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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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追加エピソード⑦:酒と昔話

アリシアが医務室で重症人を治療してから数時間が経過した。 神聖法皇国ルーメンの空は深い藍色に染まり、王宮の窓からは、街に灯り始めた温かな光が見える。 時刻は18時を回ったころだった。


慌ただしい一日を終え、ゼロス達はそれぞれ宛がわれた客室用の部屋で、束の間の休息を取っていた。


コンコン、と控えめなノックがゼロスの部屋の扉を叩いた。


「んー? 空いてるぜ~」 特に警戒もせず、ゼロスがベッドの上から呑気な返事をする。


扉がゆっくりと開かれ、そこに立っていたのは、Aランクパーティ『残響』のリーダー、シェルだった。彼は片手をひらひらと振りながら、軽い口調で入室してきた。


「よぉ、ゼロス。どうだ?王宮の飯もいいが、久々に街に出て、俺たちで呑みにでもいかないか?」 そう声をかけるシェル。


ゼロスも、船旅と今日の出来事で少しばかり気が張っていたのか、その誘いにまんざらではない顔で体を起こした。


「お、いいねぇ。船の上じゃロクに呑めなかったしな。久々に行くかぁ」 と、彼は嬉しそうに答えるのだった。


かつてゼロスが所属していた『銀のシルバー・ソード』の面々は、その実力故か、リーダーであるグレイの性格故か、プライドが高く、ネクサスのギルド内でも浮いた存在だった。彼らが積極的に他パーティと交流することはなかった。


だが、ゼロスは別だった。 (というか、あの3人がゼロスを勘定に入れず、高級店に呑みに行くことが多かったため、ゼロスはいつも夜は単独行動か、宿で黙々と道具の点検をするのがメインだった)


必然的に一人でギルドの酒場に顔を出すことが多かった為、長年ギルドに居たゼロスにとっては、ネクサスでのギルド内での顔は意外と広い。


本人は「ただ力があるだけの無才無能の荷物持ち」という自覚ではあるが、本人が知らないところでは、「一般職『荷物持ち』なのに、パーティ全員分以上の荷物を一人で平然と背負い、なおかつ戦闘職に遅れる事なく並走できて、おまけに自衛もそこそこに出来る規格外のヤツ」と、その筋ではかなり評判だった。


多くの者が、ゼロスがグレイ率いる『銀の剣』に愛想を尽かして抜けるのを、今か今かと待っていた上位パーティも多かったのだ。 その中の一人が、『残響』のリーダーのシェルだった。


シェルは、ゼロスが快諾したのを見て、陽気に笑った。


「んじゃぁ、行こうぜ。俺もこの街はそんなに長くねぇが、安くて美味い、良い店を見つけてな」


ゼロスも立ち上がりながら、楽しそうに答える。 「お、いいねぇ。船の上で酒なんか呑めなかったから、楽しみだわぁ」 と、無邪気に受け応えた。


その屈託のない笑顔を見て、シェルは内心でため息をついた。


(ゼロス…本当はお前は、ネクサスで俺の『残響』で面倒見たかったんだがな…まさか俺が、お前が追放された直後に声をかけなかったばっかりに…) シェルは、あの時わずかに躊躇した自分を悔いていた。


(周りの連中から「Sランクからのお下がりを拾った」とか「男を巡った抜け駆け」なんて揶揄されたくなかったばかりに、アリシアの嬢ちゃんに、お前を渡す羽目になっちまったなぁ…) と、自身の小さな誤算を、今更ながら少し嘆いていた。


「あぁ、そうだ。どうせなら、アリシアの嬢ちゃんも誘っていくか」 シェルは、気を取り直すようにそう思いつく。


それを聞いたゼロスは、何の気なしに答えた。 「あぁ、いいね。ならレオもルナも誘っていこうぜ。二人とも王宮なんて慣れないだろうし」


だが、シェルは肩を竦めて、その提案を否定した。 「残念、あの二人は今日はエメルダに誘われて酒盛りだとよ。さっきギルド長の部下の人が伝えに来てた」 そう答えるのだった。


