追加エピソード⑨:二つの酒宴と、Sランクの価値
翌朝。
ゼロスが王宮の客室で気持ちよく寝ていた、そんな穏やかな朝だった。
突如、ガンガンガンガン!!と、激しくドアが叩かれた。
その轟音で、ゼロスはベッドから飛び起きた。
(っ!? 敵襲か!?) 彼は反射的に、壁に立てかけてあった巨大な戦斧へと手をかける。
「ゼロスッ!ゼロスッ!!開けろー!」
それは、今にも泣き出しそうな、悲壮な声をあげるルナの声だった。
ゼロスはその声に反応し、一瞬、何が起きたのかと最悪の事態を思った。
(まさかっ!王宮が襲撃かっ!?)
すぐさま扉に駆け寄り、勢いよく開けたゼロス。
「どうした!?何があった!!」
扉の外にいたルナに、怒声に近い勢いで叫ぶゼロス。
しかし、返ってきた返答は、彼の予想を遥かに超える、意外なものだった。
「ぐぁぁぁあああ!!レオの奴が、あたし以外の他の女と寝やがったぁぁぁぁぁあああ!」
「…は?」
思わず、素っ頓狂な声をあげるゼロス。
「説明するよりも見たほうが早いっ!」 と、ルナは半ば強引にゼロスの手を引っ張り、廊下を走り出した。
案内されたのは、エメルダに宛がわれた、あの豪奢な客室だった。 扉は半開きになっており、中からは静かな寝息が聞こえてくる。 そして、そこでスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていたのは…
大きなベッドの上で、仲良く川の字になって寝ていたレオと、昨夜の服のままのエメルダの姿だった。
「・・・・・・・」
(朝っぱらから、一体何を見せられてんだ俺は…) あまりの光景に、絶句するゼロス。
一方、ルナはベッドの惨状(?)を見て、わなわなと震えながら叫んでいた。
「あたしと同室だっていうのに!よりにもよって師匠と寝る馬鹿がいるかよぉぉぉぉおおおお!!」
「いや、ツッこむとこソコ!?」
ゼロスは、思わず全力でツッこむ。
そのやかましいやり取りで、ようやくベッドの二人が目を覚ました。
寝ぼけ眼のレオは、部屋の入り口で騒いでいる二人を見て、一体何が起きてるのかわからない様子だった。
「ん…? おはよー、二人とも…朝から元気だね…」 と、呑気な様子で欠伸をする。
しかし、彼に向けられているのは、異様な眼つきで見ているゼロスと、般若のような形相のルナだった。
それに気付いたエメルダは…一瞬状況を理解すると、わざとらしく悲鳴を上げた。
「………い、いやっ!見ないでっ!ゼロきゅん!!違うの!あたし、そんなつもりじゃなかったの!!あたしの心は、いつだってゼロきゅんのモノなんだからっ!!信じて!」
まるで浮気現場を目撃されたかのように、あらぬ方向へ言い訳を始めるエメルダ。
「やかましいわ!!さらっと変な事言うんじゃねぇ!!」
と、さらに全力でツッこむゼロス。
ルナは、そんな茶番は無視して、レオにジト目で詰め寄った。
「…おい、レオ。なんかあたしに言う事、あるんじゃないのか?」
それを言われたレオは、一瞬悩み…そして、満面の笑みで、
「…うん。ルナも一緒に寝るかい?」
と、ほがらかに言うのだった。
「寝るかボケェ!!この朴念仁がぁぁぁ!!」
と、ルナの怒声が王宮の廊下に響き渡った。
その様子を、ゼロスは深いため息をつきながら、頭を抱えて見ていた…
エメルダとレオが(ルナに散々怒られながら)ようやく乱れた着衣を直し終えた頃合いだった。
コンコン、とエメルダの私室の扉がノックされた。
「…何用だ」 と、エメルダが冷たく低い声で告げる。先ほどの騒動など微塵も感じさせない、完璧なギルド長の威厳がそこにあった。
「ギルド長。ルーメン騎士団長殿がお呼びです。至急とのことです」
と、エメルダお付きの魔術師が、扉の外から恭しく言うのだった。
エメルダはやれやれと内心で肩をすくめ、ゼロス・ルナ・レオを伴い、再びあの騎士団長室へと向かった。
案内された騎士団長室には、ローラン騎士団長と、そのお付きの騎士だけが、深刻な顔で待っていた。
「何度もお呼び立てして申し訳ない、エメルダ様」
