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1『百合の花は愚かしくも嫉妬深い』

短い連載です。しばらく連日投稿する予定なのでどうぞよろしくお願いします。

 私は木嶋きじまトヤのことが好きだった。


 風に揺られサラサラと流れる前髪。

 柔らかそうな唇から漏れ出る薄い声。

 何か熱いモノを宿していそうな黒いまなこ

 爪を切っていないのか先が鋭く尖った指。


 好きな理由なんて、挙げればキリがない。

 その代わりに、嫌いになる理由は見当たらない。

 人間、何かしらの欠損があった方が好きになれると言うが、木嶋くんには見当たらなかった。もしかしたら、これが盲目、というやつなのかもしれない。

 楽しそうに、嬉しそうに、頬を染めながら喋る木嶋くん。


 その相手は、私ではなくて。


 届かない。


 どれだけ手を伸ばしても、届かない。


 届かない。




「お、今帰り?」

 生徒会の雑務で帰りが遅くなった私に声をかけたのは木嶋くんだった。

「うん。ちょっと最近、生徒会のみんな、仕事サボり過ぎで。そろそろやんないといけなかったから片してきた」

 木嶋くんと話す時は特に緊張しない。

 そのことがちょっと、ありがたかった。

「うへぇ、大変そうだなぁ。俺入んなくて良かった〜」

「まあ、木嶋くんにはサッカーとか、恋とかあるもんね」

「ちょ、最後の関係ないだろ!?ここで言う必要あったか!?」

「いひひっ、狼狽えっぷりウケる」

 そんな会話をしながら歩いていた私たちに、後ろから声がかかる。

「トヤくーん、と、ユンちゃん?」

 声を聞き、心臓がビクンッと跳ねる。

 振り向き、その姿を確認する。

 あー……まあ、疑問系にもなるよね。私、普段はこんな時間まで残ってないし。

 駆け寄ってきたのは木嶋くんの〝彼女〟である赤染あかぞめキョウカ。

 私が木嶋くんに対して緊張しないのは、もしかしたら一種の諦めがあるのかもしれない。

 私の恋は、届かない──と。

 ちなみに、ユンちゃんというのはもちろんあだ名。私の本当の名前はユリ。不届ふとどきユリだ。

「じゃあトヤくん、約束通りマック行こー」

 少し感情の薄い声でキョウカが言う。

 それに対し、木嶋くんは私に何かを確認するかのような視線を向けた。

「あ、私は良いよ。雑務で疲れてるし。それじゃ、また明日」

「あ、ユリ──」

 何か静止の声が聞こえる。が、私は小走りでその場を後にする。

 木嶋くん達の姿が見えなくなってから、私は大きな大きなため息をつきながら立ち止まる。背中に、大して物の入っていないリュックサックが重くのし掛かる。

 私は、木嶋くんが好きだ。

 私は、キョウカが苦手だ。

 一年前まで、私たち三人は付かず離れずの距離を保っていた。

 幼馴染で、ずっと三人で一緒にいた。

 それが、キョウカの告白により、打ち破られた。

 二人から、『俺たち・あたしたち付き合うことになりました』と言われた時は、何万ボルト、何百アンペアもの電気が走った。

 ショックで心臓が止まりそうだった。

 私だって、私だって好きだったのに……。

 それから私は、あの二人から徐々に距離を置くようになった。

 そして、遠くからあの二人を見つめるのだ。

「はーぁ、何やってんだろ」

 自分のやってることは陰湿なストーカーみたいだ。

 しかも、最低なことまで思ってる。


 ──あの二人、別れないかな、と


 わかってる。あの二人が別れたところで、一年前のような三人には戻れないって。

 でも、あの二人がベタベタしてるところを見ると、心が抉られる。心臓に釘を何本も打たれたみたいになる。

 私は、彼女がいる木嶋くんに、未練を持ち続けている。




 翌日、学校でばったりキョウカと会った。

 二年生に上がってからは別の教室だったので、たまにこうして廊下で出くわすことがある。

 私の心臓は鳴りっ放しだった。動悸が収まらない。頬が熱い。目も合わせられない。

 そんな私のことなんて意に介さず、キョウカは私に声をかけることなく素通りする。

 やっぱり、もう──

 心臓を、握り潰された。




 ああ、ダメだ。

 木嶋くんと話す時は何ともないのに、その彼女であるキョウカとは普通に話すことができない。

 それどころか、話す機会すら減っていっている。

 頭では理解しているのだ。あの頃になんか戻れやしないって。

 教室で机に突っ伏す。最近はこればかりだ。

 頭の中はキョウカでいっぱいになる。


 キョウカが木嶋くんの隣にいなければ。

 キョウカが私を無視しなければ。

 キョウカが木嶋くんと仲良さげにしなければ。

 キョウカが私と普通の友達でいてくれたら。


 ──キョウカが告白しなければ。


 私は醜い。他人の幸せを祝うどころか、ずっとこうして嫉妬している。悔いている。

 どうしてあそこに私はいないのか、と。

 どうして三人じゃダメなのか、と。


 私の醜さは、留まるところを知らない。

 昼休みになると、あの二人は図書室に行く。弁当を食べた後に。

 そして、二人で何か本を読むのだ。

 それがミステリーなら一緒に推理し、

 それがファンタジーなら主人公とヒロインを自分たちに置き換える。

 それがラブストーリーなら──こんな恋をしたいね、と言い合う。

 私はそこに混ざることはない。

 ただ、本棚の影から覗き見紛いのことをするだけだ。

 私は、どこまで醜くなるのだろう。

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