第6話:戦士ギルドでの稽古
ゼロスが向かった先は、昨日彼が泊まっていた安宿街でも、アリシアが懸念していたようなきらびやかな歓楽街でもなかった。
彼が足を止めたのは、街の武官や公務を担う者が詰める地区にほど近い、質実剛健な石造りの建物の前だった。
掲げられた看板には、交差した剣と斧の紋章が刻まれている。
冒険者ギルドとは違う、戦闘専門の猛者たちが集う場所、戦士ギルドだ。
物陰からそっと様子をうかがっていたアリシアは、その光景に拍子抜けしていた。
「…娼館じゃ、なかったんだ…良かった…」
心の底から、安堵のため息が漏れる。だが、すぐに彼女は自分の感情に首を傾げた。
(…ん?…良かった?)
なぜ、自分はこんなにホッとしているのだろう。
彼のプライベートな行動に、どうしてここまで心を乱されているのだろうか。
アリシアは、自分の中に生まれた謎の感情に戸惑い、頬が熱くなるのを感じていた。
ゼロスは、重厚な木製の扉を躊躇なく押し開けた。
「すいませーん、副長いらっしゃいますかー?」
気の抜けた声で、彼はギルドの受付に声を掛ける。
内部は冒険者ギルドのような自由な雰囲気とは違い、鍛錬の汗と鉄の匂いが満ちた、どこか規律だった空気感があった。
「…副長に御用ですか。少々お待ちを…」
対応したギルド職員が奥へと消えていく。少しすると、大柄な、歴戦の傷跡が刻まれた壮年の男が姿を現した。戦士ギルドの副長、ガレスだ。
「よぉ!ゼロス、久しいな!今日はなんだ!またあの S ランクパーティの連中のために、モンスターの対抗策でも聞きに来たか?」
以前、ドラゴン種のブレス対策として、高価な使い捨て防具である聖銀の大楯の情報をゼロスに斡旋したのは、他でもないこの男であった。
「いえ、副長。本日は、その…俺に稽古をつけてほしくて、参りました」
その言葉に、副長は驚いて目を見開いた。
「稽古?お前がか?」
「はい。だめでしょうか?」
「…いや」
副長はゼロスの全身をじろりと見定めるような視線で眺めると、ニヤリと笑った。
「いいぜ。俺も事務仕事ばっかりで、ちょうど身体を動かしたいと思っていたところだ。しかし、荷物持ちのお前さんが、なんでまた急に稽古なんて思ったんだ?」
ゼロスは、副長に案内されて、ギルドの裏手にある訓練場へと通された。そこは、地面を深く掘って作られた巨大な円形の闘技場で、周囲には観戦席まで設けられている本格的な施設だった。
「で、お前さん、武器は何を選んだ?まさか素手のまま俺とやるつもりじゃあるまいな」
「とりあえず、これを。連れには『地味だ』『かっこ悪い』と、大好評でございました」
彼はそう言って、中層区の装備屋で買ったばかりの、ただの鋼鉄のこん棒を掲げてみせる。
「ハハ、ちげーねぇ。確かに地味ではあるが…お前、いいセンスしてるよ」
「と、言いますと?」
意外な言葉に、ゼロスは素直に聞き返した。
副長は、ゼロスが掲げた鋼鉄の棍棒を、専門家の目で値踏みするように見つめた。
「…お前、もしかして、ちゃんと気付いてそいつを選んだのか?」
「繊細な刃を持ってる剣や斧は、その刃が潰れたり欠けたりすりゃ、ただの殴るだけの薄っぺらい鉄クズだ。だが、棍棒は違う。初めから打撃に特化している。たとえヒビが入ろうが、完全に折れない限り、その殺傷力が大きく落ちることはない。お前くらい筋力があるやつには、最良の選択をしたな。…ってことだよ」
「あはは…お褒めに預かり光栄の至りであります…」
店主のオヤジさんに適当に見繕ってもらっただけなんて、口が裂けても言えないな。ゼロスは、冷や汗をかきながらへらりと笑って誤魔化した。