ローランは疲れた顔で立ち上がり、エメルダに頭を下げる。 ゼロス達は、何食わぬ顔で壁沿いにすっと並んだ。
エメルダは、ローランを一瞥すると、 「ふむ…朝早くからの呼び出しとは、よほどの急用かな? 用件は何かな?」
と、相手を見下すかのように中央の客席用の椅子に、ゆったりと腰かけた。
ローランは、まず礼を述べた。 「まずは礼を…昨日は、医務室にて我が部下の命を助けていただき、誠にありがとうございます」
と、ローランはエメルダに向かって深々と頭を下げた。
エメルダは、その礼を当然のように受け流し、 「フン。私ではない。礼なら、ネクサスの戦士ギルドの客人である、昨日のヒーラーに言うがいい。相手が違う」
ローランはそれを聞き、少し驚いた顔で(アリシアがいないことに気づき)、壁際に立つゼロス達に視線を向けた。 「そうでしたか…それは失礼を…。昨日のヒーラー殿には、助かったと、客人よ、どうかお伝え願いたい。この礼はいずれ必ず」 と、今度はゼロス達一行に向けて、改めて頭を下げた。
エメルダはその様子を退屈そうに見ながら、本題を促す。 「それで、用件はなんだ?まだスタンピード発生までには、若干の猶予があるとは思うがね」
その問いに、ローランは気まずそうに、そして悔しそうに答えた。
「はい…スタンピード制圧とは別に、皆様にお力添え頂きたい儀がございまして…」
それを聞いたエメルダは、目を細めた。 「ほう? 申してみよ」 と、顎で促すように言った。
その答えを聞いたローランは、再び深く頭を下げて言った。
「…Aランクダンジョンの偵察及び制圧に向かった我が騎士団のパーティのうち、1パーティが、予定時刻を過ぎてもまだ戻ってこないのです…」
それを聞いたエメルダは、少しだけ眉をひそめた。
「…ふむ。だが、我が魔術師ギルドには、スタンピード発生時の殲滅しか依頼が来ておらんな。捜索救助などは契約外だが、知らなかったのかね?」 そのあまりにも冷たい答えに、ローランは頭を下げながらも、悔しさに拳を握りしめた。
「…だが、」 エメルダは続けた。 「私ではなく、そこにいる戦士ギルドの客人である、そこの男なら…あるいは動くかもしれんな」 と、壁際に立つゼロスの方を見て言った。
ローランは、その言葉にすがるようにゼロスを見た。 「キミは…?シェル殿は存じ上げているが、失礼ながらキミの噂はあまり聞いてないのだが…」
ネクサスの冒険者ギルドや戦士ギルドのAランク以上の実力者は、各国の要人も当然把握している。だが、ゼロスはつい最近まで下位ランクのパーティリーダーだったため、ローランのその反応は当然だった。
エメルダは、そのローランの反応を少し面白そうに見て言った。
「つい先日、ヴァレリウスとの国境付近で起きたダンジョン暴走で出現した、ユニークモンスター『双頭の魔人』を討ち取ったのが、そいつ、ゼロス率いるパーティ『始まりの雫』だ。その功績を元に、ネクサスの冒険者ギルドでは既にSランクパーティーと認定されている。…ちょうど良かったな、ローラン騎士団長よ。うってつけの捜索者がここにいるぞ」
そのエメルダの発言を聞いて、ローランは凍り付いた。
「ユニークモンスター『双頭の魔人』の討伐だと…!?ありえない…あの、常に魔術の盾を張り続け、もう一つの頭が無尽蔵に広範囲殲滅魔術を放ってくるという、対国家レベルの超危険モンスターの一角を、この者たちが…?」
エメルダは、ローランの驚愕ぶりを楽しむように眺めながら、ニヤニヤしながら答えた。 「そいつの鉄壁の魔術障壁をぶち破り、本体を叩き斬ったのが、そいつらだ。どうだ?これ以上ない駒だろう?」
ローランは、その信じがたい問いを聞いて、改めてゼロス達をじっと見た。見た目は普通の若者たちだ。だが、その内に秘めた力は計り知れない。
「…ゼロス殿…いくらで、その依頼、動いてくれるだろうか?」
ローランは、真剣な眼差しで、そして藁にもすがる思いで尋ねた。
ゼロスは、その言葉にぽかんとしながら言った。 「…え?いや、金ならネクサスのギルドに払ってんだろ?なら、別に特に追加料金なんか…」
