追加エピソード⑭:戦いのあとで、それぞれの矜持
クリムゾンドレイクとの死闘を終えた下層の広場は、凄惨な静寂に包まれていた。
戦闘の熱気がまだ魔力の残滓となって空気を揺らし、濃密な血の匂いが鼻をついた。その床には、巨大な竜の死骸が横たわり、切断された首から流れ出たおびただしい量の血が、脈動するように明滅する紅水晶に反射して不気味な光を放っていた。
ゼロスは、ドレイクが完全に絶命したことを確認すると、まだ激しく上下する肩で荒い息をつきながらも、すぐに仲間たちの元へと駆け寄った。戦斧を肩に担ぎ直しながら、彼が最初に気にかけたのは――
「アリシアさん、怪我はないか?」
開口一番に口に出したのは、アリシアの名前だった。その声には、仲間を気遣う温かさと、何よりもまず彼女の無事を確かめずにはいられないという、切実な響きが込められていた。
アリシアは、その言葉に一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに安堵と喜びが入り混じった穏やかな笑みを浮かべて答えた。
「え…あ、はい…だ、大丈夫です」
彼女の頬が、ほんのりと紅潮していた。自分の名前が真っ先に呼ばれたことへの、密かな喜びが滲んでいた。
ゼロスは、その様子にホッと心の底から安堵の息をついた。
「なら、良かったよ!みんなも平気か?」
今度は、レオとルナ、そしてまだ呆然と立ち尽くす混成部隊の面々にも視線を向けた。
レオが、いつもの落ち着いた口調で答えた。
「全員怪我一つないよ」
ルナは、まだ興奮が冷めやらぬ様子で、目を輝かせながら言った。
「いやぁ…びっくりしたねぇ…普通は魔術って共通言語だから、使ってる言語違っても、何言ってるかわかるもんなんだけどねぇ…」
確かに、魔術は共通の呪詛を唱えるため、普通はモンスターが唱えても自動的に人語に変換されて聞こえるのが通例だった。だが、先ほどのドレイクが紡いだ言葉は、明らかに異質な響きを持っていた。
シェルが、その疑問に答えるように、ドレイクの死骸を一瞥しながら冷静に分析した。
「スタンピードはダンジョンに特異点をもたらすからな…ああいうのが出てもおかしくはないさ…」
彼の表情には、歴戦の冒険者としての経験からくる、深い理解が滲んでいた。
隊長のダリウスは、その場に立ち尽くしたまま、改めて『始まりの雫』の圧倒的な実力を目の当たりにして、絞り出すように賞賛の言葉を送った。
「しかし、Sランクパーティーというのは凄まじいのですね…今のクリムゾンドレイクなんてモンスターなら、正直、我々騎士団で手に負えるのはせいぜい団長くらいのものです…」
その声には、畏敬の念と、自らの力不足を痛感する複雑な感情が混じっていた。
その時、《救済の使徒》のセリーナが、ゼロスの両腕からスキルの代償として流れる夥しい出血に気づいて、慌てて駆け寄った。
「あ、あのゼロスさん、お怪我が…」
彼女の顔には、純粋な心配と、ヒーラーとしての使命感が浮かんでいた。
ゼロスは、自傷で裂けた自分の腕を見下ろすと、まるで大したことではないかのように、軽い調子で答えた。
「え?あぁ、大丈夫だよ。ちょっとスキルを最大まで使うと、いつもこうなっちまうんだ…」
その言葉に、セリーナは即座に治療の準備に入ろうとした。
「すぐに治療致しま…」
だが、その言葉が終わる前に、アリシアが音もなく二人の間に割って入った。彼女の動きは素早く、そして明確な意思を持っていた。
「…結構です。私たちのリーダーの怪我ですから、パーティーメンバーである私が癒します」
その声は穏やかだったが、有無を言わせぬ氷のような強さがあった。アリシアは、冷たい視線でセリーナを見据え、一歩も譲らない姿勢を示した。
