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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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追加エピソード⑪:人外魔境の洗礼

王宮から馬車に揺られることしばし。


一行が降り立ったその場所の空気に、アリシアたちは息を呑んだ。


目の前に、まるで大地そのものが裂けたかのような、巨大な洞窟の入口が不気味に口を開けていた。


「ここが問題のAランクダンジョン、『嘆きの竪穴』です」


隊長のダリウスが、兜の面頬を上げ、厳かに告げた。その声には、幾度となくこの場所を踏破してきた彼でさえも、隠しきれない緊張と畏怖が滲んでいた。


洞窟の入口からは、既に視認できそうなほどの膨大な魔素が、瘴気となって溢れ出していた。


空気そのものが重く、まるで見えない重圧のように肌に纏わりつき、魔素が渦巻いていた。


感覚の鋭い者であれば、ダンジョンが「怒っている」かのような、その異常な活性化を肌で感じ取れるはずだった。


ルナは「うへぇ」と顔をしかめて眉をひそめ、女騎士のルアは無意識に剣の柄を強く握りしめる。


《救済の使徒》であるセリーナに至っては、その邪悪な魔素の奔流を前にして、顔を青ざめさせていた。


だが、ゼロスは、その重苦しい空気を全く意に介さず、いつものように巨大な戦斧を肩に担ぎ直した。


「よし、行くか」


そう言って、彼はまるで近所の裏山にでも入るかのような、気楽な足取りでダンジョンへと歩み始めた。


ダリウスが、その信じられないような態度に、慌てて声を上げた。


「なっ!?ゼロス殿!お待ちください!そんな…ここは散歩道とは訳が違うんですよ!?」


そのあまりにも気楽で、緊張感のない態度に、混成部隊の面々は思わず動揺した。


これから向かうのは、仲間が消息を絶った、死地Aランクダンジョンだ。命懸けの任務に向かうとは思えない、あまりにも軽い態度だった。


ゼロスは、数歩先で振り返り、心の底から不思議そうに肩をすくめた。


「まぁまぁ、大丈夫だって。モンスターが出てきたら、いつもみたいにぶった斬っちまえばいいんだからさ」


その言葉に、ダリウスは額に冷や汗を浮かべた。


「そ、そんな簡単なものでは…」


シェルは、そんな両者の温度差を面白そうに横目で眺めながら、ゼロスの隣に歩み寄った。


彼は周囲に聞こえないよう、ゼロスにだけ小声で話しかけた。


「よう、兄弟。一つ聞くが」


ゼロスは、歩き出そうとしながら、軽い調子で答えた。


「なんだよ、シェル。改まって」


「お前さん…もしかして、魔素感知とか、そういうの、できないんだっけか…?」


その問いに、ゼロスは「ああ」と頷いた。


「…まぁ、戦闘ジョブの連中と比較すると、その辺は鈍いっちゃ鈍い自覚はあるが…」


シェルは、やれやれと盛大にため息をついた。


「…だよなぁ…あのな、ゼロス。一応ここ、Aランクダンジョンで、しかもスタンピード目前なんだぜ?空気がヤバいの、肌でわかんねぇのか?もうちっと警戒してもいいと思うぜ…?」


