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東方天流晶  作者: クリネン
永遠と月の館
9/14

深夜の秘め事

「276!277!278!」


時刻は深夜。月明かりの下で俺は一人トレーニングをしていた。

  

「279!280!281!」


俺は幻想卿に来てから、深夜にトレーニングするのが日課となっている。

 





俺は幻想卿に来る前、平和な毎日を過ごしていた。

学校に行き、それなりに充実した学校生活を送り、ばあちゃんと二人で穏やかに暮らす。

そしてこれからもその日々がずっと続いていくんだろう。そう思っていた。

だから強くなることなんて一切してこなかったんだ。



…………俺は今そのことを深く後悔している。

俺に力があったのならあんな結末にはならなかったはずだし、誰も傷つくことなんてなかった。

もっと力がほしい。そんな風に考えてこれをはじめたのだ。


ちなみに俺はいままで武術と名の付くものをちゃんと習ったことはない。

とある縁で知り合いになった先生に少しだけ教えてもらった、その程度だ。

 

「282!283!284!………」 

 






を守れるぐらい強くならないといけないじゃないですか!」

 

「あなた……本気で言ってるの?」

「…………ふう」


一通りトレーニングを済ませ、俺は裏手にある井戸のところまで来ていた。

運動したのでのどが渇いてしまい、水を飲みに来ていたのだ。


俺がしてるトレーニングは筋トレとあとは先生に教えてもらった型の反復。

それでも一時間近くすると結構な疲労になる。いい汗かいたなー。

 

そんなことを考えながら井戸から水を汲んでいるとだれかの足音がこちらに近づいてくる。



「…………あら、九条じゃない」  

 

「え、永琳さん?」


なんと永琳さんと遭遇してしまった。皆寝たと思ってたのに……。

よく見ると、服のところどころがよごれている。何かしてたのかな?


「こんな遅い時間になにしているの?」

 

「永琳さんももう寝たんじゃないんですか?」

 

「私はまだ新しい試薬の研究してて寝てなかったのよ。ちょっと気分転換に外の空気に当たろうと思ったらあなたがいるのだもの。びっくりしたわ」

 

「ああー。いやちょっとですね………」


別に隠すようなことじゃないんだがなんだかありのままのことを言うのはちょっと恥ずかしいな。

まあ、俺の姿を見て大体予想は付いているんだろうけど。


「ちょっとトレーニングをしてたんですよ」

 

「その姿を見る限り本当みたいね。なんでまた」

 

「それはほら、ハーレム作るなら皆

 

「あったりまえじゃないですか!九条君はいつも大真面目です!俺は本気でハーレムを目指しているんですよ!」

 

「あなたって……ほんと無駄に前向きよね」

 

「そんなに褒めないでくださいよー」 

 

「あんまり褒めてないんだけど………」

 

「それに男なら一度は最強を目指すんです!!せっかく幻想郷に来たんだし目指してみるのも一驚だと思うんですよ!」

 

「そういうもんかしら?」 

 

「そうです!男は一度は最強にあこがれるんです!それに、最強になれば女の子にモテモテじゃないですか!!」 

 

「………結局そこなのね」

 

「そこです!!」


俺はいつのも調子で永琳さんに話しかけた。

きっと永琳さんが呆れた顔をしていつもの厳しいツッコミを入れるだろう。そう思っていた。


しかし永琳さんは困ったような、悲しそうな顔をしてこちらを見てきた。

その顔はまるですべてを見透かしたようで……。


俺はそんな様子の永琳さんに戸惑ってしまった。



「いや、あの………永琳さん?」

 

「九条。そんなに誤魔化さなくていいのよ?」

 

「そんなことないですよ。俺はいつでもハーレムを……」

 

「あなたはいつもそうやっておどけているけれど、それが何かを隠すための嘘だってわかるわよ。私を誰だと思っているの?」


永琳さんはそういうとふふっと小さな笑みを浮かべた。


………ばれてないと思ったんだけどなー。やっぱり駄目だったか。



「何もかもお見通しですか…………そうです。俺は最近いろいろなことがあって今のままの自分じゃ駄目だと思ったんですよ。少しでも強くなりたい。そう思ってはじめたんですが、笑ってください。ただの人間ではこの程度ですよ」

 

「そんなことないと思うわ。立派なことじゃない。」

 

「そうですかね?………でも、俺は強さを手に入れたいという思いの反面、俺みたいなただの人間には永琳さんたちのような力を付けることはできないんじゃないだろうか。そういう風に思っている自分もいるんです」



俺は拳を硬く握り締める。

今どんなにがんばっても、俺は所詮ただの人間だ。

俺が求めるような強さが手に入るとは思えない。

 

そんなことは分りきっている………だけど!!



