追加エピソード⑩:落ちこぼれの証明
神聖法皇国ルーメンの王宮。その一角にある、騎士団専用の食堂は、厳かながらも穏やかな朝の光に満ちていた。 高い天井まで届く窓からは柔らかな朝日が差し込み、磨き上げられた石造りの床を照らしていた。
広間には、オーク材の重厚な長テーブルがいくつも並び、早朝からの鍛錬を終えた騎士たちが、鎧の一部を緩め、思い思いに朝食を取っていた。 カトラリーが皿に触れる微かな音、焼きたてのパンと、豆と肉を煮込んだ温かいスープの香りが、静かな活気となって漂っていた。
その喧騒から少し離れた、窓際の席。 そこで向かい合って座る、アリシアとシェルの姿があった。
アリシアは、その白磁のような肌と銀の髪を朝日に輝かせながら、背筋を伸ばし、上品な所作で木製のスプーンをスープ皿に運んでいた。 その穏やかな表情は、昨日医務室で見せた奇跡の片鱗など微塵も感じさせない、いつもの優しく物静かな聖女そのものだった。
対して、シェルは肘をついて黒パンを無造作にちぎりながら、どこか値踏みするような、楽しそうな目で彼女を観察していた。
やがて、彼はまるで面白い玩具を見つけたかのようにニヤリと口の端を吊り上げると、静寂を破るに十分な、何気ない調子で爆弾を投下した。
「で。アリシアさんよ。昨日、あの後ゼロスとはちったぁ進展あったのかい?」
その瞬間、アリシアの時間が止まった。 スプーンを優雅に口元に運ぼうとしていた彼女は、そのあまりにも唐突で不躾な問いかけに完全に不意を突かれ、
「ゴホッ、ゴホッ!けほっ…!」
アリシアは激しく咳き込んだ。スープが気管に入りかけたのか、その白い喉がひきつった。 慌ててそばにあった水を口にし、涙目になりながら、どうにか呼吸を整えた。
「い、一体なにを…!朝から!」
顔を林檎のように真っ赤に染め上げ、アリシアが抗議するように声を上げたが、シェルはその可憐な反応を心底楽しむように、さらに言葉を続けた。
「あいつは、良くも悪くも鈍感っつーか、真っ直ぐつーか、一度思い込んだらそれしか見えなくなるタチだからよ。アリシアさんの口からハッキリ伝えてやらんと、いつまで経っても、ただの『信頼できる仲間』、お仲間同士で終わっちまうぜ?」
シェルは面白そうに喉を鳴らしながら笑い、ちぎったパンを口に放り込んだ。その表情には、まるで初心な妹の恋路を案じる兄のような、からかいと、ほんの少しの親切心が入り混じった悪戯っぽさがあった。
アリシアは、その言葉にどう答えていいのかわからず、潤んだ瞳を必死に泳がせた。彼女の頬は、まだ熱を持ったように朱に染まっていた。
「そ、その…わ、私がゼロスさんに対してどう想ってるのかは…ともかくとして…!その、思い込んだら止まらないタチとは…どういうことですの…?」
必死に平静を装い、どうにか話題を逸らそうとするアリシアに、シェルは肩をすくめて、核心へと繋がる事実を突きつけた。
「あいつの、あの異常なまでの自己肯定感の低さは、あんたもよくわかってんじゃねぇか?」
その言葉に、アリシアはハッとした表情で息を呑んだ。
「…それは、確かに」
彼女の脳裏に、ゼロスの様々な姿が浮かんだ。 今でこそ、エメルダやローランといった大物相手にも臆さず、仲間を率いるリーダーとしての風格を漂わせ始めたゼロスだが、出会った頃の彼は全く違った。 『銀の剣』に追放され、「自分は力があるだけの荷物持ちだ」と卑下し、まるで自分には何の価値もないかのように語っていた、あの夜の寂しげな横顔。
アリシアは、その記憶に、今でも少しだけ胸がチクリと痛んだ。だが、それが今回の話とどう繋がるのか、まだ理解できずにいた。