「そっか、なら俺とアリシアさんとシェルの3人で呑むとするか」 と、ゼロスはあっさり頷く。


(まぁ、エメルダの奴も、昼間みたいにギルド長のあの仮面被ってると息が詰まるだろうからな。てきとーな理由でも付けて、話し相手が欲しくて2人を連れだしたのかな…) と、ゼロスはあの規格外のギルド長の姿を思い浮かべていた。


その頃、王宮の一室、エメルダの私室では。


「ルナと話がしたい。あとレオもだ。酒と何か美味い食べるものを私の部屋に運んでおけ」 と部下にテキパキと指示し、自身の部屋に豪華な酒盛りの準備をさせていた。 そして準備が整うと、部下たちを下がらせて人払いさせ、ルナと(その保護者役として)連れのレオを部屋に招いた頃合いだった。


「ぶぇっくし!?」


豪華なソファに座ったエメルダが、突然、盛大なくしゃみをするのだった。


ただ、そのくしゃみの理由も、彼女にかかれば、 「んん? 誰かがあたしの圧倒的な美貌に対して、何か言ってるのかしら?」 と、相も変わらずすっとぼけた発言をしており、それを聞いたルナとレオは、その突拍子のなさに思わず笑ってしまっていた。


ゼロスはシェルと共に、アリシアが宛がわれた客室の部屋の扉をノックした。


「アリシアさーん、いるか~?起きてるかー?」 と、ゼロスは少し大きめの声で呼びかけた。


「はいっ!只今参りますっ!」 すると、中から慌てたような声と共に、ドタバタと何かが倒れるような物音がする。


(あれ、寝てたのかな。だとしたら、わりぃことしたかな?) と、ゼロスは少し申し訳なく思った。


そう思っていると、ガチャリ、と音を立てて勢いよく扉が開かれた。


「はぁ、はぁ…どうされましたか?ゼロスさん」 と、そこには、少し着衣が乱れ、息を切らせたアリシアが姿を表した。 どうやら、医務室での治療の疲れもあり、ベッドでうたた寝していたところを、慌てて飛び起きたようだった。


ゼロスは、彼女のその服装の乱れには特に気にすることなく、用件を告げた。


「あぁ、ごめん、寝てた? シェルが夕飯ついでに一緒に呑み行こうっていうからさ、アリシアさんもどうかなって思ってさ」 と、悪びれなく答えた。


アリシアは、その言葉にぱちくりと目を瞬かせ、 「シェルさんが…」 と、ゼロスの後ろで「よっ」とでも言いたげに片手をひらりとあげているシェルを見つめる。


そのシェルの顔は、楽しそうにニヤニヤと笑っており、如何にも、 (お嬢さんの、そのヒーラーらしからぬ淡い気持ちなんか、ゼロス本人以外は全員わかってるぜぇ?) とでも言いたげな顔をしていた。


そんなシェルのからかうような視線を受けたアリシアは、一瞬、顔を赤らめて動揺したが、すぐにコホンと咳払いをして、いつもの温和な顔に戻り、


「そうですか。ぜひ、喜んでお供させていただきます」 と、貴族の令嬢のように厳かに、完璧な笑顔で返事をするのだった。


日が落ちて、王宮の窓から見える街並みに温かな灯りがともり、夜の暗がりが近くなってきた神聖法皇国ルーメン。 三人は王宮の喧騒を離れ、夜の街へと繰り出していた。


鉄と煙の匂いがした軍事国家ヴァレリウスとは違い、観光地としても名高いルーメンは、魔光灯の柔らかな光に照らされた石畳が美しく、穏やかで清浄な空気が漂う街並みが広がっていた。


その街の中にある、活気ある繁華街。その一角から少し外れた路地裏に、比較的小さな、しかし小綺麗な構えの小料理屋があった。シェルは迷いなくそこへ二人を案内する。


「へー…ネクサスでのお前の御用達だった、あの騒がしい酒場とはまた打って変わった、雰囲気のいい店を選んだな、シェル」 ゼロスが感心したように言うと、シェルはニヤリと笑った。