「それでも強くなりたい………もう二度となにも失わず、誰も泣かない。そんな強さを得るために俺はもっと頑張りたいんです!!」 

 

「………そう」 


正直、こんなことを他の人に言うのは初めてだったので、馬鹿にされたりあきられてたりするんじゃないかと少しだけ不安だった。

だが永琳さんの表情は優しく柔らかいもので、俺が抱いていた不安なんてまるで感じさせないものであった。 




それからしばらくは、二人で他愛のないことを話していた。

永遠亭での生活にはもう慣れたかとか、体に異常などはないかとか、料理はおいしいかなどそんなものだ。


そんな風に話していたのだが、永琳さんは何か気になることがあったみたいで、突然黙ってあごに手を当てて考えごとをはじめてしまった。


そして考えがまとまったのか、俺の顔を見て再び口を開いてきた。



「…………………九条。一ついいかしら?」

 

「?なんですか永琳さん」

 

「あなたって、ほんとにただの人間なの?」

 

「……………え?」


永琳さんの思っていもいない質問に一瞬動きが止まってしまった。

永琳さんはそう思った理由を話し続ける。



「あなたがただの人間であるのなら、あんなに早く怪我が治るわけないのよ」

 

「え?でもそれは永琳さんの薬のおかげじゃ」 

 

「もちろん私の薬を使えばどんな怪我でも病気でも治すことはできるわ。でも、あなたの怪我はどんな人間でも最低一ヶ月はろくに動けない怪我だったのよ?それなのにあなたは目覚めたその日に普通に動けていた。これを普通の人間といっていいのかしら?」

 

「そんな、俺はただの人間のはず…………………っ!!」

 

「その反応は何か心当たりがあるようね」

 

「いやでも………そんな………」 



たしかに俺は心あたりがあった。

だがそれは俺が幻想郷に来ることになった理由でもあり、そしてあの事件の始まりの理由でもあった。

俺があの事件から大切な人たちを守ることができた唯一の手段こそが、事件の元凶だなんて皮肉にもほどがある。


それはあまりに残酷で理不尽ではないのか。俺はそう思うしかなかった。 



「…………………」

 

「…………早くお風呂に入ってきたら?まだ夏だけどもう夜はだいぶ寒くなってきたし、早く汗流さないと風邪引いてしまうわよ?」

 

「……わかりました。ありがとうございます」


そして俺は、風呂場に向かおうと永琳さんに背中を向けて歩き出した。

正直永琳さんの話が全部本当だとするなら、俺はその事実をとても受け止め切れなかった。

俺は呆然として歩を進める。だが永琳さんの次の言葉に思わず足をとめてしまう。






「でもあなたの肉体がたとえ人間でなかったとしても、そんなのは些細な問題じゃないかしら」

 

「え?」

 

「あなたの過去にとても辛いことがあったのはなんとなく分るわ。でも………それでも、あなたが今を全力で生きていく権利はあると思うの」 

 

「………………………」

 

「失敗して、失って、それでも前に進むことができるのが人間よ。こんなに悩んで後悔して、それでも前進しているあなたは立派な一人の人間なんじゃないかしら」

 

「あっ……」

 

「それに私たちはあなたの強くなりたいという願いを少しは手伝ってあげられると思うし。だから、安心なさい。医者の言うことはちゃんと聞いたほうがいいわよ」

 

「…………ありがとうございます」



やっぱりこの人は、すごく、すごく優しい人だ。

自分のことじゃないのにこんなに親身になって考えてくれる。

きっと里でも評判はいいんだろうな。


俺は言葉に出さずに、そんなことを考えていた。のだが。







「で、手伝ってはあげるけど、その代わりお願いがあるの」 

 

「ん?」


あ、あれ?さっきまでいい話だったのになんかおかしな流れになってるぞ?

 

「お、お願いというと?」

 

「今日遅くまで起きてた理由。さっき話したわよね?」

 

「ええ。なんでも新しい薬を作ってるとかなんとか…………まさか!!」

 

「そうなのよねー。実はできたはいいんだけど、肝心の効き目がよくわからなくて。だから」


俺はその話を聞いた瞬間に脱兎のごとく駆け出していた。

しかし、永琳さんはそんな俺の肩をがっちりつかんで離さなかった。


その時見た永琳さんの表情を俺は一生忘れることはないだろう。

自愛に満ちたその表情はまるで女神様のように美しかった。

………瞳の奥は獲物を見つけた動物の目だけどね!!



「なによ。そんなに逃げることないじゃない」

 

「これが逃げずにいられますか!!」


「往生際の悪い男はモテないわよ?」

 

「俺はモテることより自分の命のほうが大事です!」

 

「…………あきらめなさい」

 

「元凶がなにいってるんですかーー!」


そういうと永琳さんはどこからともなく注射器を取り出してきた。

薬の色がもうなんかヤバめなんですけど!!

緑色の液体ですよ!しかもなんかうねうね動いてますって!おかしい!あれ絶対人に打つものじゃないよ!

あれだよ!スライムを三百倍凝縮したらあんな感じになるって!それを俺に打とうとしてるんですよ!この人!


きっとあれを打たれたら悪の怪人になって、幻想郷を支配しようと企む秘密結社の幹部になるんだ!

そして幻想郷中を恐怖のどん底に落とし入れるんだ!やめろ!ショッカー!!

………って、混乱しすぎてよく分らないこと考えてた!



「そんな薬打ったら俺、死んじゃいます!」

 

「大丈夫よ。あなた、普通の人間じゃないんでしょ?」

 

「たとえそうだとしても、その薬はまずいですよ!!」

 

「あ、そうそう………失敗したらごめんなさいね」

 

「今のでめっちゃ不安になったーーーー!」

 

「動くと針が変なところに刺さるわよ」

 

「いや、まって、ちょっ…………いやーーーーーーーーーー!!」

 



その後、あの薬のせいで三日間寝込むことになりました。


いい人なんだけどね。そのなんていうか…………里の評判ほんとにいいのかなー?

 

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