「で、でも…それが私とゼロスさんの、その…仲…というか…関係には、どう影響が…」
言葉を濁しながら、恐る恐る尋ねるアリシアに、シェルは意地悪く笑いながら、核心を突いた。
「一般ジョブの『荷物持ち』の男と、仮にも戦闘ジョブ…まぁ、あんたの場合は聖女様と同じ支援ジョブか。おまけにあんたは見た目も育ちもいい。…ゼロスは心の底で、あんたとは『不釣り合いだ』と思ってるだろうよ」
その瞬間、アリシアの纏う空気が、音を立てて凍り付いた。 穏やかだった彼女の瞳が、絶対零度の氷のように鋭く細められた。その射抜くような眼光には、自分の最も大切なもの――ゼロスとの絆と、ゼロス自身――を根底から否定されたかのような、静かだが烈しい怒りが宿っていた。
「…何が言いたいんですか?」
低く、抑えられた声。それは、普段の温和で慈愛に満ちたアリシアからは想像もつかない、研ぎ澄まされた刃のような、凛とした響きを持っていた。
シェルは、その豹変ぶりに一瞬たじろぎ、思わず両手を上げて降参のポーズを取った。
「おぉ、こわ…。ははっ、あんた、あいつの女関係の話になると、ホントわかりやすいくらい反応するな」
その指摘に、アリシアの張り詰めていた糸がプツンと切れた。
「…っ!?」
怒りから一転、今度こそ完全に動揺した彼女の顔が、耳まで真っ赤に染まった。 自分でも気づかないうちに、そこまであからさまな感情が表に出ていたのか。 彼女は羞恥に耐えかねるように慌てて視線を落とし、テーブルの木目をただじっと見つめた。
シェルは、そんな彼女の初心な様子を楽しみながらも、今度は少し真剣な、忠告するような顔で続けた。
「ま、あんたがゼロスに好意を抱いてるってのは、俺みたいな普通の感覚の持ち主からすりゃ、バレバレなんだが…なんせ、あんたの狙いはあのゼロスだ。あの朴念仁は、あんたが真正面から攻め落とさないと…ただの『優しくて信頼できるお姉さん』で終わるぜ?」
「っ!?」
「お姉さん」という単語が、アリシアの心に決定的な一撃を加えた。彼女の動揺が、さらに深まった。 テーブルの下で、彼女の手が、無意識にスカートの裾をぎゅっと握りしめた。
シェルは、その反応を確認すると、面白そうに笑いながら、さらに追い打ちをかけた。
「ま、ここ神聖法皇国ルーメンにいるうちは、まだ大丈夫だ。あいつの今の『Sランク』っていう格付けが、そこまで浸透してねぇからな。…だがよ…全てが終わって、ネクサスに戻った際には…どーなると思うよ?」
その問いかけに、アリシアの顔からサッと血の気が引いていった。 彼女は不安げな表情で、ゆっくりと顔を上げ、シェルを見つめた。
「…どうなると、言うんですか…?」
震える声で尋ねるアリシアに、シェルは容赦なく、残酷な現実を突きつけた。
「今までは『銀の剣』のおまけ、Aランクパーティの変な荷物持ち、と言われてたゼロスだが、今や『ユニークモンスター殺し』のSランクパーティリーダーだ。それに加えて、既にギルド内で知れ渡ってるあいつの人柄は、一言でいえば『気さくで、バカみたいに強くて、頼りになるお兄ちゃん気質』だ…」
シェルは、言葉を区切った。
「…今までゼロスに対して『荷物持ち』ってだけで躊躇していたギルド中の女どもが…どう動くかね?」
その言葉を聞いた瞬間、アリシアの顔は青ざめた。 彼女の脳裏に、最悪の光景が次々とフラッシュバックした。 ネクサスのギルドで、ゼロスに群がる無数の女性冒険者たち。 『Sランクパーティのリーダー』という眩しい肩書きを知り、色めき立つ受付嬢たち。 そして、今の自分よりも遥かに積極的に、大胆に、わかりやすくアプローチをかける、見知らぬ誰か。