セリーナは、その静かな拒絶と敵意に言葉を失った。
「…アリシア……っ!」
彼女の声には、悔しさと、そして嫉妬に似た感情が滲んでいた。
アリシアは、もはやセリーナには目もくれず、ゼロスの傷ついた腕に優しく手を当てると、静かに詠唱を始めた。
『光よ、傷を癒したまえ…』
淡い緑色の光が、アリシアの手から溢れ出し、ゼロスの腕を包み込んだ。その光は温かく、優しく、まるで春の陽だまりのようだった。
みるみるうちに傷が塞がっていった。赤黒く裂けていた皮膚が再生され、流れ出ていた血も止まり、やがて、まるで最初から傷などなかったかのように、綺麗な肌が戻ってきた。
ゼロスは、その手際の良さと、確かな治療効果に、心からの感謝を込めて言った。
「ありがとうよ、アリシアさん」
アリシアは、その言葉に嬉しそうに微笑んだが、すぐに謙遜するように首を振った。
「いえ…私に出来るのはこれくらいの事ですから…」
その横顔は、満足げでありながら、どこか控えめで、ゼロスへの想いを隠しきれていないようにも見えた。
セリーナは、その二人の間の親密な空気と光景を、悔しそうに、そして羨ましそうに見つめていた。かつて自分が『落ちこぼれ』と蔑んでいた女性が、今や、Sランクパーティーのリーダーから絶対的な信頼を得ている。その現実が、彼女の心を複雑にさせていた。
女騎士のルアが、そんなセリーナに気づき、そっと近づいて小声で囁いた。
「…貴女の考えてる事はちょっとだけわかるような気もするけど、やめておきなさいよ」
その声には、忠告と、そして同情が混じっていた。
セリーナは、その言葉に反発するように、小さく声を荒げた。
「…はぁ!?なんでよ!」
ルアは、やれやれとため息をつくと、先ほどの戦闘を思い出させるように言った。
「…さっきのアリシアさんの盾の魔術見たでしょ…砕かれたとはいえ、あの一瞬でドレイクの魔術の大半を相殺できるだけの練度…あれが、貴女に真似できて?」
その問いかけは、冷静で、そして容赦がなかった。
セリーナは、言葉に詰まった。確かに、あの防御魔術の展開速度と威力は、自分には到底真似できるものではなかった。
「…あんなのヒーラーの役目じゃない…」
彼女は、絞り出すようにそう呟いた。だが、それは負け惜しみにしか聞こえなかった。
ルアは、その言葉に同情するように、しかし現実を突きつけるように答えた。
「…かもね。でも、それが出来るから、彼女はSランクパーティーに在籍できてるんじゃないの?」
その言葉が、セリーナの心に深く突き刺さった。
「…っ!」
彼女は悔しさから唇を強く噛みしめた。鉄錆のような血の味が、口の中に広がった。
一方、若手騎士のカイルは、レオの元に駆け寄っていた。その顔には、純粋な感動と尊敬の色が浮かんでいた。
「レオさん、道中の襲撃、今回の魔術からも我々を護って頂いてありがとうございます」
カイルは、深々と頭を下げた。その姿勢には、心からの感謝が込められていた。
レオは、その大げさな反応に少し困ったように、照れくさそうに頭を掻いた。
「え…いやぁ…そんな僕大した事してないですし…」
だが、カイルはその謙遜を許さなかった。彼は顔を上げると、興奮を抑えきれない様子で言葉を続けた。
「何を仰いますか!その銀での鉄壁の防御。更には攻撃に転じれる能力っ!!感動致しました!!…して、どのようなジョブなのでしょうか…魔術師ではなさそうですし…」
その問いかけには、純粋な好奇心と、強者への憧れが滲んでいた。
レオは、その質問に、苦笑しながら答えた。
「僕はただの錬金術師ですよ、ハハ…」
その瞬間、カイルの動きが止まった。彼の目が、驚愕に見開かれた。
「錬金術師!?ただの生産職の方があれだけの芸当が出来て、さらにSランクパーティー所属!?」