エメルダはそれを聞いて、やれやれとため息をついた。
「あー…ゼロス、お前、ネクサスのギルドマスターのイレインから、今回の依頼の詳細、あんま聞いてない口か…。国によってギルドとの力関係も違う。各国どこも同じ条件下ってわけじゃないんだよ…今回は出来高報酬制だ。まあ、覚えておけ」
エメルダが簡単に説明し、ローランは再び真剣な眼差しでゼロスを見ていた。
「出来高報酬か…。なるほど、イレインも人が悪いぜ…まぁ、救助任務なら…そうだな…80…くらいか?」
ゼロスがごく普通の依頼のように口にした「80」という数字に、ローランは目を見開いた。 「は、80…!? (白金貨か!?)…さすがユニーク討伐経験ありのSランクパーティーか…望む金額も凄まじい…」
エメルダは、そのローランの勘違いに気づきつつも、面白がって答えた。
「ま、当然だろう? 代わりに成功率は100%だ。それだけの価値が、このゼロスにはある」
(…ふふ。無才無能と言われていたお前が、まさか白金貨80枚を要求されるほどの価値ある男になったとはな。あたしも鼻が高いよ)
と、エメルダは内心で若干感傷に耽っていたが、
「おいおい、何言ってんだ? 金貨80枚なんだから、妥当だろ? 下位ダンジョンでも最下層まで潜って、うまく立ち回れば40枚くらいは堅いんだし」 ゼロスは、あくまで「金貨」での真っ当な金銭感覚で、それが妥当な金額であるということを伝えたが…
エメルダは、その言葉に一瞬固まった。 「き…んか?」
その様子を見たレオは、気を利かせたつもりで、 「あの、もしかして、ルーメンの内政状況ってあんまり良くないんじゃないでしょうか?一応、僕たちも寝床と食べ物をもらってるわけですし、もっと安くしてあげても…」
それを聞いたゼロスは、うーん、と少し考え込んだ。 「…ん-…まぁ、俺はともかく、皆の防具の手入れなんかを怠った日にゃ、死に直結するからな。整備費をケチるようなことにはなりたくないんだが…。なら、金貨50枚。あと、道中で使った消耗品代は、後でそっちに請求するぜ?ポーションとかスクロールなんか、結構するんだからな?」 と、かなり譲歩したつもりで答えるが、
エメルダは、もはや笑いが堪えきれなかった。 「ブフッ!…ハッ!ゼロス、お前、自分がSランクパーティーだって自覚が、本当に全くないんだな?自分の価値というものを理解しているのかね?」
Aランクダンジョンですら、凡その冒険者からは人外魔境と言われている。その遥か上に立つ、人知を超える地と言われるSランクダンジョンに挑めるSランクパーティーは、人の身でありながら人を超えた者達。一括りにすれば『英雄』と呼ばれる部類のものだ。 そんな英雄クラスのパーティが、国家からの依頼で白金貨以下の「金貨」を要求するなど、通常ありえない話だった。
ローランは、ゼロスの金銭感覚のズレと、その裏にある実直さに気づき、改めて姿勢を正した。
「ゼロス殿…では、こちらの提示として、白金貨10枚ではどうだろうか…。もちろん、消耗品代は別途お支払いする」
その金額を聞いたエメルダは、 「ま、どこまで深く潜ってしまったかはわからないが、Sランクへの捜索救助任務としては、妥当な金額ではないか?受ければよかろう」 と鷹揚に頷いた。
レオは、その金額を聞いて、改めてSランクという存在の価値に驚いていた。 「は、白金貨10枚…僕たちの村なら、10年は余裕で遊んで暮らせる額じゃないか…」
横で静かに聞いていたルナは、目を輝かせていた。
「豪遊じゃ!酒じゃ!美味い肉じゃ!!女じゃ!!酒池肉林じゃ!!」 と、一人でふしだらな事を言って盛り上がっていた。
「…ルナ…お前も女だろ……。まぁいいぜ、ローランさんよ。その金額で手を打つぜ。任せとけ」
そう言うゼロスだった。その顔には、いつもの飄々とした笑みが戻っていた。
ローランは、その言葉に安堵し、深く頭を下げた。 「かたじけない…ゼロス殿。我が国の騎士たちの命運、貴殿らに託します」 そう言うのだった。