副長は満足げに頷くと、訓練場の武器庫から、木製の訓練用大剣と、同じく木製の棍棒を一本、ゼロスに放り投げた。
「んじゃぁ、とりあえずその訓練用の棍棒で俺にかかってこい。ルールは一本勝負。俺の体に一撃でも入れられたら、今夜の夕飯、好きなだけ奢ってやるよ」
「なんと!!では、副長、胸をお借りします…!」
夕飯。奮発して、ステーキとか食べさせてもらおう。食欲に火が付いたゼロスは、木製の棍棒を握りしめ、深く腰を落として構えを取った。副長も、訓練用大剣をゆったりと構え、防御の姿勢を取る。
その、矢先だった。
副長の瞳にゼロスの姿が映ったかと思うと、次の瞬間には、凄まじい踏み込みと共にゼロスが目前に迫っていた。
風を切り裂く轟音を伴って振り下ろされた棍棒を、副長は咄嗟に大剣で受け止める。
キンッ!!という甲高い音と共に、凄まじい衝撃が腕を駆け巡った。
「…っ!」
(こいつ…!ただの荷物持ちじゃねぇな…!獣みてぇな、いいセンスしてやがる!)
副長が体勢を立て直すよりも早く、ゼロスの凄まじい打撃の嵐が続いた。
荷物持ちとして常軌を逸した重量を背負い続けてきた彼の放つ一撃一撃は、並の戦士であれば防御ごと腕を砕かれかねないほどの重さだった。
それを、副長は長年の経験と技で、いなし、受け流し続ける。
「お前には!本当にそういう武器が合ってるぜ!」
「そうですか!?」
「あぁ!剣と違って、お前みたいに純粋な力で叩き伏せるタイプには、うってつけの武器だ!!」
会話を交わしながらも、二人の攻防は止まらない。副長は、ゼロスの振りかぶった一撃を巧みに受け流し、がら空きになった胴体へと、カウンターの斬撃を放とうとする。
だが、そこにゼロスの姿はなかった。
副長の剣が空を切ると同時に、ゼロスは強化された脚力で瞬時に数メートル後ろへと跳躍し、距離を取っていた。その動きには、一切の無駄がなかった。
闘技場の中央で、再び対峙する二人。副長の額には、うっすらと汗が滲んでいた。
「…やりずれーこと、この上ねぇな。人間とやってるより、モンスターを相手取ってると思ったほうが、まだ気分的に楽だ」
「それ、褒められてるのか貶されてるのか、どっちなんですか…」
「褒めてんだよ、バカ野郎。…わりーが、ここからはスキルを使わせてもらうぜ」
その言葉と共に、副長の纏う空気が一変した。今までとは比べ物にならない、鋭い闘気がゼロスの肌を刺す。
「ヒッ!それはご容赦を!」
「いくぞ!」
裂帛の気合と共に、副長の大剣に淡い翠の魔素が渦巻くように集束していく。彼が剣を振るうと、それは質量を持った風の刃となって、ゼロス目掛けて飛来した。
「ちょ、ちょっとそれ反則ぅぅぅぅぅ!」
悲鳴を上げながらも、ゼロスは飛来する風の刃を、適加に棍棒で叩き壊していく。
観客席の影から固唾をのんで見守っていたアリシアの目には、魔法にしか見えない攻撃と、それを真正面から打ち砕くゼロスの姿が、まるで神話の英雄譚の一場面のように映っていた。
「やるな!!まだまだいく…」
そう言いかけた矢先、副長の視界からゼロスの姿が消えた。
否、ゼロスは風の刃を砕いたその勢いのまま、瞬時に距離を詰めていたのだ。
「距離を詰めたら、それ、もう打てませんよね?」
懐に潜り込んだゼロスが、再び嵐のような打撃を副長に叩き込む。
「…っ!お前、マジでいいセンスしてるよ!なんで荷物持ちなんてやってたんだ!!」
防戦一方で悪態をつく副長に、ゼロスはただ笑って棍棒を振り続けた。
どれほどの時間が経っただろうか。
副長が「そこまで!」と叫んだ時には、二人の持つ木製の武器はささくれ立ち、時間もすっかり17時を過ぎていた。