カイルが驚きで大声をあげた。その声は、信じられないという響きに満ちていた。
通常、錬金術師は戦闘には参加せず、後方でポーションや道具を作る、いわゆる生産職だ。それが、あれほどの戦闘能力を持っているなど、彼の常識では考えられなかった。
ルナは、その反応を楽しそうに見ながら、自慢げに胸を張った。
「ふふんっ、そっ!うちのレオは、とーーーっても優秀なのよん!」
その声には、幼馴染への誇りと、愛情が溢れていた。
ダリウスも、その会話を聞いて、さらに驚愕の声を上げた。
「な…んと…Sランクパーティーに生産職が…」
彼の常識が、次々と崩壊していく音が聞こえるようだった。
シェルは、そのやり取りを横で聞きながら、黙って苦笑していた。
「………」
(言うな、ルナ…それ以上言うな…)
彼は、これから起こるであろう事態を予感していた。
だが、ルナの口は止まらなかった。彼女は、さらに爆弾発言を続けた。
「そう…レオは生産職だけど…うちのリーダーはなんとっ!!!」
その声には、これから最高に面白いことを言うぞ、という期待が込められていた。
ダリウス達は、思わず息を呑んだ。一体、どんな凄いジョブなのだろうか。
シェルは、それを止めようと慌てて声をかけた。
「…おい、ルナさんや、それ言わない方が…」
だが、もう遅かった。
ルナは、満面の笑みで、高らかに宣言した。
「なんと、ただの荷物持ちっ!!」
その瞬間、下層の広場に、水を打ったような静寂が訪れた。
ダリウス「!?」
カイル「…え?」
セリーナ「…は?」
ルア「…い、一般職…?」
四人が、信じられないという顔で、ゼロスを見つめた。
ゼロスは、そんな4人の驚愕の表情を見て、まるで自分のジョブを誇るかのように、ニヤっと不敵に笑った。
「おうよっ!!見よっ!この筋肉をっ!!」
そう言って、彼は腕を曲げ、シャツの上からでもはっきりとわかるほどに、力強く膨れ上がる力こぶを見せつけた。
その姿は、どこか誇らしげで、自信に満ちていた。
ルアは、その光景を見て、思わず頬を赤らめた。
「…素敵…じゃなかった…えぇと、一般職の方がリーダーで…」
彼女は慌てて視線を逸らした。
カイルは、頭を抱えた。
「生産職がいて…」
セリーナは、もはや何も言えなかった。
「ヒーラーの紛い物が…」
ダリウスは、深いため息をつくと、諦めたように言った。
「純戦闘職は、ルナさんだけですか…いやいや、それでいて今までの圧倒的な強さ…ネクサスのギルドは、本当に舌を巻きますね…」
その声には、もはや驚きを通り越して、ある種の感心が滲んでいた。
ルナは、注目を集めていることに気付き、さらに胸を張った。
「ふふん、敬え敬え。独学でここまで上り詰めたあたしを…」
その言葉に、今度はシェルが反応した。
「…は?独学…?」
彼の声には、明らかな驚きが混じっていた。
ルナは、何でもないことのように答えた。
「独学。家にあった魔術書で勉強した」
シェルは、その言葉に目を見開いた。
「…お前…じゃなかったルナさんや、魔力制御とかも独学かい?」
ルナは、不思議そうに首を傾げた。
「…魔力制御?なにそれ?」
シェルは、額に手を当てた。
「…なんつうか、発現させる際に、普通は魔素が漏れないように魔術という穴あき鍋に蓋をするというか…そうしないと威力がガタ落ちになるって、ネクサスで休暇中のうちの魔術師が言ってた記憶があるが…」
ルナは、その説明を聞いても、まるで理解していない様子で答えた。
「そんなもん知らん!」
彼女は腕を腰にやり、豪快にガハハと笑った。
シェルは、もはや何も言えなくなった。
「…いや、純戦闘職ではあるが、こいつもだいぶヤバイわ…尋常じゃない魔素量で無理やり魔術練り上げてるわ…」