その鮮明な想像に、アリシアの心臓が、氷水に浸されたかのように嫌な音を立てて早鐘を打った。
シェルは、彼女が絶望の淵に突き落とされたような反応を見て、満足げに笑った。
「へっ、いい反応すんじゃねぇか。まぁ、そういうこった。今のうちにちゃーーーーんとアピールしておけよ?じゃねぇと、あの朴念仁は、どっかの抜け目のない女に取られちまうぜ」
その言葉は、親切心からの忠告であると同時に、明らかにこの状況を楽しんでいる響きも含まれていた。
アリシアは、しばらく黙ったまま、飲み干したスープ皿の底を、ただじっと見つめていた。 その表情は、不安、焦り、羞恥、そして…静かな決意。様々な感情が複雑に入り混じっていた。
やがて、彼女はゆっくりと顔を上げ、いつもの穏やかな、完璧な微笑みを浮かべた。 だが、その瞳の奥には、昨日、瀕死の騎士を救った時と同じ、確かな意志の光が宿っていた。
「…そうですね…シェルさんの忠告、よく…考えておきます」
そう言って、アリシアは再び静かに、残っていたパンに手を伸ばした。 だが、そのパンを掴もうとする彼女の手は、決意とは裏腹に、わずかに震えていた。
シェルは、その様子をニヤニヤと眺めながら、心の中で呟いた。 (ま、これで少しは尻に火がついたかな。朴念仁を落とすのは大変だぜ?頑張れよ、アリシアさん)
朝の食堂に、再び穏やかな沈黙が戻った。
その時だった。 二人の間に流れる複雑な空気を切り裂くように、食堂の入口から、よく通る見慣れた声が響いた。
「お、いたいた。アリシアさん、シェルも一緒だったか」
アリシアは、電気が走ったかのように反射的に顔を上げた。 そこには、いつもの飄々とした笑顔を浮かべたゼロスの姿があった。 その後ろには、少し眠そうなレオと、まだ若干不機嫌そうなルナも控えていた。
「ゼロスさんっ!今までどちらに…!」
アリシアは、安堵と、先ほどの会話の気恥ずかしさから、思わず立ち上がり、彼に駆け寄ろうとした。 だが、シェルの「どっかの女に取られちまうぜ」という言葉が脳裏をよぎり、一瞬、その動きが不自然に止まった。
それでも彼女は努めて平静を装い、内心の動揺を完璧な笑顔で隠しながら、ゼロスの元へと歩み寄った。
「ちょっと、ここの騎士団長から依頼を引き受けててな」
ゼロスは、アリシアのそんな内心の葛藤には全く気づかず、軽い調子で答えながら、背中に担いだ巨大な戦斧の位置を直した。 その姿は、朝の光の中で、昨日よりも一層頼もしく見えた。
「依頼…?どのような…?」
アリシアが問うと、ゼロスは少し真剣な表情になった。
「ダンジョンから戻らない連中の救出さ」
その言葉を聞いた瞬間、アリシアの表情が引き締まった。 先ほどまでシェルにからかわれ、赤面していた乙女の面影は完全に消え去り、そこにいたのは、幾多の死線を越えてきた、頼れるヒーラーの顔だった。
「…行きましょう。すぐに準備します、ゼロスさん」
彼女の声には、迷いも躊躇もなかった。 ただ、仲間と共に戦場へ向かう、確かな決意だけがそこにあった。
その鮮やかな切り替えを見ていたシェルも、満足げに席を立ち、椅子を引いた。
「面白そうだ。俺も付いて行くぜ、ゼロス」
ゼロスは、その意外な申し出に眉を上げた。
「…え?シェルはエメルダからの依頼で来てんだろ?護衛任務があるんじゃないのか。別に付き合わなくていいぜ」
シェルは、腰の剣に手を添え、冒険者としての獰猛な笑みを浮かべた。
「お前の実力ってやつを、この目でじっくりと見てみたいのさ。Sランクパーティのリーダーさんよ」
その言葉には、純粋な好奇心と、強者に対する闘争心にも似た興味が滲んでいた。