ゼロスは、それでもまだピンと来ていないのか、不思議そうに首を傾げた。


「…そうか?この前行った、ヴァレリウスの変異Bランクダンジョンと比べると、なんかこう、殺気立つような雰囲気も薄かったから、こんなもんかなぁ…と」


その言葉に、今度はシェルが苦笑するしかなかった。


「…そりゃ、比較対象が悪い。あそこのボスがヒュドラだったって時点で、あそこはもう上位Sランクダンジョンに匹敵する魔境だからな…」


ゼロスは、その説明にようやく納得したように、ニッと笑った。


「なるほどな!まぁ、何にせよ気楽に行こうぜ、シェル」


「…へいへい、頼もしいこった…」


シェルは肩をすくめ、苦笑を浮かべた。


この男の規格外さ、その物差しのデタラメさには、もはや驚く気力も失せていた。


こうして、九人はダンジョンの暗い入口をくぐった。


中は、薄暗い石造りの回廊が、果てしなく奥へと続いていた。壁には所々にヒカリゴケが自生し、それが放つ青白い光だけが唯一の光源となっていた。


空気は、入口とは比べ物にならないほど冷たく湿っており、九人の足音だけが、不気味に反響していた。


一行は慎重に歩を進める。


ゼロスが単独で先頭を歩き、その後ろをレオとシェルが固める。


中央にルナとアリシア、そして後衛として混成部隊のダリウス、カイル、ルア、セリーナの四人が続く陣形だった。


回廊を進むこと数分。


突如、通路の奥の暗闇から、地響きのような重い足音が響いてきた。


それは一つではない。複数の、間違いなく巨大な何かが、こちらに向かって猛スピードで近づいてくる音だった。


「なんか来るぞ、一旦止まれ」


ゼロスが低く呟き、右手を上げた。


全員が即座に立ち止まり、武器に手をかけた。ダリウスたちが盾を構える金属音が響いた。


暗闇の向こうから、三つの巨大な影が、青白いヒカリゴケの光に照らされて姿を現した。


それは、全長三メートルを超える、巨大なゴリラのような魔物だった。


全身がまるで岩石のような、ゴツゴツとした硬質な皮膚で覆われ、その背中からは、武器にもなりそうな鋭い水晶の棘が無数に生えていた。


通常二本であるはずの腕は、四本。そのどれもが丸太のように太く、その拳には獲物を引き裂くための鋭い爪が鈍く輝いていた。


「ストーンエイプ・クリスタルバックだと!?」


ダリウスが息を呑んだ。その声には、明らかな恐怖が滲んでいた。


Aランクダンジョンでも中層以降にしか出現しないはずの強敵だ。


「ひっ…!こんな化け物が、なんで入り口付近に…っ!」


セリーナが、腰を抜かしそうになりながら悲鳴のような声を上げ、後退した。


混成部隊の三人は、息を呑んで硬直していた。


Aランク上位に分類される魔物。それも三体同時。


これは、彼らのような熟練の騎士パーティであっても、全滅を覚悟しなければならない、最悪の状況だった。


だが、その絶望的な空気の中、シェルだけが、やれやれと首を振りながら、慣れた風に一歩前に出てきた。


「おいおい、いきなりお出ましか。手ぇ貸すぜ、ゼロス」


ゼロスは、その声に振り返り、ニッと笑って答えた。


「お!悪いな、力が余ってるなら借りるぜ!撃ち漏らしがあったら、そんときは頼むわ」


シェルは、そのゼロスの言葉に、一瞬眉をひそめた。


「…撃ち漏らし?おい、まさかお前…」


訝しむシェルだったが、その疑問が解決する前に、ゼロスは既に動いていた。


彼は、肩に担いでいた戦斧を、まるで棒きれのように軽々と手に取ると、大きく振りかぶった。


だが、その狙いは、迫りくる魔物たちではなく――


「おらぁぁぁああああああっ!!」


振り抜いた戦斧が、横薙ぎに、回廊の石壁を深々と抉った。


轟音と共に、硬い石壁がバターのように砕け散った。