ダリウスは、自分の常識が次々と破壊されていく音を聞きながら、諦めたように呟いた。
「…なるほど………いや、ここは流石Sランクパーティーということにしておきましょう…」
その言葉には、もはや理解を超えた存在を前にした、ある種の諦観が込められていた。
ゼロスは、そんな混乱する一行を見て、話を切り替えるように明るく言った。
「まぁ、勝利の余韻に浸るのはここまでにして、遭難者の捜索続けようぜ、さすがにボスエリアの最下層までには行ってないだろ」
そう言って、彼は開けた広間の先に続く一本道を指差した。
ダリウスは、その言葉に我に返ると、気を取り直して頷いた。
「…そうですね、参りましょう」
一行は、再び一本道へと進もうとした。
その時、ゼロスが「あ」と思い出したように立ち止まった。
「…あ、わりぃ、その前にドレイクの魔核回収してもいいか?」
その言葉に、ダリウスは苦笑した。
「…ははは…どうぞ…」
(金銭感覚はSランクじゃないんだよなぁ…この人)
彼は内心でそう思いながらも、その人間臭さに、どこか親近感を覚えていた。
ゼロスは、慣れた手つきでクリムゾンドレイクの巨大な死骸から、赤黒く輝く魔核を手際よく回収すると、それをマジックバッグに放り込んだ。
「よし、行くか」
ようやく準備が整い、一行は再び、ダンジョンの奥へと歩み始めた。
クリムゾンドレイクの魔核を回収し終えたゼロス達は、紅水晶が照らす真っ直ぐな一本道を進んでいた。
空気は相変わらず重く、魔素が充満していた。壁一面を覆う赤黒い水晶が、まるで生き物のように脈動し、その度に不気味な光を放っていた。
ゼロスは、そんな異様な光景を眺めながら、ふと懐かしそうに呟いた。
「ふーむ…懐かしいなぁ」
その声には、過去を振り返る、どこか感傷的な響きがあった。
アリシアは、その様子に気づき、心配そうに尋ねた。
「どうされました?」
彼女の声は、いつものように穏やかで、優しかった。
ゼロスは、少し照れくさそうに頭を掻きながら答えた。
「いやさ、三バカと最後に攻略したダンジョンもこんな感じだったなぁ。と。下層のど真ん中に中ボスがいて、最下層にボスが居て~って流れでさ~」
彼は懐かしそうに笑った。その笑顔には、恨みや憎しみではなく、ただ純粋な思い出を振り返る、穏やかな感情だけが滲んでいた。
アリシアは、その様子を見て、胸の奥に複雑な感情が渦巻くのを感じた。彼女は、静かに、しかし確かめるように尋ねた。
「…ゼロスさんは、本当にグレイさん達に……恨みも何も持ってないのですか?」
その言葉の裏には、彼女自身の抱える傷が隠されていた。
(私は…未だにルーメンの聖女達の顔をまともに見れそうにないというのに…)
アリシアの脳裏に、自身が逃げ出した聖地の光景が蘇った。
自分を仲間と受け入れてはくれなかった聖女達。「落ちこぼれ」と蔑まれ、見下された日々。あの場所で過ごした時間は、彼女にとって癒えない傷として、今も心に残っていた。
1年という時間では、まだまだ自分を納得させることが出来ない。そんな自分と比べて、ゼロスはあまりにも達観しているように見えた。
ゼロスは、アリシアの問いかけに、少し考えるような顔をしてから、正直に答えた。
「…ないかな…あんときはグレイ達も一杯いっぱいだったんだろ…それにあの時の俺は、別にせいぜい石を投げて気を引くか、小型モンスターが寄ってきた際に蹴り飛ばすか殴り飛ばすかくらいしかしてなかったしな…」
その言葉を聞いていたシェルは、内心で思わずツッコミを入れていた。
(…その蹴り飛ばしてたモンスターってBランクダンジョンのだろ…)
だが、それを口に出すことはせず、黙って二人の会話を聞いていた。
ゼロスは、言葉を続けた。
