010 港町 ★
※世界観把握のためのもので、細かな距離感などは反映出来ていません。
城壁の中へと続く道に、様々な人種が行き交う。
どちらかというと、人との対話を得意としていた俺だが、この世界に来てから殆ど人と会っていない。
会わなかったことで、アシュベルまでの道は、スムーズに進みつつある。
誰にも気兼ねすることはない。
誰にも、声を掛けられることもない。
俺は行き交うどの人たちにとっても、見覚えのない人間だ。
見覚えのない人間は、言い換えれば“他人”だ。よっぽどおかしな行動や、格好でもない限り、あまり人目には付かない。もちろん、それ以外に人目を引く“特徴”がなければ、なのだが――。
――また、指をさされた。
どうしようもなく目立ってしまっているのは、俺じゃない。
さして周りを気にすることなく、俺の側をスタスタと歩く、美人だ。
俺とグレイスは、ロドニーの館から大人しめの服装を選んで着替えている。
二人とも剣を差しているが、館にあった装飾用の剣だ。実際はなまくらで、役に立つ代物ではない。
グレイスがニールの長剣を失ってから、武器の調達には頭を悩ませたのだが、最終的にはあまり試行錯誤をせずに、早めに出立することを選んだ。
どちらにせよ俺もグレイスもいざとなれば魔法で戦える。最悪、剣などなくて、構わないからだ。
グレイスは黒スーツを脱いで、今は普通の男装だ。
女性が目立たない大人しい服ということで、俺は屋敷にあったメイド用のスカートを主張してみたのだが、まったく聞き入れられなかった。――何故だ、スカートに恨みでもあるのか?
ちなみに俺はグレイスの黒スーツがどこに行ったのかが気になっていたのだが、グレイス曰くポーチに収まっているのだという。
その大きさのポーチには物理的に収まらないと主張した俺だが、グレイスは俺の目の前で、実際ポーチに収めてくれた。
どうも生活魔法の一つに資産という身の回りの品を収める魔法があるらしい。
俺はむしろグレイスに、何故資産を知らないのか?と詰め寄られてしまった。
そうしたやりとりをして、結果的に服だけ見れば男二人旅の状態だ。
だが、現実問題として、美女は顔だけでも目立ってしまう。
結局アシュベルに近づき、街道にすれ違う人が増えてきたところで、凝視されたり、振り返られたり、指を指されたりする回数が増えてくることになった。
「――オイ、お前、また目立ってるぞ」
俺はグレイスに向かって言う。この数十分で何度となく繰り返された会話だ。
「翌日になれば、みんな忘れます」
「ホントかよ――」
俺は忘れない自信がある。
まあ、顔は覚えてないかもしれないが、美女と会ったという事実とオッパイのでかさは決して忘れない。
そこから暫く歩いた後、グレイスはスッと前方を指さした。
「通用門が見えてきました。
通用門に門番がいますが、わたしたちは身分証を持っていませんので、身分登録をする必要があります。
門番は仮登録証しかくれませんから、身分を証明してくれるところに行かなければなりません」
「えっと――冒険者ギルドとか、あと町長とかに証明してもらうんだっけ」
俺は今は亡きアスリナに教えてもらった内容を反芻する。
「ここは大きな街なので、町長でなく市長になりますが、残念ながらわたしたちの身分は証明してくれません。
素直にギルドで登録することにしましょう」
「――あれ、グレイスも身分証を持ってないのか?」
教会にずっと保護されていた俺はさておき、グレイスはこれまで身分証なしで、どうやって暮らしてきたんだと思ったが、その質問にグレイスは判りやすく答えた。
「ええ。わたしはこの国の外から来ましたから、この国の身分証を持っていません」
――なるほど、別の国から来た人間は身分証を持ってないことになるのか。まあ、俺が元いた世界のように、パスポートの仕組みが統一されている訳ではなさそうだから、判らなくはない。
であれば結構身分証のない人間は、それなりにいそうだ。
「ところでグレイスはどこ出身なんだ?」
この国の外、という言葉に気になって聞いてみる。
「――わたしはフェリムという、東方の森に囲まれた小さな集落の出身です」
何だか森の中の小さな集落から、男装した美人が生まれてくるのが想像出来ないんだが――。
「そこはハーランドじゃないんだな」
「ええ。この国の領地外にある自治区の出身になります」
へぇ、この世界にも自治区なんてものがあるのか。
そうこうしている間に、通用門が近づいてくる。
殆どの人は身分証を持っているから、俺たちは人の少ない仮登録の列に並ぶことになった。
仮登録を担当している門番は二人いたが、どちらも若い男性だった。
俺は完全にスルーされて、やはりグレイスに目が留まるようだ。
「――あんた、凄い美人を連れてるな」