「あ、ありがとうございました~。結局、一発も入れられなかったぁ」
ぜえぜえと肩で息をしながら、ゼロスは悔しそうに言った。
「いくらなんでも、戦士ギルドの副長である俺が、そうそう一撃なんか貰うかよ。…だが、お前、ホントにセンスあるわ。冒険者に飽きたら、うちのギルドに来い。歓迎してやる」
「か、考えておきますー」
ゼロスは、深々と頭を下げると、名残惜しそうに訓練場を後にした。
副長は、その小さな背中が見えなくなるまで、腕を組んで見送っていた。そして、誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。
「銀の剣…お前らが逃した魚は、とんでもなく、でけぇぞ…」
その言葉は、夕暮れの静かな闘技場に、ゆっくりと溶けていった。
戦士ギルドから一人、とぼとぼと帰路につくゼロス。心地よい疲労感と、それに勝る空腹感を覚えていた。
「はぁ…疲れた…夕飯は、スタミナがつく肉料理とかがいいなぁ」
ぽつりと呟いた独り言に、すぐ隣から返事があった。
「いいですね。もしよろしければ、私もご一緒してもいいですか?」
ゼロスが、その澄んだ声につられて、弾かれたように横を見る。
そこには、いつの間にいたのか、アリシアがにこやかに立っていた。
「あ、アリシアさん!?ど、どうしてここに!?」
「フフッ…『宿屋に帰って寝る』と言っていた人が、昨日とは全く違う方角に行っていたので。気になって、つい、ついてきちゃいました」
彼女は、悪戯っぽく片目をつぶって見せた。
「と、いうことは…まさか、今の稽古…」
「はい!見てました!凄かったです!」
目をキラキラと輝かせて絶賛するアリシアに、ゼロスの顔がさっと青ざめる。
「あわわわわ…!お、お見苦しいところをお見せしました…!」
必死に棍棒を振り回してるところ、全部見られてたのか。
狼狽し、頭を抱えるゼロスに、アリシアはぷん、と頬を膨らませた。
「見見苦しいなんて、とんでもないです!あの人は、戦士ギルドの副長さんですよね!?そんな高名な方と互角以上に戦える人なんて、それこそSランク冒険者くらいしかいませんよ!!」
「いやいやいや、ちゃーーーんと手加減されてましたから…本気を出されたら、俺なんて一瞬で…」
ホント、この人はなんでこんなに自己評価が低いんだろうか。呆れを通り越して、彼女はもはや感心すらしていた。
「…まぁ、そういうことにしておいてあげます」
「ありがたき幸せでございます」
殊勝な態度で、ゼロスはぺこりと頭を下げた。
「ふふ…なんですか、その時代がかった口調は。さ、夕飯を一緒に食べながら、明日の作戦会議をしましょう」
「わぁぁぁ、アリシアさんは仕事熱心でございますね」
「…仕事の話が嫌なら、別に構いませんよ?その代わり、お互いのプライベートな事でも、語り合いますか?」
彼女は、小悪魔のように微笑んで、ゼロスの顔を覗き込んだ。
「滅相もございませんっ!ぜひ仕事の話をさせてください!」
彼は全力で首を横に振るい、アリシアから距離を取った。
「…むぅ…まぁ、いいでしょう。では、一緒に夕食をとりながら、明日の仕事の話、ですね」
「あ、はい…」
なんか今、ちょっとアリシアさんの頬が、ぷくっとむくれてたような?
アリシアは、まぁ時間はいっぱいあるんだから、ゼロスさんのことをもっとよく知るには時間はたくさんあるし、急がずゆっくりいきましょう、と少しだけ早くなった胸の鼓動を感じながら夜空を見上げる。
その隣で、ゼロスは今夜の肉料理のことで、頭がいっぱいだった。
(第六話/了)