「俺は、あいつらに『荷物持ち』でいいって言われて、受け入れちまってたんだ。今にして思えば、棍棒でもなんでも持って一緒に戦うべきだったのかもな。戦闘をあいつらに任せきりにしちまった俺も悪かったのさ」
その言葉には、自分にも責任があったという、ゼロスなりの受け止め方があった。
アリシアは、その考え方に、やはり納得できないという表情を浮かべた。
「…でも、いつも除け者にされていたのでは…」
彼女の声には、ゼロスを庇いたいという気持ちが滲んでいた。
ゼロスは、苦笑しながら答えた。
「ま…俺も『お前と一緒に呑みたくない!』って言われたら、はいそうですか。って言っちゃうからなぁ…まぁ、色々お互い様だ」
その言葉は、あまりにも達観していた。
アリシアは、ゼロスのその考え方に、改めて驚きと、そして少しの困惑を感じた。
「…そう…ですか…」
彼女は、心の中で呟いた。
(…どんな境遇で育てばこんな達観した考えに…)
シェルは、二人の会話を聞きながら、深いため息をついた。
「…お互い様ね…ハァ…」
その溜息には、呆れと、そして少しの同情が混じっていた。
ゼロスは、その様子に気づき、軽い調子で言った。
「んだよ、シェル。溜息なんかついて。辛気臭ーぞ」
シェルは、やれやれと首を振りながら答えた。
「少なくとも高ランクパーティーの俺たちには、そんな風には見えてなかったけどな…お前がそんな性格してっから、引き抜こうにも引き抜けなかったんだよなぁ…」
その言葉には、かつてゼロスをスカウトしたかったという本音が滲んでいた。
ゼロスは、その言葉に少し驚いたように目を見開いた。
「へっ…そうだったのか…まぁ、俺は来るもの拒まず去るもの追わずだからな!頼られたら最後まで面倒見るし、嫌なら、はい、さよなら。だ」
その言葉は、彼の生き方そのものを表していた。
シェルは、もう一度溜息をついた。
「はぁー…ほんと、出来たお人柄で…」
アリシアは、そのゼロスの言葉を聞いて、ふと思いついたように、確信犯的な微笑みを浮かべながら言った。
「ふふっ…なら、ゼロスさんが私の元を去ることは今後一生ありませんね…」
その言葉には、確信と、そして密かな喜びが込められていた。
ゼロスは、その予想外の言葉に、少し戸惑ったように答えた。
「………いきなり重い事言うね、アリシアさん」
アリシアは、その反応を楽しむように、さらに続けた。
「来るもの拒まず。なんですよね?」
その言葉で、ゼロスは自分の発言を改めて思い出し、観念したように微笑んだ。
「…そうだけど…まぁ…その通りだよ。アリシアさん」
彼は、優しく、そして確かな意志を込めて、そう答えた。
その笑顔は、アリシアにとって何よりも温かく、そして嬉しいものだった。彼女の頬が、ほんのりと紅潮した。
シェルは、その二人のやり取りを横目で見ながら、心の中で呟いた。
(…まったく、この二人は…)
だが、その表情には、どこか微笑ましいものを見るような、優しさが滲んでいた。
一行が少し進んだ先、本道から逸れた、分かれ道とは思えないほど狭い小道があった。
ゼロスは、その道の前で立ち止まると、獣のような勘を頼りに呟いた。
「たぶん、こっちだ…」
彼は迷うことなく、その小道へと足を踏み入れた。
一行がゼロスに続いて狭い道を進むと、やがて、小さな空間に出た。
そこには――
遭難していた4人の騎士とヒーラーが、疲労困憊した様子で、ぐったりと座り込んでいた。
彼らの顔は青ざめ、鎧は傷だらけ、糧食袋は空になっていた。明らかに、限界まで追い詰められていた様子だった。
ダリウスは、その姿を見た瞬間、大声で叫んだ。
「遅くなってすまない!!」
その声に、座り込んでいた4人が一斉に顔を上げた。
「「「「ダリウス隊長!!」」」」
彼らの声には、救われたという安堵と、生き延びたという喜びが溢れていた。