ゼロスは、その挑戦的な視線を受け止め、一瞬考えるような顔をしたが、すぐにニヤリと不敵に笑った。
「そうかい…なら好きにしな。ただし、足手まといになるなよ」
その笑みは、かつての「銀の剣」で虐げられていた荷物持ちのものではなく、ユニークモンスターを討ち取った、Sランクパーティのリーダーとしての自信に満ちていた。
こうして、ゼロス、アリシア、レオ、ルナ、そしてシェル。 目的を一つにした五人は、揃って食堂を後にした。
朝日が差し込む荘厳な廊下を、五人の影が並んで進んでいく。 これから向かうのは、Aランクダンジョンという、ローランの騎士団ですら呑み込まれた、命の危険が待ち受ける死地だ。
だが、彼らの足取りに迷いはなかった。 仲間を信じ、己を信じて進む。 それが、ゼロス率いるパーティ、『始まりの雫』のやり方だった。
王宮の重厚な扉が、彼らのために開かれ、五人は眩しい朝の光に包まれた街へと、力強く歩み出していった。
王宮の外に設けられた、騎士団専用の待合所。 そこは、任務のブリーフィングや編成に使われる、石造りの簡素な建物だった。 朝の光が武具の並べられた壁を照らす中、既にルーメンの混成部隊が待機しており、革と鉄の匂いが混じった独特の緊張感が漂っていた。
重装備の騎士が三名。リーダー格は、歴戦の強者であることをその厳つい顔つきと無数の傷跡で物語っている、男性騎士ダリウスだった。 その隣には、まだ若さが残るものの、真面目そうな男性騎士のカイルがいた。 そして、紅一点の女性騎士、ルア。彼女は長い栗色の髪を実用的に後ろで束ね、その凛とした表情で、愛用の長剣を手入れしていた。
そして、その騎士たちの後方には、純白の法衣をまとったヒーラーの女性、セリーナが控えていた。 彼女は、アリシアがかつて所属を渇望した《救済の使徒》の一員として、数々の任務をこなしてきた実力者であり、その表情にはエリートとしての自負が滲んでいた。
ダリウスが、組んでいた腕を解き、仲間たちに告げた。その声は低く、不満を隠しきれていなかった。
「…ローラン騎士団長が、ネクサスからの客人を、我々の捜索任務に雇ったとのことだ。…彼らと協力しろとのお達しだ…」
その言葉に、剣の手入れをしていたルアが、興味深そうに顔を上げた。
「へぇ、ネクサスの冒険者? 聞けば、ネクサスでも凄腕って言われてるパーティーらしいじゃない。どんな人たちなのかしらね?」 彼女の声には、強者と手合わせできるかもしれないという、純粋な期待と好奇心が混じっていた。
その時、カイルが待合所の入り口を指差した。
「…お、彼らじゃないか?」
石畳の道を、五人の人影が朝日に向かって歩み寄ってくる。 その先頭を歩くのは、規格外の巨大な戦斧を、まるで小枝のように軽々と肩に担いだ、飄々とした雰囲気の青年――ゼロスだった。
《救済の使徒》のセリーナは、その一行を見て、目を細めた。 特に、ゼロスの後ろを歩く、見慣れた銀髪の女性の姿に。
「…え?あれってまさか…そんなはず…」 彼女の声には、信じられないものを見たかのような、驚きと困惑が滲んでいた。
やがて、ゼロス達が待合所に到着する。ゼロスは、待機していた騎士たちを前にしても臆することなく、気さくに手を上げた。
「よぉ、待たせたなっ。あんたらが今回の混成部隊のメンバーか」
ダリウスは、そのあまりにも飾らない、まるで近所の青年に会ったかのような態度に少し拍子抜けしながらも、騎士としての礼儀正しさで、深く頭を下げた。
「『始まりの雫』の皆様ですね。今回はご助力に感謝致します。私が隊長のダリウスです」
ゼロスは、その堅苦しい挨拶に肩をすくめて笑った。