「こういう風情がある店も、たまにはいいだろ。この店は任務でこっちに来てから何度か来たが、静かで料理が旨くてな」


アリシアも、その落ち着いた店の佇まいに好感を抱いたのか、ふとネクサスでのことを思い出し、微笑んだ。「以前にゼロスさんが(ネクサスで)ご紹介してくださった、あのお店と雰囲気がどことなく似てますね」


ゼロスは、以前アリシアを連れて行った、あの頑固親父の店を思い出して、照れ隠しに笑うのだった。「いやいや、あのおやっさんの年季の入った古い店と一緒にしたら、こっちの店主に可哀そうだよ」


軽口を叩きながら、三人は店の暖簾をくぐり、中に入る。 清潔に磨かれたカウンターと、奥に二つほどの座敷。こぢんまりとしているが、居心地の良さそうな空間だった。


シェルは慣れた手つきで店主に声をかけ、奥の座敷に陣取ると、おすすめの料理と酒を手早く注文していく。


少しすると、冷えたエールと、湯気の立つ美味しそうな料理が運ばれてきた。


シェルは、それぞれに満たされた木製のジョッキを掲げ、乾杯の音頭を取った。


「んじゃぁ、ネクサス以来の久々の再会と、お前たちのSランク昇格を祝して」


「「「かんぱーい」」」


カチン、と小気味よい音を立てて、三人のグラスが重ねられた。 船旅でまともな酒にありつけなかったゼロスは、特に美味そうにエールを喉に流し込む。


美味しい料理に舌鼓を打ち、酒が進んでいく三人。 和やかな空気が流れる中、シェルはふと、思い出したようにあることを口にした。 その声は、先ほどまでの陽気さを消し、真剣な色を帯びていた。


「そういえば、ゼロス。お前、グレイ達があのあとどうなったか…興味あるか?」 と、彼はゼロスの目をまっすぐ見て、そう口を開いた。


ゼロスは、熱気に満ちた料理を口に運んでいた手を止め、一瞬、何が言われたのか理解できなかった。 急に出てきたグレイ、という名前に、楽しい気分が急速に冷えていく。


(ま…まさかっ!?) シェルの真剣な表情。わざわざルーメンまで来て、Aランクパーティのリーダーが自分に伝えること。 嫌な予感が、ゼロスの背筋を走った。


「…死んだってのか…?」 ゼロスの瞳には、動揺と困惑の表情が浮かんでいた。


シェルは、その表情の変化をじっと見つめながら、さらに言葉を続けた。


「…だとしたら、どうする?あの3人には、お前、散々な目に合わされただろ?自業自得…だとは、思わねぇか?」


その言葉を聞いたゼロスの、テーブルの上に置かれていた空いてる左手に、グッと力が入るのが見てとれた。


ゼロスの拳が握られた腕は、服の上からでもわかるほどに張り詰め、見る見るうちに血管が浮き上がり、常人離れした力が込められているのがわかる。


「…確かに、あいつらとは色々あった。ムカつくことも、許せねぇこともな。だが、それでも別に、死んだのが自業自得だなんて思わねぇよ…」 ゼロスの声は、低く、重かった。 「…あいつらとは、長い付き合いだったんだ。その間に、考えが色々変わるんだ。そんなのあって然るべきだろ…」


シェルは、その反応を見て、静かに確認した。「…お前ら、同じ村の顔なじみだったか…確か…」


ゼロスは、その問いに、「…そうだ」とだけ短くいい、残っていたエールを一気に呷った。ジョッキをテーブルに叩きつけるように置く。


そんな二人の緊迫したやり取りを見たアリシアは、ゼロスの横顔を見つめていた。


(ゼロスさん…あれほど理不尽に利用され、追い出されたにも関わらず…貴方は、そんな事、もう気にも留めてないのですね…それどころか、本気で彼らを…)


彼女は、相変わらずのゼロスの人の好さに、もどかしさと愛おしさが入り混じった、複雑な心境を抱いていた。


ゼロスは、エールを飲み干すと、店主に新しい酒を注文し、シェルに向き直り、深刻そうに口を開いた。


「…それで、誰が…どんな最期を迎えたんだ…」 その顔つきは、憎んだ相手の末路を気にするものではなく、確かに、古い友人の身を案じ、心配する顔付きだった。


シェルは、そんなゼロスの顔を真正面から受け止めると、ふっと息を吐き、緊張を解いた。


「…おめぇは、ほんと根っからのお人好しだなぁ。安心しろよ。俺は『あのあと、どうなったか』って言っただけで、別に死んだなんて一言も言ってねぇだろ?」 と、シェルの顔に、いつものニヤリとした悪い笑みが戻った。


