はじまりはじまり
物語とはいつも唐突に始まるものである
これは使い古された言葉であるが、だからこそ多くの人が使ってきたということでもあるだろう。
この物語も多くの物語のほんの一つでしかない。
すばらしい作品に到底追いつくことなどできないだろう。
だが、この一瞬を一人でも多くの人に楽しんでもらえれば………
この作品の意味はそこにあるのではないだろうか。
「ハッ!ハッ!ハッ!」
少年は一らず、石や枝でで人、森の中を走っていた。時刻はもう夜遅くであり一メートル先もほとんど見えない。
ただ月の光だけを頼りに走っている。
少年はなにも履いておらず、石や枝で出来た傷で足が真っ赤になっている。
服も寝ているときに着ていた服で、その服も足と同様にぼろぼろになっていた。
そしてなにより、少年の体は全身傷だらけであった。
ところどころに刃物で切られたような傷跡。腕や足には殴られた跡など。
とても日常生活ではおこりえない傷だらけであった。
それでも少年は止まることなく走り続けている。………それが少年の約束だったから。
「っく!!」
少年は自分の唇を血がにじむほどかみ締めている。だが今はそんな傷すらも気にならない。
自分に力がなかったこと。自分のせいで大切な人を巻き込んでしまったこと。
そしてなにより、少年を逃がすために自分の全てを賭けて戦ってくれた人を置いてきたこと。
もし、許されるのであれば、今すぐもとの道を戻りたい。そしてあの人に会いに行きたい。
だがそれは、約束を破ることになってしまう。助けてくれたあの人を裏切ることだけは絶対にできない。
少年はその気持ちを抑えて、ただ走り続けることしかできなかった。
………………………
「………………ハァ………………ハァ」
あれから何時間走っただろう。
少年の体はとうに限界を迎えており、意識も朦朧として、足元もおぼつかない。
今、自分がどこにいて、どこに向かっているのか。少年はそれすらも分からなくなっていた。
少年はどこにでもいる普通の学生だった。
少々、変わっているところはあったが世間で言う一般の域からでることはなく、それなりに充実した日々を送っていた。
この日もいよいよ明日に迫った文化祭の準備のために夜遅くまで準備をし、つかれのためいつもより早く床についたのだった。
そして、いつもどうり明日を迎えるはずであった。
…………しかし、少年にいつもどおりの明日はやってくることはなかった。
「………ハァ………ハ………ッァ!!」
少年はついに足元の石につまずいてしまい、走ってきた勢いそのままに倒れこんでしまった。
今の少年には起き上がる力も、それをする気力も残っていなかった。
…………………………………………
……………………俺、ここで死ぬのか?
俺を女で一つで育ててくれたばあちゃん。いつも笑ってたな。
佐藤、吉本。あいつらほんと馬鹿だったけど、なんだかんだでいつも楽しかったっけ。
女子に反対されたけど、なんとか男子で拝み倒してすることになったメイド喫茶。
っふふ。馬鹿ばっかだな。でも、俺もその馬鹿の一人か………
少年は遠ざかる意識の中で、楽しかったいままでの思い出をまるで映画のように鮮明に思い出していた。
それは学校のクラスメイトの顔だったり、少年の住んでいた小さな家だったり、
文化祭で準備していたメイド喫茶だったり、優しかった祖母の顔であったり…………
だが少年の口から出た最後の言葉はそのどれでもなかった。
「……………」
「…………………………」
「…………………………………………蛍」
それは少年が命をかけて守り抜きたい大切なもの。たった一人の大事な妹であり少年の全て。
少年が少女と共にいることができたのは一年間というとても短い間だけだったが、なにもなかった少年を始めて人間にしてくれた。…………それだけで少年がすべてを賭けるには十分すぎたのだ。
「………………………」
少年はもう息をするのさえ満足にできる状態ではない。
意識は深い眠りに付くように、ゆっくりと現実から切り離なされていき、そして
ついに動かなくなってしまった。
………少年はここで死ぬはずであった。
だが運命のいたずらか、それともこうなることが初めから必然だったのか。
少年の体は深い深い光に包まれていった。
はじまりはじまり