考えね。
じゃあ、早速パーティ登録しましょ。
報酬は、等分配でいいわよね?」
パーティを組む方向で、話が纏まって良いことではあるのだが、これですぐに「はい、そうしましょう」と言うわけにはいかない。
俺はシルヴィアに一つだけ条件を飲ませる必要があった。
「パーティを組むに当たって、一つだけ条件がある」
俺がそう切り出すと、シルヴィアの顔から笑みが消えて、スッと目が細まる。
――次の俺の言葉を待っているようだ。
「パーティリーダーは俺だ。
――それを飲むなら組むし、飲まないなら組まない」
俺が付けた条件に、シルヴィアは一瞬だけ考える素振りをみせたが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。
「――いいわ。
ただし、こっちにも条件がある。
あんたたちに満足行かなかったら、あたしたちはいつでもパーティを抜ける。
それでどう?」
――まあ、そうだろうな。付けてくる条件としては、概ね想定の範囲内だ。
「オーケー、いいだろう。
報酬の分配も等分配でいく。余ったものはコインで決める。いいな?」
「いいわ。
――せいぜいあたしを満足させてね」
そういうと、シルヴィアは俺をじっと見つめてきた。
さすがに美人に上目遣いで見つめられると、思わずドキッとしてしまう。
何だこれ、女性の罠か?
俺はギルド職員に、四人をパーティ登録して貰うと、早速迷宮に入ることにした。
グレイスを見ると、さすがに割り切ったのか、暗い表情は消えている。
ギルド職員に聞いたところ、こちらの迷宮は、コース分けするほど探索が進んでいないらしい。
迷宮の存在自体はかなり前から認知されていたのだが、国の命令で長い間閉鎖されていたということだ。
その閉鎖されていた期間に、内部の構造が変わったり、迷宮内に何カ所か魔法の鍵が掛けられたところがあり、未探索の場所が非常に多いのだという。
未探索が多いということは、それだけ掘り出し物を見つける可能性があるということなのだが、同時に未知の危険に遭遇する可能性があることも意味している。
鍵の掛かった扉は解錠出来るなら解錠しても良いということだが、扉の向こうに強力な魔物が潜んでいる可能性がある高いそうで、それで命を落としたパーティが結構いると言っていた。
俺とグレイス、シルヴィア、クライブの四人は、迷宮の最初の広間に足を踏み入れる。
そこで、シルヴィアがくるりと振り返り、俺に提案した。
「まだ、呼び合う名前も訊いてなかったわね。
簡単に自己紹介でもしてみる?」
俺はその提案に乗るつもりだったが、ここは既に迷宮の中だ。
念には念を入れて、闘える準備だけは先に整えておくことにした。
「わかった。
だが自己紹介の前に――」
俺は自分に筋力増、防護、走力強化、精神力強化、体力強化、魔力強化の付与を掛けていく。
自分への付与が終わった後は、同じ付与をシルヴィア、クライブ、グレイスの順に掛けていった。
「よし、じゃあ、自己紹介といこうか」
俺がシルヴィアに促すと、シルヴィアは目を大きく見開いて俺を見ていた。
「あんた――付与術士だったのね」
「一応な」
実は昨日なりました、とはさすがに言えない。
真実を知っているグレイスは、さっきから微妙な表情をしているが――。
「付与を貰ったのは初めてですが――。
これは凄いですね」
クライブも表情が明るい。素直に感動しているようだ。
「ふーん――。
ちょっとは面白くなりそうじゃない」
シルヴィアは口の端を上げて、ニッコリと微笑んだ。