「まぁ、いいよいいよ、堅っ苦しいのは抜きだ。人助けだし、それに給金も出るってんだから、やらない選択肢がないからな。よろしく頼むぜ、ダリウスさん」
そのあまりに気さくな返答に、ダリウスは張り詰めていた緊張が解け、安堵したように口元を緩めた。
「…ありがとうございます。頼りにしています、ゼロス殿」
だが、その穏やかな空気を破るように、セリーナが鋭い声を上げた。
「…ちょ、ちょっとあんた!」
ゼロスは、その敵意を含んだ声に、きょとんとして首を傾げた。
「ん?俺か?」
「い、いえ。貴方ではなく、そちらの女性の…!」 セリーナの視線は、ゼロスの後方に立つ女性たちに向けられていた。
ルナが、待ってましたとばかりに得意げに胸を張り、一歩前に出た。
「え?あたし?参ったなぁ…こんなところまでファンが!また増えちゃったよぉ。ぐへへ」
だが、セリーナは忌々しげに首を振った。
「…貴女でもなく…!」
その刺すような視線の先にいたのは、静かに佇むアリシアだった。 彼女は、その視線に気づき、穏やかに微笑みながら一礼した。
「…私でございますか?」
その顔と声を確認した瞬間、セリーナの瞳が、驚愕と、そして隠しきれない侮蔑に見開かれた。
「そうっ!そうよ!貴女…!やっぱり!どこかで私達会った事ない!?」
アリシアは、その問いに、一瞬、悲しそうに視線を伏せた。
「…その…存じあげ…」
だが、セリーナは記憶を確信し、アリシアの言葉を遮って叫んだ。
「…っ!!思い出した!!あんた、アリシア・ハーヴェストよね!!1年くらい前に《救済の使徒》の選定試験に落ちて、姿を忽然と消した、あの『落ちこぼれ』の!!」
その甲高い言葉に、待合所の空気が一瞬で凍り付いた。 ダリウスたち騎士も、驚いた顔でアリシアとセリーナを交互に見ていた。
アリシアは何も答えず、ただ静かに、唇を噛んで立っていた。
レオが、アリシアを心配そうに見ながら驚いたように呟いた。
「…アリシアさんに、そんな過去が…」
ルナは、気まずそうに視線を逸らし、ゼロスの顔色を窺った。
「…女の秘密の一つや二つあったほうが素敵だろ…って、ゼロスがたまに言うけど…」
ゼロスは、その言葉にも反応せず、無言で、ただじっとアリシアを見つめていた。 その瞳には、責める色も、驚きもなく、ただ、いつも通りの静かな信頼だけがあった。 (アリシアさんが、どうであろうと関係ない)と、その瞳が語っていた。
セリーナは、アリシアが反論しないのを見て、興奮した様子でさらに声を張り上げた。
「なんであんたみたいな『落ちこぼれ』が、ネクサスの凄腕パーティーにいるのよ!?碌な回復スキルも使えない、おまけに自衛の棒術も大したことないあんたがっ!!」
その言葉は、もはや疑問ではなく、明らかな侮蔑と敵意を含んでいた。
若い騎士のカイルが、困惑した様子でセリーナとダリウスの間に割って入った。
「…ま、待てよセリーナ。でも、彼女、確か昨日の医務室で、死にかけの騎士を癒したって聞いたぞ…。上級スキルのリジェネレイトが使えるって噂だけど…」
セリーナは、その言葉を鼻で笑った。
「リジェネレイト!?そんな上級スキルを、このアリシアが使えるわけないじゃないっ!あれは《救済の使徒》の中でも、私を含めた上位層の数人しか使えない最高位のスキルなのよ!?」
その問いかけに、それまで黙っていたアリシアが、ふわりと、穏やかに微笑んだ。
「そうですわね…。セリーナ様のおっしゃる通りです。確かに私は未だに、初級スキルのヒーリングしか使えませんよ」
セリーナは、その言葉に勝ち誇ったように叫んだ。
「…ほらっ!やっぱりただのハッタリじゃない!」