仮登録の書類を渡される時に、声を掛けられる。
俺が答えを返そうとした瞬間、隣からグレイスが割り込んだ。
「わたしたちは冒険者仲間です。この街の噂を聞いて、稼ぎに来たんです」
「なるほど。冒険者ギルドが目的か。
アシュベルの近くには大きい迷宮が二つあるが、今はどちらも剣士だけだと厳しいぞ」
門番は俺とグレイスの剣装をチラリと見て言う。
もう一人の門番は、グレイスの胸元ばっか見ている気がしないでもないが――。
「それは、魔法を使う敵が出るということですか?」
「魔法も使うんだが、ここ最近隊列を組んだり、後衛を狙ってくることがあると聞いている。
だからギルドもしっかりとパーティを組んで挑むことを推奨しているらしいが」
グレイスの問いに、門番はにこやかに、しっかりと情報を返してくれる。
きっと、俺が聞いたらちゃんと答えてくれないんだろうな――。
俺は鼻の下の伸びた門番を見ながら、そう思った。
俺とグレイスは仮登録をアッサリと終え、アシュベルの中へと入った。
仮登録といっても、実質出身と名前と性別、年齢を書くだけだ。
これでは詐称されていても、全く判らないだろう。
アシュベルの一番大きな通りとその近辺は、雰囲気の良い石造りの道路になっている。
だが、それ以外は土のままのようだ。
グレイスは街の広場まで出ると、足を止めて俺に向き直った。
「――まず、冒険者ギルドに登録に向かいましょう。
その後は宿を確保せねばなりません。
あとは食事ですね」
グレイスがテキパキと行動の順序を立てていく。秘書とかになったら、秘書スキルは相当に高いに違いない。
俺は自分の記憶が曖昧で、常識的なことでも判らないことが多い、という言い方で自分のことをグレイスに語っている。彼女は彼女なりにそれを拡大的に解釈してくれているようで、ここに至るまでの身の回りのことは、ほぼグレイスがやってくれていた。
もちろん今後もグレイス一人に負担が集中すれば、機嫌の一つも悪くなる可能性があるが、今のところは機嫌良くやってくれている。俺は彼女が提案することに反論せず、従う形にした方がいいだろう。
冒険者ギルドは、大通りから五分ほど歩いた場所にあった。ギルドの看板は盾の上に交差した剣のマークだ。
――うん、知らなかったら絶対武器屋か防具屋の看板だな。
俺はもちろんギルドという場所に入るのは初めてなのだが、思ったよりも大きな建物だと思った。元の世界の一軒家に近いぐらいの規模がある。
扉を開くと、中にはかなりの人がいた。
カウンターに話しかけている人、掲示板を見つめている人、単に立ち話をしている人など、様々だ。
アシュベルは冒険者ギルドが盛んな地、ということだったから、それも作用しているのだろう。
中にいるのは殆どが男性だが、何人か女性が混じっているのがわかる。
俺はグレイスに連れられて、空いているカウンターへ寄り添った。
それを見て、カウンターの中から、短い髪の若い女性が出てくる。
「――いらっしゃい。用件は何?」
女性は無遠慮にジロジロと俺とグレイスを見ている。既に見覚えのない新人だというのはバレてるな。
グレイスは二人分の仮登録証をカウンターに出した。
「冒険者ギルドに登録したいんですが」
「二人とも?」
「はい」
「じゃあ登録申請書出すんで必要事項を書いて。
文字は読める?」
「はい、大丈夫です」
グレイスは二人分の登録証を受け取ると、カウンターにあったペンで記載を始めた。
先に自分のものを書いていたようだが、それが終わると俺の分まで書いてくれている。
書き終わった書類を先ほどのショートカットの女性に手渡すと、今度はカウンターに石版のようなものが出てきた。
「次は属性を調べるから、順番に右手を置いてね」
グレイスがその案内に従って右手を石版の上に置いた。
石版は魔法の品なのか、グレイスが右手を置いた直後に僅かな魔法陣を立ち上がらせ、その後に黒っぽく色を変えた。
「あら――あんた、珍しいわね、闇属性なんて」
女性はグレイスから受け取った登録申請書に、闇属性、と書き入れている。
――――。
――やばい、俺の番だ。
そういえばアスリナが「属性はギルドに登録して――」とか言っていたのを、すっかり忘れていた。
グレイスは身体を避けて、俺に石版の上に手を置くよう促している。
カウンターの中の女性も、早くしろとばかりに俺に目を向けている。
仕方なく俺は、観念してソロリと石版の上に手を置いた。
石版は先ほどと同じように、僅かな魔法陣を立ち上がらせたが、その後、何の変化もない。
「――あれ? 壊れたかな? もう一回置いてみて」
俺は冷や汗を垂らしながらも、もう一回右手を置いてみた。
石版は再び魔法陣を立ち上がらせ――何も起きない。
「う~ん、何だろ? やっぱり壊れたのかな?