ゼロスは、その言葉を聞いて、数秒固まった。「…は?」


状況を理解した瞬間、ゼロスの顔がカッと赤くなった。「いやいや、今の流れ、どう考えたって死んだみたいに聞こえるじゃねぇか!この野郎!」 と全力で反論したが、


シェルは、その反応を見て、堪えきれずに吹き出した。「ブハッ!聞こえねぇよ、おめぇが色々心配性なだけだよ。まぁ、安心しろって」 と、腹を抱えて笑い飛ばしたのだった。


アリシアは、その様子にほっと胸をなでおろし、からかうシェルを軽く嗜めた。「もう、シェルさん、やめてあげてください。でも…そういう優しいところが、ゼロスさんの魅力なんですから」 と、最後は少し小さな声で付け加えた。


シェルは、そのアリシアの言葉を聞き逃さず、「おーおー、妬けるねぇ…まぁ、本題だ。グレイ達のその後だがな…」 と、笑いを収めて話を戻した。


『妬けるねぇ』と真正面から言われたアリシアは、顔を俯かせ、耳まで真っ赤にしていたが、 ゼロスは、そんなアリシアの様子には一切気付かず、「魅力」という単語もスルーし、シェルの話に食い入るように聞いていた。


「あいつら、Bランクに降格だそうだ」 と、シェルは事実を述べた。


ゼロスは、その言葉に今度こそ純粋な驚きを見せた。


「あいつらがBランク落ち!?嘘だろ!?Aランクの実力はあったはずの奴らだぞ」 そこには、彼らを侮る気持ちはなく、素直に彼らの実力を(少なくともAランクレベルだとは)認めるような発言だった。だが…


「…あいつらがAランクに『いられた』のは、ゼロス。お前のお陰だよ。それは、ネクサスのギルド内でも有名な話だ」


ゼロスは、その言葉に苦笑いを浮かべた。「…以前、戦士ギルドの副長にも、似たようなことを言われたよ。俺が物資を持ちすぎてたせいで、あいつらの継戦能力けいせんのうりょくがおかしかっただけだ、とかな」


シェルは、その答えに「ほう?」と興味深そうに眉を上げた。「ガレス副長か。あの人もお前のヤバさには気づいてたクチか。まぁ、俺たちネクサスのAランク連中の間じゃ、お前が抜けた時点で『銀の剣』は終わりだって噂されてたぜ」


アリシアも、その時のことを思い出したように頷いた。「はい。ガレス様は、ゼロスさんがいなくなったことで、『銀の剣』は本来持つべき物資による身体的負荷という、冒険者として当たり前のハンデを負っただけだと仰っていました」


ゼロスは、まだどこか納得していないように頭を掻く。「俺はただ、頼まれた荷物を、言われた通り持ってただけなんだがな…」


シェルは、そんなゼロスに呆れたように笑った。「お前なぁ…その『ただ荷物を持つ』のレベルが、常軌を逸してるって、ガレス副長も言ってたろ?」


「お前のそのジョブ『荷物持ち』は、従来なら数10キロの荷物背負って、戦闘職の邪魔にならんように動くのが精々だ。だが、お前はちと普通の荷物持ちじゃねぇ」


シェルは、ゼロスのスキルまでは知らないが、続けた。「あいつらがAランクにいられたのは、お前っていう常識外れのサポーターが、前衛職が負うべき『疲労』と『物量の限界』っていう二大要素を、一人でチャラにしてたからだよ」


「まぁ、どのみち、お前が抜けたから、あいつらは本来の実力…Bランクに戻った。ただそれだけのことだ。お前はもっと自分に自信を持ちな」


シェルは、ジョッキをゼロスに向けた。「それに今や、あの『双頭の魔人』を倒した、上位Sランクパーティーのリーダーなんだ、おめぇは」 と、動かしようのない事実を述べるのだった。

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