そして、その無数の破片が――砲弾じみた剛速球で、石つぶてとなって、ストーンエイプたち目掛けて水平に飛んでいった。


混成部隊が「は!?」と驚愕に目を見開いた。ダンジョンの壁を武器にするなど、常軌を逸していた。


ストーンエイプの一体が、危険を察知し、とっさに仲間を庇うように前に出て、その四本腕のうち一本で、飛来する石つぶてを防いだ。


だが――


「ギャゥッ!?」


防いだはずの、岩石のように硬い片腕が、まるで紙細工のように、肩の根元から綺麗に吹き飛んだ。


ゼロスは、その結果を見て、不満そうに舌打ちした。


「…ちっ、硬ってなぁ…さすがに腕一本か。胴体ごと貫けると思ったんだが…」


シェルは、その常識外れの戦法と、本気で悔しがっているゼロスの横顔に、完全に呆気に取られていた。


「…お前…今まで一体どんな戦い方してきたんだ…」


その瞬間、後方から、少女の凛とした声が響いた。


『火の追跡者フレイム・チェイサー、放て!』


詠唱省略サイレント・キャスト


ルナが、ゼロスが隙を作ったその一瞬を逃さず、完璧なタイミングで魔術を完成させていた。


彼女の背後に五つの灼熱の魔法陣が展開され、そこから放たれた極大の火の誘導弾が、腕を失い怯んだストーンエイプ目掛けて殺到した。


衝撃と爆発音、肉の焼ける音が一帯に鳴り響いた。


熱風と煙が晴れると、フレイム・ボルトが直撃した一体のストーンエイプは、その身体の半分以上が炭化し、灰となり、断末魔を上げることなく絶命していた。


ルナは、その戦果に、少し不満そうに頬を膨らませて呟いた。


「あちゃぁぁ…奥の二体まで貫くつもりだったのに、あいつ一体で止まったかぁ…硬ったいわぁ…」


ゼロスは、その愚痴に「だろぉ?」と同意するように笑った。


シェルは、その兄妹のような(ただしレベルが異常な)やり取りに、頭を抱えた。


「お前らなぁ…」


アリシアは、そんな三人の様子を見て、クスクスと微笑んでいた。


いつもの、彼女の信頼する仲間たちの姿だった。


後方で見守っていた女騎士ルアから、感嘆の声が漏れた。


「ストーンエイプを…あんな、あっさりと二人がかりで…」


しかし、その時だった。


先程のフレイム・ボルトの爆発で発生した濃い煙に紛れて、無傷で残っていた二体のうち一体が、煙を突き破り、後方部隊目掛けて一直線に跳躍した。


「くっ!?まずい!」


若手騎士のカイルが、咄嗟にバックラーを構えた。だが、その脳裏に絶望的な恐怖が走った。


(こんな中盾で、Aランクモンスターの強襲が防げるのか!?)


焦燥が全身を駆け巡った。死を覚悟した、その瞬間。


カイルの前に、静かな声が響いた。


「銀よ」


レオが、いつの間にかカイルの前に立ち、淡々とそう告げた。


次の瞬間、後方部隊の全員を覆うように、美しい円形の銀の網目状の盾が、瞬時に展開された。


飛び掛かってきたストーンエイプは、その盾を獲物もろとも砕こうと、四本の腕全てを使って、全力で叩きつけた。


ドゴォォン!!と、ダンジョン全体を揺るがす凄まじい衝撃音が鳴り響いたが、レオの展開した銀の盾は、びくともしなかった。


「ゴァァァアアアアアッ!」


防がれたことにストーンエイプが苛立ったように叫んだ、まさに、その時だった。


「貫け」


レオの、氷のように冷たい声が響いた。


盾の一部が、まるで生きているかのように瞬時にその形状を変化させ、無数の鋭利な銀の針となって、ストーンエイプの全身を内側から貫いた。


「…なんだとっ…!?」


ダリウスは、目の前の光景が信じられなかった。


一瞬でAランクモンスターを仕留めてみせた、目の前の金髪の、華奢な錬金術師。


(『始まりの雫』…Sランクパーティーと聞いていたが、これほどまでに強いのか…!後衛職までもが!)