取りあえず今日は空欄にしておくから、また今度確認させて」
「あ、はい」
俺はペコペコ頷きながら、グレイスの後ろに下がった。
何とか冒険者登録を済ませた俺とグレイスは、ギルド内の掲示板を確認していった。
ギルドの掲示板には、仕事や仲間募集のようなもの、迷宮の情報などが張り出されている。
その中には門番が言っていた「敵が隊列を組む」「後衛を狙ってくる」といったことも確かに書かれていた。
そして、その情報のメモの周りには、いくつもの“パーティ募集”の紙が張り出されている。
「――めぼしいものは、ありませんね」
グレイスは、ざっと見渡した上でそう言った。
彼女にとってどういうものが、めぼしいものだったのかは良く分からないが――。
俺はふと、パーティ募集の沢山のメモから少し離れたところに、ポツンと一つだけ紙が貼ってあるのに気づいた。
見てみると、これもどうやらパーティ募集のメモだ。
「盾、剣、回復求む。
シルヴィア」
――何だこれ。
言っていることは判らなくもないが、他のパーティ募集のメモが、どういう職でどんなスキル持ちが必要なのか、どこのダンジョンのどんな敵と闘おうとしているのか、場合によっては報酬の分配方法はこうだといったことを記していることを考えると、あまりにも端的で情報が少ない。
一瞬気になったメモだが、俺はさっさとメモの内容を頭から削除すると、グレイスを伴って冒険者ギルドを後にすることにした。
冒険者ギルドの後は宿の確保だ。
俺はファンタジーにはありがちな“酒場の二階が宿屋”を想像していたのだが、普通に石造りのホテルっぽいところだった。グレイスに聞いたら、確かに酒場の二階という宿はあるらしいのだが、そうした宿があるのはあまり治安の良くない地域なので、初日はここにしたいらしい。
グレイスは一人部屋を二つ確保すると、料金を支払う。
――よくよく考えると、教会で手伝いのアルバイトしかしていなかった俺は、殆ど金を持っていなかった。
この国のお金の単位は、「セルジュ」というらしいのだが、グレイスが支払ったお金は二部屋で四〇〇〇セルジュだ。
俺が教会手伝いで稼いでいたお金が一日一〇〇セルジュだったから、この宿がどれくらい高いかわかる。俺の全財産を叩いても、一週間も泊まれない。
寝床を確保した俺たちが次に向かったのは、宿の近くにある食堂だ。
この街は港町だけあって、魚介類が充実している。
今朝、ロドニーの館で着替えをした時に、館にあるものを二人で摘まみ食いしてきたのだが、それ以来の食事になる。もう夕刻になろうとしているので、空腹でお腹と背中がくっついてしまいそうだ。
俺とグレイスは、食堂に入ると手早く用意出来る前菜と、ガッツリ食べられる魚料理を注文した。
空腹に一息ついた後、グレイスが果実酒を傾けながら、俺に語りかけてくる。
「ケイ、いくつか質問があります」
俺は麦酒を飲みながら、グレイスの話の続きを促した。
「実は聞きたいことは沢山あるのですが――。
まず、一つ目はギルドでの属性チェックの件です」
いきなり話しづらいのが来た。
グレイスの顔を見ると、真剣だ。適当に逃れられそうな雰囲気はない。
「実はあの反応を示すのがどういう時なのか、わたしは知っています。
――ケイは、“無属性”なんですね?」
いきなり真実を言い当てられた。
属性“なし”というのがどの程度珍しいのか計りかねていたが、グレイスが知っていることを考えると、過去例がないということではなさそうだ。
「正解だ」
否定するのも得策でないと思った俺は、短くそう答えた。
「やはり――。
それだと、闘いの中で見た不思議な術も理解出来ます。あれは無属性魔法なんですね」
「無属性魔法というのは後付けで、俺が修行中に勝手に編み出したものさ。
魔力を弾丸にして発射したり、壁にして防いだり。便宜上、魔弾と魔壁と呼んではいるが」
「それを誰にも教えられずに編み出したのだとすれば、凄いことです。
ケイは他に魔法が使えるのですか?」
「生活魔法――といっても、光源しか使えないけど、それ以外ではアスリナに教えて貰った回復魔法かな」
「わたしが思うに、ケイは恐らく魔法に関して相当な適性を持っていると思います。
それに、ロドニーとの闘いでは、剣に付与出来ていました。
今は回復と無属性だけのようですが、しっかりと学べばさらに多くの魔法が使いこなせるようになると思います」
才能があると言われて悪い気はしないが、状態が見れて、どんな行動が自分にとってプラスか把握した上での才能なんだよな――。
「――グレイスはどの属性が使えるんだっけ?」
状態で知ってはいるのだが、敢えて聞いてみる。
「わたしは火、風、闇が使えます」
「三属性が使えるのは、それはそれで凄いんじゃないのか?」
「――かもしれません」
グレイスは何故か神妙な表情になって、小さな声で答えた。
「まあ、丁度いいな。
今日じゃなくていいんだが、一通り俺に教えてくれないか?」
「ええ、もちろんです。
――そういえば、この街に魔法ギルドが取り仕切る店があるんですが、一度行ってみませんか?
魔法ギルドの店には魔法書があります。
初歩的な魔法は、魔法書からでも学ぶことが出来ますので」
おっ、それはいいかもしれない。
その日、たっぷりと情報交換をした俺とグレイスが宿に戻ったのは、かなり夜が更けてからだった。
グレイスが魔人を追い続ける以上、俺たちはいつまで一緒にいることになるかは判らない。
俺たちがいつ道を分かつか判らないが、とにかく俺は、それまでの間に冒険者として独り立ちをする必要があった。