隊長のダリウスは、額に汗を浮かべ、不安そうにゼロスを見た。
「…あの…ゼロス殿。失礼ながら、本当に大丈夫なんでしょうか?Aランクダンジョンの捜索ですぞ…」
ゼロスは、その不安を一蹴するように、揺るぎない声で答えた。
「…大丈夫だ。俺も、俺の仲間も、彼女には何度も命を救われた…。それに…」
だが、セリーナはヒステリックにその言葉を遮った。
「そんな大丈夫なわけないでしょう!?隊長!一度騎士団長に進言しましょう!こんな落ちこぼれヒーラーと組むなんて…!」
その瞬間だった。 アリシアが、侮蔑の言葉を浴びせられながらも、静かに、突然詠唱を始めた。
『虚空に漂うマナよ、集い、形を成せ』
その凛とした澄んだ声が、待合所に響き渡った。 詠唱と共に、アリシアの周囲に、目に見えて膨大な魔素が渦を巻き始めた。床の埃が舞い上がり、彼女の銀髪が大きく揺れた。
セリーナは、その異常な魔素の量に目を見開いた。
「はぁ!? ヒーラーが攻撃スペルですって!?」
アリシアは、動揺するセリーナなど意にも介さず、一切の感情を込めず、淡々と第二節を紡いだ。
『我が意思に従い、裁きの矢となりて放たれん』
その瞬間、彼女の周囲の空間が歪み、眩い光と共に、無数の魔法陣が幾重にも重なって展開された。 それは、まるで神の御業のように神々しいまでに爛々と輝き、凝縮された純粋な魔素が、待合所の空気そのものをビリビリと震わせていた。
ルナは、その光景をすぐ傍で見て、感嘆の声を漏らした。
「…はぇぇぇ…いつ見ても、ホントにヒーラー?って思う、とんでもない量だわぁ…」
アリシアは、その膨大な魔素の輝きを瞳に宿したまま、凍り付いている混成部隊を静かに見つめた。 その眼光には、もはや落ちこぼれの面影はなく、絶対的な強者だけが持つ、圧倒的な力の重みがあった。
「…この程度の力量ではございますが、道中、何卒ご容赦くださいませ」
そう言って、彼女は完璧なまでに優雅な微笑みを浮かべた。 だが、その微笑みの裏には、揺るぎない自信と、逆らうことを許さない、静かな威圧感が宿っていた。
ダリウス、カイル、ルアの騎士三人は、その力に当てられ、思わず背筋が凍るのを感じた。
セリーナは、目の前の現実が信じられず、震える声で呟いた。
「…嘘でしょ…何なの、この威圧感と魔素の量は…これが、あの『無才のアリシア』だっていうの…?」
ダリウスも、冷や汗を流しながら、その実力を認めざるを得なかった。
「…ヒーラーの身でありながら、魔術師の基礎スペルとはいえ、これだけの練度と量…もはや、実力の疑いようはないだろう…」
シェルは、その一部始終を見て、やれやれと面白そうに肩をすくめた。
「…ゼロスも大概だが…アリシアさんよ。あんたも大概ぶっ壊れてる才能してるよ、まったく…」
その呟きには、呆れと、そして確かな敬意が込められていた。
ゼロスは、アリシアが周囲の魔法陣を霧散させるのを確認すると、まるで今のが余興であったかのように、軽い調子で言った。
「…んじゃぁ、自己紹介も済んだことだし、とっとと救出に行こうぜ」
ダリウスは、慌てて居住まいを正し、今度こそ心からの敬意を込めて、深く頭を下げた。
「は、はいっ!『始まりの雫』の皆様、何卒よろしくお願い申し上げます!!」
こうして、ゼロス率いる『始まりの雫』とルーメン混成部隊、計九名は、待合所の外に用意されていた馬車に乗り込んだ。
馬車がゆっくりと動き出し、一行はAランクダンジョンへと向かった。
車内には、緊張と、そして新たな仲間への期待が入り混じった、不思議な空気が漂っていた。
だが、そのどれもが、これから始まる命懸けの救出作戦への、確かな覚悟を秘めていた。