呆然と立ち尽くすダリウスの耳に、再び、あの男の雄叫びが響き渡った。


「うらぁぁぁあああっ!!」


ゼロスの雄叫びが、ダンジョン内に轟いた。


慌てて声のする方を見ると、いつの間にか最後の一体の懐に潜り込んでいたゼロスが、巨大な戦斧を振り抜き、残る一体のストーンエイプの右半身ごと、胴体を綺麗に吹き飛ばし、絶命させているところだった。


ゼロスは、まるで道端の雑草でも刈ったかのように、軽い調子で戦斧の血を振り払い、言った。


「まぁ、ヴァレリウスのトロールどもと同程度か?」


そう言いながら、腰から大型の解体用ナイフを取り出し、手際よく三体の魔核を取り出し始めた。


レオが、その言葉に冷静に分析を加えた。


「あの時は、もっと数がいたからね…単純な危険度は、ヴァレリウスの時の方が上だったんじゃないかな…」


ルナが、少し残念そうに唇を尖らせて呟いた。


「…あの時は、後ろを気にせず撃ち放題でしたな…」


レオは、その言葉に苦笑しながら釘を刺した。


「…頼むから、僕たちがいる時は誤射が怖いから、連発するのやめてね…」


その、あまりにも緊張感のない日常会話を聞いて、混成部隊の面々はますます混乱していた。


シェルは、そんな呆然とする騎士たちに向かって、やれやれと肩をすくめた。


「…ま、これがSランク(の上位)パーティーの実力ってやつだ。安心だろ?」


女騎士ルアは、まだ信じられないといった様子で、興奮を隠しきれずに答えた。


「…そうですね…本当に…凄まじい…」


圧倒的、という言葉ですら生ぬるいほどの蹂躙劇。彼らはただ、呆気に取られるしかなかった。


シェルは、そんな彼らを見ながら、内心でため息をついた。


(まぁ…Aランクダンジョンの入り口付近とはいえ、ストーンエイプが三体も出る場所で、あそこまで圧勝するなんて…正直、俺のパーティでも無理だろうな…)


魔核を取り出し終えたゼロスは、それをマジックバッグに放り込みながら、一つを眺めて呟いた。


「うーむ…ふっつうの魔核だな…特に変異もしてない」


アリシアが、ゼロスの元に歩み寄り、その魔核を覗き込んだ。


「そうですね…ヴァレリウスの時のように、魔素が溢れ出るような塊、という様子はないですね…」


レオが、その言葉に少し安堵したように言った。


「…じゃぁ、ある意味、ここは『普通』のAランクダンジョンってことで、安心?」


だが、その言葉にルナが不満そうに声を上げた。


「なんですと!?ユニークモンスターが出ないと、あたしとあたしの師匠エメルダの活躍がっ!!」


ゼロスは、その物騒な発言に苦笑した。


「いや…あんなのがホイホイまた出たら、さすがにヤバいだろ…」


ルナも、さすがにそれは理解しているのか、「…まぁ、確かに…」と渋々認める。


そんなSランクパーティの規格外な会話をする四人に、隊長のダリウスが、改めて畏敬の念を込めて話しかけた。


「…ユニークモンスター『双頭の魔人』を討ち取ったという実績は、伊達ではありませんね…この状況でのその落ち着きようが、素晴らしい…」


ゼロスは、マジックバッグを閉じると、いつもの調子で答えた。


「そうでもねぇさ。単純に、今回は数が少なくて助かっただけだよ。さ、時間も惜しい。先を急ごうぜ」


そう言って、彼は再びダンジョンの奥へと進み始めた。


混成部隊の四人は、その頼もしい背中を見つめながら、改めて『始まりの雫』という存在の規格外さを、その肌で実感していた。


回廊に、再び九人の足音だけが響いた。


だが、もはや混成部隊の心に、先ほどまでの絶望的な恐怖はなかった。


この仲間たちと共にいれば、この先どんな魔物が現れようとも、必ず切り抜けられる。


そんな絶対的な確信が、彼らの胸に芽生え始めていた。

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