4人の顔に、一気に安堵の表情が広がった。涙を流す者もいた。
ダリウスは、急いで彼らの元に駆け寄り、状態を確認した。
「怪我は!?みんな無事か!?」
遭難者の一人が、かすれた声で答えた。
「はい…なんとか…あの竜から必死に逃げて…モンスターが出ないここで、救援を待っていました…」
その声は震えていた。クリムゾンドレイクとの遭遇が、どれほど恐ろしい体験だったかが窺えた。
若手騎士のカイルが、すぐに自分の糧食袋から水筒と非常食を取り出し、遭難者たちに手渡した。
「まずはこれを…ゆっくりでいいから、飲んでください」
遭難者たちは、その水を受け取ると、涙を流しながら飲み干した。
セリーナも、急いで彼らに治療の魔術をかけ始めた。
「『光よ、傷を癒したまえ…』」
淡い光が、疲弊した騎士たちを包み込んだ。
ゼロスは、その様子を見守りながら、シェルに小声で尋ねた。
「おい、シェル。あいつら、動けそうか?」
シェルは、遭難者たちの様子を観察しながら答えた。
「…ギリギリだな。ただ、歩けないほどじゃない。帰還のスクロールを使えば、なんとかなるだろう」
ゼロスは、頷いた。
「なら、さっさと帰還させた方がいいな」
ダリウスは、その言葉に同意し、遭難者たちに告げた。
「すまないが、もう少しだけ頑張ってくれ。今から帰還のスクロールを使う」
遭難者たちは、力なく頷いた。
ダリウスは、懐から帰還のスクロールを取り出すと、魔力を込めた。
羊皮紙が淡い光を放ち、やがて、眩い光の柱が遭難者たちを包み込んだ。
光が消えた時、そこには誰もいなくなっていた。無事に、ダンジョンの入口へと転送されたのだ。
ダリウスは、安堵の息をついた。
「…これで、任務完了だ」
ゼロスも、その言葉に頷いた。
「よし、じゃあ俺たちも帰還するか」
彼は、自分の背嚢から帰還のスクロールを取り出した。
「みんな、準備はいいか?」
アリシア、レオ、ルナ、シェル、そして混成部隊の面々が、それぞれ頷いた。
ゼロスは、スクロールに魔力を込めた。
羊皮紙が淡く光り始め、やがて、九人全員を包み込むように、大きな光の柱が立ち上った。
光が収まった時、彼らはダンジョンの入口に立っていた。ダンジョン内部の淀んだ空気とは比べ物にならない、清々しく、草木の匂いを含んだ外気が、彼らを優しく包み込んだ。
ルナが、大きく息を吸い込んだ。
「はぁ~!!終わったぁぁああ!!」
レオも、安堵の笑みを浮かべた。
「お疲れ様、みんな」
アリシアは、ゼロスの横顔を見つめながら、静かに微笑んだ。
「無事に、任務を完了できましたね」
ゼロスは、その言葉に頷いた。
「あぁ、みんなのおかげだ」
ダリウスが、『始まりの雫』とシェルに向かい、深々と頭を下げた。
「ゼロス殿、そして『始まりの雫』の皆様。本当にありがとうございました。貴方方のおかげで、仲間を救うことができました」
カイル、ルア、セリーナも、それに続いて頭を下げた。特にセリーナの表情からは、以前のアリシアへの敵意は消え、複雑ながらも確かな敬意が浮かんでいた。
ゼロスは、照れくさそうに手を振った。
「いいって、いいって。報酬ももらうんだしさ」
シェルは、そんなゼロスを見て、肩を竦めた。
「相変わらずだな、お前は」
だが、その表情には、確かな敬意が滲んでいた。
こうして、Aランクダンジョン『嘆きの竪穴』での救出任務は、無事に完了した。
九人は、傾き始めた夕日に照らされながら、王宮へと続く道を歩き始めた。
疲れた身体に、達成感と、そして立場の違う者同士が育んだ仲間との絆が、温かく染み渡っていく。
新たな冒険の一ページが、静かに閉じられた。
そして、彼らはまだ知らない。
この任務の成功が、さらなる大きな試練へと繋がっていくことを――




